かつてニフルハイムという国があった。魔導エネルギーを主体にした軍事力で、十年程前には世界を手中に収める程の力を持ちながらも一夜にして滅びた国。原因は研究の為に集められたシガイが逃げ出したからだとも、なんらかの事故により魔導兵が暴走をして制御出来なくなったからだとも言われているが未だに真相は明らかになっていない。ある日突然、シガイと暴走した魔導兵達が帝都グラレアを襲い、そこで暮らす人々は逃げる間も無く無惨な姿になっていったのだと言う。生き延びた人々は早々に帝都から逃れる事が出来たほんの一握りだけで、軍の指示通りに外出禁止令に従って国内に残った者とは音信不通となったまま十年以上の月日が経った。
そんな巨大な廃墟となった帝都グラレアだが、各地に残る魔導エネルギーを利用したニフルハイム独自の研究の数々を失ってしまうのはもったいないと、現在ハンターや有識者による発掘、調査が行われている。未だに残る暴走した魔導兵たちを処理しながらの命懸けの現場で、私は二人のハンターに出会った。【廃墟となったグラレアの写真】
【動かなくなった魔導兵が積み上げられた山の写真】
【魔導兵の腕らしき部品の隙間から生えた若葉の写真】
鍛え上げられた身体と洗練された身のこなしで、明らかに戦う事を生業としてきたような「イヴ」と、身の丈こそイヴと同じくらい恵まれているもののもっぱら発掘されたニフルハイムの研究や機器の調査、活用法の研究がメインだと言う「ディーン」。顔を出さない事を条件に取材に応じてくれた。
【長身の男性二人の後ろ姿の写真。帽子まで被っているため容姿は想像つかない】
お二人は何故この現場に?
イヴ:二人ともかつて帝国に属していたことがあるので出来ることはたくさんある。私はともかく、ディーンは研究の方にも通じていたようだから役に立つだろうと連れてきた。本人は来るのを大分嫌がっていたがな(笑)
ディーン:俺、夜明け前の記憶無いから。名前もイヴにつけてもらったくらいだから
イヴ:でもニフルハイムの技術や研究の事はわかるのだろう?
ディーン:そうだけどぉ……
記憶が無いんですか?
ディーン:そうなんだけど、別にたいした事じゃないから気にしないで。困ってないし。そこ掘り下げないでいいから先に進めて
イヴ:……本人がこう言ってる通りたいした事では無いから気にしないでくれ
それでは話を戻して。具体的にこちらでは何を?
イヴ:私は主に現存する魔導兵の排除や調査チームが入るためのルートの確保、機材の運搬や……たまに調査の補助に入る
ディーン:俺もイヴと似たような内容と、後は色々マッピングとか……データの整理とか……
イヴ:ディーンは昔、帝国内でそこそこ良い地位に居たので、認証が無いと開かないような扉の解除方法を知っていたりするんだ。これが一番役に立っている
ディーン:記憶は無いんだけどね?手が覚えてただけだけどね?
イヴ:誉めてるんだから焦る事は無いだろう(笑)
やりがいを感じるのはどんな時でしょうか?
イヴ:現状、生きている兵器や機器はそれ自身に残っている魔導エネルギーで辛うじて稼働している状況なんだが、魔導エネルギーを新しく生み出す事はもう出来ない。バッテリーも幾つか発掘されては居るがそう長くは持たないだろう。なんとか稼働出来ているうちに解析し、電力での運用に切り替えられるか試行錯誤するのが主な作業なんだが……ついこの間、電力消費が大きすぎてまだ実用的ではないが、魔導アーマーの電力による稼働に成功した。人力では不可能な力仕事……瓦礫の撤去や大型機器の運搬等に流用出来るのではないかと期待されている。かつては兵器だった物が、こうして平和的に人の役に立つ物に生まれ変わる現場に立ち会うと……やっていてよかったと思う
ディーン:イヴと同じかな。昔は人の命を奪うだけだった物が、人の命を救う物に変わるのを見るのは……うん、いいよね
イヴ:ディーンの貢献によるところも多いのだからもう少し胸を張って生きて欲しいんだが
ディーン:出来る訳ないのわかってるでしょ
イヴ:(笑)実際、この現場にはディーン以上に魔導エネルギーやニフルハイムの技術に精通している人間は少ない。かつてこれらを研究、開発した技術者達は殆どが消息不明か死亡が確認されている。もしも少しでも知識がある人が居るなら是非ともチームに参加して欲しい。技術者が居ればそれだけ進みも早くなる
【テントの中、大型の機械を取り囲む男性たちの姿】
【まだ稼働しているらしき機械の操作パネル】
お二人は仲が良いですね、どんな出会いをされたのでしょう?
イヴ:……もう二十年くらい前か?
ディーン:覚えて無いってば
イヴ:出会いは最悪だな。いつか殺してやるとずっと思っていたくらいだ。だが記憶を無くしてぽつんと立ってるコレを見たらまあ……なんだろうな。情が湧いたと言うか
ディーン:殺してくれても良いんだよ
イヴ:今さら殺すくらいならそもそもお前なんぞ拾わん
ディーン:ほっといてくれたら良かったのに
イヴ:驚くくらい面倒臭いだろ、この男。こんなのに昔あれだけ腸煮えくり返るような思いさせられたかと思うと逆に腹立たしくなってしまってなんとしてでも生かしてやると思えて来る。あの時の恨みを生きて償えと(笑)
穏やかに笑うイヴと拗ねたようにそっぽを向いてしまってディーン。見た目ではディーンの方が歳上のように見えるが主導権は完全にイヴにあるようだった。会話の内容は物騒な物だったが二人の様子を見るにこれがいつものやり取りなのだろう、気心知れた気安さがある。
お二人の夢は何ですか?
イヴ:目先の事で手一杯であまり考えた事も無かったが……そうだな、ひとまずディーンの人見知りが直って一人で生きられるようになることだな
ディーン:余計なお世話だよ
イヴ:すぐに俺の背中に隠れる癖に何を言っているんだ。せめて一人で食事を取れるようになってくれ
ディーン:多少食べないくらいで死なないんだから良いでしょ
イヴ:それで、お前の夢は?
ディーン:……考えた事無かったなあ……イヴに無理矢理連れ回されてはいるけれど、やりたいことも無いし……
イヴ:なら俺の夢はディーンが人見知りを直して一人で生きられるようになって夢を見つけて追いかけられるように、に直そう
ディーン:やめてよ恥ずかしい
世界に光は戻ったが、夜に閉ざされた時間に負った心の傷は未だなお人々の間に根深く残っている。光差す希望を胸に新たな世界へと足を踏み入れる人が居るのと同時に、生活を立て直すだけで手一杯で周りが見えなくなる人もいる。何処か吹っ切れたように明るく前向きなイヴと、後ろ向きで皮肉屋なディーン。正反対のように見えて、共に歩く事が出来るのは二人とも前を見ようとしているからだろう。言葉にはしない物の、二人の話の影には「人々の幸せの為に」という想いが見えた。他人の幸せまで考えられ無いという人もまだ居るだろう。そんな人たちに少しでも二人の想いが届く事を願う。
「こんなもんかな……お二人ともご協力ありがとうございました!」
メモを取っていたノートを閉じてからボイスレコーダーのスイッチを切る。失われつつある帝国の技術を残すべく活動するハンターの一団が居ると聞いてやって来た帝都グラレアで二人に再会したのは本当に偶然だった。世界が光を取り戻したあの日、星の病を追いかけて昏睡状態だったノクトが目を覚ました傍らでアーデンもまた目を覚ました。倒した筈の敵がまだ生きていたのかと皆が殺気立つ中、一人アーデンに近付きただ静かに地面に蹲る背中に触れたのはレイヴスだった。皆が固唾を飲んで見守っていると、しばらく何かを探るように背中を撫でたレイヴスは「これはただの人だ」と笑った。曰く、星の病の気配は欠片も無い、ただ王家と同じ血が流れるただの普通の人間だと。
その後の詳しい経緯をプロンプトは知らない。人であったとしても世界にこれだけの被害を与えた男を生かしておいて良いものか、だが死なずに生き残った事には何か意味があるのかもしれない、もし生かすとしてもただ野放しにするのは危険すぎる、それならただ生かす為だけに幽閉でもするのか。
王の友人であるだけの一般人である身では見ている事しか出来なかった。過去の経験から近付きたいとも思わなかった。ただ、遠くから見たアーデンは、……アーデンだった者はかつての姿が嘘のように静かで、疲れ果てた老人のようだったのを覚えている。罪の意識があるのか、それとも本当に長すぎる生に疲弊しきっていたのか、暴れる事も無く言われるがままに牢代わりの部屋の窓からぼんやりと外を眺めている姿は、確かに世界を滅ぼすような強大な悪などではなく、その辺に居るごく普通の人間のようだった。
気付いた時にはレイヴスと連れ立ってアーデンはルシスを去り、誰もその後を追いかけなかったと言うことは何かしらの話し合いの結果が出たのだろう。それ以来誰も二人の事を口にすることも無くなり、まるで無かった事のようになっていた。
思わぬ再会にほとんど押し切るようにして勢いで取材をしてしまったせいか、達成感と共に軽い疲労を感じていた。乾いた喉を潤すべくレイヴスの入れてくれたハーブティに口をつければすっかりと冷めてしまっていて勿体ない事をしたと思う。
「……でも本当にノクトに言っちゃ駄目なの?たぶん、二人のこと心配してるよ?」
「私達の事を他に漏らさないという条件で取材に応じてやったんだ。今さら反故にするとは言わせんぞ」
「約束は守るけどさぁ……」
「その本が発行されてノクティスの手元に届けば生きている事は伝わるだろう、それで十分の筈だ」
二人が何故、頑なにノクトへの連絡を拒むのかはわからないが、「黙っている代わりに取材させて!」と反射的に頼み込む事が出来たのは我ながらよくやったと思う。そうでもなければきっと念入りに口止めされるだけに留まり、二人の生存をノクトに伝える事等出来なかっただろう。アーデンはともかくレイヴスまで名前を変えて身を隠していたこと、取材中も今も、アーデンはほとんど目を合わせてくれることなく居心地悪そうにしていること、そんなアーデンをからかうかのようにレイヴスは正体がバレかねない際どい答えを返してくれたこと。まるで反抗期の息子とその母親のようだと言ったら怒るだろうか。だがそれくらい、二人の関係は悪くないものなのだろうと言うことが見て取れた。
「終わったならもう俺はいいでしょ。まだ作業が残ってるんだ」 反抗期の息子……今はディーンと名乗るアーデンが立ち上がり逃げるように踵を返す。聞きたい事はたくさんあったがまだ巧く言葉に出来る自信も無くてただありがとうございました!と背中に向けて叫べばひらひらと応えるように左手がひらひらと振られていた。
「レイ……イヴはまだ時間あるの?」
「私もディーンも、今日中に為すべき事は終わっている」
「え、それじゃあ……」
「逃げられたな」
そう言って笑うレイヴスも、敵対していた頃から夜明けを迎えるまでの間に随分と険が抜けて丸くなったものだと思っていたが、更におおらかな雰囲気を纏うようになったと思う。最後の神凪という重圧から解放された今の姿が本来の彼の姿なのだろうか。アーデンに気を使いながらも時にからかい、慌てふためく姿を容赦無く笑い飛ばす姿は想像すらしたことがなかった。 「まあ、アレでも耐えた方だと思う。少し前までだったら君を見ただけでも一目散に逃げていただろうな」
「それはやっぱり、合わせる顔が無い、とかそういうやつ?」「そうだろうな。詳しく聞いた事は無いが……」
「本当に普通の人、なんだね」
「しでかした罪は消えないがな」
そう言って穏やかに笑う姿は本当に父のような母のような、慈しむ人の顔だった。だが彼は、アーデンによって国を焼かれ、母と妹を殺された筈だ。プロンプトとてアーデンには苦い思いばかりさせられてきたがレイヴスはその比では無い仕打ちを受けている。それでも笑って隣に立ち続けるのはどういう心境なのだろうか。
「その、……憎く無いの?アーデンの事」
一番聞きたかった物の、ずっと躊躇っていた問いは酷く小さな声になってしまった。それでも正確に聞き取ったレイヴスは憎いに決まっているだろうと笑った。
「憎いという言葉では収まらないくらいには憎んでいるさ」
「でも、……」
「アレを殺した所で気が晴れるような生半可な恨みでも無いし、亡くなった人達が生き返る訳でも無い。それなら生かして罪を償わせるしかないだろう」
言葉の物騒さに比べて終始穏やかな笑みを浮かべているレイヴスに違和感しかない。プロンプトとてもう大人だ、憎しみや恨みを抱えながらも表面上は取り繕う事は出来る。アーデンの事だってノクトを始めとした国の代表者達が決めた事だからと見て見ぬ振りをしているだけで、何かの切欠があれば文句のひとつでも言ってやりたいと思うことはある。
だがレイヴスは。憎んでいると言いながらもその瞳の色は優しさに満ち溢れている。手はかかっても愛しいと言わんばかりにアーデンを語る。
「アーデンのこと、好きなの?」
思わずこぼれた問いはあまりにも幼稚な言葉になってしまってプロンプトは慌てた。
「いや、その、そういう意味じゃなくて、えっと、」
「愛しているぞ、そういう意味で」
必死に弁解しようとする言葉を遮り返ってきたのはあまりにも直球過ぎる言葉だった。一瞬理解が出来ずにあんぐりと口をあけて呆けてしまったプロンプトの前でレイヴスはにんまりと人の悪い顔で笑う。
「一度殺したくらいでは足りないくらいに憎い。だがそれと同時になんとしてでも幸せにしてやりたいと思うくらいには愛している。いつか今まで復讐に費やした年月がなんと無駄だったのだろうかと後悔するくらいに幸せにしてやるのが私の復讐だ。君に理解出来ないのはわかっている」
そのあまりにも堂々とした態度は言葉よりも説得力があった。どうだこれを止められるとでも思っているのか、やるならやってみせろ捩じ伏せてやると言う圧力を感じる。レイヴスはただ笑っているだけだ。先程までと変わらず、ただ一人の愛する人を守り抜くと言う強い意思を秘めて。
「……っはー……うん、ほんとはこっそり今日中にでもメールでノクトに二人の事を伝えようと思ってたんだけどさ…」
「弱い振りして案外強かな所があるよな、君」
「やっぱり止めとく。なんか、よくわからないけどそうした方が良い気がする」
「ご理解いただけたようで何よりだ」
憎みながら愛するという相反する心を同時に一人の相手に向ける気持ちはプロンプトにはわからない。殺しても晴れない恨みが、相手を幸せにすることで晴らせるという気持ちも。ただ、人の幸せを願うことは決して悪いことでは無い筈だ。あれほどたくさんの人々を苦しめたアーデンが幸せになって良いものなのかわからない。アーデンの幸せを願って良いのかもわからない。けれど。
「どうぞ末永くお幸せに」
そう言ってやればふわりと顔を綻ばせる目の前の人を見てしまったら二人の幸せを願わずにはいられなかった。
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