やっと手に入れた。
やっと彼に触れる事が出来る。
真っ白なシーツの上に横たわる名だたる彫刻家が大理石で掘った彫像のような肢体は想像よりもずっと美しく、触れるのを躊躇ってしまいそうな程に神々しい。男らしく骨ばった、だが歪み一つ無い爪先から細く引き締まった足首、張りのある脹脛からつるりとした膝を通って思わず噛みつきたくなるような太腿、そしてだらりと力なく項垂れた重量感のある性器。弛緩していてもくっきりと影を落とす腹筋を通り緩やかな盛り上がりを見せる胸筋、そして浮き出た鎖骨と喉仏。呼吸に合わせてゆっくりと上下するそこに触れるとぴくりと掌の下で皮膚が張りつめた。
「ねぇ、起きてるの?」
問いかけてみるも、それ以上の反応は無かった。確認するように顔を伺うも、分厚い布で目隠しをさせてしまったから目が覚めているのかはわからなかった。
「早く起きて欲しいなあ、見せたい物があるんだ」
滑らかな肌を堪能するように掌を這わせながら呼びかけると少しだけ息が細くなった気がする。これは起きているのかもしれない。真っ白な胸の先にぴんと立ち上がっている場所を気紛れに指先で突くとぴくりと肩が跳ねたのを見て思わず口元が緩む。
「ふふ、起きてるでしょ。緊張しなくていいんだよ、これからは此処が君の家だからね。慣れるまでは心配かもしれないけれど大丈夫、俺がついてるからね」
ベッドの上に乗りあがり覆いかぶさるようにしながら囁いてあげると怯えるように身を竦めた彼ががちゃりと手錠を鳴らした。無粋だとはわかっていたけれど、誰かに盗られてしまわないようにとつけた手錠はしっかりと彼の両手首とベッドヘッドを繋いでいる。その事実に心が喜びで満たされるのを噛み締めながら頬へと口付けを落とすと、すい、と顔を背けられてしまった。
「恥ずかしがらなくてもいいんだよ、此処には俺しか居ないんだから」
細く震える吐息を溢す小さな唇にかぶりつくと、先程よりも大きく手錠の音を立てて逃げようとする身体に馬乗りになって頭を押さえ付ける。口を閉じられないように頬の上から歯の間に親指をめりこませて彼の奥深くまで存分に舌でかき混ぜてやる。小さな唇に比べて奥行きのある歯並びの一つ一つの形がわかるくらいに丹念になぞり、緊張に縮こまる舌の根本から先端までまんべんなく唾液を絡ませて味を覚え込ませて行く。苦しげに喉を鳴らしながら溢れそうになる二人分の唾液を飲み込む姿に酷くそそられた。
「っはあ、……」
十分に口内を楽しんでから解放してあげるとすっかり荒くなった呼吸に喘ぐ唇が濡れて艶めいていた。紅潮した肌が汗でしっとりと濡れている。誘われるように目元を隠す布へと手を滑らせてゆっくりとずらして行く。逃げたいのか、それとも早く取りたいのかいやいやをするように頭を振る彼から布が剥がされようやくその瞳が露になるーーー
「んごっぐふぅっ」
「どう?気に入ってくれたかな?君を迎える為に一生懸命用意したんだ」
きっと彼の目には俺と、それから壁から天井まで埋め尽くす程に張り付けた彼の写真が目に入っている筈だ。出会った時から今日この日まで、ずっと撮り続けて来た写真は数え切れないほどある。少しでも俺の愛を伝えたくて飾りつけたこの写真を彼は気に入ってくれるだろうか。
「待て、ちょっと一回待ってくれっ」
「嬉しい?こんなに俺に愛されてるんだものね、嬉しいに決まってるよね」
「いや本当にちょっと……っぶふぇ……無理だアーデン待ってくれ」
笑ってるんだか堪えてるんだか、変な声でぶひゃぶひゃ言いながら震える姿に仕方なく身を起こす。
「えええ……せっかくノって来たとこじゃない」
「いやお前の演技も凄すぎておかしいんだが……っ」
「何が不満なの」
「写真、お前これ、お前が用意したのか」
「そうだよー、片っ端からデータをプリントアウトしてせっせと張り付けましたよぉ」
ひぃぃ、なんて引き笑いする所初めて聞いた。顔どころか全身真っ赤にしながら何がそんなにツボに入ってしまったのか笑い転げる彼、レイヴスに思わず唇を尖らせる。
「せっかくこれだけ頑張って用意したんだからさあ、もうちょっとストーカーに誘拐されて監禁される可哀想な君役を頑張ってくれても良いんじゃない?」
「だってお前、あそこにあるのどう見てもお前と俺が仲良くセックスしてる写真じゃないか、設定がおかしいだろう」
ひぃひぃ言いながらも目線で示された方向をみれば確かに以前ハメ撮りした時の写真があった。ストーカーと言えばまずは部屋中に貼られた被害者の盗撮写真、と言う理論で持っているデータを全てプリントアウトしたので内容までは細かく吟味していなかった。そもそもカメラを向ければいつでもキメ顔してくれるレイヴスの盗撮写真なんて殆ど無いのだ、細かい事に拘っていられない。結果、ストーカーとその被害者が仲良く笑って写ってる写真ばっかりになってしまったと思わない事も無かったのだが。
「でもそんなに笑わなくたって良いじゃない、頑張ったんだよお?」
「だって、天井まで、そんな、お前がうきうきしながら一人でせっせと貼ってたのかと思うと……っっ」
想像して声が出なくなる程笑い転げるよりも、その努力を評価して役になりきって欲しかった。ずっと腕を上げて写真を貼り続けていたから肩は痛いし腕もだるいし、それでも「ごっこ遊び」が出来るからと思って頑張っていたのに。一生懸命準備して、役に入りきる為に設定まで色々考えてなりきってと積み重ねて来たものが崩れるようにレイヴスの肩に突っ伏す。
「もぉー俺の努力台無しじゃない」
「っまさかこんな本格的に準備してるとは思わなかったんだ」 はあはあと未だに笑いを引き摺りながらも少しは落ち着いて来たらしい。拘束されて不自由な中、こてりと首が傾き甘えるように頬を擦り寄せられるとそれだけで心がほわりと暖かくなってしまうのが少しだけ癪だ。
「そもそも……俺はお前ほど役に入り込めない。努力はするが……やはりあまり強い抵抗は出来ないぞ」
「そこはほら……怯えて思うように動けないとか解釈の仕方は色々あるから」
「怯える……と言ってもお前相手ではどうしてもすぐ絆される気がする」
「んんん愛されてるね、俺」
「当たり前だろう」
全裸で拘束されている情けない姿の筈なのに俺の恋人がこんなにもカッコいい。心がきゅうとピンク色に染まり溢れる勢いのままに顔中にキスの雨を降らせてやる。ふふ、とくすぐったげに笑いながらも満足げに受け止めているのを見れば愛しさは更に増すばかりだ。
「あ、それじゃあさあ、監禁されて暫く経ってすっかり洗脳されちゃった設定とかはどうだろう?」
「それは普段のセックスと何が違うんだ?」
「……なにも違わないね」
思わず二人で顔を見合わせて笑う。監禁も洗脳もしていない、けれどレイヴスの心はアーデンのものだし、もちろんアーデンの心だってレイヴスのものだ。その事実に改めて心を満たされる。
「じゃあ、もういいよ、普段通りの、だけど君が拘束されてるだけのセックスで」
「それは構わないがせめて場所は変えてくれ。写真が目に入るとどうしても笑ってしまう」
「そこは我慢して!頑張ったんだからもう少し我慢して!」
早速また腹筋を震わせている恋人の唇を塞ぐ。今度はちゃんと、恋人同士のキスで。
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