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空箱

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おしゃぶり

キスの後に重なっていた視線が落ちてたどり着くのはレオナの下腹部。伺うように一見上げた黒曜石に頷いてやれば、おずおずと言った様子でジャミルの指先がベルトにかけられる。焦らしているのかとからかってやりたくなるほど優しく丁寧に外されるベルトに、レオナまで緊張してしまいそうだった。
「なんだかすごく……いやらしいことをしている気分です」
ありえないほど静かにファスナーを下ろすジャミルが緊張とも興奮ともつかぬ瞳でレオナを見た。
「実際にするんだろ。お前が」
そう言ってやれば笑みを象りながらも逃げる視線は恥じらいなのだろうか。スラックスの前を寛げた所で止まる指先。その薄布の先なぞ何度も見慣れているだろうに躊躇うような間。幾度抱いてもまだ足りないと求めてしまう男の初な姿は、素直にレオナの独占欲を満たした。
意を決したように下着のゴムに指をかけて引き下ろされればまろびでる、まだ柔らかなレオナのもの。腰を浮かしてやれば下着ごと足の付け根までスラックスを脱がされ、なるほどとてもいやらしいことをしている気分になるとレオナも納得する。
舐めてみたい、と言い出したのはジャミルからだった。女も知らない無垢な体を一から丁寧に開き、レオナだけを注ぎ込んできたジャミルが自らレオナに触れたいと求めて来たのだから、断る理由は無かった。
常ならば唇を重ねた後はシーツにそっと縫い付け、指と舌でじっくりと味わい開かせる体に押し倒され、クッションを背にもたれ掛かるレオナの足の間で一糸乱れぬままのジャミルがレオナに触れる。遠慮なのか、長い袖口から覗く指先だけで持ち上げられ、落ちる前髪を耳にかける仕草が妙に色っぽく見えた。まだ何をされたわけでもないのに落ち着かない気持ちにさせられる。
まるで縦笛を持つようにレオナのものを両の指で持ったジャミルがレオナをちらと見てから目の前の物へと視線を定め、かぱりと小さな口を開ける。
「ーー……」
息を止めてしまったのは、恐らく二人ともだ。捕食するかのように開かれた唇はしかし少しの間止まった後、一度閉じられた。肩透かしされたレオナが思わずそっと息を逃す合間に再び見上げる黒曜石とかち合う。安心させるように口角を上げてやればジャミルも意を決したようだった。
ちろりと、赤く濡れた舌先が覗き、皮膚の薄い先をほんの少しだけ濡らしてすぐ引っ込められる。最初に大口開けて見せた勢いはなんだったのかと言うくらいに随分と控えめな感触。それからまたレオナを見る。
「好きに続けろよ」
おいたをした幼子のように何度もレオナを伺う様に笑いを誘われながら、ジャミルの頬を指の背で擽ってやる。喜色も顕に綻ぶ顔は常よりも随分と幼く見えるのに、側にあるのは幼気さとは遠く離れたレオナの性の象徴だ。そのアンバランスさが妙に艶かしく見えてしまう。
まるで毒味のようにちろちろと皮膚の上を擽るだけの舌先に、快感があるかと言えば否定するしかない。むしろくすぐったくて逃げたくなるくらいだと言うのにその拙さが、不安げにレオナを見上げる瞳が、ジャミルに自身を舐めさせているという事実が、レオナを誘う。
「……あ、ちょっと固くなってきた」
そう言ってさも嬉しそうに笑うから。少し慣れて大胆になってきた唇が愛おしげにキスの雨を降らせるから。
一度意識してしまえばそこに血液が溜まるのは早かった。そして手応えがあるからこそジャミルの動きはどんどん恥じらいを捨てて貪欲に成果を求め始める。他人の世話に慣れた男は人の機微に敏い。最初は子猫がじゃれつくような可愛らしさでしかなかったのに、レオナの反応を見ながらみるみると上達して行く。
「……っっぐ、」
ジャミルの人より長い舌が、はしたなく見せつけるように伸ばされ、ぞろりと裏筋の根元から括れた場所をまで這い上がると思わぬ快感にふるりと身体が震え、溢れそうになった声を咄嗟に奥歯で噛み殺した。そのレオナを見るジャミルの幸せそうな顔。
「せんぱい、かわいい」
そうして今度こそ大きな口を開けてレオナを飲み込まんとするジャミルに、レオナは後で覚えろよと心の中で毒吐くことしか出来なかった。

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告白

「レオナ先輩、好きです」
「は?」
「別にお付き合いがしたいとか思っているわけではありません。ですが、俺がレオナ先輩に近付く時には下心を持っているのだという事はお伝えしておきたくて告白しました」
「はあ……?」
「そういうわけで今後ともよろしくお願いいたします」


突然の爆弾発言をしてきたのはジャミル・バイパー、スカラビア寮の副寮長をしている二年生、大人しく真面目な優等生ヅラをしているが明らかに腹に一物抱えているタイプ。そういう能力のあるタイプが爪を隠している所も、若さゆえに隠しているつもりで隠しきれていない詰めの甘さが見える所も嫌いではない。むしろ気に入っている方だとは思っていた。それは仲良くなりたいという類の好意では無く、分厚く被った猫の下に譲れない何かを持っている男を一人の人間として好ましいと思っているだけの話。レオナと気が合うか合わないかは別として。
そもそも元々ジャミルは明確にレオナを毛嫌いしていたように思う。向けられるにこやかな笑顔の下に透ける嫌悪。本人は隠しているつもりだったのだろうがレオナから見れば実家で飽きるほどに見慣れた笑顔だ。それをその歳で呼吸と同じように自然と張り付けることを覚えた身の上に多少の同情もした。隣にいるのがあのカリムだからなおさら。
だがそこまでだ。哀れに思えど所詮は縄張りの外の話。違う未来を見ている男に情けをかけてやるほどレオナは優しくはない。
ジャミルもきっと、内面までレオナが見抜いた事に気付いたのだろう。表面上は白々しく聞き分けの良い後輩の顔から徐々に言葉の節々に棘が混ざり始めた。最初は嫌味ったらしい言い回しが趣味なのかと思いきや、他で聞くジャミルの言葉はお手本のような優等生で、相手を空へ放り投げる気かというほどにおだて上げていて鳥肌が立つ程だった。それが、レオナにだけは敵意を見せる。
面白い、と思った。レオナの立場上、はっきりと敵意を見せてくる相手は案外少ない。どれだけレオナのことが嫌いであろうと恨んでいようと妬んでいようと、大概の相手は口を噤んで知らぬ振りをする。最初の頃のジャミルと同じ、黒い物を内に抱えながらも尻尾を振って見せてやり過ごし、頃合いを見てそそくさとレオナから身を隠す。それなのに、ジャミルは逃げるどころか武器を構え始めたのだ。
真正面から武器を振り上げ斬りかかって来るわけではない。
だがいつでもやり合う準備はあるのだとでもいうように隙あらばレオナの脇を切っ先で突いてくる。
もしかしたら、体の良いストレス発散相手にさせられていたのかもしれない。大人しい男を演じてはいたが霧の濃い夜空のような瞳には確かに苛烈な炎が見えていた。それを知られているのなら虚勢を張るよりも利用してやろうとするその姿勢も、レオナの好みに合致していた。
また、ジャミルは武器の扱いも巧みであった。レオナの触れられたくない場所の一歩手前まで容易く踏み入る癖に、絶対に最後の一線だけは超えて来ない。境界線のギリギリを渡り歩き、旗色が悪くなればすっと身を引く勘の良さもある。勝手に八つ当たりされる被害者であるレオナが思わず感心してしまう程の距離の測り方。
距離を間違えることが無いという信頼を持ってしまえばジャミルの八つ当たりなぞ子猫がじゃれつくようなものだ。自暴自棄に暴れるのでは無く、ストレス発散にすら頭を使い卒なくこなすその姿にいじらしさすら感じてしまう。
それは決してレオナの手の中に納まることが無い他所の飼い猫相手だからこそ感じた感情であり、互いに相容れることが無いとわかっていたから生まれる優しさだ。ジャミルに何があろうとレオナの手を煩わせる事は無いとわかっているからこそ、無責任に甘やかしてやれる。
てっきり、ジャミルもそのつもりでレオナにじゃれついていたのだとばかり思っていたのだが。


言いたい事は言ったので失礼しますと去ろうとする腕を咄嗟に掴んだのは無意識だった。制服の下に感じる手首の感触。そういえば触れるのは初めてだと驚きつつ見上げれば、ジャミルも驚きに目を瞠りレオナを見ていた。まあ、それもそうだろう。植物園の定位置でいつものように惰眠を貪るレオナを叩き起こして突然の告白をしたのはきっと、寝惚けている間にさっさと事を済ませて逃げようという算段だったに違いない。
捕まえたは良いものの、考えがあったわけでは無い為に言葉が出てこない。俺も好きです、なんて感情を持った事は今まで一度も無いし、ふざけるな気持ち悪いと言う程嫌悪感があるわけでもない。何故、と応える気も無いのに尋ねるのは無神経が過ぎるだろう。明確な答えが返ってきてしまえば罰が悪いのはレオナの方になる。
引き留めたからにはレオナから何かを言わねばと思うが言うべき言葉が全く思いつかない。無言のまま見詰め合っていると、不意にジャミルの視線が逸らされた。いつだって仮想敵としてまっすぐレオナを見ていた瞳が初めて逃げた。それからレオナの視線から隠すように空いている腕で顔を覆い隠す。
「あ、の……お怒りも苦情も制裁でもなんでも後で伺うので……今はいったん離してくれませんか……」
その上、消え入りそうな震える声が弱気なことを言う。それではまるで本当にレオナに惚れているようでは無いか。それにまんまと引き摺られてレオナの心臓が高鳴ったなどと。

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アオハル

今日一日の授業が終わり、つかの間の空き時間。選択科目によってはまだこの後一コマ授業がある為、部活の開始時間はその後になる。近くに宴の予定は無いし、カリムが問題を起こした気配も無い。人の目を気にして気の合わない人間と無理に友人関係を築く必要も無ければ、単独行動により目立つ心配をして動きを制限する必要も無くなった。完全なるジャミルの自由な時間。
エースに押し付けられたコミックをいい加減読んでみるのもいいし、トレイに借りたお菓子作りの本で気になっていたレシピを試しても良いかもしれない。そういえばフロイドから勧められたブランドの新作もまだチェックしていないし、次にイデアに手土産に持って行く駄菓子を選ぶのも良いかもしれない。
そんな、少し浮かれた足取りで歩く廊下の先に、ポケットに手を突っ込みだらだらと歩く見慣れた背中。
「レオナ先輩!」
声をかけたのは無意識だった。とはいっても、レオナとは恋人同士なのだから見かけたら声をかけるのは普通の事だろう。耳をぴるると動かしながら振り返ったレオナはジャミルを見て一度片眉を上げた後、にたり、と笑った。
あ、まずい。
まずいというのは駄目だというわけでは無い。やってしまった、の意味に近いが後悔しているわけでは無い。
「ジャミル」
まずい、やばい、やらかした、と思っているのに足は会えた喜びのままに足を止めたレオナの前までたどり着く。見上げたレオナは笑っているだけだ。いつも、ジャミルをベッドに誘う時のような顔で。
「時間、あるな?」
「いえ、俺は忙しいので。見かけたから挨拶しただけです。それじゃさようなら先輩」
「何今更ぶってんだよ。テメェが誘ったんだろうが」
「はあ?そんな顔して人のせいにしないでくれます?先輩が頭下げるなら聞いてやらなくもないですけど」
「お手をどうぞお姫様って手ぇ繋いでエスコートしてやらなきゃ嫌だって言いてえのか?」
「白馬の王子様気取りたいなら俺をときめかせて攫うくらいの甲斐性見せろって言ってるんですよ」
「はっ!言ったな」
肉食動物が牙を剝き出しにして笑う。
その一瞬後にはジャミルは横抱きにされ、レオナが呼び出した箒に乗って廊下を疾走していた。
「うっそだろ!!!」
「テメェが望んだんだろうが」
突然猛スピードで室内を飛ぶ箒に、授業の為に移動をしている生徒が次々と驚き退いて行くのがわけも無くおかしくて二人でけらけら笑った。後で大変な事になりそうだがそんな事は後の自分に任せれば良い。


てっきりレオナの部屋に連れ込まれるのかと思えば、辿り着いたのは2-Cの教室。これ以降の時間に使う予定が無いとはいえ、誰がいつ来るかもわからない部屋でどうする気かと身構えるジャミルを下ろしたレオナがマジペンを一振りして扉に鍵をかけていた。そのまま扉に押し付けられ、ぶわりと淡い花のようなレオナの香りに包まれながら唇が重なる。
「んんっ……ん、……っちょっと、」
早速貪ろうとするレオナの後ろ髪を引っ張ってなんとか引き剥がせば、んだよと不服に眉を寄せたレオナの顔。辛うじて顔は離れてくれたものの、両手はジャミルの服の下に潜り込み肌をまさぐっていた。
「ここで、ですか」
「嫌か?」
「普通嫌でしょう」
「何故」
「何故って、そういうことをする場所じゃないじゃないですか」
「そんな説明は受けてねえよ」
「教室で抱き合おうとする人がいるだなんて教師だって想定していませんよ」
「じゃあまず実際に抱き合うヤツがいたらどうするのか試してみねぇとな」
「嫌ですよ俺見られるの、あ、ちょっと……ッん」
「俺だって見せる気はねぇよ安心しろ」
「ぁ、でも、……ッ廊下、人歩いてるのに……」
「鍵掛かってんだから覗き込んでもバレやしねぇよ。テメェがよっぽどヤらしい声をあげなきゃな?」
「っ俺だけ大変じゃない、ですか……あっ」
「想像しろよ。周りはまだ真面目に勉学に励んでる中、知識を得る為の教室という場所で、明るいうちからヤらしい事をする。……興奮しねぇか?」
「へんたい……!」
罵りはしたもののレオナの言葉に心惹かれてしまったのも確かだった。八つ当たりのようにレオナの唇に噛み付いてやれば正しく意図を汲み取った唇がジャミルを食らい、服の下の手が大胆にジャミルを攻め始める。
「は、……ねえ先輩、俺思わず声が出ちゃうと思うんです」
「ほぉ?」
「だから、先輩が塞いでてください、俺の口」
「どっちが変態だよ」
笑いながらレオナの大きな掌がジャミルの下顎を掴むようにして唇を塞ぐ。まるで力づくで抑えつける時のような。決して被虐趣味があるつもりは無いが、レオナにされていると思うと不思議なことに体中の血液の温度が上がる気がした。


ベッド以外の場所で、こんな性急に、それも荒々しく、立ったまま獣のように繋がる。
そのどれもが初めてのことで、妙な高揚感のままに最初はお互い驚く程早く達してしまい、そのくせ一度では収まりきらずに時間を忘れて貪る最中に鳴るベルの音。本日最後の授業が終了したことを告げるそれを、何度も山を乗り越え温い快感に浸る中で聞いた。
「……っは、……バスケ部は、欠席の時にペナルティあんのか?」
「ん、……無い、ですよ……っふ、バスケ部は、緩いですから……ッあ」
「じゃあ、構わねえな」
「っ先輩、部長でしょ……ッ何、サボってるんですか」
「俺は、腹下してんだよ」
「あんだけ派手なパフォーマンスしといて……ッはふ、通じますか……ッ」
「トイレに急いでたんだよ。テメェはその介護をしてたでいいだろ」
「俺、カリムのトイレすら付き添った事無いんですけど……ッあ、ああっ」
「じゃあ俺が初めてだな、嬉しいぜ」
「嬉しいんですか、あ、ちょっと笑わせないでください駄目これイく……ッ」

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溶解

はぁ、と漏れた吐息は何かを成しえた時のような、まるで事後のような達成感に満ちていた。
何度目かもわからぬ交わりの末とは言えど、すっかり慣れ親しんだ胎の内に熱を埋めたばかりだというのに。
惰性で走り出しそうになった欲をひとまず飲み込み、代わりに組み敷いたジャミルの頬に張り付いた髪をそっと指の背で払ってやると、熱に蕩けた瞳がゆるりと満足げに笑みを象った。
「……ご機嫌だな」
「入ってるな、って思って」
「今更何言ってやがる」
「それは、そうなんですけど」
言いながら首に巻き付いた腕に引き寄せられて唇を重ねる。温い温度で混ざり合う唾液が少し塩辛い。粘膜のみならず、触れた肌すら溶けて混ざりあうような気怠い熱に溺れそうになるほどたっぷりと舌を絡ませて飲み込む。
暑い。
思考すらどこかへ忘れ、ただぬるま湯の心地よさを追い求めてジャミルの薄い唇を貪っていれば、ふと笑うような吐息を受け取り顔を上げる。
「……汗、すごい」
「そりゃあな」
ジャミルの掌がレオナの頬を撫でてべったりと張り付いた髪をかき上げ、そうして残された肌がひやりと冷えて忘れかけた呼吸を取り戻す。こんなにも茹だるような暑さの中で汗だくになっているというのに、不快感よりもまだどろどろに蕩けていたいという欲の方が上回っていた。
飢えているわけではない。でも満たされているわけでもない。
解決策を探すこともなく、ただ目の前に与えられた快楽に沈んで停滞している自覚はあるが、ジャミルも欲のまま溺れる事を望んでいるのなら、別にそれでよかった。
「……ずっと、ここに先輩が入っていればいいのに」
ここ、と。レオナの頬から滑り落ちた掌がジャミルの腹を摩る。細身ながらも筋肉に覆われたそこからは、呼吸とともにレオナを咀嚼する淫らな動きは見えない。だがあまりにも幸せそうに撫でるから、レオナはジャミルの手の上から手を重ねて共に撫でる。
「随分ヤらしい願望じゃねえか」
「……そういう、つもりじゃなかったんですけど、――っ」
お望み通りに存在を主張してやるように掌目掛けて腰を押し付けてやればわかりやすくぎゅうぎゅうに中が締まりジャミルの背が浮く。長時間、熱に溶かされた身体は随分と敏感になっているらしい。優しく内側を撫ぜるように揺するだけで細やかに肌を震わせてジャミルが鳴いていた。
「出来る事なら、叶えてやりてぇけどな」
無意識にか逃れようとする腰を掴んで引き摺り戻して腰を打ち付ける。レオナとて、出来る事ならばこのまま一つに溶けていたかった。

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夕焼けの国

ぽっかりと床の上で切り取られたオレンジ色。
昼間は生徒で賑わう校舎も、夕暮れ時となればひっそりと静まり返っていた。
明かりもつけず、レオナと、ジャミル、二人きりの教室。
暗闇の中で唯一明るいのは窓から床を射す真っ赤な夕焼けだけ。
「これが、俺の王国だ」
静かに真四角の夕焼けを見下ろすレオナが言った。
ジャミルの腕でも簡単に収まってしまいそうなほどに小さな小さな王国。
それだけが全てだとでも言うようなレオナの顔には、怒りも、悲しみももうなかった。
ただ静かで、凪いでいて、からっぽだった。
それでも、さも大切そうに切り取られた夕焼けを見下ろしているから。
ジャミルが、ぬぅっと無遠慮にオレンジ色の上へと足を乗せる。
まるで踏みつけるような行為にレオナが止める間もなく、オレンジ色の中に踏み入ったジャミルはそのまま小さくしゃがみ込む。
たったそれだけで、ジャミルの影がレオナの王国を黒く塗り潰していた。
「もうここ、俺でいっぱいですね」
そう言ってレオナを見上げて笑ったジャミルの顔が、あまりにも、レオナのすべてを奪うから。

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