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休日前夜

夕焼けの草原では「愛」が何よりも尊重される、らしい。
身分も人種も性別も、愛し合う二人の前では何の障害にもならず、むしろ惹かれ合う二人を引き裂くような真似は罪に問われる事は無くとも酷く忌み嫌われる、らしい。
それは多種多様な人種が集まる夕焼けの草原ならではなのかもしれない。文化も生活様式も違う数多の種族が手を取り合い一つの国を築くには全てを乗り越える「愛」が必要だったのだろう。
現国王の妻も、元は王族となんの所縁もない市井の娘だったという。まだ皇太子だった頃の国王が視察に出向いた先で一目惚れをし、幾日も娘の元へと愛を囁きに通い詰め、ようやく夫婦の契りを交わすことが出来たという話は今でも美談として多くの民に語られている。

そんなわけでジャミルがレオナと結婚するという話は驚く程すんなりと受け入れられた。身分だとか、性別だとか、熱砂の国であれば間違いなく大きな壁となる筈のものを話題に出す人すらおらず、むしろあの気難しい王弟殿下に人を愛する心を教えた偉大な貢献者として諸手を挙げて歓迎されたと言っても過言では無い。ただの使用人でしか無いジャミルの実家の方がなんやかんやと理由をつけては引き留めようとして面倒だったくらいだ。心配性の両親を説き伏せる為、ついでにアジーム家にも禍根を残さぬようにとレオナ自らアジームへと赴き、学生の間には見たことも無いような王弟らしい振る舞いで朗々とでジャミルへの愛とやらを語り散らかした話は、熱砂の国のみならず夕焼けの草原でも国王陛下に続き王弟殿下の愛情深い美談として早くも民に語られるようになっている。


そうして気付けばレオナの伴侶となり早数年。
この国での生活にもだいぶ慣れ、NRC時代にはジャミルに合わせて控えていたというレオナの過剰な愛情表現にも慣れ、主に傅く生活から人に傅かれる生活へと変わったのにも少しだけ、慣れた。
NRC卒業後は外交担当として兄王を補佐し、そして家庭を持ったレオナに与えられたのは王宮の敷地内にある離宮。古の王が侍らせていた側室が住んでいたものの、近年では側室を取ることもなくなり誰も使わなくなった立派な建物。側室が住んでいた頃には数多の使用人も暮らしていたのだろう建物は二人暮らしには広すぎるが、安全が確保しやすい此処に住むのであれば、という条件で家の中に使用人や警備等の他人を置かずに済んでいるので贅沢は言えない。
本来ならばレオナはたくさんの人に傅かれて生活をするのが当たり前なのだろうが、今まで息をするように他人の世話を焼いて生きてきたジャミルには、プライベート空間に赤の他人が常に何人も存在する生活など到底耐えられるものではない。
一応、最初の頃は慣れようと努力はしたのだ。何もせずとも三食あたたかな食事が提供され、脱いだ服は勝手に洗濯され、部屋を空けている間に埃一つないほどにぴかぴかに掃除をされる生活。喉が渇いたと言えばすぐに新鮮な果物を絞った冷たいジュースが用意され、疲れたと漏らせば五分後には按摩師が部屋に呼ばれる。
それが当たり前だと教えられて育った人間ならば快適なのだろう。カリムとか、レオナとか。
だがジャミルは尽くされる側ではなく尽くす側の人間だったのだから、突然真逆の生活を強いられてはストレスしか感じなかった。自分で指先一つ動かさずとも誰かがジャミルの世話を焼き規則正しく良質な生活をさせてくれているというのに日に日に顔色を悪くさせてゆく姿にレオナは笑い、そうして自ら兄王に掛け合ってこの離宮を手に入れてくれた。
今では季節の変わり目ごとの大掃除の時にだけ数名の使用人に手伝ってもらう事はあるが、それ以外は一切他人を家に入れず、世話も受けない生活を送っている。食事も洗濯も掃除もすべてジャミルが担っているし、レオナもたまに気が向くと手伝ってくれるようになった。外に出れば誰もが知る有能な外交官である王弟殿下もこの家の中では学生時代から変わらない、ジャミルが恋をしたレオナのままだった。


普段ならば王宮での仕事を終えた後は共に連れだって王宮から自宅へと帰る事が多いが、今日は休日前に片付けておきたい相談があるからとレオナは兄王の部屋へと向かった。あえてこの時間を選んだということは王と臣下としてではなく、兄と弟としての立場を利用した相談があるのだろう。同席を求められることも無かったジャミルは一足先に広すぎる自宅へと帰り夕食の支度にとりかかる。とは言っても時間のある時に仕込んで保存しておいた食材を仕上げたり温めたりするだけでさほど時間はかからない。今日の夕食のメニューは野菜を刻んで挽肉とともに炒めるだけで出来上がるドライカレーと、昨日の残り物のローストビーフを使ったサラダ、それから冷凍しておいたピタパンを食べる前に温めるだけで簡単に完成。レオナの帰りが遅いようならば来週の為の食材の仕込みを今してしまうのも良いかもしれない。側室が使っていた時代は使用人を含めた大人数の食事を用意していたのであろうキッチンは広々としていて作業がしやすく、一度料理を始めるとつい楽しくなってしまってあれやこれやと作りたい料理が思い浮かんでしまう。まずは冷蔵庫の中身を確認しながら来週の献立を考えていると、玄関の方で微かな人の気配。休日前の兄弟水入らずともなればそのまま引き留められて酒を飲まされ、遅い帰りになるかもしれないと心配したのは杞憂に終わったらしい。玄関が閉まる音を聞いてから十秒程数えた頃に振り返ればばちょうどレオナがキッチンへと入ってくる所だった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
まっすぐにジャミルに近付き抱き締められるままに背中へと腕を回す。慣れた手順でそのまま近づけられる頭、右頬同士を合わせ、その後顔の角度を変えて左頬を合わせてから最後に啄むだけの口付けを一度。ここで暮らし始めた頃にはあんなにも照れ臭かったのに、今では考えずとも勝手に身体が動く程に馴染んでしまったおかえりなさいの挨拶。そうして離れたレオナの顔を見て、ジャミルは片眉を上げた。それに気付かずするりとジャミルの頬を撫でたレオナはそのまま踵を返すがその背中にもやはり違和感。新婚でもあるまいし、帰ってきただけでべたべただらだらと睦み合うような時期は当の昔に過ぎたが、それにしても素っ気ない。具体的に言えば、荒れた心を隠す為に必要以上に強張っているような。
「レオナ」
呼びかければ振り返るが顔はどこか固い。ジャミルの前では頼れる年上の男を取り繕うとする姿に唇を緩ませながらも両手を広げて、ん、とねだる。
足を止めたレオナは一度目を瞠り、じっと伺うようにジャミルを見つめてから深く、長い溜息を吐きだした。
「………わかるか」
「何年一緒にいると思ってるんですか」
諦めたように隠すことを止めたレオナが耳をへたらせながら大人しくジャミルの元に戻り、まるでぬいぐるみでも抱くかのようにぎゅうと肩に顔を埋めて抱き着く。その頭を優しく抱いてジャミルはゆるりと笑った。獣人にとってつがいの体臭は心を落ち着かせると最初聞いた時は、自分の体臭を恥じる文化で育ったジャミルにはとても耐えられないと思ったものだが慣れとは怖いものだ。レオナの心がささくれだっていると気付けば自ら率先して差し出すようになってしまうのだから。
「……喧嘩でもしました?」
真似をするようにレオナの柔らかな髪に顔を埋めてすんと匂いを嗅ぐ。一日働いた成人男性の頭皮の香り。良い匂いとは言えないはずなのになぜか離れがたく深く顔を埋めて堪能してしまうのは、レオナ曰く「つがい」だからだろうか。
「喧嘩が出来りゃあ、アイツぶん殴ってスッキリするだけだ」
政治には白黒はっきりとつけられないことも多い。今日もきっと、兄王との意見の違いを擦り合わせようと試みて叶わず、だがお互いが背負う事情も理解出来てしまうようになったが為にただ相手を非難することも出来ず、引くことも出来ず。お互い無駄な争いに時間を浪費する前に一度頭を冷やす時間をおこうと早めに解散したのかもしれない。
大きく肩を上下させて深呼吸したレオナが顔を上げ、甘えるようにぴたりと額を重ねた。その首筋にすがりながら見上げるジャミルに見えるのは、未だに深く刻まれた眉間の深い谷。
「……ヴィル先輩に見られたら皺になるって怒られそうな顔ですね」
「此処で他の男の名前出すんじゃねぇよ」
駄々を捏ねるような唸り声につい笑ってしまう。学生時代にはあんなにも酸いも甘いも経験した先輩として振舞っていたレオナは、結婚してからずいぶんとジャミルに甘えるようになった。彼の兄や近しい家臣達はジャミルのお陰で性格が丸くなったのだと言うが、おそらくはレオナがジャミルを庇護すべき年下の後輩から対等な伴侶として認めてくれるようになったのだと思う。それが気恥ずかしくも、素直に嬉しい。
「それなら、他の男を思い出す暇もないくらい夢中にさせてくださいよ」
「は、言うじゃねえか」
すり、ともう一度頬を懐かせてから離れたレオナはだいぶ険が抜けていた。蟠りを全て追い出すように大きく息を吐きだしたレオナが、ちゅ、と音を立ててジャミルの唇を啄み離れる。
「だがまあ、確かに俺のせいだな。……お前好みの良い男になって帰って来るから楽しみにしとけ」
「ええ、楽しみにしてます」
すっかり気分を持ち直した様子で尻尾を揺らしながらバスルームへと向かう背中を、ジャミルは笑いながら見送った。


一日の汚れと鬱憤をシャワーで綺麗さっぱり流したレオナと夕食を食べた後、皿洗いはやっておくという言葉に甘えてようやくジャミルもシャワーを浴びる。湯を浴びて身体を綺麗にするとようやく休日が来たのだという実感が沸いてくる気がする。平日は家事も仕事もレオナのサポートも一切手を抜く気は無いが、休日ともなれば話は別だ。ジャミルはこれからレオナにただ甘やかされ愛されるだけの生き物になる。別にジャミルから望んだわけではない。そうなるようにじっくりとレオナ自身から調教されてしまっただけだ。だからこれは、まあ、仕方のない事なのだ。
風呂上がりには大き目のTシャツ一枚で過ごすのもレオナの教えの一つ。下着を履かない心許なさも今ではすっかり解放感に変わってしまった。しっかりと乾かした髪は緩く一つにまとめ、温まった身体が欲するままに水を求めてキッチンへと向かえばとうの昔に洗い物を終えたレオナがナッツやチーズ、ハム等の簡単に用意できるつまみを用意しているところだった。
「レオナ、喉乾いた」
傍に寄れば息をするように一度唇が啄まれ、そうして頬を撫でられた後に腰を抱かれる。湯を浴びたばかりの身体でもレオナの掌は熱い。
「ん、何が飲みてぇんだ?」
「少しだけ甘くて、しゅわしゅわしてるのがいいです。出来たら柑橘系で」
「わかった。これ持って行って待ってろ」
離れ際にもおまけのように額にも唇を押し付けられ、そうして言われるがままつまみが並べられた大皿を持ってリビングへ。大きなテレビの前にはたくさんのクッションと、二人が寝転がっても余る広いローソファー。テーブルの上に皿を置いてからテレビ下のラックに並んだ映像ディスクから目的の一本を探す。いつからか休日前の夜には、夕食後に映像鑑賞をするのが習慣になっていた。見る映像は流行りのバンドのライブ映像だったり、古い映画だったり、時にはアニメやドラマ、ただの紀行番組だったりと特に拘りは無く、映像もディスクを購入したものからレンタルやネット配信等様々だ。今日見たいのは過去にヴィルが出演した、実在の偉人の生涯を描いた映画。以前に購入し、何度も見ているのだが、近頃その偉人の生涯を別視点で描いた小説を読んだから映画との相違を比べたいと思っていたのだ。
「またそれ見るのか」
見つけたディスクを機器にセットしていると、片手にライムが刺さったグラスを、もう片手にはボトルとフルートグラスを二つ持って戻って来たレオナが複雑な顔でこぼす。
「何か文句が?」
「とんでもございません」
憮然としながらもへりくだるレオナに笑いを誘われつつグラスを受け取り一口喉へと流し込む。特にレシピも何も無いレオナオリジナルのカクテルはジャミルのリクエスト通りにほんのりとライムが香り甘く飲みやすい味をしていた。一気に煽ることを考慮してかアルコール度数もあまり高くない。半分ほどを一気に飲み干した所でレオナがローソファを背に腰を下ろしたので、その足の間の定位置に収まる。暖かく厚い胸板を背もたれに寄り掛かれば身体を支えるようにレオナの腕が回され、そしてモニターからは映画が流れ始める。


安心する温もりに包まれながらのんびりと映画を鑑賞し、手を伸ばせば届く距離にはアルコールもつまみも用意された至福の時間。時折感想を伝えたり、小説で得た新しい知識を共有しながら以前とは違う気付きを見出しては報告をする。レオナも夢中になるとまではいかずとも途中まではそれなりに楽しんでいたようだったが、物語も半ばを過ぎる頃から飽きてきたらしい。腹を撫でていた手がするりとジャミルの内腿へと滑り落ち、ゆっくりと輪郭を確かめるように肌を撫ぜていた。そこにいやらしさは全く無く、まるで子供を落ち着かせるような穏やかな手つき。だが膝の上から足の付け根のきわどい所までを撫ぜる温もりにジャミルの方がつい、期待してしまう。
その先を望む気持ちは、ある。大抵映像を眺めながらアルコールを嗜んだ後はそのまま雪崩れ込むことが殆どであったし、当然準備だってしてある。でも映画だって見たい。先の展開はわかっているとはいえ、改めて見直すとやはり新たに気付く細やかな監督の拘りやシナリオの巧妙さが見えて面白いのだ。
レオナとて、無理に引き摺りこむ気はないのだろう。ただ、じっとりとした熱だけをジャミルの肌に分け与えていた。空調は効いているはずなのに、ほんのりと体温が上がった気がする。掌は静かに内側の薄い皮膚を撫ぜているだけだ。ひたりと馴染む掌の中で学生時代のマジフトで出来た胼胝がほんの少し引っかかる、その小さな感覚まで察知出来るほどに意識を奪われているのに、ただ手触りの良い愛玩動物の毛並みを撫でるようなレオナの手の素っ気なさがズルい。まるで自分は全くその気はないのだと言わんばかりの態度でジャミルからねだるのを待っている。
だからジャミルも、ただ鬱陶しかっただけなのだと言うようにレオナの手首を捕まえて左右両方ともまとめてベルトのように自分の腹に抱え込んでやる。つむじのあたりで、ふ、と吐息が擽っていた。それからぎゅうと抱き締められる。
「触るくらい良いだろ」
「お腹で我慢してください。腿はくすぐったいです」
抗うように身を捩らせて座りやすい場所を探せばあっさりと拘束は緩まったが、変わりに腹に置いた筈の両手がするりとTシャツの裾から中へと潜り込んだ。
「……レオナ」
「腹なら良いんだろ?」
咎めるように後ろを睨むが、そう言われてしまえば変えず言葉が見つからない。
「ほら、気にせず見てろよ」
不穏なものを感じるも、確かに服の下に潜り込んだレオナの両手はただぴったりとジャミルの腹を暖めているだけだった。居心地の悪さを感じながらも映画へと視線を戻す。物語は偉人が人生を左右する大きな選択を迫られている緊迫したシーン。この先の展開を知っているからハラハラさせられることは無いが、何度見ても俳優の迫真の演技に引き込まれる。
「――……っ」
ただ、熱を持った指先がぞろりと臍の内側を撫ぜただけだった。掌は肌にひたりとあてたまま、爪先だけがすっぽりと臍の溝へと埋まりジャミル自身でもあまり触れない薄い皮膚をくすぐられ、不意の感触に油断していた身体がふるりと震えて息を飲む。触れるか否かの爪先が臍の奥底を淡く引っ掻いただけなのにじんわりとそこが熱を持つような感覚。それから、もう片方の手が臍よりも下をぐ、と掌全体で優しく推す。それはまるで、行為の最中に、中に入っているものを確かめるようにレオナが好んでする時のような。
いけないとわかっているのに連想してしまったらもう駄目だった。ふ、と漏れ出た吐息が湿っている。だがまんまとこのままレオナの思惑通りに流されてやるのは悔しくて、意地でも画面に視線を固定する。ささやかな体温の変化を察知したのかジャミルの項に顔を埋めたレオナはひそりと笑っていた。そのまま肌を啄まれ、腹を強く引き寄せられれば尻に当たるレオナの物。布越しにも固く熱を帯び始めているのがわかってしまい、思考を置いて身体が勝手にそちらへと引き摺られて行くのを止められない。全てわかっているようなレオナの掌は、  腹だけという言い訳を早々に放棄して再び内腿へと戻り、今度は明確な下心を感じさせる手つきで肌をなぞっていた。ほんのりと湿った掌が浮いた内腿の筋をくすぐる様に伝い、たどり着いた付け根のきわどい場所を思わせぶりに擽る。でもそれ以上は進まない。温い熱を持ち始めた場所からヒクつき始めた入り口の間を固い指先がなぞり、伺うように入り口の浅い場所に爪先を埋めるくせに中を触ってはくれない。もう片方の手は腹から上へ、揉むほどの肉もついていない場所を包み、皮膚の薄い場所をくるりくるりと指先でなぞるくせにその中心で固く尖り疼き始めた場所には触れてくれない。意地で映画に見入っている振りをしているとはいえ、あくまでジャミルの意思を尊重し我慢しているのだとでも言わんばかりの態度が気に食わない。
物語はクライマックスへと向けて盛り上がり始めていたが、目に映っているだけで内容はもういまいち頭に入って来ていなかった。それよりも背後の聞き分けの無い年上の坊やをどうにかしてやりたい。
寄り掛かっていた背を浮かせ、右手を背中へと動かして空いた隙間へと滑り込ませる。上半身は何もまとっていないレオナの脇腹に手探りで触れ、そこから割れた腹筋を辿り下へと降りて行けばスウェット越しにでも存在がわかる固い感触。意図を察したレオナがソファから背を浮かせ、今までとは反対にジャミルの背に体重をかけて圧し掛かるのを受け止めながら布越しにそっと撫でると、熱く濡れた吐息が耳朶にかかり思わず肩が跳ねてしまった。形を確かめるように緩く握って上下に摩ればまだ柔らかさを残すそれが一回り大きくなった気がする。
「は、……直接触ってくれよ」
耳朶に唇を押し付けるようにして吹き込まれる低音に、ひぅとこぼれそうになった吐息を辛うじて飲み込み知らぬ振り。易々と言いなりになってやるつもりは無く、目には目を、のつもりで布を淡く引っ掻くだけにしてやると圧し掛かるレオナの身体がぴくりと震えていた。かりかりとそのまま下から上へと裏筋の辺りを引っ掻くだけで上がる吐息がジャミルの耳をくすぐり愉悦と共にぞわぞわと肌が泡立つ。
「ジャミル」
脳に直接響く甘い声。ついでとばかりに幾度も耳朶を啄まれ、熱く濡れた舌で舐られてジャミルは震えそうになる吐息をなんとか細く吐き出すので精一杯だった。ぐ、とレオナが身を寄せ、二人の身体の間に挟み込まれた掌に押し付けられたそこはすっかりその気になっていた。ジャミルが手を引っ込めようとするよりも先に散々焦らしていた指先が胸の先を捏ね、穴の縁からはするりと様子を伺うように指が一本体内へと潜り込み、待ち望んだ刺激に喜ぶ身体が止められない。
「ん、……っく、」
せめてもと押し付けられたものをそっと握り、レオナの動きに合わせて擦ってやる。顔は見えなくても吐息が、体温が、触れた背中が全てを伝えてくれた。ご褒美のように中に潜り込む指が増やされてジャミルの好きな場所を優しく撫でられきゅうと足の指が丸まってしまう。偉人が死の瀬戸際に立たされ一番の盛り上がりを見せる画面を何故こんなにも必死に見ようとしているのかもよくわからなくなっていた。熱に浮かされた視界は霞み、なんだか意識がぼうっとしている。
「は、……ぁ、……っ」
シャワーの間に準備しておいた場所はレオナが指を三本に増やしても容易く飲み込み、早く先をと望んできゅうきゅう指を締め付けているのに根本まで深々と差し込まれたレオナの指はのんびりと腹側の粘膜を撫でるだけ。もっと強く、引っ掻いて欲しいくらいなのに震える内側を宥めるような優しさで摩られて疼きが増すばかりだった。
「……れおな、――ッッあ」
はやく、とねだる言葉を口にする前に不意に胸を強く抓られ、痛みよりも強い快感が駆け抜け身体が跳ねる。待ち望んでいた刺激は焦らされていた身体には強烈過ぎて、なのに腹の奥はじくじくと疼きが強くなるばかりで、何故とレオナを振り返ろうとするが大きな掌に口を覆うように顎を掴まれて画面へと向き直させられた。
「まだ終わってねぇだろ?」
映画は主人公である偉人はとうの昔に亡くなり、語り部役が物静かに後日談を語るだけの内容だ。何度も見たのだからそんなのわかっている。それなのに止めることもせず内側をなぞる指はじれったい程に優しく、痛いほどに掴まれた顎の力は強く、塞がれた口が息苦しい。
「ぅ、……っう……んん、っふ……」
少しでもあと一歩の刺激が欲しくて、少しでも良い所に押し当てようと腰を揺らしても器用な指先は上手く交わしてしまう。そのくせジャミルがじっとしていれば再び疼く場所をぬるぬるとただ撫でるのだからたまらない。コップの縁から盛り上がる水のようにあと少しの何かがあれば簡単に上り詰めることが出来るはずなのに、すぐ傍にそれを叶えてくれるはずのレオナが居るのに、もどかしさで気がおかしくなりそうだった。どうにかその気になって欲しくて、なんとか開いた唇の隙間から舌を伸ばしてレオナの掌を舐める。痺れるような塩辛い味がした。
「っふ、くすぐってぇ」
はあ、と笑い交じりにジャミルの肌を撫でる吐息はレオナだって追い詰められていることを伝えるのに、右手に押し付けられた物は布越しでもわかるくらいに熱くて固いのに、ジャミルはこんなにも全身で白旗を振って降参しているというのに、レオナは認めてくれない。腹立たしいけれど怒りをぶつけるよりも早くこの疼きをどうにかして欲しいと思うが、顎を抑えていた指が二本、口の中いっぱいに押し込まれて言葉を発する機会は未だに与えられない。思い切り噛み付いてやりたい気持ちもあるが、舌の付け根と上顎をレオナの骨っぽい指が擦るとどうしても思考がふわふわとしてしまう。もっととねだるように舌を絡めればたっぷりと唾液を絡めた器用な指が水音を響かせて応えてくれた。
「ふぁ、あ……あふ、……」
口内への刺激で溢れる唾液を飲み込むことも許されず、だらだらと襟まで伝い落ちて濡らしていた。温い。早く、もっと熱いものが欲しくて、それを咥えているときのようにちゅうと吸いつきながら舌を絡めて奉仕していると、ジャミル、と荒い呼吸に呼ばれてわずかばかり思考を取り戻す。
「本編は終わったみてぇだが、どうする?」
気付けばモニターでは黒地にたくさんの文字がスクロールしていた。この期に及んで意地悪く笑いながらそんなことを聞いてくるレオナに、ジャミルは右手に掴んだものを思い切り握りしめてやった。いってぇ!と悲痛な悲鳴が上がったが良い気味だ。




ベッドに行く余裕すらなくそのまま向かい合わせに押し倒され、待ち望んだ物を埋められただけで今まで溜め込んでいた熱が全て弾けた。そればかりか、弾けて零れれば少しは楽になると思っていたのに後から後から快感が溢れ続けて延々と垂れ流しにされている。
「あっあ、あ、やだ、まだイ……ってる、あ、イってるからぁ!」
せめて息を整えさせて欲しくてレオナを止めたくても絶えず津波のように襲い来る快感に震える指では首に縋りつくのが精一杯でなんの抑止力にもなりはしない。無意識に逃げる腰をがっしりと両手で掴まれて引き摺り戻され力強く奥を突き上げられるだけでどうしようもなく気持ちが良い。
「あ、――~~っっぅう、っふ、あ、また……――ッッ」
何度も絶え間なく達しているのかそれとも達したまま帰ってこれないのかもわからないくらいに身も心もどろどろのぐちゃぐちゃになっている中でなんとかレオナも達したらしく、ぐぅ、と歯を食いしばるような唸り声が聞こえ、荒々しかった動きが緩慢になってゆく。ほんの少しだけ呼吸をする余裕を取り戻した喉が痛い。
だが息を吐く間も無く、ぐ、と腕を引かれて起こされる。ずぶずぶと自重でぬかるんだ身体の奥深くまでレオナが埋め込まれ高い声が上がった。宥めるようにただレオナが背を撫でるだけでもびりびりと頭のてっぺんまで貫くような快感が走り、繋がった場所から溶けてしまったように自分の輪郭もあやふやになってしまう。
「レオナ、ぁ……」
せめてばらばらになってしまわないようにとレオナの首にしがみつけばかさついた唇が重ねられてぬるりと分厚い舌がジャミルの口内を濡らす。干からびていたのだとその時初めて気付いた。
「随分ヨさそうじゃねぇか」
汗に濡れた髪を額に張り付かせたレオナの瞳に見上げられるとそれだけできゅうきゅうと腹の奥が疼き、中を満たす熱を勝手に締め付けて気持ちが良い。
「ぅん、……ん、……っん、…ん、」
水分補給にか、テーブルのおそらくアルコールが入ったボトルに手を伸ばしているのをぼんやりと滲む視界に捉えながら腰を揺らす。みっちりと内側を押し広げる熱は未だ十分な固さを持ち、少し身動ぐだけでも体の制御が利かなくなるほどの快感を連れて来てくれる。気持ちが良すぎて苦しくて、達したまま戻ってこれない身体が辛いのに、はやくはやくと何かがジャミルを急かしていた。ボトルに口をつけたレオナがジャミルの後頭部を引き寄せて唇を重ねて水分を分け与えてくれるが、縺れる舌先ではうまく飲み込めなかった。
それよりも。
「れおな、もっと……っ」
ジャミルが飲み込み切れなかった液体で濡れた唇を追いかけて塞ぎ、仄かに柑橘類の苦みが残る舌を追いかけて夢中で絡める。
「んんっん、んぅ……ぁ、あっああ、」
伸ばした舌先を強く吸われ、下から揺するように中を捏ねまわされるだけで甘えた子猫のような媚びた声が自分の口から上がっていた。多少の恥じらいはあるが、そんなもの、この飢餓感の前には無力だった。ジャミルが身も蓋もなく鳴き乱れればそれだけレオナもジャミルが求める物を返してくれると知っていたから、恥じらいなんてかなぐり捨ててしまえばいい。
「本当に、イきっぱなしじゃねぇか。中、ずっと痙攣してる」
美しい顔が獰猛に笑う。必死に絡みつく粘膜を無理矢理はがすように力づくで身体を持ち上げられ、そうして放り出されれば為すがままの身体は重力に従って奥の深い場所を強く突き上げられまた大きな波に飲み込まれてしまう。
「っっぁあああ――――っっ」
まるで身体の中身が全部レオナに愛されて喜ぶ物質に変わってしまったかのようだった。心も体も快感で満たされて幸福感に溺れ、これ以上は無いと思うのにまだ足りないと叫んでいる。
「っ明日、立てなくなっても……文句言うな、よっ」
文句なんてあるわけもない。そう答えたくても再び腰が掴まれ胸を嚙まれればジャミルは甘く悲鳴を上げる事しか出来なかった。

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