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空箱

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触手

「元居た場所に返してらっしゃい」  
 と、言った所で伝わらないのはわかっている。わかっているが言わずにはいられなかった。身体の殆どをシガイに侵され幼児以下の知能しか無いレイヴスは生前の抑圧された生き方から一転して非常に素直になった。食べるのは好き、遊ぶのも好き、気持ちが良いのも好き、だが風呂と独りぼっちが嫌い。アーデンが側にいる時は機嫌良くしていたとしても、ちょっとでも目を離すと何をしでかすかわからない。無くした知能の代わりに得た怪力で厳重なロックがかかった金属製の扉をこじ開けて脱走した事もあったし、遊び相手にとクローンを一体置いて行ったら化け物と呼ぶに相応しい力で細切れにされた事もあった。出掛けて帰る度に何かしらやらかしているのでそれなりに心の準備をしてから扉を開けたのだ、これでも。  
 それでもついうっかり通じもしない言葉が出てしまったのはまさか部屋中埋め尽くす程の巨大な触手の塊を連れ込んでいるとは予想だにしなかったからだ。どろりと黒光りする粘液にまみれているところからしてシガイの一種だろうか。中には肉色の蔦のようなものが粘液の隙間から見える。それが数えきれぬほど大量に、服を嫌って一糸纏わぬレイヴスの身体中に絡みついている。  
「あーで、おかぁり」  
 覚えたての拙い単語の出迎えは可愛らしいが、腰にばかり集中的に触手が集まり真っ黒に染められていることに気付いてしまい思わず天を仰いだ。この場合叱りつけるべきなのか誉めるべきなのか、触手を引き剥がすべきなのかそれとも混ざるべきなのか今後の教育方針に悩む。  
「ふぁ、あ、あー」  
 そんなアーデンを尻目に触手がじゅぷぬぷぐぷんと派手な音を立てて蠢きレイヴスが気持ち良さそうに鳴く。意思の疎通が出来ているのかどうかは定かでは無いが、少なくともレイヴスは触手を楽しんでいるらしい。数多の触手がレイヴスの身体の中や外を擦る度に甘い声をあげているし、もっととねだるように腰が揺れている。触手も何を求めて絡み付いているのかはわからないがレイヴスを喜ばせる場所ばかりに集まっては蠢いているようだ。  
「っひ、ぁっ、ああっ、あっ、あっ」  
 ついぼんやりと思考を止めて眺めている間に本格的に攻め立てられているらしい、切羽詰まった悲鳴が上がる。ぼたぼたと垂れ落ちる程に滴りまとわりつく粘液に隠され詳しい事はわからないが世話しなく触手が蠢きレイヴスの身体が同じリズムで揺さぶられているのはつまりまあ、そういうことなのだろう。  「どうしようかなぁ…」  
 アーデンも知らなかった未知のシガイらしき存在への警戒心はある。  
 だがこの触手一つでレイヴスがご機嫌でお留守番出来たのも事実である。  
「――ッアああ」  
 アーデンが悩む目の前では白い喉を仰け反らせてレイヴスがびくびくと身体を震わせていた。 

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お留守番

 幾重にも厳重にかけられた電子ロックを解除し、ようやく扉を開けた瞬間から香る血生臭さと真っ赤に様変わりした壁を見てアーデンは思わず脱力した。  
「またかぁ……」  
 ジグナタス要塞内、元は将軍用の部屋だった一室はかつてそれなりに整った内装があったのだが今ではむき出しの壁材と床板、それからキングサイズのベッドが一つ置いてあるだけの殺風景な景色だ。それが見事なまでに真っ赤に染まっている。天井まで赤が飛び散っているところをみるに相当時間をかけてなぶり殺したに違いない。  
「誰が掃除すると思ってんのさ……」  
 部屋に進もうにも足元には一面に赤い水溜まりが広がっていて突っ込む気も起きない。そんな惨状を産み出した元凶はと言えば血溜まりの真ん中でどうだと言わんばかりに千切れた腕を咥えて見せつけてる所だった。  
「そんなもの咥え無いの、べーっしなさいべーっ」  
 言えば素直にべーと声を出しながら口を開けて腕を無造作に床に落とす。その口の回りと言わず全身が血なのか肉なのか内蔵なのかわからないもので真っ赤に染まっていた。傍らにある人の形をしていた筈の肉片を見れば大体の事は想像つく。どうせまた遊んでいるうちに引き千切って壊した上に、思う存分齧りついたり引き裂いたりしたのだろう。遊びの激しさが肉片の細かさに現れている。  
「……あれ?また食べた?そんなに目玉って美味しいの?」  
 なんとは無しに肉片を眺めていれば半分に割れた頭部の眼球にあたる部分が瞼ごと引き剥がされたようにぽかりと穴を開けているのに気付く。確かめるように身を屈めて口許へと手を伸ばせば構ってもらえると勘違いしたのか思いきり飛び付かれてべちゃりと血溜まりに尻餅をつく羽目になった。  
「だからー!……あーもー俺まで血塗れになっちゃったじゃない」  
 首に腕を回してぐりぐりと肩になつく姿は可愛いとは思うものの血まで一緒に擦り付けられているかと思うと素直に喜べない。こら、とべっちゃり血に濡れた後ろ髪を引っ張って少し強引に引き離す。
「あーでん、おこる?」  
「そうだよ、前にも壊しちゃ駄目って言ったでしょ」  
「こわす、してない、あそぶ、だけ」  
「でももう動かなくなったでしょ」  
「うごく、する、うごく、できる」  
 髪を引っ張られてもなおもだもだとくっつこうとして暴れるのを無視して立ち上がれば少しは危機感を覚えたらしい。再び抱きつくのでは無く、肉片の元へと戻ると腕と足だったものを血溜まりから拾いあげてぶんぶんと両腕で振り回し始めた。  
「うごく、する」  
 どうだと言わんばかりにまっすぐ見つめられて、余計に血が飛ぶから止めてくれだとか、お前が動かしてるだけだろうとか、この状況で何故そこまで自分の非を認められないのか等言いたいことが幾つか過っては言葉にならずにため息へと変わる。  
「うん……うん、とりあえずお風呂入ろうか」  
「あーでん、おふろ、する?」  
「俺も入るよ、君のせいで汚れたからね」  
「おふろ、する!」  
表情こそ殆ど変わらないがその声はどこか喜んでいるように聞こえてしまうのだから始末に終えない。怒られていたことなど既に忘れたように飛び付いてくる獣を引きずってアーデンはバスルームへと向かった。 

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フェネスタラ宮殿の幽霊

 今や世界中でその名を知らぬ者はいないと言われる写真家、アージェンタム氏が綴る夜明けへの道のりとその後のイオスに暮らす人々を取材したドキュメンタリー「イオスの光」
その第五作目より抜粋 

11.フェネスタラ宮殿の幽霊 

 サラに出会ったのはテネブラエのルクス大通りに面した小さなカフェだった。安価な上に美味しい珈琲とホットサンドが楽しめると評判の店内には子供連れや学生、果ては新聞片手にのんびりと珈琲を楽しむ老紳士まですべての年代に愛されているようだった。 
その中でも彼女に声をかけてしまったのは連れていた子供達に聞かせていた物語が非常に興味をそそられたからであって、決してやましい心があったわけではない。決して。 
 詳しく話を聞きたいと申し出るとサラは快く応えてくれた。 
【20代くらいの女性と十歳前後の男の子、アージェンタムが笑顔で写っている写真】 
サラ:私、生まれたのはリード地方だったんですけれども両親が事故で亡くなってしまってずっと祖父に育てられて来たんです。「夜の子供」だったので初めて遮るものが何もない太陽を目にした時はほんと眩しくて。今だから言えるんですけれど、あの頃はとにかく太陽が大っ嫌いでした。目は痛くてあけていられないし、肌はすぐに火傷になってしまって服を着るのも辛かった。そんな害しかない太陽を大人達がありがたがっているのも、なんだか私が否定されているみたいで本当に嫌でしたよ。「夜の子供」は皆そう思っていたのでしょうけれど。 

大人達が狂喜乱舞した夜明けとは裏腹に、長い長い夜の間に生まれた「夜の子供」達の苦しみは今でもなお続いている。日差しを浴びるうちに治って行く軽度の者から、生涯日差しを浴びるだけで体に変調を来す重度の者まで様々だが皆声を揃えて言うのは「初めて浴びた日差しは痛くて怖い存在だった」。大人たちは当たり前のように日の下で生きて来た為にその恐ろしさに気付くことなく、日差しの下に放置されて皮膚が爛れてしまった子供や失明した子供、またそのような苦痛を信頼する親などの大人から強制されて心の病にかかった子供も多く、彼らにとっては今でも太陽は忌むべき存在だと言う。 

サラ:私の場合は近所に詳しいお医者様がいたので、すぐに日の光が強すぎるのだとおっしゃっていただいて。それで改善するかはわからないけれど、と祖父の故郷のテネブラエに帰って来たんです。あの頃はとにかく街と言うより廃墟と行った感じでたった十年くらいでこんなに復興するとは思いませんでした。幸いにもこちらで少しずつ太陽に慣れて行く事ができて、今ではすっかり日向ぼっこが大好きなんですけれど。ああそうだ幽霊の話でしたよね。テネブラエに来てもすぐによくなるわけでは無かったのでしばらくは同じような子供達と室内でばかり遊んでいたんですが、やはり外で同じ年頃の子供が楽しそうに遊んでるのを見るととても羨ましくって。そんな時にやんちゃな友達がフェネスタラ宮殿で幽霊を見たって話をしてくれたんです。 

 フェネスタラ宮殿はかつて神凪の一族、フルーレ家が住んでいたが、長い夜の間にシガイの襲撃によって破壊され放棄されたのだと言う。生き延びた神凪の一族は近くへと拠点を移し、そこを中心に今の復興したテネブラエの町並みがある。だが宮殿だけは今も当時の姿のまま大切に残されているのでテネブラエに訪れた時には是非とも立ち寄ってみて欲しい。建物の中には入れないが一面に広がるジールの花畑と、瓦礫と緑のコントラストが美しい中庭は一見の価値がある。 
【真っ青な花畑の写真】 
【瓦礫に蔦が這い、日差しが差し込む幻想的な写真】 
【森の写真】 
サラ:もちろん、勝手に入って良い場所だとは思っていませんでしたよ。でも復興の手伝いも出来ない子供達は皆暇を持て余していて、すぐに宮殿の探検に行こうって話になったんです。最初は私と、その話をしてくれた男の子と、あと同じように日差しに弱い女の子の三人だったかな。友達の家に遊びに行ってくると嘘をついて朝の日が弱いうちに出掛けて。男の子が壁の壊れている所を知っていて、そこから中に潜り込んで。埃っぽくなってはいましたけれど家具なんかもそのまま残されていて凄く楽しかったですよ、あんな綺麗なお城は初めてでしたから。勝手にいろんな所をあけて、見たことも無いようなふかふかのベッドやソファに飛び乗って埃に咳き込んだりして。広いお庭には一面にジールが咲いていたりして思わず走り回ったりして。その途中に私たちも見たんです、幽霊。私たちが居た建物のちょうど向かいの建物の窓を真っ白な人影が横切るのを見たんです。三人とも大興奮でそこらじゅう探し回りました、あんまり夢中になっていたからついつい日差しの下も平気で歩き回ってしまって、私と女の子の二人とも目が痛くなってしまって。女の子の方は肌も火傷で真っ赤になってしまっていましたね。帰ろうにもまだ日が高くてこれ以上外には出れないし、夕方になるまで待つしか無いかなって三人で部屋の中にいたんですけどお腹は空いてるし肌はヒリヒリするしで心細くなってしまったのか女の子が泣き出してしまったんです。 
【過去のテネブラエ宮殿内部の写真1】 
【過去のテネブラエ宮殿内部の写真2】 
サラ:そんな時に幽霊がすぐ目の前に来たんです。実際には私はその時目が痛くて開けていられなかったので男の子が騒いだ声で気付いただけなんですけれど。大丈夫、心配いらないってとても優しい声だったのは今でも耳に残っています。何をしていたのか具体的な事はわからないんですけれども、泣いてしまった子を丁寧に慰めていてくれたみたいで。段々泣き声が収まって、そうしたら今度は私の瞼に大きな掌が触れてきたんです。ちょっと皮膚が硬くて、でもとても暖かくて。思わず心地よさにうとうとしてしまいそうなくらいで気付いたら目の痛みが無くなっていたんです。女の子の火傷もすっかり良くなったみたいで二人で何が起きたのかわからずにぽかんと呆けてました。ようやく幽霊を間近で見れたんですけど……ほんととても真っ白でした。髪の毛も肌も真っ白で、だけど目の色が左右で違って不思議な人でした。最初、危ないから二度と立ち入らないようにって言われた気がするんですけれども三人共興奮しちゃって散々ぶーぶー文句言ってたら仕方ないな、って笑って。本当にすごい優しい笑顔だったんですよ!もう一人の女の子と初恋だったよね、って今でも話題になるくらいに心を鷲掴みにされちゃいました。それで、遊びに来てもいいけれど危ないから入っちゃいけない場所を教えてもらって、それから大人たちには幽霊の事は内緒にしてくれってお願いされました。私達は此処でまた遊んで良いと言ってもらえたのがうれしくて二つ返事で引き受けましたけれど、今思えばあの時すぐに大人達に知らせて置けば良かったのかもしれませんね。 

 幽霊の正体に気付いた読者の方もおられるかもしれない。けれど子供達は律儀に幽霊との約束を守り、他の子供も誘って幾度も宮殿に訪れながらも決して幽霊の存在を大人に明かす事は無かった。それが良かったのか悪かったのかは今でもわからない。幽霊が何故大人たちの前には姿を現さ無かったのか、その真意がわからなくては全てが憶測に過ぎない。 

サラ:幽霊は行けば毎回いるって訳ではないんですけれど……体感的には週に一回くらいは会えるかもしれないって所でしたかね?幽霊には色んな事を教えてもらいましたよ。テネブラエの古くから伝わるおまじないの歌とか、遊びとか。幽霊は男性だったんですけどね、花冠を作るのがとても上手だったんです。昔は好きな子が出来たらジールの花で冠を作ってプレゼントするものだったって聞いて皆で作り方を習ったりもしましたね。普通の花冠みたいに絡めて行くというよりは土台を作ってからそこに編み込んで行く感じで子供には少し難しかったんですけど、すごく丁寧に根気よく教えてくれて。他の遊びもたくさん……全部今でもやり方覚えています。 
【テネブラエに伝わる花冠を被った笑顔のサラの写真】 
 しかし幽霊との楽しい時間はそう長く続かなかった。幾ら子供たちが幽霊の存在を隠していようと大人達が教えた覚えのない遊びを、歌を、知らぬ間に覚えていれば不審に思われるのは致し方ない事だろう。 

サラ:私も、何気なく鼻歌で教わった歌を歌っていて。祖父に「よく知ってるね、誰に教わったんだい?」って、祖父はただ懐かしくて聞いただけなんでしょうけれど私はもう大パニックで。内緒にするって約束したのにバレちゃう!って。逆にそれが祖父には不審に思えたんでしょうね、そこからは延々問い詰められて、怒られて、泣いて、だけど幽霊を守らなきゃって意地でも言えなくて。……本当はそこで言ってしまった方がよかったのかもしれませんけれど。他所の家でも皆そんな感じで親にバレて、だけど幽霊を守らなきゃって誰も口を割らなくて。何ででしょうね、不思議と「守らなきゃ」って思ったんです。とっても大きくて私達二人くらいなら軽く担ぎ上げてくれるような人だったんですけれど……なんでだろうなぁ……とても、大切だったんだろうなぁ…… 

 気付かれてしまえば後は早い。親から親へと話は広まり、子供たちがいつも遊びに行っている宮殿には誰かが居る、と言う結論に辿り着く。子供達が幽霊のことを話していれば誰も不安になる事は無かっただろう、だが実際には皆一様に頑なに唇を閉ざしたままで、余計に親達の不安を煽るだけとなった。すぐ傍にある拠点では無く敢えて宮殿に隠れるようにして居る人間、それも子供達にこれほど強力な口止めをする力があるとなれば危険人物かもしれないと誰もが思うだろう。 

サラ:それからは家から出るな、外で遊ぶとしても大人の目が届く場所でしか駄目、少しでも逃げようとすれば本気で怒られて……その間に拠点の男の人たち総出で宮殿の捜索をしたらしいんです。これは後になってから聞いた話なんですけれども。何度も何度も連日連夜宮殿の隅から隅まで探し回ったって言ってました。けれど大人達は誰一人幽霊を見つけられなくって、逃げたんだろうって話になって。結局そのまま幽霊は現れないままだったので、行けなくなってから半年後くらいかな?漸く遊びに行ってもいいってお許しが出たんです。その時には宮殿にも定期的に見回りが来るようになってましたし。また遊びに行けるようにはなったのは嬉しかったんですけど、やっぱりなんか違うんですよね、私たちは幽霊に会いに行ってましたから。幽霊が居ない宮殿は綺麗だし楽しい所だけど……寂しいんです。大人達の所為で幽霊が居なくなっちゃったって怒っていた子も居ましたし……幽霊が居なくなったことがショックであんなに毎日のように宮殿に遊びに行っていたのに部屋に引き籠るようになっちゃった子も居ました。その頃の私達にとっては本当に幽霊の存在が大きかったんです。第二の父……母……ううん、なんだろう?傍にいると無条件に安心出来て、心地よくて……神様みたいな物かな?大げさですけど。 
【六神と神凪が対話するシーンを描いた壁画】 
サラ:何度も宮殿に通って、やっぱりどんなに探しても幽霊を見つけられなくて。もう二度と会えないんだな、って皆が思い始めた頃、やっと大人たちに幽霊の事を伝えました。幽霊は悪い人じゃないんだって事だけは知って欲しくて。大人達も幽霊が居なくなってからの子供達の気落ちっぷりを見ていたからか親身に聞いてくれました。そこでようやく、幽霊の正体がわかったんです。誰かが写真を持ってきてくれて、幽霊はこの人か、って聞かれて。実際に会った幽霊よりは若く見えましたけれど思わず嬉しくてこの人!!ってにこにこ顔で答えた私達と、絶望したかのような大人達の温度差が凄かったですね。その頃は自分たちで追い出した癖にって思ってましたけれど…… 

 そして大人達が「幽霊」の正体を子供たちにわかりやすく説明した話と「幽霊」との思い出話が組み合わさり、尾ひれ背びれを付け加えながら形を変えて一冊の絵本にまとめられたのが「ジールの王子」だ。世界中で大人が読んでも泣ける絵本として流行したのでご存知の方も多いかと思う。ジールの国の王子が太陽を食べる魔物に家族と離れ離れにされながらも冒険をしてゆく「よくある」ストーリーではあるのだが、その最後の物悲しさはこの「幽霊」の話が混ざった結果だろう。 
【ジールの王子の絵本表紙】 
サラ:今では皆この絵本のお話を知っているでしょう?とても良いお話だとは思うんですけど……やっぱり本物を知っている身としては正しい王子のお話も知って欲しいんですよ。大人達に聞いた王子の話も、絵本に描かれた王子のお話も、幽霊とはどこか違うんですよね。だから私が知っている幽霊のお話も子供達には伝えたいなって。あの時一緒に遊んでいた友達は皆子供に幽霊のお話していると思います。 

 サラへの取材を終えた後、町中で遊ぶ子供たちの何人かに声をかけて「ジールの王子」の話を教えてくれと強請ってみたところ、驚く事に絵本の内容を教えてくれたのは一人だけで、後は多種多様な王子の話を聞くことが出来た。恐らくは幽霊に出会った子供達それぞれが感じたままに伝えた事で印象が変わってみえるのかもしれない。独自の脚色や、子供に聞かせる為にハッピーエンドに纏め上げられた物まで、そうしてそれが子供同士で議論になりまた新たな王子像が作り上げられて行ったのだろう。 
 もしもテネブラエに訪れる事があったら「ジールの王子」の話を子供から大人まで聞いてみて欲しい。きっと貴方だけの「王子」が出来上がる筈だ。

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新年会

 夜のテネブラエ、フェネスタラ宮殿。  
 以前より予定されていたルシス王家からの使者と会談の後に、たまたまタイミング良く現れた復興支援を生業とする傭兵団長も交えて臨時の会食。  
 程よくアルコールも回り腹も満たされ、このまま各々部屋に戻って眠るだけかと思いきや「せっかく集まったんだから肩肘張らずにもうちょっと飲もうよ」という傭兵団長の鶴の一声で場所をレイヴスのプライベートルームへと移して二次会を開催する運びとなった。  
「あらためまして、新年おめでとー!」  
 先程のテネブラエの重鎮も交えた会食とは打って変わってアラネアの声は明るい。アラネア、イグニス、レイヴス、三人揃う事はほとんど無いがそれぞれ付き合いはそれなりに長いし、あの十年を互いに支えあい乗り越えた仲間だという意識が皆それぞれにある。  
「あ、これ美味しい」  
「こんな機会もあまりないだろうから二十年物のワインを持ってきた」  
「レイヴスのそういうトコ好き」  
「お前が好きなのは酒だろう」  
 帝国の頃から二十年近い付き合いになるという二人のやり取りも随分と砕けたものだ。各々ソファにゆったりと寛ぎながら簡単なツマミを肴にグラスを傾けている。そこにイグニスも混ざって穏やかな空気が流れているなど、かつては想像もできなかった。  
「メガネくんはいつまで居るの?」  
「明日の昼には発つつもりだ」  
「そうだよねぇ、アンタの彼氏うるさそうだもんねぇ」  
 んんぐぅ、とイグニスが妙な声を上げながら咽そうになった。噴出さなかったのが不思議なくらいだったが気合いで堪えたらしい、飲み下した後にげほ、と小さく咳を零す。  
「なぜそれを…じゃない、なぜそうなったんだ」  
「あんたも結構酔ってるね?そんなの見りゃわかるわよぉ、初めて会った頃にはもう付き合ってたでしょ?長いよね」  
 かくいうアラネアもだいぶ酔っているようだ。もともと静かな性質というわけでは無いが普段よりも上機嫌に舌が回っている。  
 ぐうの音も出ずに黙り込んで言葉を探すイグニスをからからと笑うアラネアの横ではレイヴスが穏やかに、だがやはり楽し気に目を細めていた。  
「そうなのだろうなとは思っていたが…そんなに昔からだったのか。いつからなんだ?」  
「あたしも知りたい!具体的にはいつなの?小さい頃からずっと一緒なんでしょ?」  
 イグニスの恨みがましい視線がちらとレイヴスに向けられるがグラスを掲げて応えて見せるだけだ。所詮は付き合いの長い者だけの砕けた酒の席だ。一番若いものが玩具代わりに突かれるのは致し方ない事だろう。暫く悩むように無言を貫いていたイグニスだったが溜息一つで諦めると、ぐしゃりと髪を掻き混ぜながら唇を開いた。  
「高校の頃だ。彼氏、などという関係になった覚えは無いが…… 「ヤっちゃったと」  
「……まあ、そういうことだ」  
 直截な言葉に一瞬言葉を詰まらせるも諦めて全面降伏することにしたらしい。イグニスのような男が高校の頃からあの男と身体を重ねていたことに驚くべきか、それから10年以上一途に愛を育んでいる事に納得するべきなのか。  
「そんなに長く付き合ってて飽きない?」  
「そもそもそういう関係では無いと言っているだろう。共に在る事が当たり前すぎて……そういう事を考える次元に居ない」「でもヤる事はヤるんでしょ?」  
「う……その、なんというか、習慣で……」  
「習慣になるくらいお盛んなんだ!?」  
 あっはっは、と声を上げて笑うアラネアと、横ではレイヴスも肩を震わせている。何を言っても酒の回った頭では二人を喜ばせる事しか出来ないようだ。だがとてつもない羞恥心はあれど、今までこの手の話はほとんどしたことが無いイグニスにとっては少しだけ興味がある部分でもある。  
「そういう貴女も。ウェッジさんが心ぱ――」  
「で、レイヴス将軍と宰相ってどういう関係だったの?」  
 ウェッジの名前が出た瞬間のアラネアの切り替えの早さは恐ろしい程だった。奥では突然話を振られたレイヴスがんっふぐぅと変な声を出して咽そうになっている。  
「私が帝国に入った頃にはもうあんた宰相と寝てたでしょ?けどいまいちどういう関係だかわからなくってさぁ」  
「いや……その……」  
「恋人同士って空気でも無いし、だからってあからさまに険悪って感じでも無いし、気になってたのよね」  
「だから……それは……」  
「結局、宰相の事好きだった?」  
 レイヴスがこんなに狼狽えている所をイグニスは初めて見た。哀れにも思うが先程の恨みと、このアラネアの勢いが万が一にもこちらに戻ってくるのは避けたいので黙って聞き役に徹することにする。というよりアーデンとレイヴスがそんな関係であった事など初めて知った。純粋に興味が沸く。 
「……好きとか……嫌いとか、そういう話じゃない」  
 溜息のように紡がれた言葉があまりにも穏やかだったのでアラネアとイグニスは息を飲んだ。二人とももっと愚痴や恨み言が出てくるとばかり思っていたのだ、知らず固唾を飲んでレイヴスの次の言葉を待ってしまう。  
「あ、いや、本当に巧く説明出来ないんだが…少なくとも好きでは無かったし、いつか殺してやるとは思っていた」  
 その言葉の割には余りにも懐かしむように穏やかな微笑みを浮かべているレイヴスに思わず二人は顔を見合わせ、そしてあまり深く突っ込んではいけない予感を感じて話題を切り替える事にした。楽しい酒の席が追悼式のようになってしまうのはごめんだ。  
「で、ウェッジさんとは――」  
「はい、それじゃあ次はメガネくんと彼氏の初夜の話を詳しく聞かせてもらおうか!」  
 テネブラエの夜はまだしばらく明けそうにない。 

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配送業アーデン×団地妻(?)レイヴス

※細かい事は気にしたら負け
 チェラム配送  
 アーデンが個人で営む零細配送業者である。ほとんど趣味でやっているような物なので利益は度外視、大手配送業者の下請けとして暇潰し程度に配送をこなしお小遣い程度の金をちまちま稼ぐだけの、あえて金を稼ぐ必要の無いアーデンのごっこ遊びのような物だ。 
 営業日も疎ら、請け負う仕事量も極々少量、そんな適当な運営のチェラム配送だが業者指定の配送依頼を送る依頼主が一つだけある。  
 ルシス団地の最上階、1001号室。  
 その「お得意様」から依頼があると聞いてうきうき集配所へと駆け付ければ荷物は片手で軽々持てるような小さな段ボール、品名には「玩具」とだけ書かれていた。 思わずにやけそうになる口元を隠しながらざっと他の近場の配送を数点請け負ってミニバンで出発する。勿論、1001号室の配送は今日の最後、それが終わればアーデンの本日の営業は全て終了だ。  

 十五時四十七分。 
 十四時から十六時までの配送依頼だったものの、途中の道路工事で迂回した為にギリギリの時間になってしまった。車をあえて駐車場に滑り込ませると弾む心を抑えるようにサイドミラーをのぞき込んで身だしなみのチェックなどしてみる。 それから本日最後の荷物を片手に車を降りてエレベーターへ。足取りがどうしても浮かれているのは仕方ない。 廊下に出てすぐ、一番手前の部屋の扉の前に立って一呼吸、それからインターホンを押すとちゃちな機械音がピンポーンと間延びして響いた。  
「――……はぃ……」  
「チェラム配送です」  
 応答に出たのは若い男の声、いつもならば鳴らしたら飛びつくような勢いですぐ応答があるというのに今日はずいぶんと間が空いたし、何より声が吐息のように掠れて覇気が無い。もしや体調不良などでこの後のお楽しみは無くなってしまうのではないかと不安が過る。たん、たん、と爪先で地面を叩きながら扉が開かれるのを待つもインターホン越しの声以降、しんと静まり返った部屋からは何の音も聞こえない。  
 ピンポーン、もう一度ボタンを押す。  
 今度は先程と同じ時間待っても応答はない、本当に体調不良が悪くて動けなくなっているのでは、と思った途端に扉の向こうから聞こえたガタンという大きな音と細い悲鳴のような男の声。  
「ちょ、奥さん!?大丈夫!?」  
 思わずドアノブを捻ればあっさりと扉は開かれた。  
 見慣れた廊下、その玄関に一歩届かない場所にへたり込んだ裾の長いシャツ一枚だけを纏った男、びくびくと絶えず肩を跳ねさせながら何かを堪えるように身を丸める姿に思わず駆け寄ろうとして、気付く。  
 羽音のように空気を震わせる音、それからふわと鼻に触れる生臭い臭い。そっと近づいて覗き込めば裾の捲れた男の尻から伸びる数本のカラフルなコードとスイッチ。 焦りが一転して高揚へと変貌する。口元がにやけるのを今度は隠しもせずに未だに震える肩へと手を伸ばす。  
「待ちきれなかったの?俺が頑張ってお仕事してる間に一人だけずるくない?」  
ずるりと這うようにして男が動く。ぺたりとアーデンの膝に手をかけてようやく上げられた顔は真っ赤に上気し潤み切った眼から一筋涙が溢れた。  
「……はやく、」  

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