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空箱

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100万ギルの顔

「五日後にフィガロに行く」と連絡を入れたのはたまたま補給の為に降り立った街に顔見知りのフィガロの技術者が居たからだった。いかに歯車の数を減らし最小の力で最大の効率を得る事に心血を注ぐ彼は同じ技術者として尊敬に値すると素直に思うし、会話をすることで得られる情報も大きい。今日も新たな閃きを形にするための素材の調達に城を出てきたのだと言う彼と気付けば数時間立ち話をしてしまい、五日後くらいには今日の話が形になっていると言うので是非とも見せてくれと、その日ならば行けるからと言っただけの話だった。一応、友人でありこの技術者の主にあたる王様にもよろしく言っておいてくれと付け足したのは大人としての社交辞令にも近い何かだ。


それがどうしてこうなった。 
フィガロ城に着くなりいつもならば挨拶を交わすだけの門番の兵士に「お待ちしておりました」と有無を言わさず王の元へと連行され「やあ親愛なる友人セッツァー、こうして訪ねて来てくれて嬉しいよ」と普段なら「来てたんだ?」と素っ気ない王様から妙に芝居掛かった歓迎の言葉を頂き、あれよあれよと言う間に応接間へと連れ込まれる。そこには「贅を尽くす」と言うに相応しい、数十人の胃袋を満たしてくれそうな山のような料理の数々と、両手でも抱えきれない程に大量の年代物のワインが並び、まるで盛大な夜宴が開かれるかのようだ。 
「なんだこれ」 
「君が予め訪ねて来る事を教えてくれたのは初めてだからね、日頃の感謝を込めて盛大におもてなしさせてもらおうと思って」 
「いつも連絡しないことへのイヤミか」 
「違うよ、今日は君を「世界を救った英雄の一人」として国を上げて歓迎しているだけさ」 
君とロックはいつも突然来るからなかなか出来なくてね、と麗しの美貌を綻ばせている王様は随分とご機嫌そうだ。よくわからない王様のお遊びに巻き込まれているのを察してセッツァーの顔は逆に顰めっ面になってしまう。 
「本当は城の重鎮を呼んで会食にしても良かったんだけど…あまり堅苦しいのは嫌いだろう?私達だけだから好きなだけ飲んで食べて楽しんで」 
「外じゃあ未だに食うのに困ってる奴等が居るってのに、金持ちは違うな」 
「それほど余裕があるわけじゃないさ。けれどこんな時だからこそお金を使うのも私達の義務だよ。節制ばかりしていたら芸術はすぐに廃れて失われてしまう」 
皮肉を言おうにも打てば響くようにそれらしい言葉が返って来てしまい思わず口をつぐむ。そんな話はジドールの金持ち達からも聞いた気がする。絵を描く以外に取り柄の無いお気に入りの画家が気付いたら餓死していただの、好物の高級食材を仕入れていた商人が、こんなご時世だからと我慢している間にその食材を取り扱わなくなってしまい今では食べられなくなってしまっただの、大事に育てていたオペラ歌手が舞台が無い間に実家に帰って農家を継いでしまい、いくら呼び戻そうとしても「家業があるから」と取り付く島も無いだの。 
世界が貧した時に真っ先に仕事を失うのは金持ちの道楽に従事する人々だ。目の前に並ぶ細やかな細工が施された銀食器や庶民はお目にかかることも無いような高級食材の数々は確かに今、絶滅の危機にあるのかもしれない。 
「ほら、座って。今、君のお目当ての彼も呼ぶから」 
促されるままにふかふかと柔らかすぎて埋もれそうな椅子へと腰を下ろすと横からワインのボトルが差し出されたので大人しくグラスを差し出す。 
「いつもとはえらい違う扱いじゃねぇか。見返りに何を要求されるのか怖いもんだ」 
王自ら注がれたワインを軽く揺らす。ふわりと薫り立つそれはいつも「勝手にやってて」と渡されるボトルよりも優雅な薫りがした。 
「じゃあ、まあ、遠慮なく」 
エドガーも自分の分のワインを注いだのを見計らってからグラスを掲げて乾杯する。 


程なくしてノックと共にやって来たのは件の技術者だった。がらごろと台車に乗せた運ばれてきた歯車やピストンが複雑に絡み合った機構の基本構造の説明に始まり前作からの改良点、それによるメリットデメリット等の話になる頃には食べるのも忘れて三人でああでもないこうでもないと議論に夢中になった。エドガーも王と言う肩書きを外してしまえば一流の技術者だ。セッツァーに負けず劣らずこの手の話には目がない。白熱した議論への末にセッツァーは飛空挺への流用を、エドガーは新たな機械製造の構想を、技術者が次の改良点を纏めた頃にはすっかり夜も更けて来た頃だった。ワインのボトルこそ何本か空けたが結局食事は殆ど食べず終いだ。だが有意義な時間を過ごせたお陰で心は満ち足りていた。技術者にはまたいずれ進捗を聞かせてもらうことを約束して帰って行くのを見届ける。 
そうしてテーブルへと視線を戻した時、元々あまり食べないセッツァーはともかく、お上品な仕草でペロリと人の三人前は平らげるエドガーも殆ど食べていない事に気付く。 
「おい、お前は食べないのか。腹が減るだろ」 
「私は良いんだよ、ホストだからね」 
アルコールに弱い訳では無い筈だが、胃に殆ど物を入れずに飲んでいたせいかエドガーの目尻が赤い。ふわふわと笑う姿に珍しいものを見たような気になりながら首を捻る。 
「お前が食べなかったらこの残った食事をどうするんだ。てっきりお前が食べ尽くすと思ってたんだが」 
「私は良いんだよ」 
「じゃあ捨てるのか?全部?」 
さすがに餓死するような貧しさからは脱したものの、地域によっては未だに質素な生活を強いられてる今、金を使うことが目的だったとは言え一国の王がこれだけの高級食材の数々をただ捨てるのはいかがなものかと思わず責めるような強さになってしまった。対するエドガーはんん、と曖昧に困り顔で笑っていた。 
「…食べるよ、ちゃんと」 
「なら待っててやるから食べちまえよ。お前が少食気取りとか気持ちが悪い」 
「君、私の事なんだと思ってるの」 
「大飯食らいの胃袋ゾーンイーター」 
「ひどいな!」 
あははと声を上げて笑うエドガーにそのまま有耶無耶にされるつもりは無いと腕を組んでじぃと見詰めてやれば、やがて降参だとでも言うように肩を竦めた。 
「残ったものは、城の皆に食べてもらうんだ。みっとも無いからあまり言いたく無かったんだけど…本当はちゃんと皆を労ってあげたいのに頑なに受け入れてもらえないんだ。だから君の為の宴ってことにして余らせたら皆食べてくれるかなって」 
「それが目的だったのか、人をダシにしやがって」 
「君をおもてなししたいと思ったのだって本当さ」 
「何故」 
「いつもお世話になってるし…これからもお世話になるつもりだし」 
そう言ってふにゃりと笑うエドガーに思わず眉を潜める。そうでもしないと顔がにやけそうだ。この自分の顔面の威力をわかっている男の緩んだ笑顔にまんまと情が湧く自分の身体が妬ましい。 
「君、本当に俺の顔好きだね」 
「うるせぇ、わかってんなら黙って鑑賞されてろ」 
「鑑賞だけでいいのかい?」 
「ここでおっぱじめても良いって言うならいつでも手を出してやるが」 
「それは困るなあ」 
ふわふわ笑いながらもエドガーが立ち上がるのに合わせてセッツァーも腰を上げる。長いこと喋ることに集中していた身体があちこちで軋んでいた。 
「後片付けをお願いしたらすぐに行くから、いつもの部屋で待ってて」 
「途中で寝るなよ?」 
「君を待たせてそんな無粋はしないさ」 
調子の良い事を言う男の背を軽く叩いて一足先に部屋を出る。すれ違うように部屋へと入っていった側仕えに指示を伝える声を背に、いつもの部屋…殆どセッツァー専用となっているゲストルームへと向かった。 


セッツァーとエドガーの関係性を言葉にするなら「共に世界を救った仲間」というのが最も適切であり、もう少し噛み砕いて言うならば「友人」と言うのが妥当だろう。ただし、肉体関係はある。それも旅をしている時から。 
それでもセッツァーにとってエドガーは友人であって、それ以上でもそれ以下でも無い。こうして時々フィガロ城に遊びに来るのは数少ない機械の事がわかる相手を求めての事だし、ここに来ればそれなりに質の良い時間が約束されているし、旅をしていた頃から度々訪れていたために城の殆どの人間と顔馴染みになっているために気兼ねも無い。 
瓜二つの彼の弟はそれを「爛れた大人だ」と笑っていたし、元帝国将軍の美しい女性は「女好き同士の二人が何故」と心配して見せた。自分でもよくわからないからあまり深く聞かないで欲しい。 
そもそも始まりはエドガーが持て余した性欲の捌け口をセッツァーに求めた所からだ。仲間に女性は何人かいたものの「もしもの時に責任が取れない」からと手が出せなかったらしい。だからと言ってセッツァーにその代わりを求めた事に本来なら怒るべきなのだろうが、享楽的な性格ゆえに「仕方ねえなあ」と思うに留まった。元より明日の未来よりも今の刹那を求める性質だ、気持ち良いセックスを拒否する選択肢は無い。 


いつものゲストルームの扉を開くとふわりと暖かい空気が溢れて来た。そこかしこに花が飾りつけられ、暖炉に火が入っている。いつもならば手入れはされていても、夜の砂漠の冷気そのままの温度の部屋であったが今日はちゃんと客を迎える為の部屋に仕立てあげられているらしい。テーブルには果物が溢れんばかりに盛られたバスケットと、氷の入ったバケツにワインのボトルが冷やされていた。これも職人支援の一貫だとはわかっていてもなんとなくむず痒いものを感じながら、遠慮なくコルクを抜くとそのまま直接ボトルに口をつけて煽る。お上品に薫りを楽しみながら云々も悪くは無いと思うがやはりこの方が手っ取り早くて気楽だ。 
片手間にスカーフを取り去り、コートも脱いでソファへと投げると暖炉の前のラグへとボトル片手に腰を下ろす。時折薪のはぜる音を聞きながらのんびりとしていると、それほど時を経ずにエドガーがやって来た。 
「やあ、お待たせしたね」 
先程よりは王様の顔に戻っている。ひらひらと片手を上げて挨拶代わりに応えてやれば、嬉しそうに顔を綻ばせながらセッツァーの隣に並ぶようにラグの上へと腰を下ろす。 
「またボトルから飲んでる」 
「もう見慣れただろ、諦めろ」 
「俺にもちょうだい」 
咎めるのかと思いきや勝手にボトルを奪い取り流れるように喉を鳴らして飲み始める珍しい姿に、思ったよりも酔っているらしいことを察する。 
「その辺にしておけ、お前大分酔ってるだろう」 
「それほどでも無いよ」 
「大飯食らいのお前がろくに食わねぇで飲んでたんだ、普段より回ってるだろ」 
「そんなに弱くないって」 
「そのまま寝落ちても知らんぞ」 
ぷはあと息を吐くエドガーの手元では半分にまで中身を減らされたボトル。これはもう今日はこのままエドガーが寝てしまう事になるのだろうと半分諦めの心地で溜め息を吐く。それなりに夜を楽しみにしていたが、絶対にしなければ収まらないと言うほど青くも無い。 
予想通り、エドガーはとろとろと酔いが回った眼で瞬き、それからセッツァーを見るとへにゃりと笑った。 
「お前、その顔すれば俺が絆されるってわかってやってるだろ」 
「ふふ、そうだね、君は俺の顔大好きだもんね」 
はい、と返されたボトルを受けとるとそのまま倒れ混むようにして覆い被さる巨体に耐えきれず仰向けに寝転がる。ボトルだけはなんとか溢さないようにこらえた。 
「あっ…ぶないだろ酔っぱらい」 
「酔って無いってば」 
未だに酔ってる事を認めない酔っ払いはセッツァーの髪やら額やらにご機嫌で口付けを落として回っている。常ならばこれはそろそろの合図と受けとる所だが相手は酔っ払いだ。まともに相手するだけ馬鹿らしいと好きにさせて置く。その唇が首筋へと落ち、指先が器用にシャツのボタンを一つずつはずして傷だらけの肌の上を這う頃になって漸くセッツァーがただぼんやりと体を投げ出していることに気付いたらしいエドガーがこてりと首を傾ける。 
「どうしたの?今日はダメ?」 
「そういう訳じゃないが…そうだな、あと30分起きてられたら相手してやるよ」 
「信用ないなあ」 
ほら退いた退いたと手で追い払えば渋々ながらもエドガーが身を起こすのに合わせてセッツァーも身体を起こす。やれやれと思いながらソファを背凭れにして体重を預けると右肩にぽふりとプラチナブロンドが乗っかった。 
「今日はやけに甘えるじゃねえか」 
「媚を売ってるんだよ」 
「やっぱり今日のオモテナシやらと言い何か企んでやがったのか」 
右肩にずっしりとのし掛かる頭を遠慮なくぐしゃぐしゃとかき混ぜてやると楽しげな笑い声が漏れた。酔っ払いのエドガーはもとより、セッツァーも大分飲んではいる。ぴったりとくっついた身体の右側がじっとりと熱かった。 
「で?シたいんだったらとっとと吐いちまいな、じゃないと気になって俺が集中出来ねえぞ」 
「触ればすぐその気になる癖に」 
抗議の代わりに髪ごと頭皮へと軽く歯を立ててやれば痛ぁ、と頭を押さえて逃げて行った。右側がひんやりする。口の中は弾みで抜けたらしい髪が歯に引っ掛かってとれ無いしやらなければよかったと後悔した。 
「たまに凶暴になるよね、君」 
「ほら言うのか言わねえのかどっちなんだ言わないなら寝るぞ」 
よ、と腰を浮かせようとすると右腕を掴む熱い掌と肩の上に再び乗せられた頭…今度はじいとセッツァーを見上げるように上目遣いでこちらを見ている。正しくセッツァー弱い顔を熟知している。ほわほわに見えてこういうところは腹黒い生き物なんだなとしみじみ思い出す。 
「…月に三日…いや二日で良いから君の時間をくれない?」 
改めて言うがセッツァーはエドガーの顔が好みだ。普段の王様らしく威厳のある顔よりもこうして気が抜けて無闇矢鱈と笑顔を振り撒く時の顔が好きだ。造形の好みの話であって、恋とか愛とかそう言った話では無い。 
「もちろん、日取りは君にお任せするけど…確実に月に一度は君に会いたいんだ。駄目かな?」 
ご丁寧に普段はきりりとした眉尻を下げてかくんと首を傾げる。わざわざでかい図体を丸めて上目遣いを維持したままでだ。何か皮肉の一つでも言ってやりたくて口を開こうとすれど余計な言葉しか出てこない気がして音にならない。アルコールで蕩けた瞳がじいとセッツァーを見詰めそして正しく心情を読み取ったらしくふわりと笑顔になった。反射的に舌打ちを漏らしてしまうくらいは許して欲しい。 
「君のそういうところ、可愛いと思うし好きだよ」 
「何が狙いだ」 
すっかり敗者の心地でつい声が尖るが勝者たるエドガーはご機嫌だった。 
「色んな所と物資のやり取りをしているんだけど、やっぱり飛空挺の早さを知っていると陸路や海路は遅すぎて。月に一度でも君が手伝ってくれたらとても助かるなと思って」 
「ファルコンが目当てか!」 
「もちろん優秀な操縦士様も求めてるよ」 
ちゅ、と頬に口付けを落とされても今は嬉しく無い。否、珍しくこの男が甘えて来た事はそれなりに評価してやりたいがまんまとその手管に落とされた感が精神衛生上よくない。もはやこの酔っ払いの姿もセッツァーを落とす為の演技なのでは、いや演技でなくともわざと酔ったのでは無いかとすら思えてくる。 
「…報酬は」 
「あまり多くは出せそうに無いんだ。勿論燃料代やその他必要経費は払うけど…あとはうちの技術提供とか、情報提供とか直接的な儲けには貢献出来ないと思う」 
「ほぼ無償奉仕か」 
「なんなら俺を報酬に付け足すよ」 
もうここまで来て断られることは無いと確信したエドガーの満面の笑みに辛うじて溜め息を吐くだけに留める。まんまと術中にハマってしまったのはセッツァーの落ち度だ。仕方ない。この男を相手にしているといつもこうだ。最後は仕方ないとセッツァーが諦めるはめになる。 
「契約金の前払いを寄越せ」 
ずっと口にすることなく握りしめていたボトルをテーブルへと置く意味を正しく読み取ったエドガーが「喜んで」とのし掛かって来るのに、セッツァーはもう一度溜め息を落として瞼を下ろした。

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おやすみなさいまた来世

Side:A

1.
処刑された翌日には一族皆殺しにしてやった。それでも怒りが収まらずに人を殺していたら一年と経たずに人類は滅びた。自分が死ね無いことを知ったのはその後だった。ゲンティアナの言葉を聞き入れずに人を滅ぼしてしまったことを悔いても遅かった。それから気が狂う程の長い時を過ごした。否、実際に狂っていた。自らが死んだのか、それとも何らかの理由でこうなってしまったのかもわからない。だが気付いたら処刑された次の日に居た。その絶望と、あまりにも新鮮な怒りに抗えずについまた一族を皆殺しにしてしまった。人そのものを絶やすのは止めた。長い時間を一人きりで過ごすのはあまりに辛すぎた。だがどれだけ手を尽くして探してもただの人に俺を殺す手立ては無かった。二度目も気付けば光の無い世界で人は静かに滅び、俺はまた一人になった

2.
理屈はわからないが再び処刑前日。どうしてもソムヌスへの衝動が押さえきれずに殺してしまう。血族の子孫に俺を殺せる人間が生まれるのかと思いきや、クリスタルに祝福されたソムヌスの血を受け継がなければならないらしい。忌々しい。血が絶えてしまった為に前回と同じ道を辿る

3.
非常に許しがたい所だがソムヌスを見逃した。お陰で収まらない怒りで民の数が半分に減った。順調に血は繋がっていたがクリスタルはいつまで経っても王を選ばない。そうこうしているうちに隣国に攻めいられ呆気なく子孫もろとも国は滅びた。後は同じ。そこまで俺が面倒見てやらなければならないのか

4.
人類が生きている時は良い。だが滅びた後が辛すぎる。

5.
一つの要因を取り除いてもまたすぐ新しい要因が生まれ呆気なく人は滅びの道を辿る。苛々する

19.
王が選ばれない。否、俺を倒すだけの力を託す王が選ばれない。本当に選ばれる日が来るのだろうか

31.
世界の危機感が足りないのでは無いかと人工を半分にまで減らしたりルシスを滅ぶ寸前に追い詰めたりしたが王は選ばれない。選ばれる前に血が絶えるか人そのものが滅びてしまう

62.
本当にそんな存在生まれるのか?

85.
六神を無理矢理引きずり出してみるが死ねなかった。あいつらは同じ事しか言わない

113.
1000年、歴史を繋げてやったがまだ生まれない

153.
生まれない

296.
生まれない

581.
生まれない

820.
衝動で皆殺しにすると辛いのは自分だ。堪えるように

1017.
生まれない

1538.
生まれない

2126.
生まれない

3364.
生まれない

4811.
生まれない

6432.
もうすぐ2000年も人の歴史を繋いでいるが生まれない

7910.
生まれない

9216.
生まれない

9849.
初めてクリスタルが選んだ。だが選ばれた王はただの人同士の戦争で呆気なく散った。クリスタルに選ばれても脆いのか。忌々しい

9873.
神凪も血を絶やさないようにしなければいけないのか。面倒だ

9881.
ニフルハイムにクリスタルが破壊された。俺よりも脆いのかクリスタル。ふざけるな

9892.
今まで大抵はニフルハイムが支配する世界になっていたがそれではあまりに簡単に王が死ぬ。ルシスが滅ぶのを阻止するべきか…とても癪だ

9895.
ニフルハイムの力が強すぎる

9901.
たまになぜこんなに必死に世界を守ろうとしているのかわからなくなる

9906.
大分ニフルハイムの力を押さえられるようになった

9910.
王の寿命も大分延びたが力をつけさせ無いと駄目だ。とてもじゃないが俺を殺せない

9923.
細かい調整を繰り返しているが神凪の動きだけが巧く掴めない。何故か毎回動きが大幅に変わる

9934.
王を生き延びさせても神凪が儀式をしないといつまで経っても終わらない。忌々しい

9936.
神凪にだけ別の何かの力が働いているとしか思えない

9948.
原因がわかったかもしれない

9954.
邪魔ばかりしてきて苛々する

9959.
お前は何がしたいんだ

9965.
殺すと何故か王と神凪がトラブルを起こして死に易い。生かすと目障りだがスムーズに事が運ぶ気がする。腹立たしい

9970.
結局殺さず監視下に置くのが良いのかもしれない

9979.
何度押さえつけたと思っても予期せぬ行動をしでかす。脆い身体で何が出来ると言うのか

9986.
誰からも何も期待されない身分で一人抗おうとする姿は同情してやっても良い。だがたかだか30年にも満たない短い時間を繰り返すだけの人間に何がわかるものか

9994.
あともう少し。もうすぐ終われる気がする

9999.
ようやく王をクリスタルに辿り着かせた。これで、きっと






-------






Side:R

1.
ノクティス、アーデンに敗れ死亡

2.
母を六神との誓約の旅へ送り出すことに成功するもリヴァイアサンと誓約直後に帝国により殺害される。
リヴァイアサンの力を得たノクティスでもアーデンには敵わず。六神全てとの誓約を果たす必要があるかもしれない

5.
リヴァイアサンにたどり着く前に母死亡、ノクティスは力を得られず

8.
リヴァイアサン、タイタンまで誓約が出来たがルナフレーナが帝国の捕虜となりそれ以降の誓約を果たせず

14.
順路を変えてみるがラムウとの誓約直後に帝国軍に見つかり捕縛されることが多くそれ以降の誓約は果たせず

15.
断腸の思いでルナフレーナを帝国から助けずに母の誓約を進めさせてみるも母の心が持たなかった

22.
帝国を避けるルートは固まって来たが母が死ぬか、ルナフレーナが犠牲となって母が使い物にならなくなるかのどちらかで先に進まない
三神の力だけではノクティスはアーデンに敵わない
せめてクリスタルの力を得られるようにしたい

28.
どうやっても母が六神全てとは誓約を果たせない

31.
ルシス王子のテネブラエ療養を子供の身では止める事が出来ない。せめてあと三年後ならばもう少し発言権があるものを

33.
今まで必要最小限の犠牲で帝国を追い返せる兵が配置されるように動いて来たが、違う道を模索してテネブラエに訪れたレギス王を犠牲にした。しかしレギス王が死ぬとノクティスが腑抜けになりどれだけお膳立てをしても責務から逃げ回った挙げ句、アーデンにあっさりと殺される
あれはどう足掻いても無理だ。レギスが居ないと何故か歪んで育つ。二人がテネブラエに来る時はなんとしてでもレギスも一緒に逃さなければならない

34.
母がいるとレギスが守ろうとしてその場を離れない

35.
なんとか母とレギスを守ろうとしたがそれはつまり今までと同じだと言うことに気付いて諦める

36.
レギスが死ぬとノクティスが使い物にならない
ルナフレーナが死ぬと母が使い物にならない
全て守ろうとすると俺が死にまた世界が繰り返される

37.
母を、犠牲にした
大きく世界の情勢が代わりまだ先が読めないが、今までは早々にルシスが帝国に制圧され全く手出しが出来なかったクリスタルに近付けるような気がした
だがルナフレーナの教育が出来ないまま母が死んだ為にただ政治利用されるだけの神凪になってしまい、逆に身動きが取れずに誓約が出来なかった。ゲンティアナだけでは現代社会の事は教えられない。母が死んでも強く生きられるようにしなければならない

38.
身体を鍛えさせたらあっさりと兵を庇ってルナフレーナが死んだ。思ったよりも血の気が多い、何度繰り返しても考えるより先に身体が動くらしく他人を庇って命を落とす。ルナフレーナを鍛えるのは止めた方が良いかもしれない

39.
神凪の使命とその責任に加えて政治における神凪の扱いを幼い頃から説いてみた所、ルナフレーナのみならずノクティスにも良い影響があるように思う。以前よりも自発的な行動が見られる。だが13歳という不安定な時期にルシスが帝国に支配されてしまうと制御が難しい。父親ばかりか幼馴染み二人を失ったノクティスは何度繰り返しても行動が読めない

43.
なんとかしてルシスに行き直々にノクティスを教育方針にすることも何度か試したが、逆にノクティスが俺へ依存し身動きが取れない上に母とルナフレーナが守りきれない。幼馴染み二人助けても何故か三人が共依存のような状態になってしまい手出しが出来なくなる。何か良い方法は無いものか

46.
ノクティスが使えないのならば自分でどうにか出来ないものかと画策するが巧くいかない。どうしても指輪に拒まれる。ただ見ているだけの癖に忌々しい。わかっているのなら力を貸せ。

47.
発想を変えて帝国に渡るもまさか同僚である筈の者達からの暴行で死ぬとは思わなかった

51.
少しずつ巧く立ち回れるようになっているとは思うが暴行の種類が変わっただけな気もする。本当にこれで良いのだろうか

56.
慣れてしまえば案外効率が良い方法だったらしく、地位を上げるのは簡単になったが何が気に入らないのかアーデンの飼い殺し状態に陥ってしまう

58.
反抗的過ぎても殺され、だからと言って従順でも殺される
アーデン以外の権力者と寝る事は許されてもその辺の女性と恋仲になるのは許されない
身体だけの関係は許されても仲の良い友人は許されない

62.
少しずつアーデンの扱いは覚えてきたと思う

65.
アーデンを殺そうとしてみたがやはり俺だけの力では無理だ

69.
せめてアーデンを止めることは出来ないかと試行錯誤を繰り返したがあれはもう駄目だ。人の力で説き伏せられるようなものじゃない。人の身ではあれの心を理解してやることは出来ない

73.
ルシスへの侵攻を延期させることに成功した。二年後の侵攻は止められなかったが、立ち回り方によってはもう少し先に伸ばせるかもしれない

80.
ようやく、終わりが見えて来たような気がする

81.
小さな綻び一つでいとも簡単に今まで積み上げて来たものが崩壊してしまう。慎重にいかなければならない。だが動くタイミングを見誤ってもならない

82.
これまでの経験を生かして母を助けられないかと考える事がある。だが母が生きていると何故か少しずつ手繰り寄せた糸がほつれ、やがて全てが取り返しのつかない状態になってしまう

90.
ルシス襲撃を大分先まで伸ばせるようになった。二十歳にもなればノクティスも幼馴染みの二人もなんとかなりそうだ。新しく増えた友人?が巧く行く時は非常にノクティスに良い影響を与えているようだが、その生い立ちゆえにトラブルの元になることも多い。万全を期すのならば出会わせないのも手だろうか

94.
ルナフレーナを誓約に出すタイミングが安定しない。早すぎれば帝国やアーデンの妨害に会いやすく、遅すぎると身動きが取れなくなる。出来ればノクティスと共に回らせてやりたいが巧く調整が出来そうに無い

97.
調印式でルナフレーナを伴い脱出、ノクティスに合流を図るもアーデンの妨害に会う。そのまま監禁された上でなぶり殺されるの道を辿る事になったが、ルナフレーナは逃されたようだった。今までアーデンはただルシス王家をいたぶり殺したいだけだと思っていたのだがもしかしたら違うのかもしれない

99.
今まで勘違いをしていた。アーデンは敵ではあるが完全なる敵では無い。刺激しないように手伝うのが最短の道だ

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昔話

伸びるに任せただけのような背まである桔梗色の髪、その隙間から覗く眼は深く沈んで足元へと向けられていた。色褪せて黄身がかった赤い長襦袢、そこから伸びた手足は血の気を感じさせない程に白く、幼さだけが理由では無い華奢な骨っぽい身体は簡単に片手で握り潰してしまいそうだった。こんなのに夜中の枕元に立たれたらさぞ肝を冷やすだろう。 
「今日から入るユカリだ。ラショウ、お前が面倒見てやれ」 
頭領の部屋へと呼ばれるた時からそんな気はしていた。ラショウも海賊衆の一員となって早数年、齡は18を数えていた。ドマ陥落からこちら海賊衆へと身を寄せる人の数は増えるばかりで仕事を覚えた者はどんどん教えを請う立場から授ける側へと代わっていく。先々月にはラショウよりもほんの少し早く海賊衆に入っていた年上の男が弟分を得ていた。その弟分も育てばやがては弟を従えるようになり、そうして血は繋がっていなくとも強い信頼で繋がれた兄弟達は増えていく。 
しかし目の前のユカリと呼ばれた少女をラショウが面倒を見ると言うのは不可解な話だ。海賊衆にもほんの一握りだが女は居る。もちろん男の下について荒っぽい仕事もこなす剛腕の女も居ない訳では無いが、殆どが力を必要としない仕事を請け負い武骨な野郎共を陰から支える仕事を請け負ってくれている。やっと齡が10を越えたかどうかに見えるような小さな少女は、どちらかと言えば力自慢として通っているラショウの仕事についてこれるとは思えない。女達に任せた方がよっぽど良いだろう。そんな内心が顔に出ていたらしい、頭領はがらがらの声で笑った。 
「なあに、最初っからてめぇの仕事を教えてやれってんじゃない。まずはここの暮らしに慣れさせて肉つけさせてやってくれ。ついでに読み書きでも教えてくれりゃあいい」 
「はあ、それは構わないですが…」 
恵まれた環境とは無縁だった者が多いここには読み書きが出来ない者も多く、ラショウのようにちゃんとした教育を受けていた人間の方が稀だ。読み書き算盤を教えたいから、という理由でラショウの下につけるのは間違っていないようだが女の中にも知力に長けた者がいた筈だといまいち納得出来ない。 
「俺がおめぇさんが適任だと思って預けるんだ、まあいっぺんやってみろ」 
「…わかりました」 
頭領にそうまで言われてこれ以上ごねるわけにもいかない。腑に落ちないものを感じながらもそれじゃあ行くぞ、とユカリに手を差し出す。幼子なら手を引くものだと今は亡き血の繋がった兄弟との記憶から無意識にした事だった。今までずっと静かに足元を見ていたユカリは差し出された手を見た後、ラショウを見上げ、それから助けを求めるように頭領を見る。 
「今日からラショウがお前の兄貴だ。見た目はいかついが中身は優しい男だ、言うこと聞いておっきくなりな」 



ーーー 



指先一つで簡単に潰してしまいそうな小さな小さな手を引いて島を歩く。一番歳の若い連中が雑魚寝をする家、女達が切り盛りする飯炊き場、男達が仕事に出掛ける船着き場、飲んだくれの医者崩れが診療所を名乗る場所、それぞれに簡単な説明をしてみたものの、ユカリはうんともすんとも言わずにただラショウに手を引かれるままついてくるだけだった。見た目の厳ついラショウと人形のような少女という異色の組み合わせを男達にからかわれても、子供と見れば目尻を下げる女達に優しい声をかけられても、同い年くらいの子供達に遊びに誘われても、伏し目がちに顔をそちらへと向けるだけでそれ以上の反応は無かった。それどころかラショウが握っている手すら、握り返す力は全く感じられない。手を引けば歩き出すが引かなければ止まる、まるで歩行出来るだけの人形のようだ。無理に引き摺らない程度の力でユカリの手を引いて歩く、たったそれだけの事に随分神経を使ったし時間も掛かってしまった。すでに日は陰りを見せて飯炊き場からは良い匂いが漂ってきていて思い出したように腹の虫がぐうと鳴く。 
「早めに飯を食うか」 
仕事帰りの男達の喧騒の中で食べるよりは早めにすませてしまった方が良いだろうと声をかけるがやはりユカリは足元を見ているだけだった。こんな小さな少女が突然縁も所縁も無いこんな場所に放り込まれれば不安や緊張でそんなこともあるのだろうと応えの無いのは気にしない事にして飯炊き場へと手を引く。おおよそユカリが関わるであろう場所は回れた事だし今日は食事を取ったら早めに寝かしつけてしまえば良いだろう。食べて、寝て、明日になれば少しは何か変わるだろうと楽観的に考えていた。 
小粒の貝を昆布出汁と醤油で煮しめたもの、海草の和え物、焼き魚になけなしの葉っぱのおひたし、それから米。近頃は兄達の酒宴に混ざれるようになろうとお猪口一杯の酒も飲んでいたが今日は控えた。たったそれだけであろうとも飲んだらユカリの面倒を見る余裕も無く寝てしまう。 
「好きなだけ食べるといい。早くしないと無くなるぞ」 
行儀を知らない野郎だらけのこの島に膳などというお上品な物は無い。早めに来たとは言え、茶碗を片手に大皿に乗せられた料理へと我先に箸を伸ばす大食らい共が此処へ駆け込んで来るのも時間の問題だ。座卓の隣に座らせたユカリは卓上にこれでもかと並んだ料理を見渡した後、初めてラショウを真っ直ぐに見上げた。桔梗色の髪の間から覗く瞳は窺うようでも不安に揺れているようにも見えた。 
「たくさん食べろ。箸は使えるな?」 
それを遠慮だと思うことにして食べる事を促がしながら一足先に手を合わせていただきます、と礼をしてから料理へと手を伸ばす。何せラショウも食べ盛りだ、湯気を立てる料理を目の前に待てが出来るほど腹の虫はおしとやかではない。取り皿に山のように盛っては米と一緒に掻き込む。酒飲みの為に塩辛く味つけられたおかずは非常に米が進んだ。 
ユカリも暫くはそんなラショウを見上げていたがほどなくしておずおずと箸と茶碗を手にした。子供用の食器等無いために長くて使いづらいだろう箸を持つ手つきは思いの外綺麗で、ラショウと同じ大きさの茶碗にたっぷり盛られた米は箸先で上品に掬い取られて口の中へと運ばれていた。小さな口を動かして飲み込まれて行く様子を見届けてやっと人間らしい反応を得たようでそっと息を吐く。食事にすら無反応だったらどうしようかと心配していた。 
「遠慮しなくて良い、食べれるだけ食べてしまえ」 
目の前の米ばかりを口に運ぶユカリにまだ遠慮があるのだと思い大皿の料理を小皿に取り分けて目の前へと置いてやるとまた揺れる瞳がラショウを見た。 
「食べろ。今日のお前の仕事はとにかく食べる事だ」 
遠慮をするなと言う事をとにかく伝えたくて皿の上に料理を追加してやる。山盛りの料理と米はとてもユカリに食べきれるとは思っていないが残ればラショウが片付ければ良い、そんな気楽な気持ちであった。ラショウを見ていた瞳が目の前の山へと映り、そしてラショウへと戻るとくしゃりと歪む。それは喜びとは程遠く、どちらかと言えば泣く直前のような悲愴感と緊張感を混ぜたような色だった。だがそれを見せたのは一瞬で、再び手元へと視線を落とすと黙々と食べ始めたので何も言えずに見守る。気になりはしたもののたかが食事だ、腹一杯食べていればとりあえずは良いだろうと。 
身形も身体も貧相なユカリの事だからてっきり少しも食べないうちに腹が脹れて殆どラショウが食べる事になるだろうという予想を覆され、黙々と皿の中身を減らしていた。すでに大人の女でも根を上げるような量が小さな身体の中に詰め込まれている。よっぽど腹を空かせていたのか、食べる速度は遅くとも良く食べるのは良いことだと少しばかり血色の良くなった横顔を暢気に眺めていた時だった。ぐ、と不意に突き上げられたように丸くなる背と口を押さえる両手、外に出すのはなんとか留めたようだが不自然に膨らんだ頬。 
「お前、…そんなになるまで食べる奴があるか」 
好きなだけ食べれる食事が嬉しくて子供らしい貪欲さで限界を越えても食べてしまったのだろう、人間らしい感情を感じられて微笑ましくなるがさすがにここでぶちまけられたら後で兄さん姉さん方から非難轟々だ。慌てて着ていた羽織を丸めてユカリの口許へと宛がい抱え上げて裏口へと走る。人目につかない建物の裏手で身体を下ろし、そのまま吐かせてしまおうと羽織を取ろうとすると思わぬ抵抗にあった。 
「辛いだろう、我慢せずに吐いてしまえ」 
よっぽど苦しいのだろう、歪んだ瞳からぼろぼろと涙を溢しながらも頑なに出そうとはしない姿に焦れて強引に両腕を口許から外させる。 
「うっ、ぉぇ、っっ……」 
耐えきれずに口から溢れ出る吐瀉物が、地面に舞い落ちた羽織に容赦なく降り注ぐのはもう仕方無いと諦める。一度口から出てしまえば止まること等出来ず、びくびくと跳ねる背を撫でてやりながらよくもまあこんな小さな身体にこれだけの量を詰め込んだものだと逆に感心する。食べたものを殆ど吐き出してしまって荒い呼吸に上下する背の骨っぽさが指に刺さる。 
「…ご、めんなさぃ…」 
「良い、良い、気にするな」 
初めて聞いた声は胃酸で焼けて掠れていた。その哀れな声にもう少し早く気付いてやれば良かったと心が痛む。 
「今日は流石にもう食べられないだろう、水でも飲んで…」 
「食べられる!」 
声量は小さくとも言葉を遮ってでも発せられた強い意思に瞬く。振り返ったユカリの顔は口許を濡らしながらも必死の形相と言うのに相応しい程に張り詰めていた。 
「食べられる、から…ちゃんと食べるから…」 
気迫に気圧されて一歩離れるユカリを見守ると、ラショウから今吐き出した物へと視線を移した後、徐に地面へと膝をつくと髪が吐瀉物にまみれるのも構わず顔を寄せて行く。 
「…っっ何する気だっ」 
自分が吐いた物を口にしようとしていることに気付いて慌てて抱え上げると先程はおとなしく縮こまっていただけの身体が儚くもがいた。 
「ちゃんと食べるから、全部食べるからっ、」 
追い出さないで。囁くよりも小さな声に愕然とする。ユカリは決して食べたくて吐くまで食べていたわけでは無かった。ラショウが食べろと言ったから、食べなければ機嫌を損ねて追い出されるかもしれないと怯えていたから食べていただけだったのだ。良かれと思って山盛りにしてやった料理もユカリからすれば無理難題を吹っ掛けられていても追い出されないためにはこなさなければならないと必死に腹に詰め込んでいたのだろう。気付いてやれなかった自分と、目の前に料理を差し出されてそんな決意で望まなければならないような育て方をした見知らぬ大人達に言い様の無い怒りを覚えた。どんな環境でどう育ってきたのかは知らない、だがこんな幼子が飯を食べるだけでそんな緊張感を強いられて良い筈がない。 
「…悪かった。別に無理に食べなくても良いんだ、こんなことではお前を追い出したりはしない」 
「食べられるから、お願いします、食べるから」 
「食べたく無かったら食べなくて良い、大丈夫だ、絶対に追い出さない」 
泣きじゃくりながら追い出されない為に必死な身体を抱き締めて背を撫でる。昼に手を繋いでいた時には血が通っているのかわからないくらいに冷えていた身体が今は燃えるように熱かった。大丈夫、追い出さないから、少しでも緊張を解いてもらおうとラショウも懸命に穏やかな言葉を掛ける。大丈夫、大丈夫、何が大丈夫なのかもわからないまま小さな身体をいつまでもあやし続けた。 

腕の中の身体が静かになったのはとっぷりと日も暮れた頃だった。背にした建物からは騒がしいくらいの喧しさで野郎共が飯を争うように腹に詰め込んでいる様子が聞こえている。ゆらりゆらりと揺れながら腕に抱えたユカリの様子を伺えば腫れ上がった瞼を重たげに震わせてぼんやりとした瞳が虚空を映していた。 
「眠いなら、寝てしまえ。大丈夫、明日もお前はここで生活するんだ」 
大丈夫、意味もわからなくなるくらいに繰り返した単語を呪いのように掛けながら静かな寝息が聞こえるようになるまでラショウはただ小さな身体を抱き締めていた。 



ーーー 



「おい、人が必死にてめぇのデカブツ可愛がってやってんのに考え事かよ」 
ぺしん、と軽く頬を叩かれて我に帰る。腹の上では根本近くまでラショウを飲み込んでふうふう荒い息を吐いているタンスイがじっとりとした眼でラショウを見下ろしていた。 
「いやなに、随分大きく育ったもんだなと思っていた」 
「はあ?」 
腰骨へと添えて居た手を腹から胸へと滑らせればぬるついた汗に濡れた肌にくっきりと溝を作った筋肉がうねる。 
「あっ、あっ、馬鹿、今触るなって」 
咎めるようにラショウの手首にしがみつく両手はラショウと比べてしまえば小さく華奢だがタンスイの種族の中では大きく男らしい手だろう。びくびくと跳ねる身体が落ち着くのを待ってから腹筋の力だけで寝ていた上半身を起こす。背を抱いてぴったりと身体を抱き寄せれば素直に肩に頭が預けられた。 
「ユカリ」 
耳元で呼んでやれば腕の中で緩く笑う振動に合わせて粘膜に包まれた自身がぎゅうと締め付けられる。 
「っはは、…随分懐かしい名前を」 
ユカリの名前はタンスイの暗い記憶の象徴だ。一時はその名を出すのも憚られていた時期もあった。だが今はもうこうして笑って懐かしむ余裕がある。つくづく大きくなった、と暖かな感情が胸に満ちた。 
「おら、思い出に浸ってねぇでそろそろ目の前の俺も可愛がっちゃくれねぇかね」 
首へと腕を絡めて顎に噛み付かれる。生きているのかもわからない人形のようだったユカリから随分と元気に育ったものだ。思わず肩を揺らして笑いながらお望み通りにタンスイの身体を布団へと押し付けてのし掛かった。

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その日の夜

ドマ城が水に沈んだ夜、筋違砦の夜は文字通りどんちゃん騒ぎとなった。笑う者、泣く者、歌う者、踊る者、早くも酒瓶抱えて鼾をかくもの。皆とにかく浮かれていた。海賊衆としても帝国がいなくなるのはとにかく喜ばしいの一言だが、ドマ出身の者にとっては積年の想いもあって喜びもひとしおだろう。その中心に居るラショウは下戸だと言うのに右から左から酒を注がれ飲みきれない量が膝の上に溢れても笑っていた。一滴も受け付けないと言う訳でもないが、明らかに飲める酒量を越えて飲まされている。これはきっとこのままここで潰されて明日は一日動けなくなるに違いないと、同じように代わる代わる注がれる酒を干しながらタンスイは思った。だが今日ばかりはそれも良い。普段から海賊衆の頭領という立場に縛られ、羽目を外さぬように自制を心掛ける真面目な男なのだから、今日くらいは存分に発散すれば良い。

飲んで食べて騒いで飲んで、頭の中まで酒漬けになった野郎共ばかりになった頃にタンスイはそっと席を抜け出した。先程まではいくら席を立とうとしても力尽くで引き留め離さなかった酔っぱらいどもは今はただ呂律の回らない舌で何事かむにゃむにゃ言っているだけで振り払うのは容易い。いくらドマ城を落としたと言っても帝国が全て撤退したわけではないため警戒を怠ることは出来ず、これだけの騒ぎの中でもひっそりと不寝番をさせられている若い衆が居る筈だ。宴会に混ぜてやることは出来なくてもせめて酒の一杯でも飲ませてやりたいと思いまだ空いていない一升瓶を片手に歩き出す。部屋を出る間際に見た頭領は、すっかり酒が回って据わった目であちこちから投げ掛けられる言葉にただうんうん頷くだけの置物になって居たから寝落ちるのももはや時間の問題だろう。



筋違砦以外にもオノコロ島には何ヵ所か見張りを立てている場所があるが、今日のような晴れの日でも獲物は見逃しても万が一の敵襲から島を守る為には休ませてやる事も出来ない。タンスイとてすでにそれなりの量の酒を飲んでいる。それでも二番手として人生に一度あるかないかのどんちゃん騒ぎに参加出来なかった者を労ってやろうと覚束ない足取りで全てを回ってみれば、何処の見張りも既に酒と肴を持ち込んで勝手に酒盛りをしており気遣うだけ無駄立ったようだ。何よりも酒と博打と荒事が好きな輩が不寝番程度でこんな絶好の機会を逃す筈もない。その上ドマ出身なのに今日の不寝番になっていた者はこっそりと酒宴へと送り出され、代わりに今日の当番では無い者が率先して不寝番をしているのを見たら怒るに怒れず、結局一杯ずつ杯を交わして回ってから砦へと戻る。数ヵ所の見張りに行く度に杯を空にしてきたためにそろそろ本格的に足元が危ういが気分は良かった。空には大きな月が明るく輝き、穏やかな風が酒に火照った身体に気持ち良い。海賊衆は大きな博打に勝ち、頭領殿は積年の秘めた願いを成就させた。これ程まで心地よい気分など早々無い。



ぐるりと島を一周し、漸く酒宴の喧騒が聞こえ始める砂浜まで戻って来た頃、砦の方から歩いてくる大きな黒い人影にタンスイは瞬いた。あれだけ飲まされていながらまだ起きて、しかも出歩いているなど思わなかった。
「珍しいな、まだ起きてたのか」
タンスイの姿を認めた途端に足を止めた影に近付く。下手に砂浜でぶっ倒れられても下の者に示しがつかない、自分で歩けるうちに部屋に連れて帰らねばならないと妙な責任感が芽生えていた。
「アンタ、もう飲めねぇだろ、解放されたんならとっとと部屋戻って寝ちまいな」
先程見かけた据わった目のままにじぃとタンスイを見下ろすだけのラショウの袖を引いて歩き出すように促す。タンスイ、と眠たげな低音に呼ばれて見上げると不意に回る視界。
「う、っわ、おい、待て、」
動きの鈍くなった目が次に見たのはタンスイの倍くらいはありそうな男の尻だった。腹の圧迫感と宙に浮いて心許ない両の足に、ラショウの肩に俵担ぎにされたのだと気付く。
「降ろせって転んだら洒落になんねぇぞ!」
タンスイの抗議も何のその、大きな掌にがっしりと腰を捕まれてしまえばいくら暴れた所で逃れることなぞ出来ない。むしろたまによろめくラショウの足元の怪しさが恐ろしくて息を潜めてじっとしていることしか出来ない。のっしのっしと無言で歩くラショウの顔も担がれたままでは伺う事も出来ずにただ視界に板張りの床が見えることから砦を上っているのだろうと推測するしかない。
「あっ頭領、タンスイさん見つかったんすか!」
「タンスイご愁傷様」
「あんまがっつき過ぎて壊さねぇでくださいよ」
「今日は誰も頭領の家には近付くなって言ってあるんで!なんも気にせず楽しんでください!」
「明日のタンスイさんの仕事は俺らでなんとかするんで存分に頭領に可愛がられてくだせぇ!」
「頭領殿は血が収まらねぇそうだ、しっかり慰めてやんな」
部屋からあぶれて外で飲んでいる奴等からやんややんやと掛けられる野次に反論してやりたい気持ちはあれど肩に担がれているままでは格好もつかない。そもそも腹を圧迫されて揺られているせいで怒鳴ったら言葉以外のものまで出てきてしまいそうだ。てめぇら覚えてろよ、とラショウのこの奇行に至るまでを知っている様子の野次馬に力無く恨み言めいた言葉を向けるも、返って来るのはげらげらと酔っ払いの品の無い笑い声だけだった。



家にたどり着くなりそのまま布団の上に少し手荒に下ろされ、一息つく間も無く覆い被さって来るラショウに流石に慌てる。
「待て、待て、何も準備してねぇから出来ねぇぞ」
体格差が激しい為に体を重ねるとなればそれなりの準備が要る。それをわかっている筈なのにラショウは止まるどころか追い剥ぎのような手荒さで黙々とタンスイの身ぐるみを剥いでは表れた肌の上に無差別に唇を押し付けて行く。押し退けようとも襟首掴んで引き剥がそうにもずっしりとした体躯はびくともしない。
「おい、聞けって。…そもそもそれだけ酔ってて勃つのかよ」
なんとか逃げようと身を捩りながら脛でラショウの股間を探れば案の定、熱いが柔らかい固まりがあるだけだった。だがラショウの手はお構いなしにその足をひっ掴むと易々と下履きごと剥ぎ取ってしまう。
「なんとか言えよ、おい」
幼子のおむつでも換えるかのごとくいとも簡単に素っ裸にさせられて、段々諦めに近い感情を抱きながらも髪を引いて抗議するも、それすら鬱陶しいと言わんばかりに唇が重ねられる。
「んぅ…おいってば、…んんん」
酒臭い口付けから逃れようと顔を背ければ顎を捕まれ強引にまた唇が触れる。分厚い舌が無遠慮に口内を撫でて気持ち良いような気もするが、何せタンスイも今日は飲みすぎている。快感と呼ぶには余りにも鈍くて遠い。肩を強く叩いても吐息ごと飲み込まれて喉が鳴る。もうこれは何を言っても止まらない気なのだと観念して抵抗を止めるとじゅる、と音が立つ程に舌を吸われてじわりと熱が身体に灯った。
「っは、……壊れねぇ程度にしとくれよ」
漸く顔を上げたラショウを見上げてせめてもの願いを向ける。酒の回った身体で動いた所為か、お互い息が荒い。もう好きにしてくれと大きな身体を足の間に挟み込んだまま大の字でラショウを見上げていれば据わった目が静かにタンスイを見下ろしていた。だがそこから動く様子が無い。何かを言おうとしたのか唇がわななき、そして噛み締められる。どうするのかとただぼんやり眺めている事しばし、幾度か唇は動くも言葉になる前に消える。
「ぁんだよ、言いたい事があんなら言ってみろよ」
素っ裸にひん剥いた癖に突然放り出されても居所が悪い。促すようにじっとりと汗ばんだラショウの頬を撫でてやると、不意にぐっと唇を噛み締めたかと思えばぼろりと紺碧の瞳から涙が溢れた。
「…タンスイ、」
押し殺すように震えた声は儚く名を呼んだ。一度溢れ出したら止まらなくなったのか、ぼろぼろと涙を溢れさせながら再びタンスイの肩へと顔を埋めながら次第に耐えきれず大きくなる嗚咽。ああ、と漸く合点がいった気持ちでタンスイはゆるりと笑った。
「なんだ、あんた、今までずっと我慢してたのか」
誰よりもドマの奪還を願いながら誰よりも海賊衆である事を自分に強いた男は、今の今まで「帝国に勝った」事を喜べても「祖国の解放」を喜べなかったらしい。今回の戦はあくまで海賊衆を脅かす帝国の排除に協力したという形であって、ドマの奪還が目的では無い。酒の席でそんな事を気にするような奴は殆ど居ないだろうに、普段は飲まないクソ真面目な頭領殿はずっと気にして我慢していたようだ。変に押し込めるから、逆に酒の力でおかしな方向に爆発してやがるじゃねぇかと喉奥で笑いながら幼子のように胸元で咽び泣く頭を抱きしめてやる。
「いい、いい、泣いちまえ。思う存分ぶち撒けちまえ。俺しか聞いてねぇよ」
先程までは強姦する気かという勢いだったラショウの腕がぐぅと強くタンスイの身体にしがみついていた。傍から見れば熊に襲われている人のような図だが、きっとこの熊は25年前に家族を全て帝国に奪われ行く宛も無く彷徨っていた少年だったラショウの姿に違いない。これで漸く魘される夜も無くなるのだなと、吠えるように声を上げて泣く背中をタンスイはいつまでも撫で続けた。

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眠る為の

side:A
強いアルコールを煽っても振り払えない深夜の冷気から逃げるように自室の扉を開ける。一日中無人だった部屋は外気と大して変わらぬ温度ではあったがほんの少しだけ強張っていた肩から力が抜けた気がした。ベッドと小さなテーブルと椅子、それからクローゼットが一つきり。蒼の竜騎士の部屋は殺風景そのものだった。無造作に数多に転る空き瓶だけが唯一、人の住んでいる気配を醸し出してはいるが、あまりに放置され過ぎていて埃を被っているものもあれば生活感と言えるか微妙な所だ。
兜、小手、それから鎧に脚絆、ブーツ。一つずつ外して行くにつれて身体が軽くなる所か溜まりに溜まった疲労を思い出して重くなって行く。蒼の竜騎士の外面を剥がしてしまえば後にはただの疲れきった男がいるだけだった。程よく回ったアルコールで瞼すら重い。このまま冷えきる前にベッドに潜り込んで寝てしまおうとして始めて異変に気付いた。平らになっていて然るべきかけ布団がふっくらの人の大きさに膨らんでいる。思わず零れた溜め息は諦めと少しばかりの笑みが滲む。遠慮無く捲ってやれば突然の冷気に身を丸めた神殿騎士団総長の恨めしげな眼差し。
「…遅い」
エスティニアンの手から布団を奪い返しながらの一言は蒼の竜騎士の部屋に無断侵入した者の言い分にしてはふてぶてしい。とろりと今にも落ちそうな瞼は今まで微睡んでいたからだろうか、それならば下手に起こすような真似をせずにそっと寝かせて置いてやれば良かったと思うも時既に遅し、傍若無人なベッド泥棒は自分の隣をばすばすと無造作に叩いている。
「早く。歌。歌え」
「…それが勝手に人の部屋に侵入した人間の言い様か」
「眠いんだ、早く」
また何かあったのか。これだけ眠たげな眼をしていながら眠れない何かが。察しはしてもそれを問うことは無いし、アイメイクが告げる事も無いだろう。求めているのは何の解決にもならない愚痴をぶちまけることでは無く純粋な癒し、それだけだ。
「それで、今日はどの子守唄が良いんだ?」
アイメイクが眠れないときにエスティニアンに子守唄をねだるようになったのはそう遠い昔では無い。第七霊災以降、極端な気候の変動によってイシュガルドは真っ白な雪に閉ざされた。深い色をした青空も遠くまで広がる草原も暖かな日差しも全て失われた。エスティニアンの故郷は足を踏み入れる事すら難しい極寒の地へと変わってしまった。もう二度と見ることの無い、かつて裸足で駆け回った草原を思い出してふとこの男の前で口ずさんでしまったのが最初だった筈だ。その時はまさかこんなにも気に入られる事になるとは思わず、ピロートーク代わりにねだられるまま応えてしまったのが悪かった。その後、身体を重ねた後に、眠れぬ夜に、やりきれぬ思いを抱えた時にエスティニアンに子守唄を歌わせる悪習がついてしまった。エスティニアンとて歌が上手いわけも好きなわけでも無い、最初こそ渋っていたものの、断るために口論を交わすよりも歌えばすぐに穏やかな顔で眠る姿を見て今更逆らう方が面倒になってしまっただけだ。
「母の…母が子に願うやつ…」
「『星の揺籠』か。お前これ好きだな」
「一番落ち着くんだ」
今更二人でひとつのベッドに入ることに文句は無い。何せ相手のベッドに無断に潜り込むのはアイメリクに限った話では無く、どうしようもなくむしゃくしゃした気持ちが抑えきれない時はエスティニアンもアイメリクの寝室に忍び込むことがままある。睨み合っていても仕方無いと素直に空いたスペースへと潜り込めばするりと絡み付いてべったりと張り付く熱いくらいの体温をつい抱き締める。冷えきった身体はちょうど良い暖かさだった。アイメリクがもぞもぞと居心地の良い場所を見つけて落ち着くのを待っていればやはりいつも通りにエスティニアンの胸元に顔を埋める形に収まったようだ。
リズムを取るように数度、掌で抱いた背を叩く。まるで母親のような事をしていることに気付いて思わず一人顔をしかめる。いつの間にこの男の保護者気取りになったのかと自問自答しそうになって、止めた。疲れているとどうでも良いことばかりが頭を過ってしまう、とっととアイメリクを寝かしつけて自分も眠るべきだった。
軽く息を吸い、唇を開く。紡がれるのは母が子の成長を願うありふれた気持ち。言い聞かせるように呪いのようにエスティニアンも幼い頃に聞かされた詩。母のような優しい声とはほど遠い無骨な男の声の何が良いのかはわからない、アイメリクがこの詩に何を重ねているかも。腕の中の温もりが穏やかな寝息を立てるようになるのにそう時間は掛からなかった。緩やかに上下する背を抱いたままいつしかエスティニアンも深い眠りの底へと落ちていった。


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side:E

ばたん、と派手な音を立てて開いた扉に眼を覚ます。僅かな警戒に身が強張るがそれだけだ。昔ならば跳ね起きて即座に護身用のナイフを手にして居た筈だがすっかり夜更けに訪れる侵入者に慣らされてしまった。あまり良いことでも無いので止めさせたい気持ちはあるが、どうせ言っても無駄だろうとはなから諦めている部分もある。件の侵入者はずかずかとベッドの傍まで来たかと思えば、やるぞ、とただ一言だけ告げて布団をひっぺがしてくるものだから突然の寒さに身がすくんでしまった。
「せめてもう少し優しく起こしてもらえないか」
寒い、と訴えても返ってくるのは無言。もとから愛想のよくない顔をさらに仏頂面にさせた男はベッドに乗り上がると寝間着の掛け具を外すのすら煩わしいとばかりに無造作に布を押し退け胸元へと顔を埋めて噛りつく。その容赦の無い痛みに身体が強張るのもお構い無しに胸元にかぶり付いたまま寝間着が剥がされて行くのを眠気が残る目で眺めながら、目の前で揺れる淡い色合いの髪を撫でる。普段は兜に隠れて見ることの出来ない髪は本人の無骨さを表すように痛んでがさがさと指に引っ掛かってしまう。きちんと手入れをすればさぞ美しい髪だろうにと思いはするもののそれを本人に告げた事は無い。どうせこの男にはドラゴン族を根絶やしにすること以外には全く興味が無いのだから。
「するのは構わないが、痛いのは嫌だ」
目的は肉に熱を埋め込む事だとばかりに荒々しく身ぐるみを剥いで居た男の指が止まる。遅れて微かな舌打ちの音。言葉は返って来なかったがほんの少しだけ気遣いを思い出してくれたらしい、八つ当たりのように暴いていた指先が柔く肌の上を滑った。外気に比べて熱いくらいの指先は男が興奮しているからだろうか。少しばかり酒の臭いもするから既に一度酒で誤魔化そうと試みたものの、どうにもならなくなって駆け込んで来たのだろう。
エスティニアンがこうして夜更けに突然夜這いとは言えない程に荒々しくアイメリクを抱きに来るのはこれが始めての事でもない。常に前線に立ちドラゴン族と対峙する竜騎士。仲間の死も、自らの命の危機もあるだろう。悔しい想いも悲しい想いもたくさんするのだろう。それでもエスティニアンはただ前を向いて皆を率いる旗印にならなければならない。それが蒼の竜騎士であるということだ。だがエスティニアンとて一人の人間故に、負の感情に荒れる事もあれば死地での興奮が収まらずに滾る血をもて余す事もある。大抵は一人になれる場所でただじっと収まるまで耐えるか、酒で誤魔化して無理矢理寝るのだろう。それでも駄目な時だけ、こうして夜更けでも構わずにアイメリクの下へとやってくる。他では発散出来ない物を無造作にぶつけてくるこの乱暴な訪問は、実はそれほど嫌いではない。むしろ孤高の蒼の竜騎士が唯一甘えられる人間なのだと言う事実は、アイメリクの心を優越感にも似た何かで満たしてくれた。
「…っあ、」
何度も重ねた身体はお互いの事を良く知っている。アイメリクの良いところばかりに指先が唇が舌が這い、否応無しに熱を灯されていく。一度火が点いてしまえば後は荒ぶる熱の塊に飲み込まれて溶け込んで行くだけだ。エスティニアンの滾る熱が収まるまで、泣いても喚いても離してもらえずにどろどろになってしまう。そうなる前に。
「…キス、してくれ」
肌へと埋められていた顔が上がり眼が合う。ぎらぎらと欲に濡れた眼差しにぞくりと背筋が震えた。視線を重ねたままゆっくりと近付いて来る姿はまるでアイメリクを余すところ無く食らい尽くさんとする捕食者のようだった。たまらず首に腕を絡めて引き寄せる。噛みつくような勢いで重なる唇に喉を慣らしながら、勢いを増す熱に身を任せてアイメリクは瞼を下ろした。

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