はたと目を覚ますと、リビングのソファにうつ伏せになって寝ていた。落ちかけた涎を拭いながらぼんやりと重い瞼を瞬かせる。確か、今日は此処のところ仕事が忙しかった所為で帰ってくるなりソファに突っ伏した気がする。仕事着から着替えもせず、右手にはスマホを握り締めたままだ。既にスリープに入っている画面を起動させればメッセージアプリに文字を入力している途中で寝落ちたらしい。わけのわからない文字と記号が入力欄で踊っている。送信されていなくて良かったと思いながらやり取りの相手を見れば、恋人でもあり同居人でもあるレオナだった。帰る、そのたった短い言葉になんと返信しようと思ったのかすら思い出せない。だがそのメッセージが送られた時間と今の時間を見比べて慌てて飛び起きる。既に二時間程経っていた。
「起きたのか」
ソファから見えるダイニングのテーブルにはそのレオナが優雅に座って寛いでいた。風呂上りのような濡れた髪は無造作に肩にかけられたタオルからも溢れて生身の肌に水滴が伝い落ちている。下は薄いパイル地のズボンだけは履いていたが、碌に身体を拭かずに着たのかしっとりと肌に張り付いていた。片手には文庫本、遠視の気がある為に読書やパソコンに向かう時にのみ使われる眼鏡をかけている所からして、風呂上りにそのままジャミルが起きるのを待っていたのだろう。
「……すみません、寝ちゃってたみたいで……すぐに、」
「夕飯、デリバリーでいいか?」
「え、……あ、はい」
立ち上がろうとするジャミルを留めるように手をひらひらさせたレオナが眼鏡を外し、本の間に挟み込んで立ち上がる。代わりに掴んだスマホを片手におざなりにタオルで濡れた髪を拭いながらソファへと近づいてくるとジャミルの隣へとどかりと腰を下ろした。
「食えそうか」
そう言って軽く操作した後に渡されたスマホ画面を見れば、馴染の店のデリバリー発注が完了した画面。レオナの好きな肉メニューも多いが、普段自ら食べようとしないサラダや野菜たっぷりのスープ、更にはジャミルの好みのメニューも確りと組み込まれていた。二人分にしては少々量が多いが、食べきれないという程でも無い。ジャミルの頬がつい、緩む。
「……ありがとうございます」
そっともたれ掛かればさも当たり前のように肩を抱かれ、見上げればすぐに啄むだけのキスが一つ。唇が離れてからも間近の距離でまじまじとジャミルの顔を見詰めたレオナの瞳が緩く微笑んでいた。それから、目元にも一度だけ唇を押し付けられ、離れる。
「隈、ひでぇな」
「最近、仕事が立て込んでたので」
「明日は?」
「午前を休みに出来たので、午後からゆっくり出勤出来ます」
「よし」
まるでお手が出来た犬を褒めるようにぐしゃぐしゃと頭を撫でられて思わず笑う。つい仕事に夢中になって無茶をしがちなジャミルに適度に休む事を教えたのはこの年上の恋人だ。あながち、犬扱いは間違っていないのかもしれない。
「シャワーは浴びられそうか?」
「浴びられないって言ったらどう甘やかしてくれるんです?」
「端から甘える気かよ」
「甘やかしてくれないんですか?」
「お望みのままに、お姫様」
くはっ、と満足気に笑ったレオナがジャミルに覆い被さり、がぶりと頬を甘く噛んだかと思えばそのまま荷物のように肩に担ぎ上げられる。
「う、っわ、無茶しないでくださいよ」
「テメェ一人くらい無茶でもねぇよ」
「明日腰痛めてても知りませんからね」
「俺より自分の心配しろよ」
ぶらりとレオナの肩に担がれ、歩くたびにぷりぷりと揺れる良く引き締まった尻を眺めながら軽口を交わしていれば無防備な素足を掴まれ、少し乾いた指先がするりといかがわしくズボンの裾から潜り込んで足首を撫でる。その不意を突かれた感触に思わずぞわりとあらぬ熱が込み上げそうになり、反射的に竦んだ身体をレオナが笑う。
「俺、疲れてるんですけど」
「無理にとは言わねえよ」
バスルームに辿り着き、よ、と勢い付けたレオナに床の上へと下ろされるのかと思いきや、真正面から向かい合うように抱き抱えられてつい習慣的にレオナの首裏に、背中にと手足を絡みつけて自ら抱き着く。まるで赤ん坊のように抱き抱えられているような姿勢だが、こうしているとジャミルの方が上に位置する為にレオナを見下ろすことになる。
「最近忙しくて甘やかしてやれなかった恋人を思う存分ベッドの上で甘やかしてやりてぇと思うんだがどう思う?」
見下ろされてなお自信に溢れた美しい顔がジャミルを見上げていた。ジャミルに否を言わせないずるい顔。疲弊した身体は休息を求めているのも事実だが、すっかり仕事で乾いた心が癒しを求めていたのも事実だ。既にこんなにも甘やかされているというのに、もっと求めろと年上の男がジャミルを誘う。
「………ちょっとときめきすぎて言葉になりませんね」
「そいつぁ何よりだ」
額を触れ合わせ、二人で密やかに笑う。今日は良く眠れそうだった。
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