忍者ブログ

空箱

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

地獄

「あとちょっとだったのに!」
「ふひひ惜しかったですなぁしかし相当腕を上げてますぞ」
「本当ですか?」
「拙者が抜かれる日も遠く無さそうですな」
「まだまだイデア先輩には敵わないですよ」
そう言って溜め息をつきながらも満足げにぱたりと後ろに倒れて伸びをするジャミルに、休憩しますか、とイデアは立ち上がった。ジャミルがイデアの部屋に訪れるようになったのはそんなに昔の話でも無い。最初はどうしてもアイドルのライブ映像を一緒に見ながら打ちたいと決死の覚悟で誘ったものだが、何でも素直に受け入れ楽しんでくれるジャミルはアイドルの話のみならず、今まで触ったことがないと言うビデオゲームも誘えばホイホイついてくるし、何ならジャミルから「今日遊びに行って良いですか」と誘われるようになった。
今日も突然連絡が来て、30分後には既にジャミルはイデアの部屋にいた。始めの頃こそ陰キャの部屋に遊びに来てくれる聖母のようなパリピの黒ギャルに嫌われたくないと、必死に童貞丸出しで丁寧にお迎えしていたが流石に回数を重ねればジャミルもただの男子高校生でしかないと現実が見えてくる。それでも推しには代わり無いが、散らかったままの部屋に招く抵抗感も薄れたし、ジャミルも好き勝手にイデアの部屋で寛ぐようになっていた。
この部屋にお茶なんてお上品なものは無いが、ジャミルも普段食べないようなジャンクフードを楽しんでいるようなので炭酸飲料を適当なマグカップに入れて二つ持ち、持ちきれないポテチの袋は口に咥えてジャミルの元に戻る。
「そういえば、」
「うわっ!?」
ちょうどジャミルの隣に腰を下ろそうとした所で突然思い出したようにジャミルが腹筋の力だけで起き上がり、運悪くイデアの肘に頭がぶつかってしまった。
「つめた……っ?」
「あばばばばば」
縦に揺れたマグカップは中身の液体を跳ね上げてイデアの手を濡らし、ジャミルの頭の上へと降り注いだ。慌てたところで覆水は盆に帰らず、頭から砂糖たっぷりの炭酸飲料を被ったジャミルの髪はべったりと濡れていた。
「わー!申し訳ないでござるジャミル氏にこのような粗相、拙者ハラキリの覚悟で……」
「……いえ、大丈夫ですよ、これくらい」
「そんな訳にはいかないでござるジャミル氏のぬばたまの黒髪になんてことを……!」
「タオルお借りできれば大丈夫ですから……」
「いやいや髪のみならずそんな服まで濡れて……はっ!シャワー!シャワー浴びていってくだされ」
「いえそんな、後で寮に帰ってからで」
「そんな美しさを損ねたジャミル氏をそのまま帰すわけにはいかぬでござるドッコイショォ!」
テンパった勢いのままにジャミルを横抱きにしてでもバスルームに連れて行こうとしたが即座にベキャァ!っと背筋が悲鳴を上げて一ミリも持ち上がらないままイデアは床に突っ伏した。火事場の馬鹿力なんて迷信だったのだ。今のイデアには推しに詫びを入れる事すら出来ない。非力な陰キャには所詮黒ギャルを救う事なんて出来ないのだ。
床にくの字に突っ伏したまま鬱々とした気持ちになるイデアの上で、ふ、と笑う吐息が溢れた。
「……それじゃあ、お言葉に甘えてシャワーお借りしますね。なので、あの、その、本当に気にしないでください。俺が突然起き上がったのが悪いんですし」
「じゃ、じゃみる氏ぃ……!」
やはり推しは今日も尊かった。がばりと身を起こしてジャミルを見上げればまるで後光が差しているかのような神々しさ。たまたま天井の照明の位置が丁度良かっただけとも言うが。
「服は全部まとめて洗濯機に入れておいてもらえれば帰るまでには超高性能自動洗濯機が素材を全てスキャン、最適な洗剤と水圧でもって洗浄、乾燥までやってくれますゆえこの自動判別機能には最新鋭のAIを独自に改造したものを使っておりましてなフヒっそこらで売られているような量産品とはわけが」
「ありがとうございます、使わせていただきますね」
危ない。ジャミルがぶった切ってくれなければオタク特有の早口でまくしててしまうところだった。立ち上がりバスルームへと消えて行く背中を見送り一息つく。いまだ申し訳無さで胃はキリキリしているがジャミルなら言葉通り気にしないでくれるだろうという謎の信頼もある。
と、そこまでぼんやりしてから気付く。今着ている服を洗濯するのなら風呂上がりのジャミルが着るものが無い。
慌ててクローゼットを漁るが陰キャの部屋に黒ギャルが着るに相応しい新品の服等あるわけもない。だが客人を裸のまま放って置くわけにもいかない。片っ端からすんすんと匂いを嗅いで少しでも陰キャの匂いがしない物を探すも見つかったのは数日前に洗濯したジャージの上のみ。他の目ぼしいものは使用済みで洗濯籠に放り込まれたままだ。
「……先輩、シャワーありがとうございました」
「わー!ジャミル氏破廉恥でござる!」
本当にお湯でただ炭酸飲料を流しただけだったらしいジャミルが腰にタオルを一枚撒いただけの姿でひょっこりとバスルームの扉から顔を出すものだからイデアの方が慌ててしまう。汗をかく事の少ない陰キャはそんな軽率に肌を他人に晒したりはしない。自分の肌を晒さないというのはつまり他人の肌だって余り見慣れていないのだ。ジャミルが男だとわかっていても濡れた髪を張り付かせた湯気のぼる肌を見せられてはなんだかいけないものでも見ているような気分になってしまって思わず視線を背けながらジャージを押し付ける。
「これ!これ着ててくだされ!!昨日洗ったばかりなので!!!汚くないので!!!!!」
「わざわざそんな……寒く無いですし」
「目の毒なのでお願いだから着てください僕の胃が死ぬ!」
我ながら悲痛な声が上がり、はあ、と納得いってはいなさそうながらジャージが受け取られる。それからファスナーを下ろし衣擦れの音がする間、ジャミルに背を向けて縮こまる。もう一度ファスナーが上がる音がしたあとにふわりと暖かな湿気を纏った風が部屋の中を過った。
「着ました……けど」
おずおずとした声に、あまりに陰キャオタク丸出しの圧で黒ギャルを怯えさせてしまったと反省し謝罪しようと思いながら振り返るが、唇を開く前に眼に入った光景にイデアは目を見開いた。
「あの、……?」
騒ぎ立てたと思ったら今度はジャミルを凝視したまま動かなくなったイデアに戸惑った様子を見て何か言わねばと思うのだが口を開けば益々オタクの早口が飛び出してしまいそうで、んぐぅと喉が変な音を出すばかりですぐには言葉を紡げなかった。
普段からイデアも愛用し、同じ形を何着も持っているジャージをジャミルに渡した。身体にフィットさせず、だるだると余らせて着るのが好きな為にイデアでもオーバーサイズのものだ。それをイデアよりも小さいジャミルが着ればどうなるか。
「………彼ジャージ……」
「は?」
「今日も推しが尊い……」
「あの、先輩???」
きっちり首元までファスナーを上げているがサイズが大きすぎるせいで鎖骨がちらつき、肩の縫い目が二の腕の辺りまで落ちている。袖はなんとか指で押さえて手が隠れないようにしているが、逆に言えば指先しか見えずに完璧な萌え袖だし、裾は際どすぎず、長すぎず、膝上15センチ程の長さ。そして何よりも大きな服を着ているが為に必要以上に中身が細く華奢に見えるシルエット。
「……この感動を誰にどう伝えたら良いのか……」
「……喜んで頂けたのなら、別に良いんですけど」
「喜ぶ所の話じゃないですぞジャミル氏、今のジャミル氏は萌えの権化、その姿は数多のオタクが夢見る桃源郷……」
思わずまた早口が出てしまいそうになって慌てて口を噤む。イデアは決してジャミルをそういう目で見てはいないし感情も無い。陰キャオタクにも優しいパリピの黒ギャルとして推してはいるが、そこにやましいものは一切ない。アイドルと話しやすい後輩の丁度間くらいの存在だと思っている。アイドル程遠くから崇拝する訳でも無く、ただの後輩よりはその存在に萌えているだけだ。
「よくわからないんですけど、先輩はこれでモエルんですね?」
面白がるように笑ったジャミルが、萌え袖から少しだけ覗く指先が太腿を隠す裾を摘まんでぱたぱた揺らし、それからイデアを見上げてことりと首を傾ける。先程の魔法の風で乾いた黒髪がさらりと肩から滑り落ちる所まで完璧だった。
「はい……萌えます……萌えます……ありがとうございます……」
「足とか、女の子に見えるようなものでは無いと思うんですけど」
「オタクには脳内補完という高等技術があるので無問題ですぞ」
「はあ」
いまいち戸惑ったまま理解は出来ていない様子のジャミルだったが情緒不安定になっているイデアに対してそれほど拒絶反応を起こしていないのを見るとつい忘れかけていた欲がむくむくと頭を擡げる。常々リア充爆発しろ陰キャオタクは一人惨めに物陰に居るのがお似合いだと思ってはいても目の前にこんな手頃な三次元が居たら一度は体験してみたいと思ってしまう。
「じゃ、ジャミル氏……」
「はい?」
「その、あの、もし気持ち悪く無かったら彼女を連れ込んで家デート気分を味わってみたいというか……」
「家デート?」
「あ、いや、その、ええと、一瞬でいいので此処に座ってはくださらんか!!!!」
勢いのままにベッドを背凭れ代わりに腰を下ろし、どんと投げ出した足の太腿をべちべちと叩いてアピールする。ジャミルの顔は怖くて見れなかった。
「俺、結構重いですよ?」
「幸せの重みなのでご褒美です!!!!」
はあ、と先程から何度も聞いた溜息のような声が笑っていた。ドキドキしながら自分の太腿を見つめていれば、それじゃあ失礼します、と目の前にジャミルが立ち、イデアに背を向けるようにして足の上に腰を下ろす。重さを気にしているのか、少し腰を浮かせたまま耐えているその遠慮がもどかしく、ジャミルの腹に腕を回すと引き寄せるようにしてしっかりと座らせたのは殆ど反射的な物だった。
「おい此処に陰険蛇野郎は居るか!?」
疑似彼女との家デート気分を噛み締めようとした正にその時、勢いよく開けられた部屋の扉から現れたのはイデアが関わりたくないランキング上位に位置するレオナ・キングスカラー。推しを部屋に招き入れて鍵を閉めるのはなんだか変態のようでつい普段ならきっちり閉めている筈の鍵を開けっぱなしにしたのが仇になった。
「そんな人間居ませんそもそも此処はイデア先輩のお部屋ですよ?ノックも無しに扉を開けるような無礼な方はお引き取りください」
「あぁ!?テメェが俺との約束すっぽかすからわざわざ迎えに来てやったんだろうが!」
「俺は!暫く!アンタの顔は見たく無いって言っただろ!!!!」
「話が終わる前に逃げ出したのはテメェだろうが」
「話の通じない獣と交わす言葉なんて持ち合わせていませんから!」
ずかずかと勝手に部屋に入って来たレオナとぎゃんぎゃん喧嘩を始めるジャミルを抱えたままだらだらと冷や汗を流す置物になる事しか出来ないイデアは察した。
多分、拙者、今日、死ぬ。
というか、彼ピ持ちなら先に言ってくれ。

拍手[0回]

PR

香水

夜のサバナクロー寮、寮長部屋。予定通りの時間に現れたのは嗅ぎ慣れぬ香りだった。一瞬身構えそうになるが、ベランダからジャミルが部屋へと入って来たのを見てほっと息を吐く。
「……なんだ、その匂い」
「ヴィル先輩に頂いたのでつけてみたんですが……嫌いですか?」
そのまま真っ直ぐにレオナの寝そべるベッドへと乗りあがり隣へと寝転がる身体を腕の中に収め、匂いの発生源の首筋へと顔を埋めて匂いを確かめる。まだつけたばかりだからか匂いは強いが苦になるような刺激臭はしない。水を思わせるような涼やかな花のような香り。ジャミル本人の香りとの相性も悪くなく、爽やかな印象の中に混ざる仄かな甘さが褥を誘うようで悪くない、と思う。ヴィルに貰った物というのは少々思う所が無い訳でも無いが、本人が好んで使っているのならば口を出すような事でもないだろう。
「……お前が気に入ってるのなら、良いんじゃねえの」
「良かった。この香り、俺のリクエストしたイメージを元に調合してもらったので世界に一つだけしかないんですよ」
「へえ」
「先輩も作ってもらいます?」
「いらねえよ」
「そう言うと思いました」
笑うジャミルを抱き締めて身を擦り付ければ互いの匂いが混ざり合う。レオナにはそれだけで十分だった。
その後もジャミルは世界で一つだけの香りとやらをいつも纏うようになった。最初こそ慣れない香りについ身構えていたものの、幾度も逢瀬を重ねればそれが当たり前になる。ジャミルの纏う香りが以前よりも強く長くレオナの部屋に残り、訪れる度に濃くなるようなそれはいつしかレオナの部屋に満ちていた。
元より二人の関係は隠している訳でも無ければ積極的に公表していた訳でも無かったが、ジャミルが時折レオナの残り香を纏わせるようになり、獣人の生徒にはこの男が誰の物であるか周知の事実だっただろう。だがそれはあくまで獣人の鼻の良さがあってこそであり、サバナクローでは暗黙の了解であってもただの人にはわからない程度の物だった筈だ。
だがジャミルが香水を使うようになってからは人の鼻でもレオナに残るジャミルの香りがわかるようになったらしい。
最初に気付いて声をかけてきたのはカリムだった。「ジャミルと同じ匂いがする」と、その理由に気付いているのかいないのかわからない顔で笑っていた。
次に声をかけてきたのはアズールだ。「その香水、ジャミルさんと同じものですか?」と二人の関係を知らないのかそれとも敢えてそ知らぬ振りをしているのかはわからないが顰めっ面をしていたので、羨ましいか?とからかって追い払ってやった。
その次にはハーツラビュルの一年。「てっきりジャミル先輩だと思って話しかけちゃったじゃないっすか!」と勝手に勘違いした上に人のせいにしてきたので軽く威嚇してやった。
そして今。
「あらレオナ、随分と良いパルファンを使っているじゃない」
授業の合間の休み時間、隣の席に腰を下ろしたヴィルが含みのある笑顔でレオナを見ていた。
「自画自賛か」
「そうよ、当たり前じゃない」
流石にこの男には多少噛みついたくらいでは揺らぎもしない。面倒な男に捕まったとは思うものの今更席を代る方が面倒だし、わざわざ背中を見せて逃げるのも癪だ。不躾なまでの視線を横顔に浴びながら素知らぬ顔で頬杖をついて授業の始まりを待つ。
「それにしても、あの子のセンスは悪くないのにこんなに趣味が悪いとは思わなかったわ」
「あ?」
「アンタが首輪を嵌められても文句言わずに大人しいのも驚きだけど」
「何の話だ」
そっぽを向いていようとお構いなしに訳のわからないことを言い始めるヴィルに不本意ながら顔を向ければ、中身とは裏腹に美しく整った顔がにこりと不穏に笑った。
「どう考えてもその香り、アンタの為に作られてるじゃない。マーキングされてるのよ、あの子に」

拍手[0回]

その、かたち

ホリデーで帰省した日の夜には必ず兄が部屋にやってくる。久方ぶりに会う兄弟の絆を深める為という名目で酒とつまみと共に兄はやってくるが、それを夜のうちに消費したことは一度も無い。
過去にはこの夜が煩わしくて逃げたこともあったが、真夜中に城の衛兵総出で捜索された挙げ句、捕まった後はホリデーが終わるまで自室に軟禁され散々好き放題されたので、この夜だけは大人しく兄に身を明け渡すことにしている。
ただシーツに身を沈めていれば、この国を統べる王自らがレオナに傅き、あらぬ場所を舐め、勝手に熱を灯して発散させてくれるのだと割り切ってしまえば学校の退屈な授業とさほど変わらなかった。
拒絶さえしなければ、兄の手は優しい。そのしつこさには辟易させられるが、夜を耐えれば朝が来る。
過剰な程に柔らかく緩められた場所にようやく熱い塊が押し込まれ、レオナは細く息を吐いた。精を吐き出すこと無く何度か達した身体はぼんやりと熱い。焦れったいほどゆっくりと腹の内側を侵食する熱とは違い、覆い被さる兄からぽたぽたと垂れ落ちる汗が冷たかった。
違和感に気付いたのは、二人の身体が完全に重なった時だった。今までならばまるで対であったかのようにぴったりと腹の内に収まっていた筈の熱が、うまく嵌まらない。空いた穴の形に寄り添わず、こんなにも奥深くまで満たされているのにすきま風が吹いているような心許なさ。
レオナはさほど気にはしなかった。違和感なんて、きっと兄が動き始めれば消えてしまうか、気にする余裕も無くなるだろうから。
だが兄は、普段ならば血の繋がった弟相手に不要な睦言を囁く唇を笑みの形にしながらもひたりとレオナを見下ろしていた。
「レオナ。……誰に此処を許したんだい?」
「……は?」
息を飲みそうになり、辛うじて不機嫌な声に変えて吐き出す。そんなことを言われるとは思ってもみなかった。それは兄が勘違いしているからではない。まさかそんなことでバレると思っていなかったからだ。
「……私はお前に男漁りさせる為に入学を許したわけではないのだがね」
「誰がンなことするかよ!」
「だが、許したのだろう?此処を」
冤罪だと叫ぶには余りにも兄は確信的だった。押し退けようとするレオナの両手を捕らえてシーツに縫い付け、身動ぎすら許さぬように一回りも二回りも大きな身体にのし掛かられてはレオナになす術はない。
「もう一度、ちゃんと躾なくてはね」
にこりと。夜にそぐわぬ顔で兄が笑う。長年、兄に調教された身体が教わった通りにすくんでしまっても、腹の中にはすきま風が吹いていた。

拍手[0回]

胡蝶の夢

にいさま、と久しく耳にした懐かしき呼び名は記憶に残る声よりも随分と低く艶を帯び、そして緊張感に尖っていた。何事かと声のした方へと顔を向けるよりも早く突き飛ばされながらなんとかそちらを見れば、今しがたまでファレナが立っていた場所に身を滑り込ませた弟の美しい横顔がぐうと苦痛に歪み、薄く艶やかな唇から鮮血を溢れさせている所だった。
レオナ、と叫んだ声はまるで自分の声ではないかのような悲痛さを帯びていた。床に打ち付けられた痛みも忘れてすぐさま駆け寄り、儚く崩れ落ちる肢体を抱き留めて腕の中に抱え込む。周りでは衛兵が血に濡れた凶器を握り締めた男を取り押さえ、侍女達の悲鳴で耳が痛い程に騒がしくなっているというのに不思議とファレナとレオナだけが静寂に包まれていた。きつく眉を寄せ痛みに呻きながらもうっすらと開かれたエメラルドがファレナを捕らえ、赤く染まった唇が微笑みの形を作る。
あいしている、と囁くような音色が確かにファレナの鼓膜に届いたと同時にすぅ、と力を失いファレナの腕の中で重みを増す身体。
愛する弟の命が失われようとしている事が信じられずに吠えるようにレオナの名を呼んだ。
「……というところで泣きながら目が覚めたのだよ」
「だせぇ」
はっ、と鼻で笑えば咎めるように奥を捏ねられて息を飲む。しつこいくらいにねちっこく時間をかけて全身舐め溶かされ、足の指の先まで甘い熱を植え付けられ、ようやく腹の奥まで熱を埋められて解放される時が近いと思いきや始まった今朝の悪夢の長話。中途半端な所で放り出されていた身体が妙な熱を籠らせていた。ただ一つに溶け合って忘れてしまった境界線を思い出させるように、腹の中の異物を主張するべく緩やかに揺すられただけだというのにレオナの意思に逆らい恐ろしい程に身体が歓喜に震えている。
「待っ、……て、そんな急に……」
「お前は、勝手に死んでは駄目だよ」
「兄貴、」
「お前を殺すのは、私だけだ」
逃げを打つ腰を捕まれ、抜け掛けた熱がぐずりと最奥を穿つ。幾度も兄に殺されてきた心と身体の一欠片たりとも譲らぬとでも言うような傲慢な瞳がレオナを見下ろしていた。
それに歯向かう気力は既に殺されていた。
逃げ出す勇気も殺されていた。
兄の愛と言う名の毒でレオナの身体はすっかり腐り果てていた。
後に残ったのは辛うじて人の形を保てるだけの骨に、最後の砦とばかりに纏わせた脆く儚いプライドの残り滓。
それすらもそう遠くないうちに兄の腕の中で朽ち果てて行くのだろうと、熱に滲む兄の姿からレオナは目を反らした。

拍手[0回]

ひみつ

初めて見たのは、叔父がまだ学生であった頃、長期休暇で王宮に帰って来た時の事。
食後の昼寝から目覚めた時、まだ外は明るく心地良い風が吹いていた。その日は叔父と遊ぶ約束をしていなかったけれど、チェカが叔父を見つけられれば二回に一回くらいは遊んでくれるから、探しに行こうと思ったのだ。
真っ先に尋ねた叔父の部屋は、誰も居ない空っぽだった。
その次に良く叔父が昼寝をしている庭園の東屋にもいなかった。
中庭にも居ない、食堂にもいない、図書室にもいない、チェカの部屋にも、母の部屋にも当然いない。
こうなったら最終手段、父に聞いてみようと思った。父はチェカの味方だから、いつだって可能な限りはチェカに叔父の居場所を教えてくれた。
父の執務室の前に立つ警備の人に扉を開けてもらい、中へと足を踏み入れる。背後でぱたりと扉が閉まる音を聞きながらぐるりと見渡したが父の姿は無かった。それならば、休憩の為に奥の部屋にいるのだろうと部屋の中にある扉に近付いて少し高い場所にある取っ手を掴み、体重をかけて押し開ける。音もなく開く重厚な扉は、少々チェカの手では開けるのが大変だった。
「――ッっぁあ、」
薄く開いた隙間から悲鳴が聞こえて思わず手を止める。緊急事態、にしては間延びした、でも耳に媚びりつくようなか細い声。純粋に、何が起きているのだろうと疑問に思ってそっと隙間を覗き込んで様子を伺う。
「あ、っあぅ、んん、……ッ」
大きなソファの上に、父が四つん這いのような姿勢で伏せていた。チェカと同じ色の豊かな髪の下から垣間見える黒い、髪。父の髪に隠れてしまって、その顔はわからない。けれど、この王宮に黒く波打つ髪を持つ人は、一人しかいない。
「んん……ッん、んぅ……」
ぬち、くちゅ、と濡れた音。息苦しそうな声。緩やかに前後に動く父は、裸の足を抱えていた。チェカよりも濃い色をした肌の足が、父が動くのに合わせてぶらぶらと力なく揺れていた。
何故だかはわからないけれど、虐められていると思った。もしかしたら何か「おいた」をして父に怒られているのかもしれない。止めて上げて欲しいと父にお願いしに行きたいのに、足が竦んでしまって動かない。
「んぁ、……っあ、兄貴、……ッ」
はあはあと荒い呼吸が聞こえる。父の髪の合間から伸びた裸の腕が、夕焼け色の頭をそっと抱き抱えていた。そうしてまた濡れた音が響く。チェカはただ立っているだけなのに、なんだか身体がとても熱かった。苦しそうな吐息を聞いてるだけでチェカまで息が詰まって来る。
「――ッっぁあああ」
父が組み敷いた身体を抱えるようにして身を起こすと、露わになった背中が撓る。上がる悲鳴は辛そうなのに、ドキドキと心臓が暴れていた。父の首に縋りついく背中が嫌がっているようには見えなかったからかもしれない。そのまま、視線を下へと滑らせれば汗に濡れた褐色の尻に、何かが刺さっていた。太くて、赤くて、てらてらとぬめりを帯びた物。それが二人が身体を揺さぶる度に姿を見せてはまた尻の奥に埋まってゆく。
「あ、あぁ、あ、あ」
奥深くまでそれが埋まる度に子猫が鳴くようなか細い声が上がる。その時、二人の行為の意味はわからないものの、これはチェカが見てはいけない物だと初めて気付いた。父と、叔父の、秘め事。二人だけでずるいとか、そんな感情は一切浮かんで来なかった。二人に見つからないうちに逃げなきゃ、と思うのに眼が離せなくて、なんだか身体が熱くて、なんだか泣きそうだった。

拍手[0回]

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]