気付いた時には既に足が覚束なくなっていた。アルコールによる身体能力の低下とは明らかに違う倦怠感と異様な火照り。じくじくと膿むような熱が腹の下に集まって気持ちが悪い。せめて外へ逃れたくても次から次へと「挨拶」にやってくる有象無象のせいでままならない。皇帝陛下主催の懇親パーティ、集まるのは帝国貴族と一定階級以上の軍人。見た目ばかりは華々しく優雅だが中身は陰謀渦巻くパワーゲームの場でしかない。中でも属国出身でありながらも若くして大佐にまで上り詰めたレイヴスは注目の的だった。有能なのか、それとも強力なコネクションがあるのか、味方に引き込むべきなのか早々に叩き潰すべきなのか。一挙一動を頭から足の先まで見定める視線に囲まれた中で醜態など晒せない。いくら将軍、准将に次ぐ地位にあるレイヴスと言えどこの場ではいとも簡単に踏み潰される塵芥に過ぎない。
「ご歓談中失礼します閣下、少々大佐をお借りしても?」
熱さでぐるぐると回る視界の中で、目の前で動く唇が止まるタイミングを計ってはなんとか相槌を返すのが精一杯になってきた頃に割り込んだ声。のろりと視線を動かせば緩やかな赤い波に包まれた顔がぬっと近づいてくる所だった。
「此処を出るまでは耐えろ」
突然耳元に吹き込まれた低音に肩が跳ねそうになるのをなんとか奥歯を噛み締めて堪え、それでは皆様良い夜をとさっさと踵を返す男にレイヴスも慌てて中座の謝辞を必死で吐き出して追いかける。先程までは何処を見ても人の波で到底抜け出せそうに無かった場所を、先導する男が歌うように挨拶を交わしながら道を開けさせてゆく。レイヴスがすることと言えば今にも崩れ落ちそうな身体を叱咤して悠然と歩いているように見せる事だけだった。
人気の無い廊下へと出た瞬間に崩れ落ちた身体をいとも簡単に引き摺られて放り込まれたのは屋敷のゲストルームのようだった。外に出れた安堵感で一気に思考すらままならなくなったレイヴスは何処をどう通ったのかもわからない。ただ転がされたシーツの冷たさが心地よかった。
「まんまと盛られて馬鹿じゃないの」
氷よりも冷えた声に返す言葉も無くただ荒い呼気に肩を揺らす事しか出来ない。実際、まさかそんなものを飲まされるとは思わず油断したレイヴスの落ち度だった。何処で口にしたのかすらわからない。
「お前の周りには敵しか居ないって散々学んで来ただろ」
知っている。神凪の血筋と言うだけでこの国では嘲りの対象になることも、属国上がりの癖に着々と出世を重ねている為に妬まれていることも、こうしてこの男が何かと構うせいでこの男の敵すらレイヴスを見ている事も。
けれどその中で唯一、手を差し伸べて来たのは。
馬鹿にした言葉を投げ付けながらもわざわざ体裁を取り繕って助け出したのは。
自分こそ大勢の人間に囲まれて身動き取れないだろうにレイヴスの異変に駆けつけたのは。
「借りは、返す」
だから、と相手へと手を伸ばせば冷えきった眼差しが一層鋭く細められ、それから大きな溜め息一つ。呆れたと言わんばかりの顔をしながらも伸ばした手を握り返す冷えた温もりに、レイヴスは自分の頬が緩むのを感じた。
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