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空箱

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バレンタイン

日曜の夜。
夕食を終えた後、珍しく「あとはもう一人で大丈夫だからジャミルはゆっくり休んでくれよな!」とカリムに気遣われた。
そんなに疲れた顔をしていただろうか?いや特別疲れたという認識は無いし、むしろ今日は穏やかな一日だったから体力が余っているくらいだ。
だがカリムがそう言うならお言葉に甘えて自由な時間を満喫するのも良いだろう。ジャミルと友人になるべく頑張っているカリムは一通りの事は一人で出来るようになってきていた。点数をつけるとするならまだまだ落第点ではあるが、かつて一から十まで全てジャミルの手を借りていた頃と比べたら格段に成長している。出来なかった所の尻拭いをするのは結局ジャミルだが、ずっと見守っていなくとも明日の朝少し早く起きて確認しに行ってやれば良いだけだと思えば過去の苦労よりもずっと楽になっている。
さてそうなれば何をしようかと考えながら自室へと向かって歩いていた所に同級生からかけられた声。お前寮長の世話しなくていいなら暇だろちょっと付き合えよとポーカーのお誘い。何処の誰が切欠だったかはわからないが、今寮内ではひっそりとポーカーが流行っていてジャミルも度々参加しては掛け金を巻き上げさせてもらっていた。それだけジャミルが強いとわかっていても、だからこそこてんぱんに叩きのめしてやりたいと思うのがNRC。ホリデーの一件で寮内での反応は様々だが、以前よりも遠巻きにジャミルを白い目で見る者も居れば、以前よりもざっくばらんに話しかけて何かと構おうとする者も増えた。
たまの暇な夜。付き合っても良いかとジャミルは二つ返事で同級生の輪の中へと入って行った。


談話室の床に輪になって座り、寮生たちと興じるポーカー。ボロ勝ちする事もあればギリギリの駆け引きを楽しめる白熱した展開も有り、気付けば結構な時間が経っていた。今日も戦績はジャミルの独り勝ち。此処で稼げる小銭程度には興味無いが、圧勝する心地良さは何物にも代えがたい。
「うわ、何でジャミルまだこんな所に居るんだ!?」
負け犬達の恨み声を浴びて勝利に浸っていると通りがかったカリムが大声を上げるので思わずジャミルの眉が寄る。
「何で、って。俺は自由な時間に談話室で遊ぶ事も許されないのか」
「いや、そういうわけじゃ、そうじゃなくて、いやでも!」
わたわたと大袈裟に手足をばたつかせて慌てたカリムが輪に近付きジャミルの腕をぐいぐいと引っ張り出した。
「別に何しててもいいんだけど、でも今日は駄目なんだ!部屋に帰ってくれ!」
「何故」
「なんでも!」
「嫌だ」
「頼むよお、本当に今日だけでいいから!!!」
腕を引っ張るだけでは足りないとばかりにカリムがジャミルの脇の下に両腕を入れて抱え必死に引き摺り上げようとする。力づくで抗う事は出来るし、カリムが何を言おうと跳ね除けてやる事だって、別に出来た。だがこうなったカリムは多分しつこいし、こんなのに絡まれたままゲームに戻る気にもならない。カリムの指示に従うのは癪に障るが、とりあえず一旦部屋に戻って見せれば満足するだろう。その後再び隙を見て外に抜け出すなりなんなりした方が効率的だと考えて溜息一つで立ち上がる。
「はあ……部屋に帰れば良いんだな」
「おう!悪いな、楽しんでた所だったのに」
「わかってるなら言うなよ」
たはは、と笑いながらも全く引く気は無いカリムに溜息をもう一つ。ぐいぐいと背を押されるままに歩き出す。
「明日の準備もばっちり終わってる筈!だから朝もゆっくりしててくれて構わないぜ!」
「ギリギリになってやっぱりアレが無かった!とかはごめんだからな。何かあれば早めに言えよ」
「おう!」
そのまま部屋までついてくるのかと思いきや、廊下に押し出された所でカリムの足が止まり、思わずジャミルは振り返る。
「じゃ、また明日な!」
「……ああ。おやすみ」
「おやすみ!」
だが何かを言う前にひらひらと手を取り能天気に笑うカリムはすっかりそこでジャミルを見送るつもりのようだった。問い質すのも面倒で、ひとまずは挨拶を向けて部屋へと歩き出すしか無かった。
てっきりカリムが自立した所をジャミルに見せたくて暇を言い渡したのかと思ったが、この分だと確実に部屋に何かあるのだろう。サプライズ、的な何か。それが何かはわからないがカリムのこういう善意の面倒ごとには悲しい事にそれなりに慣れている。どうか徹夜で対処を考えなければいけないような面倒ごとでは無いようにと祈りながら辿り着いた自室の扉。寛げる筈のプライベートルームを前に深呼吸を一つ、自然と身構えて扉に手を掛け、一気に開く。
「――――は?」
扉を開けたその手でそのまま思わず扉を閉めてしまった。想定よりも部屋の中はずっと綺麗なままであったし、徹夜の心配はなさそうだった。だけど。
もう一度、扉をそっと静かに開ける。隙間から覗き込んだ自室は普段と変わった様子はない。だが、そのベッドの上。真っ赤な赤い塊と、此処に居る訳がない他寮の先輩がジャミルの枕に突っ伏すようにして寝そべっていた。
「あ、……ああー……」
なるほど、と思わず他人事のような声が零れた。だって、まさか、今までスカラビア寮に一度も来た事が無い男が突然ジャミルの部屋で待っているなんて思わないだろう。
そっとベッドに近付くも待ちくたびれたレオナはすぅすぅと心地良さそうな寝息を立て、耳だけがぴるぴると小さく震えていた。それが可愛らしくてつい、ベッドの端に腰かけるとふわふわの耳の付け根をそっと撫でる。ぴるると肌を擽る柔らかな毛がくすぐったい。
「んぅ、……」
獣の耳の心地良さを堪能していると、くぐもった声が上がり、のっそりとレオナが顔を上げる。完全に俯せに寝ているものだから鼻の頭が少し赤くなっていた。
「………遅ぇ」
寝起きの半目がジャミルを捕らえ、それから不機嫌にグルゥと喉を鳴らして文句を一つ。悪いとは思う物の、この男がこんなサプライズを仕掛けて来たのかと思うとついジャミルの頬は緩む。
「すみません。……でもカリムを伝書鳩にするのは無理がありますよ」
「……寮のヤツら全員に、副寮長はこれから俺と部屋に籠るから今すぐ部屋に帰せって触れ回った方が良かったか?」
「流石にそれは止めてください」
ふふんと満足げにレオナが笑い、そうして寝起きの熱い腕がジャミルを引き寄せ胸元に抱き込まれる。
「でも急にどうしたんです?」
「まあ、テメェはそう言うだろうな。これ渡しに来ただけだ」
これ、と。端に投げ出されていた赤い塊に見えていた物をぽすんと腹の上に置かれた。ふわりと強い花の香りが目の前で弾ける。透明なフィルムに包まれた、数えきれない程の薔薇の花束なぞ実際目にするのはジャミルも初めてだった。
「……これを?何故?」
「気になるならラギーにでも聞け。俺はテメェが受けとりゃそれでいい」
「頂けるのなら、ありがたく頂きますけど」
「ん」
カリムがぽんぽん贈って来るような馬鹿みたいに高価な代物ならともかく、高価な類とは言え花は花だ。断った所で枯れるのを待つだけか、むしろ枯れる暇さえ与えられずにゴミ箱に投げ捨てられるくらいだったら受け取る方が精神衛生上、良い。
「ジャミル」
「はい?」
呼ばれ、顔を上げれば間近に迫るレオナの顔。それから柔らかな感触が唇を塞いで数度、柔く啄まれた。
「……お花、水切りしないと」
「保存液に浸かってるから急がなくても枯れやしねぇよ」
一度逃れて吐息を交わすも、再び塞がれる。枯れないのなら、良いか。唇の狭間を撫ぜる舌先を迎え入れ、レオナの背に腕を回しながらジャミルは瞼を閉じた。

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