茹だるような真夏日は当に過ぎ、急速に冷えて行く外の空気は秋を通り過ぎてそろそろ冬といっても過言じゃないんだろうか。
障子越しの朝の明るい日差しに覚醒を余儀なくされた銀時は、だが目覚めると同時に知覚したひやりとした空気の冷たさに益々布団の中へと潜り込んだ。
夏には親の仇の如く疎ましかった布団も今では恋人よりも離れ難く、いつまでも絡まりあって居たい。
二人分の体温が染み込んだ布団の心地良さに再びうとうととまどろみながらすぐ傍の体温を片腕で引き寄せれば低く、猫の唸り声のような声を出して、それからゆっくりと瞼が持ち上がる。
抵抗無く腕の中に収まった身体の胸元へと頬を摺り寄せるようにしながら焦点のずれた茫洋とした瞳が緩やかに周囲を彷徨った後、こちらへと降りて来る様を見詰めた。
「…何してんだ、オメェ」
寝起きで…いやそれ以外の要因もあるのかもしれないけれど低く掠れた声が心底馬鹿にしたような刺々しさを滲ませて突き刺さる。
だが穏やかな睡眠から解き放たれたばかりの瞳はいつもの剣呑さを潜ませ、逆に笑みすら浮かんでいるように見えるのは、ただこの温もりが気持ちいいから錯覚しているだけなのか。
「いや、暖けぇなぁー、って。」
滲む心地良さを隠さず唇に浮かべて見せれば、はっ、と鼻で笑う音が頭上で聞こえたが聞かぬ振りをして胸元へと鼻先を埋める。
額を押し付け足を挟みこむように絡ませ全身余す事無く張り付いて強く、抱き締めれば擽ったそうに一度震えた肩と、寝癖だらけの頭に乗せられた掌。
「邪魔くせぇ」
なんて言いながらも頭に乗せられた掌は優しく髪の間へと差し込まれた指先で頭皮を撫でて行く。
いつも取り巻く世界の全てが敵かと思うくらいに神経を張り詰めさせて自分を、否、新撰組を護る男の掌とは思えぬくらに優しい手付きで撫でられるのは身体的な心地良さよりも頭のてっぺんから足の爪先まで暖かくなるような充足感に包まれる。
再び込み上げる睡魔にこの暖かさに満ちた時間を取られるのは余りにも勿体無くて銀時は目の前の薄く筋肉の形に盛り上がった胸板へと歯を立てながら抱き締めた腕を下ろして尻の狭間を探る。
ぴくりと、強張った筋肉の震えを感じながらつい数時間前まで散々に貪った肉の奥へと指を差し込めば思いのほかすんなりと付け根まで飲み込まれ、きゅ、と柔かく締め付けられる。
と、同時に頭皮に感じた痛み。
「おい、何朝っぱらから盛ってんだよ」
握った髪を強引に引っ張って上げさせられた視線の先には眉を潜めて睨み下ろす眼差し。
それにはただ温まった心地が滲む笑み隠さず見せつけるだけで粘着質な液体に満ちた肉の合間を指先で探りながら身体を上へとずらして口角を釣り上げた唇へと吸い付くだけのキスを送りつける。
「すげー、暖かくて気持ちいいからさぁー、何かしてねーと寝そう」
素直に心の内を打ち明ければ一瞬だけ、驚いたように眉を跳ねさせまじまじと銀時を見下ろした瞳はだが同時に強く内側から捏ねる指先に歪んだ。
奥底に残る燻火を強引に呼び起こそうとする指先は遠慮無しに体内から熱を煽り立て、阻止するように強くなる締め付けを掻き分け、ただ執拗に生々しい肉を探る。
「は、寝たけりゃ寝ればいいじゃねぇか」
僅かに上擦った吐息を一息で逃して紡がれる反論に拒絶は一切無く、許容すら滲ませて銀時を調子付かせる。
昨日吐き出した自分の遺伝子を肉壷の中で掻き混ぜ、擦りつけて形だけの拒絶を溶かして行く。
「折角、こんなきもちいーんだから、もっと気持ち良くなりてーじゃん」
差し込む指を増やして強く擦り上げれば声にも満たない吐息が熱を孕んで零れ落ちる。
寝起きの眼差しに情欲を滲ませ溜息一つ落とした土方はわざとらしい溜息混じりに、仕方ネェな、と言って双眸を細めるだけの笑顔を見せて銀時の唇へと自ら唇を重ねた。
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まどろみと温もりを分かち合うような睦みあいはゆっくりと昼近くまで及び、激しくは無くとも指先まで満たされた熱に浸りながら未だ銀時と土方は布団の中にいた。
吐き出したばかりの劣情を噛み締めるように背後から抱き締めた土方の首筋へと顔を埋めて余韻に浸る肌を擽った。
ん、と喉を鳴らしながら、萎えてまだ中に収められた熱の残滓を締め付けられ心地良い刺激が下肢に広がる。
「何、まだ足んねぇの?」
耳の孔へと舌を差し込みながら揶揄するように囁いてやれば反論する間も無くひくひくと肌を震わせ締め付けが強くなった。
土方はどうにも耳が弱いらしい。
そのままわざと水音を立てて孔の中まで舐り耳朶を甘く噛み締め歯形を残してやれば、ぁ、なんて濡れた声を零す。
びくびくとその度に跳ねる身体は全身で足り無いと喚くように銀時を締め付け熱を煽ろうとする。
「でも駄目、銀さんおなかすいた。」
不意に、そうして身体を離して起き上がれば無理矢理に引き抜いた肉が心地良かったのか再び小さく細い声が上がった。
「――…ッぁ…、は、……お前な…」
煽っといて、と。恨めしげにぼやくような声は聞かぬ振りで起き上がる。
銀時とて本当ならこのままぐずぐずに溶けるまで絡み合っていたいのだが今日こそはと決めてきた目的があるのだ。なりふり構っていられない。
温もりに包まれていた身体が外気に晒されてぶるりと震えるのを適当に落ちていた着流しを羽織り、勝手知ったる人の家の台所へと向かえば、背後で土方が仕方なく身を起こす衣擦れが聞こえた。
非番が取れた、と聞いたのが一週間前。
しかも、いつもならば非番とは名ばかりで結局屯所に篭っていたりする土方が、今回は何の仕事も無く丸一日身体が空くと聞いたのが三日前。
普段は夜のほんの一時を共に過ごすか、精々半日一緒に居られればいい方だ。
それだって、週に一度会えればいい方、時には一ヶ月も二ヶ月も会えない事だってある。
神楽と新八を巧く説得し、丸め込み、時には賄賂を渡してなんとか非番の前日から新八の家へと神楽を泊まらせて漸く訪れた非番。
前日から土方の私宅へと転がり込んで散々身体を貪ったとはいえ日頃溜まった鬱憤はこれしきで晴らせる物でも無い。
二人でただのんびりと共に過ごすのも外へと出かけるのだって嫌いでは無い。むしろ大好きと言えるのだが折角これだけ長い時間があるのならば、本能の赴くままに心の求めるままに精魂尽き果てるまで土方を貪ってみたいという欲求が疼く。
「気持ち悪ィ顔してにやけてんじゃねぇよ」
さてこれからどう料理してやろうと妄想を駆け巡らせていた銀時は突き刺さるような視線に貫かれて我に返った。
目の前では簡単な朝食、時間的には昼食を食べ終えて煙草片手に一服つくこれ以上無い程に上等な食材。
すっかり眠気も取れた眼差しには普段通りの鋭さが戻り、不快、と言わんばかりのオーラを白煙と共に撒き散らしている。
「いやぁ、いーよネ、こういうのんびりした日ってのも」
誤魔化すように更ににへらと表情を崩して見せれば一瞬本当に汚物でも見るような顔になった後、視線を反らして表情を緩ませる。
「まぁ、こんだけ暇になるのも珍しいしな…」
窓の外からは午後の穏やかな日差しが差し込み朝は冷えていた空気も仄かに暖かい。
お互い着流しをだらしなく羽織っただけのような格好で居てももう寒さ等は感じ無い。
「折角こんだけ暇なんだしさ、今日はとことんまでアイしあってみねぇ?」
ず、と食後の茶を啜りながら銀時が夕飯の献立を提案するような気軽さで口にしてみる。
目の前で土方が普段から見開き気味の双眸を益々見開いて銀時を見た後、は、と浅く鼻で笑った。
「さっきまで散々ヤったろーが。お前は覚えたてのガキかよ」
いかにも馬鹿にしたような拒絶は想定の内。
短くなった煙草を灰皿へと押し付け、煙を消したその手で新しい煙草を取り出して口に挟む寸前、銀時の腕が伸びてその手首を捉える。
「あんなんじゃ全然足んねーよ。足りる訳ねーだろ。」
テーブルへと手をついて身を乗り出して顔を寄せ、唇が触れるぎりぎりにまで迫って間近で視線を重ねる。
「お前、普段どんだけ会えねーと思ってんだよ。たまには腹一杯まで食わせろ」
渦巻く妄想を心の奥底へと押し込めて真面目な顔を取繕い。
不純でも何でも言葉に嘘は無い。
愛だ恋だという言葉は似合わない、もっと本能の部分で求める欲を剥き出しにして本気の懇願。
量るように眇められた双眸を一心に見詰めて待つ間はほんの一時。
はぁ、と。重たく零れ落ちた土方の溜息に銀時は自分の勝利を確信した。
土方は人を寄せ付けぬ剣呑な外見とは裏腹に快楽には酷く奔放だ。
男女問わず、気持ち良ければ何でもいいと平気で口にするし、実際に表沙汰にはならないだけで夜の住人達の間ではその手の噂は数知れずあるらしい。
だがプライドだけは高く、主導権を全て明渡す事を良しとせず、身も蓋も無く乱れるという事は殆ど無い。
見せ付けられるような痴態はあくまで土方が「見せても構わない」と理性で判断された部分でしか無く、逆に土方が許す限りどんな痴態でも曝け出される。
「男ならやっぱり、コイビトをとことんまで乱れさせてぇよなぁ…」
再び布団へと戻り、押し倒した土方の男らしく整った顔を見詰めて銀時は一人零す。
「ぁあ?」
「いや、独り言。」
不審そうに潜められた眉間へと触れるだけの口付けを落として銀時は唇の端を釣り上げた。
まだ昼を過ぎたばかり、時間はたっぷりあるし許可もちゃんと取った。
後は料理人の腕次第で完成が決まる。
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