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結婚式の話

 ノクティスとルナフレーナの結婚式がようやく終わった。国を代表する大企業の御曹司とご令嬢の結婚ともなればさぞ豪勢な物になるのだろうと思いきや「式くらいは気心知れた人だけを呼んで慎まやかにやりたい」とのルナフレーナのお言葉一つで身近な親類、それから一握りの友人のみを招いた海の見えるリゾート地での挙式となった。その代わりに披露宴は国内で友人知人取引先の会社の人間まで招いて盛大にやるらしい。本来ならばアーデンはかつて両家の会社に大損害を与えた会社の役員であり、首謀者とも言える立場であるが為にこのような場に呼んでもらえるような身分ではない筈だが「ルナフレーナの友人」の枠に確り数えられてしまっていたらしい。人が大勢いる披露宴ならともかく、そんな元敵しか居ないような場所では、今は和解したと言っても針の筵だと暫くは行くのを渋っていたのだが、珍しいレイヴスの「おねだり」に折れてしまった。あのレイヴスがあれやそれや、普段なかなかさせてくれない諸々をしてくれると言ってくれたのだから折れざるを得ない。 
 式は慎まやかと言ってもルナフレーナのする事である。普通の人ならば百人以上招待して豪勢な披露宴を開いてもまだおつりがくるくらいの金額は式だけでかかっている。その勢いに飲まれたのかレイヴスが新しくスーツを仕立てようと言い出し、それならついでに靴も一緒に揃えてしまおうと採寸や試着に何度も職人を呼ぶ羽目になった。その何から何までレイヴスが仕切り、レイヴスが支払うと言っているので総額幾らになっているのかは知らないがあの妹にしてこの兄であるからして相当な金額はかかっているのだろうなとアーデンは思う。そのお礼というわけでも無いが、アーデンからは二人で揃いの指輪を新調しようと提案したらいたく喜ばれた。別に焦るものでも無いしデザインや材質に拘って時間をかけようと思っていたアーデンとは裏腹に「どうしてもルナフレーナの結婚式に間に合わせたい」というレイヴスの珍しく懇願するような必死さに折れてこれも慌てて打ち合わせを繰り返した。式の日取りが決まってから当日までそれなりの長い期間があった筈だが、元々アーデンのスケジュールはあまり余裕が無い。そんな中でスーツと靴、更には指輪の打ち合わせを繰り返したのだからとにかく落ち着かなかった。それだけ必死になって作ろうとした指輪は結局間に合わなかったがそれ以外はなんとか今日までにレイヴスの望むクオリティで準備が出来、無事式に参列することが出来て漸く荷が下りたような気分だ。 
「疲れたか?」 
 アイスブルーを基調としたスイートルームには至る所に生花が飾っており甘い匂いがする。ほろ酔いのふわふわとした心地のままにベッドに転がる。火照った頬にひんやりとしたシーツが気持ちよかった。あれだけレイヴスが拘ったスーツのままベッドに転がっても何も言われず、それどころか労うように額を撫でる指先が心地よい。その手を引いてレイヴスをベッドに座らせると遠慮なくその腿の上へと頭を乗せた。真下から見上げたレイヴスは普段適当に遊ばせている髪をきっちりと撫で付けまるでモデルか映画俳優のように美しかった。 
「良い式だったね」 
「ルナフレーナこだわりの式だからな。……ノクティスは少し可哀想だったが」 
 レイヴスが笑う振動につられてアーデンも口元を緩ませる。細部に至るまでルナフレーナが拘ったのだろう、美しく幻想的な式だった。その準備に振り回されたのであろうノクティスは式前には既にぐったり疲れ切った様子で、今が一番幸せだと言わんばかりにきらきら輝いていたルナフレーナとあまりに真逆の様子に思わず指差して笑ったものだ。本番はきっちりと顔を取り繕っい王子様の如き振る舞いでいたのはさすがと言った所だが。 
「君も、……本当だったらあんな式が出来たんだよね」 
 たまに、考える。この綺麗で有能な男は、本来ならば親の会社を受け継いでゆくゆくは社長の椅子へと座り、良家の嫁をもらって暖かな家庭を築いていた筈だ。子供好きなレイヴスの事だからさぞ賑やかな家庭になっていただろう。その機会を全て奪ったのはアーデンだ。何度も逃がしてやる機会はあった筈なのに手放せずにずるずるとここまで引き摺って来てしまった。今更手離してやる気は無いが申し訳ないと思わない事も無い。一応。 
「なんだ、式を挙げたいのか?」 
「違うよ、君と誰か……女性とだよ」 
「お前は挙げてくれないのか?」 
「レイヴスくんは挙げたいの?」 
 今までお互い共に在る事だけが大事で、その形式や紙切れ一枚の繋がりに何の興味も持っていなかったからこんな話した事も無かった。指輪こそ目に見えてお互いを縛っている証として好んで贈っては居たがレイヴスがそういったものに興味があるというのも初耳だ。妹の式で何かが触発されたのだろうか。 
「お前と一緒なら、何でもやりたい」 
 その穏やかな微笑みと殺し文句に耐え切れずに身を起こすと改めてレイヴスに抱き着いて押し倒す。何処をどうしたらこんなにさらりとアーデンの心を一撃で仕留める言葉が言えるのか。悔しい、だがそれ以上に心が喜びで満ちている。この溢れ出る感情をどうにか伝えたくて鼻先に頬に顎にキスの雨を降らせながら愛してる、と何度も向けた言葉を唇と共に押し付ける。 
「髭が無いのもなんだか違和感あるな」 
 礼服だからと珍しくつるりとしたアーデンの顎を笑うレイヴスがそっと抱き締め返してくれるのを良い事にそのまま唇は下へと降りて行く。幾重にも重なる布を解いても咎められる事無くむしろアーデンのネクタイを解き始めるのはつまり、そういう事で。 
 今日は早くて寝しまおうなんて話していた気がするのに、結局夜更けまで絡み合って過ごしてしまった。 

 珈琲の香りに目が覚める。すでに隣に温もりは無く、優雅にソファでカップを傾けている所だった。昨晩あれだけ散々泣いて善がって乱れていた癖にアーデンよりも短い睡眠時間で朝から元気にしているのを見ると若いなあとしみじみしてしまう。
「おはよ」 
「起きたか。十一時には出掛けたいから、支度しておいてくれ」
 そういえば昨日、寝る前にそんな事を言ってた気もする。何処に行くのかと聞いてもはっきりとした答えは得られず、ただアーデンに一緒について来て欲しいとだけしか聞いていない。まあきっとアーデンを驚かせるような観光スポットか、美味しいスイーツの店か、何かそういった類の物だろうと少し楽しみにしながらベッドから抜け出す。大雑把に見えてこういう細やかな気遣いが出来る所がレイヴスが男女問わず人気がある理由なのだろうなと少しばかりの優越感。自分の恋人が良い男だと認識するのはとても気分が良い。 

 予定の時間を少し過ぎた頃にようやく借りた車に乗り込み出発する。運転席にはレイヴスが座ったのでアーデンは大人しく助手席へと収まった。お互い昨日とは打って変わってラフな格好でいかにも観光に来た外国人という装いだった。開け放たれた窓から入り込む風が潮の匂いを運んで来る。会話は無かったがレイヴスはとても機嫌が良いのか鼻歌を歌っていた。帰国するのは明日だ、今日一日はこうしてまったり過ごすのも悪くは無い。少し調子の外れた鼻歌を聴きながらアーデンは長閑な海辺の景色を楽しんだ。 

 二十分程走らせた車が止まったのは昨日ルナフレーナの式が行われた式場だった。どういうこと?と尋ねてもレイヴスはまぁいいからとそれ以上言わずにさっさと中へと入ってしまう。訳が分からずついて行く事しか出来ないアーデンを他所に、訳知り顔のスタッフと挨拶を交わしたレイヴスは案内されるままに奥の部屋へと行ってしまった。 
「奥様は、こちらへ」 
 レイヴスの背を追おうとしたアーデンにかけられる声に足を止める。おくさま。 
「本日はおめでとうございます。私が奥様のお世話を担当させて頂きますのでどうぞよろしくお願いいたします」 
 控え目な笑顔の女性の言葉に薄っすらと企みを理解した気がする。レイヴスは此処で結婚式をする気なのだと。昨日の会話が切欠かとも思ったがそれにしては準備が早すぎる。不審に思いつつもレイヴスが仕掛けた何かだ、楽しむに越した事は無い。少しだけわくわくとした気持ちで案内されるままにレイヴスとは違う部屋へと足を踏み入れると、中には真新しいグレーのフロックコートが掛けられていた。そこから先は一人二人とスタッフが増え、アーデンが座っている間に髪やら爪やら肌やら何から何まで勝手に手際よく整えられ、気付けばつやつやのぴかぴかにさせられていた。さすがに着替えはアーデン自身が動かなくてはならず、プロの施術が気持ちよすぎて眠りそうになっていた身体を起こしてシャツから順に腕を通す。 
「あ……やられた……」 
 スラックスを履いた時に一瞬感じた違和感は、ジャケットを着た時に確信へと変わった。形は違うが元になっているパターンはルナフレーナの挙式に参列する為に作ったスーツと同じだ。フィット感といい、本来ならばもう少し絞り気味に作る所をあえて余裕を持たせた造りといい、ついこの間まで散々注文を付けて作ったスーツと全く同じだった。まさかと思い靴へと足を入れればこちらもやはり昨日履いていた靴と全く同じ履き心地だ。一体どれくらい前からこの式が計画されていたのかと思うとしてやられた悔しい気持ちと微笑ましい気持ちと愛しい気持ちで笑ってしまう。 
 全ての準備が終わり、案内されるままに式場の扉の前へと向かうと既にレイヴスが白いタキシードを着て待っていた。アーデンを見つけた途端に満足げにその眼が緩んだのを見てなんとなく気恥ずかしくなってくる。 
「ねぇ、何も聞いてないんだけど」 
「言って無かったからな」 
「どうしたらいいの、これから」 
「腕を組んで入場して、愛を誓って、指輪を交換して、サインをして、キスをすればいい。昨日も見ただろ」 
「指輪?」 
「お前が作ってくれた物が、実はもう出来上がっている」 
「そっちまで手を回したんだ」 
「嫌だったか?」 
「そんなわけないでしょ」 
 差し出された肘にそっと腕を絡める。あくまでアーデンが花嫁らしい。なんだかひどく擽ったい気持ちでいっぱいだった。一緒に準備をしたかった気持ちが無いわけでもない。けれど考えすぎる向きのあるアーデンにはこれくらい突然の方が良いのかもしれない。心は落ち着かないが、その分、羽が生えたかのようにアーデンの心は昂っている。。 
「そろそろ入場のお時間です」 
 案内係の声と同時に扉の向こうからオルガンの音がする。べったべたなあの曲だ。思わず二人で顔を見合わせて笑う。なんだか本物の結婚式を挙げる人同士みたいな感じがしてわけもなく照れた。少し強く腕を抱きしめるとぐっと応えるように引き寄せられた。なんとなく深呼吸をして呼吸を整える。 

そして、扉が開いた。

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