それは死人の温もりだった。
纏う空気すらひんやりとした温度は人に非ず、されど触れればぬるりと染みだす熱は人形に非ず。愛らしさを強調する筈だった大きな瞳はただ静かに内側の闇だけを見せつけて愛でるには程遠い存在感を醸し出す。
この奇怪な生き物の生態を探るのは人のみに許された好奇心だ。
近づけば警戒する訳でも無い。手を伸ばしたって噛みつく事も無い。だが指を絡めて抱き締めた所で冬の冷気にも似た壁がそっと其処に在るままで何一つ手に入れる事が出来ない。何処までも受容するようでいて全てを跳ね返す柔らかな壁の存在。それが余計に幼い好奇心を育てる事を、本人は知らない。
近くまで来てるから、遊んでよ。
なあんて冗談みたいなメール一つであっさりと呼ばれてくれる安さは初めこそ驚いた物だけれど、今となっては律義に指定された時間には待ち合わせ場所で一人佇む几帳面さと合わさって根の真面目さを感じるだけなのだが。ヒソカはいつだって時間を守る事は余り無かったけれど、最近ではイルミとの待ち合わせの時だけ、時間を守るようになった。それは決して相手を待たせてる事に気兼ねするという理由では無かったが。
蒼褪めた空気の中に埋もれるようにしてひっそりと建物の前に立つイルミの色彩は薄い。意識して見れば、際立つ黒髪と原色の多い服装は派手と言ってもいい筈なのに希薄な存在感。鼻まで埋もれそうな程に巻き付けたマフラーに顔を埋めながら視界は何処を見るでもなくただ人形のように透き通っていてまるで街頭に立たされたマネキンのようだ。不意にそのマネキンの内側の温度を思い出してヒソカの口角があがる。
と、その瞬間に色を持たなかった瞳がひたりとヒソカに焦点を合わせる。人波を幾重にも乗り越えた向こうのカフェテラスで優雅に座ったまま重なる視線が不快を呼んだのか、能面のような顔に初めて表情が乗る、その一瞬。人形の内側に隠し持つ何かに触れたような気がしてまたヒソカの好奇心を煽る。
「悪趣味なのは知ってるけどそういうの止めてくれない?」
観察を止めてイルミの元に辿り着くなりの一声には既に感情の破片も見られない。言葉だけが意味を持ち、含む物を何も感じさせない能面の壁。まるで中を覗くなと牽制されているようで、これだからイルミはたまらないとヒソカは思う。こみ上げた衝動のままに冷え切った体を腕に包んで陶器のような額に唇を押しつけさせてもらえる許容と、決してヒソカの背に回る事の無い腕の拒絶。
「ゴメンゴメン、ボクを待ってる君が可愛くてつい♥」
「てゆーか寒いんだけど。誰かの所為で。」
ひやりとした壁を満喫するように懐くヒソカのさせたいようにしていたイルミの見上げる至近距離の瞳の中には感情が見えないのに要求を伝える術を持っていて、ヒソカはその瞼にも愛しげに口づけを一つ落としてから背から腰へと腕を滑らせ貴婦人をエスコートするようにそっと歩く事を促す。
そうすることで漸く、イルミの存在感が生まれたような気がした。
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