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空箱

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破壊衝動

今この平和になった世の中で、死ぬ、という概念からは程遠い。
けれど命を賭して戦う事に明け暮れた過去の記憶は確かに身体の奥深くを縛り付けていて、時折思考の一部を掻っ攫う事がある。
世界を我が掌中に収めんと欲と血に餓えた若気の至り。今となってはただそれだけの話で、あの頃は元気やったなぁなんて笑い話にもなるのだけれど。
「なんで自分の顔見てると疼くんやろうな」
それは正しく疼いているのだ。今、この平和な世の中で。
すっかりと忘れていた筈の肉を裂き骨を砕く感触が掌を痺れさせる快感を。
殺気に血走った双眸がやがて死への恐怖に震え、絶望へと変わり行く喜びを。
目の前の相手からも味わいたいと伸ばした指先は、だが優しく頬を滑るだけの矛盾。
「こっちこそ聞きてぇよ。てめーの顔見てるとすっげー汚したくなる」
はっ、と鼻で笑いながら、それでも持ち上げられた指先は頬に触れる手を取り恭しく爪先へと口付ける。紳士と呼ばれるに相応しい甘い仕草の癖にじぃとこちらを見つめる瞳がかつての獰猛さを覗かせて煌いた。
「汚して、ぐちゃぐちゃに犯して、だけど獣みてーに目ぇギラつかせてるお前を飼い殺してぇ」
優しい唇の後に硬いエナメル質が指先に深く食い込み、図らずともびくりと腕を引き寄せれば思いのほか容易く開放される。その後に残る、悪魔のように釣り上がった笑み。
紳士然としているより、全然いい。
そういう顔をしているからこそ、腹の底が疼くのだ。目の前の感情のままに引き裂いて赤く染まった身体にキスの雨を降らせてやりたい。
誘われるように首筋へと顔を埋めて思い切り歯を立てて薄い皮膚を噛み締める。尻の下に引いた身体が痛みに硬く強張るのを感じた。けれど逃れる事は無く、変わりに項に掛かる後ろ髪を強く握られた。痛い。気にせずそのまま歯を食い締めればやがて溢れる命の味。溢れる程まで行かずともゆっくりと口内を満たす命を舌で絡め取ってから飲み下せば音を立てて血が沸きあがるのを感じた。身体が熱い。
「痛ぇな、…てめーは吸血鬼かよ」
もっと、と求めようとした所で強く髪を引っ張られ、間抜けにも舌を刺し伸ばしたまま隣へと突っ伏す羽目となると同時に男が起き上がり、腹の上へと座った所為で先程までと形勢が一気に逆転してしまった。
「ったく、シャツに血ぃ付いたじゃねーか…けど、その顔いいな。」
首筋から落ちる赤にシャツを染めながらもその表情は支配者のそれで疼きは納まる所か高まる一方だ。両手で首筋に、肩に、胸元にと掌を滑らせれば確かな男の体格。
壊したい。
明確な単語が脳裏でちかちかと点滅して離れない。衝動のままに爪を立てて引き寄せて唇を重ねる。薄くなった血の味に男の唾液が混ざる。ぐちゃぐちゃに掻き混ぜて飲み干してもまだ足りない。両手で重なった男の身体を弄ると男も好き勝手に服の中へと手を滑り込ませて皮膚に爪痕を立てて行く。ぐい、と布越しに硬くなった股間を押し付けられて思わず高い声が上がった。何時の間にか男も自分も勃起していた。
「てめぇを壊してやるよ」
そう言って笑う男の顔は酷く醜く、だが自分もそうさして変わらぬ顔で笑っているのだろう。
「何言うとるん、それは俺の台詞や」
そしてまた唇を重ねる。貪るように乱雑に、けれど不用意な甘さを滲ませて。

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