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空箱

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告白

「レオナ先輩、好きです」
「は?」
「別にお付き合いがしたいとか思っているわけではありません。ですが、俺がレオナ先輩に近付く時には下心を持っているのだという事はお伝えしておきたくて告白しました」
「はあ……?」
「そういうわけで今後ともよろしくお願いいたします」


突然の爆弾発言をしてきたのはジャミル・バイパー、スカラビア寮の副寮長をしている二年生、大人しく真面目な優等生ヅラをしているが明らかに腹に一物抱えているタイプ。そういう能力のあるタイプが爪を隠している所も、若さゆえに隠しているつもりで隠しきれていない詰めの甘さが見える所も嫌いではない。むしろ気に入っている方だとは思っていた。それは仲良くなりたいという類の好意では無く、分厚く被った猫の下に譲れない何かを持っている男を一人の人間として好ましいと思っているだけの話。レオナと気が合うか合わないかは別として。
そもそも元々ジャミルは明確にレオナを毛嫌いしていたように思う。向けられるにこやかな笑顔の下に透ける嫌悪。本人は隠しているつもりだったのだろうがレオナから見れば実家で飽きるほどに見慣れた笑顔だ。それをその歳で呼吸と同じように自然と張り付けることを覚えた身の上に多少の同情もした。隣にいるのがあのカリムだからなおさら。
だがそこまでだ。哀れに思えど所詮は縄張りの外の話。違う未来を見ている男に情けをかけてやるほどレオナは優しくはない。
ジャミルもきっと、内面までレオナが見抜いた事に気付いたのだろう。表面上は白々しく聞き分けの良い後輩の顔から徐々に言葉の節々に棘が混ざり始めた。最初は嫌味ったらしい言い回しが趣味なのかと思いきや、他で聞くジャミルの言葉はお手本のような優等生で、相手を空へ放り投げる気かというほどにおだて上げていて鳥肌が立つ程だった。それが、レオナにだけは敵意を見せる。
面白い、と思った。レオナの立場上、はっきりと敵意を見せてくる相手は案外少ない。どれだけレオナのことが嫌いであろうと恨んでいようと妬んでいようと、大概の相手は口を噤んで知らぬ振りをする。最初の頃のジャミルと同じ、黒い物を内に抱えながらも尻尾を振って見せてやり過ごし、頃合いを見てそそくさとレオナから身を隠す。それなのに、ジャミルは逃げるどころか武器を構え始めたのだ。
真正面から武器を振り上げ斬りかかって来るわけではない。
だがいつでもやり合う準備はあるのだとでもいうように隙あらばレオナの脇を切っ先で突いてくる。
もしかしたら、体の良いストレス発散相手にさせられていたのかもしれない。大人しい男を演じてはいたが霧の濃い夜空のような瞳には確かに苛烈な炎が見えていた。それを知られているのなら虚勢を張るよりも利用してやろうとするその姿勢も、レオナの好みに合致していた。
また、ジャミルは武器の扱いも巧みであった。レオナの触れられたくない場所の一歩手前まで容易く踏み入る癖に、絶対に最後の一線だけは超えて来ない。境界線のギリギリを渡り歩き、旗色が悪くなればすっと身を引く勘の良さもある。勝手に八つ当たりされる被害者であるレオナが思わず感心してしまう程の距離の測り方。
距離を間違えることが無いという信頼を持ってしまえばジャミルの八つ当たりなぞ子猫がじゃれつくようなものだ。自暴自棄に暴れるのでは無く、ストレス発散にすら頭を使い卒なくこなすその姿にいじらしさすら感じてしまう。
それは決してレオナの手の中に納まることが無い他所の飼い猫相手だからこそ感じた感情であり、互いに相容れることが無いとわかっていたから生まれる優しさだ。ジャミルに何があろうとレオナの手を煩わせる事は無いとわかっているからこそ、無責任に甘やかしてやれる。
てっきり、ジャミルもそのつもりでレオナにじゃれついていたのだとばかり思っていたのだが。


言いたい事は言ったので失礼しますと去ろうとする腕を咄嗟に掴んだのは無意識だった。制服の下に感じる手首の感触。そういえば触れるのは初めてだと驚きつつ見上げれば、ジャミルも驚きに目を瞠りレオナを見ていた。まあ、それもそうだろう。植物園の定位置でいつものように惰眠を貪るレオナを叩き起こして突然の告白をしたのはきっと、寝惚けている間にさっさと事を済ませて逃げようという算段だったに違いない。
捕まえたは良いものの、考えがあったわけでは無い為に言葉が出てこない。俺も好きです、なんて感情を持った事は今まで一度も無いし、ふざけるな気持ち悪いと言う程嫌悪感があるわけでもない。何故、と応える気も無いのに尋ねるのは無神経が過ぎるだろう。明確な答えが返ってきてしまえば罰が悪いのはレオナの方になる。
引き留めたからにはレオナから何かを言わねばと思うが言うべき言葉が全く思いつかない。無言のまま見詰め合っていると、不意にジャミルの視線が逸らされた。いつだって仮想敵としてまっすぐレオナを見ていた瞳が初めて逃げた。それからレオナの視線から隠すように空いている腕で顔を覆い隠す。
「あ、の……お怒りも苦情も制裁でもなんでも後で伺うので……今はいったん離してくれませんか……」
その上、消え入りそうな震える声が弱気なことを言う。それではまるで本当にレオナに惚れているようでは無いか。それにまんまと引き摺られてレオナの心臓が高鳴ったなどと。

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