宿場町の夜は騒がしい。
昼のそれとは違い、酒と色を含んだその喧騒が提灯の明かりの下で波打っている。
だが一歩、建物の中に入ればそこは戦場だ。
やれ紅が無いだの、帯が巧くいかないだの、姐さん方が姦しくしながら外面を作り上げている癖に、客の前に出ればおしとやかに微笑んでいるのだから女は怖いと今吉は思う。
吉原のような規模は無いが人通りの多い宿場町にあるこの女郎屋の稼ぎは上々だ。
自然とこの時間にもなれば姐さん方の送迎や雑務に追われる事になるのだが。
今も姐さんを一人、茶屋まで送り届けてからさて次の仕事はと聞けば今し方行ったばかりの茶屋へ届け物だと指示される。
無駄に往復させられるのは面倒だと思うが仕方が無い、こう言った「遊び」には見栄やらしきたりやら複雑な事情が絡み付いているのだ。
溜息一つで届け物だと言う小さな包みを受け取り今吉は再び茶屋へと向かった。
辿り着いた茶屋の番頭は顔馴染みで、先程別れたばかりの今吉が時間を置かずにやって来たのに驚いたようだ。
届け物やって言うから、と今吉も苦笑いで応えながら包みを渡し、さて帰るかと踵を返した所で引き止められる。
「ああ、これは直接部屋まで届けてくれ」
「はぁ?部屋て…さっきの姐さんの忘れ物やったん?それなら俺やのうて…」
「違うんだ。…とにかく、届けに行ってくれ。そう言伝されてる」
茶屋への届け物だと思っていたのが間違っていた事にも驚いたが、まさか自分が部屋まで持って行かなくてはならないとは。
いまいち事情が飲み込め無いが、今吉は此処で否と言える立場では無い。
首を捻りながら茶屋の奥へと足を踏み入れた。
女郎を送り届ける時にしか此処に訪れる事の無い今吉が、茶屋の内部へと足を踏み入れるのは初めての事だ。
階段を上がり、真っ直ぐに伸びる廊下の両端に連なる襖一枚で隔てられただけの部屋からは酒宴が盛り上がっている様や、早くも褥に縺れ込んでいる様がうっすらと聞こえて今吉の眉が寄せられる。
初心なつもりは無いが、薄い襖の向こうで見知らぬ他人が情事に耽っていると思うと余り居心地の良い物では無い。
教えられた部屋の前まで来ると、今吉は膝をついて居住まいを正してから声をかけた。
「お届け物にあがりました」
少し待ってみるも返事は無い。
耳を澄ましてみた所で、すぐ隣の部屋から上がった艶めいた嬌声が先程送り届けた姐さんの物とわかってしまっただけで役に立たない。
いたたまれなさが募り、意を決して襖へと手をかけて開け、中を覗き込む。
「何でアンタが居るん…」
思わず畳に突っ伏しそうになる程力の抜けた身体をなんとか気力で支える。
「遅ェ」
中で一人、着物を着崩し、片膝立てて手酌酒を舐めて居るのはこの界隈を仕切る組の者で名を青峰と言う。
月に一度みかじめ料を払う時や、組の長が女郎の一人に夢中だとかで何かと話す機会があるので知らない訳ではない。
だが友人と呼ぶにはまだ遠く、精々顔なじみと言った所だろうか。
「なんで、って聞きたい事は一杯あんねんけど…とりあえずお届けモンや。」
歳が近い事もあって遠慮する仲でも無い。
青峰の目の前に腰を下ろして包みを差し出せば面白がるような瞳が今吉を見た。
「あんた、その中身見たか?」
「見る訳無いやろ、頼まれモンやのに」
ふうん、と聞いた癖に気の抜けた返事をしながら青峰が杯を差し出して来るのに今吉は慌てた。
「や、帰るから。まだ仕事あるやろし、そんなん飲んでる場合ちゃうねん」
知っとるやろ、と立ち上がろうとするが、それは青峰に手首を掴まれる事で阻まれた。
「あんた、何も聞いて無ェの?」
「何も、ってなんや、ワシはこれを此処に届けろとしか聞いてへんで」
「なんだ、教えてもらって無ェのか。面白ェ」
にい、と青峰の表情が笑みに歪む、と同時に強く手首を引かれて気が付いた時にはくるりと視界が回って畳を背に天井を見上げていた。
「え、何…ほんまに何なん…?」
「あんた案外鈍いな。此処でやることっつったら一つしか無ェだろ?」
頭上から覗き込む青峰が鼻歌でも歌いそうな程に上機嫌で言う、言葉の意味。
此処でやること、を思い浮かべようとした所で隣の部屋から一層激しい姐さんの嬌声が漏れ聞こえてカッと頭に血が上った。
「何アホな事抜かしとんねん、それなら女買えや、うちを何屋やと思ってんねんっ」
「好みなのが居ねェ。あんたのがいい」
「知るかそんなん…っちゅーか仕事があるって…」
「ああ、安心しろよ、あんたの仕事は俺と寝る事だから。話はつけてある」
「は……?」
青峰の下から抜け出したくて暴れても手慣れた様子で丸め込まれて逃げ出せない。
それどころか、気付けば両手は捕らえられて畳の上に抑えつけられ腰の上に座られては益々身動きが取れない。
「だから。俺が、あんたを買った。今夜一晩は俺のモンだ」
「んなアホな…第一、ワシはもう陰間はやらんって……」
「あ゛ぁ!?」
急に荒げられた青峰の声に思わず肩が跳ねた。
ひたりと今吉に据えられた眼がまるでこちらを殺そうとでもしているかのような強い光を帯びて、純粋な恐怖を感じる。
怠惰で適当なだけの人間だと思って居たが、間違いなく目の前の男は命を張った生き方をしていて、人を殴った事すら無い今吉とは違う生き物なのだと今更に理解する。
「なんだ、あんた、慣れてんのか。…じゃあ気ぃ使う事無ェよなあ?」
「ちゃう……いや、待ってや、一度戻って確認…」
「ごちゃごちゃうっせぇな、あんたは俺に売られたんだよ、大人しく足開いとけ」
あれ程まで上機嫌だった青峰を何がそこまで不機嫌にさせたのか分からない。
分からないのがまた怖い。
店に裏切られたような切なさや、どうにかして逃げたい気持ちはある。
あるのだが、諦めた方が楽で早い事を今吉は知っている。
「あんま…手荒な事はせんといて。めっちゃ久しぶりやねん」
深い溜息と共に身体の力を抜くと一度強い視線で見つめられた後、舌打ちと共に両手が解放された。
腰の上からも退いた青峰が、ずっと忘れられていた届け物をこちらへと無造作に放り投げるのを慌てて受け取る。
「開けてみろ。」
そう言ってそのままひっくり返った盃を拾い上げ、無事だった徳利から中身を注いでいる青峰に何かを問う事は躊躇われたので言われるがまま、丁寧に巻かれた布を解いて行く。
そう時間もかけずに現れたのは大きな蛤の貝。
朱に金の装飾が入った色鮮やかな絵が描かれたその貝は、小物入れとして女子供に渡せばたいそう喜ばれるだろう。
だが、今吉はこの中に入っている物を知っている。
見た目はただの軟膏だが、実際には漆が混ざっていると言う噂で塗られると酷い痛痒感を齎し、いつもは釣れない女郎が狂ったように客を求めると言ってこの遊びに興じる人々の中ではひっそりと人気のある品だ。
今吉もその耐え難い痒みと痛みを知っている。
思わず嫌悪感に顔を顰めてしまったの今吉をただ酒を煽りながら見ているだけだった青峰が鼻で笑う。
「なんだ、それも知ってんのか。だったら話は早ェ、それ使って慣らせよ。」
「…コレ使ったら自分かて大変な目に会うの、知らんのか?」
「俺は余り効か無ェみたいでな、心配する必要無ェよ」
幾ら今吉の中に塗るのだとしても、軟膏が塗られた其処へと挿入すれば青峰自身も軟膏の餌食になるのだが、帰って来た答えは取りつく島も無い。
人によって軟膏の効き目に違いがあるのは知っている。
今吉は恐らく一番ちょうど良い効き方をする方で、塗られた場所を掻いて欲しくてたまらないくらいに痒くはなるのだが、二日程も経てば痒みは収まり治ってしまう。
けれど人によっては、痒みを通り越して耐え難い痛みがいつまでも続き、一週間程のたうち回る事になるのを今吉は知っている。
店の女郎の一人がそうだった。
昼も夜も関係無く襲い来る痛痒感になりふり構わず半狂乱になって泣き喚いていた姿が脳裏に焼き付いて離れない。
その時初めて軟膏を使われた訳では無い、百戦錬磨の女郎だった。
何故突然、そんなに良く効いてしまったのかも分からず、治そうにも方法が無く、ただ見ているだけしか出来なかったのだが、いつもは気風の良い、しゃんとした姐さんがそんな風になっているのを恐ろしく思った物だ。
「ぼさっとしてんじゃねぇよ、とっとと準備しろよ」
貝の入れ物を持ったまま動けなかった今吉に焦れたのか青峰が不意に膝をついてぬっと近づき肩を押す。
たったそれだけで気圧されたように倒れる身体をなんとか肘をついて支えながら乱雑に乱されてゆく裾を見つめる。
其処にしか用が無いとばかりに帯も解かないまま褌をぐいと横にずらされて布地が擦られる痛みが走る。
「なあ、ホンマにするん?…ワシやなくても…陰間茶屋かてあるやん…」
「ぐだぐだうっせーよ」
手の中の軟膏をひったくられるようにして取られ、中身をたっぷりと掬い取った指が固く窄まった孔へと触れて無遠慮に中へと押し込められる。
軟膏の滑りを借りた指は痛みこそ齎さないがそのひやりとした冷たさと固く骨ばった指の熱さに身が竦んだ。
一度中へと軟膏を塗りつけた指はすぐに出て行き新しく薬をごっそりと掬い取ってまた孔へと差し込まれる。
「っちょ、待っ…そんな使うもんや無い…!」
慌てて肩を掴んでもびくともしない青峰はぐるりと中を掻き混ぜてから指を引き抜く。
入りきれずに溢れた薬がどろりと体温で溶けて畳みへと落ちる感触がなんとも言えず、触れた先からじわじわと軟膏の効力が発揮されて肌が熱を帯びて行くのに眉を寄せる。
「だったらさっさと自分でどうにかしろよ。勿体ねぇ」
肩を掴んだ手を外され、下肢へと導かれる。
とろとろと、心を置いて勝手に熱を纏い始めた下肢が軟膏を溶かして滑りを帯びて行く場所に触れさせられる。
徐々に疼くような痒みを齎す其処に一度触れてしまったらもう駄目だった。
撫でるだけでも小波のように快感が走りぬけて内腿が震える。
は、と浅くため息ともつかない息を吐き出して今吉は青峰の視線を受け止めながら孔へと指を差し込んだ。
ぐちぐちとすっかり液体のように蕩けた軟膏が絶えず卑猥な水音を立てて隣の部屋から聞こえる嬌声に混ざる。
開いて立てられた足は間に青峰が居座る為に閉じられず、差し込んだ指は何時の間にか二本、三本と増えて熱っぽく腫れた粘膜を撫でる事を止められない。
「っは、…ぁ……っふ、……くぅ…」
漏れる吐息が熱を帯びて色付く。
じくじくと痛みとも痒みとも付かない疼きが指先で擦り上げるだけでこんなにも気持ちいい。
ずらされただけの褌が、すっかりと立ち上がって固く反り返る性器の先から溢れた先走りでじっとりと重く濡れている。
三本の指を簡単に飲み込むようになってしまった其処は、自分の指では思うように擦れないもどかしさを生んで知らず腰が揺れる。
もっと強く、擦り上げて欲しい。
けれど、そんな事をされてしまえば妙な声を上げて隣の姐さんに気付かれてしまうのが怖い。
伏せた瞼をそっと持ち上げれば、先程の不機嫌さとも違う真っ直ぐな瞳が今吉を貫いていてぶるりと身が震えた。
ずっと黙って今吉を見ていただけの青峰の考えている事が分からない。
「随分、ヨさそうじゃねぇか。コレ。」
無造作に長い指を一本、既に今吉の指で一杯になっている所へと差し込まれて思わず甲高い声が上がってしまい、慌てて片手で唇を塞ぐ。
今吉の指ごと強引に掻き混ぜる指が痒さに震える粘膜を雑に擦り上げてとてもじゃないが声を抑えられる気がしない。
「声、隠すな。聞かせろ」
今吉の指共々引き抜かれるのと同時、口元へと宛がっていた手も纏めて捕らえられて頭上へと縫いとめられる。
片手での拘束を振り解けない程に力の抜けた身体はただひたすらに熱い。
撫でる物の居なくなった其処が次第に強く痒みを帯びて、咥え込む物を求めてひくつくのが自分でも分かった。
「嫌、や…声、聞かれた無い…ッ」
「別に俺しか居ねぇんだからいいだろ。隣だって、あんだけアンアン言ってんだ」
「…ッッあかん、…隣は、…ッ」
首を振ると汗を吸って重くなった髪が肌を、畳を叩く。
身を捩っても覆い被さるような青峰の身体が挟まって逃げ場所も無い。
隣の姐さんに今の今吉の状況を知られたと言って、何か明確にお咎めを受けたり非難を浴びる訳ではない。
けれど、女郎としてのプライド高い彼女達を差し置いて、男の自分が客を寝取るような真似をしているなぞと積極的に知られたい物でも無い。
相手が、女郎達の人気が高い青峰ならばなおさら。
「ああ、そういやぁ隣はアンタんトコの女か」
にい、と。
凶悪なまでに釣り上がった口角に背筋が粟立ったのは一瞬。
口を開けて震える其処に灼熱が触れた、と思った途端に一気に貫かれた。
「――ッッッぁああああっっ」
びりびりと爪先まで駆け抜ける快感に眼の前が白く染まる。
勢いよく吐き出される白濁が褌を濡らしてべったりと性器に絡み付く。
余韻に浸る間も無くがつがつとそのまま奥を何度も穿たれて全身を貫くような快感が終わらない。
「っや、ッあ、あああっ、止め、ッあ、ああっ」
「すっげ、中、熱っちぃ…」
隣には、とか。
本当はもうこんな事したくなかった、とか。
思考の全てが吹き飛んでただひたすらに気持ちいい。
心を置いてけぼりにして身体が勝手に快感を求めて青峰の腰に足を絡めてもっと深くもっと奥にと欲してしまう。
痒さを感じるよりも先に遠慮のない、長くて固くて熱い青峰の熱が粘膜を擦り上げてその度に全身に電流が走ったかのような快感が今吉を貫く。
「んな締めつけられたら、…持たねぇよ…ッ」
ぐ、っと眉間に皺を寄せた青峰の顎からぽたぽたと落ちる汗が今吉の上へと落ちる。
小さな舌打ちの後に今吉の拘束を解くと青峰は両手で腰を掴んで本格的に自分の快感を追い始めた。
揺さぶられるままに揺れる身体が縋る場所を求めて青峰の首にしがみ付く。
「ああっ、あ、…っあ…っぃあ…ッ――」
「――く、…ッ」
唇が開いた形のまま、壊れたように同じ音しか発せなくなった今吉の奥を一層強く突き上げて青峰が達する。
その刺激に耐えきれず今吉もまた、白濁に肌を濡らした。
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設定
【今吉さん】
元陰間。現女郎屋で下働き。
姐さん達に可愛がられながらのんびり雑用こなして日々生きてます。
サトリ成分は余り無い。物すごく空気が読めるだけ。
空気読むから案外流されやすい。
【青峰】
ごろつき。今でいうやーさん。
宿場町のある界隈を仕切っていて、ショバ代要求してくるけれど、一応何かあればちゃんと出てきてくれる。
普段はきっと博打打って酒飲んで、ショバ代請求しながら厄介事には首突っ込んで、ってしながら生きてる。
生粋の駄目男。
この後、女郎の姐さん方に知られてちょっと肩身狭い思いしたりとか
知られてるならいいだろって女郎屋の中であんあんにゃんにゃんさせられたりとか
昔の男、諏佐登場による昼メロドラマとか
今吉の過去を知る原監督に連れ戻されかける今吉さんとか
陰間時代の同僚?の花宮とのにゃんにゃん百合百合とか
何処に行ったら出会えるんです?
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