上司が突然突きつけてきた理不尽な命令、曰く、アーサーと結婚、もとい同盟を組めと。
勿論アントーニョは力の限り反論し、反抗し、絶対に嫌だと幼子のように駄々を捏ねてもみたけれどアントーニョとて上司に本気で抗いきれる訳も無く、それはまるで屠殺場に連れて行かれる牛のような心地で成されたのだった。
「俺、こいつと仲良うなれる自信無いんやけど。」
「気があうな、俺もテメェと仲良くするつもりなんかねーよ」
元々、色々な因縁で仲が良いとかそれほどでもないとか、そんな次元を超えた極悪に仲の悪い二人がいざ結婚したからとて急に仲良くなれるものでもない。アー サーの方もやはり上司に言われて無理矢理従わざるを得ない状況なのか不機嫌を隠そうともしないでむっつりと腕を組んでアントーニョの方を見ようともしな い。無事に契約を交わした上司だけが盛り上がり宴会へと盛り上がる中で二人は結婚したとは思えぬ程の冷え冷えとした空気を纏わせて並び、ただじっと上司の 目が醒めることを祈るばかりだった。
結婚すれば当然同居する物、と勝手に宛がわれた家での二人きりの生活はそれはもう散々な物だった。些細なことで勃発する喧嘩は数知れず、口喧嘩にもならな い罵り合いで済む事なぞ稀で元々血気盛んな二人は手が出て足が出て終いには取っ組み合いの殴り合いになる。そのまま強姦じみた性行為に及ぶこともあった。 快楽の為でもなく愛の確認でもない、ただ相手を組み伏せ陵辱し己の優位性を示すだけの獣じみた雄の本能。もっとも、それは経済状況の違いからか主にアー サーが勝つ方が多かったのだが。
二人の関係性が変わったのは結婚をして少しばかり時が経った頃、アントーニョの国力が浮上し始めた辺りだった。今までお互い何故、よりにもよってこの男と 結婚せねばならないのかという疑問があったのだが、アントーニョの方だけを見てみれば確かにアーサーによって齎される利益は高かったのだ。このまま巧く アーサーと付き合っていければアントーニョの家が豊かになるかもしれない。意地やプライドよりも大切な国の民の為に、それまではただ張り合い拒絶するばか りだったアントーニョが折れる事を覚えた。ある程度の暴言は適当に聞き流し、仲良くなる事は無理でも結婚を解消されることが無いようにと打算で動くように なった。それは例えばアーサーの我侭を聞き、アーサーの為に家事を担ってやり、夜は抵抗する事を止めた。鳩尾の奥深くがじくじくと疼くが国民の為と思えば 少しは楽になった。上司のした事は間違っていなかった。
「…なんか最近、随分と大人しいじゃねーかお前。」
今日も今日とて。無言で床に後頭部をぶつける勢いで圧し掛かってきたアーサーをそのまま受け止めて身体を投げ出せばそんな事を言われる。は、とアントー ニョは鼻で笑うだけに留めた。余計な反論は無駄な喧嘩を招く。だがそれすらも気に入らなかったのかアーサーの指が食い込む程に顎を掴んで強引に視線を重ね る。
「何だよお前…気持ち悪ぃーな、頭おかしくなったのか?」
探るように近付いた双眸が間近の距離で見詰め合う。調子が狂うんだよ、とぼやきながらも食い入るような視線は嘲りや挑発というより何処か、真摯な色を持っていた。抵抗しない事を訝しむように顎を掴んでいた掌が額に、首筋に触れて確かめるような様はまるで。
「なん、心配してくれるん?ありがとぉなぁー」
そう、アントーニョが揶揄するように言ってやれば途端に普段のような剣呑さを取り戻してうるせぇ、と一言残してアーサーは立ち上がった。
「ヤる気失せた。とっとと寝ちまえよ。」
離れ間際に足先を軽く蹴り飛ばして踵を返す。その背中を見送りながらアントーニョは床の上に大の字に寝転んだままに思わず双眸を見開いた。言い方こそ酷く 癪に障るがその内容は。脳裏に今はもう手元を離れた子分が思い浮かぶ。そういえば彼は口下手で素直になれなくていつも暴言ばかりだしすぐに手が出る子供 だった。だけど心根は優しく時々覗く素朴な気遣いが酷く可愛らしかったモノだ。今のアーサーは何処か、彼とダブって見える。
「なぁ、アーサー」
部屋を出ようとしていた男を留める為に呼んだ名は酷く舌に馴染まない。今まで禄に呼んだ事も無いからだろう、だがそれがとても新鮮だった。まるで灼熱の日差しの下で生まれて初めて水を得たような、浮き足立つ心。足を止めこちらを怪訝な顔で振り返る男を再度、呼ぶ。
「アーサー、なぁ、こっち来て?」
隠し切れずに唇を弧に歪ませたアントーニョに戸惑うような姿を見せながらもアーサーが再び戻って来る。
「なんだよ…」
「えっちシよ。ごーかんちゃうで、えっちやで。」
「…はぁ?」
戸惑いを隠し切れずに晒されるアーサーの顔が酷く間抜けだ。顔を合わせればいつも罵り合い喧嘩ばかりしていた時には見れない新しい顔。益々アントーニョの 頬が緩む。過去の因縁やら此処最近の鬱憤やら全てを吹き飛ばしてこの新しい発見に心が弾まずには居られ無い。この男は、アーサーは、実はかつての子分と同 じで素直になれない子供じみているだけの男なのではないだろうか。その思いがアントーニョを積極的にさせる。身を起こし、立ちすくんだように動け無いで居 るアーサーの足元へと近付き布の上からまだ何の兆しも見せていない股間へと口付けを落とす。
「ぎょーさん気持ち良ぉさせたるから。ご奉仕したるでー」
すっかり乗り気のアントーニョについて行けずにアーサーはただ成すがままに下肢を剥かれずらした下着の裾から萎えたペニスを引き摺りだされ唇の柔らかな感 触に触れるのを呆然と見下ろすしかなかった。なんだこれは。いつもいつも小憎たらしい罵詈雑言しか吐き出さない唇が明るく上擦っている。見た事も無いよう な楽しげな笑みでアーサーの名を呼び積極的に迫って来る。なんだこれは。思考が着いて行けずに同じ言葉ばかりがぐるぐると頭の中を回る。なんだこれは。
だが慈しむように幾度もリップノイズを響かせて触れる唇の感触にじわりと甘さが腰元に広がる。常の、感情の昂ぶりのままに行為へと及ぶ時とは違うこそばゆい空気。
「なん…なんだよ、突然…本気で頭いかれたのか?」
「んー……」
思案するような声を上げるもそのままんふふふふと不気味な笑いへと変わる。そして答えを寄越さぬままにぱくりと先端を口内へと咥え込まれて思わずアーサー から甘く溜息が零れた。アントーニョがいかれたのか何か企んでいるのかそれともアーサーの及ばぬような思考改革があったのかわからない。わからないがこの 空気は悪く無い。そう、むず痒いけれど悪くは無い。冷え冷えとしていたばかりの二人の間に一瞬でもこんな穏やかな時間があるとは思っていなかったからこ そ、新鮮だった。初めて知る何処か甘ったるい笑顔でアーサーのペニスに舌を這わせるアントーニョの姿をもう少し見て居たくて緩やかに癖のついた髪へと指先 を差し入れてそっと撫でると益々その相貌が蕩けてふにゃりと柔らかな笑みを象った。知らず、アーサーの身体に熱が灯り、唇が緩むのを止められなかった。
まだ恋どころか友情にも満たない生まれたばかりの感情だが、これは、きっと――
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