「君、結婚する気ない?」
帝国宰相の部屋で、たった今まで肌を重ねていたアーデンが朝食のメニューでも尋ねるような気安さで問う。この男の気紛れでベッドに引きずり込まれ、レイヴスの心を一切無視したこの関係に愛も情も無いが、それでも急過ぎる話題に流石に神経を疑う。
「……必要性を感じない」
「そんなこと無いでしょ。将軍になりたいのなら、必要じゃない?後ろ楯」
言いたいことはわからなくもない。皇帝と貴族が支配するこの国において、属国出身の人間の立場は最底辺にある。本来ならば軍に入っても生涯下級兵士のまま終わる筈のレイヴスが准将の地位にまでのしあがることが出来たのは恐らく、アーデンが何かしらの思惑でもって介入したからであって、レイヴス一人の力では到底なしえなかった。だが逆に言えば、アーデンが望まなければレイヴスは将軍になれない所か今すぐ殺される可能性だってあるのだ。たかだか貴族の後ろ楯くらいでアーデンの気紛れを止める事など出来ない。
それをわかっていながらこうして問う意味は、きっとただの暇潰しなのだろう。わざと毛を逆撫でしてレイヴスが荒れる姿を楽しむ趣味の悪い遊び。まともに付き合うだけ無駄だ。
「……ツテがない」
だから適当に答えてやったつもりだったのに、にやぁ、とアーデンが笑みを深める。
「良い人知ってるんだよ、俺」
のしり、とレイヴスの胸に甘えるように頬っぺたを乗せられて思わず眉根が寄る。
「シャール公爵知ってるかな?あそこの末の娘さんの相手に是非君を、って内密に相談されてるんだ。抱かれることしか知らない童貞だって言っても『その方が都合が良い』って」
意味わかる?とニヤニヤ笑う顔を殴りつけてやりたい気持ちを溜め息一つで吐き出す。この男相手に真面目に付き合うだけ無駄だと、改めて自分に言い聞かせる。
「……その公爵とお前のどっちに媚びを売る方が得なんだ?」
「……君も言えるようになったねえ。俺に決まってるでしょ」
ご褒美にちゅーしてあげよう、と近付く顔に目蓋を伏せて溜め息をもう一つ。機嫌を損ねて面倒な事になるのは避けられたようだが、まだ暫く眠れそうには無かった。
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