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空箱

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眠る為の

side:A
強いアルコールを煽っても振り払えない深夜の冷気から逃げるように自室の扉を開ける。一日中無人だった部屋は外気と大して変わらぬ温度ではあったがほんの少しだけ強張っていた肩から力が抜けた気がした。ベッドと小さなテーブルと椅子、それからクローゼットが一つきり。蒼の竜騎士の部屋は殺風景そのものだった。無造作に数多に転る空き瓶だけが唯一、人の住んでいる気配を醸し出してはいるが、あまりに放置され過ぎていて埃を被っているものもあれば生活感と言えるか微妙な所だ。
兜、小手、それから鎧に脚絆、ブーツ。一つずつ外して行くにつれて身体が軽くなる所か溜まりに溜まった疲労を思い出して重くなって行く。蒼の竜騎士の外面を剥がしてしまえば後にはただの疲れきった男がいるだけだった。程よく回ったアルコールで瞼すら重い。このまま冷えきる前にベッドに潜り込んで寝てしまおうとして始めて異変に気付いた。平らになっていて然るべきかけ布団がふっくらの人の大きさに膨らんでいる。思わず零れた溜め息は諦めと少しばかりの笑みが滲む。遠慮無く捲ってやれば突然の冷気に身を丸めた神殿騎士団総長の恨めしげな眼差し。
「…遅い」
エスティニアンの手から布団を奪い返しながらの一言は蒼の竜騎士の部屋に無断侵入した者の言い分にしてはふてぶてしい。とろりと今にも落ちそうな瞼は今まで微睡んでいたからだろうか、それならば下手に起こすような真似をせずにそっと寝かせて置いてやれば良かったと思うも時既に遅し、傍若無人なベッド泥棒は自分の隣をばすばすと無造作に叩いている。
「早く。歌。歌え」
「…それが勝手に人の部屋に侵入した人間の言い様か」
「眠いんだ、早く」
また何かあったのか。これだけ眠たげな眼をしていながら眠れない何かが。察しはしてもそれを問うことは無いし、アイメイクが告げる事も無いだろう。求めているのは何の解決にもならない愚痴をぶちまけることでは無く純粋な癒し、それだけだ。
「それで、今日はどの子守唄が良いんだ?」
アイメイクが眠れないときにエスティニアンに子守唄をねだるようになったのはそう遠い昔では無い。第七霊災以降、極端な気候の変動によってイシュガルドは真っ白な雪に閉ざされた。深い色をした青空も遠くまで広がる草原も暖かな日差しも全て失われた。エスティニアンの故郷は足を踏み入れる事すら難しい極寒の地へと変わってしまった。もう二度と見ることの無い、かつて裸足で駆け回った草原を思い出してふとこの男の前で口ずさんでしまったのが最初だった筈だ。その時はまさかこんなにも気に入られる事になるとは思わず、ピロートーク代わりにねだられるまま応えてしまったのが悪かった。その後、身体を重ねた後に、眠れぬ夜に、やりきれぬ思いを抱えた時にエスティニアンに子守唄を歌わせる悪習がついてしまった。エスティニアンとて歌が上手いわけも好きなわけでも無い、最初こそ渋っていたものの、断るために口論を交わすよりも歌えばすぐに穏やかな顔で眠る姿を見て今更逆らう方が面倒になってしまっただけだ。
「母の…母が子に願うやつ…」
「『星の揺籠』か。お前これ好きだな」
「一番落ち着くんだ」
今更二人でひとつのベッドに入ることに文句は無い。何せ相手のベッドに無断に潜り込むのはアイメリクに限った話では無く、どうしようもなくむしゃくしゃした気持ちが抑えきれない時はエスティニアンもアイメリクの寝室に忍び込むことがままある。睨み合っていても仕方無いと素直に空いたスペースへと潜り込めばするりと絡み付いてべったりと張り付く熱いくらいの体温をつい抱き締める。冷えきった身体はちょうど良い暖かさだった。アイメリクがもぞもぞと居心地の良い場所を見つけて落ち着くのを待っていればやはりいつも通りにエスティニアンの胸元に顔を埋める形に収まったようだ。
リズムを取るように数度、掌で抱いた背を叩く。まるで母親のような事をしていることに気付いて思わず一人顔をしかめる。いつの間にこの男の保護者気取りになったのかと自問自答しそうになって、止めた。疲れているとどうでも良いことばかりが頭を過ってしまう、とっととアイメリクを寝かしつけて自分も眠るべきだった。
軽く息を吸い、唇を開く。紡がれるのは母が子の成長を願うありふれた気持ち。言い聞かせるように呪いのようにエスティニアンも幼い頃に聞かされた詩。母のような優しい声とはほど遠い無骨な男の声の何が良いのかはわからない、アイメリクがこの詩に何を重ねているかも。腕の中の温もりが穏やかな寝息を立てるようになるのにそう時間は掛からなかった。緩やかに上下する背を抱いたままいつしかエスティニアンも深い眠りの底へと落ちていった。


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side:E

ばたん、と派手な音を立てて開いた扉に眼を覚ます。僅かな警戒に身が強張るがそれだけだ。昔ならば跳ね起きて即座に護身用のナイフを手にして居た筈だがすっかり夜更けに訪れる侵入者に慣らされてしまった。あまり良いことでも無いので止めさせたい気持ちはあるが、どうせ言っても無駄だろうとはなから諦めている部分もある。件の侵入者はずかずかとベッドの傍まで来たかと思えば、やるぞ、とただ一言だけ告げて布団をひっぺがしてくるものだから突然の寒さに身がすくんでしまった。
「せめてもう少し優しく起こしてもらえないか」
寒い、と訴えても返ってくるのは無言。もとから愛想のよくない顔をさらに仏頂面にさせた男はベッドに乗り上がると寝間着の掛け具を外すのすら煩わしいとばかりに無造作に布を押し退け胸元へと顔を埋めて噛りつく。その容赦の無い痛みに身体が強張るのもお構い無しに胸元にかぶり付いたまま寝間着が剥がされて行くのを眠気が残る目で眺めながら、目の前で揺れる淡い色合いの髪を撫でる。普段は兜に隠れて見ることの出来ない髪は本人の無骨さを表すように痛んでがさがさと指に引っ掛かってしまう。きちんと手入れをすればさぞ美しい髪だろうにと思いはするもののそれを本人に告げた事は無い。どうせこの男にはドラゴン族を根絶やしにすること以外には全く興味が無いのだから。
「するのは構わないが、痛いのは嫌だ」
目的は肉に熱を埋め込む事だとばかりに荒々しく身ぐるみを剥いで居た男の指が止まる。遅れて微かな舌打ちの音。言葉は返って来なかったがほんの少しだけ気遣いを思い出してくれたらしい、八つ当たりのように暴いていた指先が柔く肌の上を滑った。外気に比べて熱いくらいの指先は男が興奮しているからだろうか。少しばかり酒の臭いもするから既に一度酒で誤魔化そうと試みたものの、どうにもならなくなって駆け込んで来たのだろう。
エスティニアンがこうして夜更けに突然夜這いとは言えない程に荒々しくアイメリクを抱きに来るのはこれが始めての事でもない。常に前線に立ちドラゴン族と対峙する竜騎士。仲間の死も、自らの命の危機もあるだろう。悔しい想いも悲しい想いもたくさんするのだろう。それでもエスティニアンはただ前を向いて皆を率いる旗印にならなければならない。それが蒼の竜騎士であるということだ。だがエスティニアンとて一人の人間故に、負の感情に荒れる事もあれば死地での興奮が収まらずに滾る血をもて余す事もある。大抵は一人になれる場所でただじっと収まるまで耐えるか、酒で誤魔化して無理矢理寝るのだろう。それでも駄目な時だけ、こうして夜更けでも構わずにアイメリクの下へとやってくる。他では発散出来ない物を無造作にぶつけてくるこの乱暴な訪問は、実はそれほど嫌いではない。むしろ孤高の蒼の竜騎士が唯一甘えられる人間なのだと言う事実は、アイメリクの心を優越感にも似た何かで満たしてくれた。
「…っあ、」
何度も重ねた身体はお互いの事を良く知っている。アイメリクの良いところばかりに指先が唇が舌が這い、否応無しに熱を灯されていく。一度火が点いてしまえば後は荒ぶる熱の塊に飲み込まれて溶け込んで行くだけだ。エスティニアンの滾る熱が収まるまで、泣いても喚いても離してもらえずにどろどろになってしまう。そうなる前に。
「…キス、してくれ」
肌へと埋められていた顔が上がり眼が合う。ぎらぎらと欲に濡れた眼差しにぞくりと背筋が震えた。視線を重ねたままゆっくりと近付いて来る姿はまるでアイメリクを余すところ無く食らい尽くさんとする捕食者のようだった。たまらず首に腕を絡めて引き寄せる。噛みつくような勢いで重なる唇に喉を慣らしながら、勢いを増す熱に身を任せてアイメリクは瞼を下ろした。

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