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空箱

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イヴとディーンの始まり

 ルシス王とその仲間達によって夜明けが訪れて早一月。 
 アーデンは城の高層階の一室に軟禁状態であった。囚われた魂が解放されれば消滅するのかと思いきや、元の肉体に追い返されただけだったらしい。望んでもいないサプライズに王様御一行もアーデン自身もその存在を持て余している。 
 とりあえずの処置としてこの部屋に閉じ込められたものの、逃げ出すような気力も無かった。だからと言って自ら命を絶つような気分でも無かった。というよりも息をするのも面倒なくらいに全てがどうでも良かった。  
 今まで取り込んだ記憶は、ある。  
 だが体は人そのもの、食べなければ腹は減るし、長く起きていると睡魔に誘われる。傷をつければ赤い血を流し治癒に時間を必要とする、脆い脆い人の体。  
 化け物のままだったならば、きっと王様が殺してくれたのだろうに下手に人に成り下がってしまったばかりに誰も彼もが腫れ物扱いだ。化け物ならば殺せる癖に、人は無闇に殺せないと偽善者ぶった顔でアーデンから目を反らす。うんざりするものの、それに文句をつけるのも面倒臭い。  
 このまま適当に飼われて、飽きたら自殺してみるのも良いかな、とぼんやり思い始めた頃だった。 
 
 真夜中と言える時間に扉が開く音を聞いて珍しいと思った。普段アーデンの世話をする眼鏡も、時折話に来る王様もこんな時間に来た事は無い。ようやく処刑でもする気になったのかと安堵とも絶望ともつかない感情を噛み締めていると、そこに現れたのは思い描いていた人物では無かった。  
「逃げるぞ」  
 見慣れた正装では無く、全体的に黒く動きやすそうな服に身を包んだレイヴスがぽかんとしているアーデンを他所に宣言する。  
「はぁ、……?」  
「必要な物だけ持て。すぐ出るぞ」  
 呆気に取られてうまく意味を飲み込めないアーデンを気にせず、ずかずかと部屋に踏み入ったレイヴスはぐるりと視線を巡らせた後、ぐいと無造作にアーデンの腕を引いた。 
「さっさとしろ、時間が無い」  
「え、いや、ちょっと待って、頼んで無いんだけど」  
「アーデン・ルシス・チェラムは死んだ」  
「目の前にいるよね」  
「お前の名前は?」  
 以前から猪突猛進な所があると言うか頑固と言うか人の話を聞かないとは思っていたがここまで酷くは無かった気がする。「早くしろ名前を知らないのなら勝手に決めるぞ」  
「ねぇ話の流れが全く掴めないんだけど」  
「わかった、お前はディーンだ。ファミリーネームはまた後で決めるぞよろしくディーン」  
「少しは会話をしてよぉ……」  
「必要なものは無さそうだな、行くぞ」  
 無気力の塊だった所にこの圧力は辛い。抗う術も無く、引っ張られるままに久々の廊下へと出て引き摺られる。普段はいる筈の見張りの姿は何処へ行っても見当たらなかった。  
「逃げるくらいならいっそ殺して欲しいんだけど……」  
「シガイに襲われて記憶を無くした哀れな一般市民のディーンを殺す理由が何処にある?」  
「あ、そういう設定なのね、俺」  
 逆らうのも面倒でずるずると着いていくだけであっさりと城の外まで誰とも会わずに辿りついてしまった。人手不足とは言えど仮にも王様の住居だ、王の剣とやらも近くに潜んでいた筈なので城内が無人な訳は無いし、不審なミニバンをこんな堂々と正面玄関前に停める事も出来ないだろう。 
「乗れ」  
「え、君運転出来るの?」  
「出来ることを祈れ」  
「えぇぇぇ……」  
 迷い無くレイヴスが運転席に収まったので後部座席に乗ろうとするが、何やら物でいっぱいになっていてとても座れる状況では無く、渋々助手席へと座る。  
「で、どうするの」  
「ハンターにでもなって逃亡資金稼ぎからだな」  
「そこからなの!?」  
 低い稼働音と共にエンジンの小刻みな振動が響く。ただ流されるまま嫌々ついて来たつもりであったが少しばかり浮き足だっている自分に気付く。口角がふよふよと落ち着かずに緩んでいる気がする。強引な割に計画性の無い逃亡劇に付き合わされて笑い出したい気分だ。  
「まあ、煮るなり焼くなり好きにしてよ」  
 積極的に逃げたいと思っているわけでは無いが、レイヴスに着いて行っても良い。どうせ暇を持て余していた身だと諦めとも期待ともつかない心地で肩を竦める。  
「その言葉忘れないからな」  
 ニヤリと初めて見る顔で笑うレイヴスに少しばかり後悔したが、逃げ出そうとする前に車は走り出す。案外滑らかな運転に一先ず安堵することにして、アーデンはシートに深く身を委ねた。 

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