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空箱

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破壊衝動

今この平和になった世の中で、死ぬ、という概念からは程遠い。
けれど命を賭して戦う事に明け暮れた過去の記憶は確かに身体の奥深くを縛り付けていて、時折思考の一部を掻っ攫う事がある。
世界を我が掌中に収めんと欲と血に餓えた若気の至り。今となってはただそれだけの話で、あの頃は元気やったなぁなんて笑い話にもなるのだけれど。
「なんで自分の顔見てると疼くんやろうな」
それは正しく疼いているのだ。今、この平和な世の中で。
すっかりと忘れていた筈の肉を裂き骨を砕く感触が掌を痺れさせる快感を。
殺気に血走った双眸がやがて死への恐怖に震え、絶望へと変わり行く喜びを。
目の前の相手からも味わいたいと伸ばした指先は、だが優しく頬を滑るだけの矛盾。
「こっちこそ聞きてぇよ。てめーの顔見てるとすっげー汚したくなる」
はっ、と鼻で笑いながら、それでも持ち上げられた指先は頬に触れる手を取り恭しく爪先へと口付ける。紳士と呼ばれるに相応しい甘い仕草の癖にじぃとこちらを見つめる瞳がかつての獰猛さを覗かせて煌いた。
「汚して、ぐちゃぐちゃに犯して、だけど獣みてーに目ぇギラつかせてるお前を飼い殺してぇ」
優しい唇の後に硬いエナメル質が指先に深く食い込み、図らずともびくりと腕を引き寄せれば思いのほか容易く開放される。その後に残る、悪魔のように釣り上がった笑み。
紳士然としているより、全然いい。
そういう顔をしているからこそ、腹の底が疼くのだ。目の前の感情のままに引き裂いて赤く染まった身体にキスの雨を降らせてやりたい。
誘われるように首筋へと顔を埋めて思い切り歯を立てて薄い皮膚を噛み締める。尻の下に引いた身体が痛みに硬く強張るのを感じた。けれど逃れる事は無く、変わりに項に掛かる後ろ髪を強く握られた。痛い。気にせずそのまま歯を食い締めればやがて溢れる命の味。溢れる程まで行かずともゆっくりと口内を満たす命を舌で絡め取ってから飲み下せば音を立てて血が沸きあがるのを感じた。身体が熱い。
「痛ぇな、…てめーは吸血鬼かよ」
もっと、と求めようとした所で強く髪を引っ張られ、間抜けにも舌を刺し伸ばしたまま隣へと突っ伏す羽目となると同時に男が起き上がり、腹の上へと座った所為で先程までと形勢が一気に逆転してしまった。
「ったく、シャツに血ぃ付いたじゃねーか…けど、その顔いいな。」
首筋から落ちる赤にシャツを染めながらもその表情は支配者のそれで疼きは納まる所か高まる一方だ。両手で首筋に、肩に、胸元にと掌を滑らせれば確かな男の体格。
壊したい。
明確な単語が脳裏でちかちかと点滅して離れない。衝動のままに爪を立てて引き寄せて唇を重ねる。薄くなった血の味に男の唾液が混ざる。ぐちゃぐちゃに掻き混ぜて飲み干してもまだ足りない。両手で重なった男の身体を弄ると男も好き勝手に服の中へと手を滑り込ませて皮膚に爪痕を立てて行く。ぐい、と布越しに硬くなった股間を押し付けられて思わず高い声が上がった。何時の間にか男も自分も勃起していた。
「てめぇを壊してやるよ」
そう言って笑う男の顔は酷く醜く、だが自分もそうさして変わらぬ顔で笑っているのだろう。
「何言うとるん、それは俺の台詞や」
そしてまた唇を重ねる。貪るように乱雑に、けれど不用意な甘さを滲ませて。

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marry me?

上司が突然突きつけてきた理不尽な命令、曰く、アーサーと結婚、もとい同盟を組めと。
勿論アントーニョは力の限り反論し、反抗し、絶対に嫌だと幼子のように駄々を捏ねてもみたけれどアントーニョとて上司に本気で抗いきれる訳も無く、それはまるで屠殺場に連れて行かれる牛のような心地で成されたのだった。
「俺、こいつと仲良うなれる自信無いんやけど。」
「気があうな、俺もテメェと仲良くするつもりなんかねーよ」
元々、色々な因縁で仲が良いとかそれほどでもないとか、そんな次元を超えた極悪に仲の悪い二人がいざ結婚したからとて急に仲良くなれるものでもない。アー サーの方もやはり上司に言われて無理矢理従わざるを得ない状況なのか不機嫌を隠そうともしないでむっつりと腕を組んでアントーニョの方を見ようともしな い。無事に契約を交わした上司だけが盛り上がり宴会へと盛り上がる中で二人は結婚したとは思えぬ程の冷え冷えとした空気を纏わせて並び、ただじっと上司の 目が醒めることを祈るばかりだった。
結婚すれば当然同居する物、と勝手に宛がわれた家での二人きりの生活はそれはもう散々な物だった。些細なことで勃発する喧嘩は数知れず、口喧嘩にもならな い罵り合いで済む事なぞ稀で元々血気盛んな二人は手が出て足が出て終いには取っ組み合いの殴り合いになる。そのまま強姦じみた性行為に及ぶこともあった。 快楽の為でもなく愛の確認でもない、ただ相手を組み伏せ陵辱し己の優位性を示すだけの獣じみた雄の本能。もっとも、それは経済状況の違いからか主にアー サーが勝つ方が多かったのだが。
二人の関係性が変わったのは結婚をして少しばかり時が経った頃、アントーニョの国力が浮上し始めた辺りだった。今までお互い何故、よりにもよってこの男と 結婚せねばならないのかという疑問があったのだが、アントーニョの方だけを見てみれば確かにアーサーによって齎される利益は高かったのだ。このまま巧く アーサーと付き合っていければアントーニョの家が豊かになるかもしれない。意地やプライドよりも大切な国の民の為に、それまではただ張り合い拒絶するばか りだったアントーニョが折れる事を覚えた。ある程度の暴言は適当に聞き流し、仲良くなる事は無理でも結婚を解消されることが無いようにと打算で動くように なった。それは例えばアーサーの我侭を聞き、アーサーの為に家事を担ってやり、夜は抵抗する事を止めた。鳩尾の奥深くがじくじくと疼くが国民の為と思えば 少しは楽になった。上司のした事は間違っていなかった。
「…なんか最近、随分と大人しいじゃねーかお前。」
今日も今日とて。無言で床に後頭部をぶつける勢いで圧し掛かってきたアーサーをそのまま受け止めて身体を投げ出せばそんな事を言われる。は、とアントー ニョは鼻で笑うだけに留めた。余計な反論は無駄な喧嘩を招く。だがそれすらも気に入らなかったのかアーサーの指が食い込む程に顎を掴んで強引に視線を重ね る。
「何だよお前…気持ち悪ぃーな、頭おかしくなったのか?」
探るように近付いた双眸が間近の距離で見詰め合う。調子が狂うんだよ、とぼやきながらも食い入るような視線は嘲りや挑発というより何処か、真摯な色を持っていた。抵抗しない事を訝しむように顎を掴んでいた掌が額に、首筋に触れて確かめるような様はまるで。
「なん、心配してくれるん?ありがとぉなぁー」
そう、アントーニョが揶揄するように言ってやれば途端に普段のような剣呑さを取り戻してうるせぇ、と一言残してアーサーは立ち上がった。
「ヤる気失せた。とっとと寝ちまえよ。」
離れ間際に足先を軽く蹴り飛ばして踵を返す。その背中を見送りながらアントーニョは床の上に大の字に寝転んだままに思わず双眸を見開いた。言い方こそ酷く 癪に障るがその内容は。脳裏に今はもう手元を離れた子分が思い浮かぶ。そういえば彼は口下手で素直になれなくていつも暴言ばかりだしすぐに手が出る子供 だった。だけど心根は優しく時々覗く素朴な気遣いが酷く可愛らしかったモノだ。今のアーサーは何処か、彼とダブって見える。
「なぁ、アーサー」
部屋を出ようとしていた男を留める為に呼んだ名は酷く舌に馴染まない。今まで禄に呼んだ事も無いからだろう、だがそれがとても新鮮だった。まるで灼熱の日差しの下で生まれて初めて水を得たような、浮き足立つ心。足を止めこちらを怪訝な顔で振り返る男を再度、呼ぶ。
「アーサー、なぁ、こっち来て?」
隠し切れずに唇を弧に歪ませたアントーニョに戸惑うような姿を見せながらもアーサーが再び戻って来る。
「なんだよ…」
「えっちシよ。ごーかんちゃうで、えっちやで。」
「…はぁ?」
戸惑いを隠し切れずに晒されるアーサーの顔が酷く間抜けだ。顔を合わせればいつも罵り合い喧嘩ばかりしていた時には見れない新しい顔。益々アントーニョの 頬が緩む。過去の因縁やら此処最近の鬱憤やら全てを吹き飛ばしてこの新しい発見に心が弾まずには居られ無い。この男は、アーサーは、実はかつての子分と同 じで素直になれない子供じみているだけの男なのではないだろうか。その思いがアントーニョを積極的にさせる。身を起こし、立ちすくんだように動け無いで居 るアーサーの足元へと近付き布の上からまだ何の兆しも見せていない股間へと口付けを落とす。
「ぎょーさん気持ち良ぉさせたるから。ご奉仕したるでー」
すっかり乗り気のアントーニョについて行けずにアーサーはただ成すがままに下肢を剥かれずらした下着の裾から萎えたペニスを引き摺りだされ唇の柔らかな感 触に触れるのを呆然と見下ろすしかなかった。なんだこれは。いつもいつも小憎たらしい罵詈雑言しか吐き出さない唇が明るく上擦っている。見た事も無いよう な楽しげな笑みでアーサーの名を呼び積極的に迫って来る。なんだこれは。思考が着いて行けずに同じ言葉ばかりがぐるぐると頭の中を回る。なんだこれは。
だが慈しむように幾度もリップノイズを響かせて触れる唇の感触にじわりと甘さが腰元に広がる。常の、感情の昂ぶりのままに行為へと及ぶ時とは違うこそばゆい空気。
「なん…なんだよ、突然…本気で頭いかれたのか?」
「んー……」
思案するような声を上げるもそのままんふふふふと不気味な笑いへと変わる。そして答えを寄越さぬままにぱくりと先端を口内へと咥え込まれて思わずアーサー から甘く溜息が零れた。アントーニョがいかれたのか何か企んでいるのかそれともアーサーの及ばぬような思考改革があったのかわからない。わからないがこの 空気は悪く無い。そう、むず痒いけれど悪くは無い。冷え冷えとしていたばかりの二人の間に一瞬でもこんな穏やかな時間があるとは思っていなかったからこ そ、新鮮だった。初めて知る何処か甘ったるい笑顔でアーサーのペニスに舌を這わせるアントーニョの姿をもう少し見て居たくて緩やかに癖のついた髪へと指先 を差し入れてそっと撫でると益々その相貌が蕩けてふにゃりと柔らかな笑みを象った。知らず、アーサーの身体に熱が灯り、唇が緩むのを止められなかった。
まだ恋どころか友情にも満たない生まれたばかりの感情だが、これは、きっと――

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アーサーは犬を一匹、飼っている。
つい先日、手に入れたばかりの頃はアーサーに懐かずそれは苦労した物だった。言う事を聞かない、目を離すと逃げ出そうとする、果てには暴れてアーサーに牙 すら剥く。あまりに酷いモノだから一晩、ぎりぎり身体が入る程度の大きさの箱に詰めて放置してやったら漸く、いう事を聞くようになった。それでもまだアー サーに反抗する意志を緑の瞳に宿らせて懐こうとしないからまだ暫くは躾に重きを置く時間が必要なのだろう。
けれども、欲しいから飼う事にした犬だし、手が掛かるからこそ情が湧くというものだ。
今日も夜遅く、疲れた身体を引き摺り家に帰ると着替える間を惜しむようにして部屋へと赴く。放し飼いにしていればすぐにでも逃げ出しそうな犬はアーサーが居ない時はずっと部屋に閉じ込めたままにしているから退屈しているだろう。
「ただいま、帰ったぞ」
シンプルな家の中で其処だけ頑丈な物に付け替えた扉の鍵をあけて部屋の中を覗き込むが灯りのついていない真っ暗な部屋の中はしんと静まり返っていた。恐ら く寝ているのだろう、ベッドへと近付けば安らかな寝息が耳に届く。眠りを妨げぬようにスタンドの仄かな暖色の明かりをつけると手足を丸め込んで幼子のよう に眠る犬が其処に居た。ベッドヘッドへと鎖で繋がれた首輪へと指先を伸ばして具合を確かめる。鍵がないと開かない仕組みのそれは今日も変わりなく強固に鎖 を繋いでいる。アーサーは満足したように笑みを浮かべると犬の額へと唇を落とした。
「……ん……ぅ」
ついでとばかりに癖のある褐色の毛を撫でればぴくりと瞼が震えてゆっくりと露になる緑の瞳。幾度か瞬きを繰り返して漸くアーサーの姿を認識すれば眉間の皺が益々増えた。
「……おかえり、くらい言えねぇのかよ、馬鹿犬」
「帰って来て欲しくも無い相手に言えるか阿呆」
軽く首輪を引いてみても、帰って来るのはいつもと代わらぬ憎まれ口。言うなりさっさと背を向けるように寝返りを打つ姿に思わずアーサーから溜息が零れ落ちる。
「いい加減、学習しろよな、お前。」
ポケットの中に手を入れると徐に中に在る機械のスイッチを入れる。途端にびくりと跳ね上がる犬の肩。ひぅ、と空気を飲み込む音を立てて強張った身体がシーツに複雑な波模様を作る。肌にどっと浮かび上がる汗に、腹を守るようにさらに丸められる身体にアーサーは鼻を鳴らした。
「ほら、お帰りなさいませ、だ。言えたら出させてやるから」
「――…ッ、……ッ」
犬の、食い縛った歯の合間から漏れる息が荒い。それもそうだろう、丸一日、排泄を許されずに膨らんだ腹をアナルに差し込まれたプラグがモーター音を響かせ て揺さぶっているのだから。我慢の限界を迎えようとしているのに物理的に排出を留められながら玩具の振動に揺すられる苦痛はいかほどの物だろうか、気丈な 犬の目にも涙が浮かんでいる。プライドと排泄欲に揺れる瞳が忙しなく虚空を彷徨い必死に抗う術を見出そうとして、それから諦めたように伏せられた。
「ぉ…ッ帰り、なさいま…せ…ッ」
震える息の合間に投げ捨てるように吐き出される言葉。言い方にまだ不満は残るが大分進歩した方だろう、アーサーが漸くスイッチを切ってやると肩で大きく息 をしながらゆっくりと犬の身体が弛緩した。宥めるようにじっとりと汗を張り付かせる下腹を緩く擦ってやると固く勃ち上がった物に気付く。
「…は、なんだよ、気持ち良くなってんじゃねぇか。」
根元をリングで戒められて色を変えた性器が恥じ入るように震えている。爪先でぴんと弾いてやればびくりと震えてくぐもった声を上げた。唇を噛み締めて耐える様は最早限界なのか、肩で呼吸を繰り返すばかりで悪態をつく気配も無かった。
「仕方無ぇな、ほら、来いよ。」
ベッドヘッドに繋がれた鎖を外して軽く引くと、一刻も早く苦しみから解放されたいのかゆっくりと起こされる犬の身体。だが何処か腹を庇うようなその動きは 酷く緩慢で鈍い。立ち上がることすら思考に無いのか這うようにしてベッドの下へと降り、鎖を引かれるままに四つん這いの姿勢で進む姿は犬に相応しい。
「いっつもそれくらい素直なら可愛がってやるのに。」
は、は、と浅い呼吸を零す犬の姿に愛しさを覚えながら、アーサーは犬を連れて部屋に備え付けられたバスルームへと向かった。

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幻想の恋

初めて目にしたのが何時だったのか、それが何処であったのか正確には思い出せない。
明るい日差しを受けて煌めく癖のある珈琲色の髪を揺らしながら無邪気に笑う笑顔。今まさに成長している最中の太くなった骨格に残る柔らかな肌。そしてくる くると表情を変える二つの翡翠。言葉を交わしたわけでも、面と向かって正面から向き合ったわけでもない、ただすれ違うようにして垣間見たその光景が今でも アーサーの脳裏にこびり付いて剥がれない。もしかしたらあれはただの夢や幻、いわば行過ぎた幻想なのでは無いかと思う事が無い訳でも無い。現実で出会う彼 は、太陽のような笑顔をついぞ見せる事無く翡翠を暗い深紅に染めてばかりで、あの時軽快に弾ませていた不思議な訛りの声は高らかに血を求めていた。敵を、 アーサーを、軽々と奮う大斧で切り裂く事を望む歪んだ高揚に唇を歪ませて襲い来る彼にあの日の面影は、無い。だが、何故かただ斬り捨てることは出来無い。 迎え撃つアーサーの心も敵を、彼を、手にした刃で赤く染め上げる事を求めていたから。
いつしか幼き日の幻想は記憶の引出しの奥底へと仕舞われ、あの時感じた心が走り出すような淡い衝動は忘れ去られていたと思っていた。今、胸にあるのはただ彼を嬲り、跪かせて完全なる勝利を掴むことだと信じていた。
目の前に転がるロイヤルミルクティーの色をした肌が真っ白な包帯をまとって穏やかな呼吸に合わせて上下している。肌の半分以上を覆い尽くす程の包帯の合間 から見える肌にも大小の傷跡。それは古い物からつい最近治ったばかりの物まで多種多様で彼の平穏では無かった生を伺わせる。アーサーが彼の眠るベッドの端 へと腰を下ろしても男が目を覚ます気配は無い。あれだけ手酷い扱いを受ければ仕方無いのかもしれないが。
ただ彼を陵辱するだけの時間が終わった後、自分の船へと運ばせ手入れのされた客室を与えたのはほんの気紛れだ、とアーサーは思う。傷の手当てをしたのも、 こんな風に彼の寝姿を眺めているのも。流石に首輪は外さずにベッドヘッドへと繋いだままだが穏やかに眠る彼はかつての幻想の名残を無理矢理引き出しから引 き摺りだそうとしているようで心がざわつく。
整えられた空調の中、そっと伸ばした指先に触れた額はじんわりと汗を滲ませていた。傷から発熱しているのかもしれない。そのまま髪を退けるようにこめかみ を辿り頬を包み込むと其処は男らしく削げ落ちていたがまろやかな柔かさを残していた。離れ難く吸い付く頬をゆっくりと親指で撫でながら寝顔を見下ろす。そ ういえば、こんなに静かに彼を見詰め続けていることなど今まで無かったかもしれない。
「……寝ていると、随分印象が違うんだな…」
起きている時の彼はいつも瞳をぎらつかせて滾る闘志を纏わせて今にも襲い掛からんばかりの勢いで在ったのに、此処に居るのはやつれているとは言え何処か素朴さを感じる幼い顔だ。何故だかそれが酷く落ち着かない。
「…いつもこういう顔してりゃぁ……」
知らず、零れ落ちた独り言にアーサーは我に帰る。今、何を思った?何を言おうとした?渦巻く思考がはっきりとした言葉になる前に首を振って強制的に追い払うと眠る男の頬を八つ当たり気味に抓る。
「ン……ぅ…」
ひくりと眉を寄せてのろりと首が揺らいだ。手から逃れようとしているのか緩慢に身を捩るのに合わせて首から伸びた鎖が微かな音を立てた。それでも尚、頬を抓る。
いっそ、目を覚ませ。否、覚ますな。
二つの相反する気持ちに支配される。思考が纏まらない。どうしたらいいのかわからない。
「ちくしょう、テメェなんか嫌いだ…」
忌々しげに呟いてみても恐怖はすぐそこまでひたひたと足音を立てて近付いて来ている。今まで気付かなかった物を、忘れていた物を、嘲笑うかのように両手一杯に抱え込んで詰め寄ってくる。まだそれを認めたくは無い、認められる訳が無い。
まさか、俺が、この男が好きだなどと。

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首に巻かれたのは支配の証。
それを繋ぐのは歪んだ恋慕。
幾度にも渡る海賊の襲撃、国庫にとって大事な海路を潰されて疲弊したアントーニョがついに捕らえられたのは数日前の事だった。
急ぎ船を走らせアントーニョの乗る船に合流する。連れて来たのは数人の部下と船を操るのに必要な人員だけの非公式な出船。逸る気持ちを抑え、隣接された海賊船へと渡る。取り囲む海賊達はアーサーよりも縦にも横にも大きく下卑た笑顔を浮かべて出迎えた。その中の船長と思しき髭面の大男が一歩前へと出て似合わぬ挨拶なぞしようとして見せたのを遮るようにアーサーは手を上げた。
「慣れ無い事はしないでいい。案内を。」
船の最下層、薄暗く湿った潮の香りに満ちた牢屋の一つ。錆付いた太く大まかな格子の向こうに男は眠って居た。部屋に一つきり置かれた炎の灯りを受けて揺らめく肌には明らかな暴行の痕。肌に複雑な模様を生み出す白と赤の多さが受けた陵辱の激しさを物語っていた。
「こいつぁ随分慣れてやがりましてね、三人掛かりで可愛がってやっても悲鳴の一つ上げやしねぇ。その癖きっちり気持ち良くなってるんだから相当な淫乱でさぁ」
アルコールに焼けた喉から吐き出される臭気と同じ言葉の羅列を聞き流しながらアーサーは格子越しにその姿を一瞥すると案内をしていた男へと顎をしゃくる。
「まだ体力の有り余ってるのが居るだろ。そいつら連れてもう一度こいつを可愛がってやれ」
一瞬、驚いた顔をした男は其の後露骨に顔を下品に歪ませて笑った。趣味がいいねぇ、揶揄するような言葉を残して上へと戻って行くのを了承と受取りアーサーは再び視線をアントーニョへと戻す。
こちらに背を向けて寝ている為に前面がどうなっているのかは分からないが汚れてパサついた髪の毛にまで飛び散る白濁、背に走る裂傷は鞭でも打たれたのだろうか。少し肉が削げて腰骨の浮いた尻の狭間からは赤と白が混ざり合ってこびり付き腿の合間へと流れて居る。
そして首元には皮の、首輪。部屋の壁に鎖で繋がれたそれは眠る男の力でもってすれば外れないという事は無いだろう、だがしかし外さない、否、外せない。ほの暗い快感にアーサーの口元が歪んだ。
「三人程見繕ってきやしたぜ」
不意に掛かる声に我に帰ると先ほどの男が部下らしき男を連れて階段を降りて来るところだった。皆一様にこれからの期待に髭に塗れた唇を歪ませ黄ばんだ瞳をぎらつかせた者ばかりだ。その男達を全て牢の中へと居れてしまうとアーサーは中に入らず手近な空樽を引き寄せて其の上へと腰を下ろした。
「始めろ。」
端的な命令を待っていたかのようにアントーニョへと伸びる六本の腕、深い眠りから唐突に呼び戻されて力無く抵抗するのを手際良く抑え込んで乾いた孔へと強引に太い指を捻じ込まれびくりと大きく身体が跳ねた。
「…ッッ…っぐ、…」
炎の灯りに揺れて緋色を宿す瞳が痛みに見開かれて濡れる。だが唇を噛み締めて声を上げることは無かった。もう幾度も穿たれ擦り切れそうな其処を遠慮無しに割り開いて行く指先に、肌を裂いた傷口を抉るように撫でまわす掌に、擦られすぎて赤く腫れ上がった胸の頂きを捻り潰す痛みに、何度も耐え難い反射で肩を震わせながら時折力無く首を振る。その度に高らかに存在を鳴り響かせる鎖が耳に心地良い。
乾いた唇に赤を滲ませる程に歯を噛み締めて声を零さない代わりに耐え難さに揺れる首に合わせて鳴り響く鎖はアーサーの腹の底を熱くさせた。決して堕ちぬと拒みながらも受け入れるしか術の無い身体が上げる悲鳴を、野蛮な海賊にいいようにされながらも足の間で揺れる性器が堅く息衝く淫乱さを、血と精に塗れて美しく踊る肌をアーサーは愛した。そう、これは愛なのだ、愛故の情欲。
「アントーニョ…」
知らず漏れた声は乾ききっていた。耳聡く聞きつけた男の一人が猥雑な笑みを浮かべると丁度腰を掲げるようにしてうつ伏せにされたアントーニョの髪を引き掴んで顔をこちらへと向けさせる。痛みと快感で虚ろな双眸がぼんやりと宙を彷徨いながらやがて、アーサーへと焦点を合わせた。
「…ッッアー…サ…ッぁあああ!!!!」
驚きに見開かれた双眸がタイミング良く後ろから貫く男によって悲痛に歪む。上げられた声は身体の痛みにだろうか、それとも心の痛みにだろうか。今までは然程たいした抵抗も無く甚振られていた身体が必死に暴れ出しては男達に力ずくで抑えつけられる。
「あ…ッうぁあ…ぁ…あああああああああああっっっ」
背後の男に揺さぶられる度に上がる声は決して、痛みだけでは無いのだろう。甘く耳に残る悲鳴がそれを物語っている。上げることが無かったという声はアーサー一人その場に居るだけで簡単に、それも望む通りの声が上がるという事実に口元が歪むのを止められなかった。慈しむような眼差しで今もなお淫らに踊らされる姿を見詰める。
物言いたげな瞳からぼろぼろと大粒の涙を溢れさせて唇から叫ぶような声を上げる姿をいつまでも、宴が終わるまで。
やがて、三人の男達が代わる代わるに蹂躙を続け気絶するように意識を無くすまで続けられた宴が終わるとアーサーは全員を下がらせて牢の中へと初めて足を踏み入れる。部屋に篭った淫猥な空気の中で真新しい液体に塗れた褐色の肌へとそっと掌を滑らせる。滲んだ汗と溢れた涙に濡れた頬は前に見た時よりもずっと削げた気がする。そっと散ばる前髪を指先で押し退けるとその額へと唇を触れさせた。じわりと広がる苦い塩味。
「愛している…」
囁きは眠るアントーニョには伝わらない。だがそれでも良かった、アーサーがアントーニョを愛している限り。

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