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空箱

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だだっこ

ジグナタス要塞の、宰相の部屋。
レイヴスが数度のノックの後、返事を待たずに開けたその部屋の中に、宰相が落ちていた。
「………」
これが普通の人間相手ならば心配してやるべきところなのだろうが、相手はアーデンである。何を思って床の上に大の字になって転がっているのかは知らないが、ろくでもない事を考えているのだという事くらいは流石にレイヴスも身に染みて理解している。扉から机までの直線上に堂々と落ちているアーデンを踏みつけてやりたいのは山々だが、下手に突いて関わり合いにはなりたくないので投げ出された足の方から回り込んで机へとたどり着く。広げられたままの資料や書類をざっと見渡し、邪魔にはならずに目に着く場所を探して持って来た報告書をそっと置いた。本来ならば書面と共に口頭で概要をざっと説明する予定だったが、本人がこの状態なら諦めるのが吉だろう。将軍としての務めはこれで十分の筈だ。
そうして踵を返そうとした右足が、動かなかった。思わずつんのめりそうになるのを辛うじて堪え、足元を見ればだらりと地面に寝転がったままレイヴスの右足を掴むアーデンの姿。
「普通さあ、人が倒れてたら心配するもんじゃないのぉ?」
口元は軽薄に笑みを浮かべているのに、声が低い。それだけで機嫌が悪いのだと察してしまう程に付き合いが長いのだと思うと溜息の一つも吐きたくなる。
「……心配されたかったのか」
「はあ?違うけど」
なら文句を言うなと言いたくなるのを辛うじて飲み込む。右足を離してくれればすぐにでもこの場を去ってやりたい所だが、唇で笑みを象りながらも冷えた眼差しでじっとりとレイヴスを見上げるアーデンは動こうとする気配が無い。
「用が無いのなら、帰りたいのだが」
「用があって来たのは君だろう?」
「床に落ちたゴミに用は無い」
「ははっ!言うねえ」
言いすぎた自覚はある。だが恐らく、もう何を言った所でどうにもならないのだろうという諦めも、ある。ならば我慢するだけ無駄だ。
「一人だけ綺麗なつもりでいるなよ。お前はもう俺と同じなんだ」
人ならざる力に引き摺られて無様に床に転がるレイヴスに、すかさずアーデンがのし掛かり、床に組み敷いていた。
「早く、俺と同じになってよ」
人ならざる義腕を撫でながらうっそりと嗤うアーデンにほんの少しの哀れみを覚えてしまい、誤魔化すようにレイヴスは目蓋を伏せた。

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