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フェネスタラ宮殿の幽霊

 今や世界中でその名を知らぬ者はいないと言われる写真家、アージェンタム氏が綴る夜明けへの道のりとその後のイオスに暮らす人々を取材したドキュメンタリー「イオスの光」
その第五作目より抜粋 

11.フェネスタラ宮殿の幽霊 

 サラに出会ったのはテネブラエのルクス大通りに面した小さなカフェだった。安価な上に美味しい珈琲とホットサンドが楽しめると評判の店内には子供連れや学生、果ては新聞片手にのんびりと珈琲を楽しむ老紳士まですべての年代に愛されているようだった。 
その中でも彼女に声をかけてしまったのは連れていた子供達に聞かせていた物語が非常に興味をそそられたからであって、決してやましい心があったわけではない。決して。 
 詳しく話を聞きたいと申し出るとサラは快く応えてくれた。 
【20代くらいの女性と十歳前後の男の子、アージェンタムが笑顔で写っている写真】 
サラ:私、生まれたのはリード地方だったんですけれども両親が事故で亡くなってしまってずっと祖父に育てられて来たんです。「夜の子供」だったので初めて遮るものが何もない太陽を目にした時はほんと眩しくて。今だから言えるんですけれど、あの頃はとにかく太陽が大っ嫌いでした。目は痛くてあけていられないし、肌はすぐに火傷になってしまって服を着るのも辛かった。そんな害しかない太陽を大人達がありがたがっているのも、なんだか私が否定されているみたいで本当に嫌でしたよ。「夜の子供」は皆そう思っていたのでしょうけれど。 

大人達が狂喜乱舞した夜明けとは裏腹に、長い長い夜の間に生まれた「夜の子供」達の苦しみは今でもなお続いている。日差しを浴びるうちに治って行く軽度の者から、生涯日差しを浴びるだけで体に変調を来す重度の者まで様々だが皆声を揃えて言うのは「初めて浴びた日差しは痛くて怖い存在だった」。大人たちは当たり前のように日の下で生きて来た為にその恐ろしさに気付くことなく、日差しの下に放置されて皮膚が爛れてしまった子供や失明した子供、またそのような苦痛を信頼する親などの大人から強制されて心の病にかかった子供も多く、彼らにとっては今でも太陽は忌むべき存在だと言う。 

サラ:私の場合は近所に詳しいお医者様がいたので、すぐに日の光が強すぎるのだとおっしゃっていただいて。それで改善するかはわからないけれど、と祖父の故郷のテネブラエに帰って来たんです。あの頃はとにかく街と言うより廃墟と行った感じでたった十年くらいでこんなに復興するとは思いませんでした。幸いにもこちらで少しずつ太陽に慣れて行く事ができて、今ではすっかり日向ぼっこが大好きなんですけれど。ああそうだ幽霊の話でしたよね。テネブラエに来てもすぐによくなるわけでは無かったのでしばらくは同じような子供達と室内でばかり遊んでいたんですが、やはり外で同じ年頃の子供が楽しそうに遊んでるのを見るととても羨ましくって。そんな時にやんちゃな友達がフェネスタラ宮殿で幽霊を見たって話をしてくれたんです。 

 フェネスタラ宮殿はかつて神凪の一族、フルーレ家が住んでいたが、長い夜の間にシガイの襲撃によって破壊され放棄されたのだと言う。生き延びた神凪の一族は近くへと拠点を移し、そこを中心に今の復興したテネブラエの町並みがある。だが宮殿だけは今も当時の姿のまま大切に残されているのでテネブラエに訪れた時には是非とも立ち寄ってみて欲しい。建物の中には入れないが一面に広がるジールの花畑と、瓦礫と緑のコントラストが美しい中庭は一見の価値がある。 
【真っ青な花畑の写真】 
【瓦礫に蔦が這い、日差しが差し込む幻想的な写真】 
【森の写真】 
サラ:もちろん、勝手に入って良い場所だとは思っていませんでしたよ。でも復興の手伝いも出来ない子供達は皆暇を持て余していて、すぐに宮殿の探検に行こうって話になったんです。最初は私と、その話をしてくれた男の子と、あと同じように日差しに弱い女の子の三人だったかな。友達の家に遊びに行ってくると嘘をついて朝の日が弱いうちに出掛けて。男の子が壁の壊れている所を知っていて、そこから中に潜り込んで。埃っぽくなってはいましたけれど家具なんかもそのまま残されていて凄く楽しかったですよ、あんな綺麗なお城は初めてでしたから。勝手にいろんな所をあけて、見たことも無いようなふかふかのベッドやソファに飛び乗って埃に咳き込んだりして。広いお庭には一面にジールが咲いていたりして思わず走り回ったりして。その途中に私たちも見たんです、幽霊。私たちが居た建物のちょうど向かいの建物の窓を真っ白な人影が横切るのを見たんです。三人とも大興奮でそこらじゅう探し回りました、あんまり夢中になっていたからついつい日差しの下も平気で歩き回ってしまって、私と女の子の二人とも目が痛くなってしまって。女の子の方は肌も火傷で真っ赤になってしまっていましたね。帰ろうにもまだ日が高くてこれ以上外には出れないし、夕方になるまで待つしか無いかなって三人で部屋の中にいたんですけどお腹は空いてるし肌はヒリヒリするしで心細くなってしまったのか女の子が泣き出してしまったんです。 
【過去のテネブラエ宮殿内部の写真1】 
【過去のテネブラエ宮殿内部の写真2】 
サラ:そんな時に幽霊がすぐ目の前に来たんです。実際には私はその時目が痛くて開けていられなかったので男の子が騒いだ声で気付いただけなんですけれど。大丈夫、心配いらないってとても優しい声だったのは今でも耳に残っています。何をしていたのか具体的な事はわからないんですけれども、泣いてしまった子を丁寧に慰めていてくれたみたいで。段々泣き声が収まって、そうしたら今度は私の瞼に大きな掌が触れてきたんです。ちょっと皮膚が硬くて、でもとても暖かくて。思わず心地よさにうとうとしてしまいそうなくらいで気付いたら目の痛みが無くなっていたんです。女の子の火傷もすっかり良くなったみたいで二人で何が起きたのかわからずにぽかんと呆けてました。ようやく幽霊を間近で見れたんですけど……ほんととても真っ白でした。髪の毛も肌も真っ白で、だけど目の色が左右で違って不思議な人でした。最初、危ないから二度と立ち入らないようにって言われた気がするんですけれども三人共興奮しちゃって散々ぶーぶー文句言ってたら仕方ないな、って笑って。本当にすごい優しい笑顔だったんですよ!もう一人の女の子と初恋だったよね、って今でも話題になるくらいに心を鷲掴みにされちゃいました。それで、遊びに来てもいいけれど危ないから入っちゃいけない場所を教えてもらって、それから大人たちには幽霊の事は内緒にしてくれってお願いされました。私達は此処でまた遊んで良いと言ってもらえたのがうれしくて二つ返事で引き受けましたけれど、今思えばあの時すぐに大人達に知らせて置けば良かったのかもしれませんね。 

 幽霊の正体に気付いた読者の方もおられるかもしれない。けれど子供達は律儀に幽霊との約束を守り、他の子供も誘って幾度も宮殿に訪れながらも決して幽霊の存在を大人に明かす事は無かった。それが良かったのか悪かったのかは今でもわからない。幽霊が何故大人たちの前には姿を現さ無かったのか、その真意がわからなくては全てが憶測に過ぎない。 

サラ:幽霊は行けば毎回いるって訳ではないんですけれど……体感的には週に一回くらいは会えるかもしれないって所でしたかね?幽霊には色んな事を教えてもらいましたよ。テネブラエの古くから伝わるおまじないの歌とか、遊びとか。幽霊は男性だったんですけどね、花冠を作るのがとても上手だったんです。昔は好きな子が出来たらジールの花で冠を作ってプレゼントするものだったって聞いて皆で作り方を習ったりもしましたね。普通の花冠みたいに絡めて行くというよりは土台を作ってからそこに編み込んで行く感じで子供には少し難しかったんですけど、すごく丁寧に根気よく教えてくれて。他の遊びもたくさん……全部今でもやり方覚えています。 
【テネブラエに伝わる花冠を被った笑顔のサラの写真】 
 しかし幽霊との楽しい時間はそう長く続かなかった。幾ら子供たちが幽霊の存在を隠していようと大人達が教えた覚えのない遊びを、歌を、知らぬ間に覚えていれば不審に思われるのは致し方ない事だろう。 

サラ:私も、何気なく鼻歌で教わった歌を歌っていて。祖父に「よく知ってるね、誰に教わったんだい?」って、祖父はただ懐かしくて聞いただけなんでしょうけれど私はもう大パニックで。内緒にするって約束したのにバレちゃう!って。逆にそれが祖父には不審に思えたんでしょうね、そこからは延々問い詰められて、怒られて、泣いて、だけど幽霊を守らなきゃって意地でも言えなくて。……本当はそこで言ってしまった方がよかったのかもしれませんけれど。他所の家でも皆そんな感じで親にバレて、だけど幽霊を守らなきゃって誰も口を割らなくて。何ででしょうね、不思議と「守らなきゃ」って思ったんです。とっても大きくて私達二人くらいなら軽く担ぎ上げてくれるような人だったんですけれど……なんでだろうなぁ……とても、大切だったんだろうなぁ…… 

 気付かれてしまえば後は早い。親から親へと話は広まり、子供たちがいつも遊びに行っている宮殿には誰かが居る、と言う結論に辿り着く。子供達が幽霊のことを話していれば誰も不安になる事は無かっただろう、だが実際には皆一様に頑なに唇を閉ざしたままで、余計に親達の不安を煽るだけとなった。すぐ傍にある拠点では無く敢えて宮殿に隠れるようにして居る人間、それも子供達にこれほど強力な口止めをする力があるとなれば危険人物かもしれないと誰もが思うだろう。 

サラ:それからは家から出るな、外で遊ぶとしても大人の目が届く場所でしか駄目、少しでも逃げようとすれば本気で怒られて……その間に拠点の男の人たち総出で宮殿の捜索をしたらしいんです。これは後になってから聞いた話なんですけれども。何度も何度も連日連夜宮殿の隅から隅まで探し回ったって言ってました。けれど大人達は誰一人幽霊を見つけられなくって、逃げたんだろうって話になって。結局そのまま幽霊は現れないままだったので、行けなくなってから半年後くらいかな?漸く遊びに行ってもいいってお許しが出たんです。その時には宮殿にも定期的に見回りが来るようになってましたし。また遊びに行けるようにはなったのは嬉しかったんですけど、やっぱりなんか違うんですよね、私たちは幽霊に会いに行ってましたから。幽霊が居ない宮殿は綺麗だし楽しい所だけど……寂しいんです。大人達の所為で幽霊が居なくなっちゃったって怒っていた子も居ましたし……幽霊が居なくなったことがショックであんなに毎日のように宮殿に遊びに行っていたのに部屋に引き籠るようになっちゃった子も居ました。その頃の私達にとっては本当に幽霊の存在が大きかったんです。第二の父……母……ううん、なんだろう?傍にいると無条件に安心出来て、心地よくて……神様みたいな物かな?大げさですけど。 
【六神と神凪が対話するシーンを描いた壁画】 
サラ:何度も宮殿に通って、やっぱりどんなに探しても幽霊を見つけられなくて。もう二度と会えないんだな、って皆が思い始めた頃、やっと大人たちに幽霊の事を伝えました。幽霊は悪い人じゃないんだって事だけは知って欲しくて。大人達も幽霊が居なくなってからの子供達の気落ちっぷりを見ていたからか親身に聞いてくれました。そこでようやく、幽霊の正体がわかったんです。誰かが写真を持ってきてくれて、幽霊はこの人か、って聞かれて。実際に会った幽霊よりは若く見えましたけれど思わず嬉しくてこの人!!ってにこにこ顔で答えた私達と、絶望したかのような大人達の温度差が凄かったですね。その頃は自分たちで追い出した癖にって思ってましたけれど…… 

 そして大人達が「幽霊」の正体を子供たちにわかりやすく説明した話と「幽霊」との思い出話が組み合わさり、尾ひれ背びれを付け加えながら形を変えて一冊の絵本にまとめられたのが「ジールの王子」だ。世界中で大人が読んでも泣ける絵本として流行したのでご存知の方も多いかと思う。ジールの国の王子が太陽を食べる魔物に家族と離れ離れにされながらも冒険をしてゆく「よくある」ストーリーではあるのだが、その最後の物悲しさはこの「幽霊」の話が混ざった結果だろう。 
【ジールの王子の絵本表紙】 
サラ:今では皆この絵本のお話を知っているでしょう?とても良いお話だとは思うんですけど……やっぱり本物を知っている身としては正しい王子のお話も知って欲しいんですよ。大人達に聞いた王子の話も、絵本に描かれた王子のお話も、幽霊とはどこか違うんですよね。だから私が知っている幽霊のお話も子供達には伝えたいなって。あの時一緒に遊んでいた友達は皆子供に幽霊のお話していると思います。 

 サラへの取材を終えた後、町中で遊ぶ子供たちの何人かに声をかけて「ジールの王子」の話を教えてくれと強請ってみたところ、驚く事に絵本の内容を教えてくれたのは一人だけで、後は多種多様な王子の話を聞くことが出来た。恐らくは幽霊に出会った子供達それぞれが感じたままに伝えた事で印象が変わってみえるのかもしれない。独自の脚色や、子供に聞かせる為にハッピーエンドに纏め上げられた物まで、そうしてそれが子供同士で議論になりまた新たな王子像が作り上げられて行ったのだろう。 
 もしもテネブラエに訪れる事があったら「ジールの王子」の話を子供から大人まで聞いてみて欲しい。きっと貴方だけの「王子」が出来上がる筈だ。

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