忍者ブログ

空箱

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ロマ西ほのぼの?

とんとんとんと軽やかなリズムを奏でて包丁が踊る。
張り詰めた薄いトマトの皮膚を撫でて下ろされる刃は狂い無く真っ直ぐにまな板にぶつかり小気味の良い音を立てる。
まるで機械のように綺麗な等間隔に分けられたトマトが鍋の中へと滑り落とされて行くのを横でぼんやりと眺めながらロヴィーノは口を開いた。
「よく、そんな器用に使えるよな」
ダンスでも踊るかのようにてきぱきとキッチンの中を動き回るアントーニョはロヴィーノを振り返って双眸を瞬かせた後に、ああ、と納得したように笑って包丁を振って見せた。
「これ?慣れやで、こんなもん。自分かて何度も使ってればその内できるようになるわ」
ふぅん、とおざなりな返事を返しながらもロヴィーノの視線は包丁の動きを追う。今度は皮を剥いだイカの身に斜めに刃を滑らせて切れ目を入れている。適当にやっているような素早さで、だが完全に分断される事も無く格子状の模様が白い肌に浮かんだ。
「それよりこんなん見てて楽しいん?座って待っときや」
「いや、いい。」
普段ならば言われなくてもかつての我家で主以上に寛いで待っていただろうが、今日はなんとなく興味が湧いたのだ。特にそれ以上の意味は無かった。アントーニョの鮮やかな料理の腕前は一緒に暮らしていた頃も何度か見た事があるが、此処まで間近で鑑賞するような事は無かった。
「そんならええねんけど。あ、サフラン取って、そこの赤いの。」
言われた通りに棚の中から見つけた小瓶を受け取る掌に垣間見える固く強張った皮膚。農作業、内職、それから武器を握って自然と分厚くなった皮膚は所々が浅く盛り上がって柔らかな皮膚の合間で存在を主張している。受け取るなりさっさと作業を再開する掌を追いかけた後、ロヴィーノは自分の掌へと視線を落とす。柔らかなく滑らかな白い皮膚に覆われた線の細い骨ばった掌。
「自分かて全然料理出来へんのとちゃうやん、ちゃんとやれば絶対巧くなると思うで?」
不意に続く会話に我に返ると少しだけ考えてから首を振る。
「俺はお前等みたいに刃物に慣れてねーんだよ」
は、と鼻で笑って見せる、いつもの軽口のような悪態。だがアントーニョの顔は一瞬、焼け焦げた炭でも食べたかのように歪んで、それから吐息で笑った。
「人を殺す刃物とコイツは全然ちゃうで。」
コイツ、とアントーニョの掌の中で揺れる包丁。料理を再開させながらもアントーニョの視線は何処か遠い。
「コイツでも人は殺せるやろうけど…精々数人がいいトコやな。それに簡単すぎてあかんわ。」
とんとんとん、軽やかなリズムが再びキッチンに響く。鍋で煮込まれたスープがいい香りを漂わせ始めた。食欲をそそる心地良い感覚。
「戦場で使うんは、刃物やけど刃物やないねん。殆ど鈍器やで、人間を斬るっちゅうんはすぐ刃ぁ毀れさすから」
相変わらず下手くそな説明を理解出来るように頭の中で組替えている内にも饒舌になったアントーニョの言葉は次から次へと紡がれて行く。ロヴィーノはただじっと手元へと視線を落とす横顔を見詰めた。
「それに、感触がちゃう。背中にびーんって来んねん。斬ると。ぞわってなる。」
そうして顔を上げたアントーニョの唇が細い三日月を描く。言っている言葉の意味は半分程しか理解出来なかったが思わずロヴィーノの肌が粟立つような笑顔。ひたりと向けられた深い緑の瞳が怖いと素直に思った。
「だから、ちゃうねん、これはロヴィでも簡単に使えるようになると思うで」
そう言って目を細めて笑うアントーニョはもう普段と変わらぬ姿だった。

拍手[0回]

PR

ローマじーちゃん×幼女西

ぺたぺたと素足で歩いているのだろう、軽快な足音が近付いて来て勢い良く扉を押し開ける。
「聞いてやおっちゃん、生理来た!!」
「はぁ?」
息せき切らして駆け込んで来た少女の突然の報告に強大な帝国そのものである男は年甲斐も無く口をあんぐりと大きく開けてぽかんと少女を見詰めた。薄い布一枚を纏った少女の身体つきはまだ幼さが抜けきらない物の確かにそんな年頃かもしれない。
「そんな大口開けてると男前が台無しやで、ほらとっととベッド来てや」
言うなり落ち着き無く男の手を引く少女に導かれるがままにベッドに腰を下ろして改めて首を捻る。
「で、お前に生理が来たのと俺と何の関係があるんだよ?」
「何言うてんねん、ようやっとおっちゃんの子ども産めるようになったやんか」
腰を落ち着けて話を、というのとは違うらしい。膝の上へと乗りあがりいそいそと男を押し倒そうとする少女の言葉にふと思い出す。そう言えば随分前に好奇心旺盛なこの少女に冗談半分、揶揄半分でセックスの偉大さと快楽の深さをとくとくと語った気がする。期待していた恥じらいや嫌悪感を露程にも持たず、夏の草原の色をした瞳をきらきらと輝かせてそんなに凄い物なら今すぐしてみたいと妙なやる気を出されて逆に男を焦らされたものだ。
いかに好色を自負する男とて、片手で捻り潰せそうな程に小さな少女と事に及ぶのは気が引けたし、何より小さな身体では互いに快感を得る事は出来無いだろう。だからせめて大人の女に、つまりは子供が作れる身体になってからとなんとか宥めてその場は事なきを得たのだ。
「な、だから気持ちええこと教えて?」
膝の上に乗ってなお男よりも低い位置にある二つの瞳が曇りない澄んだ輝きを秘めて見上げる様はまだ青さを残しては居るが女として熟れようとしている。ぴたりと胸を合わせるほどに密着して初めて分かる淡い胸の膨らみも、簡単に両手に収まってしまいそうな小さな尻も、芽生え始めた性の香りを自然と纏わりつかせて男を誘おうとしている。
「お前…誘ったからには痛くたって途中で止めてなんかやんねーからな?」
「初めては痛いって、おねーさま方が言うてたもん、でも段々気持ち良くなるって」
だから、と強請るように首を傾けて男を伺う少女が本当にわかってて言っているのかはわからないが此処まで「女」に誘われて断る等、野暮もいい所だ。ふ、と男は吐息で笑うと片腕一本で少女を抱き上げると優しくシーツの上へと押し倒した。
「ガキが出来るまで止めてやらねーから覚悟しろよ?」








「おっちゃんの嘘吐き、アホ、痛くて死んでまうわ、動かれへんもう」
男としては今まで無いくらいに気を使い優しくしてやったつもりだったがやはりこの小さな身体では余り意味を為さなかったらしい。所々赤く染まったシーツに包まりぶつぶつと恨み言を連ねる少女の対応に困り男は溜息を吐いた。
だが悪いのは自分ばかりでは無いと男は思う。まだ何も知らない硬い身体は、言い換えてしまえば今日初めて男に征服された。誰にも手をつけられていないまっさらな身体に男を植え付けるという優越感。最初は子供がじゃれ合うようなくすぐったげな笑い声を上げるだけだったのが何時しか潜めた甘い吐息へと変わり、不安と期待の入り混じる眼差しが蕩けて男を見詰めるように育て上げる快感。熟れきった女とは違う初々しい姿が思わず男を滾らせた。
「なんかまだ股ン間に挟まっとるみたいや…ぅー…」
恨みがましく唸る少女に始める前までの勢いは無い。そっと背後から男がシーツごと抱き締めるとぴくりと細い肩が揺れた。
「最初は痛いって知ってたんだろーが。ちゃんと俺だって忠告してやったぞ」
「けどその後気持ち良くならんかった」
「気持ち良くなるのはこの後だっつの」
シーツの合間を掻い潜り素肌へと掌を滑らせ淡い胸の膨らみの先にぷくりと膨れた乳輪ごと指先で摘んで転がすとひぅ、と息を呑む音が小さく響いた。覚えたての快感に身体が強張る隙に赤と白に塗れた下肢へも手を伸ばし、傷ついた入り口を避けてまだ固さを残す突起を爪先で引っ掻く。
「っひゃ…ッあ、…ッゃ、其処は、…ッ」
「ほら、こっちは気持ちいーんだろ?一度破れちまえばこっちだってその内よくなって来るさ」
互いの体液の滑りを借りて一度だけ入り口を撫で、それからまた突起を捏ね回されて震える耳元に囁くと少女の身体がびくびくと戦慄いて甘い声を上げる。初めてとは思え無い程に飲み込みの良い身体に男の唇がゆっくりと弧を描いた。これから当分、少女を手放せそうにない。

拍手[0回]

終わる為の回想

周防尊は知らぬ人の想像よりはずっと真面目な生徒だが、それは決して周防が良き生徒であること同義ではない。
売られた喧嘩は言い値で買うし、気に入らない相手ならば問答無用で拳をぶつける。
授業は気が向けば出るものの基本的に寝ているだけだし、気が向かなければ学校に来ない事すらある。
それでも入学してまだ1ヶ月だと言うのに広まり浸透してしまった周防尊像に比べたら実態は随分と大人しい事だろう。
喧嘩で人を殺した事があるだとか。
どこぞのチームを一人で壊滅させただとか。
親が裏社会の権力者だとか。
高校生らしい幼稚さの残る噂を信じて周防の傍には近づいて来ない癖に年頃の好奇心で遠巻きに周防の一挙一動をじっと観察する烏合の衆には正直、苛々する。
だが一発周防が殴れば壊れそうな脆い人間相手に無暗矢鱈と手を上げる趣味は無いので、あまりに鬱陶しい時は抑えが利かなくなるなる前に屋上へと逃げる。
周防にとって、喧嘩も怠惰な生活もその時の感情のままに動いているだけであって目立つ事は本意では無い。


本来立ち入り禁止となっている屋上への階段は照明すら付けられる事無く、まだ昼間だと言うのに薄暗い。
素行のよろしくない生徒たちの溜まり場になっている事を皆知っているのか、階段にすら近づく者が少ない為に静かな空気を一歩ずつ踏み締めて階段を上る。
登りきった所で分厚く、少しペンキが剥がれかけた鉄製の扉を押し開ければキィと錆びついた音が鳴った。
薄闇に慣れた目が、コンクリートに跳ね返る太陽光の眩しさに耐えられず眉間に皺を寄せながら外へと踏み出せば広く開けた灰色の地面の上に人影が一つあるのが周防の目に留まった。
「――……ァ?」
黒髪の人影は周防と同じ制服を着ている所からしてこの学園の生徒なのだろう、だがその手には生徒に似つかわしく無い白い筒から紫煙を漂わせている。
扉の音に気付いたのか、ただ確認するように投げやられた視線とかち合ったのは一瞬、すぐに興味無さげに柵の外へと顔を戻すその男の反応に、周防の方が戸惑う。
今までこの屋上に来て出会った生徒と言えば、見ただけで怯えたように逃げ出して行くか、果敢にも縄張りを主張し排除しようと拳を向けて来るかのどちらかで、こんなにも無関心な態度を向けられた事は無かった。
扉の前に一歩踏み出したまま動きを止めた周防の事など、もはや意識の端にも無いようにのんびりと吸い込んだ紫煙を吐き出す姿に思わず周防の口から舌打ちが漏れた。
拳を交わす所か声さえ聞いていない一瞬の出来事なのに、何故だか負けた気がした。
だからと言って喧嘩を吹っ掛けるような気分でも無い、むしろその煩わしい衝動から逃れる為に屋上に来たのだから。
乱雑に後ろ髪を爪で掻き混ぜると尻ポケットから潰れた煙草を取り出して唇へと差し込み、先客とは反対側の柵へと向けて爪先を向ける。
乱雑に柵へと背を預けるようにして座り込み、ジッポで火を灯せば仄かなオイルの香りと共に肺一杯に煙を吸い込めば沁み渡るニコチンにささくれ立った心がゆっくりと落ち着くような気がした。
灰色の地面を挟んで反対側には、こちらに背を向けたままのんびりとしたペースで煙草を消費する背中がある。
周防を歓迎する訳でも拒絶する訳でもない無関心な背中は、落ち着いて見れば然程悪いモノでも無かった。
良いモノで有るとも言い難いが、別に有っても無くても構わない、というくらいの。

それが、最初だった。



三日に一度は屋上に来るような周防とは違い、男が屋上に来る事はそう無いのだと思う。
一週間に一度会えば良い方で、会ったと言っても二人が言葉を交わした事は一度も無かった。
先に居ても後に来ても、初めての時と変わらぬ興味の無い視線を一度向けるだけですぐに周防という存在に無関心になるだけだ。
そしていつも同じ場所でのんびり煙草を一本楽しみ、ものの数分で何事も無かったかのように屋上から去って行く。
一年生の教室から出てくるのを遠くから見かけた事があるから同じ学年なのだろうとは思うが、お互い名前すら知らない。
仲が良いわけでも険悪な訳でも無く、ただ同じ空間で煙草を吸うだけの不思議な存在。
草薙や十束とも、こぞって周防に挑んで来る有象無象とも違う存在の事を、周防は案外気に入っていると思う。
思う、というのは自分でもよくわからないからだ。
お互い無言で煙草を吸う空間は悪く無い、むしろ居心地が良いとすら思う。
だがだからといって親交を深めたいだとか、相手の事を知りたいという興味が沸く事は全くといって無い。
ただ、周防が屋上に居る時間のうち、ほんの少しの時間しか居ない筈なのに、男が屋上に在るのが当たり前になりつつあるだけで。



そんなどちらかが扉を開けた時に一瞬視線を交わすだけの関係が変わったのは夏を通り過ぎ、秋になった頃だった。
屋上を縄張りと主張する輩は相手から吹っ掛けられたから応戦しただけという形ながらも粗方片付けた筈だったのだが、半年近く掛けて人を集め屋上の奪還に挑もうと言う人間が現れたのだ。
生半可な人数では簡単に周防に蹴散らされて終わると分かってか、呼び出された周防が向かった屋上にはずらりと十数人が集まっていた。
幾ら喧嘩が滅法強いとはいえ、周防もただの高校生だ。
獲物を持った大人数相手では分が悪い。
けれど引き下がるつもりは無い。
それは決して正義感からでも、己が最強を信じているからでも無くて、ただ、そこに拳を振るえる相手が居るからだ。


奇声を上げながらバットを振り被ってきた男を切欠に始まった乱闘は予想通り、周防の劣勢となった。
何人かは戦意喪失する程度に伸してやったのだが、幾らなんでも人数が多い。
決定打になるような攻撃は食らって居ないにしても、蓄積される痛みや疲労は少しずつ周防の動きを鈍くする。
それに伴い、以前周防に徹底的に返り打ちにあった記憶からか周防を窺うようにして攻撃の隙を狙って居ただけの連中までやる気に満ちて来ている。
流石に今日は駄目かもしれねぇなぁ、と他人事のように思った時だった。
キィ、と軋んだ音を立てて屋上の扉が開く。
喧騒に埋もれるような小さな音に気付いたのは数人だけで、それでも一人が扉へと視線を向ければ皆ばらばらと意識を釣られて行く。
やがて屋上に居る全ての人の視線を集めたその男はいつもの無関心な眼差しに僅かな嫌悪を乗せて周囲を見渡した後、何事も無かったかのように乱闘を避けて定位置となった柵の前へと歩き出す。
余りにも自然なその動きに呆気に取られたのは周防だけでは無かった。
ぽかんと間抜けな面で通り過ぎる男を見送りそうになったリーダー格がはたと我に返ると男の腕を掴もうと手を伸ばす。
「てめぇ、シカトしてんじゃね…――ッッ」
腕を掴んだ、と思った瞬間にはゴ、と鈍い音と共にリーダー格が糸の切れた人形のようにぐしゃりと崩れ落ちる。
何が起きたのか、一瞬誰もわからなかった。
地面に倒れ伏すリーダー格の前に、ちょうど頭の高さ辺りへと突きだされた男の拳が在るのを見て漸く、あの拳で重い一撃を顔面に食らったのだろうと理解してやっと、皆が今、何をしていたのかを思い出す。
其処から先は、よく覚えて居ない。
周防の仲間とは思わなくても、自分たちの味方ではあり得ないと判断された宗像は済し崩しに周防と同じ側、大人数を相手に戦う側へと回された。
それでも先程よりも向かって来る敵が半分になるだけでも随分と楽になる。
喧嘩で養われた我流の周防とは違い、宗像は何か武道の心得があるのか随分と周防の目には綺麗な動きに見えた。
大人数を相手にも引かず、巻き込まれた形ながらも物怖じせず、周防と同等に戦える宗像の存在は、まるで初めて喧嘩に勝った時のような高揚感を周防に齎した。
背中を託して闘うような関係でも無いが、互いに拳を向ける訳でも無い関係はいつもの屋上での距離感と同じようでいて少し違う。
其処に共有する何かが、互いの存在を認めて配慮する少しばかりの気遣いが生まれる。
不思議と、先程までの敗北の予感は消えて居た。
宗像も、周防も、大人数相手に不利で有る事は変わり無い。
現に二人とも相手の人数は減らしている物の、怪我は増える一方だ。
だが負ける気はしなかった。
既に身体が歓喜に満ちていた。
破壊する事以外にこんなにも満ち足りた気持ちになるのは初めての事だった。



覚えてろ、とお決まりの台詞を残して屋上の奪還を諦めた連中が去っていくのにそう時間は掛からなかった。
相手も意識を失って居るものから負傷で歩く事すら覚束ないような者までと散々たる有様ではあったが、周防と男とて無傷という訳では無い。
取り戻した静寂に二人残されて小さく息を吐き、男を見る。
いつものように無感情な瞳がタイミングを計ったかのように周防を見て居た。
いつもならばすぐに外される視線がひたりと周防に焦点を合わせていた。
思えばこんなにも間近に男の顔を見るのは初めての事のように思う。
今まではずっと、男の背中ばかり見て居た。
口端が切れ、鼻から血を垂れ流しているような顔なのに何故か、周防は綺麗な顔をしていると思った。
ふ、と思わず笑う吐息を漏らしたのはどちらが先だったか。
今まで喧騒と暴力に満ちていた屋上がふわりと柔らかな空気へと変わる。
まだコンクリートの上に残る血痕も、ずきずきと痛まない所が無いくらいに負った怪我も確かに存在しているのに今のこの場所はいつもの屋上だった。
周防と、男と、言葉を交わす訳でも無くただ煙草を一本嗜む時間を共有する屋上だった。
「――…随分と男前が上がったな」
「…テメェこそ。んなツラ出来るとは思わなかったぜ」
初めて交わした言葉は不思議なほど自然に零れ落ちた。
男の姿も喧嘩の跡が生々しく残っているが、周防も右目が半分開かないし首筋の辺りに襟が濡れて張り付く感触があるからきっと酷い姿をしているに違いない。
「お前、名前は?」
口にしてから周防は驚く。
自分から名を聞くなんて事、今までした記憶など一度も無い。
けれど純粋に知りたいとも思った。
覚える為に、忘れない為に、存在を刻む為に。
「宗像だ。宗像礼司。お前は周防尊だろ」
「知ってたのか」
「お前ほどの有名人、知らない方がおかしい」
そう言って笑った宗像の顔を見てやはり綺麗だと思う。
難しい言葉には興味が無いから綺麗としか言いようが無いが、風景が綺麗だと思うのとは違う、じんと心臓の辺りが擽られるような綺麗さだった。
こんな人間も居るのだと、周防は初めて知った。



-------



年末を間近に控えた12月、何処もかしこもクリスマスに向けて何処か浮足立ったような鎮目町を横目に今日も草薙の居るBAR・HOMURAへと向かう。
もはや自宅の玄関のように慣れ親しんだCLOSEの札が掛かった扉を無造作に開ければ、先に来ていた十束の「キングおかえりー」という間の抜けた声と、「最近帰って来るの早いなぁ」なんて母親のような草薙の声が聞こえて、ただいまの代わりに、あぁ、と応えるまでが此処最近の流れになっている。
確かに最近、此処に来るのは決まって夕方だ。
それは丁度、学校でHRが終わった後、寄り道せずに此処まで辿り着くくらいの時間。
気に入りのソファの端へと腰を下ろしながら今更のように気付いた。
「キング、最近何か良い事あった?」
犬のように勢いよく尊の隣へと座った十束が何か面白いモノでも見つけたように眼を輝かせて覗きこんで来るのに思わず眉を上げる。
純粋に質問の意味がわからなかった。
「ァあ?」
「いやほら、最近真面目に学校行ってるでしょ?」
「ああ…」
「何か良い事あったのかなって」
そう問う十束の顔は明らかにあったと決めつけている顔で思わず周防は眉を寄せる。
良い事と言われても何も思いつかない。
むしろ、学校に毎日のように通って居た事にすら今気付いたくらいだ。
一つ、此処最近の変化を思いついたとすれば、同じ時間に此処に来れるようになったという事はつまり、此処に来るまでに喧嘩をする回数が格段に減ったという事だ。
学校内でも最初は触れたら爆発する火山かのように扱われていたのに、この頃はすっかり慣れたのかそれとも触れなければ爆発しない事に気付いたのか、近付こうとする者は居ないが変に距離を置く者も居ない。
屋上での大乱闘以降、周防にそういう目的で絡んで来る人間も居なくなった。
それは学校の外でもだ。
以前は他校の生徒から近所のヤクザの下っ端のようなチンピラまで、角を曲がれば喧嘩が起きるような有様だったが今では下校中の周防と目を合わせる者すら滅多に無い。
だが普通の人ならば平和で何よりと思うそれを良い事と捉えられるかは、周防にはよくわからなかった。
喧嘩は空気のように傍にあって当たり前のモノであったし、現に今、振るわれて居なかった事を思い出した拳が暴力の感触を求めてずくりと疼いた。
「そういやぁ、尊がちゃんと学校行き始めるようになったん、珍しく大怪我して帰ってきた辺りからやなかったか?」
すっかり黙って考え込む所か不穏な空気を纏わりつかせた周防を呼び戻すように草薙の柔和な声がカウンターの内側から届く。
思わず握り締めた拳を解いて息を吐くと周防は乱雑に髪を掻き混ぜた。
「つっても、何も変わんねぇよ。精々、絡んで来る雑魚が減っただけで」
周防の記憶には実際、該当する事柄が無い。
屋上での乱闘は、以前蹴散らした雑魚が徒党を組んで襲撃してきたからだと説明してあるから、それが原因だとは二人とも思って居ない筈だ。
そこで共闘した人間が居る事は伝えていないが。
その時初めて名前を知ったような極めて赤の他人に近い存在だ、特別伝えるような事柄でも無いと周防は思う。
宗像との関係もあれから何か変わった訳では無い。
今までは侵入者の確認だっただけの視線が、周防と言う人間を認識するモノに変わっただけだ。
居ても居なくても良い見知らぬ人間から顔と名前は知っている人間になったというだけで、挨拶をする訳でも無ければ言葉を交わす訳でも無いのは変わらない。
精々一度だけ、たまたま周防が火を忘れた時、安物の100円ライターを恵まれたのが唯一の交流だろうか。
交流と言っても「宗像、火」と端的に呼んだら、向こうから無言でライターが放り投げられただけだが。
「なんや尊、好きな子ぉでも出来たん?にやけてんで」
「え、え、誰、キング好きな子って誰?学校の子!?だから毎日学校行ってんの!!??」
知らぬ間に口許が緩んでいたらしい、指摘されて初めて気付いて思わず周防は渋面を作った。
違ぇよ、と吐き捨てながら詰め寄る勢いで身を乗り出す十束の顔面を遠慮なく鷲掴んで押し退けて、ついでにそれを支えにするようにして立ちあがる。
ぐぇ、と掌の下で潰れた声が上がった。
「照れんでもええやん、おんなし学校やったら俺も協力したるし」
「違ェっつってんだろ」
「ほな誰の事考えてたん?」
「考えてたんじゃねぇよ、たまたま思いだしただけで」
「ほな誰の事思い出したん?」
否定してもどうやら二人の中ではすっかり好きな相手が出来たと思い込みが出来たようでにやにやと浮付いたような笑みが張り付いていて思わず舌打ちが零れる。
いつも騒がしく纏わりついて来る十束はともかく、普段ならば周防の言わんとするところを言葉にせずとも察し、それとなくフォローに回ってくれる草薙まで一緒になって絡んで来ると周防の手には負えない。
そもそも、舌戦には弱いというか、手っ取り早く言うならば口下手だと言う自覚もある。
手を出して片がつく相手ならともかく、草薙と十束を相手にしては周防は尻尾を巻いて逃げ出すしかないのだ。
「……寝る」
せめてもの抵抗に、出来る限りのドスを利かせた低音とそこらの雑魚ならば一瞬で逃げ出すような睨みを置いて行くがこの二人に限って効くわけもない。
あ、逃げた、と背後で声を揃えてはけらけらと笑う声を背に、周防は足音荒く二階へと登った。


------


宣言通りにベッドに横になったまま気付けば本当に寝入ってしまったらしい。
ベッドとソファ、他には殆ど物が置かれて居ない部屋に日の出前の薄ぼんやりとした光が差し込んでいた。
気付けば何時間寝ていたのだろうか、なんとなく身体は怠いし空腹で胃が竦む。
とりあえずは何か腹に入れるものを、とつい先程登ったばかりな気がする階段を下りた。

店への室内扉を開けた途端、今まさに階段へと向かおうとしていた草薙とかち合う。
店内はすっかり明かりが落とされ、外からの淡い光が差し込むばかりという事はとうに閉店の時刻を過ぎ、片付けすらも終えた後なのだろう。
「なんや尊、今頃起きよったんかい。何も食わんと寝てもうて腹減ってんちゃう?」
けれど仕事後の疲れを滲ませながらも草薙の言葉は正に周防が求めて居た物で、遠慮よりも先に素直に頷いてしまう。
「待っとき、今簡単に作ったるわ」
何でもないことのように軽く草薙が言うから、周防も逆らわずに店へと戻る後に続いてカウンターのスツールへと腰を下ろす。
必要最小限に絞られた照明の中、まだ引き摺る眠気のままに欠伸を一つ、吐き出す。
パスタでええか、と問われたのに頷くと後はただひたすら待つだけだ。
大ぶりの鍋にたっぷりと入れた水に火を掛け、冷蔵庫からぽんぽんと迷い無く取り出された野菜やウィンナーを切り刻み、頃合いを見て沸騰した鍋の中へとパスタが滑らかに渦を描くように消えて行く。
流れるような手付きで行われる「調理」というものは周防にとって魔法と似たような不思議さで自然と何をするでも眺めていた。
「で、さっきは誰を思い出してたん?」
不意に問われてとっさに何の事だかわからなかった。
顔だけ振り返ってにやりと笑う草薙の顔を見てやっと、夕方の話題の話だと気付く。
「好きな子っちゅうんは…まあ違うとしても。屋上で友達でも出来たん?」
すぐにまた調理へと視線を戻す草薙の背を見ながら周防は思わず眉を潜めた。
図星を指されたようでいて少し違う、友達という単語はきっと周防と宗像の間に相応しく無い。
赤の他人、顔見知り、屋上で喫煙する仲間、周防の少ない語録では相応しい言葉が思いつかず、肯定も否定も返せずに唸る。
「ほい、おまちどーさん。よく噛んで食べぇや」
悩んでいる間にも気付けばほかほかと湯気を立てるナポリタンが眼の前に差し出されていた。
限界に近い空腹を覚える胃を抱えたままこれ以上、脳を動かしてなぞいられない。
渡されるままにフォークを受け取ると周防はパスタを口に運ぶ作業へと移った。
「で、どんな子ぉなん?」
飢えに荒ぶる胃が少し落ち着きを取り戻す程度にナポリタンを口に入れて暫し。
カウンターの内側から周防の食事を眺めていた草薙の声でまだその話題が終わって居なかった事を知らされ再び周防の眉間にしわが寄る。
そもそも、無言で返してやったというのに既に居ると決めつけている草薙に僅かばかりの悔しさがある。
言葉にせずとも伝わるのは時に便利だが、時に腹立たしい。
未だ関係性を言葉に表せない周防は少しだけ考えた後、一番簡単な方法を思い出した。
「宗像…って知ってるか。多分、一年の」
草薙は学年こそ違うが、周防と同じ学校に在籍している。
外に出れば酒も煙草も喧嘩も嗜む癖に、校内では成績優秀で運動神経抜群、更には顔も性格も良いという優等生を演じている、らしい。
高校くらいはまともに卒業しておきたいから学校の中では大人しくしておく、というのが本人の弁だがその割に三年生だけならまだしも、下級生や果ては教師まで何処で交流の切欠を掴むのか分からない相手にまで手広く交友関係を広げて優等生ごっこを楽しんでいるようだ。
お互い、学校の中でまでべったりしていたいなんて感傷は持ち合わせていないので校内で周防と草薙が話す機会など殆ど無いに等しいが、一年生の中でも有名な「草薙先輩」の噂は教室に居れば嫌でも耳に入る。
逆に、その「草薙先輩」が各所から集めた噂を周防に教えてくれる利点もある。
主に誰が周防を逆恨みしているだの、どの時期は教師の見回りがあるからサボり場所には向いていないだのといった噂が殆どだが。
「宗像って、あの宗像礼司?彼がどないしたん」
何処か含みある言い方が気になりはしたが、予想通りに宗像の存在も知っていた事に安堵して一つ頷く。
「そいつがたまに、屋上に来て煙草吸ってく。そこに居合わせるってだけだ」
周防にとっては当たり前の日常となっていたモノが草薙には随分と驚くものだったらしい。
いつも柔和な笑みを浮かべて居る事が殆どの眼がまんまるに見開かれている所なぞあまり見た事が無い。
へぇ、と気の抜けた声しか返せない様子に逆に周防の興味がそそられる。
「そんな驚く事か?」
「いや、なあ。俺の知っとる宗像と随分と印象が違うから」
「印象?」
「実際に喋った事は無いねんけどな、宗像言うたら、どっかのボンボンで、頭は学年一位とか取るレベルにええらしいんやけど身体が弱いとかで体育も殆ど見学してるっちゅー、お上品なおぼっちゃまなイメージがあったから」
聞きながら掻っ込んだパスタを思わず噴き出す所だった。
身体が弱いなぞ、あれだけの立ち回りをした男の何処から生まれる言葉だ。
「あいつ、この前の屋上で巻き込まれてたが…俺とタメ張れるくらいに強かったぞ」
「は?え、強かった…って、喧嘩なんてするん!?王子が!?っちゅーか聞いてへんでそんな事!」
結局、屋上での乱闘の一部始終を事細かに説明させられる事となり周防は過去に端折って
説明した自分を恨んだ。
いつ説明しようと手間は変わらないが今説明する面倒さに勝る手間は無い。
ついでにそれまで会話すらした事無かった事、その日だけは少し言葉を交わしたモノの、その後も会話なぞした事無い事まで喋らされ、草薙が落ち着く頃にはすっかり冷えてしまった残りのパスタを食べながら耳に引っ掛かった単語を思い出す。
「王子、って何だ」
「王子は王子やろ。ボンボンで、顔が良くて、いっつもにこにこしとるって女の子がきゃーきゃー言うとる」
草薙の知る宗像と周防の知る宗像には随分と印象の違いがあり過ぎてそろそろ同じ人物の話をしているのかわからなくなってくる。
周防が知っている宗像といえばいつも全てに無関心な無表情と、舞うように敵を蹴倒す姿と、あの日一度だけ見た鼻血塗れの笑顔だけだ。
「わからんもんやなぁ…宗像にそんな裏の顔があったなんて…いや、むしろそっちが素か?」
しみじみと溢される草薙の言葉に周防は声無く同意する。
あの無機質な視線の男がひとたび屋上から降りれば女子に王子等と呼ばれ持て囃されている等、想像だにしなかった。
否、屋上に在る宗像以外の姿を想像した事すら無かった。
周防にとって、実際に周防の眼で見た宗像が宗像の全てであって、それ以外の宗像など端から存在していない。
在っても無くても構わない、そのほんの少し上に居る男。
それが周防に取っての宗像だ。
草薙の知る噂話も一晩寝れば忘れてしまうような気がする。


気付けば外は徐々に日が昇り明るさを増していた。
冬の遅い夜明けは、間もなく人が動き出す朝がすぐ其処に迫っている証拠だ。
一服したらもうひと眠りして、そのうち起きたら学校に行くか。
煙草に火をつけながら周防は口元を僅かに緩めた。

拍手[0回]

和服パロ

宿場町の夜は騒がしい。
昼のそれとは違い、酒と色を含んだその喧騒が提灯の明かりの下で波打っている。
だが一歩、建物の中に入ればそこは戦場だ。
やれ紅が無いだの、帯が巧くいかないだの、姐さん方が姦しくしながら外面を作り上げている癖に、客の前に出ればおしとやかに微笑んでいるのだから女は怖いと今吉は思う。
吉原のような規模は無いが人通りの多い宿場町にあるこの女郎屋の稼ぎは上々だ。
自然とこの時間にもなれば姐さん方の送迎や雑務に追われる事になるのだが。
今も姐さんを一人、茶屋まで送り届けてからさて次の仕事はと聞けば今し方行ったばかりの茶屋へ届け物だと指示される。
無駄に往復させられるのは面倒だと思うが仕方が無い、こう言った「遊び」には見栄やらしきたりやら複雑な事情が絡み付いているのだ。
溜息一つで届け物だと言う小さな包みを受け取り今吉は再び茶屋へと向かった。


辿り着いた茶屋の番頭は顔馴染みで、先程別れたばかりの今吉が時間を置かずにやって来たのに驚いたようだ。
届け物やって言うから、と今吉も苦笑いで応えながら包みを渡し、さて帰るかと踵を返した所で引き止められる。
「ああ、これは直接部屋まで届けてくれ」
「はぁ?部屋て…さっきの姐さんの忘れ物やったん?それなら俺やのうて…」
「違うんだ。…とにかく、届けに行ってくれ。そう言伝されてる」
茶屋への届け物だと思っていたのが間違っていた事にも驚いたが、まさか自分が部屋まで持って行かなくてはならないとは。
いまいち事情が飲み込め無いが、今吉は此処で否と言える立場では無い。
首を捻りながら茶屋の奥へと足を踏み入れた。


女郎を送り届ける時にしか此処に訪れる事の無い今吉が、茶屋の内部へと足を踏み入れるのは初めての事だ。
階段を上がり、真っ直ぐに伸びる廊下の両端に連なる襖一枚で隔てられただけの部屋からは酒宴が盛り上がっている様や、早くも褥に縺れ込んでいる様がうっすらと聞こえて今吉の眉が寄せられる。
初心なつもりは無いが、薄い襖の向こうで見知らぬ他人が情事に耽っていると思うと余り居心地の良い物では無い。
教えられた部屋の前まで来ると、今吉は膝をついて居住まいを正してから声をかけた。
「お届け物にあがりました」
少し待ってみるも返事は無い。
耳を澄ましてみた所で、すぐ隣の部屋から上がった艶めいた嬌声が先程送り届けた姐さんの物とわかってしまっただけで役に立たない。
いたたまれなさが募り、意を決して襖へと手をかけて開け、中を覗き込む。
「何でアンタが居るん…」
思わず畳に突っ伏しそうになる程力の抜けた身体をなんとか気力で支える。
「遅ェ」
中で一人、着物を着崩し、片膝立てて手酌酒を舐めて居るのはこの界隈を仕切る組の者で名を青峰と言う。
月に一度みかじめ料を払う時や、組の長が女郎の一人に夢中だとかで何かと話す機会があるので知らない訳ではない。
だが友人と呼ぶにはまだ遠く、精々顔なじみと言った所だろうか。
「なんで、って聞きたい事は一杯あんねんけど…とりあえずお届けモンや。」
歳が近い事もあって遠慮する仲でも無い。
青峰の目の前に腰を下ろして包みを差し出せば面白がるような瞳が今吉を見た。
「あんた、その中身見たか?」
「見る訳無いやろ、頼まれモンやのに」
ふうん、と聞いた癖に気の抜けた返事をしながら青峰が杯を差し出して来るのに今吉は慌てた。
「や、帰るから。まだ仕事あるやろし、そんなん飲んでる場合ちゃうねん」
知っとるやろ、と立ち上がろうとするが、それは青峰に手首を掴まれる事で阻まれた。
「あんた、何も聞いて無ェの?」
「何も、ってなんや、ワシはこれを此処に届けろとしか聞いてへんで」
「なんだ、教えてもらって無ェのか。面白ェ」
にい、と青峰の表情が笑みに歪む、と同時に強く手首を引かれて気が付いた時にはくるりと視界が回って畳を背に天井を見上げていた。
「え、何…ほんまに何なん…?」
「あんた案外鈍いな。此処でやることっつったら一つしか無ェだろ?」
頭上から覗き込む青峰が鼻歌でも歌いそうな程に上機嫌で言う、言葉の意味。
此処でやること、を思い浮かべようとした所で隣の部屋から一層激しい姐さんの嬌声が漏れ聞こえてカッと頭に血が上った。
「何アホな事抜かしとんねん、それなら女買えや、うちを何屋やと思ってんねんっ」
「好みなのが居ねェ。あんたのがいい」
「知るかそんなん…っちゅーか仕事があるって…」
「ああ、安心しろよ、あんたの仕事は俺と寝る事だから。話はつけてある」
「は……?」
青峰の下から抜け出したくて暴れても手慣れた様子で丸め込まれて逃げ出せない。
それどころか、気付けば両手は捕らえられて畳の上に抑えつけられ腰の上に座られては益々身動きが取れない。
「だから。俺が、あんたを買った。今夜一晩は俺のモンだ」
「んなアホな…第一、ワシはもう陰間はやらんって……」
「あ゛ぁ!?」
急に荒げられた青峰の声に思わず肩が跳ねた。
ひたりと今吉に据えられた眼がまるでこちらを殺そうとでもしているかのような強い光を帯びて、純粋な恐怖を感じる。
怠惰で適当なだけの人間だと思って居たが、間違いなく目の前の男は命を張った生き方をしていて、人を殴った事すら無い今吉とは違う生き物なのだと今更に理解する。
「なんだ、あんた、慣れてんのか。…じゃあ気ぃ使う事無ェよなあ?」
「ちゃう……いや、待ってや、一度戻って確認…」
「ごちゃごちゃうっせぇな、あんたは俺に売られたんだよ、大人しく足開いとけ」
あれ程まで上機嫌だった青峰を何がそこまで不機嫌にさせたのか分からない。
分からないのがまた怖い。
店に裏切られたような切なさや、どうにかして逃げたい気持ちはある。
あるのだが、諦めた方が楽で早い事を今吉は知っている。
「あんま…手荒な事はせんといて。めっちゃ久しぶりやねん」
深い溜息と共に身体の力を抜くと一度強い視線で見つめられた後、舌打ちと共に両手が解放された。
腰の上からも退いた青峰が、ずっと忘れられていた届け物をこちらへと無造作に放り投げるのを慌てて受け取る。
「開けてみろ。」
そう言ってそのままひっくり返った盃を拾い上げ、無事だった徳利から中身を注いでいる青峰に何かを問う事は躊躇われたので言われるがまま、丁寧に巻かれた布を解いて行く。
そう時間もかけずに現れたのは大きな蛤の貝。
朱に金の装飾が入った色鮮やかな絵が描かれたその貝は、小物入れとして女子供に渡せばたいそう喜ばれるだろう。
だが、今吉はこの中に入っている物を知っている。
見た目はただの軟膏だが、実際には漆が混ざっていると言う噂で塗られると酷い痛痒感を齎し、いつもは釣れない女郎が狂ったように客を求めると言ってこの遊びに興じる人々の中ではひっそりと人気のある品だ。
今吉もその耐え難い痒みと痛みを知っている。
思わず嫌悪感に顔を顰めてしまったの今吉をただ酒を煽りながら見ているだけだった青峰が鼻で笑う。
「なんだ、それも知ってんのか。だったら話は早ェ、それ使って慣らせよ。」
「…コレ使ったら自分かて大変な目に会うの、知らんのか?」
「俺は余り効か無ェみたいでな、心配する必要無ェよ」
幾ら今吉の中に塗るのだとしても、軟膏が塗られた其処へと挿入すれば青峰自身も軟膏の餌食になるのだが、帰って来た答えは取りつく島も無い。
人によって軟膏の効き目に違いがあるのは知っている。
今吉は恐らく一番ちょうど良い効き方をする方で、塗られた場所を掻いて欲しくてたまらないくらいに痒くはなるのだが、二日程も経てば痒みは収まり治ってしまう。
けれど人によっては、痒みを通り越して耐え難い痛みがいつまでも続き、一週間程のたうち回る事になるのを今吉は知っている。
店の女郎の一人がそうだった。
昼も夜も関係無く襲い来る痛痒感になりふり構わず半狂乱になって泣き喚いていた姿が脳裏に焼き付いて離れない。
その時初めて軟膏を使われた訳では無い、百戦錬磨の女郎だった。
何故突然、そんなに良く効いてしまったのかも分からず、治そうにも方法が無く、ただ見ているだけしか出来なかったのだが、いつもは気風の良い、しゃんとした姐さんがそんな風になっているのを恐ろしく思った物だ。
「ぼさっとしてんじゃねぇよ、とっとと準備しろよ」
貝の入れ物を持ったまま動けなかった今吉に焦れたのか青峰が不意に膝をついてぬっと近づき肩を押す。
たったそれだけで気圧されたように倒れる身体をなんとか肘をついて支えながら乱雑に乱されてゆく裾を見つめる。
其処にしか用が無いとばかりに帯も解かないまま褌をぐいと横にずらされて布地が擦られる痛みが走る。
「なあ、ホンマにするん?…ワシやなくても…陰間茶屋かてあるやん…」
「ぐだぐだうっせーよ」
手の中の軟膏をひったくられるようにして取られ、中身をたっぷりと掬い取った指が固く窄まった孔へと触れて無遠慮に中へと押し込められる。
軟膏の滑りを借りた指は痛みこそ齎さないがそのひやりとした冷たさと固く骨ばった指の熱さに身が竦んだ。
一度中へと軟膏を塗りつけた指はすぐに出て行き新しく薬をごっそりと掬い取ってまた孔へと差し込まれる。
「っちょ、待っ…そんな使うもんや無い…!」
慌てて肩を掴んでもびくともしない青峰はぐるりと中を掻き混ぜてから指を引き抜く。
入りきれずに溢れた薬がどろりと体温で溶けて畳みへと落ちる感触がなんとも言えず、触れた先からじわじわと軟膏の効力が発揮されて肌が熱を帯びて行くのに眉を寄せる。
「だったらさっさと自分でどうにかしろよ。勿体ねぇ」
肩を掴んだ手を外され、下肢へと導かれる。
とろとろと、心を置いて勝手に熱を纏い始めた下肢が軟膏を溶かして滑りを帯びて行く場所に触れさせられる。
徐々に疼くような痒みを齎す其処に一度触れてしまったらもう駄目だった。
撫でるだけでも小波のように快感が走りぬけて内腿が震える。
は、と浅くため息ともつかない息を吐き出して今吉は青峰の視線を受け止めながら孔へと指を差し込んだ。


ぐちぐちとすっかり液体のように蕩けた軟膏が絶えず卑猥な水音を立てて隣の部屋から聞こえる嬌声に混ざる。
開いて立てられた足は間に青峰が居座る為に閉じられず、差し込んだ指は何時の間にか二本、三本と増えて熱っぽく腫れた粘膜を撫でる事を止められない。
「っは、…ぁ……っふ、……くぅ…」
漏れる吐息が熱を帯びて色付く。
じくじくと痛みとも痒みとも付かない疼きが指先で擦り上げるだけでこんなにも気持ちいい。
ずらされただけの褌が、すっかりと立ち上がって固く反り返る性器の先から溢れた先走りでじっとりと重く濡れている。
三本の指を簡単に飲み込むようになってしまった其処は、自分の指では思うように擦れないもどかしさを生んで知らず腰が揺れる。
もっと強く、擦り上げて欲しい。
けれど、そんな事をされてしまえば妙な声を上げて隣の姐さんに気付かれてしまうのが怖い。
伏せた瞼をそっと持ち上げれば、先程の不機嫌さとも違う真っ直ぐな瞳が今吉を貫いていてぶるりと身が震えた。
ずっと黙って今吉を見ていただけの青峰の考えている事が分からない。
「随分、ヨさそうじゃねぇか。コレ。」
無造作に長い指を一本、既に今吉の指で一杯になっている所へと差し込まれて思わず甲高い声が上がってしまい、慌てて片手で唇を塞ぐ。
今吉の指ごと強引に掻き混ぜる指が痒さに震える粘膜を雑に擦り上げてとてもじゃないが声を抑えられる気がしない。
「声、隠すな。聞かせろ」
今吉の指共々引き抜かれるのと同時、口元へと宛がっていた手も纏めて捕らえられて頭上へと縫いとめられる。
片手での拘束を振り解けない程に力の抜けた身体はただひたすらに熱い。
撫でる物の居なくなった其処が次第に強く痒みを帯びて、咥え込む物を求めてひくつくのが自分でも分かった。
「嫌、や…声、聞かれた無い…ッ」
「別に俺しか居ねぇんだからいいだろ。隣だって、あんだけアンアン言ってんだ」
「…ッッあかん、…隣は、…ッ」
首を振ると汗を吸って重くなった髪が肌を、畳を叩く。
身を捩っても覆い被さるような青峰の身体が挟まって逃げ場所も無い。
隣の姐さんに今の今吉の状況を知られたと言って、何か明確にお咎めを受けたり非難を浴びる訳ではない。
けれど、女郎としてのプライド高い彼女達を差し置いて、男の自分が客を寝取るような真似をしているなぞと積極的に知られたい物でも無い。
相手が、女郎達の人気が高い青峰ならばなおさら。
「ああ、そういやぁ隣はアンタんトコの女か」
にい、と。
凶悪なまでに釣り上がった口角に背筋が粟立ったのは一瞬。
口を開けて震える其処に灼熱が触れた、と思った途端に一気に貫かれた。
「――ッッッぁああああっっ」
びりびりと爪先まで駆け抜ける快感に眼の前が白く染まる。
勢いよく吐き出される白濁が褌を濡らしてべったりと性器に絡み付く。
余韻に浸る間も無くがつがつとそのまま奥を何度も穿たれて全身を貫くような快感が終わらない。
「っや、ッあ、あああっ、止め、ッあ、ああっ」
「すっげ、中、熱っちぃ…」
隣には、とか。
本当はもうこんな事したくなかった、とか。
思考の全てが吹き飛んでただひたすらに気持ちいい。
心を置いてけぼりにして身体が勝手に快感を求めて青峰の腰に足を絡めてもっと深くもっと奥にと欲してしまう。
痒さを感じるよりも先に遠慮のない、長くて固くて熱い青峰の熱が粘膜を擦り上げてその度に全身に電流が走ったかのような快感が今吉を貫く。
「んな締めつけられたら、…持たねぇよ…ッ」
ぐ、っと眉間に皺を寄せた青峰の顎からぽたぽたと落ちる汗が今吉の上へと落ちる。
小さな舌打ちの後に今吉の拘束を解くと青峰は両手で腰を掴んで本格的に自分の快感を追い始めた。
揺さぶられるままに揺れる身体が縋る場所を求めて青峰の首にしがみ付く。
「ああっ、あ、…っあ…っぃあ…ッ――」
「――く、…ッ」
唇が開いた形のまま、壊れたように同じ音しか発せなくなった今吉の奥を一層強く突き上げて青峰が達する。
その刺激に耐えきれず今吉もまた、白濁に肌を濡らした。



-------
設定

【今吉さん】
元陰間。現女郎屋で下働き。
姐さん達に可愛がられながらのんびり雑用こなして日々生きてます。
サトリ成分は余り無い。物すごく空気が読めるだけ。
空気読むから案外流されやすい。
【青峰】
ごろつき。今でいうやーさん。
宿場町のある界隈を仕切っていて、ショバ代要求してくるけれど、一応何かあればちゃんと出てきてくれる。
普段はきっと博打打って酒飲んで、ショバ代請求しながら厄介事には首突っ込んで、ってしながら生きてる。
生粋の駄目男。



この後、女郎の姐さん方に知られてちょっと肩身狭い思いしたりとか
知られてるならいいだろって女郎屋の中であんあんにゃんにゃんさせられたりとか
昔の男、諏佐登場による昼メロドラマとか
今吉の過去を知る原監督に連れ戻されかける今吉さんとか
陰間時代の同僚?の花宮とのにゃんにゃん百合百合とか
何処に行ったら出会えるんです?

拍手[0回]

木日おふぇら

じーちゃんとばーちゃんはまだ暫く帰って来る予定が無くて、木吉の家で日向と二人。
となれば若い二人がする事なんて限られている。
最初の頃はどちらが上になるかとか、挿入を果たすまでのすったもんだはあったけれど近頃では然程苦労せずに快感を得る事が出来るくらいには手慣れて来た。
かつては女役をする羽目になった所為か酷く緊張して恥じらっていた日向も、今や祖父母の帰りが暫く先だと知るや否や勝手に木吉の足の合間に陣取って木吉の息子さんを口いっぱいに頬張ってうっとりと舌を這わせる始末。
積極的な日向が嫌だと言う訳では無いが、恥じらいが全く無いのも少し寂しい。
「日向って、ふぇら好きだよな」
「んん?」
「すごく、美味そうに咥えるというか」
「ほふは?」
「うん、凄く、巧いし」
咥えたまま喋る、その空気の振動がなんとも言えず敏感になった場所にくすぐったい。
びくりと思わず身体が跳ねてしまった木吉に満足げに口角を釣り上げた日向は、ちゅ、と言う密やかな水音と共に漸く木吉から唇を離す。
「だって、コレ以外にお前が喜ぶモンって他にねーだろ?」
これ、と。
日向の唾液で濡れ光る先端にリップノイズを落とされるのは心臓がどきりと跳ねてしまってなんとも落ち着かない。
「どういう事だ?」
「お前、俺が気持ちよかった事をお前にもしてやろうとしてもすげー微妙な顔すんじゃねーか」
「え、…」
最初の頃、女役はなんとか土下座までして受け入れてもらったのだが。
女役を引き受けた日向はそれでも木吉に触りたがった。
それも、ただ縋りついたり温もりを求めたりするのとは違う、明らかに性的に煽ろうとする手付きで。
嫌だ、と思う訳では無い。
けれど動き回る指先が鬱陶しいと思うくらいには苦手で。
顔に出したつもりは無いのだが日向にはあっさりとお見通しだったらしい。
「バレてねーとでも思ったか。お前が嫌がらない事だけをやろうとすると…しゃぶってやる事しか残って無かったんだよ」
「そうかなぁ」
「そうかなぁもなにもねーだろ。突っ込まれるのは嫌、触られるのも余り好きじゃないっぽい、上に乗っかられるのも嫌、ってどんだけ我儘なんだよ」
「ははは」
木吉は最中に日向からアクションを起こされる事を好まない。
図星を指されてしまっては笑うしか無い。
「俺だって男なんだよ、てめーを善がらせてぇって思う気持ちはあるんだからな」
「うん」
「けど、お前は隠してるつもりかもしれねーけど、お前が嫌がってるのもなんとなくわかるんだよ」
「…うん」
「そしたら、後はお前が好きっぽいフェラの技術磨くしかねーじゃねぇか」
確かに日向に舐めてもらうのは好きだ。
あの、日向が。
木吉の前に傅き懸命にペニスを舐めしゃぶる姿なんて興奮しないわけが無い。
すっかり羞恥心が無くなり、むしろ嬉々として咥える姿は少し残念と言えば残念なのだが、それでも学校では健全な男子高校生を演じる日向が木吉の前でだけ男のペニスをしゃぶって喜んでいるなんてぞくぞくと違う何かが背筋を駆け抜けて行く。
「――……日向ぁ…!!!」
「うっぜぇ!!!ぶち犯されたくなかったら黙ってしゃぶられてろ!!!!」

拍手[0回]

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]