愛した家族に裏切られ、信じた友は背を向けた。暖かな光の中にいた筈の身はいつしか蔑みの眼差しに囲まれて冷え切っていた。 生かさず、殺さず、誰もアーデンと目を合わせないまま上辺だけは救世主様と媚び諂うそんな毎日に疲れ果てて処刑が決まった時は怒りと同時に安堵した。やっとこの苦しみから解放されるのだと。
はた、と目が覚める。そして目が覚めた事に絶望する。 自分は確かに死を迎えた筈だ。二度と起きることの無い安らかな眠りを得た筈だ。狼狽え飛び起きようとしたアーデンの両眼が再び闇に閉ざされる。押し付けるでも無くそっと置かれた熱いくらいの温もりは不思議と恐怖を抱くよりも先にすとんと心に凪を齎した。
「……寝ろ」
聞き覚えはあるのに知らない人のような掠れた低音。いつも警戒心も露わに尖って聞こえていたそれは酷く穏やかにアーデンの鼓膜を震わせた。だがアーデンの脳裏にははっきりと突き刺さるような視線がまだはっきりと残っている。ひそりひそりと小波のように「化け物」と囁き合う声が響いている。
「もう怖い夢は見ない」
だから、寝ろ。と囁きを掻き消すように紡がれた何の確証も無い言葉が何故か驚く程に自然と心を落ち着かせた。そっか、と呟いた気もするし、声にはならなかったかもしれない。闇の中で再び瞼を閉じればゆっくりと温もりが瞼の上から額から髪へと滑って行く。ゆっくりとしたその動きはとろりと再び鈍くなってゆく意識を更なる深みへと誘うように優しく心地よい。 幾度も、幾度も繰り返される動きに遥か昔にまだアーデンを愛していた頃の母の手を重ねながら気づけば再び意識は眠りの中へと落ちて行った。
次に目覚めた時はすっかり日も上った朝だった。声の言う通りに二度と不快な夢を見る事も無くすっきりとした目覚めを迎えてしまい思わず隣を見る。
昨晩、いつまでも反抗的な眼差しをしたままアーデンに抱き潰された筈の彼は既にそこには居なかった。
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