俺は近藤さんが好きで、近藤さんは志村が好きで、志村は銀八のヤローが好きで。
皆、生物として正しい恋をしているのに俺だけ好きな相手が同性で。
告白なんて出来る訳も無い。
する気すら起こらない。
玉砕して、小さい頃から築き上げてきた友情すらも失うのがオチだ。
総吾と、近藤さんと。
幼馴染でもある二人を失うくらいならばこんな異常な恋心、胸に秘めて墓まで持って行くことなんかなんてこともない。
ただ、恋心とは別に近藤さんの志村への想いは暴走加熱気味でそろそろ釘を打っておかないとその内犯罪になるんじゃないかとも思う。
志村を諦めたからって近藤さんが俺を見てくれないのは判っているけれど。
毎日のように志村への想いを伝えては玉砕して帰って来る近藤さんを慰めるのも楽じゃない。
告白しないと決めたのは俺の勝手だけれど、近藤さんの事が好きな俺に他の女の愚痴やノロケをしないで欲しい。
場違いにも志村を恨みそうになるから。
そうは思っていても、近藤さんは志村へと想いを毎日伝えつづけて、志村はそれを鉄拳制裁付きで押し返して、俺はボロボロになった近藤さんを慰めて自分まで一緒にボロボロになって。
そんな日が高校卒業まで続いて行くのだと思っていたのに。
其の日も放課後、お妙さんお妙さん五月蝿い近藤さんをどうにか宥めてすかして部活に向わせ、俺はたまたま日直だったから誰も居なくなった教室で日誌を書いていた。
別に書く事なんて殆ど無いけれど、日誌を書き終えたら部活に行かなきゃならなくて、部活に行ったらば近藤さんと顔を合わせる訳で。
近藤さんの事は好きだけど、好きだからこそ違う女の事ばかり離す彼に会いたく無かった。
そんな暴力女やめて俺にしろよ、と口走りそうで怖かった。
書き終わった日誌を前にしても椅子から立ち上がる事が出来ずに思わず溜息を吐いた時。
「…あれ?多串君?」
不意に掛けられた声に慌てて廊下へと視線をやれば、其処には見慣れたやる気の無い担任の姿。
校内にも関わらず唇にはトレードマークにもなりつつある煙草を咥えてよれよれの白衣を着た姿はどう見てもカッコ良くなんか無くて、志村はこいつの何処が好きなんだろうと本気で心配になった。
「そう言えば多串君、今日日直だったっけ?日誌終わった?」
「丁度今書き終わった所です。」
スリッパの音をぺたぺた立てて近付いて来た担任に、もう名前が違うとか反論するのも面倒で立ち上がって日誌を差し出す。
それを受け取った銀八はぱらぱらと中を流し見た後にごくろーさん、と気持ちの篭ってない声で言った。
「それじゃ、俺、部活あるんで」
そう言って鞄を掴んで歩き出そうとした手を、掴まれた。
後ろから引っ張られた身体はバランスを保てずに倒れこみ、銀八の腕の中へと治まってしまう。
慌てて起き上がろうとするのを額に手を宛てて止められ、どうしていいのか判らずに銀八を伺う。
「んー、熱がある訳じゃねーのな。すっげー顔してたから。」
「…考え事、してたんで……」
片手を額に、片手を腰に回されて身動きが取れないのが落ち着かない。
すぐ背後から香る煙草の臭いとじんわりと暖かい体温。
自分よりも大きな身体に包まれて言いようの無い安堵感が身を包む。
落ち着かない。
このままで居るとなんだか泣き出してしまいそうで、強引に銀八の手を剥がして身体を離した。
「多串君って、近藤の事好きだよね。」
突然の台詞に、言葉を失った。
いつもならば簡単に切り返せる筈の軽口が一つも浮かんでこなかった。
目の前には相変わらず生きてるのか死んでいるのか判らない茫洋とした眼差し。
その底が見えぬ瞳に何処まで見透かされているのか、怖くなった。
何も言わずにただ突っ立っていただけの俺の手を再び大きな掌が包む。
ちょっとおいで、なんて言って手を引き摺り歩いて行くのに俺は逆らう事も忘れてただ呆然とついて行くことしか出来なかった。
掴まれた手を振り払う事すら忘れて連れて来られたのは理科準備室。
がちゃり、と冷たい金属音と共に鍵が掛けられたのだけが異様にはっきりと耳に届いた。
今頃になって心臓がばくばくと早鐘のように脈を打ち、顔が羞恥に染まる。
こいつは、何で俺が、近藤さんの事を、
「…なんで、って顔してる。」
思考を遮るように向けられた声には揶揄の色が含まれていて。
普段、無表情な唇が緩い弧を描いていて。
こんな表情も出来るんじゃねぇか、と場違いな感想を抱いた。
こうして間近で見てみれば死んだような覇気の無い顔も造り自体は綺麗に整っていて、もし、中身がこんなマダオじゃなければ相当モテたんじゃないだろうか。
「……多串君?」
声を掛けられて我に帰ると唇が触れそうな位に間近に担任の顔のどアップがあって思わず後ろへと下がろうとしたが掴まれた腕がそれを許さない。
それどころか力強く引かれて正面から担任の腕へと再び収まってしまう。
「ちょ…ッ離せ…ッ」
「だーめ、離したら逃げちゃうでしょ?」
そう言って背へと回された腕に確りと抱き締められて身長差ゆえに俺は奴の肩に顔を埋めるような形になってしまった。
じわりと全身を包む温もりが暖かい。
安堵感がゆっくりと身体に滲んで行くのにそれと同時に訳の判らない恐怖が込み上げて来る。
危険、そう、身体全体がこの男は危険だと警告を発している。
今すぐ此処から逃げ出せと鼓動が喚き散らしているのに強張ってしまった身体は身動き一つ取れずに温もりの中に閉じ込められて居る事を甘んじて受け入れている。
怖い、何が、判らない、逃げたい。
「ねえ、そんなに思い詰めてばかりじゃ疲れちゃうでしょ?」
いつもと変わらないやる気の無い声が今は悪魔の囁きにも聞こえる。
淡々とした語り口調は俺に何を伝えたいのか、何を知りたいのか全く悟らせる事は無い。
背中にあった手がゆっくりと滑って股間へと落ちて行く。
布越しに形を確かめるようになぞる掌が心地良くも気持ち悪い。
「そんな思い詰めてないで、たまには吐き出さないと。」
静かにも手馴れた手がベルトを外してズボンの前を寛げて行く。
微かに響いた金属音は何処か遠くの出来事のようだった。
直接、触れ合う肌と肌。
「ッ――」
「楽になっちゃいなよ。先生巧いから。」
そこから先ははっきりと覚えていない。
抵抗する事を忘れた俺は教材や本が積み重なったままの汚いソファに押し倒されて始めての感覚に惑わされるだけだった。
慣れた手付きで制服を剥がされ、肌の上を這い上がる掌に自分で慰めるのとは違うじれったい感覚が腰元に蟠り。
次第に熱くなる身体がどうしようもなく怖かった。
たくさん撫でられ、舐められ、口付けを落とされて。
そうしてドロドロに溶かされて行った身体を貫かれた。
巧い、と自負していただけあって痛みは全く無かった。
だけど始めての感覚を気持ちいいと認識しつつも恐怖の方が先走って俺は多分、ずっと、泣いていたのだと思う。
子供のように目尻に口付けられて、髪を撫でられて
そうやってあやしていたかと思えば繋がったままの下肢を揺らされて自分の声とは思え無いような声を上げて
熱くて、怖くて、気持ちよくて、どうしていいか判らなくて
涙で霞む視界に映る銀髪の背に力一杯しがみ付いて縋りついた。
何度も何度も飽きるくらいにイかされて、何処からが自分の身体で何処からが銀八の身体か判らなくなるくらいにドロドロに溶け合って、抱き合って
最後に名前を呼ばれたような気がした。
普段の姿から想像のつか無いような甘い声で。
俺はそれが嬉しいのか悲しいのか判らないでまた涙を零した。
ひたり、と頬に冷たい感触を受けて驚いて起き上がってみれば銀八が濡れたタオルを片手に突っ立っていた。
大丈夫?と聞かれて自分の姿を見てみれば制服を足や腕に引っ掛けたまま、身体中に赤い痕と白い痕跡を飛び散らせた酷い姿で顔が熱を持つのがわかった。
ひったくるようにタオルを奪い取って乱雑に汚れを拭って制服を着込む。
銀八はそれを眺めていたけれど何も口にしなかった。
俺も、何を言ったらいいのか判らなくて無言で作業を進めた。
何でこんな事に、何でこんな事に。
考えても判らない、考える事にすら到達しない無限ループな問いをひたすら脳内で繰り返しながら制服のボタンを留める。
一刻も早く、この自由になった手足を動かして此処から逃げたかった。
慣れ無い鈍い痛みを持った下半身が煩わしい。
結局、お互い何も言葉にする事無く、視線を合わせることも無く、俺は無言で準備室を後にした。
もう窓の外はすっかり暗くなって最終下校時刻も過ぎているのだろう。
教室に置き残した鞄を取りに行きながら、明日総吾と近藤さんに言う言い訳を探すのに俺は必至だった。
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