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空箱

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二人と一人の境界線

屋上へと続く階段を上りきった先の立ち入り禁止の張り紙がされた扉の向こう。
浅い屋根に守られた僅かなスペースが三人のいつもの場所だった。
休み時間を、昼食を、放課後を、時には授業中にもよく集まった。
それは一人きりの時もあればたまたま三人揃う時もあり、其の日はギルベルトのみが一人、授業を抜け出して低位置となった扉の蝶番がある側の壁へと凭れて居た。
穏やかな日差しに心地良い少し湿った空気。昼食を食べ終えた五時限目、眠気を誘うには充分な気候にやる事も無くただ居るだけのギルベルトが睡魔に負けてしまうのは必然と呼ぶべくも無い、ただ当たり前の事だった。
遠くグラウンドから聞こえる体育の授業の声や、音楽の授業が何処かであるのだろうか、不ぞろいな合唱が春風に乗って流れて来る。
夢と現を行き交うような曖昧な心地を楽しんでいれば自然と身体はずり下がり、すっかり地面へと仰向けに寝転がってしまったら後はもう、身を委ねるだけだ。
そんな時に不意に静かに錆付いた扉が耳障りな音を立てて開かれる。それと同時に聞きなれた声。
「ありゃ、先客が居った。…しかも堂々と寝とるがな」
潜められた声は一応の気遣いなのか、優しい耳障りで脳を擽る。それに続いてもう一つ馴染んだ声が聞こえたのを境にギルベルトは夢の国へと旅立った。



ギルベルトはよく夢を見る。
それは空を飛ぶようなファンシーな夢から手に血塗れた剣を取り数多の敵を斬り殺す夢まで多種多様だが一貫して主人公はギルベルトで、取り巻く環境がそれぞ れに違うだけだ。それら全てを書きまとめていけばギルベル度の冒険記として一冊のハードカバーの本が出来そうなくらいに。
だが其の日の夢は何かが違った。自分が主役であることには変わり無いが自分は異世界の騎士でも空を飛べる魔法使いでも無く、ただ自分であるだけだった。自 分という男が一人、真っ暗な世界で寝転がって居る。目には何も映らないのに誰かの声が、息遣いが聞こえる。苦しげなその声は助けを求めているようで必死に 追いかけようとするのだが何か、ゲル状のモノに身体を絡めとられて動け無い。身じろげば弾けるような淡い音を立てて崩れるのに何故か起き上がる事が出来無 い。やがてそのゲルは音を立ててギルベルトを飲み込み初め――



「あ、…ッ起きてもた…ァ…」
びく、と身体を硬直させて見開いた目に映った光景にギルベルトは瞬き一つする事が叶わなくなった。
扉に折り重なるようにして身を預ける二人はどう見ても自分の良く知る友人たちで、スキンシップを好む男とセクハラが一種の習慣ともなっている男は気付けばべたべたと密着している事が多いのも知っているのだが。
…何故、二人共下着ごとズボンを膝上までずり下ろしてあまつさえアントーニョの股間からはすっかり勃起した物が揺れていて背後から覆い被さるフランシスの腰がぴたりとアントーニョの尻に密着しているのですか親父様。
「フラン、…ッぁ、ギル、起きた…って…んっ」
アントーニョが聞いた事も無いような甘え声を震わせて呼び掛けるもフランシスはちらと此方を見て口端を釣り上げるだけで。ゆるゆると押し付けられる腰は、 つまり、あれが、それで、そうなって居る訳で、言葉の割りには止めさせようという努力が見え無いアントーニョはむしろもう扉に縋りつくように頬を擦りつか せて揺さぶられる度にあえかな声を上げる。
苦しげな息遣いと、押し潰された水音が断続的に響き渡る其処は夢の中でも何でも無く、現実だった。
真っ白になった頭の中で目の前の光景だけが鮮明に存在を主張する。
「っや、ぁ、ッあ、もぅ、あかん、フラン…ッ」
悲鳴のような声を甘く響かせながらアントーニョは最早扉に爪を立てるようにして辛うじて上体を支えている様子でフランシスに揺さぶられるままに身を躍らせる。その度に震える性器から溢れ出た液体が地面の色をぽつぽつと変えて行く。
そして遂に。声にならぬ声に唇を喘がせながら青ペンキが剥がれかかった扉へと掛けられる白濁、フランシスも時を同じくして達したのだろうか、数回大きく腰を前後させた後に深く息を吐き出しながらアントーニョの耳元で何事かを囁いていた。
「な…な…な…お前ら…」
漸く動いてくれたギルベルトの唇はだがしかし文章を生み出すにはまだ早かった。言葉が零れ落ちたことすら気付かぬ程に呆然と見詰めるギルベルトを二人は漸くはっきりと視界に入れ、一度二人で目を見合わせてからへらりと笑った。


「ギルもまざる?」

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無限ループ

俺は近藤さんが好きで、近藤さんは志村が好きで、志村は銀八のヤローが好きで。
皆、生物として正しい恋をしているのに俺だけ好きな相手が同性で。
告白なんて出来る訳も無い。
する気すら起こらない。
玉砕して、小さい頃から築き上げてきた友情すらも失うのがオチだ。
総吾と、近藤さんと。
幼馴染でもある二人を失うくらいならばこんな異常な恋心、胸に秘めて墓まで持って行くことなんかなんてこともない。
ただ、恋心とは別に近藤さんの志村への想いは暴走加熱気味でそろそろ釘を打っておかないとその内犯罪になるんじゃないかとも思う。
志村を諦めたからって近藤さんが俺を見てくれないのは判っているけれど。
毎日のように志村への想いを伝えては玉砕して帰って来る近藤さんを慰めるのも楽じゃない。
告白しないと決めたのは俺の勝手だけれど、近藤さんの事が好きな俺に他の女の愚痴やノロケをしないで欲しい。
場違いにも志村を恨みそうになるから。
そうは思っていても、近藤さんは志村へと想いを毎日伝えつづけて、志村はそれを鉄拳制裁付きで押し返して、俺はボロボロになった近藤さんを慰めて自分まで一緒にボロボロになって。
そんな日が高校卒業まで続いて行くのだと思っていたのに。


其の日も放課後、お妙さんお妙さん五月蝿い近藤さんをどうにか宥めてすかして部活に向わせ、俺はたまたま日直だったから誰も居なくなった教室で日誌を書いていた。
別に書く事なんて殆ど無いけれど、日誌を書き終えたら部活に行かなきゃならなくて、部活に行ったらば近藤さんと顔を合わせる訳で。
近藤さんの事は好きだけど、好きだからこそ違う女の事ばかり離す彼に会いたく無かった。
そんな暴力女やめて俺にしろよ、と口走りそうで怖かった。
書き終わった日誌を前にしても椅子から立ち上がる事が出来ずに思わず溜息を吐いた時。
「…あれ?多串君?」
不意に掛けられた声に慌てて廊下へと視線をやれば、其処には見慣れたやる気の無い担任の姿。
校内にも関わらず唇にはトレードマークにもなりつつある煙草を咥えてよれよれの白衣を着た姿はどう見てもカッコ良くなんか無くて、志村はこいつの何処が好きなんだろうと本気で心配になった。
「そう言えば多串君、今日日直だったっけ?日誌終わった?」
「丁度今書き終わった所です。」
スリッパの音をぺたぺた立てて近付いて来た担任に、もう名前が違うとか反論するのも面倒で立ち上がって日誌を差し出す。
それを受け取った銀八はぱらぱらと中を流し見た後にごくろーさん、と気持ちの篭ってない声で言った。
「それじゃ、俺、部活あるんで」
そう言って鞄を掴んで歩き出そうとした手を、掴まれた。
後ろから引っ張られた身体はバランスを保てずに倒れこみ、銀八の腕の中へと治まってしまう。
慌てて起き上がろうとするのを額に手を宛てて止められ、どうしていいのか判らずに銀八を伺う。
「んー、熱がある訳じゃねーのな。すっげー顔してたから。」
「…考え事、してたんで……」
片手を額に、片手を腰に回されて身動きが取れないのが落ち着かない。
すぐ背後から香る煙草の臭いとじんわりと暖かい体温。
自分よりも大きな身体に包まれて言いようの無い安堵感が身を包む。
落ち着かない。
このままで居るとなんだか泣き出してしまいそうで、強引に銀八の手を剥がして身体を離した。
「多串君って、近藤の事好きだよね。」
突然の台詞に、言葉を失った。
いつもならば簡単に切り返せる筈の軽口が一つも浮かんでこなかった。
目の前には相変わらず生きてるのか死んでいるのか判らない茫洋とした眼差し。
その底が見えぬ瞳に何処まで見透かされているのか、怖くなった。
何も言わずにただ突っ立っていただけの俺の手を再び大きな掌が包む。
ちょっとおいで、なんて言って手を引き摺り歩いて行くのに俺は逆らう事も忘れてただ呆然とついて行くことしか出来なかった。


掴まれた手を振り払う事すら忘れて連れて来られたのは理科準備室。
がちゃり、と冷たい金属音と共に鍵が掛けられたのだけが異様にはっきりと耳に届いた。
今頃になって心臓がばくばくと早鐘のように脈を打ち、顔が羞恥に染まる。
こいつは、何で俺が、近藤さんの事を、
「…なんで、って顔してる。」
思考を遮るように向けられた声には揶揄の色が含まれていて。
普段、無表情な唇が緩い弧を描いていて。
こんな表情も出来るんじゃねぇか、と場違いな感想を抱いた。
こうして間近で見てみれば死んだような覇気の無い顔も造り自体は綺麗に整っていて、もし、中身がこんなマダオじゃなければ相当モテたんじゃないだろうか。
「……多串君?」
声を掛けられて我に帰ると唇が触れそうな位に間近に担任の顔のどアップがあって思わず後ろへと下がろうとしたが掴まれた腕がそれを許さない。
それどころか力強く引かれて正面から担任の腕へと再び収まってしまう。
「ちょ…ッ離せ…ッ」
「だーめ、離したら逃げちゃうでしょ?」
そう言って背へと回された腕に確りと抱き締められて身長差ゆえに俺は奴の肩に顔を埋めるような形になってしまった。
じわりと全身を包む温もりが暖かい。
安堵感がゆっくりと身体に滲んで行くのにそれと同時に訳の判らない恐怖が込み上げて来る。
危険、そう、身体全体がこの男は危険だと警告を発している。
今すぐ此処から逃げ出せと鼓動が喚き散らしているのに強張ってしまった身体は身動き一つ取れずに温もりの中に閉じ込められて居る事を甘んじて受け入れている。
怖い、何が、判らない、逃げたい。
「ねえ、そんなに思い詰めてばかりじゃ疲れちゃうでしょ?」
いつもと変わらないやる気の無い声が今は悪魔の囁きにも聞こえる。
淡々とした語り口調は俺に何を伝えたいのか、何を知りたいのか全く悟らせる事は無い。
背中にあった手がゆっくりと滑って股間へと落ちて行く。
布越しに形を確かめるようになぞる掌が心地良くも気持ち悪い。
「そんな思い詰めてないで、たまには吐き出さないと。」
静かにも手馴れた手がベルトを外してズボンの前を寛げて行く。
微かに響いた金属音は何処か遠くの出来事のようだった。
直接、触れ合う肌と肌。
「ッ――」
「楽になっちゃいなよ。先生巧いから。」


そこから先ははっきりと覚えていない。
抵抗する事を忘れた俺は教材や本が積み重なったままの汚いソファに押し倒されて始めての感覚に惑わされるだけだった。
慣れた手付きで制服を剥がされ、肌の上を這い上がる掌に自分で慰めるのとは違うじれったい感覚が腰元に蟠り。
次第に熱くなる身体がどうしようもなく怖かった。
たくさん撫でられ、舐められ、口付けを落とされて。
そうしてドロドロに溶かされて行った身体を貫かれた。
巧い、と自負していただけあって痛みは全く無かった。
だけど始めての感覚を気持ちいいと認識しつつも恐怖の方が先走って俺は多分、ずっと、泣いていたのだと思う。
子供のように目尻に口付けられて、髪を撫でられて
そうやってあやしていたかと思えば繋がったままの下肢を揺らされて自分の声とは思え無いような声を上げて
熱くて、怖くて、気持ちよくて、どうしていいか判らなくて
涙で霞む視界に映る銀髪の背に力一杯しがみ付いて縋りついた。
何度も何度も飽きるくらいにイかされて、何処からが自分の身体で何処からが銀八の身体か判らなくなるくらいにドロドロに溶け合って、抱き合って
最後に名前を呼ばれたような気がした。
普段の姿から想像のつか無いような甘い声で。
俺はそれが嬉しいのか悲しいのか判らないでまた涙を零した。



ひたり、と頬に冷たい感触を受けて驚いて起き上がってみれば銀八が濡れたタオルを片手に突っ立っていた。
大丈夫?と聞かれて自分の姿を見てみれば制服を足や腕に引っ掛けたまま、身体中に赤い痕と白い痕跡を飛び散らせた酷い姿で顔が熱を持つのがわかった。
ひったくるようにタオルを奪い取って乱雑に汚れを拭って制服を着込む。
銀八はそれを眺めていたけれど何も口にしなかった。
俺も、何を言ったらいいのか判らなくて無言で作業を進めた。
何でこんな事に、何でこんな事に。
考えても判らない、考える事にすら到達しない無限ループな問いをひたすら脳内で繰り返しながら制服のボタンを留める。
一刻も早く、この自由になった手足を動かして此処から逃げたかった。
慣れ無い鈍い痛みを持った下半身が煩わしい。
結局、お互い何も言葉にする事無く、視線を合わせることも無く、俺は無言で準備室を後にした。
もう窓の外はすっかり暗くなって最終下校時刻も過ぎているのだろう。
教室に置き残した鞄を取りに行きながら、明日総吾と近藤さんに言う言い訳を探すのに俺は必至だった。

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4.アイラブユー

アントーニョが笑わなくなった。
それどころか電話を掛けても家を訪ねても拒まれるようになった。急ぎの用がある、先約がある、今日は調子が悪いから、様々な理由を持ってしてロヴィーノと 会う事自体を避けるようになった。のらりくらりと、だが常とは違う何処か歯切れの悪い断り文句ばかりを何度も突きつけられて自然とロヴィーノの心に不安と も苛立ちともつかない蟠りが腹の底に溜まり行く。何故、どうして、思い当たる節が無いとも言い切れないがそれを認めたくなくて思考はただ問い掛けばかりが 渦巻き、叫び出しそうな程の淀んだ何かが身体を支配する。それとなく弟に聞いてみても弟とは普通に会うし常と変わらぬ姿であるらしい事を聞いて余計にロ ヴィーノの胸に不快感ばかりが増してゆくばかりだ。
そもそも昔からアントーニョはロヴィーノ達兄弟に対してべたべたに甘かった。本当は怒ると怖いのだとフランシスに聞いた事もあるが全く信じていなかった。 否、信じられるはずも無かった。ロヴィーノを見ればいつもにこにこと暢気な笑みを浮かべてこちらの気持ちなどお構いなしに暖かな腕に抱き締められてばかり だったのだ、怒る姿だって出会った最初の頃に数度見ただけだが決して恐怖を感じるようなものでは無かった。
それが突然、ロヴィーノの存在を無視しようとしているような拒絶。会話をするのすら億劫だとでも言いたげに視線を合わせぬままに紡がれる会いたく無いとい う意味合いの言葉の羅列。アントーニョに拒絶されるなどと未だかつて想像すらした事が無かった。あの暖かな存在が、受け入れてくれなくなるなど。
「…っくしょ、どうしろってんだこのヤロー…」
鬱々とした物ばかりが溜まっているのに常にアントーニョのことばかりが頭の中をぐるぐるして憂さ晴らしすら出来無い。する気力が沸かない。日がな一日ベッ ドの上で蹲りただ怠惰に、無為な時間を過ごすばかりだ。時々心配したフェリシアーノが様子を見に来るものの、会話は全て思考の斜め上の辺りを滑るばかりで 正直、此処最近どんな話をしたのかは全く覚えていない。
「もー、にーちゃんいい加減にしないと黴生えちゃうよー」
「うるせーほっとけあっち行けよコノヤロー」
扉越しに兄を心配するフェリシアーノの声を追い払って深く溜息を吐き出す。アントーニョから会う事を拒否され始めてからもうどれくらい経つ?余りにも何度 も断られるものだから連絡すら怖くて取れなくなった。声すら暫く聞いて居ないのだ。思い出そうとしても脳裏に浮かぶのは優しい過去の思い出ではなく最近の 冷たいアントーニョばかりで切なさだけが膨らんで行く。会いたい、せめて声だけでも、だけど怖くて身動きが取れない。
あの日、酒に飲まれて勢いで押し倒さなければ。そのまま行為へと雪崩れ込まなければ。次の日の朝、アントーニョが余りにもけろりとしていたからその時はた だ満たされた気持ちだけで一杯だった。だが其の後すぐ。こちらから幾ら誘っても応じなくなったという事はあの日の出来事が原因なんだと思われる。けれど何 故。強引にことを運んだ自覚はあるが、アントーニョとて最後の方は自らロヴィーノの上に跨り腰を振るほど興が乗っていたではないか。どちらのものともつか ない体液を纏わりつかせ、程よく筋肉の乗った身体をしなやかに躍らせて幾度も掠れた声でロヴィーノを呼んだではないか。欲を宿した濡れた瞳が柔かく笑みの 形に歪むのを見て一度は想いが通じ合っているのではないかとまで思ったのに。
ぐるぐる、ぐるぐる。思考は同じところばかりを延々と巡り続けて果てし無く、鬱々とした感情だけを振り撒いて止まる事を知らない。次第に溜まり行くどす黒い物がついに身体に収まりきらなくなって弾け飛んだ。
「っっっあああああああああもうちくしょうコノヤローふざけんな!!!」
勢い良く部屋を飛び出して吠える。数日ぶりにまともに顔をあわせたフェリシアーノが驚いたような顔をしていたが構うことは無い。今まで身体を押さえつけて いた薄暗い感情が暴発して止まる事を知らない炉のように燃え上がっている。会いたいなら会えばいい。アントーニョが嫌がる理由なぞ知るものか。会って、話 して、此処最近の拒絶の理由を聞いて確り納得するまで説明させてやる。



そうして勢いのままに辿り付いたアントーニョの家。断りも無く玄関の扉を開ければそれは常と変わらず容易く開かれた。相変わらずの不用心さにどす黒い物が また容量を増すのを感じながら足音荒く家の中を探し回る。リビング、キッチン、バス、トイレ。そして最後に辿り付いた寝室へと足を踏み入れればベッドの上 にシーツ一枚だけ纏わせ惰眠を貪る姿があって。
「テメェは一人で暢気に昼寝かよコノヤロー!!」
姿を見ただけで胸中で渦巻いていた物が晴れてゆく自分が嫌だ。びくりと肩を震わせて目を覚ますアントーニョが起き上がるのを阻止するように足音荒くベッドへと近付けば其の上へと覆い被さるようにして乗りあがる。
「え…あ、ロヴィ…?…どないしたん、こない急に…」
目を白黒させて驚くアントーニョの顔が酷く頼り無い。自分はよほど恐ろしい形相をしているのだろうか、怯えを孕んだ翡翠の瞳に見詰められて身体の奥が疼く。
「うるせー、こうでもしねーとテメェは俺と会わねぇだろーが」
「ちゃ、ちゃうねん!会いたく無かった訳とちゃうんやで!?」
「じゃあなんだってんだよ」
慌てて言い繕おうとした言葉を遮れば途端に言葉を詰まらせ視線を泳がせる、その顔。まるで悪戯を咎められた子供のような幼い顔は見た事が無い。焦がれた相 手のそんな庇護欲をそそるような顔を見せられて憤りが少しだけ落ち着きを取り戻す。誘われるように頬へと掌を触れさせてそっと撫ぜる。柔らかな丸みを帯び たそこは柔かく肌に吸い付いた。
「言えよ。本当に俺が嫌なら…もう…、二度と来ねぇから…」
無いとは言い切れない可能性に、ただ言葉にするだけでも沈みそうになるロヴィーノの心を、ちゃう、と消え入りそうな声でアントーニョが救う。
「嫌、ちゃうねん、…嫌いともちゃう…けど」
「けど、何だよ。」
「俺、ロヴィの親分やから、あかんねん」
「何が」
「ロヴィには幸せになって欲しいねん」
まるで言葉の拙い幼子と会話しているような歯切れの悪い言葉と意味の繋がらない言葉の数々にロヴィーノの眉間に皺が寄る。ロヴィーノと会わない事が何故ロ ヴィーノの幸せに繋がるのか、わけが判らない。だが不意に思い出す。先走って身体を先に繋げてしまったけれど、ロヴィーノは想いを相手に伝えたことがま だ、無い。根本的な事実に気付いて愕然としながらも今が言うべきチャンスなのだと俯くアントーニョの頬を両手でそっと包み込んで視線を重ねる。唇が触れそ うな程に近くに顔を寄せ揺れる翡翠を真っ直ぐに見据える。
「俺は、お前が好きだ。お前の傍に居れば幸せになれるし会えねえと凄く、辛い。…愛してるんだ、アントーニョ」
今まで言う機会を逃していたという理由を盾に唇を割る事の無かった想いが滑らかに滑り落ちて行く。翡翠を見開き固まっているアントーニョの唇へとそっと触れるだけの啄ばむだけの口付けを落とした。
「…え…いや…けど…」
「お前の翡翠色の瞳も、子供みたいに柔かい頬も、太陽の下で輝く笑顔も底抜けに明るくて能天気な所も全部…全部、愛しいんだ。いつも俺の瞼の裏にお前の姿が焼き付いて夜も眠れ無いくらいにいつもお前を想って離れられねー、愛しているんだ」
戸惑いを露にするアントーニョに重ねて畳み掛ける。一度言葉にしてしまったらもう引き返すことなど出来無い。覚悟を決めてしまえば迷う事は無い、今まで素直に言えなかった想いを唇に乗せて囁く。
「でも、俺、親分やし…」
「そんなの関係無ぇよ、お前は、俺の事どう思ってんだよ…受け入れられないって言うなら二度とお前の前には現れねーよ」
「っそんなん嫌や…!!」
不意に伸びたアントーニョの両腕がロヴィーノの首を捉えて引き寄せる。自然とアントーニョの上に倒れることとなった体がひたりとシーツ越しに重なり温もり が滲み出す。ぎゅっと抱き締める腕の強さに顔を首元へと埋めることになったロヴィーノにアントーニョの香りが纏わりつく。
「二度と会わんとか悲しいこと言わんといて、そんなん絶対嫌や…!」
「な、ならお前、俺のモノになんのかよ…」
突然の勢いに飲まれて思わずどもりながらも問い返す声が自然と震える。この男相手に期待してはいけないと理解しているはずなのに高鳴る鼓動が抑えられない。抱き返す腕すら持てずに硬直したようにロヴィーノはただアントーニョの腕の中でじっと次の言葉を待つ。
「自分と離れるくらいやったらなんぼでも俺なんぞやるわ。やから会わないとか言わんといて。」
呆気ない程にすぐ帰って来た返答に思わずロヴィーノはぽかんとアントーニョを見詰めた。この男は結局、分かっているのだろうか。あまりにも考えなしに紡が れる言葉の羅列に、もしかしたら己の想いを含めた今まで全ての会話は全くの無駄だったのでは無いかと悲観的な思考すら過ぎる。
「お、俺の恋人になれって言ってんだぞ、親分でも保護者でもねーんだぞ」
「わかっとるよ」
「う、浮気とかしたら駄目だからな!そんな事したら相手を殺してやるんだからな!」
「絶対せぇへんて約束したる」
「…もう、二度と離してやんねーぞ…」
「ええよ。ロヴィと離れ無いで済むならなんでもかめへん」
どれもこれも。わかっていっているのか、分かっていてこの返答なのか。胸にあった筈の心臓が耳元で激しく脈打っている。信じていいのか、今度こそ、想いが通じ合ったのだろうか。
「…お前は、俺の事どう思ってんだよ。」
「何言うてんの、俺は昔っからロヴィのことが世界の何よりも一番大事なんやで」
結局。それは親分としてなのか恋焦がれる相手としてなのか判断につきかねるのだが。
とりあえず、拒絶はされていない。そう、知ると同時にロヴィーノの身体から力が抜ける。細かい事はどうでもいい、とりあえず言質は取れた。後はこれから じっくりみっちり教え込んでやればいい。お前が了承した事柄はそういうことなんだと、例え分かっていなかったとしてもこれから身体でもって知ればいい。
「お前、その言葉、覚えてろよ…」
手始めにまずその唇からロヴィーノは侵略を開始した

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3.友情≠愛情

フランシスの家に遊びに来たアントーニョと二人、のんびりとソファに並んで腰掛けて何でも無い会話の最中に不意に重なった視線と落ちた沈黙。それはただ何 気ない偶然だが二人にとっては一つの合図にもなった。一本の糸で繋がれたように引き寄せられる唇が静かに重なり、両腕が相手の体躯を緩やかに拘束する。柔 らかな感触を楽しむように数度啄ばんだ唇に舌を差し伸ばしてやれば薄く開いた合間から濡れた粘膜の中へと迎え入れられて相手の体内への侵入を許される。 ゆったりと、焦らすような緩慢さで硬い歯列をなぞり奥に縮こまった舌先を探り当ててやれば喉を鳴らしながら絡み付いてくる温もり。背を、癖のある後ろ髪を 撫でながらぴったりと隙間無く身体をくっつけて唾液を混ぜあう淫靡な音で空気を揺らしてやれば腕の中の身体は簡単に煽られて下肢を押し付けるように擦り付 けて来る。
浅く、深く、絡み合う舌の根がじんと熱を持ち、漏れる吐息が気だるくなった頃に漸くソファへと優しく押し倒してやれば期待が蟠る股間をぐいと押し付け、
「あ、そういやぁな、」
は、と互いに浅く息を零す合間に突然言葉を紡ぐ唇に再び触れようとしていた動きを止めてフランシスは何?と先を促すように優しく問い返す。
「あんな、この前ロヴィとヤってもーた」
どないしよう。と。覆い被さるフランシスを脚の間に挟んで腕を甘く首筋に絡ませながら突飛な告白をするこの友人に思わずフランシスの力が抜ける。別にする事はするけれど恋人同士という間柄でも無いからお互いの戦歴自慢をする事はあっても嫉妬するような事は無いのだが。
「今言うことないでしょ、ソレ。何で今なの」
「や、だってなんか急に思い出したんやもん。そういやロヴィはちゅー下手やったなぁて」
相変わらず空気を読まないアントーニョの言葉に思わずがっくりと肩へと突っ伏すようにして項垂れたフランシスの髪を暢気に撫でながら我関せずとアントーニョは話を続ける。
「けどなぁ、ほら、ロヴィは一応元子分やん。俺親分やん。あかんやん。」
「何が。」
「俺別にそういうんが目的でロヴィと居ったんちゃうし。」
長年の付き合いにはなるが、未だこの会話のテンポに着いて行けない。話が端的過ぎて全容の予想すら付かない。そもそも突込み所が多すぎる。
「…とりあえず、幾ら優しいおにーさん相手だからってこういうことしてる時に他の男の名前出さない事。これは最低限の礼儀な?わかるか?」
気力で身体を持ち上げて真上から優しく、まるで子供に言い聞かせるように諭してやれば一瞬きょとんと翡翠の瞳を瞬かせた後、ぎこちなく頷いた。ああコレは きっとまったく理解してないでただ頷いただけだ。恐らくやるなと言われた事はやらないだろうが、何故やっちゃ駄目なのか分かっていない顔だ。
「…それと、何で駄目なの。それ目的じゃなかったって言ったって、別に今は国としては対等な関係なんだし、あいつも大きくなったんだから別にいいんじゃいの?」
だが一つに拘っていたら何時まで経っても話が進まない。なるべく話がわかりやすくなるようにと問い掛けてみればアントーニョはそれは思い切りよく首を振った。
「あかんあかん、やってロヴィやで?あんな可愛かったロヴィがそんな、いやあかんよ」
フランシスの努力空しく帰って来る言葉は自己完結された否定ばかりで相談したいのか愚痴を零したいだけなのかすら判断つかない。それなのにいつしかアントーニョの脚はフランシスの下肢に絡まり指先が顎の下を優しく擽るのだ、話をしながら続けろという訴えか、これは。
「じゃあ何でヤったんだよ、拒めばいいじゃないか。」
「かっこよかったんやもん…」
「は?」
「せやからあんまりにもロヴィがかっこええし酒入ってたしかわええし…」
なんだそれはつまりただの惚気か。思わず馬鹿馬鹿しくなったフランシスはまだぶつくさと言い訳を連ねるアントーニョを無視して服を剥き始める。まともに聞 いた俺が馬鹿だった、勝手にしろとばかりに自分も服を脱いで直接肌へと触れる。じんわりと滲むように染み込むフランシスよりも高い体温。柔らかな皮膚の下 には確かな筋肉が着いた身体を確かめるように掌を這わせて行く。
「けどほら、ロヴィならかわええ女の子と幸せになれるんやろなぁ思て。ちょっと意地っ張りやけど素直なええ子やし、ああ見えても優しいトコあるし…」
次第に小さくなって行く言葉、眉根を寄せて何処か不服げな顔をして唸るアントーニョを他所にフランシスの掌は滑らかな腹筋の山を伝い落ちて下肢へと滑り込む。茂みの中にひっそりと熱を滲ませるペニスに触れるとぴくりと震える肌。
「ッ、…なんか、それはそれでおもろない…」
指先で裏筋から袋までを擽るようになぞれば面白い程に素直に身体は反応するのに未だに思考はフランシス以外の男で一杯のアントーニョの様子に不意に、気付 く。気付くというよりは、理解したというのが相応しいかもしれない。今まで博愛主義を誇るフランスすらも敵わないと思わせるような博愛精神、悪く言えば節 操無しのアントーニョが固執するただ一人の男。こうして度々身体を重ねるフランシスですらこんな執着を向けられた事が無い。それをあの男は、かつてただの 属国でしかなかったあの少年だった男は、本人の自覚なしに手に入れてる。
「なぁ、それって……」
思わず言いかけて、やめた。アントーニョに対して愛だの恋だのといった感情は持ち合わせていないが紛れも無くコレは嫉妬だ。何事にも節操無しと無執着の狭間を行き来するアントーニョの唯一を手に入れた、そのことに対しての。
「なん、言いかけて止めんといて、気になるやんか。」
「いやいや、そろそろおにーさんも構ってくれないと拗ねちゃうぞって」
意識をこちらへと引き戻してから強く、手の中の雄を擦ってやれば喉を鳴らして肩を震わせるアントーニョに満足して唇を重ねる。そのまま再び舌を差し込めば 消化不良なのか不服さを残しながらもおずおずと絡みついた舌を弄ぶ。唇を塞いだまま快楽で翻弄してしまえばアントーニョのことだ、すぐに溺れることだろう。



ロヴィーノの感情はわからないがアントーニョの感情は紛れも無くそれだろうが暫くは言ってやるつもりがフランシスに無い。幸せを願わないわけでもないが素 直に喜ぶには自尊心と悪戯心が疼いた。これから先、二人の間でいかに面白おかしく幸せにしてやるかと浮き足立つ心を宥めながら今はただ、目の前の快楽へと フランシスも共に溶けて行った。

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2.ラブドランカー

再会を祝した宴は二人きりでひっそりと、だが常々騒がしい男が一人居ればそれは賑やかな物になった。お互いの近況や周辺諸国の状況、今年の農産物の話と いった真面目な話から街中で見かけた胸の大きな女や国内で流行った歌、果ては家に忍び込んできた鼠の話などとりとめもなく語られる話題は尽きる事無く二人 の唇から滑り落ちる。アルコールでより饒舌さを増したアントーニョの話に置いて行かれないよう食いつくロヴィーノも普段よりよっぽど饒舌だ。言い争うよう に次々に紡がれる言葉の数と同じようにして胃に落ちて行くアルコールで二人共まともな思考能力を失いつつある。決着が見えずに何度も繰り返される問答がそ れを物語っていた。
「せやから、女の子はやっぱりばいーんぼいーんやろ。むっちむちのおっぱい気持ちええでー?」
「だから俺は細身の女が良いっつってんだろ!掌に収まるサイズの方がいいんだよ!!!」
「そんなん揉んだかて何もおもろないやんか!!ロヴィもいっぺんおっぱいおっきな子ぉとシてみぃ、気持ちええから!!!」
「うるせぇえ!!俺はお前みたいに誰とでも寝る訳じゃねえんだよ!!」
すっかり酒に支配された思考能力では恥じらいも何もあったものではない。否、アントーニョに限っては酒の有る無しに関係無いかもしれないが。何がおかしい のか腹を引き攣らせて笑い転げるアントーニョの頭を一発殴ってからさらに酒を煽る。アルコール度数こそさほど高く無いが並々とグラスに満ちたそれを一気に 飲み下した喉が焼けて瞼がかっと熱くなった。味など、もうとっくの昔に判らない。
「そもそも、なぁ、俺は、そういう、……無ェし。」
たん、と音を立ててグラスをテーブルへと戻すと殴られても未だ笑い転げるアントーニョへと視線を定める。ロヴィーノが呟いた言葉にすら気付かずけらけらと 笑い続けるアントーニョの姿にふつりと怒りが腹の底で湧き上がる。そもそも、何でお前に女の良し悪しを指図されなければならないのか。他でもない、アン トーニョに。沸いた怒りが次第にぐつぐつと煮え滾り始めるのにロヴィーノは歯を噛み締める。
「そない怒らんと、今度俺がちゃんと教えたるて。女の子と気持ちよぉなる方法」
黙り込んだロヴィーノを気遣ったのか、アントーニョにとっては酔い任せの軽口のつもりだったのだろうその言葉にぷっつりと何かが切れる音がした。勢い良く 立ち上がるとがたんと椅子が倒れる音がした。自分で言った言葉に自分で笑うアントーニョの手首を掴むと強引に引っ張って床へと引き摺り倒す。反応が遅れた アントーニョが椅子ごと床へと転げ落ちたその上へと圧し掛かると、だん、と音を立てて顔の脇へと両手をついた。
「今度と言わずに今教えてもらおうじゃねぇか、このやろー」



まず、汗に張り付いた前髪を掻き分けて額に一つ。それから鼻先に、滑り落ちて頬へと唇を触れさせる。柔らかな感触を伝える肌は滲んだ汗でしっとりと吸い付くように乾いた唇を潤した。
「ろ、ヴィ…」
ついさっきまで笑い転げていたアントーニョが甘く重たい溜息混じりにロヴィーノを呼ぶ。戸惑いを含んだそれが咎めるのか、拒絶するのか、続きが聞きたくなくて濡れた舌を覗かせる唇を塞いで封じる。差し伸ばした舌先に絡むアルコールの甘味が脳髄にまで染みた。
「ロヴィ、待っ……痛い…」
喘ぐように首を振って逃れようとする最中に零れる声を無視して唇を追いかけながら床に打ち付けられた衝撃に強張る身体を宥めるように頬へと指先を触れさせ るとそのまま顎を固定する。怯えたように奥で縮こまる舌を突付いてやればンぅとくぐもった声が漏れた。何処か色付いたそれをもっと聞きたくて舌の裏を擽っ てやれば漸く、ぬるりと舌が絡む。鼻から呼吸を漏らしながら粘膜を擦り合わせるだけの単純な動きを繰り返す度に微かな水音が震えて言いようの無い充足感を 齎した。
「ン、…ん、…ロヴィ…ッ」
次第に呼吸が苦しくなったのかアントーニョがロヴィーノの肩をそっと押し上げて漸く離れる唇。未練がましく伝う唾液の糸がふつりと切れてひやりと冷たく唇に触れた。
「なん、やの、突然…痛いやんか…」
きゅ、と眉根を寄せて不服を訴えるアントーニョの濡れた翡翠の瞳が伺うように下からロヴィーノを見上げていて、太陽の下で親分を気取る男とはまるで別人のように甘く淫靡な空気を纏う。
「お前が、教えてくれるっつったんだろ…」
再び触れ合う直前まで唇を近づけても肩に触れた両手は拒まなかった。ただ、戸惑うようにぎゅっとロヴィーノのシャツを握り締めているばかりだ。
「それは、言葉のアヤっちゅーか…なんちゅーか…第一、女の子おらへんやん」
「俺は、お前がいい。」
「せやけど、俺おっぱいないし…」
「元々胸の無い子の方が好きだから問題無ぇ」
「ちんこついとるし…」
「別に気にしない」
思いつく反論を全てあっさりと封じられてアントーニョがうぅと低く唸る。口下手な方だと自覚のあるロヴィーノがこうまでも綺麗にアントーニョを言い負かす など滅多に無い経験で思わずロヴィーノの口端が緩んだ。アントーニョは今突然の出来事に混乱している。突然の子分の反乱、それはロヴィーノ自身でも驚く程 の強引さでもって成し遂げられようとしている。酒の力とはかくも強力なのだろうか、それとも今まで身体の奥深くに溜め込んだ感情が暴発しただけなのだろう か。 なんとか言葉を捜そうとアントーニョが視線を彷徨わせるうちにそっと掌をシャツの裾から忍び込ませる。高揚した肌がひたりと滑らかに掌に吸い付き期 待に下肢が疼く。緩い稜線を描く腹筋の山を辿り胸元へと這い上がった指先が小さな引っ掛かりを摘み上げて転がせばぴくりと肌が震えた。
「ッロヴィ…っあかんて、俺、親分やし…ッ」
「そんなの関係無ぇよ」
結局何も思いつかなかったのか訳のわからぬ事を言い始める唇を再び塞ぐ。そもそも、アントーニョが本気で抵抗しようと思えばロヴィーノなど簡単に押し退け られるはずなのだ。例え酒に酔っていたとしても。まだ、泥酔しすぎて動けぬほどでは無いだろう。それをしないということは否が応にも期待が膨らむ。許され ているのかと、先を望まれているのかと。未だ言葉には出来無い想いだけれど勢いと偶然に手に入れたチャンスを見逃す程にはまだロヴィーノはへたれていな い。
「…気持ち良くさせる方法、確り教えろよ…?」


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ぴたりと重なっていた肌が剥がれて汗ばんだそこに空気が触れた。そうしてまたずるりと少しだけ姿を見せたペニスが再びアントーニョの体内に沈む。
「あっ…ん…」
押し出されるようにして密かな声が鼓膜を震わせて下肢が甘く震えた。絡み付くように粘膜に締め付けられて温度を上げる身体から浅く息を吐き出して熱を逃がす。
「な、気持ちええ…?」
ゆったりと腰を前後に揺すりながら見下ろすアントーニョの唇が赤い舌をちらつかせながら問う、その卑猥さを本人は自覚してやっているのだろうか。ロヴィーノはもう限界ぎりぎりの所でひたすら耐えているばかりだというにこの余裕の差。
「わかってんだろ…っわざわざ聞くんじゃねー」
「せやな、けど意地悪したなんねん」
ふふ、と淫靡な空気を震わせて笑うアントーニョが腰を支えていたロヴィーノの手をそっと取ると結合部へと導く。腰を浮かせた分だけ姿を見せたロヴィーノの ペニスを辿り薄い皮膚を一杯に引き延ばして貪欲に性を貪る排泄口へ。どちらのものともつかない体液に濡れたそこを導かれるようになぞれば中が震えるように ロヴィーノを締め付けた。
「は…っ此処、めっちゃ喜んどるやろ、ロヴィのちんこ美味しいて言うてるやろ」
極々浅く揺れる動きに合わせて絡み付く薄い皮膚は確かにアントーニョの言う通りご馳走を食べるかのようにロヴィーノのペニスを咀嚼し舐め尽くして行く。ロ ヴィーノには腹筋を強張らせて引きずり込まれそうになるのを堪えるのがやっとで、ゆっくり味わっていたらあっさりと天国へ連れて行かれてしまいそうだ。そ んなのはなけなしのプライドが許さない。
「んぁっ…ひっ、そんないきなし…っ」
アントーニョのなすがままに快感を享受していただけの身体で下から不意に突き上げてやれば面白い程に褐色の肌が踊った。一度、二度と繰り返し突き上げる度に背をしならせて甘い声を上げる。
「ぁっあっ、気持ち…ぇえっ」
ロヴィーノの目の前で汗に濡れた肌が誘うようになまめかしく揺れる。促されるようにして次第に強く早く腰を揺さ振れば肉がぶつかる乾いた音の中に卑猥な水 音が混ざり鼓膜からも快感を流し込んでゆく。耐え切れなくなったように身をくねらせながら腰を揺らすアントーニョの動きがロヴィーノの動きを乱し予想外の 快感に息を飲んだ。
「はっ…んぁっ、もぅぁかん…っ」
イく、イってまうと譫言のように喘ぐ姿は最早幼い頃から慣れ親しんだ男では無く、ただ欲に塗れた娼婦に等しい存在だった。穏やかで暖かい幼き頃の記憶が全て、今目の前で快楽のままに踊る男の下卑た姿に塗り潰されて行く。
初めて弟以外に感じた暖かな愛情も、見返りを求め無い真っ直ぐな優しさも、全てがただ下半身が求める安っぽい欲求へと擦りかえられて行く。
「ロヴィ…ッッッ――」
どろりとロヴィーノの腹の上に白濁を吐き出しながら媚びるような甘い声で囁かれた名を、だがロヴィーノは不思議と不快と思う事は無かった。達したばかりで強張る身体に締め付けられてロヴィーノもまたそのぬかるんだ体内へと無為に散る性を吐き出しながら荒く息を吐き出す。
「アン……」
かつて呼ぶ事が出来なかった彼の愛称をそっと口の中で呟き、満ちる幸福感に浸る。それは長年にわたり渇望していた物でもあり、大切な思い出との別離でもあったがロヴィーノに後悔は無い。
愛する者を生まれたままの姿で抱き締める、その幸せに勝る物など、ロヴィーノには何一つ無かった。

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