「それでは元に戻れるまでの一週間、皆さん二人を助けてあげてくださいね」
以上、解散と学園長の一声で集まってきていた教師や野次馬がそれぞれ散って行く。残されたのは当事者二人と、有無を言わさずに二人のフォローを務める事になったラギー、ジャミルが元に戻るまでの間、カリムが平和で健全に学園生活を送れるように学園長と直々に契約を交わしたオクタヴィネルの三人と、その世話をされるカリムだけだった。
「昼は学食で良いとして、朝と夜の食事はフロイドが作り、心配ならば毒味もしましょう。身の回りの護衛兼フォローは僕とジェイドで交代でします。よろしいですね?」
「おう!世話になるぜ!」
「ああ。細かい指示は後でメッセージで送る。わからないことがあればすぐに連絡してくれ」
元気良く答えるカリムはいつものことだが、中身がジャミルだと知ってるとは言えレオナがはきはきと答える姿にはまだ違和感しかない。
「カリム。ターバンがずれている」
更にはカリムの服装の乱れを甲斐甲斐しく直すレオナなど、わかっていてもつい不思議なものを見るような心地でラギーは眺めてしまった。
「おい、もうカリムの御守りはタコ野郎に任せたんだろ。行くぞ」
レオナの腕を掴み強引に引こうとしたジャミルも、聞いたことも無いような棘のある低音で酷いしかめ面をしていた。普段のひんやりとした温度とは違う、今にも唸り声を上げて噛みつきそうな凶悪な顔。そのまま歩き出そうとするが、体格差ゆえかレオナに力負けしてつんのめる姿に思わず吹き出しそうになるのを辛うじて堪える。オクタヴィネルの三人はこの後のんびりカリムの世話をするだけで良いが、ラギーはこのあべこべな二人の世話をしなけらばならないのである。出来るだけ平和に過ごしたい。
「……気分良いですね」
少し足を踏ん張るだけでジャミルの強引な動きにあっさり抗って見せたレオナがニヤァ、と嫌な笑みを浮かべていた。
あ、レオナさんそっくり。いや見た目はレオナ本人だった。
とりあえず今日と明日は二人ともまとめてレオナの部屋に押し込み、必要とあらばラギーが世話をする。既に二人の人格が入れ替わっていることは知れ渡っているが、混乱を避けるためにその後の事はまだ保留。ジャミルはカリムと離れることを最後まで渋っていたが、下手にジャミルの見た目をしたレオナをスカラビアで預かる方が面倒が多いと言うことでなんとかこの形に落ち着いた。
しかし夕食を終え次第部屋に押し込められた所ですることが無い。普段ならベッドに横になればすぐに眠れた筈なのにジャミルの身体は数分目を閉じていたくらいでは眠りに落ちることは出来なかった。
「先輩、シャワー借りました」
「ああ」
汗を湯で流せばそれで終わりのレオナとは違い、随分と時間が掛かっていたジャミルがようやくバスルームから出てきた。シャワーを浴びるだけで何をそんなに時間が掛かるのかはわからないが、こころなしか見慣れた自分の身体よりも髪に艶を帯び、肌が潤っている気がする。
普段のレオナと同じように下着一枚で出てきたジャミル(身体はレオナ)がベッドに乗り上がるとさも当然と言わんばかりにレオナ(身体はジャミル)のうえに覆い被さり、自分に見下ろされる異様な光景につい避ける事を忘れてしまったことに本能的に失敗したと察する。
「物は相談なんですが、」
「駄目だ」
恐らく聞いては駄目なおねだりをされる予感に即座に拒絶し、自分の身体の下から抜け出そうとするがそれを見越していたかのように両手を捕らわれシーツに押し付けられる。にっこりと笑う自分の笑顔が違和感有りすぎて怖い。
「まあ、聞いてくださいよ」
「嫌だ離せ」
「先輩を抱きたいです」
「くっそ俺の身体は力が強いなテメェもう少し鍛えろよ!」
「今なら抱かれるのは俺の身体だから良いでしょう?」
じたばたと有らん限りの力で抗い抜け出そうと暴れたつもりだったがレオナの顔をしたジャミルの身体はびくともせず、むしろ軽々と両腕を頭上で一纏めにして片手で押さえ込まれ、空いた手がレオナの意思を無視して服の中に潜り込む。
「……ざっけんな、お前自分のツラ相手に勃つのかよ!」
「それが不思議な事に、なんか先輩の……というより俺の匂い?嗅いでるとムラムラしてくるんですよね」
そう言って首筋に顔を埋めたジャミルが深呼吸するとぞわぞわと肌が粟立っていた。これは決して期待や快感ではない、はっきりとした恐怖だ。何が悲しくて自分相手に手も足も出ずに組み敷かれなければいけないのか。
「初めてだし、先輩が協力してくれないとちょっと力加減が出来そうに無いんですけど……良いですよね、俺の身体だし」
そう言ってべろりと首を舐められて本格的に危機を覚えた身体が反射的に身を捩り、少し離れた隙をついて顔面の中心に思い切り頭突きを叩き込む。自分の顔だろうが知ったことか、自分の身体に抱かれる恐怖体験をするよりもずっとマシだ。
「い……っっったぁ……!!何するんですかアンタの顔に!!」
流石に鼻を押さえて怯んでいる間に力任せにレオナの皮を被ったジャミルの髪を引っ張り体勢を入れ換えようとするが、鼻から血を流すジャミルも負けじとレオナの喉を片手で掴み血流と気道を正確に圧迫してくる。
なんとか捕らえようと振り回される腕を掻い潜った手で目潰しを仕掛けてやれば漸くジャミルがレオナの上から飛び退り、身を起こしたレオナと一触即発の空気で向かい合う。
「先輩の顔を傷付けた罰としてなんとしてでも今日は抱かれてもらいますからね……!」
「何でだよ俺の身体なら好きにさせろ!」
今夜は暫く眠れそうにはなかった。
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