二週間ぶりに訪れたリムサ・ロミンサのエーテライト前は今日も人で溢れている。時刻は丁度日が沈む頃、最も活気づく頃合いだった。このまま都市転送網で移動してしまっても良かったがなんとなく溢れる熱気に誘われるようにマーケットへと足を運ぶ。人波に揉まれながら、たくさんの人々が織りなす喧噪の一部に溶け込むのはさほど嫌いでは無い。むしろ名もわからぬ群衆の一部に溶け込むようなこの雰囲気は好きだ。多種多様の人種、職業、立場の人々の波間を泳ぎ、顔を認識できる程の距離をすれ違いながら決して記憶に残らず霧散してしまう、それは安らぎにも似た心地良さがあった。
人波に揺られる心地良さを存分に味わい、そろそろ立ち並ぶ商店も尽きようとする頃にふと見知った顔を見つけた。巴術士ギルドから出て来た長身は何やらギルドへと向かって挨拶を交わしているようだった。頭からつま先まで肌を隠すようなローブに、視線すら読み取らせない色の濃い眼鏡。その容姿は目立つのにどこか人を寄せ付けない雰囲気で心の内を窺わせない。サンクレッドはそんな男と、二週間前に寝た。
名誉の為に言い訳をするならばそれは決して自ら望んでそうしたわけでは無い。ちょっとしたミスと、事故、それから偶然が重なってなんとなくそんな流れになってしまっただけだ。本来ならばよっぽどの事でも無い限り「身内」に手を出すのは悪手でしかない。相手が性に奔放な遊び人ならともかく、片手で数える程度に女性と経験があるか無いかの男なら尚更。それでも「性に不慣れな男」との行為が思いの外、楽しかったのも事実だ。かつて、まだサンクレッドが明日も知れない生活をしていた頃、下手だなんだと罵る癖に顔を見れば褥に引き摺り込む数多の男達の理不尽な横暴に理解が出来ず苛立ったものだが今ならわかる。何も知らない無垢に自分を刻み付ける行為は想像以上に自尊心を満たしてくれると知ってしまった。
自分の性器を舐められる事すら汚いと恥ずかしがり、それでも力尽くで突き飛ばして逃げる程には拒絶しきれず、いやいやと言いながらもサンクレッドの舌の上で欲望のまま精を吐き出させた時の事を思い出してふつりと喉奥で笑う。と、ちょうど視線の先で男もこちらに気付いたようだった。驚いたように顔を上げ、それから軽く会釈をする。そのまま普通に挨拶を返しただけではきっと彼は逃げて行く。たった一度肌を重ねただけだったがそれくらいは直感で理解していた。彼が踵を返す前にぱかりと口を開いて舌を出せば、ちょうど振り返ろうとしていた男の動きが止まった。何をする気なのかと、ただそれだけの反射だろうが思わず口角が吊り上がるのを自覚する。そのまま差し出した舌を上下にゆったりと動かして見せる。それはちょうど二週間前に彼の裏筋を丹念に舌先でなぞってやった時のように、真っ直ぐに視線を重ねては時折唾液をすする真似をして唇を窄める。
効果は覿面だった。表情こそ変わらないがサンクレッドを止めに来ようとしているのか、それとも逃げようとしているのか自分でも判断がつかずにがたがたと揺れた挙句に何も無い場所で躓いて転びかける男に言いようのない満足感で満たされる。三週間前の彼であればこんなにも動揺しなかっただろう。精々が眉根を潜めて見なかった振りをするだけだ。それが今やどうだ。男もあの日の夜を思い起こして動揺している。男の中に確実にサンクレッドが刻み込まれている。
行こうか帰ろうか未だ迷い遂には道行く人に肩をぶつけてしまい、長い背丈を縮こまらせて謝る男をそろそろ助けてやらねばならない。きっと砂の家に着いたら何を言っているのかよくわからない長ったらしい言葉でお説教もされるのだろう。だがサンクレッドの心は弾んでいた。夜はまだまだこれからだ。
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