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火日が従弟 4

IHの敗退、膝の故障、木吉鉄平と言う男の復帰。
それから二回も行われた合宿。
思えば夏休み前から今まで、なんだかんだと色んな事があった、と思う。
中でも木吉の復帰は大きい。
すっとボケた言動に、復帰した当日だと言うのに火神にスタメンを賭けた1on1を持ち掛けるような唐突さには驚いたが、それよりも驚いたのはそんな木吉の全てを二年生は全員受け入れている所だ。
普段ならばそんな勝手な事を言い出せるような雰囲気でも無いカントクが、日向が、溜息一つで木吉の言動の行く先を見守り、許容した。
それは火神の中に違和感にも満たないような小さな不快感を胸の奥に生みだした。



「つまり、木吉先輩が嫌いって事ですか?」
お馴染みのマジバで取り留めも無い話の中でぽろぽろと零れた火神の言葉の真意が分からずに黒子は首を傾げる。
今までただ思い付くままに言葉を並べていただけなのだろう、火神は一度黙って考えた後、黒子と同じ方向に首を傾けた。
「嫌いって訳じゃねーけど…」
ねーけど、なんだ。
唇を尖らせて言い淀む火神を眺めながらバニラシェイクを啜ってのんびりと続きを待つ。
火神はまだ何を訴えたいのか、何を求めているのか自分でもわかって居ない状況だ。
こんな時は変に急かさず、火神なりの言葉になるまで待った方が良い。
「すげぇ先輩、って思うけど…嫌いとかじゃなくて…好きになれない?」
言いながらまだ首を捻って唸る様子からしてうまい言い回しが思い着かないのだろう。
それにしても好きになれないとは。
「木吉先輩が帰ってきた日、勝手に1on1やったりしたらいつもだったらカントクとか主将に怒られたりとか、後で罰としてメニュー増えるとかあんのにあの時だけは何も無かったなって」
「言われてみれば確かにそうですね」
「その後の練習試合だって、木吉先輩が言ったから一年だけで試合することになっただろ?」
つまり、火神にとっては後からやって来た癖にカントクや主将と同じくらいの発言権があることが気に食わないとでも言うのだろうか。
日本の縦社会すら疎ましいと思っているような火神がそんなことで好きになれないなんて余り思えないのだが。
未だ先の見えない話の流れに、黒子は曖昧に頷いた。
「けど、それは主将もカントクも納得の行く理由があったからじゃないですか?木吉先輩だからと言う訳ではなく」
「つっても、なんか甘く無ぇ?主将もカントクも、木吉先輩の言う事はなんでも聞いてる気がする」
「甘い…と言うよりは単純に二人が反対しない事しか言って無いんだと思いますが…」
端から見ていても二年生の、もとい日向と監督の信頼が厚い木吉だ。
その信頼があるからこその発言と許容だと思うのだが火神にそこまで察しろと言うのは難しい話なのだろうか。
しかし察しが良いとは言えずとも何かと勘が良く、どちらかといえばはっきりと物を言う火神が木吉を嫌うのではなく、好きになれないなどと歯に物の挟まったような事を言う違和感。
これは木吉と火神の間で何かあったのだろうかと少し不穏な予測がちらつき始める。
「…とりあえず、木吉先輩にだけ甘くね?って話は置いとくにしてもよ…、あの人、やたらとべたべたくっつくっつーか…」
先程より言い淀み視線をさ迷わせる火神と、その言葉の内容。
うっかりと導き出してしまった一つの予測を口にするかどうか迷い、躊躇い、火神を見上げると先を促すような視線とかち合ったのでおずおずと口を開く。
「…木吉先輩に迫られでもしましたか…?」
「はっ!?いや、どこをどうしたらそんな話になるんだよ!?」
良かった。
心の底から良かった。
何処か底が見えなくて、まだ少しだけ警戒心を抱いてしまうような先輩に、更に肉食系ホモなんて属性がついてしまったらちょっと明日から目を合わせ難い。
「違うならいいんです。…確かに木吉先輩はスキンシップが多い方だとは思いますが…どちらかと言えば火神君よりも主将が被害に遭っているような」
「どちらかも何も一番べたべたされてるだろ。しかも俺がやると怒るのに木吉先輩だと好きにさせてるし」
「はあ……」
「合宿の時だって気付いたら二人で話込んでるし。部屋も一緒だし。俺が合宿中に練習中以外に主将と喋ったのなんて風呂の時くらいなのに」
だんだんと愚痴のようになってきた言葉を聞きながら黒子は首を傾げる。
合宿中は一年生と二年生で部屋を分けたから当然木吉と日向以外にも二年生が居たのだがそこはどうでも良いのか、とか。
そもそもいくら学年わけ隔て無く仲が良いと言っても、練習から離れれば同学年同士で固まるのは仕方が無いだろう、とか。
諭してやりたい所は多々あるのだが、そのどれもが本題からずれているような気がする。
むしろ火神が一番引っ掛かっているというのは、
「主将と仲が良いのが嫌なんですか…?」
「え、……――そうなのか?」
言われた本人が初めて知ったと言わんばかりの顔でまじまじと黒子を見て、それから眉を寄せて考えた後、うん、と一つ頷いた。
「…なんか、そんな気がしてきた…」
「……どれだけ主将が好きなんですか…」
思わずテーブルに突っ伏しそうになった額を手で押さえてなんとか留める。
ホモは木吉先輩の方では無く火神だったのか、と訳も無く遠くを見たくなった。
「いや、だって、学校では散々木吉は苦手だとか嫌だとか言ってる癖に俺にはあいつの手がすげぇとか、あいつが居るだけで安心感が違うだとか、本人に言えよって事ばっか俺に言って来るんだぜ?」
「……はぁ、…」
「それに家では順くんからハグしたり俺の事を座椅子代わりにしてる癖に学校で触ろうとすると怒るんだぞ、木吉先輩も同じ事してんのに!」
貴重な主将のデレだとか、知られざるスキンシップ好きな一面だとか、だんだんとヒートアップしてきた火神の暴露は少なからず黒子に衝撃を与えたがもう今更一々突っ込んでなぞ居られない。
今すべきは問題の解決だ。
そしてこの子供のような愚痴から早く逃れたい。
「とりあえず一つだけ確認したいのですが…火神くんと主将は恋人同士とかじゃないんですよね?」
「違ぇーよ。ただの従兄弟だって」
「それじゃあ、木吉先輩と主将が恋人同士という可能性は…?」
「――……え……?」
「もしも、木吉先輩と主将がお付き合いしているのなら、火神くんがどれだけ嫉妬していようと口を挟める事では無いんじゃないかと思いまして」
火神は分かりやすく固まったまま。
このまま火神が思考を停止させている間に畳みかけてしまおうと黒子は身を乗り出した。
「ですから、確認してみたらいかがでしょう。主将に直接聞いてみるのは」
「木吉先輩と付き合ってるか、…って…?」
「それで付き合っているというのなら火神くんは諦める他ありませんし、そうじゃないというのなら改めて火神くんがどうすれば木吉先輩と仲良くなれるか考えてみてはどうでしょう?」
要は、全て日向に押し付けたいだけなのだが。
木吉と日向が付き合っているとは到底思えないのだが、「付き合っているのか」などと聞かれれば必ずなぜそんな事を聞くに至ったのかを問い質してくれるだろう、日向ならば。
そうすれば後は全て、日向との話し合いでもお説教でも何でもいいから火神の日向離れを促してくれればいい。
善は急げです、等と少しばかり間違った言葉を使いながら火神を促して立ち上がる。
まだ余り頭が回っていない様子の火神は考えるようなそぶりを見せながらもなんだかんだ、黒子の言うがままに帰宅する気になったようだ。
会計を済ませ、火神と別れてから黒子は一人溜息を吐きだす。
人間観察が趣味の人間として、こういった人同士の感情の縺れというのは非常に興味がある所だが、そこに自分を巻き込まないで欲しい。
黒子が欲しいのは結果や経過だけであって、お悩み相談までしてやれる程の経験なぞない。
今日は巧く日向にパスしてしまったが、これが巧く行けば日向にきっと「変な事を言い出すな」と怒られ、巧くいかなければまた火神からの相談を受ける羽目になるのだろう。
さて、どうなることやらと、幾らか重い気持ちを引き摺って黒子は家へと向かう道のりを歩きだした。

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ゼノサ×黒バス

【666と669】
火神大我は、人には言えない記憶を持っている。
それは恥ずかしかった思い出や後悔している失敗等では無い、火神大我では無い一人の少年の生涯の記憶だ。
その記憶に気付いたのは中学三年の頃からで、最初は夢の中で記憶を見ているだけだった。
途切れ途切れに夢見る記憶は現実からかけ離れた物ばかりで、最初は我ながら妄想力逞しいと思ったものだ。
数kmを超える宇宙戦艦だとか、歳を取らない身体だとか、ガンダムのような巨大な人型ロボットだとか、普通、現実の記憶だとは思わないだろう。
それが自分の記憶なのだと思ったきっかけがある訳ではない。
ただ不意に、これはかつての自分の記憶なのだと理解したのだ。
穏やかな思い出も、胸を割くような後悔も、夢の中の登場人物に同調して感じている訳ではない、自分だけの想いなのだと自覚したのだ。
それからは夢の中に限らず、ふとした瞬間に思い出したり、思い出した覚えが無いのに覚えていたりと「もう一人の記憶」はすっかり火神の中に定着している。
自分のこれまでの生涯と同じで、全てを覚えている訳では無いが心に残る思いでだけは幼少時から死ぬ間際まで全て覚えていると断言出来る。


だが覚えている、と言ってもそれが日常にどう生かされる訳でも無い。
記憶の中の少年は宇宙船で色んな星やコロニーを飛びまわり、人型ロボットに乗って闘って居たりしていたが、今この世界でそんな日常が存在するのはアニメやゲームの世界だけだ。
そもそも、明らかに記憶の中の世界の方が未来の世界で、火神が居る世界の方が過去だ。
そんな記憶を誰かに話してもドン引きされるのが関の山だろう。
何故こんな記憶を持つ事になったのか、その意味を探る事に興味が無い訳でもないが今までオカルトに全く興味が無かった一介の高校生には手に余る事象だ。
普段は余り記憶について考える事も無く、ふと思い出したとしてもあの時代ならば今と違って…、とちょっとした比較をして懐かしむ程度の物だったのだが。


ある日、部活が終わった後。
普段ならば空腹に耐えきれず急いで着替えて帰る所なのだが、その日は何故かとても眠かった。
食い気に勝る眠気は余り経験した事も無く、それならば10分くらい仮眠して行ってもいいか、とベンチに横になる。
まだ体育館で自主錬している人間が居る筈で、うっかり寝過ごしてもきっと彼らなら起こしてくれるだろう、そんな気楽なつもりで。


眠った、という感覚は無かった。
だがふと瞼を持ち上げると蛍光灯が眩しく輝き、眼を閉じる前までは明るかった窓の外がすっかりと暗くなっていた。
思いのほか寝ていた事実に驚きながらもふと傍らへと目を向ければ黒髪の青年の背中が一つ。
きっと主将なのだろう、机に向かって書きものをしている姿はまだこちらに気付く様子は無い。
ぼんやりとその背中を眺めながら、そういえば記憶の中でよくこんな光景を見たな、と思い出した。


少年の姿のまま成長を止めてしまった自分とは違い、すくすくと育ちやがった弟は一端の実業家としていつもモニターと睨めっこしていた。
外で好き勝手に暴れまわっていれば良い自分とは違い、大人のお付き合いやら腹の探り合いやら数字との戦いやら、何かと時間に追われる生活をしている弟に申し訳ない気持ちが無い訳ではないが、こればっかりは見た目の問題という物で仕方が無い。
立派な成人男性として成長した弟ならともかく、十代の半ばにも満たない年齢のまま成長を止めてしまった自分が交渉の場に赴いた所で鼻で笑われるのがオチだ。
外見がそうだからといって、流石にもう弟とべたべた一緒に居ないと寂しいなんて歳でも無いが、まさかひと眠りしてもまだ終わらないくらいに夢中になっているとは思わなかった。
逆に、寝ているから幸いと切り上げる筈だった仕事を続けているのかもしれないが。
『ガイナン、いい加減に仕事から離れないとお兄ちゃん泣くぞ』
心の中で思う、よりは強く。
自分達兄弟だけが繋がる心の声を振り向かない背中へと投げつける。
きっと言った所でこの弟は平然とこっちを見ないまま返事を返して来るのだろうけれど――
「――えっ?」
ば、と振り向いたのは記憶の中の弟なんかでは無く。
逆光になって影になっていても尚驚きに見開かれた目が眼鏡の奥で火神を凝視する。
その余りの視線の強さに火神の眠気も吹っ飛んで、なんとなく身を起して居住まいを正す。
「えっ、…って……」
もしかして口に出して言ってただろうか。
寝惚けて居たにしてもあの台詞は、ちょっと、聞かれたら恥ずかしい。
一人であわあわし始めた火神を余所に、少し眉を寄せて考え込んだ日向は火神から視線を外さないままで。
『お前、アルベド…じゃあ、無いよな。ルベド、か?』
耳では無く、脳内に直接語りかけられる声に今度は火神が驚きに目を見開いた。
ルベドは間違いなく記憶の中の自分の名前で、アルベドはもう一人の弟の名だ。
『……え、いや、だって、え?主将が、え?何で…?』
『おい、心の声ダダ漏れだぞ。パニクりたいのはこっちだ、何で小さかった兄がでかい年下になってるんだ』
『そんな事知らねぇよ、…です、いや、え、ガイナンなのか…です?』
耐えきれなくなったのか、ぶは、と日向が噴き出す。
「お前、動揺し過ぎだろ…っつーか、バ火神がルベドって…!!!」
ツボに入ってしまったのか腹を抱えて声も出ない程に笑えて震える日向に火神はどうしていいのか分からない。
馬鹿にされているのはわかる、わかるのだが何とも反論出来ない辺りが悔しい。
記憶の中の自分…ルベドは見た目は少年ながらも博識で、蘊蓄を垂れ流したり難しい語録をふんだんに使ったポエミーな台詞回しの多い少年だった。
英語も日本語も危うくボキャブラリーの貧困な火神とは正反対とも言える。
「それを言うなら主将こそ、ガイナンって…!!」
幼少期から青年になるまで、通じてガイナンは「穏やかで優しい優等生」タイプだった。
間違ってもクラッチタイムに入って暴言吐いたり髪を金髪に染めてテッペン目指したりしないような。
「…はは、まあ、ガイナンだった記憶がある、ってだけで俺は俺でしか無いからなあ」
まだ笑いの余韻を引きずりながらもそう言う日向の眼差しは優しい。
まるで、ルベドの他愛も無い無茶に、仕方ない兄だな、と笑って見守るガイナンのような。
急に膨れ上がった感情が火神自身の物なのか、それとも記憶の中のルベドの物なのか分からない。
わからないけれど、感情が突き動かすままに日向を抱きしめた。
記憶の中とは違いすっぽりと腕の中に収まる日向の身体は違和感があるのに懐かしい。
「ばかやろう……」
眼頭がかっと熱くなって声が震えた。
もう失った物だと思っていた。
取り返せない物だと思っていた。
死ぬ間際まで後悔した別れだった。
それが今、腕の中にある。
ばかやろう、もう一度だけ呟いて抱きしめる火神の背を、日向はただ優しく撫でてくれた。



【666と668と669】
「はああ!?火神くんがルベドぉ!?」
キン、と耳をつんざくカントクの素っ頓狂な声など余り聞く物では無い。
思わず身を竦めながら随分下の方にあるカントクを恐る恐る窺い見る。
「なんかわかるようなわからないような…でも確かに馬鹿な所はそっくりね」
うんうんと一人で納得するのは良いが、やっぱり馬鹿は付きまとうのか。
なんだか遣る瀬無くなってきてがくりと肩を落とすと日向がぽんと肩を叩いた。
「まあ、なんだ。頑張れ。」
応援の言葉はありがたいが、完全に関わらない気でいる日向はきっとかつてのルベドとシトリンの仲の悪さを思い出しているのだろう、綺麗な笑顔で遠い目をしている。
確かに、シトリンを殺したのは火神…もとい、ルベドだが。
あの時とは状況も世界も違う、それに記憶を持っているとはいえ火神は火神でしか無い。
そう理解していても、自分が殺した相手の記憶を持つ人を前にするとどうも居心地が悪い。
そもそも元から犬猿の仲と言うか、馬が合わないというか、とにかく相性が悪いのだ、この妹とは。
「安心して頂戴、別に記憶の中の出来事を恨んだりはしてないから。私は私だもの」
カントクも考えは同じらしい、それは良かったと思う。
だが「火神くんがルベドかあ~、うふふふふ~」と怪しげな笑みを浮かべるカントクは安心したくてもしきれない。
不穏な未来に火神は思わず日向と同じ遠い空を見つめた。



【666と669と混沌】
記憶の話で花を咲かせる、には少しばかりこの記憶は辛い物が多い。
けれど、その辛い記憶の渦中の二人が今、此処に存在する。
それが嬉しくて以前よりも三人が共に過ごす事が多くなったと思う。
今日も黒子は早々に帰ってしまい普段ならば一人で向かう事が多かったマジバへと日向と共に歩いていたのだが。
「ぐのー…しす…???」
「…やっぱりお前もそう思うか?」
平和な日本の一般道にふよふよと半透明の身体で浮かぶ異常な生き物は記憶の中で対峙していた敵そのもので。
思わず足を止めて凝視していた二人に気付いたソレは一瞬の間をおいた後、勢いよく襲いかかってきたので思わず二人で揃って背中を向けて走り出した。
「何でグノーシス!?っつーか本当にグノーシスなのかあれ!?闘えっつーのか!?」
「いやでもあの状態は触れ無ェっすよ!?ヒルベルトエフェクトも無いのにどうやって!?」
「そもそも武器も無ェ一般人だっつーの今は!!第一お前はしょっちゅう闘ってたかもしれねぇけど俺は記憶の中でも実戦なんて大人になってから殆どしてねぇよ!!」
「だからって俺にどうにか出来る訳無ェだろです!!ケイオスが居るならともかく!!」
運動部員の全速力で走って漸くぎりぎり追いつかれないレベルの速さで迫る敵から逃げ続ける事しか出来ない二人は、何か手を探さなければきっといずれは捕まってしまうだろう。
何か策は、と叫ぶようにして議論した所で何一つ浮かぶ筈も無い。
そもそもテクノロジーが違うのだ。
巨大な宇宙戦艦も、有機物から無機物まで何十光年と離れた場所でも簡単に移動出来るU.M.Nも、人と殆ど変らない肉体を持ちながら「モノ」として扱われるレアリエンも居ない。
「火神、レッドドラゴン!!レッドドラゴンモード!!!!」
「今なった所でグノーシスに触れなきゃ意味無ェっつーかそもそも使えるのかどうかもわからねぇっすよ!!」
「ああああ百式でもKOS-MOSでもA.M.W.Sでも何でもいいから誰か転送しろおおおおお」
「主将、眼からビームでばしゅんってなんとか出来ねぇんすか!!」
「いやだから触れ無けりゃ意味無ェだろ!!!」
パニック、とはこういう事を言うのだろうか。
いい加減堂々巡りの会話は気付いているのだが、いかんせん、培った経験が全く使えない状況下での逼迫した状況というのは、百戦錬磨だった「記憶」の当時ならともかく、一介の男子高校生には恐怖でしか無い。
一応は他に被害が出ないように人気の無い道だけを選び、今の所誰も遭遇していないのが幸いだがそろそろ体力が持たない。
肺が破れそうに痛くなっている。
重たくなった足がいつ縺れるとも分からない。
「ルベド役に立たねぇええええええ何でお前ケイオスじゃねぇんだよおおおおおお!!」
「あんたこそガイナンなんかじゃなくて何でケイオスじゃねぇえんだよおおおおおおお!!!」
そろそろ何を叫んでいるのかお互い良く分からなくなってきた頃。
ばすん、と、不意に背後で音がした。
何事かと思って二人揃って振り返ってみると、何故かイグナイトをかます時の腕の形をした黒子が一人立っていて、今まで背後に迫っていたグノーシスは、多分グノーシスだった物がさらさらと細かい白い粒子となって風に流されている。
ぽかんと。
ただ本当にぽかんと口を開けた日向と火神に見つめられて黒子はいつもと同じく「どうも」と言って無表情に小さく頭を下げた。
「ええと、なんかお呼びだったようなので……」
「「っはあああああああああああああああ!!!????」」
まさかこの影の薄い仲間が宇宙を崩壊に導く切欠の存在だったと誰が思っただろうか。
思わずがくりと揃って膝をついて地面に突っ伏した日向と火神を見て、「相変わらず仲の良い兄弟ですね」なんてのたまった黒子に突っ込みを入れる気力はもう、無い。



------



グノーシスの出現、黒子がケイオスの記憶を所持し、尚且つ同じ能力を保持している事実。
このまま「じゃあまた明日」なんてさらっと別れるなんて事も出来ず、結局三人でマジバへと流れ着いた。
そもそも、火神と日向は元々マジバに行くつもりだったのだ。
思わぬ出来事で随分と遠くへと走ってしまったが。
「それにしても主将がニグレドだったのはともかく…火神君がルベドなのは意外ですね」
ずず、とシェイクを啜りながらしみじみと日向と火神を見比べる黒子に、火神は思わず首を傾げた。
「意外?カントクにも主将にも、似てるって言われたぜ?」
「カントクが言ってた似てる所は「馬鹿な所」だけどな」
「馬鹿な所…っぷ…あ、いえ、すみません…」
主将の茶々入れに噴き出した黒子は笑っているのを隠そうとしているのか、見せつけているのかわからなくてなんだかムカつく。
いっぺん殴ってやりたいがテーブルの向いに座っている相手を殴るのはなかなか面倒なので仕方なく睨むだけに留める。
「火神が馬鹿なのは仕方ないとして…しかし黒子がケイオスとはな。」
「僕からしたらこんな間近にニグレドとルベドが居る方が驚きです。」
「ああ、そういえばシトリン…No.668も居るぜ、というかカントクなんだが」
「そうだったんですか、それは何と言うか…凄く、納得してしまいました。」
ほのぼのとした会話が繰り広げられるのをどうにも釈然としない気持ちでハンバーガーを咀嚼する。
まだ暖かさを残すハンバーガーはアメリカの物に比べたらサイズが小さくて三度も齧りつけば無くなってしまうような物だが味は悪くない。
「けれど、それならアルベドは?やはり誠凛に居るんですか?」
黒子の言葉に思わず一瞬固まり、主将と窺うように視線を合わせてから緩く首を振った。
「いや、まだ…見つけて無い」
「そうですか……」
アルベドは火神にとって魂を分けた片割れだが、同時にニグレド以上に複雑な感情を抱えたままの相手だ。
火神がルベドだった時ならば、過ぎた事、過去として処理し、時間と共に割り切る事が出来たが今のこの世界に、ニグレドと同じように生まれて来ているというのなら。
正直、火神はどんな顔をして会えば良いのかわからない。
そもそも、ニグレドとてたまたま、考えるよりも先に知ってしまったからこうしていられるものの、自分から探してみようなんて気は起きなかっただろう。
「けれど、ルベド、ニグレド、シトリンが揃っているのでしょう?アルベドもすぐ近くに居るような気がしてならないのですが」
「それはちょっと思ったが……俺はアルベドに嫌われているからな」
はは。と。
爽やかな笑顔で主将が傍観者の立場に逃げるのを横目で睨む。
実際、アルベドはルベドの中に入るまで散々「お前らが大っ嫌いだ」と公言して憚らなかったが。
行動はそんなでも無かったと思う。
というより素直になれなかっただけなのだと思う。
そんな事、主将だって分かってる筈なのに。
「やっぱり此処は、お前が呼び掛けてやるのがいいんじゃねぇの?」
「そうですよ、君たちはお互いに鼓動を感じる程に近しい存在だったのでしょう?」
二人とも他人事だからって親切そうな顔で言うが、火神にはなんとも頷き難い。
会いたい、とは思うのだが、会うのが怖いとも同時に思う。
それはあの時、アルベドの手を離してしまった所為で汚染された事や、一人だけ生という檻に閉じ込められた恐怖を分かってやれなかった後悔、他にも諸々の負い目がある所為だ。
日向や監督のように、記憶の中と今の自分は違うから気にしていないと言ってくれるのなら良い。
だがもしも、記憶の中の出来ごとを恨んでいると言われたら。
償わなくてはいけないのだとは思うが、まだ火神にその覚悟は出来て居ない。
「それとも俺が話しかけてみるか?アルベドと念話なんて、大人になってからは一回しかしたこと無いが」
「え、した事あるのかよ?…っつーか主将がやってくれるならそれでいいじゃねぇか、俺じゃなくても」
「ただし、俺、その一回の念話で多分、アルベドの身体の何処かふっ飛ばしてるんだよなー、意見の相違があったもんで」
はは、と相変わらず爽やか過ぎて胡散臭い笑顔の主将の飛んでも無い発言に思わず咽る。
ニグレドが吹っ飛ばす、と言ったら眼からばしゅんとビームみたいなのが出て身体が吹っ飛ぶ技?の事なのだろうが。
今の時代でも出来るのか出来ないのかは定かではないがもしも出来たとして、アルベドが前と同じようにつんけんしていて、しかもアルベドの再生能力が無かったら…ただの殺人事件にしかならない。
「……俺が話しかけてみる…です…」
まだこの歳で主将に、引いてはかつての大切な弟に殺人を犯させる訳にはいかない。
未だ腹は決まっていないが主将に任せてもいられない、火神はぐっと拳を握りしめて瞼を伏せた。
『アルベド…――アルベド、居るか……?』
眼の前に居る相手だけでは無い、全世界へと発信するつもりで強くアルベドを呼び掛ける。
きっとこの場に居る主将も、今頃自宅に居るのだろうカントクもこの声が聞こえている筈だ。
もしも標準体で今の世界に生まれ変わった奴がいるのならそいつにも聞こえるかもしれない。
少しでも広い範囲に、少しでもはっきりと伝わるように。
『やあ、俺がアルベドだけど…君は誰だい?この懐かしい感じはルベドかニグレドかな?』
反応は思ったよりもあっさりと帰ってきた。
思わずびくりと肩を跳ねさせた火神を主将と黒子が心配そうな顔で見ているので、とりあえず大丈夫と小さく一つ頷いて見せた。
『俺だ、ルベドだ。……お前、』
『WOW!!ルベドか!!久々だね、元気にしてたかい?またこうして話が出来て嬉しいよ』
話を遮るようにして興奮気味のアルベドの声が重なり、火神は一瞬、ん?と首を傾げる。
なんだか何処かで聞いたことがある気がする声。
WOW、なんて普通、日本人は使わない。
アルベドの何処か陰鬱さを感じるハイテンションとは違う、アメリカ人のようなノリ。
「……アメリカ人?」
「どうした火神、アルベドがアメリカ人だったのか?」
「いや、日本語も喋ってるんだけど……」
「日本語が喋れるアメリカ人って事ですか…?」
そういえば元々黒子は念話が聞こえないし、火神からの最初の発信は全てのURTVに聞こえるように発信したがそれ以降はアルベドにしか聞こえないようにしていたから二人は火神の反応でしか様子が窺えないのだろう。
そわそわと落ち着き無く身を乗り出している二人を宥めながらまず何から、どう聞くべきなのかと頭を巡らせ…
『っっお前、もしかしてタツヤか!!!?』
『あれ、そうだけど……もしかしてその声にその呼び方って、タイガか…?』
何処か聞き覚えのある声だと思ってはいたのだが、間違って居なかった。
本当に、URTVの変異体は皆すぐ傍に居たらしい。
喜んでいいのか氷室がアルベドという何処か恐怖を感じる組み合わせに怯えればよいのか、火神にはもうわからない。
『なんだ、タイガがルベドだったのか。…という事は、昔と逆で俺が兄貴だね』
ふふ、と。
その笑みの声がむしろ火神には恐ろしい。
というよりなぜ長男だったハズの自分が今では末っ子になってしまっているのか。
しかも弟や妹は皆、火神の頭が上がらない相手ばかりだ。
火神はわけもなく思った。
どうしよう、と。


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今更プレイする方はいらっしゃらないと思いますが
ゼノサーガの重大なネタばれを含みます。
ご注意ください。


【U.R.T.V No.666】こと【ルベド】こと【ガイナン・クーカイJr.】=火神
URTV内の変異体の中で一番番号が若い長男。
とある強過ぎる力を持っている為、それの暴走を防ぐ為に無意識に身体の成長を止めている(=成長を止める能力がある)
見た目は13歳程度。中身は26歳。
URTVのリーダーとして、長男として、頑張ろうとしたけれど結果としてURTVはルベド以外皆お亡くなりになりました。
669もといガイナンと戸籍上は義理の親子。
二人で「クーカイファウンデーション」という組織を持ち、コロニーや巨大な宇宙戦艦、ガンダムみたいな人型兵器を持っている


【U.R.T.V No.669】こと【ニグレド】こと【ガイナン】=日向
変異体の中で、というよりURTVラストナンバー。末っ子。
肉声で人を操れる能力を持ってる。あと、ルベド等、力が暴走したURTVを始末する処刑人という役目を持っている。
クーカイファウンデーションで実業家をやっていた物の、お父さんに身体乗っ取られて散々悪事働かれて、最終的にルベドとアルベドを救う為にと自殺のようなお亡くなり方をした。
URTVとしての能力なのか、それともニグレドの特殊能力の一つなのか、眼からビームを出してアルベドの腕をふっ飛ばした事がある。


【U.R.T.V No.668】こと【シトリン】=リコ
ニグレドと同程度の能力を持ち、処刑人の役割を持っているのも一緒。
ただし、ニグレドとルベドはお父さんの手から離れて生きようとしていたのに対し、シトリンはお父様一筋お父様の為にな生き方をした。
結果、お父さんの悪事を止めようとしたルベドと対峙し、死亡。


【U.R.T.V No.667】こと【アルベド】=氷室
成長するけれど死なない身体を持つ個体。頭を拳銃で吹っ飛ばそうと内臓抉ろうと腕がもげようと瞬時に治っちゃう。
一人だけ死ねない為に酷く不安定な精神だった上にU-DOという変な物に汚染されてアヒャる。
色々紆余曲折あった後(ゲーム二作目のシナリオはただのルベドとアルベドの兄弟喧嘩でした…)、お父さんに身体を乗っ取られたニグレドを助けようとやってきたものの、結局ニグレドに助けられる形でルベドの中に入る。


【ケイオス】=黒子
宇宙の崩壊の大元だか切欠だか、とりあえず彼が存在するから宇宙は崩壊するらしい。
その元凶の「力」の殆どは封印されているらしいのだが、何故か彼はグノーシスに触れるだけで消滅させられる。
ヒルベルトエフェクト無くても消滅させられる。
なのに彼がパーティメンバーに居てもグノーシスと通常の戦闘を行わなければいけないのか。
ゲーム中、最も「設定」と「現実」の差にいらっとさせられるお方である。


【U.R.T.V】とは
U-DOというよくわからないけれどすげー怖い存在?の反存在。対抗する為の兵器のような物。
669体も生みだされているけれど、そのうち665体は皆黄色い頭で個人という意識が薄く、常にぼやーっとしてる人形のような物。
666番目以降(ルベド以降、変異体と呼ばれる)の四人だけ、髪の色も違い、個性がはっきりとある。
特殊な能力もそれぞれ有り、力も大分強いらしい。
666ルベドと667アルベドは生後2週間?くらいまで背中がくっついていた癒着性双生児であり、本来は一つの身体に収まるべきと作中では考えられている節がある。


【グノーシス】とは
なんか敵。
ヒルベルトエフェクトという特殊な力場が無いとこちらからは触れない攻撃出来ない、なのにグノーシスから触られると人間は塩になって死んでしまうという恐怖の存在。
ヒルベルトエフェクト自体、本来は発生させられる人(?)が限られているので、結構怖い存在。


【KOS-MOS】
別名モッコス様。邪神。戦闘用アンドロイド。
ゲーム中では可愛いよ!!(ゲーム二作目を除く)


【A.M.W.S】
ガンダムみたいな人型兵器。
勿論人が乗って操縦するよ!!



補足:
本来、ゼノサーガの世界は今から1000年後くらい?の世界だったハズですがそれは並行世界って事で。
ツァラストラが本来の通りに稼働してやり直された世界で転生したURTVって事で。

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ゼノサポエム

【669】
死にたいと、思った事は無い。
誰かが私を裁く事を渇望していた。
断罪者は白い狂気に呑まれた兄でも、赤い狂気を内に秘める兄でもどちらでもよかった。
それがヒロイズムに酔い痴れた甘えだと気付いた時にはもう既に手遅れで、処分を先延ばしにし続けた代償は余りにも大きすぎた。
全て、自分で壊した。
アルベドに言われなくてもわかってた。
ルベドを守りたかったら僕を処分すべきなんだって。
僕がルベドを守るだなんておこがましいって。
だから、最後に「君たち」の為に出来る事があって嬉しかったんだ。
その為に今まで存在する事を許されてたみたいに思えたから。
でも、本当は、生まれてこなければ良かったのに。
【666】
苦しみを分かち合うだけが全てでは無い。
そう分かっていても全てが終わった今、心に残るのは虚無感だけだ。
鼓動を共に刻んだ片割れも、26年間ずっと離れずに支え合った弟も結局は自分の預かり知らぬモノを抱えて消えてしまった。
リーダーとは、何なのだろうか。
兄とは、何なのだろうか。
サクラも、アルベドも、ニグレドも、皆居なくなってしまった。
何故、自分は守られたのだろう。
そんな価値、自分ですらあると思えなくなっているのに。
アルベドはいつもぴいぴい泣き喚いて五月蠅い事この上ない。
ニグレドはモノ分かりの良い出来た弟だけれど、ふらりと姿が見えなくなったり、かと思えば一人で物思いに耽っていたりする。
俺は泣いたり一人で膝を抱えたりなんてしない。
だって兄だし、リーダーだから。
ちゃんとしなくちゃ。俺が皆を守らなきゃ。
サクラも、アルベドも、ニグレドも、一応、黄色い上の兄達も、皆俺が守ってやる。
そうやって、ずっと、ただ自分の強さを信じていられれば良かったのに。
【667】
果てない生への恐怖。
U-DOと繋がった事による快楽。
切り捨てたくとも脈打ち続ける左胸の鼓動。
胸の奥で軋む「アタタカナオモイデ」
それと同時に思い出される、何故自分だけが切り離されたのかという怒り。
色んな感情が複雑に混ざり合って自分ですら何を望むのか分からなくなっていた。
その場の感情だけで生きていた。
ユーリエフが目覚めてから、初めて、自分の本当の願いに気付いた時には遅かった。
死を乗り越えて力を持った今ならきっと救う事が出来たのに。
二人では無く、三人で生きる道があった筈なのに。
チチオヤだと言う男は僕を「失敗作」だと言う。
ルベドよりももっと兄なのだという出来損ない達は僕たちを「怪物」だと言う。
けれどルベドとニグレドだけ僕を「兄弟」だって言ってくれる。
僕たちは誰にも負けないキズナって奴で結ばれていて、ずっと仲良しなんだ。
二人が居れば寂しく無い。
ちゃんと練習してるから、二人が死んでしまってもきっと大丈夫。
だからそれまでは、ずっと一緒に居て欲しかったのに。
サクラなんて い な くなれ  ば い   い    の      に 

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ヒソイル

それは死人の温もりだった。
纏う空気すらひんやりとした温度は人に非ず、されど触れればぬるりと染みだす熱は人形に非ず。愛らしさを強調する筈だった大きな瞳はただ静かに内側の闇だけを見せつけて愛でるには程遠い存在感を醸し出す。
この奇怪な生き物の生態を探るのは人のみに許された好奇心だ。
近づけば警戒する訳でも無い。手を伸ばしたって噛みつく事も無い。だが指を絡めて抱き締めた所で冬の冷気にも似た壁がそっと其処に在るままで何一つ手に入れる事が出来ない。何処までも受容するようでいて全てを跳ね返す柔らかな壁の存在。それが余計に幼い好奇心を育てる事を、本人は知らない。
近くまで来てるから、遊んでよ。
なあんて冗談みたいなメール一つであっさりと呼ばれてくれる安さは初めこそ驚いた物だけれど、今となっては律義に指定された時間には待ち合わせ場所で一人佇む几帳面さと合わさって根の真面目さを感じるだけなのだが。ヒソカはいつだって時間を守る事は余り無かったけれど、最近ではイルミとの待ち合わせの時だけ、時間を守るようになった。それは決して相手を待たせてる事に気兼ねするという理由では無かったが。
蒼褪めた空気の中に埋もれるようにしてひっそりと建物の前に立つイルミの色彩は薄い。意識して見れば、際立つ黒髪と原色の多い服装は派手と言ってもいい筈なのに希薄な存在感。鼻まで埋もれそうな程に巻き付けたマフラーに顔を埋めながら視界は何処を見るでもなくただ人形のように透き通っていてまるで街頭に立たされたマネキンのようだ。不意にそのマネキンの内側の温度を思い出してヒソカの口角があがる。
と、その瞬間に色を持たなかった瞳がひたりとヒソカに焦点を合わせる。人波を幾重にも乗り越えた向こうのカフェテラスで優雅に座ったまま重なる視線が不快を呼んだのか、能面のような顔に初めて表情が乗る、その一瞬。人形の内側に隠し持つ何かに触れたような気がしてまたヒソカの好奇心を煽る。
「悪趣味なのは知ってるけどそういうの止めてくれない?」
観察を止めてイルミの元に辿り着くなりの一声には既に感情の破片も見られない。言葉だけが意味を持ち、含む物を何も感じさせない能面の壁。まるで中を覗くなと牽制されているようで、これだからイルミはたまらないとヒソカは思う。こみ上げた衝動のままに冷え切った体を腕に包んで陶器のような額に唇を押しつけさせてもらえる許容と、決してヒソカの背に回る事の無い腕の拒絶。
「ゴメンゴメン、ボクを待ってる君が可愛くてつい♥」
「てゆーか寒いんだけど。誰かの所為で。」
ひやりとした壁を満喫するように懐くヒソカのさせたいようにしていたイルミの見上げる至近距離の瞳の中には感情が見えないのに要求を伝える術を持っていて、ヒソカはその瞼にも愛しげに口づけを一つ落としてから背から腰へと腕を滑らせ貴婦人をエスコートするようにそっと歩く事を促す。
そうすることで漸く、イルミの存在感が生まれたような気がした。

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監督と主将

「明後日、キセキの世代のスカウトに行くんですが、一緒に来ませんか?」
さも今思い出したと言わんばかりの誘いは原澤らしからぬタイミングだった。
「ピロートークにしてはムード無いんちゃうん?」
だから今吉は茶化した答えを返してみるも、原澤は至って変わらぬポーカーフェイスを崩さない。
「すっかり話すのを忘れていましたので。此処で言いそびれたらまた忘れそうですし。」
あたかもどうでも良い事のように話す割に、原澤が誘うからには何かしらの理由があるのだろうと今吉は小さく息を吐く。
自分が周りから腹に一物を抱えていると思われているのは十分承知しているし、実際そうだと思うのだが原澤はその自分と同等かそれ以上に腹が黒いと思う。
だが今吉と違って胡散臭さを感じさせない、冷静な大人の落ち着きとして表れているのは生きた年月の違いだろうか。
煙草を取ろうとサイドボードへと手を伸ばす原澤の腰へと擦り寄って緩く抱きしめればまだ乾ききらない汗がしっとりと肌に染み込んだ。
体格は然程今吉と変わらないが、現役を退いて年月の経つ原澤の身体は薄い筋肉を纏っただけの細い身体なのにこうして体温を分け合っていると酷く落ち着く。
「まあ、ええねんけど。何企んでるん?」
「企んでるだなんて酷い言われようですね。…少々、手のかかる子のようなので歳の離れた私よりは同年代の子と話した方が説得しやすいかと思っただけなんですが。」
くしゃりと頭を撫でる手の心地よさに目を閉じるとジッポが立てる小さな金属音、それから苦い、煙草の香り。
俺も、と手を伸ばしてアピールしてみるが、駄目です、と即座に拒絶されて優しく手を握られて指先に口づけを落とされる。
まさか自分がこんなにも穏やかに丸めこまれる相手が居ると思っていなかった。
いけず、と小さく幼子のようにぼやけば頭上で笑う吐息が聞こえた。


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原澤にとって、今吉という生徒はありのままに言うなれば「都合のよい人間」だ。
同じ同性を性対象とする人種であり、お互いの間に恋愛感情が無く、余計な事を言わずに心地よい距離感を保って行ける子供。
倫理観の無さ等とうの昔に自覚しているし、きっと今吉とて今更貞操観念云々を説いた所でもう変わる事は出来ないだろうという確信がある。
良くも悪くも原澤と今吉は似ている。
きっと今吉にとっても原澤は「都合のよい人間」であり、余計な事を言わずとも今吉にとって心地よい場所を提供出来る相手なのだろう。
ともすれば同族嫌悪に陥りやすいタイプの二人だが、手を取ってさえしまえばこんなにも居心地が良い。


帝皇中学校へと向かう日。
原澤の運転する車の助手席に収まった今吉は何処か上機嫌だった。
「しかしよくキセキの世代がまだ残っとったなあ、粗方有名所に持ってかれたと思っとったわ」
「どうも、片っ端から引き抜きを断っているらしいですよ。そのお陰で私達にもチャンスが巡ってきたわけですが。」
「これで今日会いに行くのが幻のシックスマンとかやったら笑うで」
桐皇のモットーは「勝てば官軍」だ。
声高に掲げているわけでは無いが、この一年でゆっくりとその意識が浸透していった、というよりもさせていった。
まず、レギュラーはある程度の年功序列があったのだが、一切無くして実力主義になった。
スカウトに力を入れ始めたのも有り、今年こそはレギュラーになれると期待していた三年生の多くが実力の前にベンチ入りを余儀なくされ、太刀打ち出来ない実力の差にその多くが辞めて行った。
次に、WCが終わり当時の三年生が引退した後、主将にはまだ一年生だった今吉を選んだ。
原澤の私情を挟んだ訳ではない、単純に部を引っ張って行く人間として、今吉以上に相応しい人間が二年生の中に見つからなかったのだ。
そして今吉は原澤と同じく、「勝つ為のチーム」を求めていた。
仲良しこよしのチームも、高校生活の良い思い出作りも必要無い。
必要とするのは純粋に「強い選手」。
幻になってしまうような選手等、桐皇に来た所で役に立たないだろう。
「今日の相手、当てたろか。青峰やろ。」
信号待ちで停車した一瞬に横目で見やれば、どや、と自信に満ちた双眸にかち合う。
原澤とプライベートな時間にならともかく、制服を着たままそんな年相応の幼さを見せつけられて思わず微笑ましさに口許が緩む。
「ええ、そうですよ。よくわかりましたね。」
「問題児で、ワシが必要そうな相手やろ?アイツの他に居らんわ」
満足げにシートに背中を押しつける姿に耐えきれず喉奥で笑うと、何笑ろてんねん、と頬を摘まれた。


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青峰との面談は恙なく終わった。
あえて原澤と今吉、別々に会った事で何かしらの結果が出て居れば良いと思う。
「青峰落としたで。あいつ絶対桐皇来るわ。」
車で待つ原澤の元へと戻るなり断言する今吉に、この選択が間違っていなかった事を理解する。
今吉が来ると言ったなら、きっと青峰は来るのだろう。
しかし。
「諏佐君や若松君はいいですけど、あんな繊細そうな子には手を出さないで下さいよ」
「なんや、人を色情狂みたいに」
「間違って無いでしょう。青峰君のような子に君は手に余ります。」
「諏佐や若松なら手ぇ出していいんかい」
「だってもう手を出しているのでしょう?それを咎めた事がありますか?」
かなわんなあ、と笑う今吉を乗せて車は滑らかに走り出す。
夕日がふつりと地平線の向こうへと消えて辺りは急激に暗くなり始めていた。
灯るネオンや街灯が眩しく見えるような景色を横目に、隣では今吉が締めたばかりのシートベルトを外して原澤へと身を擦り寄せる。
「こら、シートベルトをしなさい。」
「な、ご褒美、ちょーだい。俺、克徳さんの思惑通り青峰落としたで」
そっと耳元に落とされる囁きと頬に落ちた唇は期待を滲ませて熱を帯びていた。
運転中でさえ無ければすぐに応えてやりたい所だがいかんせん、まだ家までは大分ある。
「家まで待てないんですか。」
「待てへん。ちゅーか、克徳さんが思い出させたんやん、諏佐とか若松の。」
勃ってもうたわ、とギアを握る手に一度押しつけられた股間が制服越しにもはっきりと固くなっていて原澤は体温が上がるのを感じた。
だからといって制服を着たままの今吉を連れてホテルになぞ入れないし、車の中で事に及べる程、人気の無い場所でも無い。
はあ、とため息を一つ落として原澤は今吉を見た。
「私まで煽ってどうするんですか。ご褒美の前に躾が必要ですね」


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大通りから外れた住宅街の中にある少し大きな公園。
すっかりと暗くなった空の下、路上に車を置いて公衆トイレへと向かう。
行き交う人々は家路を急ぐばかりで、わざわざこんな場所で用を足す事も無いのだろう、暗い中で煌々と白く光るトイレはしんと静まり返っていた。
掃除はされているのだろうが拭いきれない臭いと其処此処に見える黄ばんだ汚れが変に興奮を呼び覚ます。
「相手して欲しいのなら、舐めなさい」
狭い個室へと大柄な男二人で入り込むなり熱い吐息に命令されて今吉の身体がぞくりと震えた。
流石に床に膝をつくのは躊躇われたので蓋を閉じた便器の上へと腰を下ろして原澤の股間をまさぐる。
スーツのジッパーを下ろして鼻先を突っ込めば雄の香りがアンモニア臭に混ざって脳が溶けそうだ。
下着の中から半勃ちのペニスを引きずり出して先端へと口づけを落とす。
これが固く太く勃起して今吉の中を突き上げてくれるのだと思うと愛撫にも熱が入るというもので、先端の薄い皮膚を舌先でくすぐってから徐々に口の中へと咥え込んで行く。
ひく、と口の中で跳ねるのが愛しくて喉奥まで深く咥え込んで全体を唾液で塗れさせてやると頭上で熱の籠った息が吐き出されて今吉は原澤を見上げる。
「いい子ですね」
そう言って頭を撫でてくれる掌は優しいのに、いつも穏やかな瞳が嗜虐的な色を帯びて熱っぽく潤んで居るのに今吉はたまらなくなる。
早く、一刻も早くその熱をぶつけてもらいたくて自然と口蓋から喉奥までを使って幾度もペニスを口内で擦らせる。
時折喉奥を突いてこみ上げる吐き気や息苦しさも慣れた物だ、時折噎せながらこみ上げる粘度の高い唾液を丹念にペニスへと塗す。
「本当にそうしていると色情狂そのものですね。ほら、もういいですよ、立ちなさい。」
原澤の嘲笑は今吉にとって性的な刺激にしかならない。
漸く唇から離れたペニスに、足りなくなった酸素を取り込もうと自然と呼吸が荒くなる。
壁へと手をつく形で原澤に背を向けて立つとゆっくりと制服のズボンが解かれてゆく。
ベルトを外す金属音、ジッパーを下ろして下着ごと膝までズボンをずり下げられると触られずとも先走りを溢れさせたペニスがぬちゃりと糸を引いた。
「もうこんなになってるんですか。…はしたないですね。」
ふふ、と背後から笑う吐息が耳に触れて肩が跳ねる。
確かめるようにペニスに触れる指先が先走りを塗り広げるように擦るだけで今吉の下肢が甘く痺れて膝が震えた。
「っは、…ぁ、…」
「もうお待ちかねのようですし…少しくらい痛い方が好きですものね」
ひたりと後孔へと宛がわれた熱にこみ上げる期待で腰が揺れる。
早く飲み込みたくて腰を押しつけるも原澤は尻の合間へとペニスを擦らせるだけだった。
「早く、…克徳さん…ッ」
「少し待って下さい、躾だって言ったでしょう?」
ご褒美じゃないんですよ、と再びペニスに触れられて何かと思う間も無く根元に走る痛み。
「や、…ッ嫌や、それ…ッ」
逃れようにも背後から覆い被さられた状態で膝にズボンを蟠らせていれば然程動ける訳も無く、手早く為された痛みがゴムか紐を巻き付けられて…要は射精を堰き止められたのだと知る。
じんじんと血が止まって鈍い痛みが徐々に下肢に広がって膝が萎え落ちそうだ。
「嫌、じゃないでしょう?痛いの好きじゃないですか。」
今度こそ、後孔へと触れた先端が先走りの滑りだけを頼りに狭い入り口を無理矢理こじ開ける。
ず、ず、と力尽くのようにして徐々に奥へと突き入れられるペニスは滑りが足りないのだろう、奥へと進む度に色んな所が引き摺られて痛みが走る。
「っゃ、あ…ッあ、…痛…ッ」
壁に爪を立てて必死に力を入れて居ないとしゃがみ込んでしまいそうな位に膝が震えるのが痛いからなのか気持ちいいからなのか分からない。
ただ、原澤もそれなりの痛みを感じているのだろう、荒い息遣いが肌をざわつかせて止まらない。
頭からつま先まで熱くて熱くて、熱が出た時のように視界が滲む。
漸く全てが収まった頃には今吉も原澤も荒い呼吸で肩を上下させるばかりで、滲んだ汗でシャツが肌に張り付いて何とも言えない感触だ。
「は、…動きますよ…」
宥めるように耳朶に口づけ一つ、それから宣言通りにずるりと内臓ごと持っていかれるような勢いで引き抜かれて背筋を駆け抜ける快感、それからずん、と一気に重く突き上げられて今吉から細い悲鳴が上がった。
入口が裂けたのか出入りを繰り返す度に滑らかさを益す動きに射精感が増すのに堰き止められた出口は何も吐き出させてくれない。
幾度も電流が走り抜けるような心地よい場所を固く熱いペニスが抉り取って行くのに高めるだけ高められた熱が吐き出す場所を無くして身体の中で渦巻く。
「…ッも、…っゃやぁ…ッあ、…ッ苦し…ッ」
「躾、だと言ったでしょう、…っ」
嫌だと言いながらも逃れず原澤のされるがままを受け止める今吉は征服欲とでも言うのだろうか、酷く凶暴な感情を呼び起こして止まらない。
もっと泣かせたい。もっと鳴かせたい。
本当ならばもう既に何度かイっているのだろうに、未だにイけずに熱を持て余す今吉の中はとても熱い。
自身は達せないというのに突き上げるたびにびくびくと絡み付くようにペニスを締め付ける粘膜に誘われるがまま、原澤は今吉の中へと白濁を叩き付けた。


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「さて、それでは帰りましょうか」
そう言って身繕いをする原澤は出すモノ出してすっきりしたから良いだろうが、熱を高めるだけ高めておきながら吐き出す事の出来ない今吉にはたまったものじゃない。
「無理やぁ…っせめてこれ解いて…っ」
「駄目ですよ、我慢なさい」
取り付く島もなく、それどころか今吉の先走りでぐちゃぐちゃに濡れそぼったペニスを無理矢理下着の中へと押し込めて衣服を整えられる。
今吉は縛られている上に下着に圧迫された股間が痛くて前屈みになるしかないと言うのに原澤は涼しい顔だ。
「ほら、行きますよ」
涙と汗に濡れた顔をおざなりにハンカチで拭われて外へと引きずられるようにして歩き出すと、ぬちぬちと濡れた音がペニスを掠めて一歩歩くごとに下肢が甘く痺れる。
路上に停めたままの車までの短い距離がとてつもなく遠く感じる。痛いのに、ぬるぬると擦れる布地が気持ち良くて、縺れる足をなんとか原澤に支えてもらってなんとか車へとたどり着く。
助手席にけだるい身体を沈めて渦巻く熱に耐える今吉のシートベルトを装着させる原澤はこれ以上、何もしてくれないだろう、今は。
「辛そうですね」
笑いを忍ばせて囁くだけで車は再び走り出す。
今吉にはもはや早く家に着いてくれと願う事しか出来なかった。


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原澤の家に帰り着いた頃には持て余した熱で今吉はぐったりと原澤に身を任せっきりになっていた。
縛られたまま、発散することも落ち着かせる事も出来なかったペニスは鈍い痛みを絶え間無く産んで今吉を悩ませる。
「克……徳…さん…」
広いベッドの上に転がされて漸く解放されるかもしれないと思うと情けなくも涙で声が震えた。
早く楽になりたくてなんとかズボンを緩めて脱ぎ始めても原澤は知らぬ顔でネクタイを緩めただけの恰好で今吉に触れようともしない。
「私は先程満足させて頂きましたからね。貴方と違って若く無いんですからそうすぐに何度も相手はしてあげられませんよ」
困ったように眉尻を下げてみせてもその瞳に浮かぶのは嗜虐の楽しみに煌めく光だ。
もう耐え切れない程に痛くて苦しいはずなのに、それを見たら今吉の身体に期待で震えが走る。
「とは言っても…貴方もそろそろ反省したでしょうから。暫くこれで遊んでなさい」
サイドボードの引き出しを開ければ今吉も今までに馴染みのある玩具が幾つも入っている。
そのうちの一つを無造作に渡されて今吉は原澤を見上げる。
「私がその気になるくらいいやらしい姿を見せてくれたら、その紐を解いて上げますよ」


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制服のジャケットも脱がないまま、衣服を纏わない下肢の中心で血流を止められ変色したペニスがそそり立つ様は酷く滑稽だと思う。
それをわざわざ見せ付けるようにはしたなく足を開いて、先程中に注ぎ込まれた白濁を垂れ流す穴まで曝していればなおさら。
けれど原澤が見ている。
涼しげな顔で、こちらに興味が無いような顔をしながら舐めるような視線が今吉だけを見ている。
たったそれだけで今吉は逆らう事も思い付かずに言われるがまま玩具をひくつく入口へと宛がう。
「んっ…ふぁ、…っ」
中にモーターが仕込まれた玩具の表面は案外ふにふにとして柔らかい。
男性器を模した太めの傘をゆっくりと押し込めれば先程まで本物をくわえ込んでいたそこはさほど抵抗なく飲み込んで行くが、淡く入口に走る痛みはやはり先程切れていたからだろうか。
奥まで飲み込んで、それからゆっくりと引き抜く、それだけでも餓えた粘膜が絡み付いて小さな電流を流すような痛みと共に全身に熱がさざ波のように広がって行く。
自然と震える内腿を擦り寄せながらまた奥に押し込んでは引き抜くだけの単調な動きでも柔らかさと固さを兼ね備えた玩具が粘ついた水音を立てて中をごりごりと擦り上げて、縛られてさえいなければもう何度達したか分からない程に気持ちいい。
「っは、あ…っぁ、…ぁ」
達せないのは分かっているのに気持ちよさに負けて同じ場所ばかりを擦ってしまう。
けれど達せない。
後少しで見えそうな場所を求めてシーツから強張った尻が浮いて揺らめく。
羞恥を感じ無い訳では決してないが、早く解放される為ならばこれくらいの恥ずかしさ等ちっぽけなものだ。
籠る熱が視界を滲ませるが、頬を零れ落ちるのがもう涙なのか汗なのかもよくわからないくらいに熱い。
「克徳さん…ッ克徳さんっっ…」
縋るものも分からなくてただ震える声で名を呼ぶ事しか出来なくなった頃に漸く原澤がベッドへと近づいてくる気配を輪郭の滲んだ視界で認識する。
下肢へと伸びる手にやっと解放してもらえるのかと力を抜いた瞬間。
「っっっっっ―――――!!!!」
内臓ごと揺さぶるような振動に声にならない悲鳴を上げて全身が強張る。
ただゆっくりと擦るだけでもたまらないというのに容赦なく震える玩具は今吉の意思を離れて耐え難い快感だけを叩きつけてきて眼の前が真っ白に染まった。
射精した時のような快感が途切れる事無く今吉を襲い、何も考える事が出来ない。
がくがくと強張り過ぎて震える身体が全部溶けた蝋のように熱い。
嫌や、怖い、気持ちいい、克徳さん、何か口走ったような気もするが、刺激に耐えきれなくなった今吉の意識はやがてブラックアウトした。


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意識を失っていたのはほんの一瞬の事らしい。
頬に触れる少しかさついた感触に瞼を開けると捕食者のような原澤の瞳にぶつかり思わず身を竦ませる。
「本当に、貴方は私を煽るのがお上手ですね」
もう涙なのか汗なのか涎なのか分からない液体で濡れた顔に落ちる唇の感触は優しいのに、いつの間にか解かれていたのか腹の上にぶちまけられた精液を萎えた性器へと塗り込む掌は酷くいやらしく今吉を次に誘う。
強烈な快感を味わった後で頭も身体もすっかり抜け殻のようだと言うのにぞくりと駆け抜ける何かが怖い。
「ちゃんとその気にさせて頂いたので、お相手して差し上げますね?」

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