忍者ブログ

空箱

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

3.救いになりたかった

「明日、君の妹を殺すよ」  
 ビクビクと身体の内側を貫かれる悦びに跳ねる背を見ながらつい呟いてしまったのは無意識にも等しかった。もう二度とこの背を見る事は無いのだろう、とらしくなく感傷に浸ってしまったせいなのだと思う。荒い呼吸に大きく上下する背が、少しの間を開けた後に勢い良く飛び起きようとするが、片腕しか無いレイヴスを背中から抑え込む事はさほど大変な事でも無い。予測出来ていたから尚更。彼とてそれをわかっているだろうに、なんとか必死に体制を変えようと暴れるその直情さを愚かだとは思うが嫌いでは無い。  
「暴れるな」  
 耳元でたった一言。はっきりと命令の形で告げてやればいとも簡単に肩を強張らせて動けなくなってしまうレイヴスの顔が見たいとも思うし、見たくないとも思う。よくもまあこれだけ大人しく調教されてしまったものだ。先よりも怒りを押し込めた荒々しい吐息に背が大きく膨れているというのに。引き千切らんばかりにシーツを握り締める拳が震えているというのに。アーデンのたった一言で容易く為すがままになってしまう姿は愛おしくもあり、憐れでもある。  
「ごめんね、君の敵になるつもりは無かったんだけど」  
 王に見捨てられ、神凪の運命から逃れようと足掻いたレイヴス。過去の王にすら見捨てられ腕を?がれ、王に跪くことしか出来なかった憐れな子。未だ王と敵対しているように見せてはいるが肌身離さず持ち歩くレギスの剣がその証拠だろう、それを咎めるつもりはない。むしろ王に翻弄された憐れな生贄の生き様はアーデンの心の柔らかい所をちくちくと刺してつい手を差し伸べてやりたくなってしまっただけだ。  
 最後の逢瀬をこのような形で終わらせる事になるのは不本意だがアーデンのミスが原因なのだから我儘は言えない。名残を惜しむように耳の下へと吸い付いて跡を残すと圧し掛かっていた身体を起こす。  
「――っアーデン!!!」  
 離れた背が振り返り、たった一本の手が正確にアーデンの首を掴んでベッドから床へと身体を叩き落とすのは一瞬の事だった。酷く頭を打ち付けたようにでガンガンと脈拍と同じタイミングで痛みが響く。素早く馬乗りになったレイヴスがぐ、と首を掴む力を込めて息苦しい。狭くなりかける視界の中でなんとか顔を見上げれば、想像したような怒りに染まった鬼のような顔では無く、ただ唇を噛み締めてぼろぼろと涙を零しながら真正面からアーデンを見据える視線とかち合った。言いたい事はきっとたくさんあるのだろう。けれどその全てが無駄だと理解しているが為に感情だけが暴れまわっているようなその姿。  
「……――」  
 何か、言葉を発したようにも見えたが音にまでならず、ただすすり泣く声にかき消された。 
レイヴスは知っている、自分ではアーデンを殺せない事を。アーデンに抗えない事を。アーデンを止められない事を。  
「――ごめんね、」  
 アーデンの掌が頬を流れる涙をそっと拭っても、それを払いのける腕がレイヴスには無い。代わりに強くなる首を絞める力に抗わず、アーデンの意識は静かに闇に飲まれて行った。 

拍手[0回]

PR

comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]