忍者ブログ

空箱

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

1.無題

からりと乾いた空気、肌をちりちりと焼く日差しの強さ。
露出した肌に篭る熱を涼しげな風が優しく撫でて行く懐かしい感覚。
人の生涯では考えられない程に久方ぶりに訪れたこの国の季候が、他国だというのに郷愁に似た物を呼び起こすのは長年、此処で過ごしたからだろうか。
いつでも遊びに来ぃや、なんて言われてからどれくらい経つのか、独立してすっかり身の丈も大きくなったロヴィーノにはわからなかった。酷く昔のことのようにも感じるし、ついこの前のことだったようにも思える。



あの家を出てから今まで訪れなかったのは決して会いたく無かったわけでは無い。
多忙、それだけを理由にするのは無理だとわかりつつも今まで訪れることが無かったのは言葉にするにはとても難しくもどかしい感情ばかりだ。漸く耐え切れぬ程に会いたいと、今まで取繕っていた上面の体面を捨て去ってただ会いたいのだと行動に移せた頃にはすっかり今まで散々かわいいと称された少年の面影が薄れ、縦にも横にも成長した男の体躯になっていて正直、不安ばかりが胸裏に渦巻く。
可愛い物に目が無い彼は幼子の柔らかな曲線を失った自分にはもはや興味が無いのでは無いか、そもそも身を削ってまで守ってくれていた彼を裏切り独立した自分なぞ目障りでは無いか、そもそも…
「いい加減覚悟決めろよな俺…」
辿り付いた一つの家の前。この地独特の白い肌に覆われた眩いばかりの壁を見上げて一つ息を吐き出す。服に覆われた肌までじんわりと汗ばんで居るのは決して 日差しの所為だけではないだろう。意を決して伸ばした指先はノックを叩こうとして、そうして躊躇った後にノブへと手を掛ける。それは予想に違わず静かに軋 んだ音を滲ませて開いた。
来訪を予め告げて訪れた訳では無いからきっと、これはただの不用心だろう。だが何故か少しだけ緊張に固まった心が解れた気がした。
日差しから守られた家の中は開け放たれた窓から入り込む涼しい風に満ちてすっかり熱を持った肌を沈静させてゆく。静まり返った空気は昔此処を出た時から何一つ変わっておらず、ただ少しだけ小さくなった。
早まる鼓動を抑え、足音を押し殺して彼を探す。今の時間なら丁度昼寝の頃だろうか、それとも国としての仕事をしている頃だろうか。はたして彼は寝室のベッ ドの上に居た。白いシーツの波に埋もれた濃い色の肌が呼吸に合わせて浅く上下している。こちらに背を向けている所為で顔まではわからないが随分と痩せたよ うな気がする。一歩、二歩、ベッドまでの僅かな距離に酷く時間を近付いて肌に触れる。昔には巨木のようだった身体が両腕に納まる大きさにまで小さくなって いて思わず力の限り背に抱きついた。
「ふぁ…あ……?何、なんなん…?」
流石に目を覚ましたのか男が間の抜けた声を上げるが構わない。過去の傷跡に引き連れた背に顔を埋めて離さない。そうでもしていないと訳も無く泣いてしまいそうだ。
「え、誰?何も言わんとわからん、……」
背に張り付く正体を知ろうともがいて居た男の動きが止まった。流れる無音の空間、馴染んだ体温の高い肌に込み上げる嗚咽を必死で噛み殺しながら様子を伺っていると不意に、引っ張られる。
「ちぎ…ッッ」
思わず出た声は最早本能に等しい物で堪えられなかった。思わず緩んだ腕の中で男がぐるりと向きを変える。
「やっぱりロヴィや。隠れてても可愛いコレが出とったで」
寝起きの気だるい吐息混じりに紡がれる声、未だに顔を上げられずに男の胸元に再び抱きついたロヴィーノの頭を優しく撫でる掌、拒絶する事を知らないように全てを引き寄せて受け入れる男に涙が止まらなかった。
「ほら、顔見せてぇや、こない大きゅうなって…さぞ男前になったんやろな?」
見なくても男が暖かな笑顔を向けていることが分かる声。顎へと手が滑り降りて来るのを必死で首を振って拒否した。涙でぐしゃぐしゃになった真っ赤な顔なぞ間違っても見られたくない。
「意地悪しないで見せたってやぁ」
男は笑いながらもそれ以上の強制はしない。ただ優しく抱き締めて背を撫でてくれる。それにまた涙が込み上げて男に縋りつく。そしてロヴィーノは心の中で叫ぶ。お前が好きだ、と。



少し経って落ち着いて来ると二人は漸く、お互いの顔を見た。男の顔は少し頬が削げ落ちたが不健康な印象は無く、むしろ大人の男臭さが増したようだ。対する ロヴィーノと言えば涙の痕でぐちゃぐちゃだったが男は嬉しそうに目を細めてこう言うのだ「えらい男前になったなぁ」と。あんまりにも手放しに誉める物だか らいつものような憎まれ口しか返せず、だけどそんな遣り取りも酷く久しぶりで心がふわふわと空を漂っているようだった。
「ああ、せや」
思い出した、と言わんばかりに顔を上げた男が改めてロヴィーノと向かい合う。そうして、その両腕で確りと肩を抱き締めた。


「お帰り、ロヴィ」

拍手[0回]

PR

comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]