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空箱

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夜明け前の話

side:A 
 ふと、目を覚ます。  
 室内はまだ暗く、起床予定時刻よりもずいぶん早く目が覚めてしまったようだ。正確な時刻を知ろうと首を巡らせて、やっと後ろから抱え込まれていることに気付く。うなじに掛かる寝息がくすぐったい。まるで抱き枕のように腕が足が絡み付いていて珍しいこともあったもんだと思わず笑いがこぼれた。普段から共に寝ることも嫌がり用が済めばさっさと自室に帰ってしまうか、力尽きて仕方なく同じベッドに潜り込むものの頑なに背中を向けて離れているのに。貴重な感触を確かめるように腹に巻き付く腕をそっと撫でる。  
「あ、……」  
 そこでようやくはっきりと目が覚めた。指先に触れるのは暖かな人の温もりを有した肌。かつての彼が失った筈の物。今の彼には当たり前のように在る物。  
 なんとなく顔が見たくなって静かに体の向きを変えるが抱えていたものが動けばさすがに目を覚ましたらしく、普段の半分も開いてない目がこちらを見ていた。  
「あー、でん……」  
「うん、ごめん、起こしちゃったね」  
「んぅ……」  
 何か言おうとしたのか、否か。
 もにゃもにゃと何か口を動かしていたがすぐにまた静かな寝息へと変わった。その代わりしっかりと背中を抱く左腕と首元に埋められた顔、しがみつくように良い場所を探して再び絡み付く足。全身で所有権を主張されているようでなんだか面映ゆい。  
「おやすみ」  
 目の前のつむじに口付け一つ落としてそっと髪を撫でる。あの頃とは違って手入れの行き届いた髪は毛の一本も絡まずにするりと指を滑る。結局ろくに顔を見れぬまましがみつかれてしまったが、きっと穏やかな顔をしているに違いない。今度は明るい未来の夢を見ることを願いながらアーデンは再び瞼を下ろした。 




side:R 
 珍しく、夜中に目を覚ました。  
 まだ眠りと覚醒の狭間を漂うような意識の中で薄っすらと目を開けると目の前には見慣れた赤髪の背中。起きている時は鬱陶しいくらいにまとわりついて来る癖にこの男は時折、こうして背を向けてじっと孤独に耐えるかのような姿を見せる時がある。あの頃と同じやんわりとした拒絶。けれどかつての頃の全てに絶望したそれとは違い、どこか遠慮のような、勝手に負い目を感じて一歩引いているような歯痒い何か。いくら両腕を広げて全て受け止めてやると言った所でこの男は根本的な所で怯えて逃げ出そうとする。  
 ならば実力行使で逃げられない事をわからせてやれば良い。そっと背中に近づいて抱き締めれば温かい人間の温もり。あの頃には無かった物。今では当たり前のように在る物。項に顔を埋めて息を吸うとほんのりとシャンプーの香りが残っていた。左手の指先で撫でる腹は鍛えられた筋肉の上にふにふにとだらしない肉がついている。そんな人間らしい所がどうしようもなく愛おしくなって全身で男を抱きしめた。  
「お休み、アーデン。良い夢を」  
 項に口付け一つ落として再び瞼を下ろす。願わくば、今世になってもいまだ癒えぬこの男の心の傷が早く癒えますように。 

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