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空箱

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ショタ化した桐皇三年

桐皇学園バスケ部、恒例のIH直前合宿。
辛うじて青峰の捕獲にも成功し、初日は万事恙無く終わろうとしていた。

ハズだった。

初日からハードな練習の後の夕飯はとても美味しかった。
合宿所のおばちゃん達は飢えた高校生の胃袋事情をとても良く理解しており、ボリュームがありご飯が進む濃い味付けの食事は非常に美味しかった。
とにかく美味しかった。
夕飯が美味しかったのは間違いない。
問題はその後、一年生ながら既にマネージャーとしての信頼を得つつあった桃井が差し出した「でざーと」なる未知の物体だ。
あれがまさか食べ物という意味のデザートだとは誰も思いつかなかったレベルの未確認物質。
それが
「合宿では余りお手伝い出来る事が無いのでせめて、と思って身体に良い物たくさん入れたデザートを作って来ました!!よろしければ皆さんで食べて下さい!!」
と善意100%の美少女の笑顔と共に差し出される恐怖。

食べれば死ぬ未来しか見えない
だがしかしこの有能なマネージャーの笑顔を曇らせられるかと言われたら男として頷きかねる

そんな葛藤に固まった空気を壊したのは我らが主将の一声だった。
「すまんなぁ、ワシら今めっちゃ腹一杯やねん、これは後で夜食代わりに食べさしてもろてええか?」
その言葉を切欠に皆慌てて満腹を訴え始める。
俺も、そういえば俺も食べ過ぎたから、そんな声があちらこちらから上げられ始め、主将の機転を無駄にしてなるものかと必死のアピール。
あの問題の一年生暴君すらも幾らか顔を青ざめさせながら「今はこれ以上食えねぇ」とぼやくように零すくらいだからその場の一体感は半端な物では無い。
個人主義を謳って居たとしても所詮は団体競技、この分なら最低限のチームワークはちゃんとありそうですねと遠くの方で一人お茶を啜りながら監督が微笑んでいたとか居なかったとか。

かくしてなんとかその場での死を免れたバスケ部員達。
しかし先延ばしにしただけであって未だ死亡フラグは目の前にある。
逃げるように食堂から離れ、男だけでの緊急会議が開かれた時、そこでも頼れる主将は男前であった。
「これはワシらでどうにかするから、自分らはうっかり食べるの忘れてたとでも言うときや」
部員達は主将の男っぷりに涙した。
腹黒陰険眼鏡と思っててごめんなさい、普段は胡散臭い眼鏡と思っててすみません、各々日頃の主将に対する思い込みを心の中で謝罪する中、一人待ったを掛ける男が居た。
「おい、それ食べる気じゃねぇだろうなアンタら」
キセキのガングロこと青峰である。
皆が自分の身可愛さに余計な口出しをしない中、一人声を上げる姿は正にエース。
日頃どれだけガングロでもやはり青峰は何年に一人という逸材なのだと皆の心に深く刻まれた瞬間でもある。
「青峰、細かい事は聞いたらあかん」
それを今吉は首を振るだけで黙らせた。
確かに今吉はあの物体を「食べる」とは言わなかった。
どうにかする、と言うのは決して食べて消費する訳では無いのだろう。
しかしその辺を深く突っ込んでしまうと悲しい結果しか見えない気がする。
人は、知らなくていい事だってあるのだ。

桐皇バスケ部員達は少しだけ大人になった顔で静かに頷き合い、その場は解散となった。



翌日早朝。
喉元過ぎればなんとやら、もはや某でざーとの事など皆の頭から抜けていた。
覚えていたくなかったとも言うが。
朝食前のトレーニングに欠伸をしながらも続々と部員達が集まる中、珍しく主将と副主将の姿が無い。
いつでも誰よりも早い時間に部室を開けて待っている二人の遅刻など始めての事かもしれない。
監督が現れてもまだ姿を見せ無い二人に、昨年の注目度ナンバーワンルーキーだった若松が立った。
「俺、二人を起こして来ます」



今回使って居る合宿所では大部屋の他に2、3人用の個室が6部屋あった。
監督が一室、女子マネージャーが一室、そして残りの部屋に一軍が割り振られている。
諏佐と今吉は二人で1部屋を使っており、普段きっちりと時間通りに現れる二人共が寝坊するのは中々考えずらい。
そうなると、何か異変があったか、それも誰かに連絡する事すら出来ないような。
自然と駆け足になった若松は目的地に着くなり拳で3度、扉をノックした。
「先輩たち、起きてますか!?」
先輩の部屋にするノックにしては荒々しい音で失礼だったかと思う物の今更取り戻せない。
落ち着くように数度、深呼吸をしても中からの反応は無い。
「主将?諏佐さん?」
今度は少し控えめにノックをしながらもう一度呼びかける。
しかし扉の向こうからはうんともすんとも返事が無い。
まさか本当に何か、と焦った若松は再びがんごんと扉を殴る。
ついでにノブを回してみたががちゃがちゃと鍵の掛かった音がするだけだった。
「ちょ、生きてますか!?大丈夫ですか!?何かあったんだったら助け呼…」
殴られるがままにがんごんがんごん音を立てるだけだった扉が不意に開いた。
良かった、と何も考えずに扉を大きく引いて姿を確認しようとしたが、其処には誰も居なかった。
「…へっ?」
正面にはカーテンの引かれた窓、右手には使った形跡のある二つ並んだベッド、左手には二人の荷物、荒れた様子も無く、ただ二人だけが居ない。
と部屋の中を一周した視線が足元へと辿りついて今度こそ若松は固まった。
そこには若松が扉を引く勢いに負けて転んでしまったのか、ぶかぶかのTシャツ1枚を着て座りこんで居る子供が一人居た。
少し眠そうにも見える眼差しがじっと若松を見上げて、それからことりと首を傾けた。
「どちらさまですか?」



合宿所中に響き渡る若松のどっせいに最初に駆け付けたのは桃井だ。
先輩二人が忽然と姿を消した事もおおごとだが、見知らぬ子供が突然部屋に居た事も十分おおごとだ。
まずは身元の特定を、とベッドの上に座らせた子供と桃井とのやり取りが始まる。
「初めまして、私は桃井さつきです。あなたのお名前はなあに?」
「すさ、よしのり」
返ってきた答えに再びどっせいしそうになるのを若松は辛うじて堪えた。
どっ、まで出てしまったがなんとか堪えた。
桃井も流石に驚いたのか一瞬、言葉に詰まった物の再び笑顔ですさと名乗る子供に向き合う。
「よしのり君は、今いくつ?」
「よんさい」
余り物怖じしない性格なのか、ずい、と4本指を立てた手を突き出して来る姿は何処か誇らしげである。
「これ、どう見ても諏佐先輩だよな」
「やっぱりそう思います?このおっきなお鼻とか先輩そっくりですよね」
最初こそ、驚きで分からなかった物のこうしてじっくりと見てみると良く分かる。
眠そうに見える目も、少し大きな鼻も、話す相手の事をじっと見つめる癖も。
此処に居ない諏佐佳典にそっくりだと言う事が。
「俺、監督呼んでくる…」
「あ、お願いします」



部屋に残された桃井は再び情報収集に勤しんで居た。
このすさよしのり(4)は年齢の割に落ち着いており、頭も回る子供のようである。
桃井が害の無い人間だと判断したのか聞いた事には割とはっきりと答えてくれる。
桃井が元から持つ情報と照らし合わせても、桐皇学園バスケ部7番、諏佐佳典が子供になったと判断しても間違いではないと言う事。
あくまで4歳であり、17歳だった時の記憶は持ち合わせていない事。
それともう一つ。
「此処に、もう一人居なかった?今吉翔一って人なんだけれど」
とりあえずの身元確認が済んだ所で気になるのは同部屋な筈なのに未だ姿が無い今吉の存在だ。
諏佐が寝巻にしていた物の、身体が縮んで脱げてしまったのだろうハーフパンツがベッド脇に落ちているのと同じようにもう1枚ハーフパンツが床に転がっているのだが本人が居ない。
問われた諏佐は始めて困ったように眉尻を下げてそわそわと辺りを見渡す。
どうしよう、と悩む声で零しながら桃井と、それからちらちらと背後へと視線を向ける。
桃井がじっと笑顔を保ったまま待っていればやがて、意を決したように諏佐が立ちあがった。
向かう先は二つのベッドの合間に綺麗に丸まって落ちていた掛け布団。
ぐい、と上に引っ張るも何かに引っ掛かったかのように持ちあがらず、四苦八苦している。
「こわくないよ、だいじょうぶだから」
「おふとんあついでしょ、でてきてよ」
布団に向かって呼びかけながら懸命に布団を引っ張り上げる姿は元は先輩とは言え微笑ましい。
言葉から察するに、丸まった布団の中で今吉が籠城をしているようなのも大変微笑ましい。
そっと諏佐の背後に近付きながら二人の攻防を見ていたが、ついに諏佐がばさりと布団を引き上げた。
そこに居たのは団子虫かと突っ込みたくなるように綺麗に正座のまま丸まった子供の姿。
この夏の日にずっと布団に包まっていた所為か、がば、と上げた顔は真っ赤に火照っているがあの特徴的な狐目は確かに今吉のようだ。
ぜぇぜぇと荒い息をしながら諏佐と桃井を見比べた後にさっと諏佐の影に隠れてしまったが。
普段の今吉からは考え付かないような逃げっぷりにええと、と桃井は考える。
「はじめまして、私は桃井さつきって言うの。あなたのお名前はなあに?」
優しく声を掛けても全くの無反応。
ぎゅう、と力いっぱい諏佐にしがみつきじっと俯いている。
このころからすでに諏佐先輩の方が大きいんだなぁ、なんてしみじみしてしまうくらいには小さく固まっている姿に、仕方なく桃井は諏佐へと視線を戻した。
「よしのりくんは、この子のお名前知ってる?」
「ううん、しらない。めがさめたらね、そこにいてね、おはなししようとしてもね、こっちみてくれないの」
「目が覚めた時からお布団の中にいたの?」
「ちがうよ、さいしょね、おててぎゅってしてたんだけどね、どあがごんごんいってね、かくれちゃったの」
「そっか、怖かったんだね」
「ぼくはこわくなかったよ。だからどああけてどちらさましたんだよ」
ふんす、と背中に今吉(仮)をしがみつかせたまま誇らしげな諏佐の頭を桃井はそっと撫でた。
もとい、撫でずにはいられなかった。
よしのりくん(4歳)はいたって普通の4歳児なだけであって特別可愛いわけではないのかもしれない。
しかし普段の大仏かと突っ込みたくなるくらいにどっしりと佇む巨躯と知的な雰囲気の諏佐佳典(18)しか知らなかった身としては、この舌っ足らずにドヤ顔連発の幼児を可愛がらずにはいられない。
否。
可愛がることを強いられているのだ。


眠たげながらもどこか満足げなよしのりくんをいい子だねーえらいねーと撫でていると背中のひっつき虫がちら、と顔を上げた。
桃井と目が合うなりぴゃっとまたよしのりくんの背中に顔をうずめて縮こまっている姿はこれもまた普段とのギャップで非常にかわいらしい。
さてこちらをどう攻略するかなと桃井が頭を悩ませていると、今まで力いっぱいしがみつかれても平気な顔をしていたよしのりくんが動いた。
べり、と音がしそうな程にいきおいよく腕をはがし、ぐるりと向きを変えて今吉(仮)と向き合う。
突然隠れるものがなくなった今吉(仮)はどう見ても今吉翔一(18)が小さくなったとしか思えない顔つきで、だがそのおろおろと困惑しきった眼差しだけが見慣れない。
「あなたのおなまえなんですか!」
褒められて何かのやる気スイッチを押したのだろうか、がっちり今吉(仮)の腕を掴んで大きな声でそう聞くよしのりくん。
よしのりくんと桃井を何度か見比べて逃げられないと諦めたのだろうか、それとも少しは慣れてきてくれたのだろうか。
若干へっぴり腰になりながらも初めて今吉(仮)の唇が開かれた。
「……しょーくん……」
ぽしょん、と近くにいてやっと聞こえるような小さな声で呟かれた声に桃井は思わず固まった。
「しょーくんじゃなくて、おなまえだよ!」
「しょーくんは、しょーくんやもん…」
「しょーくんはおなまえじゃないでしょ、みょーじとかあるんだよ」
「………しょーくんは、しょーくんちゃうん?」
ぽしょぽしょと自信なさげな声がますます小さく震えてゆくのに悶えたい気持ちを押し殺して桃井は理性を取り戻した。
今はまだ可愛さに打ちのめされている場合ではない。
しょーくんはまだ今吉(仮)なのだ。
「えっと、しょーくんは、いまよししょういちくん、でいいのかな?」
ともすれば詰問するよな勢いのよしのりくんをやんわりと留めて改めてしょーくんと視線を重ねる。
おろ、と彷徨いはするものの、やっと桃井を見てくれた今吉は少しの間の後、こくんと頭を縦に振った。

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