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空箱

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愛していると言えない話

 惰性のように抱き合いなし崩しに熱を分け合って、虚無感を共有する。何の生産性も無いこの行為を、それでもずるずると続けてしまうのは思いの外居心地が良かったから、ただそれだけの筈だった。交わす言葉は持ち合わせず、ただ泥濘のような熱に溶けるだけの時間をアーデンは嫌っていない。  
 解放された後の倦怠感に身を任せてベッドに沈む。なおざりにまとわりついた体液を拭い、足りない酸素を取り戻すべく荒い呼吸を繰り返す。部屋にはただ二人分の吐息が揺れていた。
「……声が、聞こえるんだ」  
 弛緩した身体が緩やかな睡魔を漂わせて来た頃にぽつりと落ちるレイヴスの声。一瞬幻聴かと紛うような掠れた低音にとろりと瞼を瞬かせてから視線を向けるが、レイヴスはアーデンを見ていなかった。枕に半分顔を埋め、此処では無い何処か虚空をぼんやりとした眼でさまよっている。  
「お前を、殺せと。使命を果たせと、誰かが言うんだ」  
 それはきっと忌々しき神の声なのだろう。アーデンにも時折聞こえる事がある。使命を果たせ、役割に従え、立場を弁えろ……諭すようなその声が望むのはただ一つ、アーデンの死だ。  
「……お前は、死ぬのか」  
 凪いだ声だった。空虚なガラス玉のような色違いの瞳が、褪せたプラチナブロンドの隙間からアーデンを映していた。  
「……すでに、死んでいるよ」  
 血管が透けて見えそうな白い頬に触れる。まだしっとりと余韻を残す肌を撫でれば長い睫毛が震えていた。そっと重ねられる骨張った掌が暖かい。  
「……もう、此処には居ないのか?」  
「君が望むなら、永遠に傍にいるよ」  
「紛い物は要らない」  
「本物の生け贄さ」  
 くしゃりと綺麗な顔が歪んだ。レイヴスのこの優しさが心地よくもあり悲しくもあった。慰めるように引き寄せて優しく抱き締める。素直に胸元に収まった身体は大きな身体を小さく丸めて震えていた。じんわりと抱いた背に熱が滲んで暖かい。  
「私は、……お前を、殺したい……っ」  
 一つしか無い腕が強くアーデンの背を抱き、吐息のような密やかさで叫ぶ姿に、不覚にもアーデンまで目頭が熱くなってしまう。  
「……ありがとう」  
 込み上げた感情に名前をつける資格はアーデンに無い。ただ願わくば、最期にレイヴスを奪うのは自分でありたいと思った。 

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