頬を撫でる暖かな温もりに、微睡んでいた意識がゆっくりと浮上する。重たい瞼を押し上げれば夜闇の中で悠然と微笑むファレナの姿。
「よく寝ていたな。疲れていたのか?」
大切な物を愛でるような手つきで頬をなぞる指先に舌打ちしそうになるのをぐっと奥歯で噛み殺し、ああ、と一つ頷く。
城に帰るなり盛大にチェカに出迎えられ、纏わりつかれ、振り回され、もう寝るから邪魔するなと言って逃げたのは夕刻頃。一緒にお昼寝する!と無邪気に隣に転がった毛玉は何処に行ったのかと視線を巡らせるが、それを遮るように上から圧し掛かって来たファレナに見下ろされて視線を捕らわれてしまう。
「チェカはもう部屋に戻って寝ている。……今度は私の番だ」
まるで断られる事を知らないような尊大な笑顔。夜闇の中でもあまりに眩しくて見ていられず瞼を閉じれば心得たとばかりに唇を塞がれて分厚い舌がレオナの口内を無遠慮に掻き混ぜる。これではまるで自ら誘ったようだと気付いても時既に遅し、我が物顔で這いまわる舌に口蓋を擽られると尻尾の付け根からぞわぞわとした予感が駆け巡る。たっぷりと時間をかけて口内を荒され、解放された頃には息が上がっているというのにファレナは満足げに唇を舐めているのが憎たらしい。
「愛しい私のレオナ。少し見ないうちにまた美しくなったな」
幼い頃ならば素直に喜べた言葉も、今のレオナには毒のようにしか感じられない。この兄が本当にレオナの事を愛おしく思っているのは事実だろう。第一王子が強大な魔法を持って生まれた第二王子を目に入れても痛くない程に可愛がっていることなど城の誰もが知っている。だからこそレオナは兄にだけは懐いていたし、兄が全てだった。
唇を重ねた後は、頬に一度、首筋に一度、それから鎖骨に痕が残る程に強く、一度。それは染み付いた習慣のようなモノで、肌の上にちくりと刺さる痛みで勝手にその先を期待してじわりと身体が熱くなるのはただの反射だ。そうなるように、躾けられていた。兄と性行為をするようになってからもう五年以上……否、挿入を伴わない行為を含めれば十年近くになるだろうか。
レオナよりも一回り大きな掌が丁寧に服を脱がせ、肌の上を這い、追いかけるように唇が舌が余す所なく濡らして行く。愛しさを抑えきれないとでも言うように全身余す所なく全てを王の支配下に置く行為に対してレオナがする事と言ったら精々王の機嫌を損なわないように鳴いてみせる事だけで、余計な事をすればその分執拗に「可愛がられる」のは身に染みてわかっている。
ただ兄を慕い、兄だけを見つめ、兄に愛される事を喜んでいるだけではいられなくなったのは、兄が婚約をするという話が出た頃だっただろうか。「他の人には内緒だよ」と言われ、密やかに兄と触れ合っていたのが世間で言う性行為だと理解はしていても、それに何の違和感も嫌悪も無くただ兄と秘密の共有をしている喜びがまだ上回っていた頃。
頭では理解していた。兄はいずれ王となり、妻を迎え、子を生す事を。だがこれが婚約者だと連れて来られた女性を見て初めて恐怖を覚えた。兄に捨てられたら自分はどうなってしまうのかと。
元々、兄を独占したいなどという気は無い。ただ兄の隣に自分の居場所があれば良かった。どれだけ外の世界が辛くても、兄の傍で息が出来ればそれで満足だった。だが妻を迎えるということは、その場所に妻が座るという事だ。両親にも言えない兄とレオナの関係とは違い、すべての民に祝福されて堂々とレオナの居場所に妻が収まるのだ。
追い出されるくらいなら自分の足で、と兄の足元から一歩踏み出すも、外の世界はレオナに優しい場所では無かった。近付けば砂にされると怯えられ、離れていれば王子という立場に甘んじて何もしないと陰口を囁かれる。魔法の練習に励めばいつか兄を暗殺する為にやっているのではないかと疑われ、勉学に励めば兄の教え方が良いのだろうと兄を称賛する為のネタに使われる。レオナが兄の庇護下で外の世界に目を閉じていた間に、世界はこんなにもレオナを忌み嫌うようになっていた。
そんな時、兄はいつもレオナの手を引いてたくましい腕の中に連れ戻しては「無理はしなくて良い」「お前は美しく聡明な、私の自慢の弟だ」「私はいつでもお前の味方だよ」と、まるで離れる事を咎めるように甘い言葉の毒を注ぎ込んだ。今まで通り兄の腕の中にいるのが一番の幸せなのだとレオナを優しく誑かした。
そうやって兄がレオナの事を可愛がっている事が気に入らない連中もいたようだった。そんなに甘やかしているから付け上がった第二王子が王位継承権を狙っているのだと事実無根の噂がバラ撒かれ、あからさまな警戒を向けられるようにもなった。
兄の事は好きだった。兄はいつでもレオナの世界で、兄無しでは息が出来なかった。
その妻となる者だって、別に嫌いな訳じゃない。優しく聡明な彼女は兄の良い支えになるだろう。
自分が王になれない事だって、それほど拘りがあったわけじゃない。父を見ていれば誰もがなりたがるような楽しいモノでは無い事なんて子供だってわかる。
兄が嫌いだった。無知なレオナに甘い甘い毒だけ飲ませて外の世界を隠した。気紛れに外へと手を伸ばそうとすれば優しく、だが有無を言わせぬ愛でがんじがらめに縛り付けて兄の腕の中に閉じ込めるから。
その妻になるものが憎かった。女であるというだけで兄の子を孕む事が出来るから。兄とレオナでは何も産まれないというのに。
産まれた順番が逆だったなら、レオナは兄に捕らわれる事は無かった。万が一、「正当な評価」の上でファレナの方が王にふさわしいというのなら喜んで王位を譲っただろう。レオナには兄よりも賢く魔法に長けている自信はあるが、兄のように誰も彼も虜にするような求心力が無いのはわかっている。
レオナ、と呼ばれて意識が戻る。涙の膜の向こうでファレナが微笑んでいた。
「あにき……?……ッッぁああ、……」
ずん、と中に埋まったままだった物で腹の奥底まで突き上げられて頭の中が真っ白になり、気持ち良い事しかわからなくなってしまう。もう何度も果てて疲れ果てている筈なのに、あの大きな先端で奥を捏ねまわされるとどろどろに蕩けた身体が勝手に高みを目指そうとしてしまう。
「ぃやだ、兄貴……ッまだ、待ッ……」
「お前が起きるまで待ってやっただろう」
「無理……ッ、少し休ませろ……ッっ」
「っはは、可愛いな、レオナ」
ぐいと膝の裏を持ち上げられ、肩に膝が付きそうな程に苦しい体勢に折り曲げられて容赦なく上から体重をかけてぶち込まれるともうそれだけで駄目だった。レオナの身体の事をレオナ以上に知り尽くしたファレナが弱い場所ばかりを的確に貫く所為で簡単に高みに引き上げられた身体が戻ってこれなくなっている。気持ちが良過ぎて辛いのに、ファレナが動くことを止めない所為で終わりが見えない絶望感。溢れる程に中で出されたものがぐじゅぶじゅと醜い水音を立てる中に耳障りな自分の言葉にならない悲鳴がリズミカルに響いて気持ち悪い、気持ち良い、辛い、苦しい、気持ち良い。
「や……ッらぁ、っも、ッぁあ、ッあ、ふぁ」
「っは、出すぞ……ッ」
ぐ、っと腹が破けるのではないかと思う程に奥に突き立てられ、眼が眩む程の快感にまた意識が飛びそうになる中で見上げたファレナの顔は、普段の眩いばかりの笑顔からはかけ離れた獰猛な顔をしていた。眉を寄せ、奥歯を噛み締めて快感を受け止める雄の顔。きっと民が見たら恐怖に怯えてしまいそうな、欲に濡れた目。妻はファレナのこんな顔を知っているのだろうか。いや、きっと知らないだろう。彼女の前のファレナは「良き夫」だったから。
散々荒された場所から力を失ったものがずるりと引き抜かれると、閉じ切れなくなってしまった場所が自分でもわかるくらいにヒクついていた。注がれた物を飲み込み切れずに溢れさせながら寂しいと、足りないと、もっと何もわからなくなるくらいに滅茶苦茶に壊して欲しいと訴えていた。
それを見てはぐるるると喉を鳴らして嬉しそうに笑う兄をかつてのようにただ盲目的に慕う事はもう、無い。だが長年兄に捕らわれていた身体はぽかりと口を開けた場所に指を差し込まれ、まるで精液を粘膜に刷り込むように掻き混ぜられるだけで言いようのない期待で震える。此処を満たされたまま眠りたいという欲を言葉にする代わりに、兄へと向かって両腕を伸ばせば、満足げな瞳に欲情をにじませて再びレオナに覆い被さり荒々しく唇を塞がれる。
嫌いになりたかった。
もうお前なんか要らないと切り捨ててやりたかった。
離れようとしたレオナを引き留める腕を、何馬鹿な事を言っているんだと振り払ってやりたかった。
妻が居る身で、血の繋がった弟に執着するなんて異常だと罵ってやりたかった。
そのどれもが出来ないまま、レオナは兄の背を抱き締めた。
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