主から突然「明日はお前ら二人とも休み!」と宣言されたのが昨日の夜。遠慮する仲でも無いのでありがたく二人揃って休みを頂く事になれば、まあ、夜はそうなるわけで。次の日が休みと言う気楽さで明け方まで励んでしまった為に寝不足で頭が重い。それなのにいつもと変わらない時間に目が覚めてしまう規則正しい自分が憎い。同じく本日休みの年上の幼馴染みは隣で一糸纏わぬ姿のままぐうすか寝ていると言うのに。二度寝してしまいたい気持ちもあるが何と無く気が引けて身体を起こす。こういう所が「セスは真面目だ」とからかわれるのだとわかってはいるが、性分なのだから仕方が無い。カーテンをそっと開ければ暖かな朝日が差し込んでいた。休日に相応しい、長閑で良い朝だ。
主の家に近い、それだけを理由に決めたラベンダーベッドのアパルトメント。生活に必要最低限の物はあるが、逆に言えばそれだけしかない。そろそろ手持ちの本も読み飽きてしまったから今日は新しく本を買いに行くのも良いかもしれない。それかこの彩り少ない部屋に置く物でも物色しに行こうか。良い天気だからただぼんやりと二人で釣りに行くのも良いかもしれない。普段、二人揃って一日中体が開く事なぞ無いに等しいから珍しいこの機会に浮き足立つような、それでいて不馴れ過ぎて何をして良いのかわからなくて不安なような気分だ。普段なら外で済ませてしまう食事を作ろうと思いたったのだってただぼんやりと相手が起きるのを待っているだけでは落ち着かないと言うだけの理由でしかない。
干からびかけたパンと、アンテロープの塩漬け肉、余ったからたまには自炊でもしたらと同僚に押し付けられたルビートマトと卵、酒の肴に買った食べかけのチーズ、それからこれだけは常備している山羊乳。家とは寝るだけの為にあるような男二人暮らしでこれだけの食材があるのも珍しい。大した物は作れないが、予定を決めて出掛けるまでの腹の足しにはなるだろうと耐熱の大皿に卵を割って溶き、山羊乳で少し薄めた所へかちかちに固まったパンを砕いたものを全て入れ塩胡椒を少々。ルビートマトとチーズ、塩漬け肉を全て荒く刻んでその上にばらまきオーブンに突っ込めば後は勝手に出来上がるのを待つだけだ。大抵の物は刻んでチーズを乗せて焼いてしまえば食べれる品になると言う同僚の教えが初めて役に立った。
後片付けを含めても大した時間も掛からず終わってしまい、結局また手持ち無沙汰に逆戻り。仕方なく洗濯をしてみたり大して散らかる物も無い部屋の掃除をしてみたりしている間に焦げた匂いがして慌ててオーブンから皿を取り出す。軽くついた焦げ目はむしろ食欲をそそるほどよい塩梅で知らず唇が緩んだ。味付けも濃い目にしておいたからこれなら冷めても美味しく食べられるだろう。ベッドの上を見れば大きな身体を丸めて惰眠を貪る背中。一人でやれることもやりきってしまい、諦めて屋敷から持ち込んだ少ない本に手を伸ばす。何度も読みすぎて刷りきれて来た背表紙から一つを選んでベッドの端へと腰を下ろした。
読み飽きたと思っていた本ではあるが、数有る蔵書から選び抜いた気に入りの本はやはり一度開くとページを捲る手が止まらない。ふと気づけば真っ白な長い腕が腰にぐるりと巻き付いていた。
「やっと起きたのか」
「ん、んー……」
返事なのか寝言なのかわからない声を上げながら腰に抱き付くようにして顔を埋める相手の髪をぐしゃぐしゃと撫でて覚醒を促してやる。むずがるようにぎゅうと身体を丸めてよりしがみつく姿はまるで大きな子供だ。
「もうそろそろ昼だぞ」
「んんん……だるい……」
もごもごと腰の辺りで言いながら次第に手が足が絡み付いて行きついには腕の中に抱き込まれる。無抵抗な自分も自分だが、目覚めて早々、人をベッドに引き摺り戻す怠惰な相手も相手だ。すっかり抱き枕のようにすっぽり腕の中に収まってしまって心地好いやら悔しいやら、アウラとエレゼンでは元々体格が違うから仕方ない部分も大きいが。
「せっかくの休日を寝て過ごす気か?」
「せっかくの休日なんだから寝て過ごすべきだろ?」
寝起き眼がへにゃりと笑うだけでそれも良いかもしれないと思ってしまうのだから単純だ。
「わざわざ朝飯作ってやったのに」
「ちゃんと後で頂くさ」
「天気良いから外に出るのも気持ち良いと思うぞ」
「ベッドの中だって気持ち良いだろ」
前髪に口を埋めながらしゃべるものだから額がくすぐったい。だるいと言いながらも手がシャツの下に潜り込んで直に背を撫でるものだからぞわぞわしてしまう。抗議の意味合いで持って目の前の鎖骨へと軽く噛みついてやれば頭上でふふと楽しげな笑い声が漏れた。
「新しい本を買いに行きたかったのに」
「そんなのいつでも出来る」
「一緒のベッドで寝るのだっていつでもしているだろ」
「一日中ベッドの上はまだ経験が無い」
儚い反論はどうしてもベッドから離れたくない男によって尽く封じられてしまった。これはもう完敗だ、言う通りにするしかないと諦めて広い背を抱き締め返す。勝利を確信したにんまりとした笑顔が近付いて来るのにつられて頬を緩めながら、そっと瞼を下ろした。
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