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空箱

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ヤキモチ

「レオナ先輩、最近は俺ばかりが先輩を独り占めしてしまってますけど、他にそういう相手はいないんですか?」
事後の、しっとりしていた筈の時間に無邪気に投げ出されたジャミルの問い。思わず怒るよりも先に笑いが漏れた。一応、レオナとジャミルは恋人のような関係の筈だ。自らの意思でお互いの手を取った筈だ。今だってお互い汗ばんだ肌のままこうして手足を絡めて抱き合っているというのに、あまりにも場違いな問い掛けには笑うしかない。
真面目な優等生のように振舞うジャミルだったが、結局この男もアジームの中で生きて来た男だ。生きる世界が違えば常識も違う。ジャミル自身にもその自覚はあるようで、今までは疑問に思っても世間と自身の常識の違いをすり合わせるまでは些細な疑問は口にせずにひっそりと自分の内で解決させていたらしいものを、レオナに素直に問えるようになっただけ褒めてやらなければならない。
「なんだ、不服か?」
よくできました、と言わんばかりに額に頬にと唇を滑らせてやれば擽ったげに笑いながらもジャミルが首を振る。
「……いえ、そういうわけでは無いんですが……先輩が物足りないんじゃないかと思って」
一度逃げた身体が、もっとと強請るようにレオナの背を抱き、顔を寄せて来る。言葉と態度がちぐはぐなのにももう、慣れた。鼻先を一度啄んでやってから唇を重ねれば喉を鳴らして応える舌が絡みつく。情欲を煽るというよりは、ただ残り火を分け与えるような温い温度の戯れは息が途切れる前に自然と解け、ぬくぬくとした心地だけを残して息を吐く。
「俺が、テメェに遠慮してるって?」
「そういう、わけでも無いんですけど……」
言い淀むジャミルは今必死に世間の常識を探っている所なのだろう。少なくともあまり褒められた問いでは無かったと自覚はした様子で視線がレオナの鎖骨の辺りを泳いでいる。
「……逆に聞くが。今、テメェには他にそういう相手がいるのか?」
「いるわけないでしょう、そんな暇ありませんよ」
「暇があったら作るか?」
「――……」
ぱちくりと。三白眼気味の眼が瞬いてレオナを見る。考えもしなかったとありありと分かる顔。その染み付いた従者精神の方がよっぽどレオナの癪に障るなどとは知りもしないだろう。
「俺だけじゃ物足りねぇなら、好きにしろ。俺は止めねえよ」
「……良いんですか」
「ただし、やる時はカリムの世話を向こう一週間はしなくて済むようにしとけよ」
「何故、」
「テメェが誰のモンかわからせる為だろ」
にぃと牙を剥き出しにして脅してやれば、さてどう出るか。反発するか、困惑するか、それとも意味が伝わらずに益々きょとんとした顔をするのか。
「………ヤキモチですか」
へひ、と。ジャミルが緩んだ唇から間の抜けた音を出して笑う。強がりたいのか、照れているのか曖昧な様子で唇がふよふよしている。これだから、この男は。
「そうだ、悪いか」
「いえ、」
言い切ってやれば、ふへっ、と本格的に妙な笑い声を漏らし始めたジャミルがレオナの首元に顔を埋めてぐりぐりと懐いた。照れ隠しのつもりだろうか、それにしてもあまりに拙すぎてせっかく凄んだレオナまで笑いを誘われる。
「俺にヤキモチ焼かせて、楽しいか?」
まるで大型の猫か何かのようにぐりぐりすりすり懐くジャミルを受け止めながらつい出来心で問いかければ、遠慮無しにこくんとジャミルが頷くものだから思わずレオナも声を上げて笑ってしまった。

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寝ているレオナの上に跨り、投げ出されていた太い両手首を手に取る。安らかな寝息が途切れ、眠たげな眼がぼんやりとジャミルを捕えたのを自覚しながら、為すがままに持ち上がった掌をそっと首筋へと宛がう。意図を察したように眠る直前の燃えるような温度がかさついた感触と共に首筋を包み込み、思わず陶然とした息が漏れた。
首を包み込む大きな掌の上からそっと押し付けるように両手を宛がえばほんの僅かに締め付けられて息苦しさが増す。酸素を求めて開いた唇で、もっと、と音にならない願いを向ける。
「………あんま変な遊び覚えんじゃねぇよ」
きゅう、と一瞬視界が飛びそうになるほどに強く締め付けられ、それから解放されると勢いよく流れ込む空気に咽る。少しだけ頭が痛かった。
「遊びじゃあ、無いですよ」
「もっとタチ悪いだろうが」
「だって、首が寒かったんです」
「首輪でも欲しいって?」
「形ある物には興味無いです」
「ほぉ」
今までただ眠たげに瞬いていただけだったエメラルドがすうっと笑みの形に細められた。手首を分厚い掌が掴んだ、と思った頃には引っ張られ、ころりと簡単にレオナの下に組み敷かれる。のしりと腰の上に座られ、高みから見下ろされながら大きな掌が片手でジャミルの首をそっとシーツに押し付ける。
「お前が望むなら、ありったけの形の無い物で此処を締め付けてやるが?」
「望んでませんそんな物。……ただ少し、暖まりたかっただけです」
「じゃあ今、十分暖かいな?」
「………足りません」
いくら大きな掌でも、片手ではジャミルの首を握り潰す事は出来ても全てを包み込む事は出来ていない。寒い。暇そうにしている手首を捉えて引き寄せる。溜息のように苦笑したレオナがジャミルの首を両手で包み直した。じんわりと硬くなった皮膚から伝わる熱が心地良い。
「……もしも俺が死ぬ時には、こうやって先輩が首だけ暖めてくれたら良いのに」
「死にそうな時に俺の手が届く場所に居たら暖めてやるよ」
「ふふ、ロマンチックですね」
レオナがジャミルの命の灯火を消す幻想は酷く煌いて見えた。きっと、そんな未来は来る筈が無いけれど。

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人の肉は食べても美味しくないと知っている。決して自分で実際に味わったわけではない。雑食の肉は臭みが強く、よほど手間を掛けなければ食べられた物では無いというのが獣人の間では常識と言えるレベルの噂となっていた、ただそれだけだ。
確かにレオナの下でうねる濡れた肌はレオナの舌を誘うが、それは食欲に突き動かされているわけではない。汗を舐め取っているのかそれとも唾液を塗り付けているのかわからぬ動きで撫でてやるだけで震える肌が、細く鳴く吐息が、根本まで包み込まれた場所が柔らかくレオナを食む動きが、味覚以外の甘さでみぞおちの辺りを満たすからしているだけだ。濡れたカフェオレ色の肌が味覚を刺激しない事は重々承知している。
仄かな石鹸の残り香を残した肌を丁寧に舐め、時に柔く犬歯を食い込ませ、胃では無い場所が訴える飢餓感を少しでも満たそうと獲物の味を覚える。血の香りを残す肉の塊が喉を通り過ぎ胃を重くするのとは違う、脳に直接響く満腹感を求めて指の先まで丹念に舐ればレオナの下で獲物の身体がうねり、奥深くまで差し込んだ場所が食い締められた。
は、と零れた吐息はどちらのものだったか、飢餓感ばかりが増して一向に満たされない焦燥に任せて身を揺すればぬちりと繋がった場所から立つ音と、肌を粟立たせる程の甘さ。いっぺんに食べてしまうのは勿体なくて、力任せに貪りたくなる欲を押さえ付けて首筋へと顔を寄せる。最も無防備に太い血管が晒された場所、奥に流れる血の匂いすら嗅ぎ取れそうな薄い皮膚の味を探すようにべったりと舌を押し付けてなぞれば逃れたいのか、それとも一思いに噛み千切られたいのか濡れて艶めく喉仏がレオナの前に曝け出されたので遠慮なく大きく口を開けてしゃぶりつく。獲物を仕留める時のように、だが傷つけないようにたっぷりの唾液で湿らせた犬歯を滑らせ、流れる汗の一滴も逃さぬように啜り上げれば上がる鳴き声に喉仏が震える様が舌先に直に伝わった。
ごくり、とどちらの物ともわからぬ体液を飲み込む音が吐息しか居ない空気を震わせる。濡れた唇を舐め、そうして首から顔を上げれば目の前には真っ黒な黒曜石が二つ。普段の知性を何処へと置いて来たのか、茫洋とレオナを見上げる黒が今にも溢れそうな涙の海の中に沈んでいた。夜闇を吸い込んだかのような黒がレオナを捉え、そうして全てをレオナに委ねるようにゆるりと笑みの形に緩む。
美味しそうだ、と思った。
比喩でもなんでもなく、言葉通りにその瞳が胃袋を刺激した。飢えを満たすものを求めて乾きそうな舌を、尖った顎先から頬まで滑らせてから目尻を一度啄む。少し塩気を感じた。瞬く睫毛が伸ばした舌先を擽り、張り付く。それを無理に引っ張らないように、だが拒む事を許さぬように合わせられた瞼の縁へと舌を差し込めば驚きにか見開かれ、存分に舐めやすくなった場所をつるりと撫ぜる。柔らかく、肌よりも滑らかな感触が舌先を癒し、びくびくと大人しかった獲物の身体が痙攣するように暴れた。搾り取るように力任せに締め付けられ、危うく意図せず満たされてしまいそうになるのを腹筋の力を込めて辛うじて堪える。まだ、レオナは味わい尽くしていない。
駆け抜けた衝動にぎゅうと一度閉じられた瞳が再び開かれた時、先程よりも深い黒がレオナを映していた。再び顔を寄せても従順な獲物は心得たように、だが戸惑うように黒を揺らす。そうして曝け出された黒を包む白い部分。舌の腹を押し付ければ組み敷いた身体がびくりと跳ね、背に回された指先がレオナの肌に指の痕を残していた。それは拒絶では無い。
そっと頬に手を添えて舌先に少し力を入れて柔らかな眼球を守る瞼の内側へと潜り込ませて一撫で。後から後から溢れて来る涙を啜る事で歯を立てたくなる衝動を寸でで押し留める。美味しいとは思わない。だが身体の内に取り込みたい。レオナの血肉にしたいという欲が腹の底で渦巻いていた。

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砂糖

「先輩に砂糖をかけて良いですか?」
「は?」
約束の時間通りにレオナの部屋に訪れたジャミルが、暗黙の了解とばかりにベッドの上でうとうとしていたレオナの上に跨がり発した第一声に、普段なら暫く振り払えない眠気が一気に覚めた。
「舐める時に、先輩のに砂糖かけたいです」
これ、と得意気にズボンのポケットから取り出されたのは掌に収まるような小さな透明の袋に詰められた白い粉の塊。色気も何も無い。
また何かわけのわからないことを言い出したこの男とレオナが思わず半目になってしまうのは仕方の無いことだろう。
「今度はどんな理由でそうなったんだ……」
「その、味が苦手なので、美味しくなる方法は無いかなと思いまして」
「苦手なら舐めなきゃ良いだろうが」
レオナがジャミルに口での奉仕を頼んだ事は一度も無い。むしろジャミルが率先してやり始めたから好きにさせているだけだ。散々楽しんで来たので、嫌々だったとは流石に言えないが。
「でも、レオナ先輩は舐められるの好きでしょう?」
「男なら大概好きだと思うが」
「俺は別に先輩に舐められたく無いです」
「味わった事ねぇからだろ。やってやろうか?」
「結構です」
他人のモノを口に入れた経験は無いので腕に自信があるわけでも無いが、そこまではっきり拒絶されると逆に何がなんでもやってやりたくなる。だが身を起こそうとする前に察したジャミルが肩をシーツに押し付けるように両手をついて体重をかけてきた。
「俺の事は良いんです。砂糖かけて良いですか?」
「お前に舐めてもらうのは嫌いじゃねぇが、苦手なのを無理してまでやらせたいわけじゃねぇよ」
「でも俺は舐めたいんですよ。味が苦手なだけで。先輩のを舐めること自体は好きなんです」
「何故」
「気持ち良さそうにしてくれるから」
「俺はお前の口以外も十分楽しんでるつもりだが?」
「でも口も好きでしょう?」
「好きだが、砂糖をかけられるくらいなら断る」
「えぇー……」
何故そこで断られる意味がわからないと言う顔が出来るのか理解しかねるが、普段よりも随分と幼い顔でむすくれる姿はそれなりに可愛いと思えたので良しとする。もう良いだろうとジャミルの腕を掴めば今度はあっさりと体勢が入れ替えられた。
「……そもそも、砂糖かけて美味くなるのか?」
それは素朴な疑問だった。大人しくレオナの下に組み敷かれたジャミルは、パーカーの裾から手を滑り込ませれば服を脱がせるのを手伝うように両腕を頭上にあげていた。
「多分、えげつないくらい不味くなると思います」
「おい、じゃあ何でンなこと言い出したんだ」
「気になったので……」
「人の身体を玩具にしようとすんじゃねえよ」
「被害食らうのは俺だから良いでしょう」
「盛り上がってる所にせっせと砂糖まぶされたら俺だって萎えるぞ」
「本当ですか?」
だからそこで目を輝かせるな。
ジャミルが幼い頃からずっと禁じられていた「好奇心のままに行動する楽しみ」を最近やっと味わうことが出来るようになったのだと察してしまい、妙な同情心から下手に抵抗出来なくなっているのだからそれ以上レオナの辛うじて残っていた優しさに漬け込むような真似をしないで欲しい。何処に行った熟慮の精神。
まだまだ夜は長くなりそうだった。

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二度寝

ぱちりと目を開ければ見慣れた、だが自分の部屋では無い天井。何度か瞬きをしてから横へ顔を向ければ部屋の主が意識の有る時よりもずっと穏やかな顔で眠っていた。抱き枕のように抱え込まれてはいるがその拘束は緩い。腹に絡みついた暖かな腕をそっと外して退けて身体をずらせば簡単に抜け出せた。身を起こし、ずれた掛け布をそっとかけ直してやるついでにふわふわと柔らかな髪を一撫で。ジャミルの物とは違い柔らかく波打つ髪はたったそれだけでも名残惜しむかのように指先に絡みつくものだからつい口元が緩んでしまう。ぽかりと口を開けて眠る姿はあどけないともだらしないとも言える微妙な所だが、それが可愛く見えてしまうのだからこの男は始末が悪い。昨夜は散々好き勝手にジャミルを弄び腹立たしいとすら思った筈なのにこの野生の欠片も無い寝顔一つで絆されてしまう。
だがいつまでも寝顔を眺めている場合では無い。冬のホリデー以降、ジャミルの朝の仕事量は激減したが皆無なわけではないし、常に余裕を持って行動したい。まずはシャワーを借りて昨夜の名残を綺麗さっぱり洗い流してしまおうと、そっとベッドから足を下ろし立ち上がる。が。
確かに立ち上がろうと力を込めた筈だったのに、身体はべしゃりと重力のままに床に崩れ落ちた。辛うじて両手をついて顔面からぶつかることは避けたが、打ち付けた膝や腰が痛い。そもそも筋肉が悲鳴を上げている。
ジャミルは運動部であるし、そもそも元から鍛えている。夜の事だって昨日覚えたばかりのウブだというわけでもなく、むしろどちらかと言えばこの年齢にしては経験豊富だと自負している。そんな自分がたかだかこの男相手にこんなザマになるなんて、と昨夜の事を思い返しそうになって、止める。
確かに昨夜は少々盛り上がり過ぎて記憶が途切れがちだし、素面なのに気持ち良すぎて辛かったことを朧に思い出したがそんな事をしている場合では無い。原因究明よりもこれからの事だ。とにかくシャワーを浴びねば寮に帰れない。とりあえず這ってでも寮長部屋に備え付けられたバスルームに向かおうと手と膝を床につけて前へと進み出す。
「…………何してんだ、お前」
呆れたような、揶揄するような声に振り向けば主な原因の男が優雅に頬杖をついて見下ろしていた。先程までの愛らしいとすら言える寝顔とは正反対の、にやついた腹立たしい顔で。
「……っ……っっ…………」
言い返してやろうと唇を開くが、出てくるのはほんの少しだけ喉に空気が引っ掛かる音だけ。
「………っ……………っ……」
喉や口の形を変えてどうにか音が出ないかと足掻いてみてもヒュゥ、と空気が通る音しか出てこない。
「……昨日は随分良い声で鳴きまくってたもんなぁ」
昨夜の事を思い返しているのかニヤニヤと笑みを深めるばかりの男に誰のせいだと詰ってやりたいが声が出ない。思い切り睨んだ所で楽しげに口角が吊り上がるばかりだ。
しかしジャミルには時間が無い。今日は休日だから急ぐ用は無いが、カリムの世話はある。冬のホリデー以降、一から十まで全てジャミルが用意してやるのは止め、カリムが一人で生活出来るように訓練はしているが、手は出さずとも近くで見守り、何かあれば口を出してやりたい。近頃では細かい所にたくさん目を瞑ればジャミルが口出すことも無くなっては来たが、だからと言って手放しで放置するのは逆にジャミルが落ち着かない。
のしり、と寝起きの獣がベッドから降りてジャミルの傍らにしゃがみこむ。脇の下を抱えられ、ふわりと浮いた身体にバスルームへと連れて行ってもらえるのかと淡い期待をするもジャミルを確り抱え込んだままベッドに再び引きずり込まれてしまう。慌てて逃げ出そうにも益々腕が足が絡み付くばかりでぎゅうとレオナに閉じ込められてしまった。
べしん、と辛うじて自由になる手で目の前の分厚い胸板を叩いても効かないどころかゴリ、と固くなった股間を押し付けられて青ざめる。
「い、……ってぇな!何しやがる」
普段は三つ編みに結われている辺りの髪を一房、思い切り引っ張れば流石に悲鳴を上げて拘束が緩む。しかめ面になってもなお整った顔に覗き込まれ、睨み付けてやりながらも、か、り、む、と出ない声の代わりに唇を大きく動かしてやれば、すう、とエメラルドが細められた。
「俺の腕の中で違う男の名前出すとはいい度胸だな」
腕の中に留まるつもりが無かったジャミルを無理矢理引き留める男が犬歯を剥き出しにして笑う。誰のせいだと言いたくても開けた唇からは音が出ないまま。発声気管として役に立たない口でせめて、目の前の肩にがぶりと軽く噛みついてやった。
「それは誘ってるんだと受け取るが、良いな?」
のしりと体重をかけられ押し潰されながらの言葉に慌てて口を離して首を振る。違うそうじゃない。ジャミルはただ普段通りにシャワーを浴びて帰りたいだけだと言うのに状況はどんどん悪化する一方だ。ごりごりと内腿に押し付けられる熱に危機感が増す。逃げようともがく身体は全体重を掛けて押さえ付けられ、すっかり下敷きになったジャミルの首を、味を確かめるように舌が這う。押し退けようとした手は大きな掌でシーツに縫い止められ、なんとか自由になる足は重すぎて上手く動かない。
ちゅう、と跡がつく程に肌を吸われても抗議することは出来ず、今まで跡を残すことを許さなかった仕返しのように首に鎖骨に胸元にと唇が寄せられるのを止められない。
しつこいくらいに何度も舌と唇が這い、酷い見た目になっているんじゃないかと言う頃にようやく満足した様子の男が顔を上げて唇を舐める。まるで獲物を前にした肉食獣のような仕草。
「……っふは、なんてツラしてんだお前」
放つ色気が霧散し、代わりに年相応よりも幼い笑顔が弾けてジャミルは目を瞬かせた。なんてツラと言われても自分ではわからない。
「……別にしねぇよ。身体しんどいんだろ」
朝勃ちだから放っときゃ収まると笑いながら、先程までとは違う触れるだけの唇がジャミルの額に押し付けられた。
「んな状態でカリムの世話も何もねーだろ。テメェがお荷物になるだけだぞ」
言われてみれば確かにと、その言葉はすとんとジャミルの心に落ちてきた。気合いで自分の足で立ち、歩くくらいなら出来るだろうとは思うが逆にカリムに心配させて余計に騒がれるのがオチだ。
ジャミルが納得したのがわかったのか、シーツに押さえ付けられていた身体が解放され、そしてまたゆるりと柔らかく腕の中に抱き込まれる。もう逃げようとは思わなかった。
「もう少し、寝てけ。此処で」
つい先程まで捕食者の顔をしていた男が飼い猫のようにすりすりとジャミルに頬擦りするだけで昨夜から今までのあれこれへの怒りが微笑ましさへと変換されてしまうのだから本当に卑怯だと思う。居心地の良い場所を見つけたのか動かなくなった、と思った頃には穏やかな寝息を立て始める男に思わず笑う吐息を一つ吐き出す。この男のように眠れるかはわからないが、ジャミルもそっと頬をすり寄せて目蓋を下ろした。

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