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火日が従弟 3

黒子がそれを知ったのは本当にただの偶然だった。
梅雨が明けて一気に気温を上げた初夏の夜、部活を終えた黒子はいつものようにマジバで火神と数分振りの再会を果たした。
毎度毎度、黒子が座る席にやってくる火神は一瞬驚いたように身を強張らせるも、またか、と言った態ですっかり驚かなくなってきた。
そのまま、向かいに腰を下ろした火神はトレーに山盛りになったハンバーガーを、黒子は両掌で包み込めるサイズのバニラシェイクを黙々と腹に収めながら時折、思い出したように取りとめも無い話をする。
すっかり定番となったその光景に割り込んだのはやけにリズミカルに弾む男性ボーカルの着メロ。
到底日本語とは思えない歌声はきっと洋楽なのだろう、黒子が火神へと視線を向ければあちらも黒子の事を窺うように見ていたので、どうぞ、と言う代わりに一つ頷いて見せた。
無言の肯定を正しく受け取った火神はただ一言、悪ぃ、とだけ告げて腹式呼吸の効いた歌声を止めて電話へと出た。
「もしもし?……うん、え?……いや、まだマジバだけど。」
一度了承を得たから口元を隠す訳でも、声を潜めるでも無く。
背凭れにどっかりと体重を預けて普通に喋っているかのような声で話す火神のそれはアメリカ帰りだからなのか、それとも元々の素質なのか判断しかねるが此処まで堂々と喋られては電話の内容に聞き耳を立てないように、なんて気遣うのも馬鹿らしくなって、黒子はこの時間特有の学生達でさざめく店内の騒音に紛れない火神の声に耳を傾ける。
「一緒に晩飯の材料買って帰ればいーかなって思って待ってたんだけど」
「…別にいーよ、一緒に買い物ってしてみたかっただけだし。」
「うっせーよ。…つか、そもそも直接ウチに来ちまえばよかったのに。どうせ必要なモンは殆ど置いてあんだろ?」
何だろう、この、不思議な会話は。
まるでお泊まりデートに浮かれている男の会話でも盗み聞いているような気分にさせられて思わず黒子は火神を見詰める。
火神は普段から笑わない、という訳ではないがそんな無邪気に笑顔振りまくようなキャラじゃなかった筈だ。
電話相手を想っているのか窓の外へと向けられた眼差しは普段の眼付の悪さの真逆を行くような柔らかさで知らない人でも見ているような気分にさせられる。
「え、服なんて俺の着てれば…ッッ悪ぃ、悪かったってば、…ッ」
エロ親父か。
思わず口に出しそうになった言葉を寸での所で抑え込む。
電波の向こう側で相手が怒っているのか肩を竦めながらも火神は何処か楽しそうだ。
ほんの僅かに漏れ聞こえる電子音塗れの通話相手の声が誰のモノかなんて判別付く訳が無いが自然と先程よりも興味を持って会話に耳をそばたててしまう。
「ん、わかった。じゃあまた後でな」
けれど無情にも会話はそこで途切れてしまった。
まるで仄めかされるだけ仄めかして置いて回収されきれなかった伏線のようで気持ちが悪い。
だが物語は此処で終わりでは無い、眼の前には当事者という語り部がまだ存在するのだから。
満足げに携帯をポケットへと仕舞っていた火神が黒子を見た途端にびくっとその幅の広い肩を震わせた事なんて些細な蛇足だ。
「おま…っ…なんだよ、顔怖ェぞ」
「火神くん、今日はお泊まりデートですか」
「デー…いや、そういうんじゃねぇよ」
「じゃあなんですか、恋人でも無い人をほいほい連れ込んでしまうような節操無しだったんですか君は」
「連れ込…っだから違ェって言ってんだろ!!」
怒鳴りながら真っ赤になるなんて何を想像したんですか火神くん。
そのまましおしおと萎れてごつんと勢いよくテーブルに突っ伏してしまった火神はうー、だか、あー、だか言葉にならない声で唸っている。
少し様子を見ようと黒子はシェイクを啜るが、ずず、と音を立てたストローはあっさりと重たいバニラシェイクの抵抗を無くして空になってしまった。
諦めて軽いカップをテーブルに置くとなんとは無しに火神を眺める。
火神は外見だけならばそれなりにモテる容姿をしているように思えるのだが、いかんせん本人がバスケ以外に無頓着過ぎる。
話してみれば決して悪い人では無いと分かるのだが、そもそも火神は自分からバスケ部以外に話に行く事が余り無い。
男子ならともかく、女子からしてみれば高身長で無愛想な男なんぞ威圧感以外の何物でも無いだろう。
一部の男慣れした女子や、見た目をモノともしない女子以外は喋っている姿すら余り見かけない。
男子とならばそれなりにクラス内でも交友関係を持っているようだが。
そんな火神が家に連れ込むような相手とは。
クラスメイト以外となれば黒子にもお手上げだが、クラスの中ですら話しかけらる女子が少ない現状、それは無いだろう。
だとするとクラスメイトの中の誰か、という事になるがそれはそれで腑に落ちない。
隠しごとが得意な方には見えないから学校の中では隠しているなんて器用な事は出来ないだろうし、火神と喋る事が出来る女子の中にそれっぽい人は居ない。
これは随分と推理しがいのある謎だと俄然やる気を出した黒子の前で少し落ち着いた様子の火神がのっそりと顔を上げる。
顔の赤みは収まったようだが額だけ丸くくっきりテーブルの跡がついていた。
「…主将だよ、泊りに来んの。女とかじゃなくて」
「え、主将が恋人だったんですか?」
「違ェよ!いい加減恋人から離れろよ!そうじゃなくて……従兄弟なんだよ、主将。」
「……はい?」
不貞腐れたように視線を逸らしながら重い唇から紡がれた言葉は予想だにしない関係だった。
今まで知っている限りの火神の知人と繋げたり離したりしていたピンク色の線が全て吹っ飛んで日向と火神の間に一本の線が引かれる。
この場合、何色の線にすればいいのだろうかとかどうでもいい事が過ぎった。
「口止めされてた訳じゃねぇんだけど…別に言う機会も無かったから…」
言い訳のようにもそもそと喋りながら火神が放置されていたハンバーガーへと再び手を伸ばす。
包装を向いて一口、二口、三口で殆ど食べきってしまう姿は常よりも急いでいるのかすっかり向かい合って食べる事が当たり前となった黒子ですら驚いた。
いや、その前の言葉の方がよっぽど驚いてはいるが。
「でも…入部した時、初対面のような雰囲気だったじゃないですか。そもそも今でもそんな旧知の中だったとは思えないんですけれど」
「あー、あんときはまだ、お互い気付いて無くて。一緒に遊んでたのって俺がアメリカ行く前だったし、帰って来たって連絡してなかったし。」
「元々はそれ程仲が良いって訳でも無かったという事でしょうか」
「いや、そういう訳でもねーんだけど。順くんが、学校では他の一年も居るからけじめつかねーだろって、…あ。」
当たり前のように出て来た「じゅんくん」と言う単語に驚き、それから込み上げて爆発しそうなモノを必死で抑え込んで視線を逸らす。
火神も気付いたようで、明らかに「やっちまった」という顔をしてから見る見るうちに真っ赤に染まる顔が余計にそれを増長させる。
「てっめぇ、笑ってんじゃねぇよ!つーか忘れろ、バレたら主将にぶっ殺される!!」
必死に堪えていたものが、ばこっと頭を叩かれた衝撃でぶはっと外に飛び出る。
一度飛び出た物は箍が外れたように溢れ出て、今度は笑い過ぎて声が出ない。
攣ってしまいそうな頬と腹筋を抱えて蹲るしか無い黒子の後頭部がもう一度叩かれてから、がたりと椅子が引かれる音がするがとてもじゃないが顔を上げる余裕なぞない。
「ちくしょ…黒子、本当に言うなよ、ソレ奢ってやるから!!」
そう言い捨てて去って行く火神は、そうか、日向と待ち合わせがあるのかと納得する。
暫くして一人ひっそりと笑いの波を納め、漸く顔を上げた黒子の前には火神が食べていたハンバーガーの乗ったトレーどころか空になったシェイクのカップすら無くなっていて片付けまでもやってくれたらしい。
一頻り笑ってすっかり痛む頬をさすりながら黒子は落ち着く為に深呼吸を一つ。
彼らの関係が本当にただの従兄弟なのかはよく分からないが、それはおいおい火神を問い詰めれば良い事だろう。
人間観察が趣味の黒子にとって、これ以上無い観察対象を教えてくれた火神に多大なる感謝をすると同時にこれから黒子の密かな楽しみの対象となる事を心の中で謝罪する。
心の底から悪いと思っている訳ではないけれど。
------
おまけ
「もしもし?」
「よぉ。今学校出た。お前今何処?」
「うん、え?……いや、まだマジバだけど。」
「なんでマジバなんか寄ってんだよ、夕飯はどうなるんだ夕飯は」
「一緒に晩飯の材料買って帰ればいーかなって思って待ってたんだけど」
「一緒に行った所で俺、何の役にも立たないぞ。」
「…別にいーよ、一緒に買い物ってしてみたかっただけだし。」
「大我の甘ったれは相変わらずか。」
「うっせーよ。…つか、そもそも直接ウチに来ちまえばよかったのに。どうせ必要なモンは殆ど置いてあんだろ?」
「長袖の着替えしか置いてねーだろ、流石に暑いから違うの持ってく」
「え、服なんて俺の着てれば…」
「てめぇの服なんざ全部ぶっかぶかだろうが!!勝手にでかくなりやがって馬鹿にしてんのか!?ぁあ!?絞めんぞ!」
「ッッ悪ぃ、悪かったってば、…ッ」
「まあいい、とりあえずもう少しで電車乗るから…家帰って荷物持って…一時間後くらいに駅で待ち合わせにするか」
「ん、わかった。じゃあまた後でな」 

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