一年最後の錬金術の授業は創作錬金薬の作成。事前に作成予定の薬の効果や使用する材料、それから作業工程を纏めた計画書を何度もクルーウェルに提出しては訂正され、なんとか作成を許された薬をやっと形にできる日。普段クルーウェルに丁寧に手順を教わりながら皆揃って同じ薬を作るのとは違い、それぞれの釜で思い思いに違うものを作っている為に普段よりも教室内は騒がしかった。
他の授業時間を選択している生徒で終わらなかった者も来ているらしく、見慣れぬ顔も多く教室内に居た。少し離れた釜では前回サボったから今日は必ず連れて来いと、クルーウェル直々に指名されたラギーがなんとか引きずり出してきたレオナが渋々と言った様子で釜をかき混ぜているのが見えた。適当にざかざかと材料を放り込んでいるように見えて恐らく高度な薬が完璧に作られているのだろう。工程表も見ずに作業する手には淀みが無い。
レオナを眺めていても薬は出来上がらない。ラギーも自分の作業に集中しようとした時だった。
「レオナさん!危ない!」
レオナの右側を通りがかった生徒が躓き、手にした薬剤がレオナに掛かろうとしているのを見つけて思わずラギーが叫ぶ。
「おい、危ねぇ!」
だが事件はそれ以外にも起きていた。叫ぶレオナの左隣の釜が合成失敗の爆発を起こす前兆の変色を見せ、たまたま側を通りかかろうとしていたジャミルを護るようにレオナの腕が伸ばされ引き寄せられていた。
結果。
ばふん、と間の抜けた爆発音と、ばしゃりと薬がぶちまけられる音。もくもくとドピンクの煙が一瞬にして視界を覆う程に溢れて教室内を満たす。
「窓を開けろ仔犬ども!」
クルーウェルの鋭い声が上がりがらがらと窓を開ける音、それから恐らく魔法なのだろう、ぶわりと教室中の空気を全て押し出すような風が吹いて煙が払われた後、二つの事件の丁度真ん中にいた二人の姿は忽然と消えていた。
騒然とする教室内で、薬をぶちまけた生徒と、合成を失敗させた生徒の両方から今回の計画書を引ったくったクルーウェルは非常に渋い顔をしていた。錬金術はやろうと思えばいとも簡単に人の命を奪う薬を作る事も出来る非常に危険なものだ。何が起きたのかはラギーにはわからないが、指導者の厳しい表情には不安が募る。
「……あの、二人は、どうなっちゃったんっスか?」
「……恐らくは命に別状は無い」
「じゃあ」
「恐らく、数時間もすれば戻ってくるだろう」
「良かったあ……」
ほっと安堵に胸を撫で下ろすが、それならクルーウェルの表情が気にかかる。どう尋ねたものかと悩んでいると、ざわつく生徒達に一言二言、今日の授業は中止だから片付けろと指示を出したクルーウェルに着いてこいと呼ばれ、教室の外へと連れ出される。
「お前はキングスカラーの世話役だから話すが」
なった覚えは無いが、否定も出来ないので黙って聞く体制に入る。
「二人が被った薬は惚れ薬の類いだな。効果も薄ければ有効時間も十分程度しかない玩具みたいなものだが……」
クルーウェルは優秀な指導者だ。派手な見た目とパフォーマンスで最初こそ驚くが、実際には飴と鞭を巧く使い分けて生徒の能力を伸ばすことに長けている。クルーウェルの授業はラギーでもわかりやすく、錬金術の成績は手先の器用さもあって高評価を得ている。
だがそのクルーウェルも現状に多少動揺しているのだろう、詳しく説明してくれてはいるのだが、まだ授業で習っていない単語が多すぎていまいちどういうことなのか理解が出来ない。暫く工程表を睨みながら長々と説明していたクルーウェルが顔をあげてようやく、右から左に説明が抜けて落ちぽかんと口を開ける事しか出来ないラギーに気付いた様子で益々顔をしかめ、そして溜め息をついた。
「要は、キングスカラーが咄嗟に防衛しようと発動させた結界と、浴びた惚れ薬、それから爆発の煙の成分が非常に面倒な具合に噛み合ってしまって……二人はセックスしないと出れない結界に、発情した状態で閉じ込められている」
「………………………は?」
「今から解除の薬を作るつもりではあるが……必要な素材の採取に時間が掛かるから完成まで五時間は必要だ。二人が自力で脱出する方が早い可能性がある」
「自力で、って……」
「皆まで言うな察しろ」
「あ……はいっス」
「薬を作っている間、この部屋を立ち入り禁止にするからブッチ、お前は二人が帰ってくるか見張っていろ」
「ええ……」
「大丈夫だとは思うが帰ってきたら二人が本当に無事なのか色々確認せねばならん。……だが誰かが見ていなければキングスカラーはきっとそのまま逃げるだろう」
「そうっスねえ」
「バイト代はやれんが成績には色をつけてやる。頼んだぞ」
半ば押し付けられるようにして教室に一人ぽつんと待機して既に五時間近く。薬の効果のまま我を忘れてセックスしていれば一時間とかからず帰ってくると思っていたが、なんだかんだ言っても仲良くなれそうにない二人だから流石にセックスは出来ずに困っているのかもしれない。その事に少しだけほっとしながら誰も居なくなった教室でだらだらと過ごす。もう少しすればクルーウェルが来て二人を呼び戻してくれる筈だ。
スマホを弄りながらクルーウェルの到着を待っていると、不意に教室の中央に淡い光が浮かぶ。ピンク色のそれはゆっくりと大きくなって行き、人がすっぽり入れそうな大きさにまで膨れ上がったと思うとぱちんと音を立てて弾けた。
「なんっっでもっと早く出れるようになってたのに言わないんですか!」
「離さなかったのはお前だろうが」
「俺はこの後も予定が色々あるんです!どうしてくれるんですか立てなくなるまでするとか本当にただのケダモノじゃないですかあの異常事態に平気で腰振れるとか知性は無いんです?」
「その異常事態に散々悦がってたやつに言われたくねぇな」
「悲鳴って言うんですよああいうの……は…………」
光が弾けて消えた後には、ラギーが待ち望んだ二人がいた。だが声をかけるよりも早くに口喧嘩を始められてしまい、タイミングを失ったままラギーはただあんぐりと口を開けたまま動けなくなってしまった。今更ラギーの存在に気付いたらしいジャミルが口を噤み身を縮こまらせているが、あのレオナにお姫様抱っこされていてはもうラギーは全てを悟った顔で笑うしかない。
「……二人とも、お帰りなさいっス」
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