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空箱

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俳優アーデンとスタイリストレイヴス

 閉じた瞼の上にひやりと濡れた感触が触れる。繊細な目頭への刺激に反射的にぐっと力みそうになる眉間を堪え、意識してゆっくりと力を抜いて行く。  
「良い子だ」  
 至近距離で聞こえる声はベッドの中で聞くような密やかな低音。そのまま目頭から目尻へと濡れた感触が滑って行く。  
「まだ開けるなよ」  
 返事の代わりに両手に抱えた尻を揉んでやればレイヴスの吐息が笑みに揺れた。  
「じっとしていろ。ブレたらやり直しだ」  
「ちゃんと君が書いてる間は大人しくしてるでしょ」  
 抗議するようにむにむにと尻を割り広げて揉めばぺしりと腕を叩かれた。  
「右目がまだだ。良い子にしてろ」  
 言われた通りに両手はただ尻を抱えるだけに戻すと暖かい指先がアーデンの顎を救いあげ、そして頬に触れる大きなパフの感触。  
「っっっ……」  
「本当に、慣れないな」  
 眼にアイライナーの冷えた液体が触れるあの一瞬がどうしても苦手だ。人には動くなと言っておきながらレイヴスが含み笑いに震えているのもわかってはいるが、苦手な物は苦手なのだ。なんとか最初の衝撃をやり過ごすといとも簡単に筆が滑り、そして離れて行く。 
 後に残るのはひんやりとした感触。そこにふぅふぅとレイヴスの吐息が掛かる。  
「しばらくそのまま眼を開けるなよ」  
 そう言って何やらケースを開閉する音や何かのキャップを開ける弾けるような音が聞こえる。手持ち無沙汰を持て余して尻を揉んでも文句が来ないのは良いが、この視界を遮られた状態で放置されるのも辛い。  
「ねえまだ?」  
「一分くらい待てないのか」  
「もう飽きて寝そう」  
「仕方ないな」  
 笑う吐息が顔に触れたかと思えばちゅ、と可愛らしい音を立てて柔らかな感触が唇に触れる。すぐに離れてしまった感触を追いかけて口を開けばすぐにまた濡れた舌先がアーデンの唇をなぞる。  


「そういうの、家でやってくれよおっさん……」  
 ノクティスの悲痛なぼやきはすっかり二人の世界に入ってしまった二人には聞こえていない。  
 確かに二人の関係は知っているしそもそも腕の良いメイクを探していたアーデンに、自分のメイクであるレイヴスを紹介したのはノクティスだ。いちいち道具を畳んでまた広げるのが面倒だと言うレイヴスの要望により普段なら二人きりでいちゃいちゃメイクの時間を楽しんでいるところを邪魔してアーデンの楽屋に待機しているのは悪いと思っている。だがアーデンの膝の上に跨がってメイクを始めた時から嫌な予感はしていたが、此処まで人目を憚らずにいちゃつかれるとは思っていなかった。  
 絶えず響く水音に、当分ノクティスのメイクが始まらないことを察し、深い溜め息を吐きながら眠りの世界に逃げるしかなかった。 

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