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空箱

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ロマ西ほのぼの?

とんとんとんと軽やかなリズムを奏でて包丁が踊る。
張り詰めた薄いトマトの皮膚を撫でて下ろされる刃は狂い無く真っ直ぐにまな板にぶつかり小気味の良い音を立てる。
まるで機械のように綺麗な等間隔に分けられたトマトが鍋の中へと滑り落とされて行くのを横でぼんやりと眺めながらロヴィーノは口を開いた。
「よく、そんな器用に使えるよな」
ダンスでも踊るかのようにてきぱきとキッチンの中を動き回るアントーニョはロヴィーノを振り返って双眸を瞬かせた後に、ああ、と納得したように笑って包丁を振って見せた。
「これ?慣れやで、こんなもん。自分かて何度も使ってればその内できるようになるわ」
ふぅん、とおざなりな返事を返しながらもロヴィーノの視線は包丁の動きを追う。今度は皮を剥いだイカの身に斜めに刃を滑らせて切れ目を入れている。適当にやっているような素早さで、だが完全に分断される事も無く格子状の模様が白い肌に浮かんだ。
「それよりこんなん見てて楽しいん?座って待っときや」
「いや、いい。」
普段ならば言われなくてもかつての我家で主以上に寛いで待っていただろうが、今日はなんとなく興味が湧いたのだ。特にそれ以上の意味は無かった。アントーニョの鮮やかな料理の腕前は一緒に暮らしていた頃も何度か見た事があるが、此処まで間近で鑑賞するような事は無かった。
「そんならええねんけど。あ、サフラン取って、そこの赤いの。」
言われた通りに棚の中から見つけた小瓶を受け取る掌に垣間見える固く強張った皮膚。農作業、内職、それから武器を握って自然と分厚くなった皮膚は所々が浅く盛り上がって柔らかな皮膚の合間で存在を主張している。受け取るなりさっさと作業を再開する掌を追いかけた後、ロヴィーノは自分の掌へと視線を落とす。柔らかなく滑らかな白い皮膚に覆われた線の細い骨ばった掌。
「自分かて全然料理出来へんのとちゃうやん、ちゃんとやれば絶対巧くなると思うで?」
不意に続く会話に我に返ると少しだけ考えてから首を振る。
「俺はお前等みたいに刃物に慣れてねーんだよ」
は、と鼻で笑って見せる、いつもの軽口のような悪態。だがアントーニョの顔は一瞬、焼け焦げた炭でも食べたかのように歪んで、それから吐息で笑った。
「人を殺す刃物とコイツは全然ちゃうで。」
コイツ、とアントーニョの掌の中で揺れる包丁。料理を再開させながらもアントーニョの視線は何処か遠い。
「コイツでも人は殺せるやろうけど…精々数人がいいトコやな。それに簡単すぎてあかんわ。」
とんとんとん、軽やかなリズムが再びキッチンに響く。鍋で煮込まれたスープがいい香りを漂わせ始めた。食欲をそそる心地良い感覚。
「戦場で使うんは、刃物やけど刃物やないねん。殆ど鈍器やで、人間を斬るっちゅうんはすぐ刃ぁ毀れさすから」
相変わらず下手くそな説明を理解出来るように頭の中で組替えている内にも饒舌になったアントーニョの言葉は次から次へと紡がれて行く。ロヴィーノはただじっと手元へと視線を落とす横顔を見詰めた。
「それに、感触がちゃう。背中にびーんって来んねん。斬ると。ぞわってなる。」
そうして顔を上げたアントーニョの唇が細い三日月を描く。言っている言葉の意味は半分程しか理解出来なかったが思わずロヴィーノの肌が粟立つような笑顔。ひたりと向けられた深い緑の瞳が怖いと素直に思った。
「だから、ちゃうねん、これはロヴィでも簡単に使えるようになると思うで」
そう言って目を細めて笑うアントーニョはもう普段と変わらぬ姿だった。

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