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空箱

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砂になる人の話

忍び込んだ夕焼けの草原の、王弟の部屋。
毎日丁寧に手入れがされているのだろう部屋なのに、何故か遠い昔に通い慣れた彼の寮の部屋を思い出した。
月明かりが差し込み、心地良い風が吹いて、辺りを支配するのは静寂。
部屋の主は夜更けの侵入者に驚く様子も無く、記憶にある姿から十年以上の月日を経てより精悍さを増した目元を緩ませていた。
「今なら、貴方を秘密裏に逃がす事が出来ます。それがカリムの望みでもあります」
「負け戦だからとっとと逃げろって?」
「これが、……戦にすらならない侵略だという事は貴方だってわかっているでしょう」
「それでも俺が俺で在る限り逃げられないという事だってわかってんだろ」
「このまま死ぬ気ですか」
「タダで死んでやるつもりはねぇよ」
「……カリムには、貴方が此処で暗殺されたように偽装した上で貴方を匿う用意があります」
「相変わらず善意の塊だなテメェの主は。……それで、テメェ自身は何を望んで此処へ来た?」
「貴方の望む結末の手助けに」
「は、結末と来たか。俺の首は土産になるか?」
「いえ。貴方は明日の晩、××軍の襲撃によって亡くなるシナリオになっています」
「アジームには貢献してやれねぇのか」
「アジームはあくまで商人ですから。利益は得ても手柄を得る事は有り得ません」
「再度聞くが、テメェは俺に何を望む?ジャミル。俺の死か?それとも俺が此処から逃げて生き延びる事か?」
「それを決めるのは俺じゃなくて貴方で、」
「テメェが決めろ。俺の命、委ねてやるよ」
「……卑怯じゃないですか?」
「カリムに大義名分もらわなきゃ来れないお前が言うか?」
「大義名分をもらわなければ来れないからこそ、俺には決められないんです」
「なら思ってる事全部ぶちまけろ。それで勘弁してやるよ」
「……貴方に死んで欲しくないです」
「うん」
「でも、貴方を逃すというのも賛同しかねています。俺の付け焼刃の作戦で軍に居る魔法士が欺ききれるかどうかはわかりません。もしも失敗すれば貴方とカリムの繋がりは知られているので真っ先に疑われるでしょう。上手く言い逃れ出来たとしても戦が起きようとしている今、少しでもアジームの信用を損なうような事はしたくありません」
「うん」
「俺は貴方を選べない。だけど貴方を切り捨てる事も出来ない。だから、せめて、叶う限り貴方の望む最期のお手伝いがしたい」
「うん」
「貴方が、今すぐ殺せというのなら貴方を殺します。貴方が逃げたいのならサポートします。貴方がこのまま明日を迎えたいというのなら俺は帰ります」
「うん。……ジャミル」
「はい」
「こっちに来い」
「……嫌です」
「俺の望む最期を手伝ってくれんじゃねぇのかよ」
「……行かなきゃ駄目ですか」
「俺が、来て欲しい」
ずるい、と思う。
フラフラとまるで操られているかのように近付いて行く足を止められない。
彼の座るベッドの前まで来ると伺うように手首が熱い掌に捕まれ、そっと引かれる。
いとも簡単に振り払えてしまいそうな淡い力なのに、言う事を聞かない身体はぴたりと彼の腕の中に納まってしまった。
「……俺は、明日の混乱の最中に行方不明になる。恐らく、二度とお前にも会えねぇだろうな」
「……」
「もしも俺の死体があったら失敗したんだと笑え。無かったら、俺はどこぞに逃げおおせてるからお前は何も心配すんな。テメェらの力なんざ借りなくたってどうにか出来るんだよ、俺は」
「………はい」
彼の決意を聞いて、そっと抱き締めれば同じだけの力で包み込まれた。
夜明けはもうすぐだった。

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わるいゆめ

不意に血生臭さを感じて振り替えると、そこにはジャミルがいた。夕焼けの草原の王宮、レオナの自室に何故、と思いながらも臭いの元へと視線を辿らせて息を呑む。
「レオナ先輩が欲しがっていたもの、とってきました」
ジャミルの片手に無造作に捕まれていた夕焼け色の髪。波打つその先にはこの国の王と、その後継者の頭が二つ、ぼたぼたと赤をこぼして真っ白な床を汚していた。
「これ、欲しかったのでしょう?」
無邪気なまでの笑顔でジャミルが頭を掲げてレオナへと近付く。
望んだ物を得た喜びも、肉親を殺された悲しみも、獲物を横取りされた怒りも、何も沸かなかった。そこにあるのは、今までレオナがずっと直視出来なかった物。
「……何故、」
「貴方が欲しい欲しいって泣くくせに自分では出来ないみたいだったから。俺が代わりにとってきてあげたんです」
ほら、と足元に放られた頭がべちゃりと赤を撒き散らしながら転がり、レオナの爪先にぶつかって止まった。何が起きたのかもわからぬ間に身体と別れを告げたのか、その表情は酷く穏やかなものだった。
「貴方の為になら、俺はなんでもしますよ。他にも何かあったら命じてください」
頭を手放してなお血の香りを纏わせたジャミルが近付き、レオナへと手を伸ばす。
その、さも愛しいと言わんばかりに蕩けた顔。
「この城中の人間を全て貴方に従わせる事だって、殺してしまうことだって、俺なら出来る」
頬をなぞる指先が濡れていた。ぬるりと撫でられた所から広がる血の香り。頬から滑り落ちた腕がレオナの首へと絡まり笑みを象る黒曜石が吐息の触れる距離まで近付いてくる。
「何を望みますか?俺の――」
溺れていた水中から突然水面に出ることが出来た時のように、不意に覚醒する意識。息苦しさに喘ぐ見開いた眼には見慣れた寮の天井と、心配げに見下ろすジャミルの顔があった。
「……すみません、魘されていたようだったので起こしてしまいました」
「……いや、……構わねぇ……」
気遣わしげにレオナの頬を撫でるジャミルの指先を反射的に掴む。血の臭いは、しなかった。だが夢と現が違う物だという確かな確証が欲しかった。
「……テメェの一番大事な人間は誰だ」
覗き込む黒曜石をひたりと見据えて問う。ますます困惑したように細めたジャミルが首を傾ける。
「……何の話ですか、」
「いいから答えろ」
痛みを与えるであろうほどに掴んだ指を握り締めてしまっても、ジャミルは何も言わなかった。ただじっと窺うようにレオナを見詰め、それから諦めたように息を吐く。
「………カリムです」
「……なら、良い………」
ようやく、息苦しさから解放されたように大きく胸を上下させる。気付けば全身汗で濡れていて身体が冷えていた。握り締めていたジャミルの指を解放し、代わりに手首を掴んで腕の中に引きずり込む。少しだけ躊躇った様子だったが、大人しく腕の中に収まった身体を両腕でしっかりと抱え込んで深呼吸を一つ。洗い立てのジャミルの匂い。こんなもので心が落ち着くなぞ矛盾していると思いながらも、この腕に抱ける間だけは、どうか。

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熱帯雨林エリア。この植物園において唯一スコールを模した降水機能を備えた場所。雨が降らないうちにと慌てて植物を採取しに来たことはあれど、わざわざ雨の降る時間を狙って此処へ来たのは初めてのことだった。
普段ならば人が歩く通路にそっと腰を下ろす。硬い。そのまま仰向けに寝転がればごつりと後頭部がぶつかって僅かな痛みをもたらした。こんな行儀の悪いことをするのも初めてだ。小石を平らに慣らして固めたような通路の地面の上、大の字に寝転がれば目の前には遠く空が望める透き通った天井。水気を帯びた土の香りと、騒がしい程に数多の草花が主張しおり混ざった香り。ひどく、長閑だった。
ぽつりと、一粒の水が頬を叩いたのはそれからすぐのことだった。ぽつり、ぽつり、少しずつ増える水の粒は透明な天井以外には何も見えない場所から落ちて次第に勢いを増し、見る間にジャミルを濡らして行く。ざあざあと雨粒が葉を、地面を、ジャミルを叩き痛い程だった。眼を開けていられずに瞼を伏せるとまるで豪雨の中に閉じ込められたかのような感覚。先程まで暑いくらいだった肌から見る間に温度が奪われ、濡れた衣服が貼り付いて自由を奪う。まるで雨によって地面に磔にされているようだ。ともすれば身を削ぐのでは無いかと思う程強い雨に打ち付けられて呼吸すらままならない。
「…………何してんだ、お前」
不意にかけられた声に薄く眼を空けて見上げれば、呆れた顔のレオナの姿。さすが植物園の管理人と噂される男、きっちりとエリアを隔てる透明な魔法の壁の向こうでスコールの被害を受けずにしゃがんでジャミルを見ていた。まさか寝坊することはあってもこんなに早く来るとは思っていなかったが、見られたからには今更取り繕うのも無駄だろう。
「雨に打たれて冷たくなるのはどんな気持ちなのかと思いまして」
ただでさえ雨で音が聞き取り難いというのに容赦なく口の中に注ぎ込まれる雨で口の中が一杯になってしまい、ごくりと飲み込む。普通の水の味がした。
「死にてえのか?」
まるでそうは思っていない気だるげな声に問われて思わず笑う。雨が喉を打って、少しむせた。
「まさか。他人を犠牲にしてでも生き延びますよ、俺は。……でも、踏み台にされる人間の気持ちは知っておくべきかと思いまして」
「悪趣味だな」
「律儀だと言ってください」
は、とレオナが鼻で笑う。
「テメェが見なきゃならねぇのは足元じゃなくて前だろうが」
「……たまには先輩らしいこと言えるんですね。流石に何度も同じ学年を繰り返している方は違う」
「管巻きてぇだけなら帰るぞ。付き合ってられねぇ」
雨の向こうでレオナが立ち上がり、今にも背中を向けてしまいそうになるのを、待ってください、と呼び止める。
「起こしてください」
「テメェで立ち上がれよ」
「甘えたい気分なんです」
どの口が、とでも言いたげに盛大に顔をしかめた後、溜め息一つでレオナが雨の中に右手を伸ばす。それを掴み取り、ぐっと強く引けば思いの外あっさりとレオナの身体が雨の中へと引きずり込まれた。だが。
「……ずるくないですか」
「俺は濡れるのは嫌いだ」
ジャミルのすぐ側で見下ろすレオナは良く見れば薄い膜のようなものに包まれて濡れる前に雨雫が弾かれていた。いつの間に魔法を使ったのか考える暇もなく、今度はジャミルの身体が強引に引きずりあげられ雨の外へと力尽くで連れ出される。ついでとばかりにぶわりと暖かな風がジャミルの身を撫でて水浸しになっていた筈の身体が一瞬で乾かされてしまった。
「……せっかく浸っていたのに酷いです」
「テメェが俺の礎になれるタマなら踏みつけてやっても良いんだがな」
そうじゃないだろうと言わんばかりの視線に値踏みされ、大人しく両手を上げて降参のポーズを取る。これ以上、レオナの機嫌を悪くさせたくは無かった。
「俺は足元なんざ気にしてやらねぇからな。構って欲しいなら見える場所に居ろ」
それでも、こうやって見つけに来てくれたじゃないですかとは、さすがに言えなかった。再び繋がれた手を引かれて熱帯雨林エリアを後にする。ジャミルにはその手を命綱代わりに握り返すことしか出来ない。
振り替えると、いつの間にか雨は止み、濡れた草花が午後の日差しを反射させ煌めいていた。

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甘える

「先輩、何でこんな所に居るんですかちょっと来てください!」
昼休みの鐘が鳴った校舎内、ラギーから逃げきれずに渋々授業を受け、漸く解放されたレオナが廊下に出た瞬間に立ちはだかったのは鬼気迫る様子のジャミル。
「あぁ?」
「早く!」
何事かと問う余裕すらなく、ジャミルに腕を掴まれ引き摺られる。怒っている、ように見えるがレオナに心当たりはない。そもそもハロウィンだなんだとここ暫く会ってすら居なかった。これが他の者であればうるせぇ先に用件を言えと振り払うだろうに、ジャミルに引き摺られるままだらだらと歩いて付いて行ってしまう自分に丸くなったなあなどと、妙にしみじみしてしまう。
「何で今日に限って無駄に真面目に授業出てるんですか二度手間になったでしょう」
「普段真面目に授業に出ろ同学年になるのだけはごめんだと言ってるお前が何言ってるんだ」
「今日は別です!」
「今日なんかあったか?」
「何もありません!!!」
レオナの腕を引き先を行くジャミルの顔は見えない。だが声は明らかに尖っていた。校舎を出てもまだ用件を言う様子の無いジャミルを力尽くで引き止める事は簡単だが、多分、その後の方が面倒な事になると思うと結局ジャミルの気の済むようにさせてやるのが正解なのだろう。天気は良く、風も穏やか。絶好のピクニック日和に外で弁当を広げる生徒も少なくない。漂う良い香りに空腹を思い出しながらも連れて来られたのは植物園。普段、高頻度でレオナがサボり場所にしている場所だ。こんな所に何の用事があるのだろうかと益々わからなくなって首を捻るレオナを他所に、植物園の奥、日当たりの良い芝生のエリア……つまりはレオナが普段陣取っている昼寝スポットまでやってきたジャミルは漸くそこで足を止め、レオナを振り返った。
「はい、そこに座る!」
そこ、と指差されたいつもレオナが寝ている場所。素直に従い腰を下ろせばすぐにジャミルがレオナの背後に回り、座ったかと思えば腹に腕が周り思い切りしがみつかれる。なんだこれ。
「………おい」
「寝てもいいですから暫く黙って置物になっててください」
「腹減ってるんだが」
「昼休み終わった後にでも食べてください今更一時間くらいサボった所で同じでしょう」
「お前な……」
ぎゅう、と腹を締める力は強い。びったりと背中に張り付いたジャミルの様子はわからず、ただ怒っているわけでは無いようだということだけは理解した。ぽかぽかと暖かな日差しを浴びてじっとしていれば言われずとも眠気はやってくるが、胡坐をかいて座った姿勢ではどうにも眠り辛い。
「……せめて、背中じゃなくて前に来いよ」
「嫌です」
「寝辛い」
「耐えろ」
「顔は見ねぇでやるから」
「…………」
もしやと予想したのは当たっていたらしい。少しだけ考えるような間の後、もぞりと背中の体温が離れる。それからトレードマークのようになっているフードを目深に被り俯いたジャミルがのそのそと這って回り込み、遠慮なしにレオナの足の上にのしかかり改めて抱き着き直すのに思わず吐息が笑いに揺れた。
「……悪かったな、今日に限って此処でサボってなくて」
揶揄うように言ってやってももう返事は無かった。ただ肩に埋められた頭が小さく左右に振られるだけ。
随分と不器用なやり方ではあるが、素直にレオナを頼れるようになった点については褒めてやりたい。それとも此処までジャミルを躾けられた自分を褒めてやるべきだろうか。
しっかりとジャミルの身体を腕で抱えてごろりと仰向けに横になる。それなりに重いが暖かな抱き枕を抱えて横になれば眠気はすぐにやってくる。
数分後、身体の上から退いた重みにぼんやりと瞼を開けると、いつも通りの冷ややかな笑みを浮かべたジャミルが「それじゃあ先輩、サボり過ぎて留年しないでくださいね」としゃあしゃあと言ってのけて去る所だった。

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つよつよ

バイトに疲れた身体をなんとか鏡に滑り込ませ、ようやく寮に帰ってきたと普段ならばほっと一息着くところで走る緊張。
 どおん、と地響きを伴うような爆発音が聞こえたのはその直後だった。
 「えええ……何事っスかあ……」
 正直関わりたくない。明らかに面倒事の気配しかしない。知らぬ振りで部屋に戻ってぐっすり寝たい。こちとらお気楽なお坊ちゃんと違い学業に部活にバイトまでこなしてきた働き者なのだ。体力の消耗は極力避けたい。
 だが音のする方角は明らかに談話室の方で、ラギーの部屋は談話室を抜けた先にある。つまり普通に部屋に戻るなら爆発の後も何やら騒がしい談話室を通らなければならない。最悪、箒で窓から帰れば談話室を通らなくても済むが、この騒ぎでレオナの機嫌が悪くなるとそれはそれで明日面倒臭い。
 今の平穏か、明日の平穏か。
 「………………はあ」
 知らぬ振りをした所で結局なんだかんだと引きずり出されて強制的に関わらされる気がする。諦めの溜め息一つでラギーは益々騒がしくなる談話室へと向けてとぼとぼ歩き始めた。
 
 
 喧嘩だろうとは思っていた。血気盛んな所のあるサバナクローの寮生は何かと肉体言語に頼りがちであるから取っ組み合いの喧嘩なぞ珍しく無く、それくらいだったらラギーとて気にせず部屋に帰る。問題はレオナがおねむの時間に騒音を立てて喧嘩していることだ。さすがにあの地響きはいただけない。
 今日は何処の馬鹿がやらかしたのかとげんなりしながら向かうと、そこには少々予想外の光景が広がっていた。
 やんやと野次を飛ばす人だかりは喧嘩が起きればいつもの事だから良い。既に床を舐めて呻き声をあげることしか出来ない負け犬がたくさん散らばっているのもまあ、これだけ数が多いのは珍しいが無いことも無い。未だ殺気を漲らせて獲物を取り囲み飛び掛かるタイミングを見計らう背中の数も今回は随分と大人数の団体戦だなあと思う所だが、彼らが取り囲んでいたのはスカラビアの副寮長、ジャミルただ一人だった。
 「俺一人にすら敵わない癖に大口叩くなバァーーーーカ!!!」
 状況は追い詰められているように見えるのにジャミルは怯むどころか中指立てて周りを煽っていた。そんなお下品な事も出来たのだなあとラギーが呆気に取られている間に見事に頭に血を上らせた寮生が一斉に飛び掛かる。
 ジャミルの一回りも二回りも大きな体力自慢達だ、流石にユニーク魔法を使ってでも止めなければと一歩踏み出したラギーだが、不意に腕を後ろから捕まれて止められてしまった。
 「なん……ってレオナさん?」
 ラギーの腕を掴んだ張本人は明らかに面白がる顔で笑いながら立てた人差し指を唇に当て、それから騒動の中心へと視線を向けた。レオナが止めるならばラギーが関わる理由は無い。一応この人、今まさに寮生にやられそうになっているジャミルとそれなりの仲では無かったかと思いながらラギーも視線を戻す。
 「はっはー!伏せが上手ですね先輩方!サバナクローでは無様に下級生に尻尾振る練習でもしてるんです?」
 少し目を離した隙に何が起きたのかはわからないが既に新たに二人、床に転がる負け犬が増えていた。悠長に煽るジャミルの死角から放たれた魔法にひやりとするも、魔法はそちらを見ないままのジャミルにたどり着く前にバシンと音を立てて弾かれ、放った寮生の下に真っ直ぐ跳ね返って直撃する。その隙に正面から殴り掛かった喧嘩が強いと豪語していた先輩は、ジャミルに触れたと思った瞬間には対して力を入れていない様子のジャミルの手でくるりとひっくり返って宙を舞い、それに驚いて横からつかみ掛かろうとしていたものの躊躇ってしまった寮生の横腹には強烈な蹴りがめり込み野次馬の所まで吹っ飛ばされていた。
 「ええ……なんスかあれ……次元が違うじゃないっスか……」
 「うちのヤツらと違って、アイツは遊びで覚えたわけじゃねぇだろうからなあ」
 「え……重……」
 「本人楽しんでるみたいだから良いんじゃねえか?」
 「止めなくて良いんスか」
 「馬鹿どもの躾してくれてるんだ、ありがてぇだろ」
 「はあ……レオナさんが良いならいーんスけど」
 ジャミルが逐一罵倒しながら楽しげに寮生を床に転がして行く様を見ながら何処か誇らしげに笑うレオナを見て漸く、ラギーは惚気られているのだと気付いてこれ以上の言葉をつぐむ。
 喧嘩の原因が何かはわからない。むしろ本人達も最早覚えていないだろう。ジャミルが煽るから対戦希望者は増え続けるばかりで、喧嘩がどうのというよりもサバナクローの威信をかけてでもジャミルを止めなければと言う空気を感じる。
 「……レオナさんは、あれ、勝てます?」
 聞いたのはなんとなくだった。普段ならばレオナが負ける可能性を考えていることが知られたら不機嫌にさせそうなものだが、目を細めたレオナはジャミルを見詰めたまま楽しげに口角を吊り上げていた。
 「どうだろうな。そもそも質が違う」
 「質?」
 「……今、ジャミルは遊んでいるだけだからあんなもんだが本来は襲撃者を確実に仕留める為の技術だろ。対して俺は自分の身を守る技術は叩き込まれているが俺自身が刃となる訓練は受けていない」
 「……つまり?」
 「アイツは矛で俺が盾だと例えれば良いか?あれに負けない自信はあるが仕留めきれるかはわからねぇ」
 「……くれぐれも喧嘩しないでくださいっス」
 思いの外、真面目な分析が帰ってきてしまいラギーはこれ以上何も言えなかった。レオナとジャミルが本気で喧嘩を始めたらとりあえずもう止めるとかそんな考えは捨てて絶対に逃げてやろうと固く心に誓う。巻き込まれたら死あるのみだ。
 目の前では野次馬の数が減り、床に転がる屍ばかりが増えていた。

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