「元居た場所に返してらっしゃい」
と、言った所で伝わらないのはわかっている。わかっているが言わずにはいられなかった。身体の殆どをシガイに侵され幼児以下の知能しか無いレイヴスは生前の抑圧された生き方から一転して非常に素直になった。食べるのは好き、遊ぶのも好き、気持ちが良いのも好き、だが風呂と独りぼっちが嫌い。アーデンが側にいる時は機嫌良くしていたとしても、ちょっとでも目を離すと何をしでかすかわからない。無くした知能の代わりに得た怪力で厳重なロックがかかった金属製の扉をこじ開けて脱走した事もあったし、遊び相手にとクローンを一体置いて行ったら化け物と呼ぶに相応しい力で細切れにされた事もあった。出掛けて帰る度に何かしらやらかしているのでそれなりに心の準備をしてから扉を開けたのだ、これでも。
それでもついうっかり通じもしない言葉が出てしまったのはまさか部屋中埋め尽くす程の巨大な触手の塊を連れ込んでいるとは予想だにしなかったからだ。どろりと黒光りする粘液にまみれているところからしてシガイの一種だろうか。中には肉色の蔦のようなものが粘液の隙間から見える。それが数えきれぬほど大量に、服を嫌って一糸纏わぬレイヴスの身体中に絡みついている。
「あーで、おかぁり」
覚えたての拙い単語の出迎えは可愛らしいが、腰にばかり集中的に触手が集まり真っ黒に染められていることに気付いてしまい思わず天を仰いだ。この場合叱りつけるべきなのか誉めるべきなのか、触手を引き剥がすべきなのかそれとも混ざるべきなのか今後の教育方針に悩む。
「ふぁ、あ、あー」
そんなアーデンを尻目に触手がじゅぷぬぷぐぷんと派手な音を立てて蠢きレイヴスが気持ち良さそうに鳴く。意思の疎通が出来ているのかどうかは定かでは無いが、少なくともレイヴスは触手を楽しんでいるらしい。数多の触手がレイヴスの身体の中や外を擦る度に甘い声をあげているし、もっととねだるように腰が揺れている。触手も何を求めて絡み付いているのかはわからないがレイヴスを喜ばせる場所ばかりに集まっては蠢いているようだ。
「っひ、ぁっ、ああっ、あっ、あっ」
ついぼんやりと思考を止めて眺めている間に本格的に攻め立てられているらしい、切羽詰まった悲鳴が上がる。ぼたぼたと垂れ落ちる程に滴りまとわりつく粘液に隠され詳しい事はわからないが世話しなく触手が蠢きレイヴスの身体が同じリズムで揺さぶられているのはつまりまあ、そういうことなのだろう。 「どうしようかなぁ…」
アーデンも知らなかった未知のシガイらしき存在への警戒心はある。
だがこの触手一つでレイヴスがご機嫌でお留守番出来たのも事実である。
「――ッアああ」
アーデンが悩む目の前では白い喉を仰け反らせてレイヴスがびくびくと身体を震わせていた。
[2回]
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