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空箱

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彼岸

 ぽか、ぽか。 
 暖かな日の光と、草原の上を走り抜ける風の音。浮上しかけた意識が心地よさに引きずられてまた眠りに落ちそうになる、そんな温度。こんなにも穏やかな心地で太陽の光を受け止めたのはいつぶりの事だろうか。 
 ふわりと鼻を擽る香りはシナモンの効いたアップルティ。カップへと注がれる軽やかな水音に他人の気配を察して重たい瞼を持ち上げる。 
 それは不思議な光景だった。 
 見渡す限り広がる青々とした草原。地の果てまで続いていそうな広大なそこには所々に色とりどりの花が風に揺れて見え隠れし、時おり蝶がひらりひらりと花の間を行き交う。空は真っ青に晴れ渡り、降り注ぐ陽光はほんの少し汗ばみそうな暑さ。だがそれを癒すように涼しげな風が緩やかに肌を撫でていく。 そんな中に一本だけそびえ立つ一本の巨大なメイプルの木の影に隠れるようにぽつりと建てられた白い東屋の下には、アーデンが今まさに身を預けているふかふかのソファと白いテーブル、それから柔らかそうなカウチに背中を預けてティーカップを片手に寛いでいるレイヴスの姿。帝国で見慣れた軍服ではなく、あんなに苦労して身体に馴染ませていた義腕も無く生身の左手。白いコットンシャツにゆったりとした淡い色合いのボトムスを履いた彼は随分とリラックスした様子でカップから立ち上る香りを楽しんでいた。 
 その顔の穏やかさと言ったらアーデンが知る彼とは別人かと思うくらいだ。青い花の模様に細やかなシルバーで縁取られたティーカップを口に運ぶ様は優雅そのもので育ちの良さが伺える。ふぅ、と息を吹き掛けてからそっとカップを傾けて一口。満足いく味わいだったのか口許がゆるりと弧を描いた。更にもう一口、二口。そうしてとろりと動いた視線がアーデンに辿り着くと少しだけ目を見開き、それから優しい笑みの形に細められる。 
「やっと起きたか。気分はどうだ?」 
 幼子にでも話しかけるかのように甘く耳を擽る低音。気分、と言われてもなんだかとってもふわふわとして気持ち良いだけでよくわからなかった。こんな心地になったのはもう随分と昔の事で、これがどういう気分なのだと説明出来る言葉をアーデンは覚えていない。 
 レイヴスは応えぬアーデンにそれ以上追求するでもなく立ち上がると透明なガラス製のポットを手に取る。中にはたっぷりと刻まれた林檎が鮮やかな紅い液体に浸っていて、ふと気づけばテーブルの上にはレイヴスのカップの対になるような赤い花の模様に金をあしらったティーカップとソーサーが音もなく現れていた。先程までテーブルの上には青い花模様のカップしかなかったはずだが、突然現れたカップへとレイヴスは躊躇いなくポットを傾けて液体を注ぎ入れて行く。仄かな湯気と共にまた一段とアップルティの香りが強くなった気がした。 
「飲むか?」 
 ソーサーに置かれたカップがアーデンに向けて差し出される。いつの頃からかは忘れたが、人ならざる者へと身を落としてからは食事を必要としない身体になってしまった為か味覚が随分と退化してしまい、何を食べても味を感じず食への興味すら長いこと失っていた。人に紛れて生活する為には食事をして見せることだって無いわけではなかったが、決して楽しいものではなくただ淡々と口に入れたものを飲み込めるサイズまで噛み砕いて胃へと流し込むだけの作業でしかない。 
 だが目の前で湯気を立てる紅い液体は何故か随分と魅力的に映り、自然とアーデンは身を起こしてソーサーを両手で受け取る。 
「熱いから気をつけろ」 
 再びカウチへと戻ったレイヴスの言葉に大人しく従ってふぅふぅと息を吹き掛けてから口へと運ぶ。シナモンの香りが爽やかなリンゴの酸味と仄かな甘味と共に口いっぱいに広がってゆく。 
「美味しい……」 
 思わず溢れた言葉にアーデンが驚く。とうの昔に失われたと思っていた味覚が正常に働いている。喉の奥を通り抜ける熱がそのままじわりと溶けるように体温へと変換されてゆく。久方ぶりの味わいをアーデンの意思よりも先に身体が喜んでいる。 「それならよかった」 
 ふわりと綻ぶようにレイヴスが笑う。そんな顔は出会ってからこれまで見たことも無かった。見れるとすら思っていなかった。かつての彼は常に奥歯を噛み締めているようなしかめっ面ばかりで、アーデンを見る眼差しと言ったら疑念と警戒がはっきりと見てとれる不穏な物でしか無かった筈だ。 
 それが今や弓なりに細められて愛しいと言わんばかりの柔らかな眼差しでアーデンを見ている。 
 現実にはそんなことありえる筈が無いのに。 
 だって彼はアーデンを恨みながら死んでいった。 
 そしてアーデンもつい先程、選ばれし王によって死を与えられた筈だった。 
 そう、アーデンは死んだ筈だ。 
 積年の恨みを果たすこと無く眠りに就いたはずだ。 
「ここ、天国?」 
 思い付いたのは帝国に吸収されたどこかの国の宗教にあった死後の世界。餓える事も傷付く事も苦しむ事も無い、夢のように幸せな世界。だがそこに辿り着けるのはその宗教が崇める神が認めた善人のみで、悪人と判断されれば無限の苦しみが続く地獄へと突き落とされた筈だ。さすがのアーデンでも自分が善人だったとはお世辞にも言い難い。 
「ルナフレーナは生と死の狭間の世界だと言っていた。星に還る前に魂を休める場所だと」 
 ルナフレーナ。 
 たかだか二十年程度生きただけでアーデンを憐れんでみせた女。かつては名を聞くだけでも思わず顔をしかめてしまいそうな嫌悪感を持っていた筈なのに、不思議と凪いだ心でその名を受け止めていた。 
「会えたの?愛しの妹さんに」 
「ああ、先程までずっと一緒に居た。……今はノクティスを迎えに行ってしまったが」 
 ノクティス。 
 気が狂いそうなくらいに長いこと待たされた末に漸く生まれて来た選ばれし王。そしてアーデンに死を与えた最後の王。 
 つい先程まで言葉にはし尽くせないような恨みを、怒りを、やるせない悲しみを抱いていた筈なのに、やはりアーデンの心は穏やかなままだった。それどころかこの世界で二人が再会したら漸く幸せになれるのだろうな、と祝福すらしてやりたくなる始末。まるで負の感情の全てをどこかに置いて来てしまったようだ。それが嫌だとは思わない。 
 ただ、こんなにも穏やかな気持ちになっていることに慣れない。心がふわふわと浮わついたまま、この暖かなものをどう受け止めて良いのかわからずに戸惑っている。 
 誤魔化すようにがりがりと頭を掻くと、この気温の高さにかじんわりと汗をかいていた。いつだって寒さしか感じなかった身体にはやはり慣れない感触だが、その人間のような身体の反応に心地よさを覚えたのも事実だ。 
「なんか、夢みたいなトコだね」 
 死んだ筈の人に会えて、恨み辛みを忘れて、恨まれている筈の人に優しくされて。これを夢と言わずになんと呼べば良い? 
「実際、夢のような物だ。仮初めの世界でしかない。だが、願えばなんでも叶う」 
「何でも?」 
「そうだな、ひとまずその重そうな服を着替えたらどうだ?」 レイヴスの視線を追いかければここ暫くトレードマークのように着ていた黒く重苦しい外套。 
人では無い生き物になってからと言うもの世界は凍えるような寒さだった。光を浴びればチリチリと焦げ付くような痛みを受け、それらから守るように次第に分厚く重くなっていった服。こんなに着ていても汗をかくこと等なかったと言うのにこの暖かな空気に肌が湿っている。だからと言って気が遠くなるほどの時をこの姿で過ごして着たのだ、着替えると言っても何を着て良いのかわからない。 
「思い浮かべるだけだ、楽な格好になると良い」 
 楽な格好。 
 世界から身を守るためにこの衣服を纏うようになったアーデンにとってこの格好が一番楽な格好だったはずだ。しかし目の前のレイヴスの姿はとても快適そうに見える。コットンの柔らかくゆったりとした生地が風が吹く度に揺らめいているし、よく見れば足元は素足だった。男らしく骨張っているが歪みひとつ無い真っ白な爪先。あれで草原を歩いたらさぞ気持ち良いのだろう、いいなぁ、と思わず足裏で生きた草を踏みしめる感触を思い浮かべた途端、レイヴスの吐息が笑いに揺れた。 
「他に無かったのか……いや咎めている訳じゃないんだが」 
 一瞬、何を言われているのかわからなかったが、首元をひやりと風が通り抜けて思わず自分を見下ろすとそこには見慣れた黒い外套は無く、涼しげなコットンのシャツにゆったりとした淡い色のボトム、それから素足。まるでレイヴスとお揃いのような服に包まれた身体がどうにも見慣れず反射的に身構えてしまったものの、恐れていた身体の芯から凍てつくような寒さも焦がされるような光の痛みも感じない。それどころか分厚い服の中で籠っていた体温が解放されて心地よいくらいだ。 
「願えば叶う、ね。なるほど?」 
「理解してもらえたようで何よりだ」 
「それで……何故、俺は此処に?」 
 世界に平和が訪れ妹君は念願の王との再会が約束された。それなのに願えば叶うこの世界でレイヴスがアーデンの傍に居るのはとても不自然だ。アーデンに復讐してやりたいだとか殺してやりたいと言うならばまだ理解出来るが目の前で微笑む男からそんな暗い感情は感じられない。それどころか慈しむような空気でもってアーデンを受け入れている。 
 アーデンにしても心残りは何も無い筈だった。ルシス王家への復讐が果たせなかった事は残念ではあるが、死の安らぎを与えられた今、それほど未練とは感じ無い上にこの穏やか過ぎる世界に似つかわしくない。 
「それは……俺にもわからない」 
「君が此処に居る理由は?」 
「それも……わからないんだ」 
 レイヴスが緩く首を振ると白く見えた毛先が陽の光をきらきらと撒き散らす。今まで気付かなかったがこの子はこんなにも綺麗な子だったのだなと今頃になって漸く気付く。人間に対して綺麗だと感じるのも随分と久々だ。突然、訳のわからない世界に放り出されたと言うのにこんなにも呑気な気分で居られるのは生前忘れていたささやかな幸せに満ちた世界だからかもしれない。 
 暖かな陽の光、心地よい風、草木が揺れる音に甘くて芳醇なアップルティ、壮大な風景と、それから美しい人。 
 その美しい人は空になったカップをテーブルへと置くと少し考えるように首を傾けながら再び唇を開いた。 
「俺が望んだからお前が居るのかもしれないし、お前が望んだからかもしれない。もしくは俺達では無い誰かが願ったからかもしれない」 
「俺達以外の誰かが?俺達が再会するのを願ったと?……ちょっとそれって悪趣味じゃない?」 
「なんだ、会いたく無かったのか?」 
 殺害……よりも酷いことをした加害者と被害者を引き合わせるような無神経さを突いたつもりが、からかうように問われて言葉に詰まる。会いたいかどうかで聞かれれば「考えたことも無かった」というのが正しいが、今この時間を心地好いものとして受け入れている。いつまで経っても懐かない野良猫のようだったレイヴスがこんなにも暖かい好意を送って来ているのにそれを切り捨てる等勿体無いとすら感じている。 
「……会えて良かったよ」 
「それなら良かった」 
 なんとか友好的な言葉を絞り出せば帰ってくるのは満面の笑顔。 
「君、そんな顔出来たんだねぇ」 
「お前こそ、自分では気付いて居ないんだろうが随分と間の抜けた顔をしているぞ」 
 見てみろ、と突然現れた手鏡を手渡されても今さら驚かない。言葉に従い受け取った鏡を覗き込めば確かにそこには緩みきった男のにやけ顔があった。自分の顔ながらこんなにも緩む物なのかと思わず頬を撫でる。 
「凄いね、こんなだらしない顔出来たんだ、俺」 
「前よりも良い顔をしていると思うぞ。お前、実は優しい顔をしてたんだな」 
「止めてよ」 
「照れているのか」 
「君がそんなに性格悪かったなんて初めて知ったよ!」 
 生前、数多の苦しみを腹の底に押し固めて言葉少なに生きていたようなレイヴスは、しがらみから解放されるとなかなか良い性格をしていたようだ。もはやどんな顔をすれば良いのかわからず掌で顔を覆うしかないアーデンを見てからからと笑っている。 
 だが悪くない。 
 そう、この世界は悪くない。 
 幸せとはこんな感じなのかもしれないとすら思えて来るような安らいだ世界。 
「あー……で、俺達はこれからどうすれば良いんだろうね」 
 少しばかり上がった体温を冷ますように掌で顔に風を送りながら話題を変えてみる。暖かいが存在意義の見出だせない優しい世界。それすらも心地良いと思ってしまうのだから始末に終えない。逃げ出すべきなのか留まるべきなのかと考えることすら面倒になる程の安寧はいっそ暴力的だ。 
「何も。好きなことをしたら良いんじゃないか」 
「突然言われてもすぐには思い付かないよね」 
「釣りとか……料理とか。服を着たまま泳ぐとか、綺麗な服を泥だらけにして遊ぶとか……」 
「ねぇ、もしかしてそれって君がやった好きな事?」 
「……ルナフレーナがやりたいと言ったんだ」 
 恥じらうように眉を下げて笑うレイヴスに微笑ましさを感じて口角が緩む。テネブラエで大事に大事に育てられた王子様とお姫様には確かにやりたくとも出来なかった事ばかりだろう。生前は少しギクシャクしていた二人が仲良く楽しげに遊び回る姿を想像すると良い歳をした大人二人のはずなのに可愛いと形容したくなるのだから不思議だ。大分目の前の優しく微笑むレイヴスに慣れて来たらしい、はしゃぐ兄妹の姿が簡単に想像出来てしまった。 
しかしだからといってアーデンも同じことをしたいかと言えばなんとも言えない。楽しい記憶では無かったが経験が無いわけでも無い。それなら別の楽しいことをした方が良さそうだ。 
 良い景色、良い香りの紅茶、心地よい風に穏やかな時間。ここに更に加えるならなんだろうとぼんやりレイヴスを眺めて思い出す。人では無いものになって久しく得られなくなったもの。望む事すら躊躇われて欲しいと思うことすら忘れてしまったもの。 
「ねぇ、ちょっとさあ……抱き締めてくれない?」 
 こんなにも素直に人に甘えるなど人であった頃もしたことが無い。なのにするりとねだる言葉が出てしまったのはきっとこの世界に慣れてしまったせいだ。今まで幾重にも重ねて積み上げていた他人とアーデンを隔てる壁がすっかり無くなってしまっている。 
「承った」 
 あっさりと了承されて驚くよりも先に期待通りの応えを得たかのような満足感に満たされる。ゆっくりと立ち上がったレイヴスはそっとアーデンの隣へと腰を下ろすと長い腕をすらりと広げた。 
「おいで」 
 愛しい人を誘うかのような微笑みに引き寄せられるようにレイヴスの胸元へと顔を埋めるように抱き付いて押し倒す。うわ、と小さな声をあげながらもレイヴスの腕はしっかりとアーデンの背中を包み込んだ。薄いコットン越しの体温がじんわりと肌に伝わってとても暖かい。ほんのりと薫る紅茶とも違う甘い香りは香水だろうか、澄んだ水のように爽やかな香りを肺一杯に吸い込んで吐き出す。ゆったりとした呼吸に合わせて上下する胸にぐりぐりと頬を押し付けるとふふ、と笑う吐息が頭上から聞こえた。 
「髭がくすぐったい」 
「それくらい我慢してよ」 
「努力はするが……こら……ッはは」 
 眉尻を下げて笑う顔が思いのほか胸を温かくさせたので調子に乗ってさらに髭を擦りつけるとたまらなくなったらしいレイヴスが身を捩って逃げようとする。逃さぬようにずりずりとのし上って押さえつけるとちょうど両腕の間にレイヴスの頭を挟み込むようにして見下ろす事になる。間近から見下ろした二つのアイスブルーは薄っすらと涙に濡れていて素直に綺麗だと思う。くすぐったさから解放されたそれがひたりとアーデンに向けられると溶けるようにじわりと体温が上がった気がした。 
「―――」 
 何か言葉にしようと唇を開いた筈なのに重なった視線に遮られふつりと途切れる。それはレイヴスも同じようで半開きになった唇の奥に濡れた舌が覗いていた。緩やかに髪を撫でて行く風と、重なった胸に伝わるお互いの呼吸、それから暖かな体温。磁石にでもなったかのようにアイスブルーに引き寄せられて顔をゆっくりと近付ける。ただ静かに見つめるレイヴスは様子を伺うようにも、先を期待するように待っているようにも見えた。三十センチ、二十センチ、十センチと顔を近付けて行っても避ける素振りすら見せずただじっとアーデンを見つめ返している。 
あと五センチ、三センチ、一センチ、吐息が触れる程の距離になってほんの少しだけ残っていたアーデンの理性が問いかける。 
「――キスしていい?」 
 一瞬、真ん丸に眼が見開かれたかと思えば次の瞬間には「ふはっ」と吹き出すような笑い声と共に細い三日月の形に歪められた。 
「お前……ッおまえ、此処まで来てそれは無いだろう……ッ」 
「だって凄く急な事だと思うしさあ……無理矢理キスして君にこれ以上嫌われたくないじゃない……」 
「こんな格好で今更何を言ってるんだ」 
 ぴったりと抱き合った状態での言い訳は余計にレイヴスの笑いを誘ったらしい、大口を開けて笑う姿を見てなんだか感慨深いものを感じる。この子もこんな風に笑う事が出来たのかと、笑う姿を見られる立場になったのかと喜びを感じる。 
「ねえ、せっかくのムードぶち破っちゃったのは悪かったけど……それで、キスしていいの?」 
 レイヴスは楽しく笑っているだろうから良いだろうがアーデンとしてみれば返事がもらえずに目の前でお預けを食らっているような状況だ。ずっと見て居たくなるような笑顔ではあるが早く柔らかそうな唇を食みたくてうずうずしている。笑みに細くなったレイヴスの目がまたアーデンへと戻って来ると思わせぶりにそっと頬を両掌で包み込まれた。 
 ちゅ、と音を立てて触れたのは一瞬。レイヴスからキスをされたのだと気付いたのは浮かせた頭をソファのひじ掛けに戻したレイヴスが面白がるような目でアーデンを見上げてからだ。 
「これで満足か?」 
「――ッそんなわけないでしょ」 
 揶揄するような言葉に今度はアーデンから唇を重ねる。先程の子供騙しのような口づけでは無くお伺いを立てるように幾度もリップノイズを響かせる。くすぐったげに震えながら勿体ぶって開かれた唇にすかさず舌を滑りこませれば歓迎するかのようにぬるりと暖かな舌が絡みついた。角度をつけてより深くまで舌を差し込んで舌の根までくすぐってやればレイブスの喉がんん、と小さく鳴る。残るアップルティの香りを根こそぎ奪うかのように丁寧にくまなく口内を舌先で辿ってやれば背中の指先がシャツをぎゅっと握りしめるのを感じた。 
「――は、ずいぶんと情熱的なんだな」 
「嫌いじゃないでしょ?」 
 合間に吐息と共に零れる声は甘い。再び唇を重ねて思う存分温く絡み合う粘膜を味わっていれば次第にレイヴスの腕が、足が、強請るようにアーデンに絡みついてゆくのが心地良い。ぴったりと重なる体温が溶け合って頭の中までぐずぐずに蕩けるようだ。もっと、と差し出される舌先を音を立てて吸ってやればぴくりと悩まし気に寄せられた眉、跳ねた身体。また少し伝わる体温が上がった気がした。 
「……ね、俺のお願い叶えてもらったからさ。今度は君のお願い叶えてあげるよ」 
 唇が触れ合う程の近距離で囁いてやれば少しだけ上がった呼吸を整えるように濡れた吐息が応える。 
「言わなくともわかるだろう?」 
「君の口から聞きたいんだよ」 
「無粋だな」 
「臆病なんだよ」 
 ふ、と触れる吐息が笑みに綻んだ。背からアーデンの頭へと滑る指先が優しく生え際を撫でる。甘えるようにその手に頭を押し付けて擦り付ければぐい、と頭を抱き込まれてレイヴスの首元へと顔を埋める形となりそのまま強く抱きしめた。重なった胸元から少しだけ早くなった互いの鼓動が伝わってまるで本当に生きているかのようだ。 
 すり、と一度懐くように頬をすり合わせてから耳元へと触れる唇。ゆったりと息を吸ってから思わせぶりにレイヴスが口を開く。 
「―――」 

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