夜のテネブラエ、フェネスタラ宮殿。
以前より予定されていたルシス王家からの使者と会談の後に、たまたまタイミング良く現れた復興支援を生業とする傭兵団長も交えて臨時の会食。
程よくアルコールも回り腹も満たされ、このまま各々部屋に戻って眠るだけかと思いきや「せっかく集まったんだから肩肘張らずにもうちょっと飲もうよ」という傭兵団長の鶴の一声で場所をレイヴスのプライベートルームへと移して二次会を開催する運びとなった。
「あらためまして、新年おめでとー!」
先程のテネブラエの重鎮も交えた会食とは打って変わってアラネアの声は明るい。アラネア、イグニス、レイヴス、三人揃う事はほとんど無いがそれぞれ付き合いはそれなりに長いし、あの十年を互いに支えあい乗り越えた仲間だという意識が皆それぞれにある。
「あ、これ美味しい」
「こんな機会もあまりないだろうから二十年物のワインを持ってきた」
「レイヴスのそういうトコ好き」
「お前が好きなのは酒だろう」
帝国の頃から二十年近い付き合いになるという二人のやり取りも随分と砕けたものだ。各々ソファにゆったりと寛ぎながら簡単なツマミを肴にグラスを傾けている。そこにイグニスも混ざって穏やかな空気が流れているなど、かつては想像もできなかった。
「メガネくんはいつまで居るの?」
「明日の昼には発つつもりだ」
「そうだよねぇ、アンタの彼氏うるさそうだもんねぇ」
んんぐぅ、とイグニスが妙な声を上げながら咽そうになった。噴出さなかったのが不思議なくらいだったが気合いで堪えたらしい、飲み下した後にげほ、と小さく咳を零す。
「なぜそれを…じゃない、なぜそうなったんだ」
「あんたも結構酔ってるね?そんなの見りゃわかるわよぉ、初めて会った頃にはもう付き合ってたでしょ?長いよね」
かくいうアラネアもだいぶ酔っているようだ。もともと静かな性質というわけでは無いが普段よりも上機嫌に舌が回っている。
ぐうの音も出ずに黙り込んで言葉を探すイグニスをからからと笑うアラネアの横ではレイヴスが穏やかに、だがやはり楽し気に目を細めていた。
「そうなのだろうなとは思っていたが…そんなに昔からだったのか。いつからなんだ?」
「あたしも知りたい!具体的にはいつなの?小さい頃からずっと一緒なんでしょ?」
イグニスの恨みがましい視線がちらとレイヴスに向けられるがグラスを掲げて応えて見せるだけだ。所詮は付き合いの長い者だけの砕けた酒の席だ。一番若いものが玩具代わりに突かれるのは致し方ない事だろう。暫く悩むように無言を貫いていたイグニスだったが溜息一つで諦めると、ぐしゃりと髪を掻き混ぜながら唇を開いた。
「高校の頃だ。彼氏、などという関係になった覚えは無いが…… 「ヤっちゃったと」
「……まあ、そういうことだ」
直截な言葉に一瞬言葉を詰まらせるも諦めて全面降伏することにしたらしい。イグニスのような男が高校の頃からあの男と身体を重ねていたことに驚くべきか、それから10年以上一途に愛を育んでいる事に納得するべきなのか。
「そんなに長く付き合ってて飽きない?」
「そもそもそういう関係では無いと言っているだろう。共に在る事が当たり前すぎて……そういう事を考える次元に居ない」「でもヤる事はヤるんでしょ?」
「う……その、なんというか、習慣で……」
「習慣になるくらいお盛んなんだ!?」
あっはっは、と声を上げて笑うアラネアと、横ではレイヴスも肩を震わせている。何を言っても酒の回った頭では二人を喜ばせる事しか出来ないようだ。だがとてつもない羞恥心はあれど、今までこの手の話はほとんどしたことが無いイグニスにとっては少しだけ興味がある部分でもある。
「そういう貴女も。ウェッジさんが心ぱ――」
「で、レイヴス将軍と宰相ってどういう関係だったの?」
ウェッジの名前が出た瞬間のアラネアの切り替えの早さは恐ろしい程だった。奥では突然話を振られたレイヴスがんっふぐぅと変な声を出して咽そうになっている。
「私が帝国に入った頃にはもうあんた宰相と寝てたでしょ?けどいまいちどういう関係だかわからなくってさぁ」
「いや……その……」
「恋人同士って空気でも無いし、だからってあからさまに険悪って感じでも無いし、気になってたのよね」
「だから……それは……」
「結局、宰相の事好きだった?」
レイヴスがこんなに狼狽えている所をイグニスは初めて見た。哀れにも思うが先程の恨みと、このアラネアの勢いが万が一にもこちらに戻ってくるのは避けたいので黙って聞き役に徹することにする。というよりアーデンとレイヴスがそんな関係であった事など初めて知った。純粋に興味が沸く。
「……好きとか……嫌いとか、そういう話じゃない」
溜息のように紡がれた言葉があまりにも穏やかだったのでアラネアとイグニスは息を飲んだ。二人とももっと愚痴や恨み言が出てくるとばかり思っていたのだ、知らず固唾を飲んでレイヴスの次の言葉を待ってしまう。
「あ、いや、本当に巧く説明出来ないんだが…少なくとも好きでは無かったし、いつか殺してやるとは思っていた」
その言葉の割には余りにも懐かしむように穏やかな微笑みを浮かべているレイヴスに思わず二人は顔を見合わせ、そしてあまり深く突っ込んではいけない予感を感じて話題を切り替える事にした。楽しい酒の席が追悼式のようになってしまうのはごめんだ。
「で、ウェッジさんとは――」
「はい、それじゃあ次はメガネくんと彼氏の初夜の話を詳しく聞かせてもらおうか!」
テネブラエの夜はまだしばらく明けそうにない。
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