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空箱

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2.ラブドランカー

再会を祝した宴は二人きりでひっそりと、だが常々騒がしい男が一人居ればそれは賑やかな物になった。お互いの近況や周辺諸国の状況、今年の農産物の話と いった真面目な話から街中で見かけた胸の大きな女や国内で流行った歌、果ては家に忍び込んできた鼠の話などとりとめもなく語られる話題は尽きる事無く二人 の唇から滑り落ちる。アルコールでより饒舌さを増したアントーニョの話に置いて行かれないよう食いつくロヴィーノも普段よりよっぽど饒舌だ。言い争うよう に次々に紡がれる言葉の数と同じようにして胃に落ちて行くアルコールで二人共まともな思考能力を失いつつある。決着が見えずに何度も繰り返される問答がそ れを物語っていた。
「せやから、女の子はやっぱりばいーんぼいーんやろ。むっちむちのおっぱい気持ちええでー?」
「だから俺は細身の女が良いっつってんだろ!掌に収まるサイズの方がいいんだよ!!!」
「そんなん揉んだかて何もおもろないやんか!!ロヴィもいっぺんおっぱいおっきな子ぉとシてみぃ、気持ちええから!!!」
「うるせぇえ!!俺はお前みたいに誰とでも寝る訳じゃねえんだよ!!」
すっかり酒に支配された思考能力では恥じらいも何もあったものではない。否、アントーニョに限っては酒の有る無しに関係無いかもしれないが。何がおかしい のか腹を引き攣らせて笑い転げるアントーニョの頭を一発殴ってからさらに酒を煽る。アルコール度数こそさほど高く無いが並々とグラスに満ちたそれを一気に 飲み下した喉が焼けて瞼がかっと熱くなった。味など、もうとっくの昔に判らない。
「そもそも、なぁ、俺は、そういう、……無ェし。」
たん、と音を立ててグラスをテーブルへと戻すと殴られても未だ笑い転げるアントーニョへと視線を定める。ロヴィーノが呟いた言葉にすら気付かずけらけらと 笑い続けるアントーニョの姿にふつりと怒りが腹の底で湧き上がる。そもそも、何でお前に女の良し悪しを指図されなければならないのか。他でもない、アン トーニョに。沸いた怒りが次第にぐつぐつと煮え滾り始めるのにロヴィーノは歯を噛み締める。
「そない怒らんと、今度俺がちゃんと教えたるて。女の子と気持ちよぉなる方法」
黙り込んだロヴィーノを気遣ったのか、アントーニョにとっては酔い任せの軽口のつもりだったのだろうその言葉にぷっつりと何かが切れる音がした。勢い良く 立ち上がるとがたんと椅子が倒れる音がした。自分で言った言葉に自分で笑うアントーニョの手首を掴むと強引に引っ張って床へと引き摺り倒す。反応が遅れた アントーニョが椅子ごと床へと転げ落ちたその上へと圧し掛かると、だん、と音を立てて顔の脇へと両手をついた。
「今度と言わずに今教えてもらおうじゃねぇか、このやろー」



まず、汗に張り付いた前髪を掻き分けて額に一つ。それから鼻先に、滑り落ちて頬へと唇を触れさせる。柔らかな感触を伝える肌は滲んだ汗でしっとりと吸い付くように乾いた唇を潤した。
「ろ、ヴィ…」
ついさっきまで笑い転げていたアントーニョが甘く重たい溜息混じりにロヴィーノを呼ぶ。戸惑いを含んだそれが咎めるのか、拒絶するのか、続きが聞きたくなくて濡れた舌を覗かせる唇を塞いで封じる。差し伸ばした舌先に絡むアルコールの甘味が脳髄にまで染みた。
「ロヴィ、待っ……痛い…」
喘ぐように首を振って逃れようとする最中に零れる声を無視して唇を追いかけながら床に打ち付けられた衝撃に強張る身体を宥めるように頬へと指先を触れさせ るとそのまま顎を固定する。怯えたように奥で縮こまる舌を突付いてやればンぅとくぐもった声が漏れた。何処か色付いたそれをもっと聞きたくて舌の裏を擽っ てやれば漸く、ぬるりと舌が絡む。鼻から呼吸を漏らしながら粘膜を擦り合わせるだけの単純な動きを繰り返す度に微かな水音が震えて言いようの無い充足感を 齎した。
「ン、…ん、…ロヴィ…ッ」
次第に呼吸が苦しくなったのかアントーニョがロヴィーノの肩をそっと押し上げて漸く離れる唇。未練がましく伝う唾液の糸がふつりと切れてひやりと冷たく唇に触れた。
「なん、やの、突然…痛いやんか…」
きゅ、と眉根を寄せて不服を訴えるアントーニョの濡れた翡翠の瞳が伺うように下からロヴィーノを見上げていて、太陽の下で親分を気取る男とはまるで別人のように甘く淫靡な空気を纏う。
「お前が、教えてくれるっつったんだろ…」
再び触れ合う直前まで唇を近づけても肩に触れた両手は拒まなかった。ただ、戸惑うようにぎゅっとロヴィーノのシャツを握り締めているばかりだ。
「それは、言葉のアヤっちゅーか…なんちゅーか…第一、女の子おらへんやん」
「俺は、お前がいい。」
「せやけど、俺おっぱいないし…」
「元々胸の無い子の方が好きだから問題無ぇ」
「ちんこついとるし…」
「別に気にしない」
思いつく反論を全てあっさりと封じられてアントーニョがうぅと低く唸る。口下手な方だと自覚のあるロヴィーノがこうまでも綺麗にアントーニョを言い負かす など滅多に無い経験で思わずロヴィーノの口端が緩んだ。アントーニョは今突然の出来事に混乱している。突然の子分の反乱、それはロヴィーノ自身でも驚く程 の強引さでもって成し遂げられようとしている。酒の力とはかくも強力なのだろうか、それとも今まで身体の奥深くに溜め込んだ感情が暴発しただけなのだろう か。 なんとか言葉を捜そうとアントーニョが視線を彷徨わせるうちにそっと掌をシャツの裾から忍び込ませる。高揚した肌がひたりと滑らかに掌に吸い付き期 待に下肢が疼く。緩い稜線を描く腹筋の山を辿り胸元へと這い上がった指先が小さな引っ掛かりを摘み上げて転がせばぴくりと肌が震えた。
「ッロヴィ…っあかんて、俺、親分やし…ッ」
「そんなの関係無ぇよ」
結局何も思いつかなかったのか訳のわからぬ事を言い始める唇を再び塞ぐ。そもそも、アントーニョが本気で抵抗しようと思えばロヴィーノなど簡単に押し退け られるはずなのだ。例え酒に酔っていたとしても。まだ、泥酔しすぎて動けぬほどでは無いだろう。それをしないということは否が応にも期待が膨らむ。許され ているのかと、先を望まれているのかと。未だ言葉には出来無い想いだけれど勢いと偶然に手に入れたチャンスを見逃す程にはまだロヴィーノはへたれていな い。
「…気持ち良くさせる方法、確り教えろよ…?」


------


ぴたりと重なっていた肌が剥がれて汗ばんだそこに空気が触れた。そうしてまたずるりと少しだけ姿を見せたペニスが再びアントーニョの体内に沈む。
「あっ…ん…」
押し出されるようにして密かな声が鼓膜を震わせて下肢が甘く震えた。絡み付くように粘膜に締め付けられて温度を上げる身体から浅く息を吐き出して熱を逃がす。
「な、気持ちええ…?」
ゆったりと腰を前後に揺すりながら見下ろすアントーニョの唇が赤い舌をちらつかせながら問う、その卑猥さを本人は自覚してやっているのだろうか。ロヴィーノはもう限界ぎりぎりの所でひたすら耐えているばかりだというにこの余裕の差。
「わかってんだろ…っわざわざ聞くんじゃねー」
「せやな、けど意地悪したなんねん」
ふふ、と淫靡な空気を震わせて笑うアントーニョが腰を支えていたロヴィーノの手をそっと取ると結合部へと導く。腰を浮かせた分だけ姿を見せたロヴィーノの ペニスを辿り薄い皮膚を一杯に引き延ばして貪欲に性を貪る排泄口へ。どちらのものともつかない体液に濡れたそこを導かれるようになぞれば中が震えるように ロヴィーノを締め付けた。
「は…っ此処、めっちゃ喜んどるやろ、ロヴィのちんこ美味しいて言うてるやろ」
極々浅く揺れる動きに合わせて絡み付く薄い皮膚は確かにアントーニョの言う通りご馳走を食べるかのようにロヴィーノのペニスを咀嚼し舐め尽くして行く。ロ ヴィーノには腹筋を強張らせて引きずり込まれそうになるのを堪えるのがやっとで、ゆっくり味わっていたらあっさりと天国へ連れて行かれてしまいそうだ。そ んなのはなけなしのプライドが許さない。
「んぁっ…ひっ、そんないきなし…っ」
アントーニョのなすがままに快感を享受していただけの身体で下から不意に突き上げてやれば面白い程に褐色の肌が踊った。一度、二度と繰り返し突き上げる度に背をしならせて甘い声を上げる。
「ぁっあっ、気持ち…ぇえっ」
ロヴィーノの目の前で汗に濡れた肌が誘うようになまめかしく揺れる。促されるようにして次第に強く早く腰を揺さ振れば肉がぶつかる乾いた音の中に卑猥な水 音が混ざり鼓膜からも快感を流し込んでゆく。耐え切れなくなったように身をくねらせながら腰を揺らすアントーニョの動きがロヴィーノの動きを乱し予想外の 快感に息を飲んだ。
「はっ…んぁっ、もぅぁかん…っ」
イく、イってまうと譫言のように喘ぐ姿は最早幼い頃から慣れ親しんだ男では無く、ただ欲に塗れた娼婦に等しい存在だった。穏やかで暖かい幼き頃の記憶が全て、今目の前で快楽のままに踊る男の下卑た姿に塗り潰されて行く。
初めて弟以外に感じた暖かな愛情も、見返りを求め無い真っ直ぐな優しさも、全てがただ下半身が求める安っぽい欲求へと擦りかえられて行く。
「ロヴィ…ッッッ――」
どろりとロヴィーノの腹の上に白濁を吐き出しながら媚びるような甘い声で囁かれた名を、だがロヴィーノは不思議と不快と思う事は無かった。達したばかりで強張る身体に締め付けられてロヴィーノもまたそのぬかるんだ体内へと無為に散る性を吐き出しながら荒く息を吐き出す。
「アン……」
かつて呼ぶ事が出来なかった彼の愛称をそっと口の中で呟き、満ちる幸福感に浸る。それは長年にわたり渇望していた物でもあり、大切な思い出との別離でもあったがロヴィーノに後悔は無い。
愛する者を生まれたままの姿で抱き締める、その幸せに勝る物など、ロヴィーノには何一つ無かった。

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