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空箱

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おめがば

しくじった、と思った時にはもう遅い。
熱い、だるい、息苦しい、下腹がじくじくと疼く。
典型的なヒートの初期状態だ。
こんなことになるのならばバスケ部のレギュラーを逃す事になるとしてもきちんと抑制剤を飲んでおけばと後悔しても後の祭り。
ジャミルのヒートは人に比べて酷く、重い。それを何事もないかのように振舞う為に摂取している抑制剤も違法すれすれだと言われる程度にはきつい。
ヒートが近い事はわかっていた。けれど、次の大会のレギュラーの選抜が行われる大事な時期だった。
抑制剤を飲めばヒートによる発情やフェロモンの放出は抑えられる代わりに吐き気、頭痛、食欲不振に貧血とパフォーマンスは圧倒的に低下してしまう。
カリムよりも優秀である事を禁じられているジャミルにとってバスケはそれなりに本気を出しても良い唯一の場所だった。一年生の頃は、下手に抜きん出て目立つ事を躊躇い、見送った。二年になった今なら早々にレギュラー入りしてもさほどおかしくない筈だ。入学してからこれまで一年間、待ったのだ。それを諦める事なんて出来なかった。


そうしてヒートが近付いているというのにギリギリまで抑制剤を飲まずに粘った結果がこれだ。
朝の時点で違和感はあった。だがせめて、今日の部活までは、と見ない振りをした所為でもう不味い段階にまで来ている。慌てて抑制剤と頓服を胃に流し込んだがもう少しもすれば完全に身動きが取れなくなるだろう。頓服は抑制剤をきちんと飲んだ上で、それでも出てしまった症状を緩和する為の軽いものだし、抑制剤は予定日の三日前から飲み始める遅効性の物だ。今飲んだ所でたかが知れている。


昼休みを告げるベルが鳴ると同時に教室を飛び出す。カリムには一人で弁当を食べてくれとメッセージを送り、とにかくまずは人のいない場所へ。本来なら寮の自室に帰りたい所だが、昼休みを好みの場所で過ごす為に移動をする生徒も多い鏡の間には近付けない。まだ人気の無い廊下を縺れ始めた足で走り抜けながら逃げ込る先を考える。野外は駄目だ、きっと鼻の良い獣人には風向き次第で離れた場所からもバレてしまう。密室で、人が近寄らなくて、落ち着ける所。
「……旧部室棟」
思いつけば後は向かうだけ。玄関に並んだ誰の物ともわからない箒をひっつかんで跨り、一気に飛び上がる。考えるのはとにかく、後だ。人前でヒートがバレるのだけは絶対に避けたかった。


辿り着いた旧部室棟は校舎から遠く離れた、いかにもそこに空き地があったから建てただけとでも言うような簡素な小屋が一直線に並んだだけの実に古臭い物だった。それが校舎と校庭の間の便利な場所に建て替えられたのは丁度ジャミル達が入学する年の事。今では野外での活動を主とする部活のみならず、文化部などの部室も用意された立派な装飾を施された部室棟がある。きっと、それはアジーム家の出資によるものだろうなというのは誰にも告げていないジャミルのぼやきだ。
そうして誰も使わなくなった部室棟は今でも取り壊されずに誰も寄り付かないような場所にぽつりと置かれている。辿り着くなり箒を乗り捨てるようにして目についた一番端の扉に飛びつき、捻るがガチャリと音を立てて抵抗される。使わない部屋ならば鍵がかかっていて当然だという事をすっかり失念していた。それでも此処まで来たら諦めきれずに隣の部屋を、そこも開かなければまた次の部屋、とドアノブを無意味に捻って回った先、何番目かもわからない扉が抵抗なく捻られ、思わず喜び勇んで開け放つ。
「――――ぁ、」
しくじった、と思った時にはもう遅い。
本日二度目の後悔は、だがそれを上回る衝動にかき消されてしまった。
レオナ・キングスカラー。権力に胡坐をかいた、一番嫌いなタイプの傲慢な男。
それが、ロッカーとベンチだけが取り残された部室の一番奥、外からの暖かな日差しが差し込むベンチの上で寝転がり、今微睡みから覚めたかのような目をジャミルに向けていた。
「お前、………」
ジャミルを頭のてっぺんからつま先まで眺めた後、何かを言いかけて、顔を顰める。
気に食わない男、そうわかっているのに、ぶわりと何かが自分の中から溢れているのがわかる。圧倒的なαの匂いがジャミルの理性を食い破って本能に噛みつく。
「レオナ、先輩……」
口の中が酷く乾いていた。一歩踏み出すと、それだけで足の間からぬちゃりと濡れた音が響く。雄を受け入れる為に分泌される体液が、内腿を伝い落ちる程に溢れていた。近づいては行けないと分かっているのに、今すぐこの場を離れた方が良いとはわかっているのに足はレオナに近付く。これはあのレオナ・キングスカラーだとわかっているのに、αの匂いがジャミルを惹きつけて離さない。背後で勝手に締まる扉の音が、ジャミルの背を押している気がした。気に食わない、貸しも作りたくない、弱みも見せたくないこの男をどうすれば食えるのだろうかとただそれだけがジャミルの思考を埋め尽くす。
レオナは顔を顰めたまま身を起こしたものの、それ以上何を言う事も動く事も無かった。ただ、睨むような眼でジャミルを見上げていた。それはジャミルがレオナの肩に触れても変わらず、引き寄せられるようにそっと顔を寄せ、不機嫌なエメラルドを見据えてゆっくりと唇を開く。
「瞳に映るは、お前のあるじ……ッっッ」
バシンと大きな音と共に頬が勢いよく叩かれ、耐え切れず床に倒れながらも体を駆け抜けるのは歓喜の震え。思わず抑えた頬が熱くて痛いのに、腹の奥がきゅうきゅうと喜びを全身に伝えていた。
「ッぁ……ぅ……」
「てめぇ、今何しようとした?」
すかさず馬乗りになったレオナがジャミルの首を片手でぐ、と床に抑えつける。ぐるると喉を鳴らし、尖った犬歯を剥き出しにして笑う男にどうしようもなく、疼く。喉を熱い掌で押され、苦しくて痛くて、それでも先程よりも濃厚になったαの匂いに包まれて込み上げる飢餓感。
「せんぱぃ、はや、く……」
縋るように、腕を伸ばす。受け入れるように近付く身体にしがみつき、重なる唇に食らい付いた。


------


子猫が鳴くような声が、聞こえる。
絶えず甘えるように、哀れを誘うように、鼻に掛かった声が鳴いている。
「っっぁああああ――」
並々と注がれたグラスの縁から溢れるように気持ち良さが零れて背が撓る。喉が、痛い。宥めるように熱い掌が顔に張り付く髪を優しく払い退け、目尻をそっと拭われる。
「あ、っあぅ、あ、ああっ、あ」
歪んだ視界の向こうには、褐色の、α。見下ろす相貌が、遠い。少しでも一つになりたくて腕を伸ばせば、ぐっとその手を引っ張られて身体を起こされる。
「っっあああ、あ、奥ぅ……ッっ」
深々と穿つ熱が胎の奥まで届いている。ぎゅうとたくましい身体に縋りつき、肩に顔を埋めれば濃厚なαの香り。頭がくらくらする。否、既に思考が溶けている。背をしっかりと両腕で抱き締められ、αの香りに包まれ、そのまま身体を揺さぶられるだけでどうしようもなく気持ち良い。
「気持ち良いか」
耳朶を舐め濡らされて触れる声は身体の芯に響くような甘い低音。夢中になって何度も頭を縦に振る。そうか、と溜息のように零れるαの声がとびきり優しいものだから、つい、甘えるように肩へと頬を押し付ける。
その頭を一度、撫でられてから大きな掌がジャミルの腰をしっかりと掴む。
それだけで期待で身体がいっぱいになって、気持ち良くなってしまう。これからこの腹の奥に、望んでいた物を叩きつけられるという予感だけでもう、気持ちいい。
くれるのならば、なんだってする。言われた通りに、しっかりと首に縋りついて、身体を押し付ける。
「あっ、あ、あああ、ああ、あ、あ」
そうして始まる律動に意識が白く塗りつぶされる。
気持ち良い事しかわからない。
気持ち良い事しか、いらない。


------


本日すべての授業が終わり、さてこれから部活にでも行こうかとラギーが大きく伸びをしたところで震えたスマホ。内容を確認すればレオナから「今すぐ部屋に来い」という簡素なメッセージが一つ。
珍しい、と思った。
普段から息をするようにパシらされていると思われがちだが、いや実際に共に居る時はそれこそ手足のように働かされるのだが、共に居ない時に呼び出してまでパシりにされる事はまず、ない。ラギーが逃げ出せば簡単にレオナのお世話からは逃れられるのだ。ただ、レオナのお世話をするのはそこまで苦では無いし、むしろお世話しないで放って置くととんでもないゴミ屋敷になっても平然としたまま、腹が減ったと言いながらも食事すら取るのを面倒がり、やがて動くのも面倒臭いと一歩も外に出て来なくなるレオナが見て居られなくて世話を焼いている。こちらが勝手に世話を焼いてもきちんとバイト代をくれるのも大きい。
そんなレオナからの呼び出し。部屋というのは寮のレオナの部屋の事だろうか。学内ならともかく、寮の自室にいるとなれば体調でも悪いのだろうか。それとも何か、相当焦っているか、余裕が無い状況に追い込まれてるのだろうかという不安が過る。


駆け付けたレオナの部屋。とんとんとノックして、レオナさん開けますよーと声を掛けて返事を聞かずに開ける。それがいつものやり方だったし、今まで一度もそれについて文句を言われた事は無かった。だが扉を開けた瞬間にぶわりと襲い掛かる余り匂いに初めてこの軽率な行動を後悔し、咄嗟に無言で扉を閉じる。
心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、身体が熱い。一瞬匂いを浴びただけで明らかな欲情に全身が包まれている。これはΩが発情した時の匂いだ。ラギーはβだから普段はαだとかΩだとかを匂いで判別することは出来ないが、実家の辺りでは時折この匂いが漂う時がある。そしてそんな時は大抵、街の男は殺気だっていて、発情したΩの匂いはバースに関係無く雄を狂わせるのだと教わった。その匂いがこの扉の向こうにある。βであるラギーですらなりふり構わず今すぐにこの扉を開けて匂いの元に飛びつきたいという欲求に落ち着かなくなってしまうような、強烈な匂い。だがその匂いの元は、果たして誰なのだろうか。余りにも匂いに気を取られて暮れなずむ部屋の様子が一切見えていなかった。もう一度扉を開けて確かめるべきだろうか。そもそも呼び出した筈のレオナは居たのだろうか、この匂いの中に。
「………おい」
ぐるぐる回る思考に動けなかったラギーの目の前で無情にも扉は開き、そうしてレオナが顔を出す。自分でわざわざ扉を開けに来るなんて珍しい、とどうでも良い事が頭を過る。小さく開けた扉に腕を付いて凭れ掛かり、しっとりとした髪を汗に濡れた肌に張り付かせ、湯気がのぼりそうな上半身を晒したまま、さも取り急ぎ履きましたと言わんばかりの制服のスラックス。ギラギラと欲に濡れた目がラギーを見下ろし、そうして眉を潜める。
「鼻、摘まんどけ」
「っ!あ、ひゃい!」
ぼうっとレオナに見惚れてしまい、慌てて鼻を摘まむ。摘まんだ所でこのムラムラがすぐに収まる訳では無いが、レオナを見て少しだけ冷静さを取り戻した気がする。この人は、αだ。支配する雄だ。だってきっとラギーの耳はぺっしょりへこたれて、尻尾だって丸まってる。聞かずともわかる、圧倒的な何かがあった。
「これ、買って来い。あと、ジャミルの荷物、回収してこい」
「これって……何スか?」
「……薬だ」
手渡されたメモにはレオナの字で殴り掛かれた見慣れない単語。まあきっと、ラギーがわからなくてもサムに言えば用意してもらえるのだろう。それはいい。だがジャミルの荷物を持って来いということは、つまり。
「……ジャミルくん、スか」
「恐らく、昼前までは授業受けてた筈だから、その辺にあるだろ」
「えっと、その……」
発情しているΩはジャミルくんスか、と余りにもデリカシーに欠けたことを聞きかけたラギーの目の前で小さくレオナがよろめく。
「っおい、」
背後を振り返り低い声で唸るレオナの両脇から新たに現れた伸びた二本の腕。まるでレオナの対のように似たような色合いの肌をしたそれが、するりと濡れた腹に絡みつき、自然な動きで掌がそのまま股間へと滑り落ちて布越しにレオナの物を探る、その卑猥さ。レオナの背後で何をしているのかわからないが何やら濡れた音まで聞こえてしまい慌てて視線を落とす。だが見下ろした先にはレオナの背後に立つ褐色の足に、絡みつくように垂れ落ち床に水たまりを作る白が見えてしまい、ラギーはもう唸る事しか出来なかった。
「っ……任せたからな」
幾らか焦った、いや高揚したとでもいうべき声がラギーの頭上に落ち、そして扉が閉じられる。
そうしてやっと、ラギーは大きく深呼吸をしながらその場にしゃがみこんだ。扉の向こうで二人は、と余計な事を考えてしまいそうになるのを必死に押しとどめて錬金術七大要素などを無駄に暗唱してみたりする。そうでもしないと落ち着かない。
「――ッっぁ、――っ」
そうして必死に、レオナに頼まれたお使いに行くべくラギーが努力しているというのに扉の向こうからは容赦ない声と音が漏れ聞こえて折角鎮まろうとしているものがまた昂ってしまいそうになる。
駄目だ、まずは此処から離れないと。
なんだか泣きたい気持ちになりながらラギーはよろよろと立ち上がり歩き出した。


------


ジャミルが気付くと、知らない天井が見えた。だが不思議と恐怖は無かった。
心地良い香りに包まれて多幸感に満ち溢れている。無意識に触れた腹が、膨れている。中にたっぷりと植え付けられた事を思い出して、その事実に頬が緩む。腹が満たされるだけでこんなにも幸せになれるのかと、ゆるりと息を吐きだして、そうして傍にある布地に顔を埋めて深く息を吸い込めばまるで麻薬のようにジャミルを溶かす香り。
だが、足りない。満たされているのに、まだ足りないと胎が疼く。
何か、人の話し声が聞こえた気がしてそちらへと視線を向ければ扉に凭れ掛かるように立つ背中が一つ。ああ、あれが足りなかったのだと、欲しかった物が見つかった喜びにゆっくりと身を起こし、ベッドから滑るように降りて、近付く。一歩、足を踏み出しただけでごぷりと音を立てて折角腹を満たしてくれた物が溢れて流れ落ちる。勿体ない。それもこれも、此処を塞いでないからいけないのだ。ジャミルが孕むまで、此処を塞いで、満たして溢れる程に種を植えてくれなければいけないというのに。
近付いた背中を両腕で捕らえ、背に顔を埋める。一段と濃い、ジャミルを幸せにしてくれる香り。もっと欲しくて、真ん中の溝に舌を這わせてはキスを落とす。しょっぱくて、少し苦かった。汗で濡れた腹の凹凸を掌の感触を味わいながら滑り落ちた指先が触れる、場所。余計な布地が邪魔をしているが、掌に包み込めば確かな質量を持ったそれ。これが欲しい。はあ、と吐き出した息が、熱に浮かされているようだった。


-------


扉を閉め、絡みつく腕を取り、そうして振り返れば蕩けたような顔で笑うジャミルがぺたりとレオナに抱き着き、強請るように唇が押し付けられて舌が唇を割って入り込んで来る。
まるで全てをレオナに預けたかのように邪気無く笑うその顔に本能が引き摺られそうになりながらも、胸に広がる苦い何かで顔が歪む。
以前食堂で会った時には、ジャミルがこんなにも嬉しそうにレオナに笑いかける日が来るだなんてお互い思ってもみなかっただろう。むしろどちらかと言えば敵意に近い感情が向けられていた筈だ。
それが、本能一つでただ子種を求めて媚び諂う生き物になってしまった。緩く背を抱き舌を絡めてやるだけで満足気に喉を鳴らし熱い身体が擦り付けられる。溢れる程に注いでやってもまだ足りないと、必死にレオナを誘おうとする。目の前に居る相手が誰かなのかなんて些細な事、頭にあるのはただ飢えを満たしてくれるαであるという事だけだ。
かつて、自分もあの男の前でこんな無様な姿を晒していたのかと思うとジャミルごと過去の自分を殺してやりたくなる。


レオナは、αだ。だが同時に、Ωでもある。
どちらのバースも合わせ持つ奇形。言葉だけ聞けば万能の生き物かのような響きだが、実際はただの出来損ないだ。どちらも合わせ持つがゆえに十分な成長をすることが出来ず、恐らく生殖能力は無いと言われている。孕む事も、孕ませる事も出来ず、番を作る事も出来ないだろう。そのくせヒートは来るから抑制剤は欠かせないし、他人のヒートにも抗えず、簡単に発情させられてしまう。子を成す事が出来ない癖に、子を成す為の準備だけは一人前で本能に引き摺られるなんて笑い話にもならない。
絡みつくジャミルを半ば抱えるようにしてベッドまで引き摺り押し倒す。欲しい物を与えられるとただ純粋に喜ぶ笑顔が、レオナには、辛い。それでも身体は発情したΩの匂いを浴びて早くその腹の奥に子種を植え付けたいと昂っていた。目の前の肉の塊の奥深くまで犯してやりたいと飢えていた。そうした所で子供が出来るわけでもないくせに。
「――……は、」
余計な事まで考えそうになるのを自嘲ともつかない吐息一つで外へと逃し、強引にジャミルの身体を俯せにひっくり返す。この男の髪が長くて良かった。汗を吸い、肌に張り付く髪に隠されてうなじが目に入らずに済む。
「あ、あああああ……っっ――」
どろどろに蕩け切った場所へと性器を押し込めば隠しもせずに上がる声が歓喜に満ちていた。散々吐き出した物が奥を突き上げる度に掻き混ぜられて酷い音を立てる。レオナを搾り取ろうと絡みつく粘膜にぐぅ、と腹に力を入れていないとすぐにでも持って行かれてしまいそうだった。
「あ、ああ、あ、ああ、あ」
枕に頬を押し付けただ押せば鳴く玩具のように声を上げるジャミルの横顔から目を逸らし、ただ中を満たしてやる事だけに意識を向ける。
レオナの昼寝の邪魔をしたジャミルを、その時まで敵意しか向けられていなかった筈の男を、それでも抱いてやったのは同情でしかない。本能に抗い、あの場から立ち去るくらいの事ならばいくら発情したΩを目の前にしたとしてもレオナになら出来た筈だった。それを、最初の酷い飢えが満たされるまであの部屋で相手をしてやり、その後わざわざ寮にまで持ち帰り、今もなおいつ終わるとも知れぬジャミルのヒートに付き合ってやっている。全て、好ましくない相手と思っている筈のレオナを相手に、ただの雌と化してしまったジャミルを憐れんでいるからだ。


今のジャミルの苦しみを、レオナは良く、知っている。
誰彼構わず、何でもいいからとにかく腹を埋めて欲しいと飢えることも、どれだけ嫌いな相手であろうとヒートの時ならば愛おしく何よりも大事な存在に見えてしまうことも、腹の奥底に種を植え付けられるだけでどうしようもないくらいの多幸感に襲われる事も、独り放って置かれてしまえば酷い飢えと虚無感に切り刻まれて心が千切れそうになることも、レオナは良く、知っている。
レオナに犯され幸せそうに笑うジャミルは、いつかのレオナの姿そのものだ。
脳裏にちらつく男の姿を振り払うように、抱えたジャミルの腰を力任せに突き上げる。
何も知らずに幸せそうに鳴くジャミルの声が、酷く、耳障りだった。

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おしおき

ホリデーと言えど、王族にとっては呑気に休んでいる暇は殆どない。連日のように晩餐会だの式典だのご挨拶だのと、他の生徒のように遊び惚けていられるわけでは無い。
その全てに真面目に出てやる義理は無いが、どう足掻いても逃れられない物も幾つか存在する。
国内外の要人を招いた晩餐会。王族の端くれとして、夕焼けの草原に尽してくれた者を労い、もてなし、そして来る翌年にも縁を繋げるように尽くす七面倒な行事。
勿論最初は逃げようとした。だが昼過ぎに目を覚まし、誰にも見つからない場所に逃げようとする前に待ち構えていた義姉に捕まり、散々着せ替え人形にさせられた挙句チェカに纏わりつかれて会場まで引き摺られて来てしまった。
これが兄であれば力尽くで逃げる事も出来た。だが恐らく兄もそれをわかっていて自分の妻子を遣わせたのだろう。
レオナは義姉に逆らえない。彼女は何も知らなくとも、罪悪感がレオナを逆らえなくした。


煌びやかさには欠けるが、常よりも豪勢に飾り付けられた大広間。平民出身の事業家や芸術家など普段社交界とは程遠い人も多く招待されている為か、晩餐会とは名ばかりのカジュアルな立食パーティの形式だったのはレオナにとってありがたかった。きっちり席順まで決められ、閉会の時間まで椅子に縛り付けられるそれとは違い、隙を盗んで逃げだしやすい。
兄の仰々しい挨拶の言葉の後に乾杯、とグラスが掲げられるのを合図に晩餐会が始まると、広間が一気に浮ついた雑音の塊になり、ささくれ立つ心を宥めるようにグラスに口をつける。輝石の国産だという炭酸の効いた葡萄酒がいがらっぽい喉に染み渡る。声が出ない程では無いが、時折引っかかって掠れた声が出そうになるのであまり喋りたくない。そもそも、今は人の輪の中で陽気に笑っている男が明け方までレオナは離さなかった所為で酷い体調なのだ。正直な事を言えば今すぐこのまま地べたに座りたい。欲を言えば、自室のベッドで惰眠を貪りたい。
嫌われ者の王弟に媚びを売ろうとする者は多くないが、居ないわけでもない。その全てを適当に受け流しながらゆっくりと人の波を掻い潜り、少しずつ会場の扉へと向かう。まだ兄や義姉、甥は我先に話しかけようとする人に囲まれて動けないだろう。逃げだすならば早い方が良い。
入口に立つ警備の者に白い眼を向けられながらも何食わぬ顔で扉を通り抜け、廊下に一歩足を踏み出してしまえば三十分も居なかっただろうに窮屈さで詰まっていた呼吸が漸く自由になった気分で深く息を吐きだす。身体は重いが足取りは軽い。次第に遠ざかる喧噪を背中に、さて何処へ逃げようかと思案し、今まさに廊下の角を曲がろうとした時だった。
レオナ、と聞き覚えのある声に呼ばれて思わず足が止まる。この時に迷わずに走ってでも逃げていれば良かった。振り返れば今まさに扉を通り過ぎたファレナが、この茶番にも等しい宴の主催者が、怒ったような顔をして大股に近づいて来る所だった。
「あに、き……」
何故、と問う間も無く、腕を掴まれると廊下を曲がってすぐそこにある扉を開けて引きずり込まれる。恐らく晩餐会が始まるまでは待機室として利用されていたのだろう部屋、明かりの落とされた室内にも人のいた気配が残っていた。入ってすぐに、立ち止まり振り返った兄に閉じた扉に背を押し付けられた、と思った頃には分厚い唇が口を塞いでいた。
「んんんぅ、……っ」
押しのけようとした手も囚われ、体重をかけて圧し掛かられては身動ぎすらままならない。まるで扉に磔にでもされているかのような体勢でたっぷりと舌を絡めて、溶けあう唾液に混ざる仄かな葡萄酒の香り。逃れようと顔を反らしてもすぐに追いすがる唇が呼吸ごと奪い去ってゆく。酸欠に喘げばより深くまで舌を招き入れる事になり、ぞわぞわと余計な感覚まで尻尾の付け根から這い上がってきそうになるのをぎゅうと眉間に力を込めて抑えつける。
まるで外界から隔てる壁のように垂れ落ちる兄の髪に包まれながら、逃れても、応えても、執拗なまでに絡みつく舌に昨晩を想い出してしまいそうになる。
「ふは、ぁ……っは、……」
漸く解放されたと思う頃にはじっとりと肌が汗を帯び、足りなくなった酸素を補うべく荒くなる呼吸に胸を喘がせる事しか出来なかった。額が触れ合う程に間近にある二つの瞳に射られてしまうと、頭上に掲げられた両手が大きな掌で一つにまとめて縫い留められただけで思うように動けなくなってしまう。本気で抜け出そうとすれば敵わないわけはない筈なのに、力が入らない。
「何処へ行く気だった?」
「あにき、……」
「サボるなと、言った筈だが?」
お前こそ主催が客を放り出して何をしているのだと言い返してやりたい。だが実際には唇が音にならない重たい息を吐いただけだった。今更、恐怖を感じているわけでは無い。むしろどちらかと言えば諦念。この男に抗う事の無意味さを、レオナは誰よりも知っている。
「悪かった。……大人しく戻るから、」
言い訳を許さぬように一度唇が触れ、そして目の前で大きな口が弓なりに吊り上がる。
「悪い子には、お仕置きが必要だな?」
「……っ本当に、もう逃げない、から」
言い訳無用とばかりに再び唇が塞がれ、足の合間に差し入れられた膝がレオナの片足を掬いあげて固定する。いとも簡単にサッシュベルトが解かれて背中から滑り落ちた手が尻尾の付け根をするすると撫でてひくりと肌が震えた。
「んんぁ、……は、……ぅ……」
付け根の上を円を描くように指が滑り、とん、とん、とノックするかのように薄い皮膚の下の骨を叩くとその奥までがじんわりと熱を滲ませてしまう。その熱が膨らむ前に逃れたくて頭を振ると、今度はすぐに唇が離れる代わりに首筋に、そして鎖骨にと唇が吸い付き、甘く歯を立てられる。
「っっっ……兄貴、早く、戻らないと……」
「ああ、そうだな。誰かが探しに来てしまう前に戻らねば」
「だったら、……」
「良い子に、罰を受けてくれるな?」
ぬろ、とざらついた舌が鎖骨から顎の下まで這い、本能的に身が竦む。この後レオナは好きにして良いというのなら勝手にしろと思うが、この様子だと二度と逃げ出す事は出来ないだろう。誤魔化しが効かなくなる前に解放してもらわなければ連れ戻された後、きっとレオナが苦しい思いをする。
「わかった、……っわかった、から……早く……」
は、と籠る熱を吐きだす。心得たとばかりに尻尾の下へと滑り落ちた手が尻の合間を通り、明け方まで酷使された場所に浅く指先が埋まる。
「……ふふ、まだ柔らかいな……」
さも嬉しそうな呟きに唇を噛み締めて耐える。確かめるようにくぷくぷと浅い場所で縁を撫でていた指がゆっくりと中へと埋められてゆく。乾いた指が粘膜に引っかかって痛みすら感じるというのに、まだ昨夜の熱を忘れられないそこがじんわりと熱を持ち、隙間を埋めてくれる体温に絡みつこうとしているのが自分でもわかってしまっていたたまれない。
ゆっくりと感触を確かめるように中を探り、絡みつく粘膜を広げるように指が曲げられ、撫でられ、それから指がそうっと抜けて行く頃には咥えるものを失った場所がじくじくと疼いていた。ふ、ふ、と浅く息を吐きだしながらなんとか耐え、抜けた指の行く先を目で追うと片手で器用につけていたネックレスを外している所だった。
「これが何かわかるな?舐めなさい」
目の前に掲げられた兄のネックレス。小指の先程の大きさの、色とりどりの小石を丁寧に磨き上げた物を連ねた紐部分の先に、ひときわ大きな宝石がつけられた物。それは一見すれば普通の装飾品にしか過ぎないが、見る者が見れば兄専用の魔法石だとわかるだろう。大っぴらに王が自ら刃とも同義の魔法石を持ち歩く事は出来ないが万が一の為に、と護身用に常に服の下に隠してつけていることはレオナも知っている。だが、それを、何故。
唇に押し付けられた魔法石に不穏な物を感じながらも大人しく唇を開き、舌の上に乗せる。つるりとした表面は飴玉のような感触だがうっかり飲み込んでしまえば苦しい思いをする事は想像に難くない大きさ。命じられるままに殉じる姿を装い兄を伺い見るも、楽しそうに眼を細めて眺めているだけだった。ころり、ころり、意図がわからないまま舌で転がすと紐部分となる小石の所為で唇を閉じる事が出来ずに唾液が石に、顎にと伝い落ちて行く。肌を粟立たせるその感触を厭い、せめて少しでも垂れ落ちないようにと顎を上げようとすれば石を挟むように口の中へと指が二本差し込まれてぞろりと舌の脇を撫ぜる。
「ふぁ、……ッ、あ……ぁ」
硬質な石と指が交互に敏感な粘膜を撫ぜて力の抜けたような声が漏れた。いよいよ閉じられなくなった唇からはだらだらと唾液が溢れ、そうして顎に伝う物を兄が舐め取る。からり、くちゅり、ころり、ぬるり。連なる小石の先からも唾液が滴る程に散々口内を弄られた後に魔法石と共に指が引き抜かれて熱い溜息を零した。すっかりと力の抜けた身体は兄の片手と膝でなんとか体重を支えられるのがやっとで、支えを失ってしまえばすぐにでも崩れ落ちてしまいそうだった。強まる疼きに思考がぼんやりと霞掛かっている。ただ兄に身を委ねていれば朝が来るベッドとは違い、その後には人前に戻らなければならないのだから冷静さを取り戻さなければいけないと思うのに、すっかり躾けられてしまった身体は考える事を放棄してふわふわとした心地を漂っていた。
「良い子だな」
幼子にするように頬を、口の端を啄まれ、強請るように揺蕩う意識のままに唇を追いかける。笑うような吐息が濡れた唇を擽り、そうして褒美のように唇を食まれて瞼を伏せる、が。
「ぁ、……っ嫌、だ……兄貴……」
再び背中から潜り込んだ手がずるりと濡れた物を伴って尻の合間に触れる。綻びかけた入口にひたりと押し当てられた硬質な塊。漸く兄の意図を察して逃れようと藻掻くが、熱に蕩けた身体では碌に力が入らなかった。それどころかつぷりと小石が埋められるとぞくぞくと期待が背筋を駆け上がる。
「――ぁ、……」
「我慢しなさい」
反射的に唇を噛み、耐える。その間にもぷつりぷつりと入口をわざと引っ掛けるようにして小石が詰め込まれて行く。先に埋め込まれた石が後から押し込まれた石によって粘膜を不規則に擦りながら更に奥へと潜り込む度に小波のように快感が走り抜けて息が上がる。途中で確かめるように指を差し込まれてぐるりと掻き混ぜられると容赦なく小石があちこちを抉り、ひぅ、と歪な吐息が漏れる。
「お前には、罰にならないかもしれないな」
「ぁ、っあ、あ…ッあぅ」
指が引き抜かれてほっとするのも束の間、ひたりと押し当てられた比べ物にならない程に大きい塊。ぐ、と押し込まれみちみちと入口を広げられると、喜ぶように勝手に内臓が蠢きじゃりじゃりと小石を鳴らす。
「っっぁにき、駄目、だ……ッ無理……ッ」
このまま快感に酔いしれて兄を満足させれば終わるのであれば、それで良かった。だがきっとそうでは無いと漠然とした不安がある。確信と言っても良かった。
「なあ、……も、反省したから……っ」
やめてくれ、と告げようとした声はぐっと勢いよく残り全部を押し込まれて悲鳴に変わった。込み上げる快感に頭が真っ白になり言う事を聞かない身体ががくがくと跳ね、うねる。
「あっ、あ……っあああ……あ」
埋め込まれた石を食い締める粘膜に潜り込んだ指がごりごりと石を掻き混ぜて高みから下りて来られない。なんとか逃れたくて身を捩ると後頭部がごんと鈍い音を立てて扉にぶつかり、晒された首筋にすかさず兄が舌を這わせて流れ落ちる汗を舐め取る。
「あにき、あ、あ……っ、あにき……!」
じゃりじゃりと中で掻き混ぜられる小石の音が聞こえるようだった。痛いくらいに疼いた場所を容赦なく石が抉り、力を抜けば楽になるとわかっているのにどうすれば力が抜けるのかわからず、勝手に小石の一粒一粒までわかりそうな程に食い締めては終わらない快感にのたうつ。
「――………ッァ、」
視界が眩み、落ちる、と思う間際で不意に指が引き抜かれ、漸くすとんと力の抜き方を思い出し、弛緩する身体を兄に受け止められる。それでも、急に着地までは出来ない。泥濘のような快感の底で足掻き不規則に跳ねる身体を抱き締められたまま再び唇が重ねられる。
「んん、……っふ、……」
引き攣る呼吸を取り戻させるような、緩やかな口付け。吐き出すタイミングを教えるようにちゅ、ちゅ、と幾度も音を立てて啄まれてやっと地に足がついたような気がした。それと同時にすっかり力の入らなくなった足が今にも崩れ落ちそうになっていた。兄が支えてくれていなければすぐにへたり込んでいただろう。
「落ち着いたな?」
まだ呼吸は荒いし、頭が熱くてぼんやりとしていた。正直、このままベッドに縺れ込んで兄の熱を埋め込まれたい。だが見上げた兄の瞳にはほんのりと熱を孕みながらも凪いでいた。この場にあっても王の仮面を被ったままの、冷静な瞳。
「――……っは、」
ひやりと、冷たいもので胸の内を撫ぜられて思わず自嘲するような笑いが漏れた。兄はそれ以上何を言うでもなくレオナを扉にもたれ掛からせるとサッシュベルトを拾い上げ、身繕いをさせて巻き直す。
「……こんなんで、出れるわけないだろ……」
口の中が干からび、吐き捨てる声は掠れていた。
「罰だと言っただろう」
「っは、こんだけ煽っておいて、真面目な顔しろって?行った所でどいつもこいつもちんぽにしか見えねえよ」
「レオナ」
ぐ、と膝で踵が浮く程に尻を押し上げられて呻く。過ぎ去った筈の嵐はまだすぐそこに居る。連れていかれそうになるのをなんとか歯を食い縛って堪える。
「私は、構わない。お前が此処に私の首飾りを咥え込んで欲情しているから様子がおかしいのだと公表しても」
とん、とん、と軽く膝で蹴り上げられるだけで疼きが蘇る。
「……っふざけんな……」
「早く私に抱かれたいのに、待たされているから機嫌が悪いのだと皆に教えてやろう」
ぐりぐりと膝頭が押し付けられれば中までうねり、小石が音を立てる。
「……止めろ、」
「今日も明け方まで愛し合っていたと教えて、」
「もういいっ……!」
力任せに兄の肩を押しのければ思いの外すんなりと離れて行く。だがそれは同時に支えがなくなり自分の足で立たなければならないという事だ。ごり、と中を抉られてよろめいた足は再び兄の肩にしがみついてなんとか踏み止まる。
「ならば、行こうか。くれぐれも粗相の無いようにな」
差し出された右の掌。まるで、女性をエスコートするかのようなそれを反射的に払い退けた。
兄は楽しそうに笑うばかりで、覚束ない足取りで歩くレオナの腰を支えて誘導すると扉を開けて先にどうぞと促される。
「………ッくそ、」
腰の手も払い退け、一歩一歩、慎重に歩く。下手に力を抜けば落ちてしまう、だが余り力を入れると要らない物を連れて来てしまう。
「戻る前に、一度化粧を直すと良い。私が何も言わなくとも皆に知られてしまう顔をしている」
誰のせいだと毒吐いてやりたいが、下手に唇を開けば変な声を上げてしまいそうで、唇を噛み締めるしかない。
「お前に紹介したい人がたくさんいるんだ。頑張ってくれよ」
再び支えるように背中に当てられた手を、もう一度払い退ける気力はもうレオナになかった。

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行きずりの

静まり返った夜の街にぽつりと輝くネオンサイン。良く言えば古めかしい、悪く言えば今にも壊れそうなオンボロの外観に固く閉じられた分厚い扉。客商売である筈なのにまるで人を寄せ付けない見た目のその店は知る人ぞ知る、というクラブで、外の見た目とは裏腹に押すだけで簡単に開く二重扉を通り抜ければ、中は音と光が渦巻く良くある普通のクラブのようになっていた。
扉を抜けてすぐ、内臓にまで響くような大音量に紛れない声でよおビッチ、と投げつけられた声の方を見上げれば、すっかりジャミルと顔馴染の店員の巨躯。一応、此処は会員制のクラブ、という事になっている。だが管理はザルだし、そもそも顧客かどうか確認する為の店員がいとも簡単に職務を放り出して、ジャミルの顎を掴むと大きな唇が食らい付くように押し付けられる。
「んん、……っ」
分厚い舌が無遠慮に口の中を舐めまわし、片手でいやらしく尻を揉まれ、今入って来たばかりの扉に背を押し付けられて貪られる。野性的な見た目通りのセックスをするこの男の事は嫌いじゃない。むしろ気に入っている方だとは思っている。だが今日は、気分じゃない。
お世辞程度に舌を絡めるだけのジャミルにその気が無い事を悟った男が名残惜し気に唇を食みながら、駄目か?と強請るように眉尻を下げるのに思わず微笑ましさを感じて笑ってしまう。
「また今度な」
ジャミルから一度口端に口付けを送り、そっと肩を押すだけで巨躯は素直に離れた。絶対だぞ、と念を押すように尻の狭間をジーンズの生地ごとねじ込むかのように太い指でぐっと突き上げられて、思わず甘い吐息を漏らしてから別れる。
面積自体は広い店内だが、真ん中に煌々と照らされたホールが広い空間を保っている以外には謎のオブジェやソファとテーブルが置かれたブース、それから目隠しのようなパーティションや装飾が無秩序に置かれていて雑多な事この上ない。既にそれなりに客の入った店内をぐるりと見渡しながら入口から一番奥、ホールの端にあるカウンターへと向けて足を進めればその間にも何人かの顔馴染とすれ違う。
久しぶりだな、と声を掛けられたと思った頃にはするりと腰を抱かれ、ごく自然な動きで臍から下腹部へと下着の中にまで手を滑らせた男はテクは悪くは無いがいまいち盛り上がりに欠けるセックスだった気がする。ぞろりと性器の付け根を撫でる大きくて骨ばった掌の形はそこそこ好みではあるが丁重にお断りをした。
ジャミル、とハートマークでもついてそうな甘い声で教えた覚えの無い名を呼び、目が合うなり抱き着いて来た女は身体の相性は良かったがこれ以上関わり合うと面倒な事になりそうなのでパス。そっと挨拶代わりにハグをして、頬にキスの一つも押し付けて早々に逃げた。
ジャミルを見つけた途端にへにゃりとはにかみ笑う男は、少し前にジャミルで童貞卒業した坊や。童顔の割りに凶悪な性器を持っていたことを思い出して尻が疼く。あのデカブツでがむしゃらに突き上げられるのは悪く無い。悪く無いのだが、いまいち手が伸びない。いや、手は伸ばした。元気にしてたか?と股間のデカブツを撫でながら聞いてやった。兆しても居ないうちから存在感のある性器を丁寧に服越しに撫でてやり、その気になる寸前に離してじゃあなと笑って逃げた。引き留める事も出来ずにしょげる姿は可愛げがあったので今度たっぷりサービスしてやろうと思う。


いまいちピンと来る相手が見つからないまま気付けばカウンターの前。いつもの場所にいつもの男が座っていることになんとなく安心しながらメニューを眺める。何か、ほの甘くてさっぱりしたもの。モヒートでいいかと適当に決めて注文する。
「随分大量に釣り上げてたなモテ男」
色気のある低音で笑う「いつもの男」ことレオナはこの店の客の中で一番の顔馴染、つまりは何度も寝ている相手だと思う。体の相性が抜群に良く、話も合う、そして思考も似ている。あまりに馴染みすぎてしまうからなるべく避けている所すらある。多分それはレオナも同じで、お互いの気が合ってしまった時なんかはもう目があっただけで何も言わずともヤる体勢に入る。言葉が無くてもお互いの欲しい物を正確に分け与え、余計な手順を踏まずとも高効率で満足をくれる一番のお気に入り。だが今日はお互い、何か違った。約束された安定が欲しいという気分では無い。そもそもレオナは別に狙ってる獲物が居るようだった。
「お陰様で。そちらの釣果はいかがですか」
「まだ糸垂らしただけだからな。食い付くかどうか」
にたりと牙を剥き出しにして笑う男の視線の先を追いかけるが、雑多な人ごみに紛れた獲物までは判別つかなかった。バーテンが差し出すグラスを礼と共に受け取ると、冷えた液体を一気に半分程煽る。瑞々しいミントの香りが炭酸と共に鼻に抜けて心地良い。
「随分可愛らしい賭けをされてるんですね」
「は、負け戦はしねえよ」
自意識過剰にも聞こえるような台詞に思わず釣られて笑う。他の人間が言ったのならば笑い話だがレオナならば有り得ると思えてしまうのだから仕方が無い。レオナはジャミルをモテ男と評していたが、ジャミルから言わせてもらえればこの店でレオナ以上にモテる人間は見たことが無い。現に今もレオナが獲物を狙う横顔にいくつもの視線が突き刺さっていた。声を掛ける機会を伺い、待っている間にジャミルが隣に座ってしまった為に近づく事すら出来なくなってしまった哀れな雑魚。こっぴどく振られるよりは、そのまま夢見ていた方がきっと良い。
ぼんやりと辺りを眺めているうちにレオナの釣り糸に反応があったようだった。それじゃあお先に、と悪い顔で笑ってあっさりとジャミルを置いて人の波に埋もれて行ってしまう。それを羨ましいと思いつつ、今日はもう駄目かもしれないと半ば諦めの気持ちがあった。ジャミルはそれなりに論理的な思考を元に行動していると自負しているが、こういうことに関しては感性が大事だと思っている。何もかもがいまいちぱっとしないという時に無理に相手を定めてもいまいちなセックスしか出来ないし、同じ相手だったとしても感性で惹かれた日にはとんでもなく気持ち良いセックスが出来る。すべては、その日のノリ次第。今日はきっと何をしても駄目なパターンだ。この一杯を飲み終わっても気が乗らないようだったら大人しく帰ろう、とホールの人集りを眺めながら氷の解け始めたグラスを揺らす。
ビール一つ!とバーテンに注文する明るい声にふと視線を向けたのはたまたまだった。そこに居たのはジャミルと同じくらいの年齢の、いかにも愛されて育ちましたと言わんばかりの笑顔でビールを受け取る男の姿。着ている服はシンプルなデザインだがそれなりのハイブランドばかりで相当な金持ちのお坊ちゃんである事が窺い知れる。そんな汚れなんて知りませんみたいな顔したお坊ちゃんが何故こんなクラブに来ているのかとふと興味が沸いたのは事実。ジャミルやレオナのような目的でこのクラブに来ているのは全体からすれば極々少数であり、大多数は本来の意味のナイトクラブを楽しむべく集まってきている客ではあるのだが、それなりに治安の悪い店である。敢えて見通しが悪くなるように置かれたパーティションや装飾の向こうで男女問わず性交が行われているのは日常茶飯事、違法な物の取引やその使用だって当たり前のように行われているし、その辺のトラブルでいざこざが起きる事だって少なくない。店もそれを黙認どころか助長させているような所がある。
いつかこの男もそのいずれかに飲み込まれるのだろうか。疑う事を知らない能天気そうな笑顔を見る限り、そう遠く無い未来だという気もする。可哀想に、と思う物の、それと同時に新しい玩具を見つけたような気分だった。いずれ失われるものならば、遅くても早くても同じ事だろう。
ちょうど振り向いた男と目が合い、反射的に笑みを浮かべて見せる。人好きのする笑顔の男はそれだけで嬉しそうにジャミルの傍へと寄って来た。
「隣、いいか?」
「どうぞ」
「ありがとな!」
そう笑って隣の席に落ち着いた男がビールの瓶に刺さった櫛切りのライムを指で押し込み、ぐいと煽る。身長はジャミルよりも低そうだが、汗ばんだ首筋に浮かんだ喉仏がビールを飲む度に動くのはとてもそそられた。ぷは、と景気よく息を吐いた男がジャミルに向き直ると真っ直ぐに右手を差し出される。
「俺はカリム!よろしくな!」
「……ジャミル。よろしく」
初対面でまず名乗り合う健全さに吹き出しそうになりながらも右手を握る。この店に顔馴染は多いが、性器の形や好きなプレイは知っていても名前を知らない相手の方が多いジャミルに取っては眩しいくらいに健全だった。そこから始まる会話も友人に連れられて初めて来ただの、知らない人と一緒に踊るのが楽しいだのと幼く見える顔を綻ばせて語る姿はジャミルの悪戯心を膨らませるばかりで、穏やかな青年を装った微笑みで相槌を打ちながら腹の底ではいつ食らってやろうかと暗い欲が疼いていた。
カリムが瓶を煽るペースに合わせて水で薄まったモヒートをちびちびと飲み、後一口でカリムが飲み終わる直前にグラスを煽る。たん、と少しばかり強くグラスをカウンターに叩きつけ、大袈裟にふう、と息を吐きだした。
「悪いが、トイレに行きたいからお先に……っと、」
そうして椅子から下りる間際に、よろめき、カリムに肩からぶつかる。わざとらし過ぎるかとも思ったが、純粋なカリムが慌てたように両腕でしっかりとジャミルを抱き留めてくれるのにひそりと笑った。
「ああ、……ああ、悪い。少し、飲みすぎたみたいだ」
「大丈夫か?一度座って……水でも飲むか?」
「いや、トイレに……」
「わかった、連れてってやるよ!」
にやける口元を隠すように片手で抑えればそれらしく見えたのか、気づかわしげにカリムが椅子から下りてジャミルを支える。
「無理そうだったらいつでも言ってくれよな、我慢するなよ」
「ああ、……」
支えられるままに体重を預け、のろのろとトイレに運ばれて行く。浮足立つ心で早くも身体が熱かった。期待で下肢に熱が蟠りわざとしなくても足が縺れそうになり、その度に励ますような声を掛けられ、そうして辿り着いたトイレはお世辞にも綺麗とは言い難い場所。禿げたペンキと黒ずんだ汚れ、好き勝手にぶちまけられた落書きと鼻にツンとくる臭い。すっかりこの場所に馴染のあるジャミルにとっては興奮を増す材料にしかならない。
「ほら、ついたぞ……ッ!?」
丁寧に個室まで運んでくれたカリムを扉の内側へと引き摺り込み、壁に押し付けるようにして唇を重ねる。怒るだろうか、怯えるだろうか、下手したら泣くのでは無いかと期待しながら驚きに開かれた唇の隙間から舌を潜り込ませて口内を探る。ビールの苦みとライムの香りが残る粘膜を舐り、奥に縮こまった舌を舌先でつつきくすぐってやると、我に返ったカリムにがっしりと両肩を掴まれ、引き剥がされる。
「んぁ、……」
「っっジャミル、気持ち悪いのはもう大丈夫なのか!?」
拒絶や困惑の言葉ならまだしも、想定外に心配されて思わずジャミルが呆気にとられる。だが揶揄や言葉遊びでは無いと知れる真剣な眼差しに射止められて素直に頷いた。
「んなの、初めから嘘に決まってんだろ……」
「なら良かった!」
そう言ってにかっとこんな場末のトイレに似合わない顔で笑ったカリムがするりと体勢を入れ替えたかと思うと今度はジャミルを壁に押し付けるようにして唇を重ねて来る。
「んっんんぅ……????」
濡れた舌が無遠慮に押し入り我が物顔でジャミルを貪る。視界の端でトイレの扉が閉じられ鍵をかける音が聞こえた。予想外の出来事に瞬くしか出来ないジャミルの目の前で夕焼けのような瞳が弓形に笑っていた。



わけがわからない。
それがジャミルの素直な感想だった。
「気持ちいいなあ、ジャミル」
「ッひぅん…ッぁう、あ……あ……」
みしりと軋む音がしそうな程にめいっぱい広げられた場所をぬくぬくと擦られながら、散々しゃぶり尽くされた胸を指で痛い程につねられてがくがくと脚が震える。踏ん張ろうとすれば童顔に似合わない巨根の脈動までも感じ取れてしまいそうな程に締め付けてしまい、益々気持ち良くて力が入らない。
「あ、またイきそう……ッ」
「っや、あ、あぅ、ああ、あ……あ」
壁に頬まで押し付けてしがみついてなんとか身体を支えるのに必死だというのに、軋む程に骨盤を強くつかんだカリムがごつごつと腹の奥深くを穿つスピードが速くなる。もう何度吐きだされたのかわからない物が溢れてばちゅばちゅと卑猥な水音を立て、足首にまで伝い落ちて行くのがまた肌を粟立たせる。
荒い息が項に掛かり、ごりごりと遠慮なしに中を擦られるともうそれだけでイきたくないのにまた勝手に体が喜んでカリムを搾り取ろうと絡みついていた。それすらも引きずるような勢いでピストンされてしまうといとも簡単に上り詰めてしまう。
「っふ、ぅぐうぅぅ~~っ」
「ジャミル、……ッっ」
もうわざとらしく喘いで見せるとかそんな事も考えられないくらいに必死だった。奥歯を噛み締め壁に爪を立て絶頂感に耐える。そうでもしなければ床に崩れ落ちてしまいそうだった。
なんとか耐えて、堪えて、やり過ごしたと思った頃にずるりとカリムの物が抜け落ちて行く。内臓の一つや二つ一緒に持っていかれたかのような質量の喪失感に、折角今まで耐えた足ががくりと折れ、膝をつきそうになる寸前でカリムの腕に抱きかかえられる。
「よ、っと。……辛そうだな、ジャミル」
「……も……無理ぃ……っ」
「ほら、こうすれば俺にしがみつけるだろ?」
弱弱しく頭を振る事しか出来ないジャミルの身体がずるりと引き上げられ、向かい合うようにして背を壁に押し付けられる。両腕をカリムの首へと回させられ、左膝が持ち上げられて再び宛がわれる萎える気配の無いそれにひぅ、と引き攣った悲鳴が漏れた。
「もーちょっと、頑張ってくれよな!」
「や、やだ……無理……無理……」
「っはは、ジャミルは可愛いなあ!」
ぼたぼたと重力に任せて閉じ切れない場所から白濁を溢れさせていた所にずん、とまた奥深くまでカリムに貫かれてただ悲鳴を上げることしか出来無かった。
気持ち良い事は好きだ。気持ち良くなりすぎて我を失う程に追い詰められるのも、嫌いなわけじゃない。
だが今日はそんなつもりは無かった。不慣れそうなカリムを軽く揶揄って楽しんでちょっと満たしてもらえれば満足するつもりだった。
それが蓋を開けてみればジャミルが手も足も出ない程に丁寧な……というよりもねちっこくてしつこい愛撫で挿入する前から散々鳴く羽目になり、挿入したらしたでデカいし遅いし終わりが無い。穢れを知らない善人そのもののような顔をして人の話も聞きゃしない。優しい顔して自分のいいように進めるもんだからもうジャミルはイきすぎて体力の限界だった。
気持ち良い事は好きだ。予想外だったとは言え、今までにないくらいに気持ち良いカリムとのセックスも好きだ。
でももしも次があるのならばせめてベッドがある場所がいいと願いながらジャミルの意識は快感に塗りつぶされて行った。

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はじめての

王族であり、アジーム家の大事な取引先でもあると同時に重要なコネクションでもあるその男は、宴好きの現アジーム当主に招かれて度々アジーム家に訪れていたから顔は知っていた。
威厳のある体格だが、人好きのする笑顔と気さくな人柄、奉仕には惜しまず褒美をばら撒くその男の評判は従者たちの間でも悪くはない。ジャミルもカリムと共に度々お土産と称した様々な珍しい玩具やアクセサリー、菓子等をもらっており、心から慕うような素直さは無かったが、決して害のある人では無いという認識を持っていた。


それが覆されたのは、今までならば子供は寝る時間だからと参加させてもらえなかった夜の宴に初めて混ざる事を許された時の事。混ざると言っても宴を楽しめるのはカリムであって従者であるジャミルははしゃぐカリムをなんとか制御するので手一杯だった。そもそも子供と言える年齢の者はこの場にはカリムとジャミルしか居ない。酒を飲み、普段よりも質の悪い絡み方をする大人からカリムを守るのは命を狙う暗殺者から守る事と同じくらい、神経が摩耗する。
そんな中で不意にジャミルの実父がそっと傍に近付き、この場を代ろうと言ってくれた時は本当にありがたいと思ったのだ。ジャミルでは何を言っても笑うばかりの大人達も、父であれば巧く往なしてくれるだろう。
そうほっとしたのも束の間、お客様にお酌を、と今日の主賓である男を示されて歪みそうなる顔を引き締め、かしこまりましたと頷く。面倒な大人達から逃れられるのはありがたいが、その代わりに主賓の相手をするとなればそれはそれで荷が重い。だが此処でジャミルに逆らう術はない。命じられたのならば、ただ粛々とこなすしかない。
男とアジーム家当主が語らう座は広間の一番奥、他よりも一段高い場所にあった。段の手前まで近づき、跪いて頭を垂れると人好きのする笑顔で出迎えられる。
「待っていたぞ!さあ、おいで。酒を注いでおくれ」
「失礼します」
許可を得てから立ち上がり、傍らの従者から酒が入った壺を受け取ってから改めて男の前に跪く。差し出された銀の盃に恭しく壺を傾ければ血のように赤い液体が盃を濡らし、ふわりと独特な酸っぱいとも甘いとも言えない匂いが広がる。溢れぬように、だがみすぼらしくない程度に盃を満たしてから壺を戻し、伺うように見上げるとにこにこと笑う男と目が合った。
「さあ、さあ、こちらへ来て座りなさい。遠慮することはない、さあ」
前のめりに誘いかける男に思わず当主を見るが、苦笑いをして頷くだけだった。従者であるジャミルが主と主賓と並び座る事などあり得ない話だ。だが命令に逆らう事も出来ない。主も首を振らない。ただ酌をするだけで済むと思っていたジャミルだったが、これは面倒な事に巻き込まれているのだと知らず緊張が走る。
「……失礼、します」
ぎゅうと壺を胸の前でしっかりと握り締めながら、指示された通りに男の傍らへと座る。するとすかさず壺が取り上げられ、たった今注いだばかりの盃が目の前に差し出された。
「良い子だ。それでは、毒見をしなさい。毒が入っていないことを証明する為に飲み干しなさい」
にこにこと、男の人好きする笑顔は変わらない。疑われているのか、からかわれているのかもわからなかった。もう一度当主を見るもただ同じ顔で頷くだけで何もわからない。
「――……頂きます」
両手でそっと盃を受け取り、顔を寄せるとツンと刺激のある匂いが鼻につく。ジャミルはまだ生まれてからこれまで一度も酒を飲んだことはない。色合いは綺麗だがとても美味しい物とは思えない匂いのそれの味を知らない。口にするだけで人格が変わったり、または体調を崩したり、こんなものを好んで飲む大人たちの気持ちがまだわからない。縁にそっと唇を寄せ、盃を傾ける。口に含んだ途端にじわりと熱が滲み、そして冷える。匂いそのままの味と、強烈な渋みが混ざり合ったなんとも言えない味が口いっぱいに広がる。
「全部、飲みなさい」
吐き出す程では無いが、口にしてなお何故この液体が好まれるのかわからない微妙な不味さ。だが味わってしまえば余計に辛くなるのは理解した。促されるまま、ぐ、と顎を上げて一気に盃を呷る。ごくりごくりと喉を通る度に胃が焼けるような熱が広がる。これが毒なのか、それとも元々の液体の味なのかもわからない。ただ一心不乱に飲み干し、そうして空になった所で息を吐く。ぐらり、と視界も揺れていた。世界が回る。なるほど酩酊とはこういう事か、と妙に腑に落ちた。
「良い子だ。それではもう一度、今度は私の為に注いでおくれ」
気付けば盃が取り上げられ、そうして壺を手に持たされていた。壺と、そして男とを見比べ、そうしてやっと命じられた言葉を理解し、膝をつこうとした。
「……ぁ……?」
確かに持ち上げようとしたはずの身体は気付けば男の肩に凭れ掛かるように倒れ込んでいた。よろめいたのだと、そう気付くのに時間がかかってしまったくらいに意識がふわふわとしている。なんとか零さぬようにと握り締めた壺の中身がたぽんと揺れて水音を立てていた。支えるように腰に回された男の掌が熱い。そのままぴったりと身体をくっつけるように引き寄せられ、見上げた男は変わらない笑顔でただただ笑っていた。
「そのままの姿勢で構わない。さあ、早く」
笑っているのだから、たぶん、大丈夫。はい、と一つ返事を返して、そうっと壺を盃の上へと傾ける。とろとろと銀を浸食し広がる赤。とくとくと注がれるにつれ鮮やかな赤が深みを増して行く。目は確かに液体が注がれている場所を注意深く見て居た筈だった。万に一つも粗相がないようにと最新の注意を払っている筈だった。だが気付いた時には盃から溢れる程に注がれた赤が男の手を伝い衣服を濡らして行くところだった。ふわふわとした気持ちは何処かへと吹っ飛び、胃の底が冷え切る。慌てて頭を下げようとするも腰に回された腕が離れる事を許さず、せめてもと身を縮めて俯く。
「も、……申し訳ございません……」
動揺で呼気が荒くなる。熱い。肌と言わず眼と言わず内側からの熱で汗が滲んでいた。俯く先には豪奢な金糸の刺繍が散りばめられた白い召し物が無残にも真っ赤に染まっている。とても自分や父が弁償出来るような代物ではない。主に尻拭いをさせたとなれば明日からバイパーは笑い者だ。どうすればいい?わからない。
「ふふ、そう、怯えなくていい」
濡れた手が縮こまるジャミルの顎に触れ、見上げた先の男は涙に歪んだ視界の中でも変わらずただ笑っていた。
「名前は?」
「……ジャミル、……ジャミル・バイパーです……」
「そうか、ジャミルか。良い名だ」
そういうと男は片腕でジャミルを抱え上げて自分の膝の上におろした。主賓の膝の上に座るなど想定外の出来事でジャミルの思考はついていけない。ジャミルを可愛がってくれている当主ですらこんな事をした覚えは無い。罰の為に平伏させるのならばまだしも、こんな幼子でもあやすかのように抱えられ、わけがわからずただぽかんと男を見る事しか出来ないジャミルに男は殊更口角を釣り上げて笑う。
「何、心配するな。大した事ではない。だがそうだな、着替えが必要だから手伝ってくれるか?」
「……ッ!はい、お任せください!」
許される、とまでは行かずとも贖罪の為にならなんでもするつもりだった。勢いよく頷いたジャミルに目を細めた男が不意に顔を近付け、ちゅ、とジャミルの首筋に水音を残す。
「っっ!!???」
ちくりとした痛みともつかない感触に驚くジャミルを他所に、それでは行こうかと男はにっこりと笑ってジャミルを抱えたまま立ち上がり、歩き出す。壺を抱えたまま身を縮こまらせるしかないジャミルにはもうすべてがわからなかった。
ただ、縋るように振り返った当主が苦く、苦く笑って見送っていたのだけが強く眼の裏に焼き付いた。





肌の上を、熱い舌がなめくじのように這っている。
顔から足の爪先まで全身くまなく這いずり回ってジャミルの身体を濡らしてゆく。それどころか唇の内側にまで潜り込んだそれがべったりと唾液を塗り付けるように口の中を好き勝手に舐めまわす。飲み込んだ唾液は先程飲んだ酒の残りカスのような味がした。不思議と不快だとは思わなかった。ただ少し息苦しくて、ぞわぞわして、ふわふわする。何にも無いのにふと笑い出したくなってしまうような、浮ついた心。
「気持ち良いかい?」
男が問う。きもちよい。ああ、それだ、とジャミルの唇が綻んだ。
「うん、きもちいぃ」
「良く効いているようで良かった」
そう言って男が笑うから、ジャミルも笑う。頬を撫でられて、その大きな掌にすっぽりと包まれるのが心地良くて、頬を摺り寄せる。何でこんな事になっているんだっけ、と何処か遠くで自分が首を捻っていたが瞬きをする間に何処かに消えてしまった。だって、こんなにも気持ち良い。
この部屋に辿り着くまでは、もっと眠気に苛まされていた筈だった。宴の後にみっともなく地面に転がる人間の気持ちがわかってしまうくらいには眠かったのだ、とても。だがこの部屋にやってきて、酔い覚ましに、と頂いた水を飲んでから何か様子がおかしい。空気の匂いすらも感じ取れそうな程に神経が研ぎ澄まされているのに、思考がふわふわとしている。男への緊張も何もかも何処かへ吹っ飛んでしまって、いつにないくらいに素直な気持ちで受け答えが出来る。
満足気に眼を細めた男がジャミルの唇を啄んだ後、再び男のジャミルの肌を食み、そして丹念に舌で濡らす。あんまりにも丁寧に舐め尽すからなんだかすっかりキャラメルにでもなってしまったようだった。男の舌に舐めて溶かされてとろとろと柔らかくふやけている。触れるだけで形を変えてしまう程にふやけているのに、男の髪が、髭が、ちくちくと柔らかな肌を突き刺してむず痒い。特に、内腿から足の付け根に顔を埋められてしまうとたまらなかった。くすぐったくて逃げたいのに、確りと脚を掴まれてしまっては身動ぎすらままならない。
「やぁ、ら……っはなして、……」
男の頭をどかせようと動かした腕が、自らの重さに耐え切れずにぽとりと男の髪を撫ぜるように落ちてしまう。もう一度持ち上げたくても、自分の腕の筈なのに重くてうまく動かせない。
「こら、おいたは無しだ」
そう言って笑った男に両手を捕らわれ、握られる。ジャミルの小さな掌よりもずっと太くて骨ばった大人の掌。熱くて指先からも溶かされてしまうようだ。そうしてまた、男がジャミルの下肢に顔を埋める。舌先でキャラメルの形を変えるみたいにぬるりぬるりとジャミルの肌を撫で、時折ちゅうと吸われると身体の奥でつきんと何かが走り抜ける。ふぁ、と力の抜けたような声が出た。もうすっかり舌は溶けてなくなってしまったのか、なんだかうまく回らない。大きな男の唇がジャミルの肌にかぶりつくように食んでは唾液で濡れた場所を吸う、それを何度も繰り返されると尾骶骨の辺りがなんだかむずむずして落ち着かない。逃れようとしても男の頭を股に挟み腕を取られているせいでただシーツの上をくねる事しか出来ない。
「気持ち良い時はちゃんと口に出して言いなさい」
穏やかな男の声が足の間からする。気持ち良い、うん、きっとたぶんそう。
体がぽかぽかして心がふわふわして、無性に嬉しくて笑いたくなっているのだから。
「きもち、いい……ッぁ」
縺れる舌でなんとか言葉にした途端により強く足の付け根を吸われてひくんと背が浮いた。白い何かが、身体の中を直線的に走り抜けている。
「良い子だ」
ぎゅう、と手を強く握られるだけでなんだか幸せな気分だった。こんなにも身も心も蕩けてしまったらそのうち液体になってしまう。
正に液体になりかけていることを証明するかのように男の舌が身体の内側へと潜り込み、撫でていた。誰にも、自分でも触れた事の無いような場所を熱い舌が押し広げてジャミルを内側からしゃぶりつくそうとしていた。
「あ、……ッあ?……ぁ、やだあ……それ、……っ」
体内に触れられる本能的な恐怖に頭を振る。ジャミルがジャミルの形を保っていられなくなってしまう。そのくせちくちくとあたる髭が、まだジャミルに輪郭をある事だけは教えてくれる。ただの液体になり切る事も出来ずにぐずぐずの塊のまま男に食べられてしまう。逃げようとしても繋いだ手が更に男の顔に尻を押し付けるように引き寄せ、じゅる、ぬちゅ、と水音が立つ程にしゃぶり尽くされる。
「っひぅ、やだ、やだあ……っ」
ぞわぞわが止まらない。熱が出た時みたいに身体が熱い。なんとか逃れようともどかしい身体を暴れさせてやっと、男が離れる。
「怖いか?」
「……うん、」
「じゃあ、これは止めて置こうか。その代わり、此処にお薬を塗らせてくれ。怖くないから」
滲んだ涙を追い出すようにぎゅうと瞼を閉じて頷く。お薬が何なのかはわからないけれど、お薬なのだから身体に良い物の筈だ。何も悪く無い場所に塗る薬が何かなんて、考える事すらしなかった。一度手が離され、小物入れに手を伸ばした男が取り出した小さなケース。蓋を開けば半濁した白い軟膏のような物がみっちりと入っていた。それを、ごつごつとした中指がごっそりと掬い上げてジャミルに見せる。
「これを塗るよ。ちょっと冷たいけれど、怖くはないね?」
自分の目で、確認した。それがジャミルの警戒心を解いた。小さく頷くと男は笑ってジャミルの額に口付けを落とす。先程散々舌でほじられた場所にひやりとした物が触れ、安心させるようにゆるゆると指先が入口を撫ぜた後に、にゅるりといともたやすく内側へと潜り込んだ
「ん、……っん、……」
柔軟に形を変える舌とは違う、硬い指の感触。異物感は大きかったが、痛みは無かった。ジャミルの中をぞろりとまんべんなく撫でてから引き抜かれ、入口に溜まった薬を指先で拭っては中へと押し込まれる。そうしてすっかり塗る薬がなくなると、更に新しく薬を掬い取ってはジャミルの奥深くまで薬が運ばれる。薬が増やされる度に押し込まれる指が増え、圧迫感は増すのに撫ぜられている場所がじんじんと熱を持っていた。最初は指一本でもこれ以上は入らないと思ったのに、気付けば男の指は三本も入り込んでぐちゅぬちゅと水音を立てる程に自由にジャミルの中を掻き混ぜていた。指の腹でぐ、っと強く粘膜を擦られるとびりびりと痺れるような何かが肌の上を這いあがり、きゅうと身体が緊張する。舌で舐られていた時と同じぞわぞわが、先程よりも強く溢れ出ているのに「お薬」を塗られているのだと思えば怖くはなかった。むしろお薬ならば、もっと欲しいとすら思ってしまう。熱くて、じんじんする所をもっと強く掻いて欲しい。
「気持ち良いかい?」
「きもちい、……ッきもちぃよお……ッ」
問われ、何度も頷く。少しでも気持ち良くなりたくて、もっと、と唇から自然と零れていた。だが、言った傍から無情にも男の指がずるりと引き抜かれてしまう。
「ぁ、……」
何故、どうして、こんなにも気持ちが良いのに、と悲しい気持ちで男を見ると、目尻にそっと口付けが落とされた。
「もう、怖くない?」
「……うん、」
「気持ち良かった?」
「……きもち、よかった……ッ」
だから、はやく、と気持ちが急くのに男は続きをしてくれるどころか離れて行ってしまう。おいて行かれるようで悲しくなって視界が歪む。つい今しがたまで当たり前のように男が触れてくれていた場所がじくじくと痒みとも痛みともつかない熱で疼いている。早く、擦られたい。掻きむしるくらいでもいいから、強く擦って欲しい。でも頭も体も巧く動かなくて、何を言えば良いのかわからかった。
「今度は、これでジャミルの中を撫でてあげようと思うんだが、怖いかね?」
そう言って、男が下肢の布を緩め、性器を、恐らく性器だと思われるものを取り出す。だが他人の性器等、普段見る事なぞ皆無に等しい。生えている場所は確かに性器であるのに、余りにもジャミルの物とは違い、太くて、長くて、まるで意思があるかのように天井に向かって反り返っている姿に知らず、乾いた唇を舐める。
「触って、確かめてみなさい」
ジャミルの腹の上に跨る男に両手を導かれ、そっと両手で包み込むようにして触れさせられたそこは熱かった。驚いて引っ込めそうになる手の上から男の手が重なり、ゆるゆると幹を上下に擦る。薄い皮膚の下に、脈打つ熱の塊があった。びくびくと時折跳ねてまるで別の生き物かのように力強かった。そうしながらもジャミルの内側は熱くて、痒くて、そんな疼きを指よりも太く熱いこの塊で撫ぜられたら。
「ぁ、……ッあ、あ、あ――ッッッ」
何かが急速に駆け上りジャミルの内側を真っ白に塗りつぶして行った。がくんと言う事を聞かずに身体が勝手に仰け反り、全身が沸騰するように熱いのに、凍り付いたように硬直して動けない。急激に身体から神経を引き剥がされたような衝撃。余りにも強いその感覚に支配されたのは、時間にすれば数秒の事だろうが、その数秒で何かががらりと塗り替えられてしまった気がした。
「気持ち良さそうだね」
硬直が解け、は、は、と荒い息を吐くしかないジャミルの頬を男の手がゆっくりと撫でる。気持ち良い、そう、これは気持ち良い事。男が言うのだから、間違いない。気持ち良かった、だから、早く。
「っは、……ふ、……ください……」
「ん?」
「中、撫でて、ください……」
指で撫ぜられるだけであんなに気持ち良かったのだから、これで撫でられたらもっと気持ち良い筈だ。わかってるからこそ、目の前にあるのにまだからっぽの中がきゅうきゅうと鳴いている。早くこれをどうにかしてくれないと、おかしくなってしまいそうだ。
「いいよ。いっぱい撫でてあげようね」
そっと両手が男の首の後ろへと誘導され、しがみつく。ジャミルの腰など簡単に握り潰してしまいそうな大きな掌がぴったりと骨盤を掴み、腿の裏を膝で押し上げられて晒された場所にぴたりと熱が押し付けられた。
「ぁ……ッあ、……」
指よりも全然大きくて熱い塊が浅い場所にめり込むも、すぐに逃げて行く。くぷくぷと音を立てて入口を擦られるだけでも痺れる程に気持ち良いが、奥の疼きが酷くなってこのまま全部腐って無くなってしまいそうだった。ぎゅうと男の首を引き寄せようとするが強靭な大人の身体はびくともしない。それどころか入口の縁がこすれるだけでますます力が抜けてしまいそうになっている。あとちょっとで欲しい物がもらえる筈なのに、さっきのように真っ白な世界に行ける筈なのに、ジャミル一人の力ではどうしようも出来なくてただどろどろと身体が溶かされて行く。
「……ッはやく、……っくださいぃ……ッ」
涙腺までもが溶けてしまったのか、ぼろりと涙まで溢れて来た。歪んだ視界の向こうで、男が笑う。
「ァ、―――……ッッッ!?」
勢いがそれほどあったわけでは無い。だが、ぐ、と体重をかけられたと思った瞬間にはジャミルの中をめりめりと音を立てるように押し広げた熱が真っ直ぐに奥を目指して突き進んで行く。
たったそれだけだった。待ち望んだ熱がゆっくりと撫でただけで今までにないくらいの白に包まれて意識が飛びそうになる。
「っひ、……ッぃぎ、……ッ――」
食い縛った歯が解けないまま、ぞろりと中身を全て引き摺りだすかのごとく引き抜かれ、また奥深くまで貫かれる。気持ち良い、だが、気持ち良すぎてどうして良いかわからない。一度待って欲しくても、それを伝えたくても、言う事を聞かない身体は真っ白な世界にジャミルを縛り付けたままで返してくれない。どうにか帰ろうとしても男が緩やかに腰を動かすだけでまた新たな波が来て押し戻されてしまう。
「ジャミル、良い子だね」
男が何か言ったような気がしたが、もはやジャミルの耳には届いていなかった。ゆるゆると穏やかな動きでジャミルの内側の柔らかな部分を撫でられているだけなのに嵐のように終わりの無い快感に目の前がちかちかしている。
「っゃ、あ、………ぅ……」
息すらもままならずに引き攣った音が漏れるのが精一杯。がくがくとジャミルの意思を無視して震える身体をいとも簡単に抑え込んだ男が、緩やかだった動きから一変して、ずん、と一番奥深くまで一気に突き上げる。
「ぃ、……ぁ、……ッぁあああああ……」
これ以上ないくらいに引き攣った身体が限界を迎え、そして堰を切ったように喉から音が出る。食い縛っていた歯が解かれてしまってはもう、だらしなく開いた唇を閉じることが出来なかった。ずん、ずん、と重量感のある熱が最奥に叩きつけられるたびに悲鳴にもなれない声がジャミルの唇から漏れる。必死にしがみついても制御を失った身体がばらばらになってしまいそうだった。
「っゃああ、ああ、あ、あああああ…ッあああ、あ」
「好きなだけ、気持ち良くなりなさい」
次第に早くなる動きに身体も頭もぐちゃぐちゃだった。ぐちゃぐちゃで、気持ち良くて、怖いのに、幸せで、涙が溢れて止まらない。もう息をするのも辛くて早く終わって欲しいのに、永遠にこの白い海に縛られていたいとも思う。





気付いた時には、ジャミルの自室のベッドの上だった。自宅ではなく、次期跡取りの従者としてカリムの部屋の隣に与えられた部屋。何かと便利なこの部屋で過ごす事が殆んどであったから、自宅の自室よりもよっぽど生活感がある。
瞼が物理的に重い。体があちこち軋んでいて、起きているのに頭が回らなかった。ただぼんやりと、虚ろに視線を彷徨わせて天井からとろりと視線を動かせば、ジャミルの父親がベッド端に座っていた。ジャミルが起きた事に気付いたようで気づかわし気な顔で額を撫でられる。
とうさん、と、呼んだはずの声は音にすらならずにただ喉を震わせるだけだった。
益々眉を潜めた父は、ジャミルの頬を撫でると、静かに、すまない、と小さな声で謝罪を零した。

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無題

※現パロ


泊り慣れたレオナのアパルトメント、普段なら二人で一緒に風呂に入り、ベッドに潜り込んだならばその後は思う存分熱を分け合うのだが、明日は二人で初めて行く夢の国。開園までにたどり着く為に早起きをするし、園内ではたくさん歩くのだから、存分に満喫する為にも今日は体力温存の為に「しない」と約束した筈だった。
だが、普段よりも随分と早い時間だな、とか。
背中をぴったりと包み込むレオナの体温が温かいな、とか。
寝間着替わりのTシャツの下に潜り込んだレオナの手がジャミルの腹をのんびりと撫でるのが気持ち良いな、とか。
そんな事を考えながらベッドに並んで横になるも、明日を楽しみにし過ぎて浮足立つ心は中々睡魔を連れて来てくれず、同じように手持無沙汰を持て余すかのようなレオナの指先が唇をなぞるのに、つい吸い寄せられるようにして赤子のようにちゅうと吸い付く。一瞬ぴくりと震えた指先が、ゆっくりと唇を割り開くようにして潜り込み、舌の腹をそっと撫ぜられると身体の奥の方がきゅうと暖かくなって、思わず喉が鳴る。
「ん、……んん……」
戯れに逃れようとすれば、飴玉のようにレオナの指が口内で転がる。逃げて、追いかけて、また逃げて、押さえ付けるように舌の奥の方を撫でられるととろとろとした熱が血の巡りと共に全身に広がってゆく。腹を撫でていた筈の掌がいつの間にか胸元へと移動し、くすぐるような繊細さで先を捏ねていた。下心にしては優しく、無視するには甘い。たった指先一本、それが皮膚の薄い部分をそうっとなぞり、意識がそちらへと向いた頃にかりかりと先を引っ掻かれると自然と膝を摺り寄せてしまい、間に挟み込んだレオナの足の存在を思い知る。
本格的にその気にさせられる前には止めさせなければと思う物の、燃え上がるには程遠い、穏やかな気持ち良さにもっと浸って居たくなってしまって、つい、ねだるように口の中をゆったりと掻き混ぜる指に舌を這わせてしゃぶりつく。
「ふ、……は、……」
応えるようにもう一本口の中に指が増え、骨ばった関節が上顎を擦るだけで思考がふわふわとしてくる。口内の柔らかな粘膜を探られて唾液が溢れて止まらないのに、口を閉じられないように開かれた二本の指先が飲み込む事すら許してくれない。
「ぁ、あ、……ッ」
ぴん、と胸の先を指で弾かれてぞくぞくと熱が込み上げる。尻に当たっているレオナの物が熱く硬さを帯びている。ましてやそれを擦り付けるように揺すられると、その熱を受け入れて気持ち良くなることを覚えてしまった場所がじくじくと疼く。
「やぁ……らへ……」
「ん?」
「ひょふあ、らえあっえ……」
「何言ってんのかわかんねぇな」
言葉は穏やかに優しいのに、耳に触れる息が熱い。笑う吐息ですら脳にまで響くような、濡れた低音。止めようと、レオナの手に触れるも、そのタイミングでぎゅうとすっかり充血した胸の先を強く引っ張られてぴんと背筋が強張る。
「っふぁ、……、あ、あふ…」
捏ねたり、弾いたり、引っ掻いたりと忙しない指先に簡単に煽られて熱が籠る。止めさせなければと思うのに、もっと気持ち良さに浸っていたいと思う気持ちが巧く拒ませてくれない。もうすっかりジャミルの唾液でべたべたになったレオナの手がいとも簡単にジャミルの下顎を三本の指で掴み、深く差し込まれた骨ばった二本の指の関節が上顎をごりごりと擦り上げるだけで何も考えられなくなってしまう。時折痛いくらいに胸を引っ張られ、じんじんとした熱が生まれては小波のように肌を伝っていく。尻の合間に埋めるように擦り付けられるレオナの物がどんどん硬さを帯びているのがいやでも伝わり、釣られるようにどくどくと心臓が脈打っていた。
なあ、とすっかり主導権を握っている癖にレオナが強請るような甘い声を耳元に落とす。わかっている癖に敢えて訪ねて来る意地の悪さ。すぐに陥落させられてしまうのは癪で、口内を好き勝手に荒す指に柔らかく歯を立てる。
ふ、と笑う吐息が耳に落ちた。
「っぁ、あ……っあ、やぁ……っあ、やえ……っ」
中からも外からも下顎をがっしりと掴まれたかと思うと、唾液をたっぷりと纏った舌がジャミルの耳孔を犯す。小さな穴にねじ込むように舌先が潜り、凹凸をなぞるように舌先が蠢いてじゅるじゅると音を立てて啜られるだけでまるで頭の中を犯されているような錯覚に襲われる。逃げたくても顎を掴んだ手はしっかりとジャミルの頭を固定していてぴくりとも動けない。止めようとしていた指先はいつしかレオナの手に縋りつくことしか出来なかった。ぞわぞわと肌が粟立ち、勝手にひく、ひく、と跳ねる身体を制御出来ない。
「ヤりてぇ」
熱の籠った吐息が濡れた肌を擽り、耳の付け根にちくりとした痛みが走る程に吸い付かれる。それだけでも脳が蕩ける程に気持ちが良かった。ずるりと指が唇から抜け漸く口を解放されたというのに、もう拒否する言葉を紡ぐ事は出来なくなっていた。体制を変え早くもジャミルに圧し掛かろうとするレオナの首に腕を回し、自ら引き寄せる。
濡れたエメラルドが弓なりに撓り、そして何も言わずとも望んだ通りに唇が重ねられる。熱い舌を絡ませながら性急に下着を脱がそうとする手に合わせて身を捩り手伝い、下着が抜き去られたその足で合間に陣取ったレオナの腰に絡みつく。
ひと眠りすればなんとかなるだろうとか、歩くだけなら大した事無いだろうとか、一回だけなら大丈夫だろうとか、頭の中で必死に言い訳する。
明日の事は、きっと明日の自分がどうにかすると信じて、ジャミルの意識は熱に溶けて行った。





目的地の開園時間は八時。家から現地までは一時間程度。
多少の余裕を持って一時間半前に家を出るとすると出発時間は六時半。
寝起きは二人ともあまり良くない。それでも普段ならば人の世話を焼く事に慣れたジャミルが目覚ましを頼りになんとか起き、ついでにレオナを起こして世話を焼いてくれたのだろうが、流石に寝ないと不味いと気付いて慌てて眠りについたのが起床予定時間の三時間前。しかも、つい調子に乗って散々抱き潰してしまった後。
予定よりも15分程遅れてなんとか起きたレオナがジャミルを叩き起こし、散々泣いてむくみが取れない顔で「眠い腰が痛い動きたくない」と駄々を捏ねるのを宥めすかし、どうにか外に出れる状態にまで持って行くのに更に15分。
とろとろと覇気のない足取りでレオナの後を大人しくついてくる姿に無茶をさせたとは思うが、普段のいかにも真面目な優等生然とした澄まし顔と違い、レオナへの甘えを全開にして素直に駄々を捏ねる姿につい口元が緩んでしまう。
アパルトメントの地下駐車場、ラギー曰く「いかにもボンボンが親に買ってもらった車」と称する、事実その通り親に買ってもらった車のキーを開けて運転席に座ろうとすると、ジャミルがむすくれた顔で助手席の扉へと手をかけていた。
「後ろで寝ててもいいが」
「結構です」
いかにも不機嫌ですと言わんばかりの声と、敬語。思わず笑ってしまうのも仕方が無い事だと思う。
それ以上言葉をかけるのを諦めて後部座席に荷物を放り込み、ジャミルも大人しく助手席に収まったのを確認してからアクセルを踏む。まだ早朝と言うべき時間の浅い色の青空でも寝不足の目には少々眩しい。さっそく窓にもたれてうとうととしているジャミルを横目に、レオナもくあと欠伸を一つ零した。今日は良く晴れそうだ。


30分程で目を覚ましたジャミルは先程までよりは随分とすっきりした顔をしていた。本来はもっと近所で寄る筈だったコンビニに立ち寄り朝食を調達する。ひと眠りして体調がマシになった分、地を這っていた機嫌も直ってきたようで再び車に乗って走り出す頃には鼻歌なぞ歌いながらレオナの買ったサンドイッチの包装をぺりぺりと剥いていた。
はい、と唇に取り出したサンドイッチが当てられたのにかぶりついて一気に半分程口に入れる。片手で食べながら運転が出来ない訳でも無いが、ジャミルに世話を焼かれるのは嫌いじゃない。残った半分をジャミルが小さく何口か齧り、そしてレオナが飲み込んだタイミングでまた口元に運ばれたサンドイッチを残り全部口の中に入れる。
「水飲みます?」
「まだいい」
その代わりに寄越せとばかりに口を開けてやればジャミルが楽し気に笑いながら新しいサンドイッチをレオナの口元に運ぶ。もうすっかり上機嫌のようで何よりだと笑いながら再び齧り付く。
甲斐甲斐しく世話を焼かれながら車は目的地に近づきつつあった。食事を終えると目に見えて落ち着かなくなってきたジャミルがスマホを弄り始める。横目に見れば、何やら公式サイトで食べ物やアクセサリーを物色しているようだった。
「これ食べたい」
「場所調べとけ」
「あとこれも」
「好きなだけ食え」
「レオナこれつけて」
「はあ?女物だろそれ」
「可愛いだろ」
「俺が可愛くなってどうする」
「自信無いのか?」
「ふざけんな世界一可愛くなるに決まってんだろ」
「じゃあ世界中に見せびらかさないと」
せっせと画面を開いては見せて来るジャミルと軽口を叩いて笑う。目的地はもう目の前だった。


広い駐車場に車を止め、今日の為に用意した服に着替える。ど派手な蛍光色を下地にキャラクターが印刷されたTシャツ、キャラクターの耳を模したアクセサリー、前に行った時に買ったものを取って置いたというポップコーンを入れる為のバケツ、ここ以外ではつけられないようなキャラクターの形の浮かれたサングラス、諸々。
やるなら徹底的にと臨んだが、実際着てみると余りにも浮かれていて、お互いを指差してげらげら笑いながら入口へと向かう。何処から集まって来るのか、既にそこは開園を待つ人でごった返していた。よくある私服姿の者も多いが、二人以上に気合いの入った格好をしている人も多い。人ごみに紛れる頃にはすっかり自分たちの恰好など気にならなくなってしまっていた。
開園を待つ間にパンフレットを開いて、まず最初に目指すアトラクションを確認する。その後に回るルート、食べ物の場所、欲しいグッズの場所、パレードの時間、場所、どのあたりで見るかの計画。相談しているだけであっという間に時間は過ぎて開園時間。
ゲートを潜り、見える光景に浮足立つのは小さい頃、親に連れて来てもらった頃から変わらない。気付かぬうちに、足が速くなる。ちらほらと駆け出すグループが視界端に映る。横目にジャミルを見れば丁度視線がかち合った。幼馴染の男の前では何でも出来る優等生の姿であろうとしているジャミルが、隠し切れない興奮に目を輝かせていた。だがきっとレオナも似たような顔をしているのだろう。
言葉は無かったが、走り出したのは同時だった。睡眠不足だったというのが嘘のように身体が軽い。むしろ睡眠が足りていないからハイになっているのかもしれない。並んで駆けるうちに次第に笑いが込み上げて来て、わけもなく二人で笑いながら競うように走った。

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