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欲しいのは

「誕生日だったんだろ。何か望みはあるか?」
今日誘われたのは偶然だと思っていた。部活も授業も無い土曜日の夜に誘われるのは良くあることだったし、この怠惰な王様が他人の誕生日を気にかけることがあるという可能性すら考えていなかった。遠慮無く乗り上がったベッドの上、腕の中に引きずり込まれるまま共に横になる。
「知ってたんですね、俺の誕生日」
「俺の誕生日に上等な贈り物をもらったからな」
「喜んでいただけたら何よりですけど、そんな気を使って頂くような大層なものでは……」
「俺が返してえって思ったんだから良いだろ」
はあ、と思わず返事が曖昧になってしまうのは仕方無いだろう。何せレオナの誕生日にプレゼントとしてあげたのは来年もレオナの誕生日を祝うことだけだ。それも、盛大に宴を開けとかいう話ではなく、メッセージの一つでも送れば良いと言うもの。たかがそれだけの事の礼に何をねだれば良いと言うのか。
「なんか無ぇのか?」
「そう、言われましても……真似するわけじゃないですけど、来年お祝いメッセージをもらう、とか?」
「そっちじゃねえよ」
目の前でレオナの大きな口が空いた、と思った時にはかぷりと鼻先が甘く噛まれた。痛いという程では無いが、じゃれるにしては刺激が強い。それからごろりとのし掛かられて押し潰される。
「先輩、苦しいです……」
「少し大人しく八つ当たりされろ」
「何でですか」
「言ってもお前には理解出来ねぇだろうよ」
まるで頭が悪いとでも言うような台詞に流石に眉を潜めると、レオナは一つ息を吐き出してジャミルの顔の横に手をつき身を起こした。
「お前をもらったから、俺をやろうと思ったんだよ。ありがたくもらっとけ」
ああそっちか、と思わず口にしかけて止める。モノ自体はジャミルだが差出人はラギーなのだからお返しをするならそちらに、と思わなくもないが、多分、口にしない方が良いのだろう。何処か拗ねているにも似た年上の男の顔色をこれ以上悪くさせることもない。
だがそれは同時に断る言い訳も失うということだ。
「それなら、ありがたく頂きますけど……」
そう口にしながらそっと首筋に腕を絡めれば少しだけ機嫌を取り戻した様子のレオナがジャミルの首筋に顔を埋めるようにして懐いた。ぎゅうと抱き締められると何処か甘えられているようでこそばゆい。ふわふわの髪に埋もれて匂いも温もりもレオナに包まれる。
「なんか、無ぇのか。いつも通りににするのでも構わねぇが」
「そうですねえ……」
ジャミルがレオナに求めるものはそう多くない。レオナの都合がつく時に、ほんの少しの癒しをくれればそれだけで満足なのだし、それ以上を求めたら辛くなるのは自分だけだとわかっている。そもそもがレオナの気紛れにこれ幸いと乗っかり益を得ているだけで、ジャミルからレオナに求めるということすら余り考えた事が無かった。
「何なら傅いてご主人様と呼んでやろうか?」
「止めてくださいそんなのアンタには似合わない」
想像するのすら脳が拒否してしまい、思いの外、強い声が出る。それの何が良かったのかはわからないが、圧し掛かる体重がくつくつと笑いに震えていた。
「……そうかよ」
「それに、傅いてご主人様と呼ぶ事以外に何も出来やしないでしょう、どうせ」
「請われればお前の為に努力くらいはしてやるさ」
「先輩が無様に失敗する所も見たくないんで結構です」
レオナがジャミルに傅くくらいなら、いっそジャミルがレオナの従者気取りで世話を焼いた方がずっと気楽だ。
と、そこまで考えて思いつく。
「……それじゃあ、先輩のお手入れさせてください」
「手入れ?」
「先輩、お肌とか髪の手入れ碌にしないでしょう?一度、やってみたかったんですよね」
「お前が望むなら、構わねぇが」
「ちょっと匂いの強い物も使うと思うんですけど、大丈夫ですか?」
「好きにしろよ。今日の俺はお前のモンだ」
顔を起こしたレオナに触れるだけの口付けを唇に落とされて、身体が解放される。離れてしまった温もりを名残惜しいと思う気持ちが無い訳ではないが、早くも目の前に男を好きに出来る権利を得て、心は浮足立っていた。
「それじゃあ、いったん寮に戻って色々持ってきますね」
寮長部屋に備え付けられたシャワールーム。普段は全く湯を張る事も無いのだろう干からびた猫足のバスタブにはアロマオイルの仄かな香りを漂わせる湯が満たされ、色とりどりの花が浮かべられていた。その中に浸かるレオナは産まれたままの姿で、ジャミルは借りたレオナのTシャツと下着一枚でバスタブの外に持ち込んだ椅子を置いて座る。
「湯加減はどうですか?」
「丁度良い」
「それじゃあ、こちらに頭を乗せてください」
バスタブに寄りかかったレオナが指示されるままに縁へと後頭部を預ける。天井を仰ぐ顔がとろりと微睡むように緩んでいた。上から覗き込むジャミルと目が合うとふわりと穏やかな笑みが広がり、思わず直視出来ずに視線を反らしてシャワーヘッドを取り、お湯の温度を調整してからレオナの髪へと当てる。癖のある髪は触り慣れたジャミルの直毛とは違い、丁寧に扱わなければすぐに引っ掻けてしまいそうだった。頭皮にまでお湯が染み渡るように髪に差し入れた指先に神経を集中させて静かに濡らして行く。頭頂部にシャワーが近付くとぴくぴくと毛に覆われた耳が震え、ぺたりと伏せられるのを見るとついその可愛らしさに唇が緩む。
「……耳にお湯掛かるの、嫌ですか?」
「いや。お前の指が気持ち良い」
「……そうですか」
誉められれば悪い気はしない。耳に湯が入らないように気を使いながらしっかりと全体を濡らし、足元に持ち込んだボトルからシャンプーを掌に取って泡立ててから髪へと塗り込んで行く。すぐにふわふわと泡立つ髪を揉み込み、形の良い頭の形をマッサージするように両手で洗っていると溜め息のような吐息がレオナから漏れていた。
「……慣れてんな」
「……そうですか?」
「いつもやってんのか」
「いえ、初めてです」
驚いたようにエメラルドが見開かれるのが心地好い。それだけ気持ち良いと思ってくれているということだろう。
「それにしちゃ上手いな。雇いたいくらいだ」
「またお手入れさせてくれるってことですか?」
「気が向いたらな」
全体を洗い終えたら再びシャワーをあててシャンプーを流し、軽く絞ってから今度はトリートメントを手に取る。少しだけ匂いが強いものだから嫌がるだろうかと様子を伺うが、じっと楽しげにジャミルを見上げる視線と真正面からぶつかってしまい、再び手元へと視線を落として髪にトリートメントを染み込ませる作業に戻る。
「……そもそも毎日あれだけべったり他人の世話焼いてる癖に良く違う男の世話まで焼く気になるな」
「あれは仕事です。今はプライベートなので」
「やることは変わらんだろ」
「全然違いますよ。カリムはアジームの嫡男として常に細心の注意を払って身の回りの世話をしなければならないですけど、今は好みの男を自分好みに仕立て上げてるだけですから」
「……っふ、」
突然吹き出すようにレオナが笑うので、トリートメントを流すべく近付けていたシャワーを止める。
「っくく、いや、何でもない。お前が楽しんでるなら良い」
「気になるんですけど」
「お前の可愛さに打ちのめされていただけだ」
「そんなにやけた顔で言われましても」
すっかり指通りの良くなった髪を少し乱雑にぐしゃぐしゃとかき混ぜてトリートメントを流してもレオナは楽しげに笑っているだけだった。
バスタブの中で髪を洗い、体を洗い、仕上げにローションを肌に染み込ませてからぴかぴかになったレオナの全身の水気を拭き取り、その後は裸のままベッドへと座らせて更に顔はパックを貼り、体には部分ごとに分けて保湿クリームを塗りながら各種マッサージも施す。顔を白いパックに覆われたレオナは物言いたげな顔をしながらも大人しくジャミルのされるがままになっていた。肌の手入れが終われば今度は髪。軽くタオルドライをした後に違う種類のトリートメントを塗り込んでからドライヤー。余計な水分が乾かされ、ふわふわと緩やかなウェーブを描く髪は指を差し入れてもするりと逃げて行く程に艶やかになっており、密かな達成感に頬が緩む。それから艶が出るまで爪にヤスリをかけ、オイルを塗り、甘皮の処理まで施した所でふと時計を見ると深夜と言えるような時間になっていた。大人しくジャミルのすることを眺めていたレオナの瞼も眠たげに瞼が重くなっている。
「……すみません、はしゃぎすぎましたね」
「いや。……満足したのか」
「楽しませていただきましたよ」
「なら、良い」
ん、と。レオナが両腕を広げていた。満たされたのはジャミルの方だと言うのに、眠たげだが満足しているようなエメラルドがジャミルを真っ直ぐに捉えて微笑んでいた。腕の中にジャミルが収まると信じて疑いすらしない顔をされてしまっては行かないという選択肢はない。何故か気恥しさを感じながらもおずおずとレオナへと近づけば少し体温の上がった腕が背中に絡みつき、まるで人形のように抱え込まれてベッドへと倒れ込む。常よりもすべらかで張りのある肌も、さらりとジャミルの顔の上に零れ落ちる艶やかな髪も、全部ジャミルの手によるものだと思うと唇が緩むのを止められない。ぎゅうと力一杯抱き締めてジャミルの手で美しくなった男の感触を全身で味わう。普段、レオナの匂いしか感じられない肌が華やかな香りに包まれているのだけが、少しだけ残念だった。
「……テメェ好みになった所で存分に抱いてやりてぇ所だが」
低く、覇気の無い声は今にも眠ってしまいそうだった。もぞりもぞりと寝心地が良い場所を探すように身動ぎ、足が尻尾が絡みついて、眠る直前の熱い体温がジャミルを包んでいた。
「眠いんでしょう、良いですよ、満足しましたから」
「続きは、起きてからな」
言うなり頭の上で安らかな寝息へと変わって行く呼吸に思わず笑いを誘われながらジャミルも瞼を伏せる。誕生日は終わってしまったが、明日もまだレオナはジャミルの物で居てくれるらしい。まだしばらく眠れる気はしなかったが、レオナに包まれて幸せを噛み締める時間が、酷く大切な物に思えた。

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乙女心は複雑怪奇

第二学年一斉性転換授業。
一週間もの間、性別を入れ替え効果を維持し続ける薬を作る大がかりな錬金学の授業と、その薬を実際に使用し自分自身が女性の身体になる事によって性別による心身の違いや仕組みを理解する保健の授業をまとめて行う恒例行事。レオナも二年生の時にやった覚えはある。身体は縮み筋力は落ち、そのくせ胸には馬鹿みたいに大きな脂肪の塊がぶら下がっていて邪魔な事この上無かった。同学年が皆女性の身体になるのはそれなりに目の保養にはなったが、自分の身体が女性になった所で、初日で楽しむよりも面倒臭さの方が上回ってしまった覚えがある。
今年もその授業が行われる季節になったのだという事に気付いたのは一日の授業が終わる時間になり、部活が始まる事を告げにラギーが植物園までレオナを起こしにやって来た時だった。これだけはぴったりと身の丈にあったサイズの物を着ていた筈の運動着をだぼだぼに余らせ、そのくせ胸ばかりはファスナーが閉まり切らない程の脂肪を生やし、元より童顔だった顔に更に甘さを纏わせたラギーが傍にちょこんと腰を下ろして小首を傾げる姿は男ならば誰しも心奪われる事だろう。
「どうっスか俺の女の子の姿!かわいいーでしょ!」
「もうそんな時期か」
「前のミーティングの時にもちょろっとその話した筈なんスけどね」
レオナさん居ませんでしたっけ?いや寝てましたね、等と言っては笑うラギーの声もすっかり女の高さになっていた。
「……お前、そのナリで変な金稼ぎしようとするんじゃねえぞ」
「さすがにしないっスよ!上手くやれる気がしねえっス」
「ならいい」
「でも珍しく俺のバイトに口出して来るって事は、レオナさんから見ても俺って可愛いです?」
「貞操の心配してやる程度にはな」
「そこまで認めてもらえると逆に怖いっスね!」
大人しくしとこ、と素直に頷く姿を横目に身体を起こし、立ち上がる。いつから眠っていたかは定かでは無いが、寝起きの身体はそこら中が固まっていた。欠伸と共に軽く伸びを一つ、そうして傍らに立ちあがったラギーを見て思わず固まる。
「…………随分、縮んだな」
「レオナさんめちゃくちゃでかくてやだああ!」
「お前、本当に襲われないように気をつけろよ……」
以前からレオナの方が大きかったが、今のラギーはレオナの胸元辺りまでしか身長が無かった。サバナクローにおいて、レオナは決して身長が大きい方ではない。つまり今のラギーは大抵の寮内の男達に片腕で簡単にさらってしまえる程に小さかった。そのくせしっかりと男を誘うような女の体つきをしているのだからたちが悪い。いくら弱肉強食を謳っていたとしても、流石にこの姿のラギーが哀れな目に合うのは気が引ける。女性を敬う精神が根付いている者が殆んどである筈だが、若い性欲の前に我を忘れる者が居ないとも限らない。
「……とりあえず、俺の匂いでもつけておけ」
「お父さんお母さんごめんなさい、俺、大人の階段上ります……」
「そこまで手ぇ出すつもりはねえよ」
わかってるっスよお、と耳をぺたりと下げたラギーを腕の中に抱え込み、頬にこめかみにと顎の下を擦り付け、衣服を擦り合わせるようにして匂いを移す。華奢で小さな女の身体。丁度腹の辺りに当たる柔らかな感触につい手を出したくなってしまう気持ちを見ない振りで、ただレオナの匂いを纏わせる事だけに集中する。
人間には効果が無いかもしれないが、本能に忠実に生きる獣人の脳筋達にはそれなりに効果があるだろう。
部活はすぐ傍に元は男とは言えど女子がいることに浮き足立つ者が多かったものの、特に問題が起こることもなく無事に終わった。ラギー以外の二年生も、男の時とさほど変わらない姿のものから驚く程に女らしく変化したものまで様々で、そういえばジャミルも二年生だったことを思い出す。
恋人、とまでは行かずともそれなりの想いを抱く相手であり、時には身体を重ねる事もある男。彼も女性の身体になっているのなら見てみたいと想うのは当然の欲求であり、誘えばいつものように気軽に会いに来るものだと思っていた。
だが部活を終えた直後に送った誘いのメッセージは既読済みの印は付いた物の返事が返って来ない。ハーツラビュルのスマホ中毒とは違い、あまりスマホを見ないらしいことは知っていたからその日はさほど気にすることも無く眠りについたが、次の日になっても、さらに次の日になっても返事は無い。それなら学園内で直接会えば良いと思ったが、以前なら一日に一度くらいは何処かで姿を見かけた気がするのに影すら捕まえられない。
更にその次の日になってようやく「暫く忙しいので会いに行けません」というメッセージが帰って来た頃には、ジャミルが明確な意思を持ってレオナを避けていることは理解した。
優しい男なら、此処で何かしらの事情があるのだろうと言われるがまま大人しく指を咥えて待ってやるのだろう。
だが生憎とレオナは優しい男では無い。むしろ逃げられると追いたくなる獣人だ。欲しいものは自分で狩るものだと産まれた時から身に染み着いている。
普段、手を伸ばせばいとも簡単にジャミル自身を差し出して来るような男がこれだけ逃げる理由だって気になる。わからないものは納得出来るまで突き詰めたい。
放課後の体育館前。少し早めに本日の部活を終えた足でやってきたその場所では丁度部活を終えたバスケ部員たちが出てくる所だった。性転換に伴い体格が変わり、制服のサイズが合わなくなる生徒が多い為、この時期の二年生は運動をする時以外でもある程度サイズの応用が利く運動着を着ることが許されているが、数人の部員らしき制服に囲まれて出てきたジャミルは性転換授業の真っ最中だという証のような運動着では無く制服を着ていた。それどころか多少サイズが小さくなっているような気はするが男の身体の時とさほど違いが無いようにすら見える。授業の事を知らなければ性転換では無く、若返りの薬でも飲んだのではないかと思ってしまうような。
そっと背後から忍び寄り、ジャミルの二の腕を掴む。硬めの生地に守られたそこは見た目よりもずっと細く華奢だった。
「――!!」
息を呑み振り返ったジャミルがレオナを見上げ、そうして常よりも大きくなった目を見開き、はく、と唇が何かを言おうとしたのか動き、そして何も紡がぬままにきゅっと結ばれていった。そのことを不審に思いつつもにやりと口角を上げてやる。
「よお」
「………」
再び唇が開かれるが、何も言葉を紡がぬままに助けを求めるように視線が辺りを彷徨う。だが同じようにレオナも辺りへと睨みを効かせてやれば何事かと見守っていた周囲の人間は皆蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまい、二人だけが取り残された。
「取って食おうってんじゃねえんだ、大人しくツラ貸せよ」
レオナの手を振りほどこうとか弱い力で藻掻いてはいるもののジャミルからの返事はない。以前からレオナには歯に衣着せずに言いたい放題言い放つジャミルが一言も発しない姿は明らかに異常だが、色の濃い肌でもわかる程に肌を赤らめて悔し気にレオナを睨む姿は悪く無いと思う。男の姿をしている時には滅多に見れない顔だ。
「とりあえず、場所を変えるぞ」
いとも簡単に片腕で抱え上げられた身体は軽い。ジャミルは未だにじたばたと暴れてはいたが、絶対に離すつもりがない事を示すようにしっかりと背と尻を両手で抱えてやれば諦めたように大人しく体重が預けられた。代わりに無言で八つ当たりのように一度拳で胸元を叩かれるも、驚く程、痛くない。自分でもその威力の無さに気付いたのか一度叩いたきり、不貞腐れたように首にしがみつく様には思わず口元が緩む。
制服で隠されていたが抱いてしまえば華奢で骨っぽい身体の感触が直に伝わる。ぺたりと合わさった胸には欠片も膨らみを感じないし、男の時と変わらない所か筋肉が削げ落ちて更に小さくなったのではないかと思うような尻。顔は多少、女らしく丸く骨っぽさが抜けた気はするが、元々中性的な顔立ちをしていた為か男だと言われても余り違和感は無いと思われる。
予想していた姿とは違ったが、これはこれでジャミルらしい気もする。羞恥心があるのか特徴的なフードをすっぽりと被られてしまえばなおのこと。
場所を変えると言っても適当な場所が思い付かず、ジャミルを抱えたまま寮に戻る。すれ違ったラギーに「ついに捕まっちゃったんスねジャミルくんご愁傷さま」と一瞬で正体に気付かれていたのに思わず笑うとまた胸元をどんと拳で一度叩かれた。喋らない代わりに今日のジャミルはずいぶんと手が早い。
レオナの部屋にようやく辿り着いた頃にはさすがに軽いとは言えど人を一人抱えて来ただけあってそれなりに疲れていた。ジャミルを腕に抱えたままベッドへと腰を下ろして膝の上に乗せる。
「……で?お姫様はなんで頑なに声を聞かせてくれねえんだ?」
ジャミルとわかっていても腕の中の華奢な身体をいつものように乱雑に扱う気にはなれなかった。だが揶揄ってやりたい気持ちは勿論、ある。レオナの肩に顔を埋めてぴくりとも動かないのを良いことに、そっとフードを外して、露わになった薄い耳朶を食む。
「お喋りするより鳴かされてぇって言うならご期待に答えてやるが?」
ひんやりした耳朶を舐り、声で擽ってやればびくりと肩が跳ね、渋々といった態でようやくレオナを見上げたジャミルの顔がわかりやすく困っていた。男の頃よりも幼い顔が、常ならば人を食ったような笑みを浮かべている顔が、今にも泣き出しそうな顔でレオナを見上げていた。はく、と唇を何度か動かし、視線をさ迷わせ、それから腹を括ったように俯く。
「きょ、今日はダメ……です……」
一瞬、実家の煩わしい毛玉が喋ったのかと思った。それ程に、胸元からぽそぽそと聞こえた声が幼子のように高い。なるほど、だからずっと声を出すことを躊躇っていたのかと理解する。
「あ?聞こえねえな?」
「今日は!駄目です!」
つい意地悪く問い返せば真っ赤になった顔をあげたジャミルが幼女のような甘く高い声で叫ぶ。レオナを睨む目には涙が溜まっていた。か弱い女の顔。まさかこの男が性転換薬くらいでこんな姿を見せるとは思ってもみなかった。唇が笑みに歪んでしまうのを止められない。
「何故」
「あ……う……カリムの夕飯の支度がまだ……」
「ホリデー後からは夕飯作りは寮生に任せてお前は毒味しかしていないと言って無かったか?」
あからさまに嘘とわかるような言い訳しか出来なくなっているジャミルをそっとベッドへと押し倒す。同意も無く無理矢理抱く気はないが、多少脅して揶揄うくらいならば許されるだろう。ジャミルに理由も知らされずに暫く避けられていたという事実はそれなりにレオナの心を騒がせたのだからこれくらいの報復は可愛いものだ。
「ひ、人と待ち合わせが……」
「誰だよ?連絡してやる」
逃げようとする身体に体重をかけてのし掛かり、ジャケットの下に着込んだパーカーの裾から指先を忍ばせて薄っぺらくしっとりとした腹を撫でると慌てたようにジャミルの細い指先が布越しにレオナの手を押さえ付けた。
「け、毛の処理してないから駄目です!」
「前から剃ってない方が良いって言ってるだろうが。むしろ喜ばしいが?」
「俺は嫌だって前から言ってるだろ!」
ぼろりと。ついに溢れた涙が一筋ジャミルの頬を伝い、それが切欠になったようにふええ、と本格的に泣き始めるジャミルにさすがにレオナも慌てた。普段、一を言えば百の嫌味で返してくるような男が。誰よりも人に弱みを見せる事を厭う男が。
「……悪かった。揶揄い過ぎた」
大人しく引き際を見誤った事を謝り、ジャミルを抱え込んで隣に寝そべる。素直に肩に顔を埋めてぐすぐすと泣くジャミルの頭を撫でて一つ息を吐きだした。男性よりも女性の身体の方が感情に引き摺られやすいとは聞いていたが、ジャミルがこれほどまでに変わってしまうとは思ってもいなかった。普段からこれだけ素直ならばもっと可愛がりようもあるというのに、あの澄ましたツラの下にこれだけ豊かな感情を抑え込んでいたのかと思うと変に保護欲が刺激される。
「……ッだから、会いたくなかったんです……」
涙に濡れた声が恨み言めいていた。
「こんな、これくらいで泣くとか、本当嫌だ……」
「俺は良いモン見れたがな」
「趣味が悪い……っ」
「散々焦らされたからなあ?」
「それは、……っ」
「それは?」
すんすんと鼻を鳴らしながらも少し落ち着いたようなのを見計らって顔を覗き込めば再び視線が彷徨うが、すぐに諦めて涙に溶けた瞳がレオナを見上げた。
「先輩、肉付きの良い女性が好みでしょう?」
「好みはな」
「俺、こんな身体にしかなれなかったし……」
「好みだからお前を抱いてると思ってたのか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「なんならこのまま堪能してやっても構わんが」
「それは、……今日は駄目です」
「わかってる」
同意が得られたら今すぐにでもというのは嘘では無いが、今日は約束も無しに無理に此処まで攫って来てしまったのだから致し方ないだろう。涙の名残を引きずりつつもようやく冷静さを取り戻したらしいジャミルを抱き締めればそっと細い腕が背へと回されたのでそれで良しとする。明確な答えをもらったわけでは無いが、何かあってレオナを避けていたわけではなく、単純に本人の羞恥心なりプライドなりが邪魔をしたのだろうという事は察した。もしかしたらレオナの一番傍にいるラギーがよりにもよってあれだけ女性らしい身体になっているのも一因かもしれない。
「……先輩は、その、本当に今の俺としたいです?」
「お前にその気があればな」
もぞりとジャミルが身動ぎ、手を取られるとジャミルの胸へとぺたりと掌を押し付けさせられる。掌に感じられるのは布越しの華奢なあばら骨の感触。柔らかさの欠片も無く、ただぷくりと先端だけが膨らんだ感触が布越しに触れていた。
「……こんな、身体ですけど、」
「お前はそろそろ何で俺が毎度せっせと呼び出してるか、ちゃんと理由を考えるべきだな」
申し訳なさそうなジャミルにはもはや笑う事しか出来ない。レオナがこれだけわかりやすく態度に出してやっているのに一切伝わらない所をつい面白がってしまい、あえて明確に言語化して来なかったとは言えどこれは流石に鈍すぎるだろう。きっとこうしてヒントを投げてやった所でジャミルの思考はレオナの考え付かない所を彷徨って訳の分からない答えを弾きだしているに違いない。
「ジャミル、お前の処女、寄越せよ」
「は、……」
ぽかんとレオナを見上げた顔が、じわじわとまた赤みを帯びて行く。無理強いをする気はない。だがこの分ならばきっとなんだかんだジャミルは頷くだろう。
そろそろ決定的な言葉でもってジャミルを仕留めて良い頃合いなのかもしれない。その時ジャミルはどんな顔をするのだろうか。

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ごっこ遊び

夜のレオナの自室。約束の時間通りに現れたジャミルは既にシャワーを済ませた後らしく、仄かな香料の香りを纏わせていた。化粧もせず、しっとりと湿ったまま緩く結われただけの髪。普段よりも幼く、無防備にも見える姿でサバナクローの寮内をうろつくなと言ってやりたい所を辛うじて堪える。レオナとジャミルはそんな関係では無い。
「今日は五時間でしたよね」
「ああ」
勝手にレオナが寝そべるベッドの上に乗りあがり、横に並んで寝転がったジャミルがスマホを取り出し、金銭管理アプリを立ち上げる。
「それじゃあ基本料金が五万マドルで……オプションは?」
「フェラ、イラマ、中出し、騎乗位……ああ、あと拘束」
「何処を?場所と方法によって値段変えますよ」
「じゃあ、両手を背中で縛る」
「それだと……合計で十二万五千マドルって所ですね。ついでに目隠しとかも付け足しません?」
「営業してくるなんざ珍しいな」
「目隠し付け足してくれたら今日で二百五十万マドルになるんですよ」
「ああ……目標金額って言ってたな。じゃあ付け足してやる」
「ありがとうございます。それじゃあ本日のお会計は十四万マドルです」
ジャミルが金額一覧と合計金額をまとめた画面を見せてくるのをちらと見て一つ頷く。これにて本日のメニューは決まった。
レオナは、ジャミルにマドルを払ってジャミルを抱いている。正確にはまだ支払いはしていないが、毎回きっちりとこうして明細を出され、ツケは着実に溜まっている。基本は一時間一万マドル。これはジャミルの時間を買うだけの金額であって、他にもジャミルにさせたい事があれば更にオプション料金が掛かる。チェスの相手ならば一時間三千マドル、料理を作らせるなら一時間五千マドル、ただ抱き枕にして眠るだけならば、ジャミルの機嫌が良い時なら無料だが、悪い時は一時間千マドル、等。セックスだって細かな一つ一つに値段がつけられていて、つい最中に気分が高揚するまま最初に頼んだメニュー以外の事をしてしまえばきっちり後に金額が付け足されている。
最初に提案したのはジャミルだった。情のある関係としてレオナと会うのでは無く、金を介在させることで仕事としてレオナと会うと。聞いた時こそ何を言っているのだと理解出来なかったレオナだが、今ではそれなりに楽しんでいるし、恐らくはジャミルにとって最良の関係なのだと思っている。専属として月に十万マドル、更には一月に最低百万はジャミルを買う契約もしているので他の人間に同じ商売をする心配もない。
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ピピピ、とジャミルのスマホのアラームが鳴る。
ぐったりとレオナの上で荒い呼吸に肩を上下させているジャミルを抱えたまま片手を伸ばして枕元のスマホを取り、勝手にアラームを止めた。きっかり五時間。ずっと励んでいたわけでは無いとは言え、それなりの充実感と疲労感に満ちていた。
せんぱい、と蕩けた声に呼ばれ、一瞬ねだられているのかと勘違いしかけて思い出す。自分で抜け出せないわけでも無いだろうに、律義にレオナが解くのを待つ腕を解いてやり、目元を隠すネクタイを取り払ってやると余韻に蕩けた瞳がレオナを見上げてゆるりと笑う。
「……ねえ、先輩、俺、二百五十万溜めたんですよ」
「抱かせねえぞ」
「俺がこんなに頑張ったのに?」
「俺はウケNGだって言ってんだろ」
「処女でもない癖に」
減らず口のジャミルの頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜてやるが楽しそうに笑うばかりで、ぺったりとレオナの肩に頬を預けて熱の名残を楽しんでいるようだった。
「で、そんだけ溜め込んで何させようってんだ」
「今度の休み、二人で外に出掛けましょうよ。二十時間拘束くらいなので、まず基本料金が百万。……朝六時くらいに寮を出たいんですけど早朝料金要ります?」
「お前が泊りで起こしてくれるなら要らねえ」
「じゃあ無しで。歓喜の港の朝市に行ってみたいんですけど、それ以外は特に何も考えてないんです。ただ一日一緒に居たいなってだけで……なので成り行き任せでも、プランを考えて頂くのでもどちらでも構わないのですが、先輩にエスコートしてもらいたいので二十万。たくさんキスがしたいので一時間に一回はキスをする条件で更に二十万。あ、あと俺の我儘全部聞いて甘やかしてください。それで五十万。どうです?」
「いいんじゃねえの?」
値段について、レオナから言える事は何もない。何せ金額を決めているのはジャミルだ。自分は一時間一万マドルの癖に、レオナなら一時間五万マドルと五倍もの差がついていることに言いたいことが無い訳でも無いが、そんな些細な事で喧嘩しても意味が無いと思って黙っている。それよりも大事な事は、ジャミルが自らレオナを求めているという事だ。
せっせとレオナの呼び出しに応じてレオナから金を稼いでは、溜め込んだ金を使ってジャミルがレオナを買う。客として買うのならば遠慮なく望みのまま欲しい物を買いたい、と言っていたジャミルはわかっているのだろうか。存在しないマドルを使ったごっこ遊びとはいえ、ジャミルが買ったオプションはつまり、ジャミルが本当に欲しい物だと正直に告白しているような物だという事を。
「まだ余ってんだろ。ついでに夜はお姫様みたいに優しく抱いてやるオプションはどうだ」
「んんん……つけます。あ!でも、もしかしたらその日に気分変わるかもしれない」
「その時はその時で違うオプション付け足せよ。その為に余らせてんだろ」
「まあ、そうですけど」
すっかり呼吸の落ち着いたジャミルがレオナの腹に手をついて身を起こし、そうしてベッドから下りようとする二の腕をつい掴み、顔を寄せる。
「……もう時間外です、そういうのは止めてください」
セクハラですよ、と重ねようとした唇を押しのけるようにレオナの口元にジャミルの掌が当てられていた。あくまで金を払わないと触れさせてすらもらえない関係を貫こうとするジャミルに思わず笑ってしまう。
「そうだな。じゃあ、次は休みの日だな」
「ええ、前日から泊りでしたよね?多分、日付が変わる頃には伺えると思います」
「わかった」
先程までの蕩けた顔は何処へやら、すっかり小生意気な後輩の顔へと戻ってしまったジャミルが帰り支度をしているのを眺めながらレオナは笑いが収まらない。
さて次の休みの日、この言い訳が無ければ甘える事すら出来ない不器用な後輩にどうやってご満足いただこうか。

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菩提樹

凍えるような寒さにレオナは目を覚ました。浮腫んで重い瞼は中々巧く開いてくれず、ぼんやりと見えたのは薄汚れた建物の壁面と、細長く切り取られた夜空。それは寒い筈だとベッドにしていたゴミ袋から身体を起こせばぐるりと視界が回り、急激に込み上げた吐き気に抗えずにえずく。
「ぅ、……ッおえ、……」
胃から逆流した熱い物を地面へと吐き出せばそれは白く濁り、泡立っていた。せっかくたくさんもらったのに、後から後から込み上げては地面を汚すそれを勿体ないと思うが、とてもじゃないが何かしようという気にはなれなかった。
身体のあちこちが痛くてだるい。喉に胃酸と精液の混ざった物が絡みついて荒れているし、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられているかのように気持ち悪かった。胃の中の物を吐きだして少しは楽になったが、それ以上動けずに再びゴミの山に突っ伏す。目に映る自分の足先は、片方しか靴を履いていなかった。けれどそれ以外はそれなりに服を纏っていて、そこまでしてくれたのなら持って帰ってくれれば良かったのにとぼんやり思う。身体しか差し出せる物は無いが、一晩の宿代くらい喜んでいくらでも払うと言うのに。
今日は確か、行きつけのクラブで以前にも寝た事のある男に声をかけられ、二つ返事でついていった。最初はトイレに二人でもつれ込み臭い個室の中で存分に抱かれていた気がするが、見知らぬベッドの上でたくさんの知らない男達に囲まれていたような記憶もある。酷く記憶が曖昧だった。代わる代わる犯され、乾く間も無く精液を浴びて、それでもなお足りないと乱雑に手足を掴んでは物のように扱われ、レオナが悲鳴をあげても止める事無く犯されて、あまりの気持ち良さと多幸感に泣き喚いたような覚えはある。あの異常なまでの絶頂は、何か変な物でも飲まされていたのかもしれない。きっと今の気持ち悪さはその後遺症なのだろう。けれどその時は気持ち良くて、満たされていて、幸せで、これだけ愛してもらえたのだから帰らなきゃと思ったのだ。そう、ラギーの所に帰ろうと思ったのだ。思い出して腕に引っかかっていた鞄を開けるとスマホを取り出し、光る画面に再び込み上げる吐き気を堪えながらメッセージを送る。気付いてくれたら、ラギーの所。もしも気付いてくれなかったら次はどの男の家に帰ろうかと思案している間にも返信は帰って来た。所在を訪ねる短いメッセージに現在地のマーカーを付けた地図を送り付けて瞼を伏せる。此処で凍死するような事態にはならなくて、良かった。
ラギーと出会ったのは二人がまだほんの子供の頃だった。小さくて可愛い、近所に住んでいた男の子。おねえちゃんと舌っ足らずにレオナを呼び懐く姿が可愛くて、よく一緒に遊んであげていた。あの頃はレオナの胸程の高さも無い小さな身体でレオナへの好意を露わにいつも周りをうろちょろしていたのに、溜息一つでレオナの呼び出しに応じ、車を走らせて迎えに来たラギーはもうすっかり大人の男の顔をしている。
「……つきましたよ」
運転席から回り込んだラギーが後部座席の扉を開けて、覗き込む。両手を伸ばせばいとも簡単にその手を取られて抱き上げられ、軽々とレオナを両腕に抱いたまま確かな足取りで歩きだす。かつて無邪気に纏わりついていた頃の面影を残す顔は、ただ無表情に前を向いていた。
可哀想に、と他人事のように憐れむ。
運動部で鍛えた体と、幼さが残るハニーフェイスはきっと他所でもさぞ女性に人気があるだろうに、幼馴染のレオナを見捨て切れずにこうして無機質なメッセージ一つで夜明け前の非常識な時間にも関わらず呼び出され、世話をし、レオナの歪んだ想いの捌け口になっている。早くこんな壊れかけの女なんか捨てて自分の幸せを掴んでくれれば良いのにと願いながらも、自らラギーの手を拒める程、レオナは強く無かった。
ラギーが住まう単身者向けの安アパート。最初来た時は物置かと思ったくらいに狭いが、今のレオナにとっては一番安らげる場所でもあった。器用にレオナを抱えたまま玄関の扉を開けて中へと入ればそのままバスルームへと運ばれ、空のバスタブの中に下される。外に転がっていた時よりは幾分かマシになったとはいえ、まだ身体はだるいしなんとなく気持ち悪い。もう吐く程ではないが動く気になれず、そのままバスタブの縁に腰かけたラギーが服を脱ぎ始めるのをぼんやり眺める。小さくて華奢だった面影は何処へ行ったのか、露わになる肌は男らしく骨ばった骨格にくっきりと彫りの深い筋肉が纏わりついていた。女のレオナとは比べるまでもなく広い背中。あの人よりは随分と細身ではあるが、それでも男の身体だった。吸い寄せられるように腕を伸ばし、その背へと頬を擦り付けながらゆるりと抱き着く。腹に回した指先にくしゃりと叢が触れていた。その毛並みを撫ぜるように指を下へと滑らせるが、目的の場所に辿り着く前に手首が捕えられてしまう。
「こおら、ダメっスよ」
甘い声で宥め、一糸まとわぬ姿でバスタブの中へと入ってはレオナを背中からそっと抱えて服を脱がせに掛かる癖に、その手つきは酷く機械的だ。手慣れた手付きで上着も、中身も、まるで着せ替え人形のように脱がされてはバスタブの外に服が投げ捨てられてゆく。
「ラギー、」
久々に出した声は醜く掠れていた。所々乾いた体液で張り付いた服を丁寧に剥がす手首を捕らえてすがり付く。
「ラギー、したい」
「しません」
「なぜ?」
「レオナさん、もう今日は一杯楽しんで来たでしょ」
「足りない」
「んな血の気の無い顔で言われても説得力ねーっス」
取りつく島もなく、振り返ろうとしたレオナの腹を軽々と片腕で抱き寄せたラギーが最後の一枚になった下着を脱がせにかかる。ぐっしょりと濡れた布地が剥がされてひやりと秘所が空気に晒されて、つい拒むように膝を摺り寄せた。
「ん、っ、……」
ごぷりと溢れる感触。前も、後ろも、長い時間に渡り何人もの男の物を受け入れていたためか馬鹿になってしまって、せっかく胎を満たしてくれていたものが溢れ出すのを止められない。
「ゃ、だあ……」
「やだじゃないっす」
「空っぽになっちまう……」
「後で補充してあげますから」
「今が良い」
「他人のザーメン臭ぇ穴なんてごめんスよ」
流れてしまうのを止めたくて手で押さえようとするが、ごつごつとした掌がいとも簡単にレオナの手の下に潜り込み、骨ばった指先が一本そっと膣へと差し込まれるとちくちくとした痛みが気持ち良くて思わず背が浮く。
「っひぅ、……ッ」
「うっわ、ぐっちょぐちょ。どんだけの人数相手したらこんなガバガバに出来るんすか」
すぐに二本に増やされた指がとろとろと内側を撫でるように引っ掻くたびに走る痛みが染みるように熱を広げて、ラギーの指に絡みつく粘膜がごぷりと更に白濁を溢れさせては垂れ落ちて行く。
「ら、ぎぃ……ッあ、いやだ、怖い……っ」
「だぁいじょうぶっすよ、綺麗にするだけっスから」
「ぃ、……~~ぅんんん……ッっ」
逃れようとしても、もう一つ口をぱかりと開けたままどろどろと白濁を溢れさせる場所に指が埋められてびりびりと強い痛みが走り、反射的にラギーの手にしがみついて身体が跳ねる。痛い、気持ち良い、怖い、痛い、もっと欲しい。
「ちょっとだけ、我慢してくださいねえ」
前も、後ろも、ラギーの指が二本ずつ埋められているのにその動きは緩慢で、広げられた隙間からどんどん流れ出てしまう。せっかくこんなに満たされたのに、レオナを満たしてくれるものなのに、一滴たりとも残さぬようにとそっと内側を撫でる指先が全部空っぽにしてしまう。せめて、もっと強く、痛みでも快感でも何でもいいからわからなくなるくらいにくれたら良いのに、ラギーの指先はじれったい熱を染み込ませるばかりでレオナの身体になんて何の魅力も感じていないと言っているようで、ただただ悲しかった。ラギーの傍なら眠れるからラギーに助けを求めたのは事実だが、全く求められないのは、怖い。レオナから解放してやりたいと思っているのに、もうレオナに愛想が尽きたのかと、いつ見捨てられてしまうのかと底知れぬ恐怖に目頭が熱くなってぼろりと、涙が溢れる。せっかく満たされて落ち着いていた筈の心がぐちゃぐちゃだった。
「こんなもんスかね。よく頑張りました」
「っふ、……ぅぅ……」
「ほら、ご褒美のちゅーしましょ。好きでしょ、俺のちゅー」
中途半端に引っかかった下着が引き抜かれ、ラギーの足の上で向きを変えて抱え直されてべろりと舌が差し出される。小さな顔の割りに分厚くて、大きな舌。ラギーがあの人と似ているのはこれだけだった。ひく、と嗚咽に震えながらも差し出された舌先にちゅうと吸い付く。そのまま先っぽの方だけを唇で挟み込むと触れ合う舌先が擽られて喉が鳴った。はぷ、と顔を傾けながら差し出された根本の方まで咥え込めばそっと後頭部を引き寄せられ、ぞろりと口内をまさぐられると心地良さに喉が鳴る。
「ぷは……まっず!レオナさんよく口の中こんな味で平然としてられるっスね!」
一度唇を離したラギーが顔を顰めるから、また恐怖が足元にひたりと忍び寄る。レオナにとっては余りにも慣れてしまった、胃液と精液が乾いた味。口に性器をねじ込まれる事はあっても、唇を重ねる事なんて無いに等しいから失念していた。収まりかけた涙が再び溢れる。今日はもう、駄目だった。
「あーあー、なんつー顔してんスか。別に怒ってないっスよ。不味くなくなるまで一杯ちゅーしましょうね」
シシっと笑いながらまた舌が差し出されるから、夢中で唇を寄せる。後頭部と、背中をしっかりと引き寄せるラギーの腕がほんの少しだけ恐怖を和らげてくれた。ぴったりと胸を合わせて、首筋に縋りついて存分にレオナの口内をまさぐる舌を追いかける。目を閉じればあの人によく似た舌が、あの人の幻を連れて来てくれた。
もう二度と取り戻す事の出来ない思い出を引き寄せるように、ラギーの舌を追いかければ追いかける程、何故だか涙が溢れた。
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ラギーが目を覚ますと、すっかり高く上った太陽の光がカーテン越しに明るく輝いていた。時計を確認すれば予想通り正午を目前に控えた時間。荒れたレオナをなんとか宥めすかして寝かしつけられたのが明け方のことだったからまあ、十分に寝られた方だろう。
その、件のお姫様はラギーの身体をベッド代わりに安らかに寝ているようだった。ラギーの肩に頬を押し付けて寝ているためにつむじしか見えないが、穏やかな呼吸が感じられる。服を着せるのも面倒で、お互い裸のままベッドに潜り込んだ為に腹の辺りで押し潰されているレオナの豊かな乳房の感触が心地よい。だがレオナを乗せている為に寝返り一つ打てなかった身体が軋んでいるし、圧迫された腹が生理現象を呼び起こしている。簡単に言えば、トイレに行きたい。
安らかに寝ている所を起こすのは忍びないが、わりと切羽詰まっていた。まずは起こさずにレオナを移動させられないかとそっと細い背に腕を回し、身体を入れ換えようと背を浮かせた所で抱えた身体がぴくりと震え、とろりと眠そうに瞬いたエメラルドがラギーを見上げた。
「……まだ寝てて良いっスよ」
「ん……」
前髪の上から唇を押し付け、そっとレオナをシーツの上に下ろすことには成功するものの、するりと華奢な腕がラギーの首に絡み付いて離れない。
「……何処に行くんだ」
「トイレっスよ。すぐ戻りますから」
「……飲んでやろうか?」
「何処で覚えて来るんスかそういうエグいの」
誉めたわけでも無いのに、んふ、と嬉しそうに笑ったレオナの右手が首から滑り落ちてラギーの股間へと伸びる。
「っわー!いいっスから、普通にトイレでしてきますから!」
「遠慮しなくて良い」
「俺、自分の小便臭い口とちゅーしたくないっス!」
力無くぶら下がる物に絡み付く細い指から逃れようと腰を引きながら叫べば、目の前できゅ、と眉が寄せられて愛らしく唇が尖る。
「ほんとすぐ帰ってくるんで!」
「駄目」
「レオナさあん」
「……ふふ」
再び両腕が首に絡みつき、絶対に離さないとでもいうようにぎゅうと抱き締められる。困った。が、随分と落ち着いたようなので安堵しているところもある。笑えるようになったのなら、良い。
「んもぉー……我儘なお姫様なんスから……」
些細なじゃれ合いも嫌いでは無いがレオナの気が済むまで付き合ってやれる自信は無かった。再びレオナの背中に両腕を差し入れると、よ、と背筋の力を入れて抱え上げる。察しの良い身体がラギーに抱き着き足が背へと絡みつき、上機嫌にラギーの背を撫でてはこめかにへと唇を押し当てていた。その背と尻を抱えてトイレへと向かう。レオナは軽いとは言え、人ひとり抱えていればそれなりにしんどい。この家が狭くて良かったと初めて思った。
「……降ります?それともしがみついてます?」
辿り着いたトイレの扉を開けて一応尋ねるが、答えはぎゅうとしがみつかれただけだった。この分なら両腕を離しても大丈夫だろうと足で便器の位置を確認してから性器を手に狙いを定める。視界はレオナで塞がれてしまっているから勘頼みだが、長年の習慣でそう失敗もしないだろうと腹筋に込めていた力を緩める。
勢いよく鳴る水音と共に、我慢していた物が解放される心地良さに思わず息を吐いていると不意に耳朶に濡れた感触が這い、ちゅうと音を立てて吸い付かれて思わず肩が強張った。
「ぅ、っわ、ちょっと、大人しくしててくださいっス」
「らぎぃ、」
視界が不自由な中で用を足している為に下手に身動きの取れないラギーの耳元で、楽し気な吐息が甘く名前を呼んで思わず肌が粟立つ。それに気を良くした唇が、舌が、たっぷりと唾液を絡めて耳朶をしゃぶるものだからぞわぞわしたものが駆け上がって思わず首を竦める。
「レオナさああん!」
泣きごとめいた悲鳴を上げればじゅる、と唾液を啜る音を一つ残して漸く離れ、そうしてラギーを見つめるレオナの顔が満足気に微笑んでいた。そうして笑っていれば、幾らでも男なんて選り取り見取りだろうにと思わず考えてしまう。あんな、女性を物としか思っていないような男達では無く、レオナの身分に相応しい、金も、権力も、余裕もある大人の男達からだって引く手数多だろうに。決してレオナがそれを望んでいないのも、レオナが唯一望む金も権力も余裕もある大人の男は振り向いてくれないのも知っているけれど。
漸く全てを吐きだし切って一息吐くと、レオナが「私も」と言うので便座を下げてその上に座らせてやる。
「……見てくか?」
ぱかりと膝を開き、誘うように毛の一本も生えていない股の間を二本の指で押し開いて大事な場所を見せつけては笑うレオナに「見ないっス!」と叫んで慌ててトイレから出る。扉を締めれば程なく水音がするのを聞きながら溜息を一つ。
小さい頃から幼馴染の、近所の美人なお姉さん。レオナの世話を焼くのは昔から好きだった。というよりも、レオナが喜んでくれるから尽くすのが好きになったのかもしれない。外では美しく、賢く、そして気が強い完璧な女性として高嶺の花と呼ばれたレオナが、ラギーの前では我儘を言って駄々を捏ね、時には不貞腐れて八つ当たりもされた。勿論、振り回される方はたまったものではない。けれどその根底にあるのが寂しさなのだと気付いてしまってからは余りレオナの我儘を無下にすることも出来なくなってしまっていた。時と共に成長期を迎え、ラギーの方が身長も横幅も大きくなり、レオナが柔らかくてか弱い存在なのだと気付いてしまったら尚更。
代々続く大企業の重役であるレオナの両親はいつも忙しく、レオナは余り構ってもらえずに寂しい想いをしている事を知っていた。
その代わりに歳の離れた兄がレオナを可愛がってくれた事も知っていたし、幼いレオナがただ直向きに家族を慕う気持ちが、成長するにつれ肉欲を伴う愛へと変化していった事も知っていた。
レオナが女になってしまった時期も大体知っているし、その相手がきっとレオナの実の兄だという事だって知っていた。
全部、レオナの口から直接聞いた事は無い。
全部、レオナをずっと傍らで見て居たから、ラギーが気付いただけだ。
ラギーがレオナの口から直接聞いた事実は「兄の子を孕んだ物の、親に堕胎を強要され、兄は逃げるように婚約をした」という物だけだ。
それだって、泣きじゃくるレオナの聴き取り辛く意味の繋がらない感情的な言葉をなんとか繋ぎ合わせて何とかそういう事があったのだろうと予想をつけただけの物だから、何処までが事実で実際にどんな事が起こったのかは知らない。
けど、その時からレオナは壊れてしまった。失った物を埋め合わせるように誰構わず男を誘っては肉欲に溺れる日々を過ごした。優しく大事に扱われるよりも、乱雑に物のように犯される事を好み、腹を精液で満たす事こそが幸せだとでもいうように隙さえあれば男を咥え込んだ。
ずっと、ずっと見て来たのだ。
幼い頃は恋もしたが、これだけ長く傍に居ればラギーの心を占めるのはただ、レオナの幸せを願う気持ちだけだ。
早くこんな命と心を削るような生活を止めて欲しい。悪戯にレオナを傷つける事を好む男よりも、せめてもっと大事にしてくれる男と遊んで欲しい。欲を言えば、ラギーよりももっとずっと完璧にレオナを愛し、慈しんで大事にしてくれる男の傍で笑っていて欲しい。昔の、美しく、賢く、そして男相手でも一歩も引かない憧れのお姉さんに戻って欲しかった。でも、それが叶わない時は――。
トイレを流す水音がして、扉が開く。出て来たレオナはすぐ傍でラギーが待っていた事を見ると満足気に微笑んで首筋に腕を絡みつけてきた。
「ラギー」
「はいっス」
そのまま預けられる体重を抱え上げてベッドまで運ぶ。殆ど倒れるようにベッドにレオナと共に寝転がればラギーの腕の中で楽しそうに笑い声をあげていた。
「ラギー、するぞ」
「駄目っすよ、今日はおちんちん無しっス」
「舐めたい」
「アンタちんぽ舐めたらもっとシたくなるでしょうが」
「ラギーが舐めてイかせてくれるんだろ?」
「――~~舐めるだけっスからね!喉奥まで咥えちゃダメっスよ!」
嬉しそうに笑みを広げたレオナが仰向けに寝転がったラギーの上で向きを変え、はしたなくラギーの頭の上で足を広げて跨り股間へと顔を埋めるのに漏れそうになった溜息を飲み込む。
結局、こうする事でしかレオナを繋ぎ留められないラギーも、レオナに群がる有象無象の男達と何も変わらなかった。

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結局、メッセージを送る事は一度も無かった

「そういやあ、ジャミルくん、レオナさんの誕生日はどうするんっスか?」
週末の穏やかな昼下がり。減って来ていた日用品のストックを買い足しておこうと出向いた購買でラギーと会い、買い物を済ませた後はなんとなく二人連れ立って鏡の間へと戻る所だった。
「どう、も何も。いつなんだ?」
「え、そこからっスか!?明日っスよ!」
明日。週の初めだから部活の朝練は無くて、放課後は部活があるもののそれ以外の用事が無かった筈。ついそこまで脳内で確認してしまってから、別に宴を開くわけでもあるまいしジャミルの身体が空いているかどうかは関係無かったと気付くが、それならば何故わざわざラギーは聞いて来たのかと首を傾げる。
「誕生日って、何かした方が良いのか?」
「え、マジで言ってるんスか?……カリムくんとか、宴だー!って騒いでそうなのに」
「カリムの時は勿論、盛大な宴が催されるが……俺は裏方で駆け回る事になるからいまいち祝っているという気分では無かったな」
「個人的にお祝いのプレゼントあげたり……とかも?」
「アレに、俺から物を贈る意味、あるか?」
「ええ~……そういうんじゃなくて……じゃあ、逆にカリムくんからもらったりは?」
「毎年、何か色々貰ってはいる気がするが、全部カリムの宝物庫に放り込んでいるからなんとも」
「ジャミルくんひっどい!」
げらげらと笑い出したラギーに、何故そんなに笑われるのかもわからず、だが聞いた所でいまいちピンと来ないだろう事はなんとなく察して黙っておく。
「まあ、レオナさんもそういうトコあるっスけどね」
「そうなのか?」
「去年、王宮からお誕生日プレゼントが届いたんスけど、中身の確認もしないで俺に投げ渡して来たんスよ、あの人」
「要らないって?」
「そう!売るなり焼くなり好きにしろ!って。酷い男っスよねえ」
「じゃあ、尚更、誕生日なんてどうでも良いんじゃないのか?」
「っはー!やっぱわかってねぇっスよジャミルくん!」
大袈裟なくらい大きな溜息をついて、ラギーの眠そうな目がじっとりとジャミルを見た。だがその口元は明らかに面白がっているようで、つい身構えてしまう。
レオナの身の回りの世話を焼くラギーは、レオナとジャミルの関係にいち早く気付いた男だ。友人とも、恋人ともつかない曖昧な関係の二人を茶化しつつもそれとなくフォローし、二人きりで居られる時間を作ってくれる大事な協力者でもある。一国の王子と、生まれた時から身分に縛られている富豪の従者という、少しばかり特殊な世界で生きて来た二人に「世間一般の常識」というのをそれとなく教えてくれる先生でもある。
助言、であれば聞きたいと思う。レオナが学園を離れれば終わるであろう限られた時間を、少しでも楽しみたいという気持ちは、ある。
「誕生日、って、恋人達の一大イベントじゃないっスか」
「はあ」
正確には恋人では無いと訂正したいが、だったらどんな関係なのだとは説明しがたいのでとりあえず先を促す。
「大切な人が生まれた日を二人きりでお祝いしたりするの、定番っスよ。愛を伝えるプレゼントを贈ったり、二人でお揃いのアクセサリーを持ったり。そういう話、聞いた事無いっスか?」
「……カリムの誕生祝いは、どちらかと言うと後継者としてカリムの顔を売るとか、アジーム家の権力アピールとか、招待客とのコネ作りとか、そういう政治的な面の方が強いからな……贈り物にしたって、いかに高価な物を贈れるかでアジーム家との付き合いが変わるわけだし、客の中にも序列があるから大体、贈り物の内容も定められて……」
「夢が無い!夢が無いっスよジャミルくん!!!」
「そういう家なんだ、仕方ないだろう。レオナ先輩の所だって同じなんじゃないのか?」
「……まあ、多分、そうなんだろうけどさあ。だったら尚更、ロマンチックな誕生日にしてみてもいいんじゃないっスか?」
「ロマンチック、ねえ」
「明日の夜、レオナさんは寮の部屋に押し込んどくし、部屋には誰にも近付かないようにしとくっスよ」
「随分サービスが良いな。代わりに何を要求する気だ?」
「あ、報酬に関してはレオナさんの方に請求するんでジャミルくんは気にしなくて良いっスよ」
「え?」
「あの人、誕生日あんま好きじゃなさそーなんで。俺からの誕生日プレゼントにジャミルくんを贈ってご機嫌取りするんスよ」
「なるほど喜んでもらえるかは別として、俺なら金は掛からずに贈れるからな」
「俺はレオナさんが欲しい物をあげるだけっス!」
ジャミルがプレゼントになるのかどうかはわからないが、ラギーが言うのなら、とりあえず顔を出すくらいはしてやっても良いかという気にはなってきた。
丁度辿り着いた鏡の間、明日絶対に忘れないでくださいっス!と念を押されながらラギーと別れる。いまいちロマンチックな誕生日とやらは理解出来ていなかったが、少しだけ、明日が楽しみだった。
寮で早めに夕飯を取り、ある程度カリムの世話の目処を付けてから、普段よりも少し早い時間にレオナの部屋へと向かう。最近では堂々と正面から尋ねる事も多かったが、ラギーが周知させている中で正面からレオナの部屋に行くのは少し気が引けて、久々に建物の外壁を伝い、バルコニーから侵入を果たす。
「――……本当に来たのか」
何処か笑みを含んだ低音は、灯りも無く暗い部屋のベッドの方から聞こえた。寝起きのようにくぁと欠伸を零してはのっそりと起き上がる姿は「ロマンチックな誕生日」とはどう見ても無縁だ。少しだけそれにほっとしながらベッドの端に近付き、腰を下ろす。
「要らなかったら、帰りますけど」
「もうラギーにはプレゼント代を持ってかれてるんだ、要らないわけねえだろ」
「払ったんですか」
「奉仕には正当な対価を。当然だろ」
レオナの腕がジャミルを片手で抱えて引き寄せ、腕の中に捕らわれる。そうして再びベッドに横になるレオナに引き摺られるように倒れ込み、暖かな体温に包まれた。
ジャミルは、ラギーに対価を払うに値するプレゼントになれたのだと、知らず頬が緩んでいた。どことなく気恥ずかしくて、胸元へと顔を埋めるようにして抱き締めると、少し濃いレオナの香りで肺が満たされる。
「で?今晩はお前を好きにして良いって?」
「……お望みとあらば、構いませんけど。いつも好きにしてるでしょう?」
「まあな」
そう言ってレオナが体勢を変え、仰向けに転がされたジャミルの上に覆いかぶさる。真正面から見下ろし満足気に細められたエメラルドに、ジャミルも満たされたような気持ちになる。喜んでもらえたのなら、良かった。
そうして顔が近付き、唇が重なりそうになる時に、あ、と思い出して声を上げる。
「あ?」
ちゅ、と一度だけ啄まれて離れたレオナが片眉を上げる。変なタイミングで思い出したのは悪いと思うが、このまま身体を重ねてしまえばきっと忘れてしまう。
「誕生日プレゼント、欲しい物ありますか?」
「お前じゃねぇのか?」
「それは、ラギーからでしょう。俺からも、何か、俺が用意出来る物であれば、贈りたいと思って」
「……俺はラギーからテメェをもらったのか。いやまあそうなんだろうけどよ」
ぼふりと力が抜けたようにジャミルの顔の横に突っ伏したレオナの体重が、重い。表情は見えないが、何か一人でぶつくさと耳元でぼやいているようで、吐息が擽ったかった。
「……先輩?」
「何をどう言えばいいのか考えてる所だ、待て」
「先輩でもそんな事あるんですね」
「お前の所為だろうが」
「俺の?」
「本当にお前は可愛いんだか可愛くないんだかわかんねぇな」
「はあ、どうも」
「褒めてねえよ」
くつりと、ジャミルの上で笑うレオナの振動が肌に伝わる。よくわからなかったが、のっそりと起き上がったレオナが楽しそうに笑っていたから、まあ、良いか、と思う。誕生日が好きじゃないと言っていたレオナが笑っているのなら、それで良い。
「……そうだな、来年も、誕生日を祝ってくれりゃあ、それで良い」
「アンタ来年も留年する気ですか」
「そういう話じゃねえよ。別に、メッセージの一つでもくれるだけでいい。来年の今日も、俺を祝え」
「そんなので良いんですか?」
「それくらいがちょうど良いだろ」
「まあ、お安い御用ですけど」
スケジュール管理には自信がある。来年の七月二十七日、レオナにメッセージを送るだけならばお互い何処に居たって出来るし、問題無いだろう。だがジャミルを見下ろしていたレオナは眉を歪めた微妙な顔をしてまじまじとジャミルを見つめ、それから盛大に溜息を吐きだしていた。
「……本当に、お前はこういう所ポンコツだよな。まあ、いい。忘れるなよ」
「何でけなされてるのかわからないんですけど」
「来年の誕生日に教えてやるよ」
それ以上は不要とばかりに再び重ねられた唇に、考えていた言葉が飲み込まれて霧散する。服の上からジャミルの身体の輪郭を辿る掌が、ぬるりと唇の合間を撫ぜて潜り込む舌先が、ゆっくりと夜の始まりを告げていた。
わからない事はたくさんあったが、レオナを喜ばせる事は、出来たらしい。それなら多分、良かったのだろう。今度ラギーにもそれとなく礼をしようと考えながら、ジャミルはレオナから与えられる心地良さに身を委ねた。
余談
「さて今年もお誕生日おめでとうございます」
「おう」
「今年もプレゼントは来年の誕生日をお祝いする事をご所望で?」
「んな嫌そうな顔すんな。俺もそろそろ変えようと思ってた所だ」
「やっとですか。何年掛かってるんですか。へたれ」
「うるせえな」
「で?何が欲しいんです?」
「お前のこれからの人生全て」
「重い」
「照れてんじゃねえよ」
「照れてません」
「で?くれるのか?」
「別にあげても良いですけど、俺の誕生日の時はそれ相応の物をもらいますからね」
「俺は今すぐ先払いでやっても構わねえが?」
「それは心の準備が要るので止めてください」
「そう言わず受け取れよ。俺を」
「止めろって言ってんだろ!」
「いい加減、慣れろよ。お前どれだけ俺のこと好きなんだよ」
「うるせえなアンタこそ自分の顔面の威力をいい加減覚えろ!」
「お前だけだろ、こんだけ長い事見て来てる筈なのに未だにそれだけ俺の顔好きなの」

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