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空箱

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殺せない話

高みに上り詰めた身体が、すぅ、っと手元に落ちてくる、その刹那的な感傷を奥歯で噛み締め、それから細く、夜の闇に吐き出す。重力を思い出した身体が、だるい。
もう何度出されたかもわからないもので腹が膨らんでいる気がして何処か息苦しい。せめて、栓をするように突き刺さったままの物から逃れれば楽になるとわかっているのに、このなんとも言えない時間を勿体ないと思ってしまうから、この男が嫌いだ、と思う。
男の腹についた手をそうっと掬い取られ、眼が合う。闇の中に煌々と光る獣の目。ひたりとレオナを射抜くその榛色に、まだ終わって居ないことを知り、ふるりと身体が震える。期待を、したわけではない。怯えているわけでもない。ただ、開け放たれた窓から入り込む夜風が冷たかっただけ。そう自分に言い聞かせても、耐え切れずに囚われていた視線をそっと伏せる。
汗に滑る手を握り、引き寄せる力はさほど強く無かった。だがレオナの身体は驚くほど素直に男の上へと覆い被さり、咄嗟についた手はシーツに散らばる夕焼け色の髪の中に埋まった。角度が変わり緩やかに中を撫でられて零れた吐息が男の上に、落ちる。
言葉は、無かった。ただ、囚われた指先が男の唇へと運ばれ、あえかな水音を立てて啄まれる。誘うように爪を甘く齧り、指の合間をぬるりと舌で撫ぜられ、そうして解放される。応えを求める榛色が緩い三日月を象ってレオナを見て居た。まるで拒絶される事を知らない憎らしい、顔。唇から滑らせた指先で頬をなぞり、ぬるりと汗ばむ頬を撫でれば男らしく張った頬骨が擦り付けられ、益々三日月が細くなっていた。ちゅ、と戯れに掌にも水音を落とされ、大きな掌がレオナの腰を、掴む。ただ、男の両手が、レオナの腰骨を包んでいる、たったそれだけの事なのに吐息が震えてしまうのを誤魔化すようにそっと息を呑んだ。内腿に挟み込んだ男の胴の太さを強く感じても、知らない振りをした。
頬から、生え始めの髭がざらつく顎を通り過ぎて、太い、首筋へ。唾液を飲み下す男の喉仏が、動く。そこに力の限り牙を埋めてやりたいという欲に抗えずに顔を寄せ、尖った軟骨の先に舌を這わせて舐る。舌に染みる男の汗に誘われるまま齧り付き、纏う汗を根こそぎしゃぶりつくすように啜る。
あと一息、太く逞しい首にめり込ませた牙に力を籠めれば、この男は死ぬ。
レオナとて、もう為すがままに逆らえない子供ではない。人の身体の中でも特別無防備なこの場所を噛み千切るくらいは出来る筈だ。
そう、わかっている筈なのに、力を込めた牙が男の首筋の上を、滑る。抑え込み、噛み砕こうとしている筈なのに、ただ甘噛みを繰り返すばかりになるものだから、調子に乗った男が掴んだ腰をゆっくりと持ち上げ、身体の奥底で馴染んだ体温が引き剥がされて行く苦しみに喘ぐことしか出来なくなってしまう。
「ぁ、……ぁ……」
抜け落ちるギリギリで掴んだ掌の力が緩み、重力に従って再びずぶずぶと、すっかりとその形にされてしまって泥濘んだ場所にぴったりと嵌る熱を埋められて戦慄く。だが、それだけだった。あるべき場所に埋め戻された熱は先を強請るような締め付けをただ享受するだけで、それ以上動こうとはしない。埋めた熱でレオナを燻る癖に、それ以上はくれない。
崩れ落ちかけた身体を男の顔の横についた手で支えて起こし、見下ろす。憎しみを、嫌悪を、苛立ちをもって見詰めた先で、男は笑っていた。愉悦を、慈しみを、獰猛さをもって、ただ、笑っていた。
その視線一つで、レオナの何かがぐしゃぐしゃになってしまうのを知っている、顔。
「……ッは、」
笑ったつもりの吐息は、想像よりもずっと熱に溶けていた。だから、この男は、嫌いだ。
幅の広い肩から、くっきりと浮いた鎖骨の上を通って首筋へと、両手を滑らせる。そっと包み込むように優しく握れば指先に伝わるのは頸動脈に流れる血潮。親指には、太い喉仏。レオナの両手の中に、男の命があった。
「……お前に殺されるのは、さぞ美しく、幸せなのだろうな」
包み込んだ首が震え、男の濡れた低音が囁く。抗う事も無く、避ける事も無く、ただ陶然と、レオナの掌に脈動を晒して余りにも美しく微笑む物だから、レオナは、今日も男の代わりに自分を殺した。

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狩る

大きな獣が地面に落ちていた。
課題で出された調合に必要な素材の名と形を確かめる為に訪れた植物園の、奥。夕暮れ色に染まりつつある亜熱帯ゾーンの道端。
本当に何の変哲もない、人が歩くための道の端にその獣は落ちていた。体調不良で倒れているのかと最初は驚いた物の、穏やかな寝息を聞いてしまえば呆れるより他ない。
レオナ・キングスカラー。
一国の王子であり、サバナクロー寮の寮長、そしてマジフト部の部長。その目立つ存在はジャミルでも知っている。実際に言葉を交わしたのは以前食堂で会った時が初めてだというのに、その僅かなひとときでジャミルの核心に唯一踏み込んで見せた男。
隠した牙が誰にもバレていないと信じられる程、ジャミルは楽観主義ではない。だが良くも悪くも自己中心的な人間が多いこの学園において、ジャミルの腹の底を垣間見る事が出来るような賢い人ほど余計なものには手を出さない。学園のトップたるクロウリーが良い例だ。賢しく、善人を装い、トラブルになるべく自分の手は汚さずそっと他人へと押し付ける。
果たしてこの獣は愚かな王か、それともジャミルをも凌駕する賢人か。
こうして目の前に立ってもなお穏やかな寝息は途切れない。天敵を知らずに育った王者の怠慢がジャミルを苛つかせる。だが同時に、その慢心を許される傲慢さが美しいとも思う。
美しさは、武器だ。持っているだけで他人よりも一枚も二枚も多くジョーカーになり得るカードを持てる。ジャミルは美しさの価値を知っている。それが時に余計な諍いを生む事も。
惹かれるようにしゃがみこみ、間近で見た寝顔は案外幼い。それとも柔らかいとでも表現するべきだろうか。鮮やかな緑を隠す瞼の先には長い睫毛が生え揃い、通った鼻筋と、分厚く大きな唇。カリムが出先で見つけた野生生物を気に入り持ち帰って飼いたいと騒ぐ気持ちが少しだけ分かった気がした。この獣を、手懐け、飼うことをつい夢想してしまう。
きっと、これは野生では生きていけない生き物だと、誰かの手に世話を焼かれ愛情を注がれなければ生きていけない生き物だとジャミルは知っている。一度人の手から餌を与えられる事を知った生き物は野生に帰る事が出来ない。この獣もきっと、生涯、野生を知る事は無い。ジャミルと同じだ。
不意に、穏やかだった寝顔が歪み、眉間に皺が寄る。ぴくりと獣の耳が震え、そうしてゆっくりと重そうな睫毛が持ち上がり現れるのは不機嫌を隠しもしないエメラルド。
「――……何か、用か」
地を這うような低音がジャミルへと向けられる。警戒を露わにした威嚇の唸り声。その威圧感はさすが王族とでも言うべき物だというのに、何故かジャミルの心は癒され、ゆうるりと口角が上がるのを自覚する。
「いえ、別に。お構いなく」
用は、無い。足を止めたのだって、ただその美しさに惹かれただけで他意はない。眠りを妨げるつもりもなければ、とうの昔に目を覚ましていた癖に寝たふりをすることで煩わしさから逃れようとする怠惰さを許してやるつもりもない。
「視線が煩ぇんだよ。用が無いなら、失せろ」
「用があれば居てもいいんですか?」
「……口の減らないやつだな」
のそりと、身を起こす獣の、無言の圧力。今まさに導火線に火をつける一歩手前に居るのだという事を否が応にも知らしめるピリピリとした緊張感。ふるりと、身体が震える。これは怯えではない。今まで何を求めていたのかもわからずにただ求めていた物を漸く見つけたような歓喜の震えだ。
「……見惚れてたんですよ」
「ああ?」
「以前食堂でお会いした時にも思ったんですけれど、レオナ先輩、綺麗ですから」
「は、良く言うぜ。そんな目ぇしやがって」
レオナがくぁ、と欠伸を零すと、殺気にも近い空気が、和らぐ。敵意が薄まり、代わりに向けられたのは検分するような、眇められたエメラルド。真っ直ぐにジャミルの瞳を捉え、それから頭からつま先まで一瞥した後に再び眼へと、ふん、と鼻を鳴らして笑う。
「目。……それから多分、声もだな。魔力の乗りやすい声してやがる」
突然、レオナが何を言い出したのかがわからず眉を寄せるジャミルとは裏腹に、レオナが獣の牙を見せつけるように口角を釣り上げる。
「そうやって、何人にユニーク使って来た」
「な、……に言ってるんですか……」
「そんだけの魔力持ってりゃぁ、さぞ思い通りに出来るんだろうなあ?」
咄嗟に誤魔化そうとするも何も思いつかない。まだレオナは核心をぼやかしたまま、ただ鎌をかけているだけだ。その鎌がまさにジャミルの首を捉えているからこそ、言葉を失う。愚かな獣を装った賢人。平静を取り繕いながらも心臓痛い程に脈打っている。だが不思議と焦りはなかった。むしろこの高揚感は、胸の高鳴りと表現するに相応しい。
「……レオナ先輩は、俺の思い通りになってくれますか?」
膝をつき、そっと身を乗り出す。獣に触れるには、驚かさないように低い位置からゆっくりと。カリムの教えの通りにすればレオナは眉を上げつつも逃げる事は無かった。
「出来るもんなら、やってみりゃあいい」
挑発するような、見下す笑み。ジャミルと目を合わせてはいけないとわかっている癖に深みを増したエメラルドはひたりとジャミルを見て居た。ジャミルだけを見て居た。決して負ける事は無いと確信している強者の余裕。
「それじゃあ、偉大なる先輩の胸をお借りして」
応えるジャミルの口角も自然と吊り上がる。地面に手を付き膝でにじり寄るようにして更に距離を近付ける。鼻先が触れ合う程の距離になってもレオナは動かない。お互い視線を逸らさないまま、目に、少しだけ力を込めてやる。
そうして、視線を重ねたままにそっと唇を押し付ける。
「……ぁ?」
呆気にとられたような、間の抜けた声を零す唇の狭間に舌で一舐めして下唇を吸う。そのまま、更に角度を変えて深く唇にかぶりつこうとした所で、横から首を押されて地面へと薙ぎ倒された。的確に首を片手で捕らえ、地面に押し付けられて苦しい。抗う間も無く腹の上に跨られて身動きが取れぬ程にマウントを取られているというのに、気分が良い。思わず声を上げて笑う。
「テメェ、なんのつもりだ」
遥か高みから見下ろすレオナのエメラルドが獲物を狙う時のようにきらきらと輝いていた。喉仏を押さえ付ける掌が熱い。
「あっはは、言ったでしょう、見惚れたんだって。レオナ先輩の目の方がよっぽど人を操る!」
「ぬけぬけと良くも言えたもんだな」
「ああ……それとも、ファーストキスでした?それなら申し訳ない事を、」
ぐ、っと首に掛かる圧が増し、牙を見せつけるように唇を開いてレオナの顔が近付いて来る。そして捕らえた獲物の息を奪うようにがぶりと唇に噛みつかれ、思わず痛みに緩んだ唇の合間から肉厚の舌が潜り込んでジャミルを味わう。
「んんぁ……っ、」
ただでさえ首を圧されて苦しいのに吐息さえ逃さぬように貪り尽くされて酸素が足りない。念入りに隅々まで舐め尽されて、奪われて、ジャミルを満たす。
捕らえた、と思った。
逃さぬように両手でレオナの首筋に縋りつけば、ぐるると満足気な獣の唸り声が聞こえた。

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がじがじ

週末恒例、一、二年生混合チーム対三年生チームの試合に初めて勝った。
今まで地味なPGに徹していたジャミルがノーマークだったお陰でスリーが入りやすかったのも、フロイドが稀に見る絶好調で先輩すらも圧倒していたのも、誰よりもジャミルの変化に素早く対応して見せたエースもきっと今回限りの事で、次回には今まで以上にジャミルは警戒され、それに伴いエースとのラインも積極的に分断され、フロイドは……その日に寄るが今日ほどの絶好調は早々訪れないだろう。
試合終了と共に部活も終わりになり、勝利に沸き立つ浮足立った雰囲気に包まれながら部室に向かうべく体育館を出ようとするその直前に背中を掬い上げられた、と思った時には足が地から離れ肩に痛みが走る。
「いっ……ってえな!!!」
まるでぬいぐるみのように軽々と抱え上げられてフロイドに噛み付かれていた。反射的に後頭部を思い切り叩いてやるが効いた気配もなくがぶがぶと肩に歯を立てている。
予想はしていた。フロイドは気分が高揚するとジャミルを齧る悪癖がある。だからある程度諦めてはいたが、それにしても痛い。一緒に歩いていた筈の部活の仲間はまたいつものやつかとばかりに笑いながら二人を置いてさっさと体育館から去っていってしまった。
「っおい、少しは加減しろもげる……ッ」
体重がフロイドの腕だけで支えられる不安定さが恐ろしくて胴に足を巻き付けて安定させながら、一度落ち着かせたくて濡れた後ろ髪を掴んで遠慮なしに引っ張れば漸く剥がれるが、露わになった普段は血の気を感じさせない程に白い顔は興奮でピンク色に染まり、瞳が熱に潤み、唇には鮮やかな赤が滲んでいた。そんな顔、初めて見た。
「ウミヘビくん~……」
はぁ、と顔に掛かる吐息がいつになく濡れていた。そのままがぶりと文字通りに唇に齧りつかれる。キスなんて生ぬるい物じゃない、文字通り唇に歯を立て長い舌が色気のかけらもなくジャミルの口内を掻き混ぜる。
「んあ、っちょ、……っと、待て、ってば」
逃れようと身体を捻ろうとすればすぐ傍の壁へと背を押し付けられ、引き剥がそうとした両手は囚われて壁に縫い留められる。その手管は見事なまでに滑らかなのに、隙あらばジャミルの舌までも齧ろうとする唇はただの捕食行為にしか感じられない。手管もセオリーも無い動きにどう逃げて良いかもわからず散々歯が当たるし挟まれる唇が痛い。
そもそも、普段フロイドがジャミルを齧る時はいつも背後からだった。こんな真正面から抱き合うような姿勢になるのは初めてだ。
はあはあと荒い呼吸に包まれて、壁との間に押しつぶすかのように圧し掛かる身体が熱い。それから、強くなる血の香りと、ぐっと尻の下に押し付けられる硬い物。
がぶりと、ジャミルの方からフロイドの唇に噛み付く。少々想定よりも強く噛みすぎてしまった気はするが不可抗力だ仕方ない。
「いっっったあ……!」
流石のフロイドもさすがに顎を引いて逃げる、その口の周りは真っ赤に染まっていた。そこまで血塗れになるほど噛まれただろうかと一瞬焦るが、なんてことはない、その赤はフロイドの鼻から広がっている。
「お前、そんな、鼻血出す程興奮して、……」
ぶは、と思わず吹き出して笑う。笑われたフロイドといえば、べろりとその長い舌で唇の周りの血を舐め取るとそれをそのまま塗り付けるようにジャミルの顎から頬までを舐めては汗を啜る。
「ねぇ~…ちんちん痛い……」
そうして少しは手加減を覚えた歯でジャミルの頬を齧りながら股間を押し付けてはもどかし気に眉根を寄せる、その甘えがジャミルの気を良くした。というよりも、こうして真正面から強請られるのにはどうにも弱い。何もわかっていないような無垢が垣間見えたのなら尚更。
「俺なんかに構ってないで、トイレにでも行って来たらどうだ?」
未だフロイドの口の周りを汚す赤を舐め取りながら、笑う。お互い口の周りを真っ赤な唾液でべたべたにしてムードも何も無い。なんでもかんでも口に入れては涎塗れにする赤子と一緒だ。
「ええ~……ウミヘビくんどうにかしてよぉ」
「何で俺が」
「だって、美味しいじゃん……」
フロイドがジャミルを齧るのは歯応えだけの問題かと思いきや、味も関係があったらしい。初めて知る事実に益々笑ってしまう。普段ならばそんなわけのわからない事を言われたって首を傾げるだけだが、何せ今日は上級生チームに勝ったのだ。ジャミルだって、浮かれている。
「ここにさあ、ちんちん入れたい……」
そう言って両手が解放される代わりに、がっしりと尻を大きな掌で掴まれてその合間に長い指先が埋まり、布越しにぐりぐりと擦る動きは相変わらず色気もクソもない、ただそこに穴があるから埋めたみたいな雑な手付きはしかしジャミルの気を良くするばかりだ。鬱陶しい時は本当に鬱陶しいが、たまにこうやってぴったりとジャミルの欲しい物を寄越してくるからこの男を嫌いになれない。
「入れたいって言われてすぐ入るような場所じゃない」
「じゃあどうしたらいいのさ?」
普段、待ての出来ない駄犬だが、今はジャミルがその気にならなければ解決が出来ない問題を前にして必死に待てをしている。尻の合間を擦る指は痛いくらいで一つも気持ち良くなんか無いが、精神的に、クる。常にこれだけ可愛げがあれば扱い易いのだが、そううまくは行かない所がこの男の魅力でもある。
「とりあえず、此処じゃ嫌だ。落ち着く場所に連れてけ」
そうして自由になった腕をフロイドの首に絡ませて唇を寄せる。すぐに噛み付こうとフロイドが口を開くのを一度避け、それから唇を舐めて、啄む。
「んう??」
「噛むな。大人しくしてろ。悪いようにはしないから」
唇を触れ合わせたままに囁けばくすぐったげに震えた唇が押し付けられ、けれどそれ以上は動こうとしない。素直さにまた笑いそうになるのを吐息だけに留めて唇の合間から舌先を潜り込ませる。


フロイドのおねだりの通りちんちんを入れさせてやるのもいいが、まずはキスくらいは覚えて欲しい。

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モブジャミギャグ

さて、どうするかな、と出来るだけ怯えた顔を作りながら考える。
ジャミルの腕を掴むのはスカラビア寮の最上級生、それからその後ろに取り巻きの二人。風呂を済ませて自室に戻ろうとした所で捕まった。入寮の時に人の好さそうな寮長を差し置いて我が物顔であれやこれやと命令していたから顔は良く覚えている。あの時と同じく、この男の太鼓持ちをしていた後ろの二人の顔も。
「主の尻拭いは従者の仕事だろ、来い」
「ら、乱暴な事しないでください……!」
出来るだけか弱く見えるように気をつけて、引き摺られるままに足元をよろめかせてみたりしながらついて行く。三人の上級生に囲まれて入学したての一年生が引き摺られているというのに寮生たちは皆そそくさと目を合わさずに逃げていく、それだけでこの三人の評判がよくわかる。
事の発端は、カリムが運ぼうとしていた朝食を彼らにぶちまけてしまったことだった。事故現場そのものは見て居なかったが、大して焦る事もなくその場はカリムに一言二言嫌味を言った後に、着替えて来ると去って行った様子からしてそもそもカリムの不注意ではなく、彼らの計画的犯行だったのかもしれない。
カリムの不注意での事故なら多少はまあ、丁寧にお話をお伺いしてやってもいいが、元より因縁をつける為に彼らが自ら引き起こしたというのなら何も遠慮する事は無い。
とは言え、人目のつかない場所で彼らを物理的な手法で片付ける事は容易いが、そんな事をすれば余計に面倒な事になる気がする。ジャミルよりも一回りも二回りも大きい彼らはそれなりに腕に自信があるようだから、下手にプライドを傷つけては余計な執着を植え付けるだけだろう。ジャミルに負けた彼らがその邪な感情を向けるのはカリムだ。面倒な事になるに決まってる。
ユニーク魔法を使うのも一つの手ではあるが、まだ入学して一カ月やそこらで奥の手を使ってしまうのも気が引ける。何せジャミルも初めての外の世界なのだ。最初からユニーク魔法に頼り切った生活をしていたら後々困る気がする。
カリムは、生まれてからこれまでずっと「跡継ぎ」として育てられている。血族だけでも膨大な人数になるアルアジームの長となるべく育てられている。よほどの立場の者を相手にする時以外は敬語を使うなと言われているし、望めば何でも叶うと、その力がアジーム家にはあると教えられている。それが当たり前の世界で生きている人間だけに囲まれて生きているうちは良いが、こうして外に出れば反感を買う事も多いだろう。きっと「こういう事態」はこれからも何度も遭遇する筈だ。
先程だって、「汚れた服を弁償しろ、アジーム家のお坊ちゃんなら安いもんだろう」という嫌味に「わかった!今日中に用意させるからサイズをジャミルに伝えておいてくれ!」と何の含みも無い笑顔で言い放っていた。それは、きっと、寮という小さな世界での上下関係に固執する彼らにとっては火に油を注ぐ結果にしかならない。


連れて来られたのはスカラビア寮内の空き室だった。とうにかく派手に豪華にと考え無しに金を注ぎ込んで建て替えた所為でこの寮は空き室が多い。利便性の高い部屋から埋まって行くものだから、こんな建物の端の部屋など、通りかかる人すらまだ居ないのではないかと疑う程だ。
放り出されたベッドはまだ新品で埃も少ない。反射的に防御反応を取ろうとしてしまうのをなんとか宥めて力を抜き、それからのそのそと身を起こして男達を見る。扉を背にベッドを囲む男達は明らかに自分たちが優位と信じているからかにやにやと笑っていて思わず吹き抱いてしまいそうになるのをぐっと堪える。
「……あの、俺、どうしたら……?」
それなりに本音の問いを、大袈裟に縮こまり怯えた振りをしながら向ける。この程度の目をした男達ならリンチと言っても大した事はしないだろう。それならば多少の痛みは我慢して最初は大人しく殴られておくべきだろうか。承認欲求ばかりが強い取るに足らない存在ではあるが、現在寮長よりも権限があるかのように振舞える程度には寮内カーストの上位に居る存在は、出来れば敵対するよりも抱き込みたい。
「大人しくしてりゃあ、痛い思いはさせねえよ」
そう言って伸ばされた六本の腕がジャミルを殴る事は無かった。代わりに腕を、足を捕らえて真新しい制服が剥がされて行く。
「あ、あの……?」
「やっぱお前いいな、その顔そそる」
ベッドに乗りあがった男達の一人に背から抱きかかえられ、一人に下を脱がされ、そうしてその上に圧し掛かったリーダー格がジャミルの顎を掴んでにんまりと笑う。
なるほど、そっちか。
殴られるよりはマシな気もするが、下手なセックスに付き合わされるのも面倒臭い。早速ジャミルの唇に唇を押し付けて来ようとするリーダーに反射的に唇を開いて受け入れようとしてしまい、慌てて頭を振り、身を捩って逃げようとする。
「止めてください……!」
咄嗟に出した声は憐れっぽく聞こえただろうか。少々威圧的になってしまった気がする。怯え切った人間が思わず出してしまった緊張感のある声という事にしてくれ。
「お前もヨくしてやるから、大人しくしてろ」
逃れられぬように再度顎を掴まれて無理矢理口を開かされ、そうして何かが口の中に放り込まれる。味からしてリラックス効果や媚薬に近い成分だろうか、それにしても混ざり物が多い安物だ。この程度、ジャミルに効くわけも無いが余りに手慣れた動きからして彼らは常習犯なのかもしれない。ならば一度被害にあってみるのもまあ良いか、と追いかけるように唇を塞ぎべろんべろんと何の技巧も無く口内を舐めまわされながら考える。
今までジャミルがこういう事をしてきた相手は皆、地位も、金も、余裕も兼ね備えた大人の変態ばかりだった。余裕のない若者が何をするのかを知る良い機会だろう。それを活用する機会についてはあまり考えたくも無いが。
「んんんんーー!!!」
精一杯怯え嫌がる振りをしながら、ジャミルは気合いを入れた。



「あっあっあっあっやらあ!もうやらあ!」
痛い。辛い。セックスって下手な奴相手だと此処までしんどくなるのか。
「そこ、そこ気持ちいぃ、気持ちいいですう……ッ」
そこが気持ちいいって言ってんだろ変なトコばっかがしがし突いてるんじゃねえ人の話を聞け。
「も、イきたいい……ッあ、っあ、っイきたいですぅ……お願……ッあ」
お前らが下手くそ過ぎてどう頑張ってもイける気がしないからせめて手を使わせろ自分で勝手に扱いてイくから。何で一度もイけてない俺が自分のちんぽも扱けずてめぇらのちんぽ扱いてやんなきゃなんねぇんだ。俺がケツでイけないってどれだけ下手なんだよ逆にちょっと自信無くしたぞどうしてくれる。
「イく、……ッイっちゃう、イっちゃうよお……っっ!!」
全神経集中させてイこうとしてるんだから邪魔するなお前の舌で舐められてもどうしてそこまで俺の性感に響かないのかが気になって気が散る、頼むから一分待て一分待ったら好きなだけ舐めまわしていいから。
「………ッっひゃああああああああん!!!」
やっとイけた。初めての癖に淫乱だのびっちだの散々言ってくれるが俺がどれだけ努力したと思ってる。いや何で努力したんだっけ?とそこまで考えてからようやく夜のご接待業務が身に染み過ぎている事実に気付いて一人でちょっと凹む。いやだって、こういうタイプはジャミルがイけばイく程喜ぶから、相手よりは多くイかないと、と無意識に考えていた。
考えているのにジャミルがイけないままあいつらは既にジャミルの中に二回ずつ吐き出してる。この早漏どもと罵ってやりたいのをぐっと堪えてぐったりと身体を弛緩させてみせた。
疲れた。
とにかく疲れた。
今まで散々変なプレイでしか性欲発散出来ない変態クソ爺どもと罵った数々の自称紳士たちごめんなさい、ひたすら縛られたまま卑猥な言葉を言われるだけとか、一時間くらいずっとただ全身舐めまわすだけとか、ケツの穴で何が入ってるのか当てさせられるとか、あんなよくわからんプレイでもジャミルがイける程度には上手かったんだな、と謎の感動がある。
「お前、本当にいいな。こんな、二回ヤってもまだ足んねえなんて初めてだぞ」
そう言って男がまた一人、ジャミルの足を抱えて合間に陣取る。嘘だろまだ元気なのかよ。これが若さか。
「お前も気持ち良いんだろ?気持ち良いよな、ケツでイくくらいだもんな」
あ、そうか、普通はそんな簡単にケツでイけないのかと気付いても後の祭り。すっかり馬鹿になった場所にずっぷりと男の物が埋め込まれる。勢いがあれば良いってもんじゃねえんだよそんなんだから今まで誰もケツイキ出来なかったんだろうがと怒鳴りたいのをぐっと堪え、叫ぶ。
「も、もう、やだああああああああああ!」
悲しいかなジャミルの心からの悲鳴は「そんな事を言ってもお前の此処は喜んでるぞ」と何処のAVで覚えてきたんだと言わんばかりの台詞によって無視されてしまった。

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お前を嫁入りさせたまへ候

これの続き

かの雄大な草原の王は、彼の親愛なる弟であり、この国の頭脳を司る宰相の男に問うた。
「そろそろお前も結婚をする気は無いのか?」
王と、宰相の二人だけで行われたささやかな酒宴。それも会場が宰相のプライベートルームであればそれはどちらかと言えば、兄弟水入らずの穏やかな時間だった。美しく聡明な弟は魔法士養成学校を卒業して以降、この国の宰相の地位に就きその辣腕を遺憾なく発揮して国の繁栄に貢献し、かつての悪しき印象を覆した。今ではひとたび民の前に姿を現せば黄色い声が上がるような有様で、王よりも人気があるのでは無いかとすら思える程に民の心を掴んでいるのに浮いた噂の一つも無い。強制するような物でも無いとはわかっているが、常日頃から王の片腕となり尽してくれる弟の幸せを願わない兄は居ない。
家族は、良い。守るべき妻と子がいるという、ただそれだけで世界が輝き明日を生きる活力となる。
突然何を言い出すんだこの男はと言わんばかりに片眉を上げてちらとだけ王を見た宰相は、手に持つグラスを一口飲み、そうしてゆるりと息を吐きだして背凭れへと体重を預けた。掌で温められたグラスの中でからりと氷が転がる。
「心に決めた相手がいる。そいつ以外は、要らねえ」
「初耳だ」
「初めて言葉にした」
そう言って宰相は心に想い人でも浮かべたのだろうか、幾分か、常よりも柔らかな顔で笑っていた。長年共に在る王ですらも初めて見るような笑顔。ならば何故、と問うのは無粋という物だろう。知略に長けたこの男がみすみす獲物を逃すとは思えない。
「けど、まあ、そうだな。そろそろ動いても良い頃合いか」
そう零し、グラスをぐいと煽った後に王を見据えた宰相の深緑の瞳が笑う。
「勿論、協力してくれるよな?兄貴」


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熱砂の国、ひいてはツイステッドワンダーランドでも指折りの大富豪、アルアジーム家。
数年前に魔法士養成学校を無事に卒業した御曹司は父の後を継ぐべくまだ修行中の身ではあるが、優秀な従者の支えもあってその成長は目覚ましい。天真爛漫な性格を生かして学生時代に築いた膨大なコネクションから新たなルートを繋ぎ、そこから更に広がったコネクションはもはやこの世にアルアジーム家と関りが無い国は存在しないのではないかと思われる程に成長している。全てはアルアジームに通じる、なんて噂もまことしやかに囁かれていた。
夕焼けの草原もここ最近になってからアルアジーム家とより盛んな取引が行われるようになった国の一つだ。細々とした取引はそれまでにもあったが、御曹司のコネクションを生かした王族との直接的な取引はいつしか王室御用達という触れ込みで庶民へと広がり、すっかり草原の民にもアルアジームの名は身近な存在になっている。
その、御曹司の偉大なる功績の一つである夕焼けの草原の王宮から届いた一通の封書。
御曹司に宛てられた封書を開き、まず中を検めるのは従者の役割だった。常ならば刃物や薬物、魔法の痕跡が無いかのチェックの後、速やかに御曹司に手渡される筈のそれは珍しく従者の手から離れず、それどころか文面から目を離す事すら出来ずに従者が複雑な顔をしているものだから流石に声を掛ける。
「……ジャミル?何かあったのか?」
罠が仕掛けられていて身動きが取れない、というのとはまた違うようだが、その顔は怒っているようでもあり、笑っているようでもあった。主に声を掛けられて顔を上げた従者は、つかつかと御曹司の元へと足を運ぶと文面を顔面へと突きつける。
「……あの野郎、やりやがった」
読めと言わんばかりに目前に掲げられた文章に上から順に目を通す。つらつらと眠くなりそうな難しい言葉で書いてある文章を必死に脳内で理解しやすい言葉に噛み砕きながらなんとか頭に叩き込んで行く。つまり、これは。
「レオナがジャミルにプロポーズしてる……って事か?良かったじゃないか!」
「良くない!」
噛みつかんばかりの従者に思わず仰け反る。目の前でぐしゃりと、一応王室からの重要文書扱いになる手紙が無造作に握り潰されていた。止めないと後で後悔するのは従者だと思うのだが、余りの剣幕に押し黙る。というよりも、学生時代ならともかく、近頃ではすっかり御曹司の有能な右腕の姿が板についた従者のこんなにも感情を露わにした姿を見たのが久々で少し面白くなっているところもある。
「なんで書面なんだよ!!何年ほったらかされたと思ってんだ直接俺に頭下げに来るべき所だろ!!!」
訂正。これは確実に面白いことになる。幼馴染みの想いが叶う日はきっと遠くない。盛大な宴の準備をしなければならないと早速心の中で計画を立てながら御曹司は声を上げて笑った。


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カリムが二人の事を知ったのはまだ学生生活をしていた頃、例の二年次のホリデーを乗り越えた後だった。もう我慢しない、やりたいようにやってやると宣言したジャミルが夜にこっそりと寮を抜け出していることがある事を教えてもらった。何かあっても今夜は居ないから、と少し浮かれた様子で笑うジャミルに直接行き先を聞いた事は無い。
だが、それと同じ頃からスカラビア寮にレオナが訪れるようになった。我が物顔で談話室で寛ぎ、その威圧感で談話室に近付けないという寮生の相談を受ける事多数。他寮生だというのにそうして談話室を独占したレオナは呆れ顔のジャミルが迎えに来ると満足気に笑い、二人仲良くジャミルの部屋に消えて行く。散々鈍感だと言われてきたカリムだったがさすがにこれはわかる。二人は、つまり、そういう事なのだと。
カリムにとって、ジャミルは大事な幼馴染であり、従者であり、友人だ。誰よりも幸せになって欲しいし、ずっと笑っていて欲しい。二人の恋が難しい物だというのもわかっている。ジャミルの身はカリムの一言でどうとでもなるだろうが、レオナは王族だ。皇太子が居るとは言え、王位継承権第二位の男である事は変わりない。カリムですら近頃毎日のように見合いの話を出されて辟易しているのだ。王族ともなれば、その煩わしさは比べ物にならないだろう。
本当は、カリムだって恋愛結婚がしたい。好きになった女の子と幸せな家庭を築いてみたい。だがアジーム家に嫁入りする事の大変さは多少わかっているつもりだ。カリムには当たり前の事であっても、相手には異世界でしかないかもしれないという事も。だからカリムは恋はしないと決めている。どうせ恋をした所で、アジームが許さない。アジームが許したとしても、外の世界で生きてきた子にとって、此処はきっと酷な世界だ。
レオナは万が一があれば一国の王になる可能性もある男だ。女王として国王の隣に並ぶに相応しい女性が厳選されるのだろう。数多の兄弟が存在し、簡単に替えが効くカリムとはわけが違う。
ジャミルもそれは理解した上での事だったようだ。学生のうちに、やれることは全部楽しみたいと言って少しだけ寂しそうに笑ったジャミルの笑顔を、カリムは忘れない。


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一度は皺くちゃになった物の、ジャミルの魔法によって綺麗な状態に戻された手紙を中心に集まったのはアジーム家現当主と御曹司、そしてそれぞれの右腕となる従者の親子だった。
手紙の内容は要約してしまえば「学生時代に恋仲であったもののそれぞれの事情により別れざるを得なかったジャミル・バイパーをレオナ・キングスカラーの嫁として王室に迎え入れたいということ、先んじて書面を送ったが、一週間後にはレオナ・キングスカラー本人が直々に熱砂の国を訪れ、直接交渉にあたりたいこと」の二点だった。
「親しくさせて頂いた事は事実ですが、殿下のご卒業と共に関係は解消され、それ以降一度も私的な連絡を取った事もありません。私はアジーム家に仕える身ですので、旦那様のご指示に従います」
事実関係を問われそう宣言したジャミルの横顔に迷いは無かった。それを面白がるように笑ったのは、カリムの父である当主だった。彼は自身の幼馴染であり最も信頼する右腕でもある従者の息子を特別気に入っていることをカリムは知っている。跡継ぎたる息子が殺されかけたあのホリデーでの出来事だって、息子の良い灸になっただろう若いうちはそれくらいの無茶もするもんだと笑い話にしてしまうくらいには寛容だった。生まれついてのどうしようもない身分というものがあっても、それでもジャミルの幸せを願っている男だった。血は争えない。
それならば、まずは本人の直接交渉とやらを聞いてみよう、という結論を出した当主は先にジャミルだけを下がらせると、自身の従者と、息子へとにんまりとした笑みを向けた。
「さて、結婚を祝う為の盛大な宴の計画をせなばなるまいな?」
やはり、血は争えない。


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レオナのNRC卒業を明日に控えた夜。これが最後の逢瀬になるのだと、二人とも言葉にしなくてもわかっていた。血が、身分が、二人の居場所を隔てている事は身に染みて理解している。
二人の関係を明確に表現する言葉は存在しない。出会いも別れも何も無い、ただ、そっと寄り添った記憶が残るだけ。
悲しいとは思っても、辛いとは思わなかった。むしろ、学生の間だけでもこうして想う相手を得たという満足感があった。
それでも一度馴染んでしまった体温からは離れがたい。体を重ねる事よりも、ただぴったりと肌を重ねて体温を分け合う心地良さを噛み締める。きっと、二度と味わう事の出来ない安息に身を委ねる。
「……お前の夢は、今も変わらないか」
息遣いのような細やかな声が、ジャミルに問う。夢など、あっただろうか。そんな不毛な物を語った事があっただろうか。少しだけ考えて、思い出す。じゃれあいの延長線上の、軽口で語った夢。そんな未来を望む事も願う事も無いとわかりきった戯言。
「……そう、ですね……」
叶う訳ないですけど、と言いかけた唇を噤む。わかりきった事を口にするよりも、最後まで夢を見たままでいた方が、きっと、良い。
「……お前が、……違う夢を持たない限りは、あの夢、いつか俺が叶えてやるよ」
「……楽しみにしてます」
最後の優しい嘘は、ジャミルの心にほんのりと温かく沁み込んだ。明日からこの記憶は思い出になる。
それきり、何も言わなくなったレオナの腕にゆるりと抱き締められて温もりに包み込まれる。百獣の王の褥は、最後まで暖かかった。


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アルアジームからの返信は間もなく草原へと送り届けられた。曰く、直接話を聞きたいのでアジーム家としては歓迎するという。例え断りの手紙が来たとしても、強引に押しかけて話をつけに行くくらいの心積もりのレオナだったが、実際に訪ねてみれば滞在中の宿はアジーム家により手配され、家を訪ねれば派手なパレードで出迎えられ、満面の笑顔を浮かべた当主自らがよく来てくださったお待ちしておりましたとまるで待ち構えていたかのような歓迎ぶり。勝負は五分と踏んでいた御家事情があっさりクリアしている所かレオナを後押ししているようで笑ってしまう。アジーム家を説得する材料としてあれこれと時間をかけて用意した物が無駄にはなったが、悪くはない。味方は多いに越した事は無い。
初日はそのまま歓迎の宴とやらに雪崩れ込み、上座に用意された席に当主と共に座り、酒を酌み交わすだけに終わった。一度、カリムが「ご挨拶」にやってきたが背後に付き従うジャミルは「お元気そうで何よりと存じます」と他人行儀な挨拶を述べた切りただ無言で従者の仮面を被っているだけだった。完璧なまでの微笑みを浮かべたその顔からはジャミルの内心までは伺えない。久方ぶりの再会だというのに顔色一つ変えずにレオナを真っ直ぐに見据えて笑うその顔は、きっと、ジャミルなりの挑発だ。どんな交渉とやらをするのかと高みの見物を決め込むつもりなのだろう。
だがそれは拒絶では無い。最終的に断るつもりであろうとも、まずは言い分を聞く用意があるということだ。ならば平和的解決も望めるだろうとレオナは口の端を釣り上げた。


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「さてまずは不躾なお願いにも関わらずこの場を設けて頂きましたアジーム殿には多大なる感謝を」
翌日設けられた交渉の場で、開口一番にそう言って両手を合わせて頭を下げるレオナは悔しい程に様になっていた。熱砂の国の礼儀に合わせ、向かい合ってあぐらをかく姿は卒が無い。数年見ない間に分厚くなった胸を張り、言葉こそへりくだってはいるが何があろうとも此処を退かないという意思が伺える堂々たる微笑み。学園で駄々を捏ねて怠惰を貪っていた姿は微塵も感じられない、支配者たる優美な姿。卒業後は国に戻り、宰相の地位についたこの男がその知恵で見る間に国を発展させ国民の信頼を得ているという情報を何処かで見かけた時はどれだけ必死な情報操作が行われているのだと笑い飛ばしてしまったが、この様子では誇張無しの事実だったのかもしれない。
「まずは恋焦がれながらもこれだけの長い時間、彼を待たせてしまった事についての弁明をさせて頂きたい」
そう切り出したレオナがアジーム家当主、カリム、ジャミルの父、そしてジャミル本人へと視線を流してから微笑む。いかにも王族とでも言うような花が綻ぶような笑顔を、ジャミルは知らない。当事者である筈なのに、あまりにも記憶とは違うレオナの姿に、なんだか画面の向こうの映画でも見ているような気分になる。
好きだった、と思う。
かつてこの男に恋をしていた。いずれ別れる時が来る事を知っていながらも、それまでは傍に居たいと願う日々だった。
だがあの頃に想いを寄せた男と目の前の男が同一人物だと結びつかない。
目の前ではレオナがかつて自身が王宮で忌み嫌われる存在であったこと、そのままジャミルを迎えたのでは肩身の狭い思いをさせると思ったからこそ、イメージを払拭する為に時間をかけて民の信頼を得る為に国に尽くして来た事、そうして満を持して漸くこの時を迎えて漸く会いに来る事が出来た事、宰相の地位に拘りはなく、ジャミルの返答次第では国を捨てる覚悟すらあるという事を朗々と語っていた。確かに、言い分はわかる。と、言うよりも納得せざるを得ないような何かがあった。
しかし、その努力は認めるにしても一度も連絡をしないのはあまりにも無責任では無いかとジャミルの苛立ちを代弁するかのような当主の問いに、レオナはそれは美しく笑った。
「ジャミル殿が幸せになることが私の何よりの望みです。この世で手に入らない物が無いと言われるアジーム家に仕える彼ならば、私以外の方と幸せになる道もあるでしょう。その選択肢を奪うのは本意ではありません。連絡を取れば優しいジャミル殿の事ですから、私の事を憐れんでご自身の幸せを諦めてしまいかねません。それは私の望む所では無いのです」
役者のように感情を込めた演説は確かにこの場に居た人間を虜にしたようだった。当主は盛大な拍手をし、カリムは涙目で「ジャミル愛されてるなあ」と眩しい物を見るかのようにレオナに見惚れ、父はなんだか微笑ましい物でも見るかのように笑っていた。
ジャミルはただ一人、その中で口をへの字に曲げて顔を顰めていた。感動の場面に水を差すような真似はしないが、当事者でありながら一人取り残されたようなジャミルの気持ちはただ一つ。
誰だ?この男。俺は、こんな男は知らない。


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そうしてアジーム家の全面協力が約束され、後は当事者同士で話し合いなさい、とレオナと二人、部屋に取り残された。
扉の閉まる音に、少しばかりの息苦しさを感じる。ジャミル以外を虜にした目の前の男を、ジャミルだけは不思議な緊張感で持って見て居た。
「……この部屋は、外から監視の類はされているか?」
ひたりとジャミルを見るエメラルドはかつての皮肉めいた笑みではなく、ただ朗らかに笑っていて違和感しか感じられない。
「いえ。そういったものは一切配備していませんし、魔法によってそういう物が紛れ込まないように守られています」
「そうか」
にこり、と駄目押しとばかりに笑顔を浮かべた後に、不意にレオナが真顔に戻るとどさりと足を投げ出し、後ろに手をついて天井を仰ぐ。
「あー………五分、待て」
聞き慣れた、やる気を感じさせない怠惰な甘い声に少しだけ安心するも、ここからが一番の勝負所だろうに二人きりになった途端に気の抜けたような態度のレオナに苛立ちを感じる、が。
「……痺れたんですか」
問いかけに、レオナは答えない。じっと天井を見上げたままぴくりとも動かずに口を噤んでいた。
それが、何よりの答えだろう。
腰を浮かせ、膝でレオナににじり寄る。
「……触るなよ」
観念したかのようにじろりとジャミルを睨む視線に安心してしまう。ようやくこの男と再開を果たした気がした。
「この絶好の機会を俺が逃すと思うか?」
「テメエ、……っっ……!!!」
にっこりと笑いかけてやれば怯んだレオナがつい足を動かし、一人で勝手に悶絶し始めた。
「良い様だな」
だがそれくらいで許してやるつもりはない。レオナが庇う左足のふくらはぎを思い切り掴めば、びくりと肩を跳ねさせながらも止めるように伸ばされたレオナの手に掴まれ、痺れに苛まされ弱った隙をついてはまた思い切り触ってやる。
さっきまでは王族とはかくも美しく人を惹き付ける物なのかと言わんばかりの魅力で場を圧倒しでみせた男が、ただ触れるだけでのたうつ姿を見せるのに、思わず笑ってしまう。
「っっんのやろう、」
両手首を掴まれた、と気付いた時にはぐ、っと強い力で引き寄せられ、厚い胸板に抱き止められたと思えばそのまま身体がぐるりと反転して地面に背中が触れる。のし掛かるレオナの体温と匂いに包まれ、もっと揶揄ってやろうと開いた唇が言葉を失う。ジャミルの肩に顔を埋め、荒くなった呼吸に背を上下させるこの重みを、ジャミルは知っている。
紛れも無く、これはレオナだった。
かつて恋をした男だった。
柄にも無く泣いてしまいそうで、ジャミルは唇を噛んだ。
「……待たせて、悪かった」
待ってなんか無い、あんな口約束にも満たない戯れ言を信じていたわけ無いと言いたくても震える唇は言うことを聞いてはくれなかった。
「お前を嫁に、という話にはなっているが……別にお前が横に居てくれるならなんでも良い。今まで通りカリムの世話がしたいって言うなら俺がこっちに来ても良いし、二人で違う国に行ったって良い。お前の望みは何でも叶えられるように、準備してきた」
馬鹿じゃないのかと罵ってやりたい。自分を卑下するつもりは無いが、ジャミルは一国の王子がそこまでするような身分では無い。それだけの準備の手間をかけずとも、アジーム家当主さえ上手く丸め込んでしまえば簡単に手に入るだろう。そうなった時、ジャミルが何を思うかは別として。
顔の横に手をつき、身を起こしたレオナがジャミルを見下ろす。その柔らかな微笑みを、ジャミルは見たことが無かった。だが不思議と嫌な気持ちにはならない。むしろ血の巡りが良くなって心臓の音が五月蝿い。
「俺の物に、なってくれるか?」
そっと熱い両掌に頬が包まれ、額が重なる。間近のエメラルドに吸い込まれてしまいそうだった。本当に腹が立つほどにこの男は顔が良い。
何処で覚えて来たんだこんな手管、だとか、此処であっさりと頷いてしまっては本当にレオナを待っていたみたいで癪だ、とか、せめて一発ぶん殴ってやりたい、だとか。
言いたい事はたくさんあったし、後で絶対全部ぶちまけてやると心に決めながらレオナの頭を引き寄せ、噛みつくようにして唇を奪ってやった。

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「穏便にお前が俺の物になってくれてよかった」
「まだなってない」
「時間の問題だろうが何駄々捏ねてやがる」
「やっぱり止めようかな……」
「安心しろ、テメェの気持ちがまだ俺にある限り諦めねぇし、お前を攫って逃げるくらいの準備はしてある」
「はあ?」
「何のためにこれだけ時間かけたと思ってるんだ。世界各国に信頼できる隠れ家がすぐに用意出来るし、数年は遊んで暮らせるくらいの貯えもある。監禁の為の魔法なんかもきっちり勉強済みだ」
「俺の意思はどうなるんだよ」
「口でなんと言おうと、俺の隣がお前の幸せだろ」
「……っはー……昔の拗ねて捻くれてうじうじしてたレオナ先輩を返せ」
「発破掛けたのはテメェだろ」
「記憶に御座いませんが」
「先に婚約指輪くれたのはお前だ」
「……よく覚えてましたねそんな事」
「初めてお前にもらった大事な物だからな。……ああそうだ、お前が望むなら、お前が孕めるようになる魔法薬も確保してある」
「……は?」
「あん時は無理だったからな。欲しくなったら、いつでも言え。俺はお前の子供なら欲しい」
「――……どんだけ俺の事好きなんだよ」
「知りたいか?いつでも身体で教えてやるが」
「今は止めろ」
「後でならいいんだな?」
「……」
「いいんだな」
「うるせえ笑うな」

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